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東方伊吹伝  作者: 大根
終章:終わりは始まりの桜
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魔法使いの師弟

 零夢と藍の二人から放たれる符の弾幕。一つ一つが必殺と成り得るそれが無数に飛び交う。

 一部は直線な軌道を取り、一部は逃げる目標を追尾して行く。

 藍は直線に飛来する符は避け、追尾する符だけを手で掴む。その際に符が効力を発揮するのを防ぐため、霊力と対になる妖力を適量加えて無力化していく。


「ちっ」


 零夢は逃げるように空を飛ぶ。しかし藍の放った符の追尾性が高かったのか、舌打ちを残して結界を張った。結界に触れた符が周囲の空気ごと弾けるのと同時に爆発し、爆煙が空を覆う。

 爆煙の中からはお互いの位置が見えていないにも拘らず、狙い澄ましたかのように正確な狐火が放たれる。零夢は御祓い棒の一振りでそれを掻き消し、空いた手からは鬼の皮膚すら貫通する針を投擲した。


「ぬるい!」


 風を切って飛ぶ針を小刻みに避け、藍は零夢へと肉薄していく。指を突き立てるように曲げ、鋭い爪で皮膚を抉らんと斬り裂きに掛る。

 それを真向から受け止める為に、零夢は強く拳を握った。

 轟音を立てて激突する二人。

 気付けば、二人は鴉天狗もかくやと言うスピードでのドッグファイトを繰り広げていた。


 二つの軌跡が空を彩り、見る者を魅了する複雑なアートを刻んでいく。その軌跡の後には色彩鮮やかな弾幕が放たれては消えていっている。

 地面から見ればさぞかし綺麗な光景だろうが、上空では死に物狂いの闘いが続いている。

 ゼロ距離から放たれる拳を避け、蹴りを放ち、それを避けられ、逆襲の蹴りを放つ。

 零夢の蹴りが藍の腹部を襲えば、藍の拳が零夢の顔面に入る。

 腹部を押さえて距離を取る藍。口の中が切れたのか、口元から僅かに血が流れ出ている零夢。

 互いの限界ギリギリの凌ぎ合い。一方の一手が入れば、もう一方の一手も入る。二人の力は正に拮抗していた。


 ――――こんな無茶苦茶な闘いなんて……なんて奴等よ。


 そんな中、零夢に身体を乗っ取られた霊夢は信じられない気持ちでこの闘いを感じていた。


 ――――体捌きが上手いとか、霊力が大きいとかそんなレベルの話じゃない。この二人、半端じゃない。


 どこか自分と似た三次元機動を取る零夢。

 しかし身体のキレ、攻撃と防御のタイミング、まるで未来を読んでいるかのように行われる回避行動。

 その全てが自分よりも洗練されている。霊夢はその事実に唇を噛んだ。


「クク……」

「フフフ……」

「「アッハハハハハ!」」


 その霊夢とは正反対に、藍と零夢は心底可笑しそうに笑いだした。


「ククッ、すまんな。楽しくてつい笑いが出てしまった」

「奇遇ね、私も楽しくて仕方がないわ。――――だからさ、そろそろ探り合いは終わりにしない?」


 ――――!? あれで本気じゃなかったの!? 


