門出
2012/12/2改訂
母さんとの決着のあと、そのまま倒れ込んだ僕は二日間眠り続けた。
大母様が言うには限界近くまで魔力を行使したことと、知らず張り詰めていた決闘への気持ちが無くなった解放感のせいだとか。鍛え方が温い軟弱者とも言われたけどね!
そして決闘から三日目。旅仕度を終えた僕は、見送りの母さんや文たちと一緒に妖怪の山の麓まで下りて来たのだけれども、
「やっぱり嫌だー! 大和ぉ、母さんも一緒に行っていいだろ? 母さんも一緒に行くぞぉ!」
「だーもう! いい加減に落ち着け! この親馬鹿!!」
「馬鹿でもいい! この際嘘吐きって呼ばれてもいい! だから離せよ勇儀!」
この調子である。
酒を飲もうが飲まれまいが、天狗や下々の人達がいる時に威厳だけは忘れずにしていたはずなのに。普段の母さんとの違いがありすぎて開いた口が塞がらない。
母さん、息子は本気で恥ずかしいです。特に見送りに来てくれている友人二人の『この鬼いったい誰ですか?』 って笑いを堪えながら訴えてくる視線が。
「いいだろう大和!? 母さんと一緒の方が大和もいいだろう!?」
「あんたは此処で留守番しろって、さんざん大将から言いつけられてただろうがっ!」
本当に何時もの母さんは何処に行ったの? あれだけ鬼を怖がっていた文やにとりが、今では笑いを堪えるのに必死になっているんだよ?
「なっ、仲良しなんですね。くくっ」
文さんや、その程度の感想ならむしろ欲しくないです。そんな笑いを含んだ感想なら正面きって馬鹿にされたほうが楽だよ。お前の母ちゃん可笑しいな! って。ほら、笑えるでしょ? 笑ってよ。
「あ、文。わらっちゃ失礼だろ、ぷぷ」
にとりまで笑っている。普段は鬼様は怖くて恐ろしい妖怪じゃなかったのか河童さん。
失礼な奴め、鬼の御前であるぞ! とでも言えばいいのかな? だったら恐怖で震えるにとりに戻るかも。……ああ、でもやっぱりすぐ近くに鬼がいるのは怖いみたい。顔は笑ってても足がカクカク震えている。
「はぁ……せっかくの旅立ちだっていうのに…」
よし! 頑張って行って来い!
みたいな感じで力強く押し出してくれるか、涙無しではいられない感動的な別れだとばかり思ってのに……はぁ。
「いいじゃないですか。せっかくの門出が堅苦しいのも嫌でしょう?」
「そりゃそうだけどさ。普通は激励の言葉とか言うのが普通じゃないの?」
「そうですねぇ……ああ、なんだったら抱きしめて行ってらっしゃいの接吻でもしましょうか?」
「やめてよ。"頑張って" って言ってくれるだけでいいから」
「つれないですねぇ」
冗談なのか本気なのか困るよ、まったく。
僕だってもう10歳だよ? そういうことがどういう意味で行われるかくらい知ってるんだよ?
確か…接吻したら結婚で子供が出来るんだっけ。
紫さんがそう言ってた。それで、責任? とか言うのを取らされる。だから大きくなるまでしちゃダメだって言われた。だから冗談でも真面目に拒否しなさいだって。どうだ! 僕だって色々とオトナになるための勉強はしているんだぞ!
