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東方伊吹伝  作者: 大根
終章:終わりは始まりの桜
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瞳の内側

ヘタレ大和、ただいま推参!


あとがきに時間軸を追加

 生きている者は死ぬ。

 魂は肉体から離れ、彼岸へ運ばれ、死神によって閻魔の下へと連れて行かれる。そこで下された判決によって各々が生きていた時間の罪を清算し、次なる転生のために準備を始める。

 それがこの世の理。どれ程の力を持とうと、どれ程の権力を持とうとも変えることのできない一つの真理。それが死ぬということ。

 故に人は死ねば生き返ることはない。

 紫様の能力を持ってしても覆すことはできない。

 それが何故、どうしてお前が目の前にいる!?


「あら、あんたでもそんな顔するの。でも私相手に呆けてたら直ぐに堕ちるわよ?」

「っ、博麗、零夢……なのか?」

「あんた相手にこの子がこんな優しい対応すると思う? あんたの察しの通りよ。ま、中身だけだけどね。無理矢理主導権を奪ったから仕様がないんだけど、内側から殴る蹴るするこの子・・・が鬱陶しくて仕方がないわ」


 自身の胸に親指を向ける目の前の霊夢……いや、零夢。死して尚、我々妖怪の中で最も怖れられている巫女が目の前にいた。


「何故、死んだはずのお前がここにいる!?」

「閻魔の枕元にずっと立ち続けていたらね、一回だけ許可されたの。一度だけ巫女の身体を借りて良いってね」

「……そんなふざけたことがあって堪るか」

「ふざけてなんかないわよ。別に生き返ったわけでもないし。それより狐、あんた覚悟は出来てるんでしょうねぇ―――」


 視線で人を殺せるのなら私は既に死んでいるだろう。目を鋭く吊り上げ、まっすぐ私を睨みつける零夢は私を以てしても脚を引かせる程のものだった。

 ――――ゴゴゴゴゴッ……

 零夢の身体から溢れだす濃厚な霊力の渦が大気に乱れを生じさせ、舞い散る桜花弁を空へと巻き上げていく。中心から濃厚な霊力が混ざった風を生み出す様はさながら台風のよう。


「……腐っても巫女と言うことか」

「死んでも、よ。間違えないで頂戴。積年の恨み……なんてのは柄じゃないけど、やられたからにはやり返さないと気が済まないの」


 霊力は魂に深く関わりがある。

 霊夢に変わって零夢が出てきたからか、霊力の質も霊夢から零夢のものへと変化している。より良質に、より練られたものへと上書きされていくように変化していく。周囲へ流れ出して行く霊力の質・量は正しく全盛期を彷彿とさせるものだ。

 つまり私は、あの・・博麗零夢を相手にしなければならないと言うのか。


 ――――博麗と伊吹に敵無し。


 嘗て名立たる幻想郷の強者の中でも頭一つ抜け出し、当時幻想郷最強とまで言われた二人組。

 史上最高の巫女と鬼の四天王の息子。

 数々の妖怪の脅威を払い、それでいて決して祓わなかった甘い巫女とその盾。今や当時を知る人間は一人も残っていないが、妖怪の間では未だに忘れることのできない二人組。数ある逸話によって最早伝説と化してしまっている巫女が目の前で敵意を見せている。


 だが博麗大結界の構築時、彼女は紫様によって霊力を根こそぎ奪われた。その状態で封印前のルーミアと闘い、最後の夢想封印を放って力尽きた。幻想郷に住む主要な者たちは、それを紫様の用意した隙間を通して見ていた。

 私もその一人だ。

 封印前の、間違いなく最強の一角に数えられるルーミアの起こしたあの異変。当時の記録は幻想郷縁起にもしっかり記されている。

 

 もちろん、異変後に彼女が死んだことも。


 表向きは異変での傷が致命傷だったことになっているが、大和殿の周囲にいた者たちはそれが真実でないことくらい勘付いているだろう。しかし、それでも死んだと言う事実は誰もが認めるものだ。

 それに、私と紫様はお前が神社で息を引き取るその瞬間までこの目で見ていた。

 にも拘らず、その巫女は今こうして目の前にいる。


「解せんな。あの閻魔がたかが枕元に立たれただけで屈するなど……」

「うっさいわね。信じたくなかったらそれでいいけど、実際に期間限定とはいえ還ってんだから現実見なさい。と言うか……」


 ……なんだ?