 自分でも藍相手に闘える。

 霊夢は今までの攻防でそう判断を下していたが、それはあくまで"闘える"だけ。良くて引き分け、悪ければ負けてしまうだろう。

 まともに修行をしていれば問題はなかったのだろうか、と一瞬だけ頭を過ったが、それはもしもの話。採点基準にはならない。

 今でも二人を相手に勝てるイメージが浮かばないのに、その二人はまだ本気ではないと言った。

 知らず、霊夢の手は悔しさからか強く握りしめられていた。


「そう言えば、お前の"本気" とやらは終ぞ見ることがなかったな。何故だ?」

「都合のいい肉壁が近くに居たからよ。アレ、ものすごく頑丈でしょう」

「肉壁? ……ああ、大和殿のことか。確かに耐久力だけなら幻想郷でも最高位ではないかと思うほどだからな。正直、あれは異常だ」

「だから私は固定砲台で良かったのよ。牽制・防御にその他もろもろは全部あいつがやってくれてたからね」

「大和殿もさぞ大変だっただろうな」

「そうかしら? 間違えて私の符やら針やらが当たることも多かったけど、平気な顔して怒鳴って来たわよ?」


 ――――それはそれでどうなんだろう。


 肉壁やアレ呼ばわりされるのが育ての親な分、霊夢は複雑な気分だった。

 と言うのも、大和と零夢の関係を知っていることもある。しかし、レミリアの記憶の中でも厳しい修行に耐えていたにも拘らず、ただ頑丈なだけだと言われていることが少し可愛そうだった。自分でもそれをどう表現すればいいのかが解らなかったので、とりあえず南無南無と合掌する霊夢だった。


「まぁそれは置いておいて。……生前は口に出したことはないけど、あいつは私にとって大事な奴なの。この子にとってもね」

「……」

「死人が出る幕じゃないのは解ってる。でもね、それでも私たちのいざこざをこの子に投げるのは嫌なのよ。それに博麗が幻想郷の管理者に楯突くのはいろいろ問題でしょ? でも私なら死んでるからノーカウント」

「いや、幻想郷の均衡を保つことが博麗の仕事だから特に問題ではないが」

「……問題でしょう?

「いや、だから問題では――――


「問 題 で し ょ う?」


 ……問題だな」


 ただ自分でやり返したかっただけだろう、とは霊夢も藍も言わずに苦笑いした。


「だから私があんたを潰さないと駄目なの。過去を清算して、この子に綺麗な幻想郷で過ごして貰うために。きっと、大和だってその為に頑張ってるはずよ。真っ直ぐな馬鹿だから私の"巫女を頼む" って遺言をちゃんと守ってくれてるのよ」

「……やはりお前は危険だ。視野が広く、我々と同じように様々な角度から物事が見えている」

「だから消したんでしょうが。自分たちの邪魔をしないように」

「その通りだ。そして、今回も消えて貰う」

「ふーん……」


 零夢をもう一度消す。はっきりとそう言い切った藍に、零夢は陰陽玉を周囲に浮かべて応えた。

 その姿を見た藍の瞳が見開かれる。


 ――――陰陽玉? ただ単純に使うだけなのに、なんでそんなに驚いてるの?


 霊夢にとっては自身も陰陽玉を使うだけに御馴染の構えだが、藍にとっては初めて見た零夢の構えだった。何せ、藍の知る零夢は陰陽玉を使う戦闘など一度もしたことがなかったから。

 しかし、零夢も博麗の巫女なのだから陰陽玉を使う機会がなかった訳ではない。実際に陰陽玉を使った戦闘も幾つかはあった。

 それでもその大半は陰陽玉を用いることはなかった。大和に大半を任せていたことも理由の一つではあるが、最も大きな理由は、陰陽玉を用いずとも強力な妖怪に引けを取らない戦闘力を誇っていたからだ。

 つまり、生前の零夢は博麗の至宝である陰陽玉を使わずして史上最高の巫女という称号を欲しいままにしていた。


「絡め手を使わずに私を消すなんて、あんた本気で出来ると思ってんの?」


 その零夢が陰陽玉を使う構えを見せた。つまりそれは、零夢が本当の意味で"本気" になったと言うことに他ならない。

 その零夢を前に、藍は一切の油断を見せないように力を高めていく。

 負けるつもりは更々ない。だが、同じように勝てる確信も持てない。


「―――やれるさ。私はその為に此処に居る」


 零夢と藍の第二ラウンド。

 霊夢は史上最高と謳われた巫女の全力を見逃すまいと眼を見開いた。




   ◇   ◆   ◇




 ――――魔符「スターダストレヴァリエ」

 ――――恋符「ノンディレクショナルレーザー」

 ――――魔符「ミルキーウェイ」

 ――――恋符「マスタースパーク」


「全部もってけこの野郎!」


 師匠が創った魔法使いの聖域の効果は私にも及ぶ。何時もより数十倍は膨れ上がっているであろう、腹の底から湧き上がってくるような強烈な魔力。まるで陸に揚げられた魚みたいに活きの良いぜ。それを抑えるなんて以ての外だ。むしろ無限かと思うほど湧いて来るんだ、全部有効活用しなくてどうするんだって話だぜ。


