表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
東方伊吹伝  作者: 大根
終章:終わりは始まりの桜
181/188

博麗之巫女

 陰陽玉を装備し、自他共に史上最高と称する零夢の一撃によって激闘の火蓋が切って落された。

 ノーモーション、踏み出す瞬間が藍には認知出来なかった。

 気付いた時には懐に深く入り込まれ、抉り取られるような衝撃が腹部を襲った。くの字に身体を折り曲げられ、防御も侭ならないまま下を向いた顔面に膝がめり込んだ。

 隙など見せてはいなかった。踏み込まれた一歩に強力なカウンターを喰らわせようと、油断も隙もない戦闘態勢をとっていた。


 ――――はやいっ!


 にも拘らず、更に拳を握りしめ、追撃を仕掛ける零夢を前に痛みと驚きを隠せなかった。

 苦悶の表情を浮かべながらも、これ以上の痛手を受けてはないと判断を下した脳に身体が追従していく。

 拳と蹴りの応酬が風を切り、立っている場所以外の地面が衝撃波で抉り取られていく。大地を抉る衝撃波を生み出す拳撃から身を守りつつ、常人には感知出来ない拳や蹴りを突き放つ。

 その中、先程受けた攻撃について考えを巡らせる。

 知覚出来なかった始めの一歩。その後襲って来た衝撃に、最早相手が人間とは思ってはいけないと身体で実感させられた。それほどの相手なのだ、博麗零夢という巫女は。

 正に化物。自身が恐れ慄かれる存在であることと比較しても尚、目の前の巫女を化物と思わざるを得なかった。


「夢想封印――散!」

「…っ! 式弾――アルティメットブディスト!」


 ――――……っ、押し切られる!?


 除々に押されていく弾幕に力を込めていく。それでようやく均衡状態に持ち込めた。

 ここまで良い様にやられている現状に毒を吐いてやりたい。

 肉弾戦、弾幕戦共に一線級。並の妖怪なら既に数百匹は屠っているであろう博麗の術。終いには僅かな隙でもみせればすぐさま咬みついて来る嗅覚すら持ち合わせている。 

 しかし、それでも自身が相手より劣っているとは思えない。

 カウンターに専念した手前、零夢が踏み出す始めの一歩を捉えることは出来た。

 仙人が用いる長距離移動術を改良した縮地だろうとの見当もついた。

 そして、知覚出来ないほどの踏み込みがそれほど多用できないだろうことも予測が着いた。あれ程の機動を繰り返せば、先に自身の身体を壊すだろう。

 想像よりもその踏み込みが速かったために一度目は反応出来なかったが、"入る" 瞬間さえ見逃さなければ付いて行ける。ただの一度でも見れば対応する、藍にはその一度だけで十分だった。

 その為にもこんなところで押し負けている場合ではない。

 体内から吐き出す妖力の出力を上げて、藍は零夢の弾幕を相殺させた。


「活ッ!」


 自身に喝を入れ、影も残さぬ踏み込みを見せる。

 妖力を循環させ、体内外から身体を強化させた。

 近づけさすまいと霊力の弾幕が放たれるが、身体を妖力で覆ってしまえばどうと言うことはない。本命の一撃さえ躱せてしまえば、他の浴びせられる弾幕など雨粒が当たっているようなものだ。 

 焦る零夢に向かって腰だめに握りしめた拳を振り抜く―――が、苦しまぐれに出された御祓い棒によって頬を切り裂くだけに留まった。

 頬を伝う血をものともせず、強い眼光を放つ零夢。

 その脚に霊力が収束する瞬間を見逃すことはなかった。


「二度は利かん!」


 視界から巫女が消え去ると同時に脚に力を込め、巫女の背中を追う。

 大地が砕ける音が二つ、ほぼ同時に鳴った。

 獲った――――!

