稽古な日々
2012/12/2改訂
甲高い音を響かせて、可視化された風の刃が飛んで来る。
見えはするけど、身体が全く動かない。どう避けたらいいのかも分からないまま、風を切る音と目を頼りに地面を転げ回って風の刃を躱した。無様なことこの上ない避け方だけど、今の僕にはこれが精一杯。
「ほらほら! 避けないと体がバラバラになるわよ!」
声を張り上げる文の扇から、更に風の刃が飛ばされてくる。
それをまた転がりながら避けると、ドスンドスン、と頭上を通り過ぎた刃が木を切り倒す音が聞こえてくる。
その音に首元がひんやり冷たくなった。あと少しでもしゃがむタイミングがくれていたら、切り倒れされていたのは僕の首かもしれない。
思わず、自分の首が繋がっているか手で触って確かめた。……良かった、繋がってる。
ここ数日の稽古は、稽古とはいえ命がけだった。当たれば首と胴がおさらばするかもしれない。そんな命を懸けた修行の日々。
けどこれは僕が望んだことだ。危ないからと主張する文とにとりを押しきって、この稽古が始まった。期間も短く、山を降りれば自然と命を危険に晒すことも多くなる。それに向けた稽古のつもりだ。
「行くよ!」
ここを乗り切るためには、勇気を振り絞って刃を撃たせないほど接近するしかない。足に魔力を集中させ、強化された脚力で風の刃の中に突っ込んで行った。
文も手加減してくれているのか、本来なら直撃して致命傷間違いなしの刃は殆ど飛んでこない。良くて肌が薄く切れる程度の傷しかつかなかった。本当なら死んでるかもしれないけど。
ある程度避けたところで、足裏に魔力を集中。蹴りだすと同時に爆発させて急加速し、文に急接近する。
「接近戦なら!」
「甘い甘い」
得意の距離に持ち込むも、文の姿は視界から消えていた。
直後、背後から楽しそうな声が聞こえてくる。しかし、この状況は僕にとって『視えていた』 光景だ。
「甘いのはどっちかな!」
振り向かず、文が居る場所に準備していた魔力糸を放つ。
まだ直線的な動きしか出来ないけど、今のように反撃を予想していないであろう場面ではそんなこと関係ない。油断した所に正確な攻撃を受けるだけで、それは必要以上の脅威になるのだから。
「――――ッ!?」
驚いた声を上げた文が、全速力でその場を離脱していく。早すぎて目にも止まらなかったけど、いなくなったという事実だけは視界に映っていた。
当然、当たると思っていた魔力糸の全てが避けられてしまった。本来当たるはずだった魔力糸は、周囲の木々を切り倒すだけに収まっている。
「逃がすか!」
外れたことは予想外だったけど、そこで追撃の手を緩めることはしない。
再び魔力糸を文に向って放つと同時に、足裏の魔力を爆発させて加速。もう一度文に迫る。
すると、文の表情が変わった。
始めは目を見開いて驚いていたようだけど、次の瞬間には危機迫る表情で僕を見ている。
――――行ける、初勝利は目の前だ!
あの文を追い詰めた! あと少し、あと少しで勝てる!
懐まであと少し。拳を握り、振りかぶった。
そうした所で、文の口元に笑みが浮かんだのが見えた。
「風よ!!」
「へ? うっ、うわ!?」
突然扇から放たれた突風により糸は吹き飛ばされ、
「ぷぎゃっ!?」
糸と一緒に飛ばされて木に当たった。
「はい、そこまで~」
僕達の勝負を見ていたにとりがそう勝敗を着けた。…ぉおう、受け身を取れずにぶつかったせいか頭がクラクラする。
◇
「えーと、これで文の30戦30勝0敗だね。おつかれ」
あの日から十日。身体強化と魔力糸が形になった後、大和はすぐに文との実戦訓練に入った。
もっとも、二つとも形になっただけで、後は時間の問題で実戦のなかで鍛えるしかなくなったんだけども。そんな中での魔力糸の運用だけど、まだ直線的な動きしか見られない。それでも大和の魔法は日に日に上達していっている……と思いたい。
ただし、大和には圧倒的に足りてないものがあった。
「もうちょっと魔力の扱いが良くなればいいのにねぇ」
私たちの扱う機械の効率が良くないとか、燃費が悪いとかと同じだ。大和には絶対的な魔力が全く足りない。
大和自身の魔力は、普通の人間と比べるならそれなりにあるはずなのだけど、大和の持つ"能力" を補うには魔力が少なすぎる。えーっと、アレだアレ。とにかくパワーが足りないんだよ。
「大和の『未来を視る程度の能力』 は確かに強力。文もさっき危なかったし……だからこそもったいないんだよなぁ」
大和によると、集中すれば次に相手が何をするかが片方の目に視えるらしい。だから私たち二人は大和の能力をそう呼ぶことにした。けれど、