「威勢がいいから何か秘策でもあると思ったのに、結局はただの力押し。子供のお遊戯なら余所でやりなさい」


 そう溜息を吐く八雲紫、面倒だから紫でいいか。私が順番に放った魔法は、師匠の時と同じようにスキマとか言うトンデモ空間に吸い込まれていった。あれでもかなりの威力があると思ったんだが……どうなってんだ?


「お前にしてみればお遊戯程度ってことかよ」

「私だけではないわ。古参連中にしてみれば大和すら子供扱い」


 そこまで言うのかよ。

 ふざけんじゃねぇぞ、こちとら全力でやってるってんだ。これでも少しは成長したと思ってきたのに、こうも相手にならないんじゃ私の自尊心が傷つくぜ。

 けどな、ここまで実力の差があるなら何も遠慮することはない。逆に一泡吹かせてやろうって躍起になれるぜ。


「もう止めておきなさい。大和ですらこの結果、自称弟子である貴女に何が出来ると言うの?」

「何も出来ないが、何でも出来るぜ。やる気だけは十分だからな!」


 紫の周囲から多数のレーザーが放たれる。

 師匠なんてデッドウェイトを持ってるために飛行速度は落ちるが、その分魔力で補助できている。直線軌道を描きながらレーザーの間をすり抜けていく。

 当たるなんてヘマはしない。私が冬までにどれだけ火傷したと思ってる? 妹紅の姐さんの炎に比べたらこんなもの、屁でも無いぜ!


「手加減してあげている間に降伏した方がマシよ?」

「ほー、降伏したらどうしてくれるんだ?」

「命だけは助けてあげる」

「そりゃ嬉しいな。でも普通の魔法使いを自称する魔理沙さんには魅力的に聞こえないな」

「……馬鹿な子」

「へっ、此処に居る時点で私は大馬鹿野郎なんだ……よっ!」


 弾幕が激しさを増してくる。

 小さな雨粒程度だったのが師匠の時のように大粒に変わった。点だったものがほぼ面で襲ってくるようになる。手加減を止めて本気で私を潰しにくるようだが……甘い、遙かに甘いぜ!

 左手で師匠を抱え直して、右手で箒を強く握りしめる。

 師匠、ちょいとばかし急激な動きをするぜ。出来れば早いこと目を覚まして貰いたいが、落しても文句は言わないでくれよ!


「ちょろい弾幕だな! 火傷が嫌で回避だけは上手くなった私を捉えられると思うなよ!?」


 目の前にフェニックス、目を瞑ってもフェニックス、夢にまで出てくるフェニックス。鮮やかな赤色とイイ笑顔を浮かべた姐さんから逃げ切った半年の経験舐めんな!


「成程、紅霧異変から少しは成長したようね。相手にならない事に変わりはないけれど」

「相手にならないことくらい解ってるぜ。でもな、男に意地があるように女にも意地ってものがあるんだよ! ヒーローの弟子を公言するのなら尚更にな!」


 ――――恋符「マスタースパーク」


 ミニ八卦炉から魔砲を放って紫の弾幕を掻き消すも、展開されたスキマに吸い込まれてダメージを与えるまでには至らない。あれがある限りは無敵ってことか……。

 考えろ、あのスキマを破るにはどうすればいいんだ?

 たぶん意識外からの攻撃なら反応できないんだろうが、生憎私にそんな芸当は出来ない。師匠なら幻術を使って何とかできるだろうが、気絶しているうえに幻術は使えなくなってる。

 なら吸収出来ない程の威力ならどうだ?