 藍の視界に映るのは零夢の背中。その無防備な背中に向け、勢いそのままに蹴りを放った。

 

「な―――ぐっ…!?」


 が、その蹴りを陰陽玉から放たれた霊弾が勢いを殺していく。

 集中的に脚を狙った弾幕が、藍の蹴りを完全に殺しきった。

 それだけに留まらず、次第に密度を増して行く陰陽玉の弾幕。

 こうも浴びせられては、致命傷に至るまでいかなくとも負担は身体に蓄積する。至近距離から浴びせられるそれに耐えながら後退を図るが、あまりにも厚い弾幕に後退出来ているのかすらも解らない。

 弾幕は更にその密度を増していく。腕で顔と急所を庇って後退するも、雪崩のように押し寄せる弾幕によって視界は完全に塞がれており、現状の把握が出来ない。


 ――――これではまるで、むしろ私の方から近づいているようではないか。


 圧倒的光量の中を全力で後退するなか、藍は苦悶の表情を浮かべて思った。

 暴風雨のような弾幕から逃げ切る。

 身を裂くような弾幕から逃げ切って尚、油断など到底できない。

 息を吐く暇もなく周囲を見渡すが、見渡せどどこにも巫女の姿はない。

 巫女を探すために止めた足。その一瞬の停滞が、藍の見せた隙だった。


 ――――とん。


 それは死への誘いか。

 恐ろしいほど軽やかな音が自身の背中から聞こえてきたのを藍は感じた。

 熱く、されど凍るような掌の感触。殺意が背中に直接当てられている。

 振り向く時間など与えられる訳もなく、その時間を作ることも到底出来なかった。


「夢想封印―――徹し!」


 体内外に大きく揺さぶられるような衝撃が走った。

 無防備となった背中から臍へと貫くように、霊力が螺旋を描くように回転しながら身体の中を突き抜けていく。

 首は捥げ、四肢がばらばらに引き裂かれたのかと思い違えるほどの痛みが身体中を駆け廻る。痛みに気を失いそうになるところを、更に深い痛みで無理矢理叩き起こされる地獄巡り。


「がッ、は…、ぐ…gぅ……」


 言葉にならない声が口から零れた。

 それだけで留まらず、次いで口からは鮮血が舞った。


 ――――なんて馬鹿げた威力…。


 朦朧とする意識のなかで藍は思った。

 

 零夢の放ったゼロ距離での夢想封印。それも中国拳法の浸透と似た徹しを受けた身体は内臓も含めて強いダメージを受けた。

 背中には徹しの痕が付いているだろうが、それ以上に体内を通り抜けた霊力の方が問題だった。

 荒れ狂う様な霊力で体内を蹂躙され、足腰に力が入らず倒れこみそうになる。

 身体中からの痛みという悲鳴を聞きながらも、目は霞み始め、意識が遠のいて行く。

 それでも倒れない。倒れてはならない。

 全ては紫様の為に。紫様の描く夢の為に。

 自分の与えられた使命のために、ここで倒れるわけにはいかない。藍はそれだけで意識を保っていた。


「驚いたわ。今まであれを喰らって倒れなかったのはあんたで二人目よ」


 朦朧とする意識の中、ふと見上げた視界が暗くなる。

 そこには踵を振りおろして来ている零夢がいた。


「そこで寝てなさい」


 脳天に突き刺さった踵によって、藍は一直線に地面へと堕ちて行った。


 今のままでは勝てない・・・・・・・・・・

 そう思いながら。




   ◇   ◆   ◇




 ――――強い。

 違う、強いなんてものじゃない。表現する言葉がない程にただ強過ぎる。

 大和さんのように幻術で場を制するものじゃない。レミリアみたいに種族の力でごり押しするものでもない。

 それでも強い。圧倒的で強過ぎる。

 これが史上最高と謳われた巫女の力……。

 私のように霊力の運用を高めた技術を基にした戦闘スタイル。ただ、錬度が天と地ほど違うと言う前置きが入るけど。

 しかも天と地と言う例えは比喩なんかじゃない。霊力の総量はそう変わらないのに、その運用を一つ変えるだけで、極めるだけでこれほどに違いが出る。

 そして一番恐ろしいのが、あの九尾の完全な不意打ちを受けても防ぎきる戦闘センス。

 あの不意打ちは完璧だった。

 中にいる私だから解る。こいつ自身も全然気づいて無かった。

 それなのに、何か思い立ったかのように陰陽玉に力を込め出した。その瞬時に込められた霊力も、蹴りが当たるまでの僅かな時間に込められたものとは到底思えない。抜き打ちであの威力を出せるやつなんて、もう人間じゃない。