 いきなり黙りこんだと思えば、百面相を始める零夢から一歩引いて身構える。表情ががらりと変わっていく様は見ているだけで違和感を感じさせる。

 もしやこいつ、零夢ではなく悪霊の類か? それならまだ説明はつく。地下から湧き出てくる可能性はほぼゼロだが、可能性の問題としては在り得るからな……。零夢であっても悪霊かもしれんが、構えておくことに越したことはないだろう。


「ちょっと今代、少しは落ち着きなさいよ」


 今代と話でもしているのだろうか。察するに、身体を取られた今代が文句を言っているといった所なのだろう。


「身体返せってあんた、なに寝言言って…ア゛? ……とりあえず落ち着きなさい。別にずっと取ったりなんかしないから……ああもう、いいから落ち着けって言ってんでしょうがッ!!」


 耳に突き刺さるような一括に、思わず耳を塞いで耐えた。

 おそらく零夢自身が先程言っていた通り、今代の巫女は身体を乗っ取られたのだろう。それに腹を立てた今代が内側から何かしらの行動を起こし、それを煩わしく思った零夢が怒鳴り散らした。

 傍から奇行を見ていたせいか悪霊に取り憑かれたのかと勘違いしてしまったが、一括と共に一気に吐き出された霊力の波がそんな考えを吹き飛ばす。

 あれは間違いなく博麗零夢だ。嘗て紫様を以てしても敵わないかもしれないと言われた規格外の中の規格外。規格外の塊とでも言うべき存在が、私を見据えている。

 久方ぶりに感じる生き物としての恐怖感。死を連想させる圧倒的な力。


――――成程。が敵わないかもしれないと言う意味が良く解る。


「ふぅ、これで少しは落ち着いたわ。……ああ、放っておいて悪かったわね」

「構わないさ。こちらも心の準備が出来た」

「あら、あいつの式なだけあって優秀ね。堕ちる覚悟がこんな短時間で出来るなんて」

「ふふ、そう簡単にやられはしないさ。これでも長い時を生きてきた九尾なのでね」

「ただの歳喰ったババアじゃない」


 相変わらず裏表のない奴だ。

 こういった輩には好感が持てるし、妖怪は裏表のない人間が大好きだ。事実、私もこいつが嫌いではない。今代もこの辺りはこいつに似ているのだ、身近になった妖怪からはさぞ好かれるだろう。


「そうだな、お前の言う通り私は齢数千のババアだ。紫様よりもな・・・・・・

「思わせぶりな言い方ね。まるで自分の方が主よりも強いって言ってるみたい」

「フッ……」


 ゆっくりと、袖の中で組んでいた腕を胸元へと持っていく。

 その手で符を持ち、含み笑いを浮かべて零夢を見る。


「さて、どうかな? 私の方が強いかもしれんぞ?」

「ま、やり合ってみれば解るけど」


 手に持った御祓い棒で肩を二度、軽く叩いて天を見上げる零夢。その脇には、嘗て一度も使用しなかった陰陽玉が滞空している。


「でも好きだわ。自分が強いって言い切る奴は」

「私もだ。もっとも、身の丈に合っている者に限ってだが」

「ブチのめしがいがあるし」

「潰しがいがある」

「でも残念ね、あんたは運がない」

「ああ、そうだな。お前はまったく運がない」



「未だ嘗て、この九尾を相手に生き残った者はいない!」

「本気の私に勝てる奴なんて、産まれてこの方いやしないのよ!」




   ◇   ◆   ◇




 夜空を眩く染める巨大な魔法陣。大地には同じ魔法陣が展開されていたが、今は地面に溶け込むように消えている。しかし、冥界のほぼ全域を覆っている儀式用の空間魔法陣は溢れんばかりの魔力を提供してくれている。


