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東方伊吹伝  作者: 大根
第一章:夢への旅立ち
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始まりの闘い

2012/12/2

――――夢を見ている。


 何故だか分からないけど、今の自分が夢だということが直感的に解った。

 今の僕は、上から夢の世界の自分を眺めている状態だ。身体つきが違うけれど、何故だかそれが僕なんだとはっきりと解る。

 そして目の前には紅白の服を着た一人の少女がいる。

 その少女が僕に何かを言っているようだけど、僕にはそれが上手く聞き取れない。

 けど夢の中の少女は、とても楽しげに僕と会話している。君は……誰?


「……………」


 何を言っているのか相変わらず聞き取れないけど、夢の中の僕には聞き取れたようで、楽しそうに笑って返事を返している。


「分かってる。一緒に居るつもりだよ、×××」


 世界が光に包まれ、僕の夢が終わった。




   ◇




 うーん……、良く寝た。

 昨夜は文とにとりに今までのお礼を告げてから、久しぶりにぐっすり寝たんだっけ? 母さんとの一戦を前にしっかりと休めるかどうか不安だったけど、何とまぁ図太いことで。それだけ疲れてたのかも知れないけどさ。

 そういえば何か夢を見ていたような気がするけど、いったいどんな夢だったんだろう? よく憶えてないや。

 まあ、別にいいか。

 それより今日は母さんとの決闘の日だ。

 今日の夜には、僕の一生を懸けた闘いが始まるんだ。今日の為に修行もしたし、魔法も憶えた。ぐっすり眠れたおかげで体調も万全だ。なにより僕には応援してくれる人がいる。負けるわけにはいかないぞ、大和。

 パチンと頬を一叩き。気合いを入れて、朝食を採りに川へ向かった。




   ◇




 遂にわたしの息子、大和との決闘の日がやってきた。

 この決闘はあの子の一生を懸けた闘いになるだろう。旅に出たいと愚図っていた小さな大和が、今度は自身の力を持ってその意志を証明してきたんだ。母親として、わたしはその気持ちに応えてやらないといけない。それが嬉しいやら悲しいやら……。

 だけど、旅になんて絶対行かせない。行かせるわけにはいかないんだ。

 ……あの子がなんであんなに旅に出たがっているのか。たぶんわたしの、わたし達鬼の全員が考えている通りだと思う。

 でもそれだけは駄目だ。それはわたしも、きっとここに居る皆も望んでいないと信じている。だからわたしはあの子を止めてみせる。


 わたしは鬼。頑固で我儘な鬼だ。




   ◇



 ――――深夜



「これはまた、有名所が全員集合するとはね……」


 大和と萃香様が決闘する場所に来た私が最初に抱いた感想がこれだった。

 鬼はもちろんのこと、天魔様を始めとした私たち天狗や河童、それにあの八雲紫も見に来ている。正に千客万来だ。……半数以上は、これからの酒の肴や賭け事にするつもりだろうけど。

 特訓を手伝って上げた私から言わせてもらえば、大和が萃香様に勝てる確立は無に等しい。第一、私にすら攻撃を掠らせることが出来ない大和が勝てるわけがない。大和に賭けた者たちは大穴を狙ってのことだろう。

 当然のように萃香様大優利な予想だけど、私は大和が勝つと思って大穴に賭けた。……いえ、それは少し違う。大和には今回の決闘に勝ち、自分の夢を追い続けて貰いたい。それが私の望みだ。


 たかが天狗の私が、どうして大和に固執するのか。よく聞かれるが、訳あってそれを知る者は少ない。と言うか、私以外にいない。そのわけは、今より少し時間を遡った話になる。


 私は妖怪・鴉天狗として生まれ、すぐに妖怪の山の天狗たちの仲間に迎えられた。

 生まれ持った素質が高かったらしく、当時は天狗の長の天魔様や幹部の大天狗様たちから未来の天狗社会を担う一角として期待されていた。

 その期待に応えるため切磋琢磨する。地位を築き、天狗社会の一躍に力を入れる。鬼の傘下にあるとはいえ、私たち天狗にも誇りはある。支配する妖怪や領域を増やすために力づくで、時には媚び諂いその力を増していく。それが結果的に鬼の支配地域拡大となり、天狗は鬼から優遇されることになる。

 私はその役目の次世代の中心として期待されていたのだ。それは素晴らしいことだった。近い将来、大天狗入りすら見えている有望株。


 ――――けど、このままでいいのだろうか?