 しかもその時に『何となく後!』 と勘で迎撃したのだから、もう何も言うことが出来ない。それで止められた九尾が哀れ過ぎる。未来予知のような勘の良さは、大和さんの能力でも使っているのではないかと思うくらい。


『驚いてる場合じゃないのよ。博麗の巫女を名乗るのなら、せめて私くらいにはなって貰わないと困るわ』

『私は人間なんだけど』

『失礼ね。私も人間よ』


 種族:巫女のどの口が物を言うのか。

 今ならレミリアの言っていたことが良く解る。圧倒的な戦闘力も、人間離れした勘の良さも全てにおいて規格外。もうこの人のことを種族:巫女としか表現できない。

 レミリアは私のことも人間を越えた人間だなんて言うけど、こんなふざけた奴を見てると少なくとまだ人間だと思える。それだけこの人がふざけた巫女だということだ。

 

 とは言っても、私自身何時までもこうしているわけにはいかない。

 大和さんに守られてばかりなのは嬉しいけど悔しいし、この人に出来の悪い巫女と舐められてばかりなのも嫌だ。


『もう終わったのよね? 身体は返して貰うわよ』

『終わった? はぁ、当代の巫女は何も解ってないわね』

『まだ終わってないとでも言うの?』

『馬鹿ね。まだ終わってないどころか――――』


「オオオォォォォォォォォォォォォォォォォオオオオン!!」


「これからが本番よ」




   ◇   ◆   ◇




 妖怪を倒せるのは人間だけだ。

 嘗て紫はそう言った。自分たちよりも遙かに強く、時には天変地異さえ起こす妖怪たちを打倒することが出来るのは人間だけだと。

 私も同意見だった。

 個々の力は弱くとも、知恵で武装した人間たちは中々の強敵。油断ならない相手だ。もっとも、真の意味で人間が妖怪の天敵だと気付いたのは、妖怪たちが幻想郷に追いやられてからだったが。

 だから私は人間を侮ったりしない。しかし過大な評価もせず、ただ自身の定規に当て嵌めて評価を下す。

 故に不覚を取ったことはなく、ただの一度も取らない。

 負けを知らない九尾の狐、それが私だ。


 しかし、この身は既に二度も敗北を味わっている。

 一つはこの身至らずに生涯の友を救えなかった敗北。

 屈辱だった。助けられることは出来なくとも、友の為に闘い、友と共に死を選ぶことも出来た。

 にも拘らず、私は逃げた。

 逃げ、死にゆく長達を思いながら涙を流し、生き恥を晒した。隣にいた紫に心配されながら、ただただ泣き続けた。

 紫を頼むと言われたから仕方がなかったのだ、と自分に言い聞かせたが、その事に一番納得がいかなかったのは私自身だった。

 私はあの時、鬼神を相手にしても勝算があったのだ。

 私一人で鬼の軍勢を相手にすることは出来ずとも、私と紫を含めた村全体で立ち向かえば勝てるかもしれなかった。

 だが、長の"紫の夢を叶えろ" と言う説得を前に妥協してしまった。

 友の命よりも理想を追い求めた。

 そしてその結果、私と紫は"家族" を失った。


 ――――ふざけるな! 何が九尾だ!? 何が負け知らずだ!? 私は紫一人すら・・・・・救えない愚か者ではないか!!


