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東方伊吹伝  作者: 大根
終章:終わりは始まりの桜
183/188

伊吹大和②



 残片の魔法陣が大和の身体を包み込む。その姿は、まるで真の姿を前にした繭のよう。

 そして幾重にも張り巡らされた魔法陣が晴れた後、大和の姿はそこには無かった。

 代わりに現れたのは紅魔館の主。青い髪を風に揺らし、淡いピンク色の服からは深紅の妖力と魔力が滲み出ている。気品溢れるその姿は、紛うかたなきスカーレットデビルそのものだ。


 しかし、紫には解っていた。

 既に大和は現と幻の境界線を突破している。レミリアから感じる魔力や妖力は、五感を狂わされた自身の勘違いによって映し出された幻影。目の前にいるレミリアは、大和の創りだした幻術に過ぎないと。


「レミリア・スカーレット……いいえ、大和の創りだした幻影」

「クク、愚かだな八雲紫。真実を見極める目を持ってこそ、上に立つ者と言うものを……。幻想郷に来たときの借り、返させて貰う!」

「そんな子供だましの幻術で!」

 

 レミリアから投擲された深紅の魔槍。

 だが先程の大魔法で大半の魔力を消費した大和の魔法など躱すまでもない。素手で掴み取り、砕き、返しの一撃を入れて終わらせてやる。

 自分と大和はもう解り合うことはできない。否、最初から不可能だったのだ。

 もはや自分は何も知らぬ子供ではない。出来ること、出来ないこと。それは痛いほど目にしてきた。

 伊吹大和……彼は自分にとって、最後の縋る寄る辺。拒絶されたのなら操ってしまえばいい。そうすれば幻想郷は安定を迎え、自身も長の最後の血族を迎えることが出来る。


 ――――幻想郷の為と言いながら、私は昔の弱い自分を捨て切れていないのね。

 

 そんな自分自身を卑しく思う。しかしもう止まれないのだ。

 飛来する魔槍に真正面から向きあう。手を伸ばし、腕に触れる寸での所で――――紫は身を躱した。


「――――オシイ、そのまま冥府にでも行けば良かったのに」


 悪寒、殺気とでも言えば良いのだろうか。魔槍を目の前にした紫は、はっきりと自分の死を理解させられた。

 触れれば死ぬ。コンマ数秒の内に感じたことだが、頬を過ぎ去っていった魔槍の威力を考えると冷や汗が止まらない。大和の脆弱な魔力で練られた魔槍ではなく、強靭で膨大な魔力で練られた本物の魔槍だった。当たればただでは済まなかっただろう。


「……貴女、いったい何者?」

「クックック……答えるまでもないと思うけど、敢えて答えさせて貰おう。我が名はレミリア・スカーレット! 紅魔館のスカーレットデビルであり――――大和の妻だ!」


 ふざけんな! ヌッ殺す! と地上で戦況を見つめる鬼と宵闇の妖怪が叫んでいるが、一番叫びたかったのは紫自身だった。

 確かにレミリアを自称する妖怪から感じられる妖力や魔力は強大だ。吸血鬼に相応しい力であり、紅い魔力や妖力もレミリアのもの。更には紫が知っているレミリア自身の物とも酷似している。まったく同じと言ってもいい。

 しかしレミリア本人なわけがない。

 いきなり大和が消え、レミリアが姿を現した。目の前の吸血鬼は、レミリアの皮を被った大和でしかないはずなのだ。


 ――――飛行虫ネスト


 ならば化けの皮を剥がすまで。

 空に数多の隙間が開き、そこから無数の弾幕がレミリア目掛けて飛んで行く。

 躱せるわけがない。空を覆い尽くした雪崩のような弾幕を前に、地上へ降りていた魔理沙は絶句した。

 そもそも、今回の一戦は弾幕ごっこなどというルールは適用されていない。ただただ純粋で愚かな殺し合い。紫も、大和でさえ相手を殺す一つ手前の段階で闘っている。

 そんな明確な殺意を持った弾幕が、雪崩の如く押し寄せてくる。


 しかし、受けて立つレミリアの口元は嗤っていた。

 まるで弾幕を受け入れるかのように両手を広げ、そして――――

 ――――――――蝙蝠となって消えた。


「なんですって!?」


 目の前の出来事に思わず声を上げてしまった紫。

 だが驚いている暇はない。背後から迫る殺気が紫の神経を更に追い詰めて行く。

 ――――本物の吸血鬼とでも言うの!?

