▼波乱の種
波乱の種は、意外と気付かない内に自分で蒔いているのかもしれない。
私の両親は完璧な政略結婚で、出会いから結婚、記念日と、ありとあらゆるものが全て仕組まれたもので。
そんな二人の間に、愛情は生まれるはずもなく・・・、
「おかえりなさいませ。」
「あぁ。」
なんてことはない。
お母様は結婚する前から、孤児上がりで、現国王の騎士にまで昇りつめたお父様が、好きで好きでたまらなかったらしい。
そんな二人の夫婦仲は、その辺の貴族より良好で、私はそんな二人が少しばかり誇らしいと同時に、とても憧れている。
でも、この事は両親には言わない。それが私の変な拘り。
「なんだ、リーシェ。もう起きていたのか。」
「おかえりなさい、父様。もう太陽は出ていますわ。」
お父様はお母様に脱いだ上着を渡しながら、朝から秤と金貨を目の前に帳簿をつけている私に気付くなり、特大の溜息を吐いた。
お父様の言いたい事は判っている。普通の貴族は、夜明けまで騒ぎ、昼過ぎに起きる。だけど私はそれが身体に合わない。
朝は日の出と共に起き、夜はそれなりに起きてはいるけれど、出来るだけ寝るようにしている。
そうしなければ、私に付き従っている使用人達が休めないから。
それを如何に自然とこなせるかは、私の手腕にかかっている。
「お前はまた・・・、そんなに金が好きか。」
「好きです。それに大切ではないですか。このお金は領地改良の借金の返済に使われますし、こちらは橋の架け替えに、こちらは王家に収める分、そしてこちらが・・・」
チャリン、チャリン、と、金貨や銅貨を秤に乗せ、領地収支報告書に書き込んでいく。
小さいとはいえ、リエンヌ王国はハーラント領の領主でもある我が家。
病気に強い麦を作り、かつては『リエンヌの荒野』と蔑まれた領地を、何とか『ハーラントの恵みの地』と呼ばれるまでに立て直した。
その際に国に借金をしたけれど、それも今年で返済が終了する。
これもそれも、全ては領民達が頑張ってくれたお陰。
「喜んで下さい。借金の返済が終了します。」
それを伝えればお父様とお母様は途端に笑顔になった。そしてお母様は。
「まぁ、ほんとに、リーシェ?もう旦那様はバカにされなくても済むのね!?」
ムギュッ、と、抱きしめられ、思いっきり頬ずりされるのは、14歳になった身としては恥ずかしい。
母様はそれが解っていながら、やめてはくれない。
そう。これが私の望む平穏。
ささやかだけど、幸せがすぐそばにある今。
高望みはしない。
手の届かない幸せは、波乱を呼ぶだけだから。
母様の熱烈な抱擁から解放され、お茶を飲み、一段落した頃、老執事のセナスが不可解気に、来客の知らせを、私に知らせに来た。
私に来客を知らせるのは、普段、お父様が屋敷にいないからで、お母様は生粋の貴族だから判断が出来ないから。今日はお父様がいるのに、私に来客を知らされたのは、仲の良過ぎる両親のせい。
「誰なの?」
今日は誰とも約束はしていないはずなのに。
ドーニス公爵令嬢だったら悪いけど追い返して、いえ、出直して貰おう。
「それが、シルヴェニエ伯爵家のご令嬢とご夫妻でして。是非ともお嬢様にお逢いしたいと・・・。」
シルヴェ二エ伯爵家。
その家の名前に、私は関った記憶がなかった。
だけどわざわざ我が家に来てくれた、格上の貴族を門前払いするほど、私は莫迦で、礼儀知らずじゃない。(ドーニス公爵令嬢は別として。)
私はセナスに部屋に通すように言いつけ、部屋着のまま、執務室から客間に足を踏み入れた。
当然、お母様もお父様も一緒に。(着いて来るならお願いだから離れていて欲しい。)そして何故か、数人の使用人たちも一緒に。
客間には既に客人が待っていて、私が入って来るのを認めると立ち上がりそうになったので、それを手で制し、来訪の理由を尋ねた。
「お待たせしました。当家の様な貧乏貴族に何か?」
「お姉ちゃんっ!!」
私が口を開いたと同時に、小さな塊が私に突進してきた。
その小さな塊は、私にしがみつき、中々離れてくれない。
「あの、失礼ですが・・・」
離してくれないだろうかと、暗に言ってみたけど、上手く伝わらなかった。
そればかりか、夫婦は私を見て蒼褪めていた。
全く、失礼な人達だ。
私は自力で小さな塊を剥がし、溜息を吐いた。
「用件がないのなら、下らせてもらっても?お金と時間をもてあましているあなた方と違い、うちは何かと忙しいんです。セナス、お帰り頂いて。」
「はい、嬢様。」
「待って下さい!!」
不快感も露わに言い捨て、客間から退がろうとした時、伯爵夫人と思しき女性が、声を張り上げた。
顔色は蒼褪めているけど、必死に何か言おうとしていた。
そんな時、お母様が突然叫んだ。それに呼応するように、伯爵夫人(仮)も・・・。
「貴女、ジュリエッタじゃないのっ!!あの傲慢で高飛車な。」
「マ、マリアなの?あの病弱なマリア?」
「私はマリーナよ。」
二人は知り合いなのね・・・。
それにしてもお母様が病弱って・・・、
「この私が、今の今まで本当に病弱だったと思ってたんなら、単純なのね。私はね、貴女達が気持ちよく過ごせる為に吐いていた嘘なのよ。そうじゃなきゃ、娘は生まれてないわ。」
「む、娘って、じゃあ、この偉そうで怖い子は貴女の娘なの?マリア、貴女確か、弟と同じくらいよね・・・?」
「私は今年で29よ。アンタの弟よりは二つ上よ。」
私はちらっと、横目でお父様を盗み見た。
お父様は今年で42歳。
そして、目の前でお母様と生き生きと言い争ってる人は、多分30歳くらい。
「それに娘は怖くもないし、偉そうではないわ。偉いし、努力家なのよ。」
「それならなぜ、あのドーニス公爵家のご令嬢たちと付き合ってるのよ。褒められた事じゃないわ」
お母様やお父様、それに使用人たちは、基本、私に干渉しないし、してこない。
だから、私が誰と仲良くしているかは分からない。
なのに、このご婦人はいとも簡単に、私の秘密ともいえない秘密をばらしてしまった。
ちくちくと刺さる説明を求める両親と使用人達の視線。
これだから内緒にしていたのに・・・。
えぇ、えぇ。
説明します。
だから、そんなに睨んで、泣きそうにならないで下さい。
ハァーっ、と、深い溜息を吐き、私は頭を抱えた。
改稿します