「大和自身が違うと思うって言うんだよねぇ」
本人が否定している。
能力なんてものは、発現する本人が一番理解しているのが一般的だ。その本人が違うと言うんだから、まだ他に何かあるのか、それとも全く別の何かか。実際に大和も別の何かを感じると言っていたし、現状で考えられるのはこれくらいかな。
「どっちにしても、使いこなせなければ意味ないけどねー」
こんな状態であの伊吹鬼に立ち向かおうなんて、私には到底出来やしない。
それを平然とやろうとしている馬鹿な友達に苦笑しながら、私は二人の下へと歩いて行った。
◇
――――ふぅ、今のは少し危なかった。
大和の魔力糸、思った以上に切れるわね。危うく三枚におろされるところだった。
それだけじゃないわ。魔力を足裏に集めて爆発、その衝撃を利用して加速だなんて、話に聞く魔法使いの闘い方とはかけ離れてる。大和は魔道書に書いてあったと言っていたけど……。八雲紫、やはり警戒しておいた方がいいかもしれない。
それに能力自体もすごく厄介ね。未来を視るだなんて、こっちの動きが読まれているんじゃたまらない。どれだけ早く動いても軌道がバレているんじゃ、どうあっても捕まえられるに決まってる。
大和自身がまだへなちょこだから今は何とも無いけど、これがもし私の想像を超える成長したと過程したら……いずれは実力で鬼の末席に名前を連ねることになるのかもしれない。実際、私もさっきの模擬戦で一度捉えられてる。
――――まあ、成長した所で負けるつもりも抜かされるつもりもないけど。
確かにここ数日で少しは強くはなった。とりあえず、見られる程度には。
魔力による身体強化、それに糸。この二つがある今の大和なら、そこいらに居る言語すら使いこなせない雑魚に負けるとは思えない。強さ的には、雑魚のちょっと上ぐらいかしら? 下級妖怪には勝てるとは言わないでも、負けることはまず無いわね。
しかし、それだけに疑念が残る。急激に強くなり過ぎているのだ、目の前で尻もちをついている大和は。
星熊様から教えを受けているとは聞いていたけど、それは遊び程度のものだとも聞いている。実戦に使えるような技や体捌きは殆ど教えて貰えてないと考えてもいいだろう。
だから本格的な稽古は今回が初めてと言っていいはずだ。その初めての稽古で、これほどの伸びは異常と言ってもいい。人間は成長が早いと言っても、雑魚妖怪相手に泣きべそを掻きながら逃げ回ることしか出来なかった大和が、私を相手に数秒とはいえまともに戦えるようになるなんて、異常を通り越したナニカとしか考えられない。
しかし、別段大和の何かが変わったとは思えない。文字通り四六時中一緒にいるのにわからないなんて、いったいどういうことなのかしら?
「イテテ……文はやっぱり強いなぁ。あの糸も当たったと思ったんだけど、やっぱり避けられちゃった」
「伊達に上司に喧嘩売ってるわけじゃないってことよ。あの程度じゃ私はやられないわ。でも、いい攻撃だったわね」
手を差し出して大和を立ち上がらせる。にこにこと笑っている表情で、内心の悔しさを隠しているのは流石男の子と言った所か。大和のこういう所は本当に好感が持てる。
「わたしは結構いい線いってたと思うんだけどな。文も危なかったんじゃないの?」
「何言ってるのよにとり。大和が私に傷を付けようなんて、500年は早いわ」
「そうかな? 私の主観じゃ、今までの中でも結構イイ線言ってたと思うけど」
あ、こら。横から口を挟まないでよにとり。褒めたら大和が調子にのるじゃない。
「へー、中々よかった?」
「うん。まあまあじゃないの? 燃費の悪さ以外」
「それは言わないでー!」
それは私も思うところだ。
大和の魔力はそれほど低くはないはずなのに、それが活かせていないのは余りにももったいなさすぎる。本人の言う通り、他に何かあるのだろうか?
「さあ、もう一戦するわよ。時間は限られているんだから」
それはまた考えればいいだろう。今出来ることは精一杯やっておくことの方が大切だ。
◇
~その頃の母~
もそもそ、そわそわ。酒の入った鬼達の中で一人、非常に、非常に珍しいことに一人の鬼が素面で周囲を見渡していた。
「……大和が帰らないのが心配なら様子を見に行けばいいじゃないか」
「そうは言っても勇儀! わたしはあんなこと言ったんだよ! どんな顔して会えばいいんだよ!? ああ! 大和大和やまと~! 母さんは! 母さんはぁ!!」
「駄目だこりゃ」
ここで一つネタばれです。
大和の能力に関してですが、未だ扱いきれていないところを無理やりに引き出しているために燃費が悪いということです。