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東方伊吹伝  作者: 大根
終章:終わりは始まりの桜
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大和と零夢

「大和ぉーーーー! 大和大和やまとまとまと大和~~~~! 私の息子! 偉い! ホント偉い!」

「母さん締め付けられて痛いです!?」

「怪我だらけじゃないかこんちくしょう! でも怪我は男の勲章だ! そしてお前は自慢の息子だ!」

「褒められて嬉しいけど、骨が! 身体がぁ!?」

「こんな嬉しいのはは久しぶりだ! ええいどうしてくれる!? 接吻か!? いっそ剥ぐか!?」

「やめて!?」


 恥ずかしいから! 接吻とか、僕ら親子だから! ……うん? でも大陸に居た時、接吻は親愛の証だって家族も当たり前にしてたような……うん?


「はいはい小鬼、これ以上やるとあんたの馬鹿息子が死ぬわよ」

「おお! 死んだ巫女の言う通りだ! ごめんな大和、母さん嬉しくってさぁ」

「大丈夫、大丈夫。僕だって嬉しいから」


 ――――本当に終わったんだ。

 地面に倒れ込んだ紫さんを見て、僕はそれを確信した。

 気絶しているのか、ピクリとも動かない。それでも少し微笑んだまま眠っている紫さんを見ると、僕自身も自然と笑顔が零れてくる。


 そして、全てが終わるタイミングを見計らったように霊夢……零夢が僕の前に姿を見せに来てくれた。


「お疲れ様」

「うん、零夢も」

「それは私じゃなくてこの子に言いなさい。あんたの為に頑張ったんだから」


 トントン、と胸を叩きながらそう言った。自慢の巫女服はボロボロだし、見えているお腹や腕なんかには青痣も出来ている。二人がここまでになるのだから、藍さんとは相当激しい争いだったんだろう。

 その藍さんはと言うと、地面にぽいっと捨てられている。たぶん零夢に連れて来られたんだろうけど……頑張れ、藍さん。僕は苦労人仲間の藍さんが嫌いじゃないですから。


「そう言えば、霊夢と零夢は……」


 霊夢が零夢だったのか、それとも零夢が霊夢だったのか。

 僕は二人が別人だと思っていたのだけど、今の霊夢を見る限り二人は同一人物なのかな?


「何考えてるかだいたい分かるから言っておくけど、この子と私はまったくの別人よ。同じように見るつもりなら、この子の為に私があんたを張り倒す」

「……映姫様絡み? 前にお酒の席で意味深なこと言ってたけど」


 一回限りがどうとかこうとか。紅霧異変後の宴会でそんなこと言ってた気がする。


「そんなとこ。……さて、用は終わったことだし、私還るわね」

「まったまった!! もう少し! もう少しだけ話しよう!!」

「えー……」


 じゃあね、と軽く手を振る零夢を必死に押し留める。

 そう易々と還らせてなるものか。もう会えないかもしれない一度きりのチャンス。お互いの腹を割って話す必要があると僕は思うんだ。


「私はあんたと話すことなんて―――!」

「…!? なんだこれ、冥界の奥からすごい妖力が……」


 いきなり膨れ上がったおぞましい量の妖力。冥界から伝わってくるそれが、傷ついた肌にズキズキと突き刺さって来る。


「う、う~ん……」

「ああ、妖夢ちゃんも目が覚めた?」

「大和、さん……? 何ですかこの妖力は―――――って、その怪我はどうなさったんです!?」


 今の今まで気絶していた妖夢ちゃん。戦闘の流れ弾に当たらないようにと母さん達に保護されていたけど、終わった途端に放り投げられたみたい。自慢の刀を放り投げた状態で横になっている。


「まさか……気絶した私に、遂に真の力が覚醒したんですね!?」

「零夢、この妖力に憶えある?」

「あるわね。この奥にある西行妖、それに良く似てるわ」

「じょ、冗談を言っただけじゃないですか! 無視しないで下さい!」


 喧しいわ。怪我人はそこで大人しく座ってなさい。


「魔理沙は大丈夫?」

「……だ、だいじょうぶです」

「あぁ、駄目駄目だね」

「だっ、大丈夫だぜうぇ!」


 へたり込んでいた魔理沙も大丈夫じゃないと。服が少し裂けただけで怪我は一つもないけど、声が完全に裏返ってる。その姿が昔の可愛い魔理沙ちゃんのように見えたけど、たぶん見間違いじゃないと思う。あれしか方法がなかったとはいえ、悪いことしたなぁ。


「ご主人さま、これからどうするの?」

「行くしかないだろうね。西行妖を止めに」


 たぶん咲夜ちゃんが一人で頑張ってると思うから。



   ◇



「えー…」

「うわぁ……」

「ひ、ひでぇ……」

「西行妖がー!?」


 上から零夢・僕・魔理沙・妖夢ちゃん。気絶したままの藍さんと紫さんを含めた全員で西行妖の下へと急いだ。咲夜ちゃん一人には手に余る。一刻も早い救援が必要だと痛む身体を引き摺って来たはいいんだけど……