 振り返りながら迎撃の弾幕を放つ紫だが、振り返った先にレミリアはいなかった。


「うーん、じゃまだなぁこのスキマ」


 そこに居たのは、レミリアとは違う七色に輝く宝石のような翼を持つ紅い服をした少女。


「壊しちゃえ。きゅっとして……どっかーん!」


 フランドール・スカーレットその人だった。 

 可愛い声を上げ、スキマを破壊していく様は無邪気そのもの。しかし、無邪気故に残酷。まったくの容赦なくスキマを破壊されつくしたが、紫も然る者。余りの出来事に愕然とするが、ただ黙って見ているわけもなく、条件反射のように体は次の行動を起こす。紫は再びフランドールを囲い込むようにスキマを展開し、上下左右ありとあらゆる場所から無数のレーザーを浴びた。


「わわ、これはちょっとキツイかな~。……ちょっと物足りないけど、パチュリーとチェンジ!」


 フランドールが炎剣を取り出してレーザーを払うも、如何せん四方を塞がれている上に数が多い。被弾しはじめたフランドールは、少し考えるように黙り込んだあとにそう言った。


「私は便利屋じゃないのだけど」


 そして間髪入れず、フランドールからまるで変身するように現れたパチュリー・ノーレッジ。

 死地にあるにも拘わらず、周囲を眠たそうに見渡す。四方から迫る無数の弾幕を前に、パチュリーが指で空中をなぞった。するとパチュリーを守るように防御用の魔法陣が二重三重にも展開され、弾幕の嵐を防いでいく。


「大和の魔法"完全残片" は、姿を変え、魔力や妖力といった人物を判断させる感覚を惑わせる魔法ではない」


 大和からレミリア。レミリアからフランドール、そしてパチュリー。その力は、どれも紛れもなく本人たちの物。

 幻術は偽物であって、本物を作りだすことなど出来ない。空想を物質化する有幻覚であっても、魔力量に左右されるために大和の手には余る代物。外見を繕うことはできても、個人をまるまる再現することなど到底不可能なことだ。

 だが実際に目の前で起こっている。

 そんな信じられない光景を見て目を見開いている紫に、パチュリーが淡々と魔法を解説していく。


「残片はその名の通り、技や型といった一部を模倣する欠片にすぎない。なぜなら完全残片を使うに当たって創られた、いわば出来損ないの魔法だから。でもこの魔法は違う」


 積み重ねられた魔法陣の上に、更に魔法陣が重なっていく。紫の弾幕が衝突して、その衝撃で魔法真が砕けるよりも先に新たな魔法陣が次々に構築されていく。一部の隙もなく防ぎつつけるパチュリーだが、それだけで終わるほど彼女の魔法使いとしての力は低くない。防御のために張った魔法陣の外では、紫を攻撃するための魔法陣が紫のスキマの如く幾つも展開され始めた。


「残片の一部をコピーする技ではなく、人物そのものを大和のイメージを基に完全に模倣する幻術魔法。それが完全模倣魔法、残片の真の姿。色々と制限はあるけど、敵に説明する必要はないわね」


 説明を終えると同時に、紫に向けて放たれる五行を司る弾幕。説明途中に弾幕を放たなかったのは、大和のパチュリーに抱くイメージがそうさせているのかもしれない。


「そんな猿真似如きに……!」


 魔法の嵐から後退する紫に、もう余裕の色はない。

 もしパチュリーの言が本当だとするのなら、大和は誰にでもなることが出来る。映姫、幽々子、萃香、幽香。自身の手にも余る者に変身されては、苦しい戦いを強いられることになる。

 額には今まで見せなかった汗が滲み、脳裏には敗北の二文字が見え隠れし始めた。


「猿真似なんかじゃない!」

「っ紅魔館の門番!?」


 数十mはあった距離を一足跳びに、入れ換わった紅美鈴が彼我の距離を零にする。

 ――――クッ、離れられない……っ!

 弾幕戦から一転、付かず離れずのドッグファイトを繰り広げる美鈴と紫。だが流石に近距離では美鈴に軍配が上がるのか、紫の身体に美鈴の拳と蹴りが突き刺さり始めた。

 次々と打ち込まれる虹色の打撃。傷一つ付かなかった紫の身体に、着々と、だが深刻なダメージが蓄積されていく。


「これは大和さんが大事にしてきた、いわば他人との繋がり! 絆の力! 大和さんが大和さんであるからこそ、私達は何の迷いも無く力を貸すことが出来るんです!」

「―――ッそうやって、他人に支えられてきただけの人間が何を偉そうに! 一人じゃ何も出来ないくせに!」


 叫ぶ紫が、自分も巻き込まれることを厭わずに大量の妖力を爆発させた。それはまるで、嫌なものを拒絶する子供のよう。

 爆風によって互いの距離が離れ、紫にとっては戦いやすい位置取りとなった。しかし無茶をしたせいか、あるいは打ち込まれた美鈴の打撃が効いていたのか。爆煙から出てきた紫は、つい先程までの余裕ある姿とは打って変わった満身創痍だった。


「それが悪いかよ。私があいつを助けたいって思う理由はそんな難しいもんじゃない。"一生懸命に頑張ってる奴を放っておけない" ただそれだけだ。だから大和だって、お前を助けるって言ってんだろうよ」