(これで漸く対等に闘える)


 紫から感じる妖力と、自身の魔力の差はほとんどない。総量は幾らか負けているが、その差は気で十分埋めれる。今は残片を使用しているために無想転成は使えないが、動きに慣れられないように手数で圧倒するしかない。


(時間が経てば経つほど勝機は無くなっていく。迅速かつ確実に戦闘不能状態にまで追い込む)


 使う魔法はどれも魔力を馬鹿食い。魔法陣で底上げしたところでその差を僅かにまで縮められただけ。魔法陣の効力が持つ時間も限られている分、ここからは時間との闘いになる。力の底上げに成功しても驕ることなく、大和はその事実を理解して行動しようとしている。

 手に持った紅い魔槍、レミリアのグングニルを構える。魔力の底上げによってオリジナルと遜色がないこれを当てることが出来れば、それで勝負が着くかもしれない。

 握った掌に汗を掻きながら、鋭く紫を見つめる大和。

 そして……


「――――ハァッ!」


 気合いと同時に投擲される紅い魔槍。

 影すら残さず放たれた神速のそれは、紅い軌跡を残しながら一直線に猛進する。

 向かう先は、未だ魔法陣の敷かれた天を仰ぐ紫。

 裏を取られたことがそれほど衝撃的だったのか、紫は飛来する魔槍に目もくれない。ただ遙か上空に在る魔法陣を呆然と眺めている。


 ―――当たれ!


 不意打ちのような形になったが、それでも大和は気にしなかった。

 武術家として、一魔法使いとしては真正面から闘って勝ちたい。だが、今回だけは例えどんなことをしてでも勝たなければならない。それが絶対に負けられない闘い。大和は勝負が始まる前から自分に言い聞かせていた。どんな形であっても勝たねばならないと。


 その願いが通じたのか、紫は確かに一瞥もくれることはなかった。


「――――え?」


 一瞥もくれず、隙間すら用いずにただ神速で飛来する魔槍を掴みとった。見ないのではなく、見る必要もなかっただけ。大和渾身の一撃も、紫にとってはただそれだけのことだった。


「――――屈辱だわ」

「……っ!?」

「貴方程度にしてやられるなんて、屈辱以外の何事でもない。しかも一度ならず二度までも。愚かな自分が腹立たしい……殺してやりたいくらい」


 掴んだ魔槍を手に、ゆっくりと大和に向き直る紫。


「ぁ――」


 大和は動けなかった。

 目の前の紫はあまりにも大きすぎて、違い過ぎた。

 強くなったと思っていた。ルーミアを下し、アルフォードを真正面から倒すした。

 武術は美鈴に敵わない。魔法でもパチュリーに敵わない。一流に成りきれない二流だが、それでも持ち前の泥臭さでここまでやって来た。だから萃香や永琳、紫たちにも追いつけたと思っていた。

 しかし、それは間違いだと気付かされた。

 見に纏う覚悟も、培った経験も、胸に秘めた気持ちの大きさも何もかもが他を寄せ付けない圧倒的なまでのものばかり。

 ただ純粋に生き物としての土台が違う。死に物狂いの鍛錬を経て拭い去ったはずの恐怖を、今になって『死』 という明確なイメージの下で思い知らされた。


「これは私の戒めにするわ。一撃、確かに通った証として」


 紫は握った魔槍で頬に一筋の切り傷を付けた。濃厚な魔力でつけられた切り傷は紫であっても直ぐには治らず、割れた頬からは血が流れていく。


 ――――動け動け動け!