 そこに自分の意志は全く含まれない。あるがままを受け入れ、大衆に流されるだけの人生。

 しかし鬼に楯突くことなど出来ない。天狗は強い者には媚び諂うしかない。賢いとはそういうことであり、それが私の人生だと諦めもつき始めていた。

 そうやって諦め始めたときに、私は彼と出会った。


『おねえさん、そんな所でなにしてるの?』


 風変わりと評判の河童と人間だった。

 私はその二人が大嫌いだった。噂で聞く限り、彼らは山の規律を蔑ろにする。鬼に迎え入れられただけの人間の癖に、大きな顔で山を歩く。河童はまだいいが、人間は別だ。奴らは私たち妖怪を滅ぼす。仲間も何人か陰陽師の手によってやられている。人間は妖怪の敵であり、逆もまた然り。

 会って話をした訳でもないのに、私はその二人が嫌いだった。

 その人間が馴れ馴れしく話掛けてくる。

 何故天狗は早く空を飛べるのか。鬼とどっちが強いのか。そんなどうでもいいことを延々と続けられた。

 余りにも鬱陶しいので食べてやろうかと、当時は本気でそう思った。実際、大和が萃香様の義理の息子だと聞かされていなければ本気で食べていただろう。


 上司からも下手に関わるなと言われていたので、私も無視を決め込んでいた。しかし、私がいくら無視しようと彼は諦めずに話掛けてきた。しかし、やはり彼に対して無視を決め込んでいると、何故かすぐ隣から嗚咽が漏れてきた。


 ――――何時の間に!? いや、しかしこれは拙い。非常に拙い。


 人間の子供とは言え、頭の上がらない鬼の御子息。そんな子供が涙目で唇をぐっと噛み締めながら、私を見上げてくる。ほんの些細な出来事でも大事に発展する可能性すら秘めているこの子供を、私程度の若輩者では持て余してしまった。

 どうしようもなくなった私は、仕方なく話だけでも聞いてあげることにした。

 するとどうだ、先程の涙が嘘のような笑顔を浮かべて話掛けてくるではないか。しかも、彼は私よりも多くの事を知っていた。あそこはよく鬼が魚を取りに行く、あそこでは白狼天狗が休憩に使っているなど。

 それは些細なことなのかもしれない。しかし、謀略や諜報以外を知らない当時の私にとって、大和の何気ない知識は私を刺激するには十分過ぎるものだった。話を聞けば聞くほど、私は彼に対する興味が沸いていった。


 気付けば、仕事中でも私の目は彼の姿を探していた。そして互いの目があった時、彼は屈託のない笑顔で私に手を振り"こんにちは! 天狗のおねえさん!" と言って話掛けてくるのだ。

 そうやって彼との日々を繰り返すうちに、自分の中に何かが生まれていくのが解った。

 それは楽しいという感情。今まで一度も感じたことのない感情だった。

 それを感じた時、ふと私は疑問に思ったことがあった。私は楽しいと感じることが出来るが、この少年は楽しいと感じることが出来ているのかと。天狗からは白い目で見られている少年だ、本当は楽しいとは思っていないのかもしれない。

 だから私は彼に聞いてみた。私と一緒に居るのは楽しいのか? と。

 そして自分にも、今のまま上の良いなりになっている私は楽しいと胸を張って言えるのか、と。


『天狗のおねえさんと一緒にいるのは楽しいよ! でも天狗さんが楽しいと思えないんだったら、きっと楽しくないんだと思う……。天狗のおねえさんは、楽しい?』


 ……それに対する返答は言わなくても解ると思う。


 堅物だった性格も、気が付くと今みたいになっていたわ。

 おかげで上司に喧嘩を売って、別に干された訳ではないけどそれなりに危ない橋も渡る嵌めにもなった。でも後悔なんてしないし、するはずもない。だってこれは私が選んだ私の生き方だ。

 そうやって私を変えた大和がする話の中で、私は大和の夢を聞いた。


 ――――僕ね、旅に出たいんだ。みんなの力になりたいんだ。


 それを聞いた私は、今度は私が大和の力になれないかと悩んだ。

 そう悩み続けていた時に、大和と鬼の決闘の話を偶然耳にした。

 ――――大和の力になれるかもしれない!