「私の管轄を離れて好き勝手したばかりか、冥界をこんなことにしてしまって。私はこの後会議に呼ばれて白黒はっきり責任を取らされるんですね解ります。こうなったのも全てはあの馬鹿野郎と馬鹿巫女のせいですよこんちくしょう。あの二人が死んだら絶対に扱使ってやります。ああ、そう言えば巫女は既に死んでましたねフフフ、フフフフフフフフフフ―――――ラストジャッジメントォ!!」


 暴れる西行妖が、般若と化した映姫様にフルボッコにされてました。

 いや、ほんとそれくらいしか表現ができない。とんでもない妖力で、とんでもない量の死の弾幕を放っているんだけど、映姫様には掠りもしない。逆に目も眩むような閃光が幾重にも照射されて、まるで苦しんでいるように枝が揺れている。


「さっきからあの調子なのよ。ホント、助けに来て貰って悪いのだけど」

「あたいたちは何もしなくていいんだってさ。映姫様のストレス発散……もとい、お仕事を奪っちゃ駄目だとさ」


 座って観戦している咲夜ちゃんとこまっちゃん。なんでも、危ないところをこまっちゃんが助けに来てくれたらしい。あとは映姫様が西行妖を押さえこんだら春が戻るとか何とか。いやいや、良かった良かった。


「そうは言っても、時間が掛るのだ」

「そうだね。ほら、大和と巫女以外の人間たち。わたし達も行くよ!」


 一人無双をしている映姫様を眺めていたルーミアちゃんがそう言った。母さんもそれに賛成のようで、ぶんぶんと腕を振りながら魔理沙や妖夢ちゃんを捲し立てている。


「私はもう魔力ないんだぜ!? し、師匠に奪われちまったしよぅ……」

「私も大和さんに殴られた痛みが……」

「あたいは持病の腰痛が……て言うか、あの中に飛び込むのはごめんだよ」

「何言ってんだい。若いうちは金を払ってでも苦労は買えって言うだろう? 解ったらほら行った行った!」


 動こうとしない人を掴んでは投げ、掴んでは投げて映姫様の元へと投げつける母さん。母さん自身も暴れるようで、指をボキボキと鳴らして準備をしている。


「……今回だけだよ」

「……礼は言わないわよ」

「いらん。思い出した時に精々苦しめ。……よーし! 久しぶりに本気で暴れるとするか!」



「ぎゃー!? 師匠! 師匠助けてくれー!?」

「申し訳ありませんお嬢様。咲夜はここで果てます」

「はっはっはぁ! 久しぶりの喧嘩だ、楽しんでいくよー!!」



   ◇



 母さんも行ってしまった後、その場に残されたのは僕と零夢だけ。幽々子さんと紫さん、藍さんは少し離れた位置で横になっている。

 もしかすると、母さんが気を使ってくれたのかもしれない。でも本当に? そう疑ってしまうのも無理はないけど、現に僕と零夢以外はこの場にいない。


 つまり、僕らは二人きりなわけで。


「えっと……零夢? 霊夢はどうなったの?」

「霊夢なら中にいるわ。でも盗み聞きをするつもりはないから存分にどうぞ、ですって。まったく、最近のガキはおマセさんね」

「あはは……」


 霊夢にまで気を使わせちゃったのか。ありがたいんだけど、親代わりとしては複雑な感じ……。

 でも良い機会だし、零夢に話したいこともいっぱいあるから存分に利用させてもらおう。


「何を話そうかと言うとそれこそいっぱいあり過ぎて何から話せばいいのか混乱しちゃうんだけどそれでも僕はやっぱり零夢に言っておかないと駄目なことがあって 「たまには黙れ」 ―――はい! 黙ります!」

「……」

「………」

「…………」

「何か言ってよ」

「そりゃないよ零夢さん」


 むすっとしたまま横を向いたままの零夢。これはあれだ、男としての甲斐性を見せるべき所なんだろう。自分に合う男かどうか計られているに違いない。零夢はプライドが高いし、自分から話をするなんてことは出来ないんだろう。

 だからきっと、僕から零夢に話さないと駄目なんだ。ずっと僕が思ってたこと、それを伝えないと駄目なんだ。


 失った時からずっと逃げてきて、誤魔化してきたことを包み隠さず全部。


「僕は零夢に謝らなくちゃいけない」

「……何であんたが謝んのよ」

「……僕が殺したも同然だからだよ。僕はそのことをずっと後悔してた。なのに誤魔化してきたんだ。何年もの間……だって、そう簡単に忘れられるものじゃなかったから。僕に関わったせいで零夢は死んだんだって。ずっと、ずっとそれを謝りたかったから……だから、ごめんなさい」


 深く頭を下げた。

 謝って許して貰えるとは思ってない。僕と関わりさえしなければ、零夢は幸せな人生を歩めたのかもしれない。零夢の為と思っていた僕の独りよがりが零夢を殺した。そう思うと、身が引き裂かれそうになって。