 あのスキマを貫通するほどの威力を持った魔法を放つことができたらダメージを与えることも出来るんじゃないのか?

 ……やってみる価値はある。が、砲撃の為に魔力を収束させる時間が長くなる。この弾幕の中でそれは至難の業だが……信はある。やってやるぜ。


「過剰威力でスキマを突破」

「…何だと?」


 っ、こいつ、私の心を読んで―――!?


「あら、貴女の浅知恵を代弁してあげただけよ」

「なんだと?」

「浅知恵と言ったの。貴女も大和も、何で出来もしないことをやろうと思えるの? 無駄だとは思わないの?」


 あん? 何でやろうと思えるか、だって?

 仕様もない質問だぜ。と言うか、何でそんなことを問われるのか自体が私には解らないんだけどな。まあいいさ、答えるついでに魔力は溜めさせて貰うぜ。


「お前さ、やりもしないで何で端から出来ないとか決めるんだ? やってみないと解らないことだって沢山あるだろ」

「考えれば解るわ。自分に出来ること、自分にやれること。客観的に判断すればそう結論が出るはず。大和も貴女も、私に勝てないと解ってるんでしょう? なのに、何でそこまで頑張れるの?」


 ……こいつは何を言ってるんだ?

 なんで頑張るかなんてのは問題じゃないはずだろう。

 頑張ることに理由がいるのか? そんなのいらないだろ。理由なんて付けたところで諦めるやつは直ぐに諦める。だったらなんで頑張るかなんて理由はいらない。

 本当に頑張ってるやつなんかは明確な理由なんかないんだ。やりたいことをやるためにやっていることを、他人が"あいつは頑張ってる" って言ってるんだよ。本人は必死になって努力してるだけだ。

 そこに小難しい理由なんて存在しない。ただやりたいからやってる。それだけだろ。


「だってそうでしょう? 結末なんて解りきっているのに、どうしてそうまで足掻こうとするの? 無駄だと自分でも思っているはずなのに、どうして?」


「――――お前、悲しい奴だな」


 それが解らないお前は本当に可哀相な奴だと思う。

 いや、違うな。何て言うかこう、見てて腹が立つ。

 まるで紅霧異変直後の私そっくりだ。出来ないって思いこんで、でも心の底じゃ諦めきれずにいる。

 なのに素直に言葉にすることが出来ない臆病者。


 ああそうか、こいつはついこの間の私にそっくりなんだ。一度目指して努力したことが全部無駄だったって解って、それに心を折られた私と同じなんだ。ならこの気持ちは自己嫌悪だ。


「お前、言い訳してるんじゃないのか? こんなのは出来ない、私には無理だって。諦めてるんじゃないのか?」

「……」

「お前に何があったのかは知らない。聞かせてやるってんなら聞いてやってもいいがな。でもな、お前みたいに諦めた奴が努力してる私や師匠に諦めろって言うのはお門違いなんじゃねえのか?」

「……黙れ」

「いいや黙らないね。お前にははっきり言ってやらないと気が済まねぇ」


 思ったんだよ。過去に戻れるのなら、あの頃の情けない自分をどうにかしてやりたいって。

 でもそんなこと出来るわけがない。終わった過去を変えることは出来ないからな。でも未来は変えることが出来る。だから人生経験豊富な魔理沙さんの御高説でも聞いて心を入れ直せ。私でも出来たんだ、私より強いお前が出来ない訳がない。


「――――いいか、良く聞け化物。確かにお前は一見無敵の妖怪だ。賢者とまで呼ばれるほど聡明で完璧な存在なんだろ。けどな、本当のお前は臆病で、ちっぽけな奴なんだよ。私程度の人間と同じ弱い奴なんだ。だからこそ頑張らなきゃならねえんだよ! 必死こいて努力して! 涙流して! 泥を被ってでもやるんだよ! そこに理由なんてもん付けんな! お前だって、本当は頑張りたいんだろ!!」


「れ……だまれ、黙れ……黙れ黙れ黙れェッ!」

「うお!?」


 っ、クソッタレ、こいつ発狂しやがったのか!? 指向性もない弾幕なんて、しかも視界いっぱいの密度はやり過ぎだろ!? 