 これで借りを少し返せる。私は表には出さずに喜んだ。

 だから私は大和を応援する。私に人生の楽しさを教えてくれた小さな存在が、より楽しい人生を送れるための助力をしているのだ。


「勝ちなさいよ。あなたのこれからを始めるために」




   ◇




 ついにこの時がやって来た。

 向かって立つのは僕の母親。鬼の中でも最強と言われる一角。対する僕は名もなき大和。この身一つで、母さんに勝つことでしか未来を切り開けない。

 あまり怖さは感じない。相手が母さんだからって言うのもあるのかもしれないし、文や紫さんが見守っているからかもしれない。


「それでは決闘は始める。大和は萃香に一撃入れれば勝ち! 萃香は大和を降参させれば勝ちじゃ! よいな!」

「はい!」

「うん」

「では――――始め!」


 開始と同時に魔力を足裏の送り爆発させて急加速。

 僕たち三人で考えた母さん対策の結果、唯一勝てる見込みがあるのは開始後のわずかな時間のみだと結論が出た。母さんは僕がここ数日でどれだけ成長したかを知らない。その虚を突き、速攻で一撃当てる。これが僕らの作戦。

 出し惜しみをしている暇はない。最初から全力で行くしかないんだ!


「やっ!」


 母さんに向かって真っ直ぐに拳を打ち出す。身体強化の恩恵か、拳が風を切る音が辺りに響く。


「おお!?」


 しかし、その一撃はあっさりと避けられてしまった。でも母さんの顔は驚きに満ちている。僕の成長具合を図り間違えたのか。どれにしても今が好機なことにかわりない!


「やぁっ!!」


 足払い。そのまま回転して回し蹴り。


「わわっ!?」


 っ、片足を上げて躱したことで体勢が崩れた!?

 今だ! 体中の魔力を右拳に集中させて突きを放つ!


「だぁぁぁぁぁぁぁあ!!」


 渾身の突きが母さんに突き刺さる。その衝撃で辺りが土砂煙に包まれた。

 手応えあり、かな。出来ればこれで決まっていてほしいんだけど……


「いやー驚いたね。修行してたのは知ってたけど、ここまで強くなってるとは思わなかった」

「そう甘くないよね……」


 煙の中から楽しそうな母さんの声が聞こえると同時に、辺りを包んでいた土砂煙が突風によって吹き飛ばされた。腕をぶんぶん振り回す風圧だけで土砂煙を吹き飛ばしたようで、何が楽しいのか今も元気よく腕を回している。うぅ、こんな何気ない動作でも格の違いがはっきりと見えるなんて反則だよ。


「じゃあ今度はこっちからいくよ」


 ……万事休すだ。




   ◇




 開始当初から先ほどまでの大和の攻撃、見事の一言に尽きる。よくぞこの短期間でここまで動けるようになったと、稽古をつけていた私でも驚く成長具合だ。なにより、感じられる魔力量が増えている。今までお粗末だった魔力運用に毛が生えた程度だが、それでもしっかりとした成長だ。

 でも残念ながら、ゆうぎや萃香を相手にするにはまだまだ足りない。奇襲という選択肢は中々よかったんだけどねぇ……今はもう萃香の攻撃を避けるだけで精いっぱいになっている。

 当初の予想通り、早くに決着が着きそうだ。

 まぁ結果がどうあれ、大将が上手く纏めて大和の旅を認めさせるだろうけどさ。どうせ今回は大和の覚悟を見極めるためだし。……萃香自身は本気で止めさせるつもりなんだろうけど。


「それにしても見物客が多いな」


 ふと周りを見渡すと、大和の友人がいた。

 確かあの二人はここ最近一緒に修行をしていた奴らだったはず。今も真剣に二人の闘いを見つめている。


「お二人さん、ちょいと聞きたいことがあるんだが」


 ちょっと興味が沸いたから話掛けてみた。

 二人は私に話かけられるとは思ってもみなかったのか、地蔵のように固まってしまっている。まったく、私のような鬼に話かけられた奴はこいつらみたいに固まるか、混乱して襲いかかってくるかどっちかしかいないのかい? 少しは根性見せてしゃんと立ってもらいたいもんだ。それを無視するか、力でねじ伏せてから話をしなければならない私らの手間を考えてもらいたいね。


「大和の奴、あれでもう引き出しは全部出しちまったのかい?」

「いっいえ、大和さんはあと二つ手を持っています…」


 へぇ、少しどもりながらもしっかりと返すとは、中々見どころがある天狗じゃないか。流石は最近噂の鴉天狗と言うところか。河童の方は……こっちは駄目だな、ビビっちまってる。

