▼波乱の種-3-
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ありがとうございます。
――災いは忘れた頃にやってくる。
昔、そう私に教え、諭してくれたのは、栗色の髪を持つ優しげで儚げな、美しい女の人だった。
「聞いたわよ?アスカール侯爵様と婚約されるんですってね?おめでとう、リリー。」
「サラ様・・・。」
「あら、どうしたの?いつもの貴女らしくないわ、リリー。」
今日はジェーン侯爵家でのパーティー。
いつものメンバーと顔を合せるなり、私は皆から心配された。
「そうよ、いつもの貴女はどうしたのよ。」
そうよ、そうよ、と、他のご令嬢方も声を合せ、私の様子を案じてくれる。
「ありがとう。心配してくれて。でもね、私、自分でもどうしていいか判らないの。」
それを有り難く思いながら、扇をファサファサと扇ぎ、パサリと畳むのを何度も繰り返す。
婚約だなんて早すぎる。
それに婚約相手があの侯爵だなんて・・・。
「リリー、貴女はやっぱり私たちのリリーね。」
「普通なら、自慢するのにね。なんてたって、あのレヴィエ様と婚約ですもの~」
どうにかならないかと苛々としている私のすぐ傍で、代われるものなら代わりたいわ。と、ころころと笑う彼女達を苦々しく思う。
そう思っているのなら、是非とも代わって欲しい。
「なら、代わって下さるのかしら?アン、ローズ、メリッサ、そしてルエナ。」
「「「「絶対に嫌ですわ。」」」」
そしていざ話を振れば、けろりと拒否する彼女達は、それぞれ好きな人がいる。
ドーニス公爵令嬢であるサラ様も、王太子妃候補の一人として選ばれている。
先日いじめていたご令嬢も、候補の一人だったらしい。
「私の夢はハーラント領で静かに暮らす事なのに・・・。」
「諦めなさい。それが貴女の役目なのだから。」
「なら、サラ様こそ、殿下から嫌われる様な事、やめたらどうですか」
むむむ、と、いがみ合う私と、ドーニス公爵令嬢。
「それは出来ない相談ね、リリー。私は私を必要としてくれて、サラという『私』を愛してくれる人が好きなの。だから何がなんでも嫌われてみせるわ。」
「それなら私だって普通の人と結婚したいんです。誰があんなきらきら光って、夜光虫みたいに目立つ人なんかと!!」
パーティーそっちのけで、本気で言い争う私とサラ様。
周囲の目線も気にせず、派手にやり合う。
「だいたい、私みたいな女が侯爵と婚約したらどうなります?間違いなく笑い物だわ。」
「それなら私だって、勝手に候補の一人にされた時、どんなに悔しく惨めだったコトか!!あの方は私の気持ちを知っているくせに、何にも言わないんですのよ!?」
「好きでそうなったわけじゃないのにっ!!」
ガシッ。
両手を組み合わせ、瞳を合せ、ひしっと、抱き合う。
「「理不尽極まりないですわ(ないわ)!!」」
言いたい事を言い終えた私とサラ様は、荒い呼吸を整える。
パチパチと、何処からか拍手の音がして、私とサラ様は同時にその音の方へ振り向き、顔を引き攣らせた。
「ね、ねぇ、リリー」
「はい、何でしょうか、サラ様。」
「あ、アレッて・・・」
顔色はお互い蒼白だったと思う。
アン達も気まずいのか、やや逃げ腰だった。
「・・・、逃げるわよ。」
サラ様の決断は早かった。
走る事に適さないヒールの高い靴を脱ぎ、ドレスの裾を持ち上げ、私達は一斉に逃げだした。
なんでこんな処にとか、どうしてだとか、そんな悠長なこと、考えたり思ったりしてられなかった。
敵前逃亡。
まさしく、今の私達はそれだった。
◇
「逃げられちゃったねぇ~、レヴィー」
「・・・、殿下。」
「判ってる。そう睨むな。」
クスクス笑うこの人は、本当に性格が悪い。
皆、この笑顔に騙され、破滅させられていくのだ。
その殿下に好意を抱かれているとは露と知らず、公爵令嬢は日に日に性格が歪んでいく。
「それにしても、随分嫌われてるな、レヴィー。」
「レヴィー、お前なんか嫌われる様な事でもしたんだろう」
「「「「それしかない!!」」」」
声を揃えて勝手にそう断じたのは、あの公爵令嬢と、吊り目の少女達の周りにいた令嬢達に求婚を目論む貴族の子息達。
「・・・・・・。」
すぐに反応出来なかったのは、逃げられた事に驚いたから。
決して悲しんだりなんだリと言うものではない。
だいたい、今回の婚約は政治的なものであり、甘い感情は伴っていない。
それにそんな感情は、とうに10年も前に失くしてしまったのだから。
今となっては、もう鮮明に思いだせない過去に、少しだけ胸を痛め、瞳を閉じ、重い溜息を吐いた。
何処が波乱の種かは分からなくなってきましたが、更新します。