 そうやってずっと後悔してた。出会わなければ良かったんじゃないかって思ったときもある。

 前を向いて歩きだせるようになってからも、その想いが頭から離れたことは無かった。出会いさえしなければ、零夢を死なせることもなかったかもしれないんだって。


「――――大和は知ってる?」

「……?」

「年頃の男女に大切なのは、相手にどう好かれているかじゃないんだって。自分が相手をどう好きなのか。それが大切らしいの」


 下げた頭を持ち上げられ、互いの顔が見れるようになってから、零夢は僕の肩に手を回してきた。

 ゆっくりと、僕は壊れモノを触るように零夢の身体を受け止めて、同じように零夢を抱きしめる。霊夢の身体だけれども、僕の良く知る零夢の感触がした。


「ねぇ大和、好き?」

「……いいの?」

「二度も言わせないで」

「――――うん、好きだ」

「どこが?」

「全部。……零夢は?」

「――――――」


 クスクスと笑う吐息が耳に掛る。

 小さくて、もしかしたら幻聴かもしれない。でも僕の耳には、心にはしっかりと届いた。


「私の人生は、決して幸福なものじゃなかった」


 互いを抱きしめあったまま、零夢がゆっくりと話始める。

 その独白が、最期の最期まで見られなかった零夢の心の内だと知った僕は、黙って零夢の言葉に耳を貸す。ふわりとした感触が耳に心地よい。


「貴方は出会わなければ良かったと言ったけど、それは間違い。私は貴方に出会えて良かったと思うの。決して幸福じゃない人生の中の、幸福な時間。そう思えてしまうほど、私は貴方に参ってしまっている」


 柔らかい声が髪を揺らす。

 駄目だ、口元の綻びが止められない。それを知られるのが嫌で、強く抱きしめることで応えた。

 それに応えるように、零夢も強く抱きしめてくれる。


「必要なときに、ただそこに居てくれる。それは本当に嬉しいこと。それだけで私は救われた」


 同じだ。一緒にいられる時、一緒にいた時。それが宝石みたいな時間で、宝箱の中にそっと仕舞って置きたくなる、そんな時間。


「『誰かを許さない事は、自分を許さない事。誰かを大切にすることは、自分を大切にすること。自分の為ではなく、誰かの為に頑張れるようになったとき、本当の意味で強くなれる』 ……私がいなくても、大和は強くなってこれた。これからも、きっと。この子と一緒に。そうでしょう?」


 ただ一言、許せ。自分を許せと零夢に言われた。

 強くなる為に。これからの幻想郷を担う者として、誰にも負けない強さを手に入れるために。

 だけど、そこに零夢はいない。


 ――――私はもう、貴方の力になれないの。ごめんね……


 消え入るようなか細い声で言われた途端、何か塞き止めていた物が抜かれた様に涙が出た。 

 止まらない。瞳から流れる涙が、どうあっても止まらない。

 嗚咽混じりの言葉じゃ伝わらない。何も言えずに、強く、強く、壊れるほど強く零夢を抱きしめた。

 震える身体は誰のものか。僕か、零夢か。その両方か。この一時を絶対に忘れないために、もっと強く抱き合った。

 

「素直になれない私だけど、生きている時に何一つしてあげられなかった私だけど、一つだけ最期にあげることが出来るの。……ううん、さっき言った"もう前払いしたもの"」


 肩に乗せていた頭を退け、鼻が当たりそうな距離にまで近づく。嬉しそうに泣く彼女はとても綺麗で、儚げな瞳が揺れている。その姿があの最期の時と重なって見えて、僕は終わりが近づいていることを感じた。

 ああ、駄目だ。終わる、終わってしまう。何か、何か言わないと。伝えたいことも話したいことも沢山あるんだ。でも言葉が出て来ない。嗚咽が止まらないんだ。止まれ、止まれよ、お願いだ止まってくれ。いや、止まらなくても良い。だから今度は、今度こそ笑って見送るんだ。


「私の心を、想いを、貴方に捧げます」


 本当は見送りたくない。死にたいくらい辛い。一緒にいたい。逝かないで。そう叫んでしまいそう。ただ君の顔を見て、君の声を聞いて暮らして行けたならどれほど良いか。

 でもそう思うと、弱い僕はまた駄目になってしまう。だからもう一度与えられたこの機会に、今度こそ。




「――――――ありがとう。心から、貴方へ」

「――――――大好きだ。心から、君へ」




 ―――――――――今度はちゃんと伝えられた












「―――逝ったわ」

「……うん」

「大丈夫…?」

「うん、今度はちゃんと伝えられたから」

「そう。……ねぇ大和さん」

「なに?」

「私、大切なものを見つけたの。まだ種みたいに小さなものだけど、いつかは花が咲くかもしれない。その時、私の傍に居てくれる?」

「……」

「……ごめんなさい、変なこと 「その時は――――」


「その時は、きっと誰もがその花を見てるんだと思う。たぶん、僕も」

「……そうね。私も、きっと。……もう少しだけ、このままでいていい?」

「うん。僕もそうしていたい」


 還って来た彼女は、最後に微笑んで逝ってしまった。最期の最期まで、直接僕に想いを伝えてくれることもなく。

 でもそれで良かったんだとおもう。だって、それが僕の大好きだった博麗零夢らしいから。



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