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東方伊吹伝  作者: 大根
第三章:永遠の蓬莱島
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兄妹ゲンカ決着

3月17日改訂

八意永琳は天才である。それは自他共に認められていることであり、否定のしようがない事実である。

月に移住する前に起こった大戦で彼女が人間側に貢献した事は数知れず、当時の妖怪に最も恐れられた人間の一人でもある。

そんな彼女が産まれて初めて体験した挫折。完璧であるが故に一度も経験したことのなかったたった一度の失敗は彼女に多大な影響を与えた。

理解できなかったのだろう、惨めだったのだろう。そして何より悔しかったのだろう。


そして彼女は自分の失敗を認められず、結果多くの命を散らした。

生まれてきた被検体の解剖……より良い結果のためには犠牲はつきものである。彼女にとって、被検体などただデータをとる為のモノに過ぎない。ボタンを押せば生まれる命に、当時の彼女は何の感慨も浮かんでこなかった。

しかし実験は失敗……失敗、失敗失敗失敗…。

度重なる失敗に彼女は己の限界を悟るようになった。天才だと、月の頭脳とまで称された自分であっても、決して完璧な存在ではないと悟った。そして失意の底にいた彼女だったが、月の姫との出会いが彼女の心に再び火をつけた。正に神の啓示とでも言うのだろうか、ふとした時に姫の因子を混ぜた結果、実験は一応の成功を得た。


一度成功すれば後は調整するのみ。姫の世話をしながら実験をする毎日。

そんなある日、彼女は御上から計画の変更を指示された。そして彼女がこの件に関わることは徐々にだが無くなっていった。計画が変更になり、打って変わって穏やかな日々を送る毎日。

そしてどれくらい優しい時間が経ったのだろうか、彼女の耳にある噂が耳に入る。

その内容は、彼女の造った人造人間が戯れに使われているということだった。彼女は噂を確かめるために計画の中心まで足を進めた。そこで起きていた事実に彼女は震えた。

運ばれてくる死体。生きたまま、泣き叫び、許しを哀願する子供を切り刻んでいく研究者たち。姫との穏やかな日々を生きた彼女に、かつて自分が行っていた所業は正しく地獄であったと知った。

その時、解剖台の上の被検体と目が合った


―――――絶対に許さない――――――


実際に聞こえたわけではない。だが彼女にはそう聞こえた。そして彼女は御上に訴え、計画は一応の終結をみせた。彼女はそう思っていた。



そして時を経て、彼女は再び自分の罪の形と出会う。


「なるほどな、隙ができるわけだ」

「完全にしてやられたわ。やはり、完全な存在など有りはしないわね」

「……俺以外の者を数分で殺してよく言う」


そして今回の襲撃を受け、彼女は決意した。姫と生き残った少年を助けるためになら、強大な月を相手にしても守りきってみせると。


「旧知の仲だから言っておくわ、敗北を認めなさい」


覚悟を決めた永琳から放たれる圧力は、もはや月人のそれを軽く凌駕していた。月部隊の隊長すら上回るソレだが、仮にも男は月の隊長を任された身。部下をやられておいて、一人引くことなど出来るはずもなかった。


「……私も一人の武人。死に場所くらい心得ている」

「そう……」


彼女は旧知の者をも手に掛ける。それが新たな罪を生む可能性があると知っても。




◇◆◇◆◇◆◇




達する極みの一つに『桜花制空圏』 と呼ばれるものがある。

己のパーソナルスペースに入った物を叩き落とす防御の型が制空圏。その先にある一つの極みが、桜花。桜花制空圏は、敵の力が払いきれないほど強力で目で追えない程のスピードだった時にその真価を発揮する。薄皮一枚までパーソナルスペース…制空圏を絞り込み、制空圏による防御陣を無くす。つまりは相手の攻撃を防ぐ防御を一切合切無視した、ある意味もろ刃の剣。だが、その防御に回していた意識を敵の動きを"流れ"で捉える分に廻し、軌道を予測して最小限の動きで躱す。


「攻撃が……当たらない!?」


そして大和が発動しているものがその"第一段階"。アキナの目を見て動きを読み、寸での所で回避する。大和の能力を持って先読みすることも出来るが、生憎と大和は自身の力を知っただけであり、力の制御はまだまだ完璧ではない。更に燃費も悪い。なので能力を使わず、ただ純粋な技だけで躱そうとしている。そんな大和に向けて振るわれる銃、繰り出される足技。そのどれもが大和を捉えることはなく、空を切っていた。それはまさに、散っていく桜花模様。