 しかし大和の奴、あと二つも残しているのか。萃香は相変わらず遊んでいるし、これは酒の肴に出来そうなことが起こるかもしれない。


「その二つについて、詳しく教えて貰おうか」

「ま、魔力糸と、あとは「彼自身の能力よ」 …え?」


 豪胆にも私の顔を真っ直ぐ見た天狗が私に返そうとすると、後ろから聞きたくない声が聞こえてきた。


「あと一つは彼自身の"今の" 能力ですわ」


 八雲紫。以前から交流はあるものの、最近になってよく山に現れるようになった意味不明な妖怪。だいたい隙間妖怪なんて、名前からして意味不明だ。


「あの子が能力持ちなのは知っている。ほら、今も未来を視る程度の能力を使ってるじゃないか。それとも"今の能力" ってことは、あの子はまだ何か隠しているとでも言うつもりかい?」

「蕾と花の違いですわ。花が開くには時期と予兆があるものです」


 こいつの言い方は何時も引っ掛かる。事実を言っているようで、実際は何も教えていないようにもとれる。腕っ節の力だけじゃなく口も上手い。こういった手前が一番厄介だ。


「さて、蕾開く時期は今か。それとも――――」


 口元を扇で隠して笑みを浮かべるこいつ、殴ってやろうか?

 そう睨んで見てやると、あいつはクスクスと笑い続けながら下がって行った。ちっ、せっかく良い気分だったのに邪魔が入っちまったよ。こうイラついた時には酒も不味くなる。ああもう、早く終わって宴会と洒落込みたいね。




   ◇




「ほら、逃げないと痛いよ!」

「こっこの!?」

「なんだいこれ? こんな細い物でどうにかなるわけないじゃないか」


 蹴りや拳は片手で防がれ、魔力糸は無残に引きちぎられた。主導権を完全に握られてからは能力を使い、逃げ回ることしか出来ずにいる。


「てい」

「プギャ!?」


 それも今、母さんの拳が一発入って終わった。


「降参しな。お前じゃ私に一撃当てることもできやしないよ」


 地に伏した僕に、母さんは降伏を促してくる。確かに僕にはもう勝ち目はない。


 ――――もう、いいんじゃないかな。


 脳裏にそんな言葉が過った。

 僕は頑張ったんだよ。痛い思いをして稽古もしたし、魔道書も読んで勉強だってした。それでも勝てなかったんだから、それはそれで仕方ないことなんだよ。

 母さんはだって、始めは本気で止めるとか言ったけど、本気なんて全然出してない。凄く手加減をされてもこの様なんだ。元々勝ち目の無かった勝負なんだよ。諦めたって、別に誰も僕を責めやしないんだ。


「なんで私が大和の邪魔をするか、教えてあげるよ」

「魔法使いとか言う奴になって、不老になるつもりなんだろ? 魔法使いにはそれができるって紫から聞いたよ」

「っ、なんで知ってるの!?」


 なんで……このことだけはまだ誰にも話していないのに。姉さんや文たちにだって、旅のことはまだしも魔法使いに関しては一言もしゃべってないのに……。


「不思議そうな顔をしてるけど、何を考えているかぐらい解るものさ。私はあんたの母親だよ?」

「だったら……だったらどうして邪魔するの!? 行かせてくれないの!? 不老になったら、ずっとみんなと一緒に笑えるのに! みんなと一緒にいられるのに!」

「だからこそ、お前は人間でいるべきだなんだよ、大和。人間であるべきなんだ」

「え……な、なんで…?」

「お前はまっとうな人間として生きて、幸せになるべきだと言っているんだ」

「か、母さん何を言って――― 「―――人間のお前が、どうして妖怪の山で暮らしているか。考えたことはあるかい?」


 そんなの……あれ? そう言えば、何で僕は妖怪の山に一人で暮らしてたんだ?

 僕は妖怪じゃなくて人間だ。でも周りに人間なんていない。どうして? 今までそんなこと一度も考えたことがなかったから分からない……。


「人間なのに、親が鬼でおかしいと思ったことは? 自分が魔力を、人間の身でありながら強力な能力を持つことへの疑問は?」


 身体の震えて、その震えが止まらない…。なんだ、何なんだよ。僕っていったい……誰なんだよ。


「大和。お前はね、私たちが滅ぼした里の生き残りなんだ」

「――――!」

「お前がまだ赤ん坊の頃の話だ。始まりは、仲間の鬼が人間に負けたこと。その鬼は正々堂々と闘い、その結果敗れた。悔しいことだけど、私たちはその鬼の死を受け入れたさ。けどそれと同時に嬉しかった。私たち鬼を相手に、真正面からぶつかり倒したんだからね。人間はまだ強い、私たちのいい敵なんだって。

 私たちはそんな人間達に闘いを仕掛けた。前情報以上にあいつらは強かったよ。何人もの仲間が逝った。とんでもない闘いだった。わたしの望んだ闘争の全てだったと言ってもいい。一人一人の力も普通の人間より遙かに上で、特に集団になると手ごわくて、手加減なんて出来るわけが無かった。