「貴様程度に何が解る!? 大和オサでもない貴様程度に、私の何が解るッ!?」

「わっかんねーよ! 初対面の私にはお前のことなんかさっぱりだぜ! だから師匠、いい加減起きてくれ!」


 でないと私が堕ちる…っ、ちっ、こんな弾幕を無傷で避けきるなんて無理だ!? 多少の被弾覚悟で飛ばないと、デカイの貰った後じゃ遅過ぎる!


「死んでしまえぇぇ!」

「こんのっ、師匠ガード!」


 マスタースパークよりは細いが、それでも当たれば堕ちるほどの強力な光線。周囲を弾幕で囲まれていて避けきれないそれを、師匠を盾にして耐えきる。流石の師匠もこれが当たれば死ぬかも、と一瞬考えたが、気絶しても流石は師匠。眠っている状態でも魔力で身体強化をして耐えていた。

 それでも光線の余波が私にも届いてくる。肌に妖力が突き刺さって、長袖だった服が半袖にまで破れてしまった。

 ―――衝撃が終わった。急いで距離を取るが、あいつは何やら自分を抱きしめて震えている。

 これ幸いだな。少し休む暇が欲しかった所だ。


「それにしてもなんつー妖力だよ……。おい師匠、早く起きないと弟子が死ぬぞ」

「……それは、困るなぁ…っ。目の前で死なれたら、僕の流儀に反する」

「師匠!?」


 漸くお目覚めか! ……でもどうしたんだぜ? なんかすっげー痛そうに身体を押さえて―――って、私のせいか。 いや、違うな。妹紅の姐さんは師匠なら盾に使っても問題ないって言ってたから、きっと私のせいじゃないぜ。


「痛っ……、何だこれ、身体中傷まみれじゃないか。こんなにも酷くやられてたっけ……?」

「酷いもんだったぜ。気絶してる師匠を甚振ってたからな」

「うげ……まぁいいや、とりあえずどうなってるの?」

「何か知らんが、いきなりあいつが暴走し始めた。師匠が起きるまで私が相手をしてたんだぜ? 師匠にも見せてやりたかった―――師匠?」


 どうしたんだ? 暗い顔して。


「僕には……紫さんを止めることは出来ない」


 ……は? 師匠まで何言ってんだ?


「見たんだ。あの瞳の内側を。本当の紫さんを。紫さんは、今の自分の在り方に苦しんでる」

「なら助けてやればいいじゃないか」

「僕じゃ駄目なんだ。僕なんかじゃ、紫さんを助けられない」

「……」

「正直に白状するとね、今までの僕は紫さん憎しって言う憎しみと怨みが大半だった。大切な人を奪われたんだ、理屈じゃない。だからその復讐を……。そうやってきた部分もある。でも表向きはそんな風には見せなかったよ。それでも僕は――――殺してやりたいくらい憎んでた」

「……」

「でも僕は人を殺さないし殺させない。そう決めてる。でもそんな気持ちは確かにあったんだ。最後の瞬間には仕様がないから・・・・・・・って殺そうとした。……でもその瞬間を前にしたら、そんな気持ちは消えたよ。本当の紫さんを見た時、自分の愚かさに気付かされた」

「……」

「助けを求めてたんだ。堕とされる瞬間、僕に呟かれた言葉が何よりそれを語ってた。だから紫さんに憎しみがある僕じゃ無理だって、そう気付かされた」


 ……ああ、そう言うことか。やっと妹紅の姐さんが言ってたことが解ったぜ。師匠がとんでもない奴だってことが。


「師匠、お前馬鹿だろ。そんなことでウジウジ悩んで、まったく呆れて言葉もでないぜ」

「なっ、僕は真剣に――――」

「別に憎むくらい普通だろ」

「なっ――――」

「大切な人を奪われたんだろ? どれくらい昔の話か知らないが、師匠にとってその人は本当に大切な人だったのなら憎んで当然だ。それともあれか? 師匠は聖人か? 隣人どころか世界中の人を愛する神様にでもなったつもりなのか?」


