▼恋の序曲
他の作品も頑張りますが、今日からこの作品もよろしくお願いします。
――それは神様からの、最初で最後の、最高の贈り物だったのかもしれない。
きっと私は物語に出てくるのなら、名もなき端役だと思う。
それも、誰からも愛されるヒロインをいじめる中の一人として。
吊り目の翠色の瞳に、赤みの強い赤銅色の癖の強い髪に、薄く顔中に散ったそばかす。
何処からどう見ても愛されるところはないと思う。
現に今も、とても可愛らしい人を集団でいじめているし、見下している。
これのどこを見れば、愛される要素があるのかを教えてもらいたい。
だけど私は愛されるヒロインになりたい訳じゃない。
ただ平凡に過ごしたいだけ。
いい子ぶれば弾かれ、愛されようとすれば窮地に立たされ。
一度そうなってしまえば、この魔窟の様な社交界では生きてはいけない。
そうならない為にはどうすればいいのか。
答えは単純明快。
その他多勢と括られる側のグループに入ればいい。
私が求めるのは、あくまでも平穏な日々。
決して目立たず、心穏やかに過ごせる環境の為なら、多少の泥は被る。
「なぁーに?その顔は。私をバカにでもしてるの?」
今日も相変わらず楽しそうに、何処かのご令嬢を虐めるドーニス公爵令嬢。そして、その取り巻き達。 私もその一人として、傍に侍っていたけれど、標的のご令嬢と瞳が合ってしまった。
その瞳は、確かに私に訴えている。
――お願い、こんな事やめて・・・。
と。
でも、ごめんなさい。
私は自分が可愛いの。
波乱の種はいらないの。
ふいっと、その目から視線をそらした私は、喉の渇きを理由に、集団から少し離れた。
今日はいつになく華々しく着飾っているご令嬢が多いと思うのは、気のせいだろうか。
すれ違った給仕から、フレッシュジュースのグラスを受け取り、辺りを見回すと、一際目立つ集団があった。
生来の私は大変好奇心が強かった。
だから私はその時も、何の疑問も抱かずに、まるで砂糖の塊に誘われる蟻のように、ふらふらと近付いた。
するとどうだろう。集団の中心には、私より小さい女の子が、ドレスを汚されて泣いていた。
ぶつかったのは、見るからに陰湿そうな貴族男性。
助ける人はいない。
ただ泣いている小さな女の子と、その貴族男性を、まるで喜劇を見ているかのように、観賞しているだけ。
親はと、捜してみれば、顔色を蒼くしてオロオロしていた。
おそらく、あの男性貴族より家格が低いのだろう。
私は弱い者いじめはするが、あんな小さな子を虐める貴族は嫌いだ。
グラスの中に、まだそれほど減っていない液体を確認した私は、気付かれないように男性の背後に移動し、派手にぶつかった。
「きゃっ、」
バシャッと、ブドウのジュースが見事に男性の服に命中した。
それに気付いたのか、男性は私の方へと振り向いた。
その顔は怒りに染まり、赤黒かった。
「何をする。汚れたではないか。この服は今夜の為に、特別に仕立てさせたモノなのだぞ!!」
「ごめんさい。でもわざとじゃないの。誰かと違って、あなた様の様なお方でしたら、許して下さるでしょ?まさか、弁償しろだとか、自分より弱い人を虐げたりしませんよね?」
この手のタイプは、だいたい煽てれば何とかなる。
事実、言葉の詰まった男性は、忌々しげにしながらもその場を去った。
「さてと、いつまで泣いてるの?貴女もレディーなら、泣いてないで戦いなさい。泣いてても誰も助けてなんかくれないんだから。」
野次馬と化した貴族連中の視線から、それとなく女の子を守るようにし、ドレスに着けていたコサージュを外して、小さな女の子の汚れている部分を隠すように付けた。
そのコサージュは、私がデザインし、作った一品モノで、どこにも売られていない。
「今日から強くなるって決めたんだたら、それは貴女にあげるわ。大事になさい。小さなレディ。」
目と目をきちんと合わせ、微笑めば、小さな女の子は嬉しそうに微笑み、両親のもとへ駆けていった。
久しぶりに良い事をした私は、少し忘れていたのかもしれない。
自分がどこにいたのかを。