 私の取った選択は間違いだった。

 長の亡骸を弔っている間、涙も枯れた紫の後姿が心にそう訴えていた。

 あの時の私は無力だった。声を掛けることは愚か、一緒に泣いてやることも出来なかった。あれほど無力を感じたことは、嘗て殷の国に居たころにも感じたことがなかった。


 そして今も、博麗零夢を前に無様な姿を晒している。


 いったい、私の何が悪かったのだろう。

 ただ下される命令を遂行するだけの式だったことが敗因なのか?


 ――――違う。


 純粋に戦闘技術が劣っていたのか?


 ――――違う。


 本当の理由は、私が自分自身から逃げるほど臆病だったこと。

 国から逃げ出し、共に立ち向かうべきだった闘いから逃げ、友を失った辛さをなくして命令を遂行するための機械へと逃げた私。そんな弱い私が全ての原因。


 そんな弱い自分など、甘くなった自分など――――


「オオオォォォォォォォォォォォォォォォォオオオオン!!」


 ――――全て捨ててしまおう。

 紫と出会った後の自分を捨て、それ以前の冷酷無比な九尾に戻るのだ。その上で幻想郷の為になろう。

 そうでもしないと、私が私自身を許せなくなって殺してしまう。

 だから戻るのだ。傾国と呼ばれた頃の私に、国の為なら何でもやったあの頃に。

 だから博麗零夢、お前は死ね。この美しくも穢れた大地に、お前のような輝きを残すわけにはいかんのだ。




   ◇   ◆   ◇




 雄叫びを上げた藍を中心に風が吹く。肌を突き刺す妖力に大気が震え、衝撃波となって零夢の髪を揺らした。

 零夢の額から汗が一筋流れる。


「これは……拙いかもしれないわね」


 目の前にいる九尾は、今までとは大きく様相が変化していた。

 頬には水が流れるような黒色の模様が走り、最早殺意としか表わせない気が身体を包み込んでいる。

 目は獣の本性を現すように鋭く光り、心の弱い者なら睨まれるだけで死んでしまう眼光を放っている。

 九尾の象徴たる九本の尾は禍々しくも微動だにせず、ただ殺戮の時を待っているかのよう。


「……嘗て国を作り、国を滅ぼした九尾がいた話を聞いたことがあるわ」


 零夢の身体中からは流れる冷や汗が止まらなかった。

 殺意なら幾らでも受けたことがある。しかし、それとこれとは明らかに一線を画していた。

 もはや一つの意志の塊、殺意の塊と表現できる存在。圧倒的な殺意と呼ばれる存在感で出来た生き物など、巫女として幾つもの死線を潜りぬけてきた零夢も未だ嘗て見たことのないものだ。 

 身体の震えが止まらない。

 しかし、恐れ呆然としてしまった零夢の見せた一瞬の隙。 

 情けを捨てた藍にとっては、それだけで十分だった。


「―――!?」


 音を置き去りに、懐に踏み込んだ藍の崩拳が襲う。

 辛うじて手に持った御祓い棒を差し出すも、御祓い棒を真っ二つに折った拳が零夢の腹部を捉えた。


「ぐっ―――!?」


 瞬時に腹筋に力を込めたが、それでも苦悶の表情が浮かぶ。

 身体の中心を衝撃が突き抜け、肺の空気が吐き出されていく。

 しかし威力を殺したからか、耐えられない程ではない。折れた御祓い棒を顔に向かって投げつけ、それが躱される間に襟首を掴む。

 振りほどこうと暴れる腕を避けるが、延ばされた爪が瞼を浅く切った。

 飛び散る鮮血。元来柔らかい部分だからか、僅かな傷でも傷つく瞼からは血が迸った。

 片目の視界が血で塞がれる。その死角となった方向から拳が迫る。

 見えないのならば感じてしまえばいい。殺意の塊となった藍の動きは、気配が強い分その動きが手に取るように解る。

 首を傾けて拳を避け、突き出された腕を掴んで反転。藍の重心の下に重心をいれ、その身体を持ち上げる。

 ――――背負い投げ。

 轟音と共に大地が揺れる、土煙が宙に舞う。


 (手応えあり!)