 違うだろ。人間ってのは喜んだり悲しんだり、誰かを愛したり憎んだりも出来るから人間なんだ。姐さんだって言ってた。そうやって想える心があるからこそ、心だけはまだ人間なんだって。


「それに妹紅の姐さんは気付いてたみたいだぜ。自分も経験があるから気持ちが解るって言ってた」

「妹紅が……」

「それに、師匠はヒーローなんだぜ?」

「ヒーロー?」


 まさか面と向かって言う日が来るとは思わなかったけどな。こっ恥ずかしいが、師匠をその気に出来るんならこの程度、どうってことない。むしろこれから師弟になるんだ、私のことは全部知って貰わないと困るんだからな。


「昔々の話だぜ。小さな女の子が、カッコいい巫女と魔法使いの御伽話に憧れた話だ。

 女の子の親は、何時も寝る前にその巫女と魔法使いの話を聞かせてくれるんだ。妖怪から人を守って、時には妖怪たちの争いも解決していく。そんな二人の武勇伝だ。

 目をきらきらと光らせて喜ぶ子供に、親はこう言った。

 『実は、私と仲のいい方の話なんだ』

 それを聞いた女の子は本当に嬉しかった。何時か会えることが解ったからな。だから会える日の事を考えて魔法を勉強したがった。家が魔法店なこともあったから、魔道書の類は十分に用意があった。

 でも親は反対した。

 『魔法使いにはなってはならない』

 まだ小さいかったにも拘らず、親は子供にそう言い聞かせた。

 でも女の子は魔法使いになりたいんじゃなかった。御伽話に聞いたヒーローになりたかっただけなんだ。魔法はその手段に過ぎなかった。


 それから紆余曲折を経て、女の子はその魔法使いの教え子になった。

 でも女の子が思っていたのとは違った。

 もっと凄い魔法を習いたい。直ぐにでもヒーローに成りたい。早くヒーローと一緒に世界を回りたい! 日に日に女の子の心にはそんな想いが募っていった。

 だが魔法使いはまだ早いと言った。

 でも女の子はそうは思わなかった。だから反発した。その思いが溜まりに溜まり、抑えきれなくなった女の子は遂に魔法使いの下から逃げ出した。


 それからまた長い時間が過ぎた。

 何時しか、少女にとって魔法は手段ではなくなっていた。ヒーローを目指したはずなのに、すごい魔法を覚えて見返してやることが目的になっていた。

 そして一つの異変が終わったとき――――女の子は自分のやってきたことに気付いた。

 間違っていたのは、自分だったと。

 気付けば後は間違いを正すだけだ。周りの人達が助けてくれた御蔭で、今じゃヒーローを抱えて空まで飛べるようになった」


 恥ずかしいぜ、本人を前にしてこんなこと言うのは。とてもじゃないが私のキャラじゃない。私はもっとクールでカッコいいはずなんだけどな。師匠のが映っちまったみたいだ。駄目駄目だ、こんなワカメみたいに辛気臭くなるのは似合わなねぇ。


「……美化しすぎだ。僕は、そんなに強くない。ただのちっぽけな魔法使いだ」

「私だってちっぽけな女の子だぜ。でも、だからこそ師匠に憧れた。ちっぽけな存在でもいい。一生懸命努力している師匠だったからこそ、私には輝いて見えたんだ。それだけは自身を持って言える」

「魔理沙…」

「自信を持ってくれ。自分で自分を信じられないってんなら、私が信じてやる。だから師匠、見せてくれよ。諦めない心を。努力が為せる業を! 幻想郷を救ってきたヒーローの姿を!!」