 必死に脚を動かそうとする念じる大和。

 しかし、目の前にいる紫の一挙一動がそれを許さない。

 頬を流れる血を舐め取る舌が、槍を地に投げ捨てる手が、隙間を開いて扇を向けるその様が妖艶であり、恐怖を煽りたてる妖怪そのものだった。


「御逝きなさい」

「……っ、撃つと動く!」


 隙間から放たれた妖力弾を目視したところで、漸く大和は脚を動かすことが出来た。


「スピア・ザ・グングニル!」


 飛び交う弾幕を巧みに躱し、再び魔槍を投擲する。その後に魔力弾を大量に付け加えて弾幕を創り上げる。今までの魔力では出来ない力技も、魔法陣の恩恵があれば出来るようになった。


「無意味よ」


 それでも隙間がある限り、紫に弾幕は一切通用しない。どれほど強力な単幕を張ろうと、全て隙間に消えて行く。


「これは返すわ」


 そしてそれは新たな隙間へと繋げられ、術者本人に返されていく。

 これは大和にとって想定内であり、想定外。

 本来なら残片を使った遠距離からの弾幕に隙間で対応させる。その間に得意の距離まで持ち込み、無想転成での一撃必殺を交えた肉弾戦。

 しかし、これは幻術が使えた場合にだけ限られる。

 紫とて、大和が得意な肉弾戦に持ち込もうとすることは予想がついている。だからこそこの百年間、大和の得意な距離、使う武術、魔法とのコンビネーション。その全てを分析し、対大和戦への準備を練って来た。長い時間を掛けて観察し続けてきた分、紫には大和の動きの一つ一つが手に取るように解っていた。

 大和にとって、その紫に一矢報いることは針の穴を通すよりも難しいことだ。大和にもそれが解っていただけに、幾重にも重ねた自身の幻影で翻弄するつもりだった。

 それも幻術を封じられた今では無理な話になった。そんな今の大和に出来ることと言えば、返されると解っている弾幕を打ち込むだけ。


 ――――このままじゃジリ貧だ。


 潜在妖力は紫の方が多い。我慢比べで先に根を上げるのは間違いなく自分。

 撃っては返される弾幕を避けながら大和は焦った。


「あらあら、何時まで千日手を繰り返すつもり?」


 紫が嘲るが、それでも今は唇を加えて耐えるしかない。

 必ず来る勝機を信じて、パターンを変化させた弾幕を繰り出す。

 そしてそれも返される。そんな展開が続いていく。


「……そうね、じゃあ一撃だけ入れさせてあげましょう」

「は?」

「一撃入れさせてあげる。言っておくけど、殺す気で来ないと私は倒せないわよ。それで駄目なら貴方はそれまでってことね」

「っ、馬鹿にして!」


 安い挑発。

 大和もそれが解っている。解っているが、それでもこのままジリ貧になるのを防ぐためにはやるしかない。 

 ――――対象をフランドールに固定

 魔槍から魔剣へ。レーヴァテインを強く握りしめ、更に魔力を込めていく。

 炎を増し、フランドールのそれと遜色ないまでに高められた魔剣を構える。


「……後悔してもしりませんよ」

「早くしなさいな」


 これでもかと魔力を込められた魔剣は、例え紫であっても致命傷になるだろう。それ程の魔力を込めた。

 それでも紫は余裕の態度を示したまま。本当に躱すつもりも防ぐつもりも無いのだろう、何時でも来いとばかりに隙間の淵に座っている。

 絶好のチャンス。待ちに待った一撃を入れる、最後の機会になるかもしれない瞬間。


 ――――僕が、紫さんを斬る?


 しかし、ふと大和はそう思った。

 手に持ったフランドールの魔剣を見つめる。

 借り物だが、今は自分の力。絶大な威力を誇るレーヴァテインなら、塵も残さず紫を焼き切ることだって出来るかもしれない。

 だがそれは、紫をこの世から消すことになる。


 ――――紫さんを、僕が殺す?