「でもそろそろ行かないと日が暮れるね」
「やまとやまと~、母さんも行っていいだろ~?」
「だから留守番だって言ってるだろう! いい加減にしつこいよ!」
本当に母さん……と、皆に構っていたら日が暮れるかも。
「ねえ母さん」
「なんだい?」
「母さんが僕のことを心配してくれるのは凄く嬉しいし、僕だって母さん達と離れ離れになるのは辛いし悲しいんだよ?」
「わたしだってそうさ! 辛くて耐えられないよ!」
「でもね、後でいっぱい一緒に居られる時間を増やすために旅に出るんだ。だから僕も母さんも、今は涙を堪える時なんだと思うんだ。僕は絶対に帰って来るよ。野たれ死んだりなんてしない。だって母さんの息子だもん」
母さんの手を握って、想いを詰め込んだ。
「ぉぉ……」
「…? 母さん?」
「わたしは! わたしは自重を止めるぞーーーー! 息子よ! いや! 大和ぉぉぉぉぉおおお!!」
「姐さん」
「任せな」
カバっと抱きつかれる前に姐さんが止めに入ってくれた。危ないよ……本気で抱き締められたら背骨の寿命が尽きるよ……。
「あっはっは! 本当に面白い家族だね。じゃあそんな大和に餞別を――――ってあれ? 何処にしまったっけ? ……ああ、あったあった。はい大和、これあげる」
恥ずかしい所を見られて若干頬が赤くなってると思う。
にとりは別の意味で顔が赤くなってるけどね! 笑いたければ大声出して笑えばいいと思うよ!
そんなにとりの餞別……にとりってとんでもないものばかり作るからちょっと心配だなぁ。
「……何この黒い箱」
渡された黒くて四角いそれほど大きくない箱。おっかなびっくり手に取ってみると……よかった、爆発はしないみたいだ。でも、またにとりのトンデモ発明品か。あの悲惨な記憶が頭を駆け巡っていくね…。
「これは"魂奪ってごめんなさい!" を設計思想を元に造られた写真機、カメラだよ」
「ちょっと待って!? "魂奪ってごめんなさい!" って何!? さ、流石に冗談だよね……?」
「私さ、思うんだ」
「何を?」
「冗談って本気でやるから面白いんだよねって」
「!?」
「冗談だよ」
「そ、そうですか……」
「悔しいことに、そこまで高性能には出来あがらなかったんだ。何せ急ごしらえだったからね。でも映像、簡単に言うと、目の前にある光景を記録することができるすぐれものさ。もちろん人だって写せるよ! 本当に悔しいけど、それしか出来ないんだ」
よかった、出来なくて本当に良かった…。もしそんなもの渡されでもしたら怖くてやってられない。
「残したい光景があったらじゃんじゃん使ってね。あと、珍しい光景があればとにかく撮っておくこと」
「素直に旅のお土産に、って言ってくれればいいのに」
「あはは、まあそう言うことで。わたしからは以上だよ」
「いいなー大和さん。ねぇにとり、私にもかめらくれないの?」
カメラにそれ程興味を持ったのか、目を輝かせている文がにとりに迫って行った。
文も懲りないなぁ。前造った妖力増加装置で一番の被害者は文なのに。稼働させたら暴走開始で大爆発。服は吹き飛び髪の毛はボサボサ、それを目の前で見ていた僕まで吹き飛んだ思い出を忘れたとは言わせないよ?
「そうは言っても、まだ試作段階だからそれしかないんだよ。もしかしたら、ある日突然に魂まで撮っちゃうかもしれないし」
「僕で試作品を試さないで!?」
今試作品って言ったよね! ほんとに大丈夫なの!? 夜怖くて眠れないよ!
「大丈夫、たぶん大丈夫。機械は勝手に成長しないし、成長したら神様が宿った時だけだから。ね?」
「ね? じゃないよ!?」
「文には正式タイプを贈らせてもらうよ。何時も新作品を試させてもらってるし」
「出来れば僕もちゃんとしたのが欲しいな~、なんて……」
「やった! そうだ、私もこれを大和さんに送ろうと準備してきたんですよ」
「皆、僕の話聞いてよ……」
ああ、違う意味で涙出てきたよ……。酷いよみんな、送別会もしてくれない上に、こんな見送りだなんて僕は悲しいよ……。
「まあまあ、私の餞別でその寂しさを和らげて下さいよ」
「…これって笛? 文忘れたの? 僕はこの手の物は苦手なんだよ?」
何を隠そうこの大和、この手の娯楽に関してはてんでダメなんです。
どれくらい駄目かと言うと……宴会で酒の入った鬼が素面に戻って裸足で逃げ出すくらい。く言えばどれ程のものか想像つくと思う。一種の殺害手段だって大母様には言われたことがある。
「だからですよ。むさ苦しい修行ばかりでなく、息抜きにでも使ってください。少しは教養も身につけないと気になるあの子を落とすことは出来ませんよ?」
「気になるあの子……ってだれ? 責任を取ることと関係あるの?」
「あと、その笛の音色は特殊ですので風を伝って私に聞こえるようになってます。だから何かあったら思いっきり吹いてくださいね。5秒で駆け付けますんで」
「だから話聞いてよ!」
もういい! 諦めた!