「やる……じゃあこれならどうかしら!?」


アキナが距離をとり、大和に銃口を向ける。その銃口には、先程と同じく膨大な魔力が見てとれた。


「ブラストォ!!」


迫る弾幕。撃った本人が微笑を浮かべる程の完成度を誇る技。避ける隙間などもはや存在しないかに見える弾幕だったが―――


「……」


まるで散歩をするように、大和は弾幕の中を歩いていた。


「…っ!?」


己の必殺をまるで無視するかのように避けられたアキナは、その姿を見て言葉を失ってしまった。


「ッ向かう先は我に仇為す者なり!」


だが再び、今度は能力を使った攻撃。一度避けられたと言っても、アキナとて月の部隊員としての誇りも、何よりたった一人の完全人造人間としての誇りもある。攻撃を止めるなどといった考えが出来るはずもない。

しかし、既に大和も同じ能力を完全では無いとはいえ掌握している。大和も能力を発動させるも、能力差から来るものは避けようが無い。だが、今の大和には全てを察知し避ける桜花制空圏がある。能力とそれを併用した状態を維持し、大和は弾幕を避け続けた。


「なんでよ……私の方が強いのに、私は『成功作』 なのに!!」


弾幕が通用しないならばと、アキナは接近戦を仕掛ける。

それを見た大和は、桜花制空圏の"第二段階"を発動させた。それは相手の動きを、心の流れを読み、相手と一つになること。舞い散る桜の花と同化するように、大和はアキナと同じ動きをしていた。そして、


「君の目を見て、君の側になって考え、その流れと一つになった。今度は…僕の流れに乗ってもらう!」


最終段階は己の流れに相手を乗せること。一つの桜花弁が人を惹き付けられるように大和の流れに乗ってしまったアキナは、まるで吸い込まれるように大和に技をかけられていく。

ここで漸く大和が基礎修行を徹底的に行った成果が発揮された。大和が繰り出す技は数は多けれど、それほど難易度の高いものではない。ただ錬度が異常に高く、威力も絶大だった。それを防御も出来ず一方的に受け続けるアキナ。たった一つの技で勝負の行方は解らなくなっていた。

こうなると堪らないのはアキナである。格下だと確信していた兄に、まさかの敗北しようとしているのだから。


「幸せになれだって……? 兄さんに、兄さんに私の何が解る!!」


もはや余裕は消え、アキナは感情を露わにする。一方的にやられ始めたことで、初めて一個人としての想いが出てきたのかもしれない。ただ、アキナも自身の思いをぶつけずにはいられなかった。


「……解るさ、痛いほどに解る。君は寂しかったんだ。確かに君の周りには沢山の人がいたんだろう。でも上辺ばかりの付き合いで、君を理解してくれる人なんていない。そう思って君は自分の中に閉じこもってしまったんだ。

だから君は僕を求めた。同じ存在である僕ならば、君は自分をこの寂しさから解放してくれるって思ったんだ。すこし外を見れば、君を理解してくれる人達がいるというのに。

だから僕は君に教えなければならない。相手を受け入れる、ただそれだけでいいんだ。人はこんなにも単純だって、君に教えるために!」


桜花制空圏の付加価値には相手の心を読むものがある。それは時に、相対する者の心の奥底までをも読んでしまうことすら可能だ。そして今回、大和がアキナの心から読み取った物は孤独。

自分が度重なる失敗の上に立つ者としてのプライドゆえ、周りを拒否してきたということ。計画によって産まれてきた自分や月が憎くて仕方がないのに、『成功作』 として生まれた自分に、自分が一番固執していたということ。


「だったら何よ、私を理解してどうしてくれるって言うのよ」

「だから僕は、君を救うよ。君を悲しめるもの全てから君を守ってみせる」


最後の打ち合い。二人はお互いに構えをとる。

二人同時に駆け出し、だが先に仕掛けたのはアキナ。振われた銃は何処から力を振り絞ったのか、今までで一番鋭いものであった。

対する大和はそれを左手で受け止める。鈍い音と共に、大和は骨が砕ける感触が感じられた。

だが負けてやるわけにはいかない。

苦痛に顔を歪ませ、それでも激痛を無視し、大和は右手を振りかぶる。そして……


「君を苦しめる月は、僕が砕いてやる!!」



   ――――"雷声砕月"――――



大気をも震わせる突きが、大和の右腕から繰り出された。

特殊な呼吸法で横隔膜を振動させ、身体を一つの弾丸とする中華拳法の秘義。師父武天には別命で授けられていたが、大和は月の邪悪そのものを砕かん勢いで放った故に砕月と名付けた。練り込まれた気で強化された砕月は正に弾丸。それはもはや人が耐えきれるものではなかった。ゆっくりと地に倒れ込むアキナを、大和は慌てて支えた。


「僕の……勝ちだ」


大和の腕の中で眠るアキナは兄に抱きしめられたからなのか、安らかな顔をしていた。



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