 自分に科したルールは、『他人を殺さず殺させない』 こと。

 例え紫が零夢を奪った張本人であろうと、自身を操り人形に仕立て上げようとしている人であったとしても、自分に科したルールには逆らえない。

 大和が闘ってきた相手はその殆どが格上の存在ばかり。どれだけ全力を出しても、それでも足りない相手ばかりだった。

 では紫はどうだ。

 間違いなく自分より格上だが、どれ程の力を込めれば殺さずに倒せる? これで足りないのか? 十分なのか? 勢い余って命を奪ってしまわないのか? 実体を掴ませない紫と、今までにない力を持ってしまっただけに力配分が解らない。


 ――――殺しは嫌だ。でも、この機会を失う訳にはいかない。


 自分に紫が斬れるのか。

 目の前で嗤っている紫は、今まで闘ってきた中でも最悪の相手だろう。

 零夢を奪い、自分を騙し、想像も出来ないほどの悪事を働いてきた人なのかもしれない。

 それでも力の無かった昔の自分を、この高みまで押し上げてくれる切っ掛けを与えてくれたのは紫だ。

 魔法使いの存在を教えてくれたのも、大陸に行けば可能性があることを教えてくれたのも紫だ。

 振り返ってみれば、小さい頃の自分は紫と頻繁に会っている。

 子供時代にはどれ程弄られただろうか。萃香や勇儀、鬼の家族たちの前で紫から貰った知識を披露して笑われたことも多い。紫と一緒に過ごした時間も決して少なくない。萃香とは別の意味で母親のような人だったのかもしれない。

 今は敵になっているが、本来は他人の心に敏感で、お茶目な心を忘れない優しい人。

 例えそれが自分を利用するための演技だったとしても、それでも過ごした時間は嘘じゃない。


 ――――その人を、長達の村の一員だった僕が殺す?


 駄目だ。出来ない。

 でも勝たなければならない。

 殺しなんてしたくない。

 それでもやらなければならない時だってある。

 ならこのまま負けるのか。負けて、操り人形になるのか。その後で幻想郷がどうなるかを考えればやるしかないことくらい理解できるだろうに。


「ぁぁぁぁぁあああああああああああッ!」


 大和は考えることを放棄した。過去の自分も、過去の紫も、その全てよりも目先の勝利を優先した。

 叫び声を上げて思考を捨る。

 殺す。殺すのだ。やるしかない。

 真っ直ぐに、一直線に斬る。腕を振り上げて振り下ろす。簡単な動作だ。

 それで失われるのは……命。

 振り上げられた魔剣を見つめる紫。

 目を瞑りたくなるなか、大和は必死に目を見開いて耐えた。

その目が紫の目と合う。淀んでいると思い込んでいたが、他人の命を奪う様な真似をする者のするとは思えないほど澄んだ瞳をしていた。

 その目を見てしまった大和は悲鳴を上げたくなった。

 ――――これで、本当によかったのか?

 そして命を刈りとる魔剣が振り下ろされる瞬間――――紫が小さく微笑み、呟いた。


「――――――――ッ!!」


 気が着けば、振り下ろした魔剣は紫の鼻先で止まっていた。


「……どうしたの。早くそれを突き立てなさい」

「…でき、ません……」

 

 手は大きく震え、剣先が定まらない。

 呼吸は粗く乱れている。目からは涙が流れ、口から小さく嗚咽が漏れていた。

 魔剣が振り切られる間際、微笑んだ紫を見た大和には出来なかった。

 その微笑んだ表情が、夢の中で長に向けられていた物と同じだったから。


「出来ません……出来ませんよ! 僕には出来ない! やるって決めたのに! 迷わないって決めたのに! なのにこんなの見せられたら! 村にいた頃の紫さんが本当の紫さんなら、そんなの出来るわけないじゃないですか!?」

「……どうして長と私達のことを知っているのかは知らない。でも過去は過去よ。今の私は私欲のために貴方を必要としている。ここで殺しておけば良かったと思う日が来るかもしれないのに、それでも貴方は出来ないの? ちっぽけな自分の小さな矜持の為だけに」