でも教養かぁ……宴会芸の間違いだと思うけど。
それに5秒って何だ。飛ぶのが速い文なら本当に出来そうで怖いんだけど。……まぁいいや、せっかく貰ったんだし、暇を見つけて吹くようにしよっと。
「さて、じゃあ行きますか!」
「大和ぉ、母さんも「じゃあね大和。身体には気をつけて、無事に帰ってくるんだよ!」
「やま「解ってます。姉さんも母さんのこと頼みます」
「まかせときな」
「大和!」
「なに?」
無視しすぎたのか少しご立腹な様子の母さん。頬を膨らませて怒りを表しているけど、少し子供っぽく見えてしまう。背の高さがそれほど変わらないからなのかな? なんて、少し笑顔が零れた。
何だか今までとは違って、今日は母さんの新しい一面が見えて嬉しく思う。これが素なのかもしれないけど。
「お前に伊吹の名前を授ける!」
「……え? 今更ですか?」
今日の中では珍しく真剣な表情をして何を言うかと思えば、いきなりそう言われた。
実は、僕は今まで伊吹の性を名乗ることを許されてなかった。
つまり、伊吹萃香の息子だと周知されてはいたけれど、ただの大和でしかなかったってこと。
母さんが何で伊吹を名乗らせてくれなかったのか知らないけど、僕は自分のことを伊吹大和だと思ってきた。だから何で今になって"伊吹" を名乗っていいなんて言ったんだろう?
「お前はこれから名実共に"伊吹大和" と名乗るんだ。この意味が解るか?」
「分からないよ。でも、なんで急に?」
「そこら辺の妖怪や人間にとって、鬼の名での"伊吹" は畏怖の対象だ。敵を近づけないのと同時に、多くの者に命を狙われる恐れがある。だからお前に名乗らせなかったが、今となってはそれも必要ないと判断したんだ。だから誇れ。"伊吹" の名を持つ者としての誇りを持って、前に進むといい」
……今まで母さんが僕に伊吹を名乗らせなかったには、それなりの理由があったみたいだ。
僕を無闇に危険に晒さないために、態とそうさせていた。守っていてくれたんだと思う。
もっとも、僕が伊吹を名乗るに相応しくないと思っていた可能性もあったのかもしれない。だって僕、弱いし。
「お前にその覚悟はあるか?」
「あります」
でも、これからはそれくらいの覚悟がなければ一人旅なんてできやしない。まして、生きて帰って来ることなんて尚更だ。
「なら私から言うことは何もない。……行って、無事に帰って来い。わたしの最高の息子」
「行ってきます、母さん。それにみんなも、どうか元気で!」
最後に抱き合って、最後の挨拶をする。
母さんの腕が少し震えていたのは、僕を心配してくれているからだと思う。でも大丈夫。きっと、きっと帰って来る。約束する。
こうして僕は旅に出た。
背中から別れの声が尽きることはないけど、僕は一度も振り返ることはなかった。
次に会う時は僕が魔法使いになった時。皆と同じ土俵に立ち、もっと大きくなって無事に帰って来た時だ。だからその日までは……
――――――――またね!
「かくして少年は旅に出る、か。八雲の奴、コトがうまいこと話が進んで今頃は一人笑っておるんじゃろな。じゃが、果たして彼の者はお主の考えておる通りになるかの? 儂にはそうは思えんがのぉ……」
本日二度目の投稿。だいたいここまでが第一章ってところです。
第二章の予告?みたいなのもできたんでオマケであげときますね。
読まなくても問題ないんでスルーしてくださって結構ですが。