 その激戦の結果、気付いた時にその村の住人は一人残さず倒れていた。

 でも生き残っていた者がいたんだ。赤ん坊故に闘う力を持ってなかった生き残り、それがお前だ。

 ――――大和、お前はあの里唯一の生き残りなんだ。

 だからお前にはその里の誇り高き人間として生きて、幸せになってほしい。その為には私はどんなことだってしてやるつもりだ。

 勝手な願いだとはわかってる。でも、これだけは譲れないんだよ」


 僕はその村のたった一人の生き残りで、母さんたちはその仇……? 自分勝手の罪悪感とかもあって、自分の願いだけで僕を育ててきた……?


「――――あはは、そんなこと」


 突然過ぎるけど、僕は笑っていられる。だって、そこにはちゃんと息子への愛があって――――


「なんだって?」

「だって、母さんは僕に幸せになって欲しいんでしょ? 僕は今も十分に幸せだよ。母さんがいて、姉さんがいる。文もにとりも、紫さんや皆もいるんだ。これだけの人に囲まれて、幸せじゃないほうがどうかしてるよ」


 ――――それを一身に受けている。何も悩むことないじゃないか。

 ――――だから諦めるなんてこと、しちゃいけなかったんだ。


「なら、今のままでいいじゃないか。魔法使いになんて、旅なんかにでなくたって、いいじゃないか」

「違う、違うんだ母さん。僕は旅がしたいんだ。僕がしたいんだ」


 元々居た村のことなんて知らないし、本当の親の顔も憶えていない。

 けれどこれだけははっきりしている。

 僕の親は伊吹萃香って言う名前の小さな母さんだけであって、この夢は誰の為でもない。母さんの為でもない。ただ、母さん達と一緒に笑って生きたいと言う僕の我儘。その我儘を大切に、僕だけの幸せのために。


「僕は我儘だから、今のままじゃ足りない。人としての寿命だけじゃ、全然足りないや。だから、ここで母さんを倒して旅に出るんだ!」


 諦めるなんて絶対に出来ない!

 最高の笑顔を浮かべてそう宣言した。


「我儘なのは私に似たか、この馬鹿息子! だったらわたしを越えて見せな!!」


 振りかぶられた小さな拳に、全神経を集中させて視る。

 手加減されても尚、力強い拳が迫る。けれどその拳筋は視えている!

 躱す為に身体を半身捻る。そうした瞬間、何故か母さんの拳がもの凄く遅く、ゆっくり動いている見えた。まるで時間の進む早さが遅くなったようだ。そんな不可思議な一瞬の中、僕は最後の力を振り絞って右手を振った。

 僅かな魔力すら籠っていない僕の拳は、それでも母さんの頬にしっかりと当たっていた。

 未来を視る目。それとは逆の目が淡く輝いていたことには気付かず。




   ◇




 大和が最強の一角である伊吹萃香に勝った。

 この出来事は雷鳴の如く妖怪の山に響き渡った。正に番狂わせ。大和に賭けていた者は大勝ちしているでしょう。当然のように大和に賭けていた私も、かなりの配当を得ることが出来た。


 だがそんな事はどうでもいい。私の思い通りに事を運ぶには、大和の勝利が今回の絶対条件。


 その為に色々と下準備から手を焼かせて貰った。

 それはきっかけを与えただけに留まらない。

 今回は更に、魔道書を渡すのと同時に"器" を最大限まで広げ、月の魔力で満ちる今日に合わせて魔力量を増やし、その上で無理やり能力を解放させる手筈を整えたのだから。

 半ば賭けだったとはいえ、上手くいったのは良好だと言える。しかし、本来の彼はこんなものではないはずだ。大和にはもっともっと上を目指してもらわなければならない。


「本当に面白いわぁ」


 笑いが止まらない。自分の思い通りに進めばいいと思ってはいたが、まさかこれほど筋書き通りに進むと何かしらの作為すら感じてしまう。


「順調にいっているようですね、紫様」

「ええ。楽園のために必要な準備、全て滞りなく進んでいるわ」


 あと数百年、ひょっとすれば千年はいるかもしれない大計画。だが下地は既に出来あがっている。後は大和を正しく導いてやればそれでいい。


「私の描く世界には大和のような存在が絶対不可欠。この程度で満足してもらっては困るわ。もっともっと強くなってもらわないと」


 これから先、私たちは荊の道を進む。その先で一番辛いのはあの少年になる。


 ――――だがら、それがどうした?


 私には、やらねばならない使命がある。



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