「それでも……出来ません」


 紫の奥底を覗き見てしまった大和に、これ以上闘うことなど出来るはずも無かった。

 大和は鼻先で止まった魔剣を動かさない。


「――――だから貴方は駄目なのよ」


 一つ、紫は侮蔑の意味を込めた溜息を吐いた。

 手に持つ日傘の先端に妖力が収束する。

 そこから打ち出された幾つもの光線が身体を貫き、身体に開いた穴から血が流れ落ちていくのが解った。


 ――――土壇場でこの様なんて…知らなきゃ良かったなぁ……


 堕ちて行く最中、何故か大和の目は魔理沙のいる場所へ向けられた。


 ――――悪い。期待、裏切った


「師匠ーーーーーーーーーー!!」


 嘗ての弟子の声を聞きながら、大和は堕ちた。




   ◇   ◆   ◇




 倒れている大和に向かい、ゆっくりと降下していく紫。

 その瞳に色はなく、何を考えているのか読み取れないまでの漆黒に染められていた。

 今までならば感情が読み取れていた。しかし、大和を堕とすことで何かしらの枷が外れてしまったのかもしれない。全ての感情が死んでいた。


「見ている者たちに告げる」

「勝敗は決した」

「私が勝った」

「この子は、私が預かる」


 淡々と、書いてある文章を読み上げるように伝える紫。やはりその口調からも感情が感じられない。

 長の家族でもあった大和を私欲に使うために感情など必要ない。幻想郷を創るためには感情など必要ない。


 ――――やりたくない。本当はこんなこと、したくない。


 今でも紫の心根はあの童心のまま。誰にも傷ついて欲しくない。みんなが幸せになれればいい。その願いが今でも心の奥底では息づいている。

 けれども、それを隠してやってきた。今でも気付かないように強がっている。

 そうしなければならない。紫には自身を犠牲にしてでもやり遂げなければならないと言う義務感がある。

 長に語った夢。自分の為に捨てられた命の数々。紫の異常なまでの覚悟はそこから来ている。自分の語った夢を叶えることが、長たちへの手向けになると今まで必死になってやってきた。

 その思いが、まるで呪いのように紫を苦しめ続けている。


 ――――誰も犠牲にならず、全員が幸せになれれば良い。でもそんなの、無理なのよ。


 遙か昔に不可能だと思い知らされた夢。

 大和には自分のように成って欲しくない。夢を見て、憧れて、それでも最後には悲しい結末が待っている。そんな結末を迎えさせるのならば、自分が穢れるしかないではないか。

 だから犠牲を強いた。目的の為に手段は問わなかった。逆らう者を殺し、敬う者は騙し、己の身を削って幻想郷をここまで導いて来た。賢者と呼ばれるようになるまでに、数えられない程の罪で身を穢して来た。