 そして爆煙の中から出てくるもう一つの影。

 長い白髪を煌めかせ、火の鳥を印象づける炎を纏って出てきた少女。美鈴と変わるように出てきた藤原妹紅は無傷そのものだった。

 不敵に笑う不死の蓬莱人間が、痛む身体に顔を歪めた紫を見つめ、深く溜息を吐いた。


「今のお前を燃やすのは簡単そうだが、平和主義な私は敢えて話をさせて貰おうか。

 いいかー若いの……っと、お前はそれほど若そうじゃないな。まぁいい、人を支えるのはお前の言う意志や力なんかじゃない。人を支えられるのは人だけだぞ。人間や妖怪、どれだけ強がっても一人じゃ生きていけれん。これは長い間一人で生き続けてきた妹紅さんの話だ、憶えとけ」


 ふぅ……、とまるで歳老いた老人のように息を吐く妹紅。柄でもない事を言った、とごにょごにょ何か言っているが、先程の話が痛いほど理解できる紫には聞こえなかった。


 人は一人で生きてはいけない。妖怪も同じ。例え種族が変わったとしても、その事実が変わることは一生ない。

 ――――解ってる。解ってるわよそんなこと……

 紫はボロボロだった。身体ではなく、心が。大和が持つ人との繋がりが、紫には眩しくて羨ましかった。何より自分が欲しかったものを、大和は手に入れている。


 全く動かなくなった紫を前に、妹紅の姿が大和のものへと戻っていった。

 魔法の行使によって消費したのか、肩を揺らして息をする大和がたどたどしい動きで紫の下へと飛んでいく。

 目の前に立っても、紫は何の反応も示さなかった。ただ俯いて、怯えるように何かに震えていた。大和にはそれがとても痛ましく思えて、震えるその肩を優しく抱いた。


「……私が何をしても、何も変わらなかった」

「……」


 泣いているように呟く紫に、大和は黙って聞く。初めてだったのだ。紫が自分から弱さを吐き出してくれることが。だから、大和はそれを全て受け入れたかった。嘗てレミリアの母親の願いを受け入れるために死ぬ覚悟をしたように、大和は受け入れたかった。そして今度こそ、悲しい結末を迎えないように。


「正しいことをしていたはずなの。楽園を創って、そこで幸せに暮らす。みんなそれを望んでると思ってた。でも誰からも称賛されることはなくて、与えられるものは罵倒や陰口だけだった」

「……紫さんの目指していたのもが偉大すぎて、きっと誰にも解らなかっただけなんです。無条件で与えられる物なんて、誰だって疑っちゃいますから。だからそんな意味の解らない物は拒絶するしかない、そうなってしまった。……もしかしたら、人も妖怪も、そうやって誰かを悪者にしないと生きていけないのかもしれません」

「……」


 ゆっくりと、震える紫を抱いたまま地上へと降りて行く。紫は抵抗しなかった。

 地上に降り立ったとき、紫の身体にはまったく力が入っていなかった。崩れるように膝を付く紫を、大和は優しく抱きとめる。こんな弱い姿は誰にも見せられないと思って。


「前に、ある人が紫さんのことをこう言ってました。"誰もが好き勝手に生きる世界に絶望したのではないか" って」

「……」

「紫さんを深く知ってから、僕はその通りなんだと思いました。やりたくない、でも長のように犠牲になった人達の為にはやらないといけない。……辛い選択だったと思います」

「……私はそんな妖怪じゃないわ。もっと自分勝手で、身勝手な……」

「いいえ違います。紫さんは本当に優しくて、誰よりも"皆" のことを考えている立派な人です。責務と感情の間で翻弄されて、矛盾を抱えながらも最大多数の幸福の為に行動する。そんな辛いこと、誰だって知ってて出来ることじゃないです」

「……だけど失敗した。失敗して失敗して失敗して、長を失って、挙句の果てには多くの妖怪や人間の命を犠牲にしてきた。そうせざるを得なかった私に、いったい何が残されていると言うの……?」


 大和の腕の中で震える紫は、温もりを求めて彷徨う幼い頃の紫そのものだった。


 ――――先生の時と一緒なんだ。みんなを助けたいと思ってるけど、一番助けを求めてるのは紫さん自身。

 ――――悪いのは紫さんだけじゃない。ただ恩恵を受けるばかりで、無理させてきた僕らにもある。


 大和には、もう零夢の件で紫を責める気にはなれなかった。

 確かに紫は憎い。あの出来事までは感謝していたし、恩も感じていた。だけど、この裏切りだけは許せない。

 そう思ってこの闘いまでやって来た。でも実際に相対して、心の根っ子を知った今はもう責めることなどもう出来なかった。自分と同じように大切な人を失ったからではない。誰にも支えられない辛さを、誰にも支えられてきた大和には解らなかったから。

 でも、だからこそ支えられる喜びを教えることは出来る。


「僕がいます」


 だから、まずは自分が紫を支える。皆が何と言おうと大和はそうするつもりだった。始めからそのつもりではあったが、今はその気持ちが更に強くなっている。


「大和が……?」

「そうです。僕が、いえ、貴女の創った幻想郷は全てを受け入れます」

「それが…大和の……」

「はい。僕が勝ったら、紫さんにそうさせるつもりでした」


 "幻想郷は全てを受け入れる"