 確かな手応えを零夢は感じた。

 しかし、土煙が晴れた所に藍の姿はなく、紅く染まった帽子だけが残されていた。

 ゾワ――――。

 突如走った悪寒。勘に身を任せ、零夢は縮地でその場を離れる。

 しかし悪寒は晴れず、先程までいた藍も見つからない。

 足が軋みを上げ、連続で縮地を行う限界時間がやってくる。

 

 ――――とん。


 その零夢の耳に、軽い音が聞こえてきた。


「浸透」


 背後から聞こえる小さな声。

 それに振り向くことも出来ず、身体を貫く衝撃が零夢を襲った。


 ――――…っ、付けられてた!? そんな、嘘でしょ!?


 衝撃耐えら得ずに吹き飛びながら零夢は思った。

 目にも止まらぬ神速の踏み込みからの一撃、背後からの徹し。まるで今まで自分がやってきたことの焼き増しではないか、と。

 皮肉もいいところだった。そして威力も申し分なく、溢れんばかりの妖力を込められた一撃に無傷でいられるわけもない。吹き飛ばされた後、地に付けた両足にが震えていた。


 ――――ペっ……拙い、今のは利いた。


 口から吐く唾に血が混じる。

 ごく自然に手が腹部に触れられるのは、内臓を痛めた何よりの証拠。

 一筋縄ではいかない。解っていたことだが、予想以上の強さに零夢は舌を巻いた。

 口元を拭った袖が紅く染まった。


「夢想天――「活歩!」 ――なぁ!?」


 これ以上の長期戦は危険。

 そう判断して夢想天生に入ろうとするも、一瞬で距離を詰める藍がそれを許さなかった。

 夢想天生を使われれば勝機は無に等しくなる。

 それを理解している藍が発動の機会など与える訳も無かった。

 次々に繰り出される拳の弾幕を零夢は防ぎ続ける。僅かな隙を探して逆襲の拳を放ち、時折暗器のように針を飛ばす。

 大地すら砕いてみせる拳。鬼すら一溜まりも無い針。当たれば妖力を纏った肉体でも致命傷に至るそれを、藍はただ手首を回すようにしていなした。

 

 ――――こいつ、大和同じ技を!?


 大極拳、化勁かけい。手首を攻撃に合して回し、衝撃を逸らして無力化する技。

 防ぎきれない攻撃をいなす技として重宝していた大和とまったく同じ動き。思い返せば、活歩や浸透など思い当たる節があることに気が付いた。


 (陰と陽、大陸の服を着ているからもしかしてとは思ってたけど……)


 放つ打撃は全ていなされ、逆に腕、脚とから変幻自在に繰り出される攻撃に息を巻く。

 記憶の中に埋もれた大和の姿を投影しながら、藍の完成された型を一つ一つ受け流していくが、如何せん型の嵌った肉弾戦には藍の一日の長がある。

 だが零夢も然るもの、持ち前の勘の良さもあって大抵の打撃は貰わずにすんでいる。

 しかし、何時までも千日手でいるほど今の藍は優しくない。

 

(足場がない…!?)