 その最後の仕上げが大和。幻想郷を大和と言う柱で支えることが、紫の最終目的。

 それが自分の操り人形でもいい。幻想郷が、夢が形になるのであれば今更一つの犠牲くらい厭わない。

 それが例え、長の残した最後の家族であったとしても。

 紫は大和の下へ近づいていく。


「待てよ」


 その紫が大和を持ち上げようとした時、魔理沙が声を上げた。


「邪魔するつもり?」

「まぁ聞けよ。と言うか、話すより上を見た方が早いな」


 つられて全員が上を見る。そこには未だに・・・魔法陣が輝いていた。


「術者がやられれば魔法は発動を停止する。でも上空の魔法陣はまだ在る。この意味が解るか?」

「……大和がまだ負けていないと?」

「ま、そう言うこった。……よっと、重いな師匠」

「「「!?」」」


 その場に居た全員が魔理沙の『師匠』 という単語に反応した。

 そして振り向いた時、魔理沙の肩にはまるで米俵を担ぐように大和が担がれていた。

 ――――何時の間に……。

 誰もがそう思っているだろうが、魔理沙はただ大和の所まで歩き、担いで戻っただけだ。全員が上空の魔法陣に気を取られている内を狙って、だが。


「何時の間に……」

「気にすんな、私の手癖が悪いだけだぜ……っておい! いきなりかよ!?」


 その魔理沙へ向かって妖弾が放たれる。

 それから逃げるように、魔理沙は大和を担いだまま箒に跨って空へ上がった。


「返しなさい…!」

「ちっ、流石にしつこいな。……ええい、ままよ! 盾符、師匠ガード!」


 スペルカード宣言でも何でもない。ただ向かってくる弾幕から逃げるために、魔理沙は気絶した大和を盾として使った。

 次々に直撃する紫の弾幕。大和の身体に決して浅くない傷を刻んで行くが、その甲斐あってか魔理沙は無傷だった。


「へへん。弾幕を放てば師匠が死ぬぜ?」

「死ぬまで盾に出来る?」

「あー……出来ないな」

「離しなさい」

「やなこった」


 そう言って笑みを浮かべる魔理沙だが、心中穏やかとはいかなかった。

 目の前にいる妖怪は自分など足元にも及ばない正真正銘の化物。相対すれば一瞬で消されてもおかしくない。

 その光景を思い浮かべるだけで心臓は痛いくらいに胸を叩き、鼓動を上げて上下に激しく揺れ動く。

 額には大量の汗を掻き、帽子の中の髪の毛が蒸す。薄笑いを浮かべた口の中では水分を求めるように舌が動いていた。

 出来ることなら一分一秒でも早く、この状況から逃げ出したい。


「怖いな、師匠」


 大和が恐怖で動けなかったように、魔理沙も心から恐怖していた。

 口にすれば恐怖心が減るかと思ったが、自分が怖がっていることを再確認させられただけだった。


「とんでもなく怖い」


 気付いた時には、そんな恐怖を和らげるように肩に担いでいた大和を真正面から抱き締めていた。

 大和の背丈は魔理沙よりもかなり大きい。魔理沙一人をすっぽりと覆いかぶさるようになっていて、首筋の裏に掛る寝息がこそばゆい。

 それでも感じる強い恐怖心。生物として、絶対に敵わないと思わせられる圧倒的なプレッシャー。


「でもそれだけだぜ。私はこうして立ち向かえる」


 目の前の妖怪はあまりにも強大。

 それに比べ、自分などは吹けば飛ぶ塵。道端に落ちている石ころ。紫と比べれば月とスッポンもいいところだ。

 それでもニヒルに笑ってみせる。

 何のために今まで妹紅に鍛えて貰ったのか。何故大和を助けに動いたのか。


「本当は師匠に私の成長ぶりを見て貰いたいんだが、生憎と休憩中らしくてな。ま、仕方ないよな。真のヒーローは遅れた頃にやって来るもんだ」


 心に勇気を灯し、手には八卦炉を。今こそ脇役から憧れたヒーローになる時。


 それは遙か昔の話。まだ魔理沙が産まれる前の御伽話の登場人物。

 御伽話の中で英雄ヒーローとして言い伝えられてきた幻想郷最強の片割れ。その片割れに憧れを抱いた魔法使いの弟子が、今度は自分が英雄になる為に戦場へと舞い降りる。


「来いよ化物、師匠ヒーローの弟子が相手になってやるぜ!」


 中指を立て、魔理沙は空を駆ける。


じ ゆ う だ ー ! 失礼、自由ではなくじらいです。


今回は大和があまりにもヘタレ過ぎなので、皆さんに何言われるのか縮こまってます。でも数ある鬱展開を乗り越えて下さった読み手の皆様なら、きっとヘタレの復活を待ち望んで下さる……といいなぁ。


本当なら二話同時に投稿してヘタレ大和緩和、もとい隠ぺい作戦としたかったんですけど、書けたのなら投稿しないと駄目だと思って思い切りました。


     妖夢vs大和  咲夜&霊夢vs幽々子

      |        |

    大和勝利    咲夜&霊夢戦闘中

      |        |

  紫出現・魔法陣構築    霊夢離脱 ___

       |        |         |  

       |        |         |

    大和vs紫   零夢(霊夢)vs藍  咲夜vs幽々子

       |

     魔理沙vs紫


この先、当面は魔理沙のターン

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