東方伊吹伝
春雪異変から数日、幻想郷に春が戻って来た。
降り積もっていた雪は全て解け、少し遅れた桜が一気に満開へと花開く。誰もが待ちわびていた春の姿に、生き物たちが我先にと大地に溢れてくる。
そして今日は博麗神社で宴会の日。
春雪異変に関わった人、関わらなかった、何となくお酒が呑みたい人、ドンチャン騒ぎのしたい人。いろんな人間や妖怪が集まって、異変を肴にお酒を呷る。まだお昼過ぎだけど、気の早い人たちは既に神社の境内で騒ぎ始めている頃だろう。
「紫さーん、花買って来ましたー」
「御苦労さま。藍、お線香の準備は?」
「大丈夫です、紫様」
その宴会を前に、僕と紫さん、藍さんは零夢のお墓参りにやって来ている。命日ではないけれど、どうしても紫さんが行くと言って聞かなかった。
「大和殿、お線香を」
「ありがとうございます、藍さん」
「二人とも、早くしなさい。せっかちな巫女が怒るわよ?」
「じゃあ怒られないように、早くお参りしましょう」
蝋燭に火を付け、花も添え終わった。後はお線香をあげて手を合わせるだけ。
『…………』
三者三様、博麗と書かれたお墓に向かい手を合わせる。
黙って手を合わせる二人を見ていると、本当にこの人達と争っていたのかと疑いたくなってくる。それほどまでに紫さんも藍さんも、静かに零夢に向かってくれている。
「本当に申し訳ないと思ってるの。謝って許して貰えると思っていないけど……それでも、謝らせて下さい」
長い沈黙の後、紫さんがそう言った。
零夢が逝き、母さんたちが西行妖を沈めた後、目が覚めた紫さんと僕は一度話合いの場を設けた。そこで紫さんが正式に負けを認めて、それからは僕たちはこうやって頻繁に合うようになった。これまでのこと、これからのこと。紫さんは何一つ隠さずに話してくれた。
母さん達は僕に何も言わない。霊夢は頻繁に神社を空ける僕に何か言いたそうだけど、必要なことだからと納得はしているみたい。母さん達や霊夢も、僕と紫さんだけで解決するほうが後腐れなくていいと思っているのだろう。
「零夢はちゃんと解ってました。解ってて、それでも幻想郷の為に巫女として生きたんです。だから、僕は零夢の意志を尊重して先に進もうと思います」
零夢が逝った後、もう一度自分を見つめ直した。
僕に出来ること、僕が望むこと。そして零夢との約束のこと……。
全て纏めてだした結論は、やっぱり紫さんの助けになろうということだった。
"誰かを許さない事は、自分を許さない事"
零夢はそう言っていた。
結局の所、僕は僕で零夢を守れなかった自分も許せなかったらしい。そんな自分すら許せないんじゃ、他人を許して手を繋ぐことなんて到底出来ない。だから本当は少し心が悲しいけれど、それでも僕は紫さんを許そうと思う。そして手を繋いで、これからの幻想郷について考えていくんだ。今度こそ、一緒に。
「本当に貴方は強い子ね。幾つもの試練を乗り越えて、それでも歩みを止めずに前を向いて行ける。今の私は、もう進歩が無くて……。ねえ大和、いったい何が貴方をそうさせているの?」
「……何度も言いますけど、僕自身はそんなに強くないんですよ?」
「じゃあ尚更どうして?」
「そんなの簡単です。周りの影響が強過ぎて、じっとしてられないんです。立ち止まったら遅れるはずなのに、どうしてか遅れる僕を引っ張ってくれる人ばかりなんですよ。ホント、嬉しいやら困ったやらで。紫さんもそうなるでしょうから、覚悟しておいて下さいよ?」
「……ふふ、そうね。では覚悟しておきましょう」
本当に覚悟しておいて下さい。下手すれば炎飛んできたり、矢が飛んできたりしますから。酷い時は御札の嵐だったなぁ……。
「そう言えば、母さんが管理者がどうこうとか言ってましたけど……結局あれは何なんです?」
母さんが何か言ってたんだよね。今となったらもうどうでもいいや! とか言ってたけど。
「ん? ああ、その話か。今後は大和殿が紫様に変わり、幻想郷を管理していくと言う話だったんだが……どうだ?」
「無理です」
「私もそう思う」
「……」
「……」
「……藍さんって、時々酷いですよね」
「すまない」
謝らないで……自覚してる分余計に惨めになるから…。
でも母さん、貴女って人は息子に期待しすぎだ。僕はそんな大それたことの出来る人じゃないんだよ? 出来て精々が魔理沙の師匠程度。それに誰がこんなヘタレで弱い若輩者に付いて行こうなんて思うのか。……あぁ、なんだろう。色々としょっぱいや……
「それでも大和には、今後私の助けをして貰う事になってます」
「そりゃあ手伝うと言った手前、出来るだけのことはやりますけど……。具体的には何をするんですか?」
「幻想郷の管理者(仮免)」
「貴女達もかコンチクショウ!?」
泣くぞ!? いい加減に泣くぞ!? そこまで期待して貰えるのは光栄だけど、流石に紫さんの代わりなんて出来るわけないんですからね!?
「だって仕様が無いじゃない。私もいい加減楽したい……じゃなくて、大和が手伝わせて欲しいって言うんだもの」
「ああ、仕方ない事なんだぞ大和殿。私の睡眠時間確保のため……ではなく、幻想郷の為に頑張ってくれ。なに、不安に思うことはない。私も共に働くことになっている。お互い助け合っていこうじゃないか」
「本音だだ漏れですね。今まで僕が持っていた二人のイメージを返せこの野郎」
なんだこのスキマと狐。本当に裏で陰謀やら策謀をしていた二人なの? まさかとは思うけど、僕ってこんなノリの二人に言い様に踊らされてたの? 馬鹿なの死ぬの?
「さて、じゃあ行くわよ幻想郷の管理者(仮免)。久しぶりの宴会だもの、呑まないとやってられないわ」
「紫様の言う通りです。行こうか、幻想郷の管理者殿(仮免)」
「ふざけてますよね!? 僕、これから山に居た時みたいに弄られる続けるんですか!? そんなの嫌ですよ!?」
「藍! 呑むわよ!」
「勿論です!」
「ちょっとー! 二人とも無視しないで下さいよー!?」
零夢の墓を後にする二人。僕はもう一度だけ零夢に向き合って、手を合わせる。
――――お盆にでも還っておいで。そうじゃないと、浮気するよ?
したら呪う、なんて言葉が聞こえたけど幻聴だろう。
急いで振り返って二人を追う。紫さんがスキマを開いて待ってくれていた。
そのスキマを三人で潜ると、目の前に広がる境内の宴会場。
「お帰りなさい、大和さん。遅かったわね」
「うん。ただいま、霊夢」
「お帰り大和! 母さんと一緒に呑もう!」
「そうだね。でもまずは、ここに居る皆を紹介するね? あそこにいるのは――――」
僕の、大切な友達たちだよ。
――東方伊吹伝 fin――