 邪魔者は排除する。今までの幻想郷はそうだった。仇名す者は排除し、敵対する者、あるいは敵対しそうな者は先んじて排除してきた。そうやって紫が陰で受け入れる者を選んでいた仮初の理想郷ではなく、それを含めた全てを受け入れる。大和の望んだものがそれだった。

 それによって生まれる争いも増えるだろう。しかし、大和は敢えてその道を選んだ。

 全てを受け入れることは、無法地帯を創りだすことではない。ただ、そこに居る者がより良い方向に進もうと手を繋ぎ、努力することが出来ればきっと誰もが楽しく笑えるようになる。母親の為に、家族の為にと外へ出た大和が出した答えがそれだった。


「……ふふ、やっぱり長に似てる。冗談のセンスが特に。それに、一度決めたら迷わない心の強さも母親そっくり」

「ありがとうございます。この心は、僕にとって一番の誇りです。でも、一つだけ違いますよ」

「……?」

「この人を想う心だけは、きっと貴女に似たんだと思います」

「っ…そう、だといいけど……」


 紫の震えが一段と大きくなる。二人からだいぶ離れた場所にいる魔理沙達には見えないように、大和の影になるように紫は涙を流した。

 遂に、大和は紫の心の内へと入ることが出来たのだった。



   ◇



「やった……のか?」


 魔理沙の声に、そこに居る萃香とルーミアは応えなかった。

 萃香は満面の笑みで頷き、ルーミアは少し面白くなさげに頭を傾けている。

 ……つまり、そういうことなんだろう。

 除々に魔理沙の表情が明るくなっていく。始めは小さく、次に大きく身体を震わせ、


「やっっっったぜーーーーーーーーーー!!」


 箒を放り投げ、飛び跳ねて魔理沙は喜んだ。勢い余って萃香を抱いてぐるぐると回り始めるほどに。その萃香も嬉しさで何も解らないのか、ただただ頷くばかりだ。


「おい師匠! やったぜ師匠! さすがはヒーローだぜ!」

「……」

「師匠……?」


 全て終わったと言うのに、大和と紫は動かない。

 いや、動いてはいる。だが様子がおかしい。紫が大和に何かしたのか、大和の身体が震え始めた。

 そして――――


「来るな! 魔理沙!!」

「え――――」


 紫を抱きとめていた大和の腹部を、真白な閃光が突き抜けていった。



   ◇



「だからと言って、貴方が何をしようと私は変わらない」


 何をされたのか解らなかった。

 気付いたときには貫かれていて、まるで何かが抜け落ちたように大穴が出来ていた。

 油断とかじゃなくて、本当に解り合えたと思ってたんだ。紫さんが心を開いてくれて、100年以上も続いた戦いが終わったんだって。

 でも全然違った。紫さんの心を開くことは出来ても、紫さんを変えることは出来なかった。僕が生まれる前から続いてきたんだ、当り前と言えば当たり前なのかもしれない。


(痛いな……)


 腹に空いた大穴。何時もなら痛覚が途切れて痛くないのに、なんだか今日は酷く痛む。身体も、それに心も。


「師匠っ! 師匠しっかりしろ! ――――――テメェッ何しやがる!! もう終わったんじゃなかったのかよ!?」

「勝負の着いた後になんてことを……恥じを知れ! 八雲紫ッ!!」

「もう終わった? 勝負が着いた? ――――下らない。私はまだ負けを宣言してないし、するつもりもないわ。それに貴女たち二人とは違って、ルーミアは何となくこうなると気付いてたようだけど?」

「……確かに、こうなるような予感はしてた。でもまさか、本当にする屑がいるとは思って無かった」

「褒め言葉をありがとう。騙し打ちは私にとっては常套手段よ」

「紫ィッ!」

「あら萃香、怒った? それは大和の為かしら? それとも鬼の大嫌いな騙し打ちをしたからかしら」

「―――ッお前は! 私のッ! 私がお前をッ!!」


(全て遅過ぎたのかな……何もかも)


 妙に鮮明に聞こえる外界の声。母さんに魔理沙、元気に喰ってかかってる。

 でも本当にもう無理なんだ。僕は遅すぎて、紫さんはもう手の届く所にいない。ここで紫さんを地面に這い付かせても、絶対に首を立てに振らないだろう。もう本当に、絶対に無理なんだ。例え長であっても、それは不可能なのかもしれない。


(あーあー、てすてす。聞こえてるかしら?)


 …………は? え、なに?


(聞こえてんのかって聞いてんのよ。幻想郷一の大馬鹿野郎)

(いや……誰? 妙に聞き憶えがあるんだけど……)

(当たり前でしょ? あんた好きだった人の声を忘れるの? 信じられないわね)

(……もしかしなくても、彼岸からの御迎え?)