「師匠は私のヒーローなんだぜ! だったら全部救ってみせろ!!」


 襟首を掴んで、そう叫んだ。




   ◇   ◆   ◇




「師匠はヒーローなんだぜ! だったら全部救ってみせろ!!」


 ……カッコいいなぁ。

 ああ、認めてやる。ここまで魅せられたらもう認めるしかないじゃないか、霧雨魔理沙。我儘で自分勝手で小さかったのに、今じゃこんなにも大きくなった。

 僕の事をヒーローだと言ったけど、まるでお前の方がヒーローじゃないか。


 ――――全部救ってみせろ、か。

 はは、違いない。僕の目指す所はそこなんだから。本当に僕のことを知ってるんだな。流石は霧雨家、あの好きなことには一直線だった一郎さんの血筋だ。本能かんかで僕のことを感じとったんだろう。それくらい、あの人の血筋ならやれるはずだ。


 ――――自信を持て、私が信じてやる!

 ああ、そうだよね。僕が自分に自信を持てなくてどうするんだ。魔理沙に信じられるまでもない、僕が僕自身を信じてやらないでどうするって言うんだ……!


 誰も殺さず、誰も殺させない。誰も死なせてなるものか。

 レミリアとフランドールのお母さん、僕の先生を奪ってしまったのが辛かったからそう決めた。

 零夢が死んでからは更にその想いが強くなった。誰にでもいる大切な人が失われるのが怖かったからそう決めたんだ。

 でも僕は弱いから、紫さんを前にして躊躇ってしまった。

 挿し延ばさなきゃならない手を開かずに、黙って拳を握りしめた。

 たった一つの出来事で身動きが取れなくなるほど弱い僕は、きっと、これからもずっと悩み続ける。

 でも、いいんだ。

 支えてくれる友人がいる。慕ってくれる家族もいる。

 喜びも悲しみも悩みも、周りの人達の全てを受け入れて前に進む。それが僕、伊吹大和なんだから。 


「ありがとう」

「お?」

「魔理沙の御蔭だ。僕は、漸く本当の自分を見つけることができた」

「あ、あぁ……。そっその、師匠、なんだ……照れるぜ」

「照れてろ。これからは滅多に褒めることなんかないんだからな」

「…! 師匠!」


 魔理沙が身を乗り出してきた。近いよ、もう鼻が当たる。


「でも、まずは紫さんを助けることから始めないとね」


 まるで親の敵を見るように、僕を睨みつけている。

 背筋が冷たいね。僕、間違っても殺されないよね? 捉えて人形にするって言ってたけど、何だか殺されそうな気がしてならない。

 

「師匠、手はあるのか? 正直あのスキマを突破するのは無理に近いと思うんだが……」

「――――いや、ある……はず。たぶん。メイビー」

「何か自信なさげだけど、信じると言った手前驚いてやる。マジで!?」

「……」

「……」

「お前、僕を馬鹿にしてるだろ」

「師匠は自意識過剰だな」


 否定しろよ。……まぁいい、今はやるべきことがあるからこれ以上は言わないでおく。

 やれると思ったのは、紫さんの能力には紫さんが理解出来る境界しか弄れないって弱点があるんだ。だったら紫さんの理解が及ばない領域まで辿りつけばいいだけの話だ。残片が理解できないように、既存の幻術を更に昇華すれば、きっと……。


「行くよ魔理沙。まずは現と幻の境界戦を突破する!」

「任せろ師匠! 師と弟子は一心同体だぜ!」


 大魔導師のローブをはためかせ、僕らは空を駆ける。




 キャー魔理沙サーン! なんて思って頂けると計画通り(ニヤリ となります。

 やっぱり魔理沙はイケメソじゃないと駄目だと思うんです。イケメソで押しが強いけど、押されると乙女になってしまう。そんな魔理沙が大好きです。

 何時かそんな魔理沙が書けるといいなと思いつつ、次回にまた会いましょう。


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