 踏み出そうと脚を出せば、そこには藍の脚が置かれてある。

 ならばと体勢を崩しながらも次の足場を探すが、まるで読んでいたかのように藍の脚がその足場を潰す。

 躱すにしろ打撃を繰り出すにしろ、足場がなければ体勢すらままならずに転んでしまう。

 藍は零夢の逃げる場所を誘導し、その足場を次々と潰して行く。

 足場を潰された零夢は無理な体勢のまま防御せざるを得なくなる。

 そんな万全とは呼べない状態では防御に専念することも出来ず、藍の打撃は次第に零夢の防御をすり抜け始めた。


「この……っ」


 除々に追い詰められている現状を打破するために、零夢は大きく拳を大きく振りかぶった。

 それは焦りから生まれた大振り。本来ならトドメの一撃にしか使ってはならない大振りを、零夢は時を間違えて使ってしまった。


 ――――しまっ…… 


 振り抜いた拳は止まらない。

 ならばと身体中の霊力を拳に集中させ、陰陽玉を起動させて弾幕を張り始める。

 定石なら引く場面だが、藍は更に一歩踏み込んだ。

 左の拳を右手の手首を回して受け流し、そのまま懐へと入る。腕の皮が抉れるが、それだけだった。

 そして密着状態から転身しつつ、その勢いと腰の回転を利用して足をかける。そして背後から突き倒すと、体勢を崩された零夢は綺麗に顔から地面へ叩きつけられた。


 ――――大外刈りもどき…!?


 置き上がった零夢は、その端正な顔を血と土で汚していた。

 起き上がった零夢に向かい、藍は更に右の掌で一度胸を叩いた。同じ場所に左の掌で一回。更にもう一度右の掌を重ねるように零夢の胸板を叩く。


「発勁」


 同じ箇所に三度も重ねた浸透勁。

 三度も重ねがけされた浸透に、霊力の鎧など何の意味も為さなかった。

 霊力の鎧の内側から身体内部を破壊しつくす一撃。骨が砕ける音と共に、口からは逆流した血が大量に吐き出された。

 強烈な痛みから集中力を保つことが出来ず、霊力の鎧が完全に失われる。完全に衝撃が後方に突き抜けたからか、今までの様に吹き飛びながら距離を計ることも出来ない。

 激痛に膝を付く零夢を、藍は情け容赦なく蹴り飛ばした。

 為すすべもなく吹き飛ぶ零夢に、藍は更にスペルカードを構える。


 ――――式神「十二神将の宴」

 

 吹き飛ぶ零夢を包み込むように放たれた弾幕。その全てが零夢に直撃し、爆散した。




   ◇   ◆   ◇




 狐を殴りたかったのはただの意地だ。

 本当なら八雲紫も殴ってやりたかった。私の人生を滅茶苦茶にしたんだ、顔の形が変わるくらい殴ったところで文句は言えない。

 だから私は閻魔の枕元に立ち続けた。たった一度でいい、たった一度でいいから現世にいる巫女の身体を奪う許可が欲しいと。

 まあ、とてもじゃないけど閻魔は首を立てには振らなかった。

 それも当然のこと。閻魔は死人を裁くことが仕事であって、死人の私も裁かれるべき対象なのだから。 だから本当にどうしようもなかった。

 いくら頼んでも首を立てに振ってくれないことに怒っても意味はないし、逆に輪廻転生から外すとまで脅された。

 それでも諦められなかった。

 そんな私に、閻魔は本当の理由を口にすれば一度だけ考えてやると言った。


(何て言ったの?)


 狐と八雲紫を殴りたいって言ったわ。でも、それだけじゃ足りないって言われた。


(当然ね。だって貴女、もっと大きな理由があるじゃない)


 そう、私には一度だけ還りたかった本当の理由があった。

 でもそれを口にすることだけは出来なかった。出してしまえば、言ってしまえば想いが溢れてしまう。タカが外れた子供の様に泣き叫んで、求めてしまう。


(当時の貴女を、私はレミリアの記憶で知った。……そのため、なんでしょう?)


 ええ。でも、本当にそれだけは言えなかった。

 生前もそうだけど、私って奴は驚くほどプライドが高い女なの。そんな女が、たった一度でも会いたい人がいるからってことを言えると思う?


(でも貴女は此処に居る。言ったのよね?)


 言ってないわ。


(は!?)


 言ってないの。

 直接会ったとき本人に言うからって許してもらったわ。だから、今こうして此処にいられるのは閻魔の粋な計らいの御蔭。

 だからこんな所で負けてられないのよ。大和と同じで、私も約束を違えるのは大嫌いだから。


(でも、もうボロボロじゃない……私の身体が。乙女の肌が傷塗れよ、どうしてくれるの)


 ごめんなさい、それについては謝るわ。……大和に責任とって貰う?