(来んなボケ。お断りよ)


 酷いよ零夢。と言うか零夢、どうやって話してるんだ。何しに来た。でも会いたい。

 お腹から流れる血で力が入らなくなってきた。だから零夢、死ぬ前にもう一度姿が見たいよ。会って話そう。


(妄想流さないでよ、怖気がするわ)

(酷い。久しぶりなのに酷い! でも懐かしいのはなんでだろう……)

(相変わらずの変態ね。でもそこで野たれ死にそうなあんたの方がよっぽど惨めで酷いわ。霊夢は狐を倒したって言うのに)

(霊夢が? 藍さんを倒したの?)

(ええ。私の助けあってこそだけど)


 ああ……そうか。霊夢は藍さんを倒すほど強くなったのか……。

 なら心配することは何もない。もう、いいよね―――――。


(ちょっと、持ち前の諦めの悪さは何処にいったのよ)

(……スッカラカンだよ)

(……)

(無理だった。零夢の墓に紫さんの頭を下げさせたかったけど……ごめん。僕もそっちに逝くことになる)

(はぁ――――情けなさ過ぎて怒鳴れもしないわ)


 ごめん、幻滅させたかもしれない。でも本当にもう―――――


(うっさいわねぇ。あんた、まさか気付いてないの?)

(何に?)

(八雲紫、あのまま死ぬわよ。自分を救ってくれたあんたに全て託して、自殺でもすんじゃないの?)

(はは、そんなわけ……)

(ある。私には解るのよ。死ぬ覚悟をしたことがある私にはね。

 それにあいつは泣いた。いい? 大和。女ってのはね、泣く時には二つパターンがあるの。

 一つは嘘泣き。同情を集めるのに効果的よ。だからその場にいる全員に見せるの。涙は女の武器だし、見せびらかせないと意味が無いの。

 もう一つは、絶対他人に見せない涙。女の本気涙は気高いわ。だからこそ、心を開いた相手にしかその涙を見せはしない。

 さて、八雲紫はどちらに当てはまるかしら?)


 ……じゃあ紫さんは、僕に見せてくれたのはそういうことなんだろうか。本当に、まだ希望を捨てなくてもいいんだろうか。


(またそうやってウジウジ考える。自分のことなら考え知らずの癖に、他人のこととなるとすぐそうなるんだから。あんたはそこが駄目なのよ)

(流石に何度も酷いと思う)

(本当のことじゃない。……じゃあそうね、ただでさえ何も出来ないあんたに、動く活力を与えてあげる)

(…? 何かくれるの?)

(残念ながら、物はもう前払い済みよ。私が言いたいのは、私との約束をやぶるなってこと。嘘はついても約束は破らない。あんたの柱の一つだったわよね)

(……これはまた、酷いや)

(決めたことを貫き徹してこそイイ男よ。そして大和、あんたはイイ男よ。幻想郷一の、ううん、世界で一番イイ男のはず。私が認めた男だったら、これくらいの逆境跳ね除けてみなさい)


 零夢は酷い。ここぞと言う所で僕の男心を燻らせる。

 でもそんな零夢は零夢で、どこまでいっても僕の大好きな零夢だ。そこは死んでも変わりは無かったみたい。そんな零夢とこうやって話せることが、本当に嬉しくて堪らない。


(まったく……何時の間に煽て上手になったんだか)


 力の抜け切った身体に、再び力を込めていく。喜ばしいことに、師匠たちに鍛えられ弄られてきた身体は、こんな状態でもまだ動くと言ってくれている。

 ならやるしかないじゃないか。好きな女の子の前で、無様を晒す男の子がいるわけがない。血塗れ泥まみれになりながら這いつくばってでも進むのが零夢の知る僕だ。だったらその姿を見せ続けないといけない。


(別に煽ててるわけじゃないわ。私は事実を言っただけよ)

(……)


 ああもう、本当に。


(……なっ、何よ? 何か言いなさいよ!)

(あはは、じゃあ行ってくるね。後で顔見せてよ?)

(ふん、この子が良いって言ったらね! ……行ってらっしゃい、私を救った英雄気取りさん)


 僕は幸せ者だ。皆に支えられるだけでなく、大好きな女の子まで後押ししてくれるんだから。



   ◇



「未だ勝負は着いてない。ですよね、紫さん」


 立ち上がった。

 ただそれだけの事に、紫を含めた全員が信じられないと顔を驚かせていた。萃香と魔理沙は満身創痍の大和を見て、その死に掛けの身体の悲痛な面持ちに。ルーミアと紫は絶対にあり得ないと思っていた事態に。


「三人とも下がって。まだ勝負は着いてない」

「でも大和! そんな身体じゃ――――」

「お願いだ母さん……最後まで、最後まで僕にやらせて」


 足が震え、流れ出る血は尋常ではない。片腕は折れているのか感覚がないのか、ぷらぷらと宙を泳いでいた。それでもしっかりと自分の意志を通そうとする息子に、萃香は今にも泣き出しそうになった。

