▼永遠の想い人
あぁ、どうしてこんな事になってしまったの・・・。
「だいぶお疲れのようですね、姫。」
大きな溜息を吐き、一人で王宮内の寂れた北の庭にある噴水の縁に腰かけていた私に、ヒヤリとした声が降ってきた。その声に聞き覚えがあり、顔を上げてみれば予想通りの人がそこにいた。
薄い金髪は肩で切り揃えられ、瞳は氷より冷たい青色。でも、その外見かと声からは想像できないほど彼は慈悲深く、愛情深い人だった。
「ウォルフ様、姫は止めて下さいとあれほどお願い致しましたのに・・・。」
「姫は私にとって永遠の姫ですよ。私の愛しい姫。」
ウォルフ・サイラス。
彼はサラ様の従兄であり、神殿に仕える神官。でも、その以前は私の婚約者で、3年前のあの出来事さえなければ、私は今頃サイラス夫人と呼ばれているはずだった。彼は私と私の双子の弟妹を救えなかった事を悔み、その罪を永遠に償う為、神官と言う道を選び、美しい髪をバッサリと切り落した。
「ご婚約の件、神官長からお伺い致しました。お相手は侯爵様だそうですね。」
彼の澱みのない声が苦しい。切ない。辛い。
どうして彼は神官なのだろう。
どうして私は彼の妻になれないのだろう。
自然と涙線が緩んでくる。それを察したのか、彼は私の頬を両手で挟み、自分の額と私の額をピタリと合わせ、静に囁いた。
「姫、泣かないで下さい。姫が私を今でも思っていて下さっている事は知っています。ですが、私は3年前姫を救えなかったばかりか、姫と姫の大切な弟妹を見捨ててしまいました。例え姫が許して下さったとしても、私は自分で自分が許せないのです。」
右の瞼の上に彼の冷たい唇が触れ、頬に触れ、そしてしっとりとお互いの唇が重なった時、庭の繁みがガサガサと音を立てた。
「忘れないでいて下さい姫。私の愛する姫は姫だけであると言う事を・・・。」
「忘れない・・・。忘れたりなんかしないわ。私のウォルフ」
欲しいのは平穏、普通の生活。
激しい愛なんていらない。必要ない。
だって私の心を激しく燃え立たせるのは彼だけ。彼と人生を共に出来ないのなら、適当な人と結婚し、次代の子爵を産むだけで良い。だから。
「ウォルフ、貴方も忘れないで・・・。私が永遠に愛する相手は貴方だけだと言う事を・・・。」
離した唇をもう一度重ね、私とウォルフは別れた。
ねぇ、ウォルフ。貴方は知っていたの?知っていたから、あの時私の前に現れたの?
その日、ウォルフ様は何者かの手によって神殿内において惨殺され、翌朝、祈りの交代の為に神殿に訪れた神官によって発見された。
私はそれを知らされた瞬間、3年ぶりに声を上げ泣いた。