(それも良いわね。死ぬまで面倒見て貰おうかしら)


 羨ましいわね、代わりなさいよ。


(嫌よ、代わりに死ぬなんて真っ平御免だわ)


 そうよねぇ、私もこのまま還るなんて真っ平御免だわ。

 でも霊力には余裕があるけど、肝心の身体がこれじゃあねぇ……。こんな不覚をとったのはやっぱり私の身体じゃないからかしら? 本当なら勝てたはずなのに、無様な姿を晒しちゃったわよまったく……。


(ちょっと、勝手に乗っ取った挙句に文句まで付ける気?)


 仕方ないじゃない。腕も脚も私の身体とはリーチが違うのよ? やり難いったらありゃしなかったわ。オマケに胸も貧そうだからやる気も起きないし。


(よし、そこへ直りなさい。私がしっかりと地獄へ送ってあげるから)


 だからこんな身体は返すわ。


(……は? えっ…ちょ、ちょっと待って! 私にあの化物狐と闘えって言うの!?)


 大丈夫、あんたなら出来るわ。私も精一杯サポートするし。


(無理無理無理! 私はまだ人間止めてないのよ!?)


 安心しなさい、これから止めるのよ。

 私が戻って来た理由の一つに、あんたを私と同じ高みまで連れて来させるって理由もあるの。あんた、まともに巫女の仕事をしてないんですって? このままでは死後が良くありません、なんて閻魔が嘆いてたわよ。なら、せめて化物じみた戦闘力くらいは手に入れないと駄目だと思わない?


(進んで巫女をやってるわけじゃないから良いの。惰性よ、惰性。私以外に出来ないから巫女をやってるだけなんだから)


 別にあんたはそれでいいの。私はやりたくてやっていたけどね。だから巫女の仕事に誇りを持ってた。

 でも、あんたはそれでいいんじゃないの? あんたはなんとなく巫女をやっている。それでいいじゃない。

 それでも、そこには自分を支える何かがあるはずよ。惰性で生きていられるほど、人も妖怪も強くない。必ず心の支えになるものがあるの。私が巫女に誇りを置いていたように、必ず何かあるはずなの。

 だから博麗霊夢に問うわ。おんたの心の根っ子は何なの? 何で巫女を続けているの?


(……何でだろう。そんなこと、今まで考えたことがなかった。私は……私は何で巫女を続けているんだろう。なんとなくじゃなくて、もっと確固とした理由なんて私には……)


 考えなさい。答えはとっくに出てる筈よ。それに気付いてないだけ。


(……巫女とか、博麗と関係ないけど、小さい頃からずっと思ってたことならあるの。本当に小さいけど、でもそれ以上のことなんか見つけられそうにないこと。ついこの間、私が心の中で内緒にした気持ち)


 後はそれを言葉にするだけ。

 さあ、口に出すの。夢は声に出すことで現実にすることが出来る。想いを口にすることで変わることが出来るんだから。


(……大和さんの力に成りたい。育てられたからだとか、家族だからとか、巫女だとかそんな理由じゃなくて、ただ一人の霊夢としてあの人を支えてあげたい。私を支えて貰いたい)


 ……ふふ、そうやって言葉に出来る貴女が本当に羨ましいわ。私には出来なかったから……。

 何時は言おうと思って、想うだけ終わってしまった。気付いた時には死に間際で、大和の枷になりたくなかったから言えなかった。

 でも、今になって漸く気付けた。

 言葉に出来ない私じゃ枷にもならない。あいつの隣に居るべきなのは私なんかじゃないんだって。大和の隣に居るべきなのは霊夢、貴女よ。

 だから貴女には全てを任せられる。そう思う。

 頑張りなさいよ? あいつは目を離すとすぐどっかに行っちゃうから。しっかりと首に縄を付けておかないと、直ぐ別の女の所に走るんだから。

 

(大和さんは人気者だもの。それにエッチだから仕方ないのかも。……まあ、後の事は終わってからでいいわ。それじゃあ、行くわよ先輩)