 もういいんだ、お前が十分頑張った。そう言って諫めたかった。

 ここで行けば本当に死んでしまうかもしれない。大好きな息子をむざむざ死なせるなど、母の萃香には出来るわけがない。

 それでもグっと堪え、息子の為だと自分を押し留める。

 ここまでやって来た息子を信じる。親が子供に出来ることといえば、信じて見ていることだけだと自分に言い聞かせながら。


「……三人とも、下がるよ」

「マジかよ!? あんな状態じゃ――――」

「萃香の言う通りだよ。下がろう」

「で、でもよ……くそ! 師匠、頼むから死なないでくれよ!」


 死ねるか。魔理沙の叫びに、大和は死ねないと再び強く思った。

 そして、眼前にいる紫を見据える。


「残念だけど、もう私の勝ちよ。今の貴方に戦える力は――――「闊歩ぉ!」 な!?」


 拳を振う度に、踏み込む度に身体から血が流れていく。正に死に体。何時死んでも可笑しくない姿になっても尚、大和の眼光は消えていない。むしろ先程よりも更に明るく、燦々と輝く太陽のように力強い光を放ちながら紫を睨む。


「紫さんは一人じゃない! 一人になんか、させるもんか!」

「――――ッ子供が、騙し打ちされてもまだ叫ぶか!」

「幾らでも叫んでやる! 一人で寂しいくせに! 本当は変わりたいくせに!」


 決して離れはしない。大和の決死の覚悟が、距離を開けようと逃げる紫に追いすがっていく。


「変わるだけの理由がない。貴方を操ったほうが効率的なの」

「いいや嘘だね! 僕は貴女の全てを知っている! 今にも泣きそうに顔を歪めて、"助けてって" 声を上げる紫さんを僕は知ってる! 理由なんてそれだけで十分だ!」

「貴方のその思い込みは実に腹立たしい。自分の理想や考えを他人に押し付けようとする所も!」


 紫の放った弾幕の一つが大和の顔面を捉えた。ぱっくり割れた額から血を流し、仰け反って動きが止まりそうになる。それでもグっと大地を踏みしめ、鬼のような形相で追いすがる。

 大陸の時とは違い、まだ間に合うかもしれない。しかしここで逃がせば、紫の心は完全に掌から逃げてしまう。それは絶対に嫌だった。


「~~~~ッ他人じゃない!」

「!?」

「長の家族だったんなら、僕と紫さんだって家族だ! 昔から想ってましたよ! お姉さんみたいな人なんだって!! それに何で理由が必要なんですか!? 自分がそうしたいと思ったらすればいい! 理由がないと変われないなんて、そんなの逃げだ!」


 紫の表情が揺らいだ。それは大和の言葉に心乱されている確かな証拠。

 しかし、唇を固く結んで大和を拒絶するように弾幕を張り続ける。それでも大和は弾き、避け、真っ直ぐ紫を捉えて離さない。


 ――――あの身体でこの動きっ……離れられない…! うそ、でしょ……!?


 今まで蓄積されてきたダメージが紫の動きを鈍らせる。

 レミリア、フランドール、パチュリー、美鈴、そして妹紅。他にも慕う者たちの後押しを受けた大和が、決して引くことなく紫を追いこんで行く。


「誰もが幸せになるなんてことは夢想よ! 互いを傷つけ、貪り合う! それが世の理! 私はそれを何度も見てきた! 世界はそれほどまでに理不尽に塗れてるのが、どうして解らないの!?」

「解りませんよ! 貴女みたいに変わらなかった僕に、そんなこと解りっこない! でも僕と同じ夢を持つ紫さんなら、僕の考えがわかるはずです! だから僕は、貴女の夢に踏み込む!」

「そして潰された! 現実と言う重みに私は潰されたのよ! 多くを知り、強大な力を持った私でさえ夢想に追いやられた! まるで運命がそうさせたように!」

「運命なんかに人が負けるもんか! 運命に負けたんじゃなくて、立ち向かうことから逃げただけだ! 僕は貴女みたいに全能じゃないし、強くもない。それでもここまでやってきた! だから運命なんかに負けやしない! 僕が負けさせない!」


 ――――どうしてそこまで……どうしてそこまで強くいられるの!? 人を失う悲しみを知っているのに!


「付いて行けない者など直ぐに出る! 誰だって貴方みたいに強くないのよ!」

「だから僕が支えるって言ってるんだ!!」

「じゃあ貴方はどうするの!? 一人で抱え込んだ挙句、私と同じ道を辿るとでも!?」

「だったら……だったら紫さんが僕を支えて下さいよ! 手を引っ張って下さいよ! 僕には、幻想郷には紫さんの力が必要なんです! だから―――お願いだから死のうなんて思わないで!!」


「―――――っ!?」

 

 遂に大和渾身の拳が紫を捉えた。横っ面を思いっきり殴られた紫は、何度も地面を跳ねながら滑空して漸く止まった。


「ハァッハァッ……ハァッ…、紫さんがやって来たことは、間違いじゃないんです。ただ結果が悪かった。それを何時までも引きずるな! 前を見てよ! 紫さんは賢者なんでしょう!? だったら全部救って見せろぉ!!」


 大和自身、心情を吐露し続けた結果にベソを掻いて叫んでいる。血の混ざった鼻水を、砂と涙に塗れた顔に垂れ流している。とてもじゃないが、カッコいい男と呼べる姿ではない。


 大和に殴り飛ばされた紫も、同じように砂に塗れていた。

 ゆっくりと置き上がった紫の姿は、もはや普段の気品高い姿とは似ても似つかない有様。だが感情を剥き出しにしたせいか、普段の飄々と掴みどころのない姿とは全く違う。憑き物が取れたような、むしろ生気に溢れた表情すらしているようだった。

 

「――――この温かみのない幻想郷で、一定の秩序を守ること。それがどれだけ大変なことか、貴方に解って?」

「どんとこい、ですよ」


 立ち上がった紫が、大和を見て問う。

 大和は胸を張って応えた。


「その道が、蜘蛛の糸よりも細く。蜘蛛の糸より複雑な茨の道でも?」

「大丈夫。一本の蜘蛛の糸さえあれば、夢を現に変える境界を見つけられる。そう信じてます」

「そう――――なら、受けて立ちなさい」

「――――っ! 上等!」


 一際大きな、下手をすればその先が見えないのではないかと思うほど巨大スキマが、紫の背後に現れた。そしてそこに収束していく妖力もまた、今までとは比べ物にならない膨大な質量。

 対する大和は度重なる戦闘と負傷で満身創痍。魔力も新魔法の連続使用で、魔法陣の恩恵を受けている今でさえガス欠寸前。正に絶体絶命。

 だが、立ち向かう。


「散っていった魔力を集める――――」


 諦めないが座右の銘。

 周辺に散った魔力を掻き集め、魔法陣を組んでいた魔力さえも収束へと回す。

 しかし、それでもまだ紫を倒すには足りない。


「先の魔力を、ここに――――」


 ならばある所から持ってくればいい。

 先を操る程度能力で、本来ある未来の魔力を先取りする。そしてそれを練り込み、収束する。


「お互い、これが最後の一撃になるでしょう」

「悔いの残らないように、真正面から叩きのめしてあげます」


 片腕が使えず、全力で放つには身体が不十分な大和。しかし、掌からはこれでもかと言わんばかりの魔力が紫電を迸しらせながら発射の時を待っていた。 


「マスタ――――――――スパーーーーーーーーーーーーーーーーーーク!!」


 片腕から吐き出された極大の極光が、周囲の地形を変えながら直進していく。同時に、紫のスキマから照射された極太の閃光と正面からぶつかり合った。

 二つの力が衝突し合った地面は消し飛ぶように弾け、地面を伝わって見ている者たちの腹を揺らす。


「ぐ…ぎぎぎぎぎっ……」

「出し惜しみは無しよ!」


 紫の声に呼応するように勢いを増していく閃光。

 大和は必死に魔力を吐き出す。その腕は押し切られることを耐えるように震えている。歯を食いしばって力を込めるが、押し切られないように耐えることで精一杯。

 ―――拙い……!

 そう思った瞬間、大和の隣に小さな影が立った。


「マスターーー……スパーーーーーーーーーーーーク!!」

「っ、魔理沙ぁ!?」

「水臭いぜ師匠! 師と弟子は一心同体なんだろ!? だったら私も一緒じゃないとな!!」

「……っ! 先に根を上げるなよ!?」

「上等だぜ!」


 二対一になっても、紫は何も言わない。

 むしろ、紫にとってこれは当然だと思っているほどのこと。何せこの勝負は一人の自分と支えられた大和の闘い。例え萃香が加入してこようと、それで負けても文句を言うつもりは無かった。


 魔法陣の恩恵は魔法使いである魔理沙にも適用される。

 大和がマスタースパークに廻している分、魔法陣は除々に小さくなっていくが、まだ魔理沙はその恩恵を受けれている。数倍に底上げされた底上げされた二人の極光が、紫のそれを僅かずつではあるが押し返して行く。


「――――読んでたわ」


 予想していた分、紫に動揺の色はない。

 妖怪として最高峰の妖力を持つ紫には、この時になっても未だ余力が残っている。紫が余力分の妖力を継ぎ足し、再び拮抗状態へ。拮抗から再び優勢へと、一気に二人の極光を押し返して行く。


「~~~ッイクシード、撃鉄起こせ!」


 再び押し返されかけたそれに対抗するため、大和が魔導増幅機であるイクシードを発動させる。一時的に魔力を数倍に高める魔導機だが、身体への負担が今の大和には大きすぎた。