 ええ。博麗が最強だと言うこと、その身で教えてあげなさい。




   ◇   ◆   ◇



「まだ立ち上がるのか……」


 荒々しく息を吐き、至る所から流れ出る血が痛ましい。

 腕の骨が折れているのだろう、不自然な形に曲がっている。

 傷付いていない場所を探す方が困難な満身創痍の状態。

 それでも立ち上がる巫女に、驚きを越え、呆れることすら出来ない。ただ心から敬意を称する。人間の身でありながら、よくぞここまで対等に渡り合えたものだと。


「だが限界なのは私も同じ。次の一合いで決めさせて貰う……!」

「……」


 張り詰める空気。

 睨み合う二人以外には誰もいない。

 互いの視線が交差し、霊力と妖力が場を包み込んで行く。

 最早言葉は必要ない。

 ただ最高の一撃を叩きこむだけ。残された力の一雫まで使いきる。


 ――――式神「十二神将の宴」


 身体中の全ての力を込めた藍のスペルカード。周囲一帯が弾幕に包まれ、霊夢へと突き進む。


 ――――今の貴様では逃げることなど出来はしまい。私の勝ちだ。


 迫る弾幕を呆然と眺める霊夢を前に、藍は勝利を確信した。

 確かに逃げ場はない。空を覆い尽くす弾幕は壁、打ち破って前に進むしか勝機はない。

 腕をだらりと降ろした霊夢の立つ場所に弾幕が降り注ぐ。

 そして爆発。

 

 ――――終わった


「終わって……ないわよッ!!」

「な―――真上だと!?」


 そう、確かに逃げ場はなかった。弾幕が当たる直前までは。

 ――――夢符「夢想亜空穴」

 瞬間移動。

 弾幕が触れるか触れないかの瞬間、神技と言うしかないタイミングを合わせた零夢と霊夢の切り札。

 咲夜の時を止めて瞬間移動したように見せるのではなく、空間を捻じ曲げて移動する瞬間移動によって、霊夢は藍の直上に姿を現した。


 そして―――


「夢想封印!!」


 七色の輝弾、その全てが藍に叩きこまれた。




   ◇   ◆   ◇



 これからどうするの?

 大和の所に行くなんてのはどう?

 こいつは?

 放っておけないし、連れていくしかないでしょ。

 それもそうよね。……まあ、私が担ぐ訳じゃないからいいけど。

 ……? じゃあどうするのよ。

 先輩に任せるわ。大和さんに最後の挨拶をするんでしょう?

 ……。

 過去を清算するって言ってたじゃない。最後に会って行けばいいじゃない。

 ……そうね、そうするわ。じゃあ少しの間だけ、また身体を借りるわ。

 ええ。悔いの残らないようにね。

 解ってるわよ。


「さて、と……。じゃあ久しぶりに、あの馬鹿の顔でも拝みに行きましょうか」


 気絶した藍を抱え、零夢は小さくなっていく魔法陣の下へと急ぐ。やり残した人生に決着をつけるために。




東方伊吹伝、完!






嘘です。言ってみたかっただけです。でも完結間近です。どれくらいかと言うと、

( ゜∀゜)o彡゜あと三話!たぶん! ( ゜∀゜)o彡゜あと三話!たぶん!

と言う訳でですね、あと三話で完結予定です。紫vs大和&魔理沙(佳境)、紫vs大和&魔理沙(決着)、エピローグ。そして後書きと……。よくここまで来れたモノです。もうゴールしていいですよね。むしろ、この一万字越えを2日3日おきに書いたのでもうゴールした気分でいますが!


今回で霊夢&零夢vs藍は決着。

どうでしたでしょうか? 私としては、始めの頃の戦闘描写に比べれば上達したのではないかなぁ、なんて。

ちなみに零夢&霊夢が勝った時、時系列的には大和と魔理沙が全力でデュフフしている状況です。決着がつく直前と言った所ですね。


それでは残す所あと数話ですが、最後まで見捨てずに読んで頂ければ幸いです。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