「―――ゴフッ、ゴホッ……ッ!」

「師匠!?」

「…心配する暇があるなら打ち続けろ! このまま押し切る!」


 せき込んだ口から出る少なくない血。

 ――――ここで死んだって構わない。

 決死の想いで手を震わせながら、イクシードの発動によって血のような真っ赤に変色した魔力を放出し続ける。その甲斐あってか、力と力の衝突は再び拮抗状態へと戻っていく。

 だが魔道機関のもたらす恩恵は時間制限付き。時間内に何か手を打たなければ、たちまち二人は紫の極光へと呑みこまれてしまう結末が目に見えている。 


「ぐ……このぉ……!」

「負けられるかよ!」

「無駄なことを。その魔道機関では私には届かない」


 そしてその時は、思ったより早く訪れた。


 ――――ボスン


「……へ? うっ、うそぉ!?」


 可愛い音を上げ、魔理沙の八卦炉が煙を噴いた。ただでさえ強大な魔力を生み出す八卦炉が、急激に跳ね上がった魔理沙の魔力を受けきれずに壊れていしまったのだ。


「う……おぉぉ!?」


 魔理沙が抜けたことにより、急激に押し込まれる大和。紫の放つ閃光のあまりの勢いに、吹き飛ばされる形で身体ごと腕が上を向いてしまおうとする。


「まだだ! まだ諦めれるか!!」

「……っ! ああ、まだだ魔理沙! 僕はこの勝負、紫さんに勝つと誓った!!」


 反り返っていく大和の背中を、小さな魔理沙が必死に後から押す。

 なんとか体勢を立て直すも、紫の閃光は大和の極光をいとも簡単に呑みこんで行く。

 気付けば、紫の放つ閃光が目と鼻の先にまで迫っていた。


 ――――私の勝ちよ、大和。

 ――――どうする!? どうすればいい!? ここで終われないんだ!! でもどうすれば!?


 既に出せる策は出しつくしている。虎の子の魔法陣は既に直上と直下まで削り取られており、直ぐにでもその恩恵は無くなるだろう。イクシードによる魔力増幅も限界時間が近く、深紅の魔砲が七色の極光へと戻りつつあった。

 万事休す。どれだけ負けたくないと願っても、この劣勢を覆す力は今の大和に残っていない。


「畜生……畜生ッ! 私の魔力は有り余ってるんだ! なのに八卦炉がない私じゃ何にも出来ねえ!!」


 そんな大和の耳に、後で背中を支える魔理沙の声が聞こえてきた。


「魔力がある……? 魔理沙、お前の魔力は余ってるのか!?」

「当たり前だぜ! 師匠の魔法陣の御蔭で何時もの数倍は余ってる!」


 ――――逆転の一手。いや、でも……ええい! 背に腹は代えられない! 

 我が意を得たと閃いた逆転の一手。ただ、その方法が問題だった。大和も一度しかしたことのない、しかも不意打ちでパチュリーにやられただけの魔力パスの結合。前はパチュリーがしてくれたが、今回は大和が自分でやらなければならない。出来るかどうか、それが不安だった。


「魔理沙、横に立って目を瞑むれ! 今からお前の魔力を貰う!」

「横に立って目を瞑れ!? それじゃやられるぞ! 師匠は耄碌しちまったのか!?」

「いいから信じろ! もう持たない!」


 困惑しながらも魔理沙は大和を支えることを止め、隣に立って目を瞑った。

 すぐ隣で無防備に目を瞑る魔理沙に後ろめたさと、これから自分の行うことに身体を捻って悶えてしまいそう。しかも相手が相手、小さい頃から見てきた霧雨魔理沙。本気で死んでしまいたかった。更に零夢への裏切りを考えると、いよいよ死んで詫びるしかないかもしれない。

 だがそれでも、自分は勝たなければならない。大和は決心した。

 ――――ごめん!


「んー」

「くぁwせdrftgyふじこlp―――――!?!?」

「魔力値……増大――――!?」


 だが決心さえしてしまえば、まさに閃光のごとく魔理沙の唇を奪った。

 突然のことに驚いて目を見開く魔理沙だが、大和を突き飛ばしたり離れたりすることはなかった。体内の魔力が急激に減っていくことを感じ取ったのだろう。

 

「……魔力全開! はぁぁぁあああああああ!!」


 無理に声を上げる大和の真横で、力の抜けた魔理沙が顔を真っ赤に染めたままへたり込んだ。


「クッ―――――」

「はぁぁぁぁああああああああああああ!」


 二人分のマスタースパークが紫の閃光を押し返し始める。

 大地を地鳴りが襲う。冥界を超え、幻想郷全体が震えているといっても過言ではない力の衝突。

 歯を食いしばり、身体を倒れ込むように突き出して魔力を放ち続ける。


『行け……』

『行け……!』


 そんな大和の姿を見守る者全員が、行け、頑張れと自身も知らぬ内に口に出し始めていた。

 聞こえていないが、それに応えるように強さを増していく極光。

 紫には、大和の背中を押す者たちの姿が幻影のように見えた。そこに、嘗て失った長たちの姿さえも。


『行け! 大和!』

「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


 身体中の残った魔力を爆発させて吐き出す。


 極光が閃光を呑みこみ、紫の下へと迫る。 


 ――――ああ、これでやっと……


 大和と魔理沙。そして全員の想いを乗せた極光が紫を包み込んだ。














「――――やるじゃない。流石は私の認めた男ね」

「はは、当然。やあ……久しぶりだね、零夢」

「ええ。久しぶり、大和」


 倒れ込む僕を覗きこむように、零夢が目の前に現れた。



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