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東方伊吹伝  作者: 大根
終章:終わりは始まりの桜
177/188

十六夜に桜花散る

 無縁塚。それは魔法の森を抜けた場所にある、無縁仏のための墓地。

 結界の綻びの交点にもなっているこの場所には、ありとあらゆる者や物が落ちてくる。それだけに、ここに現れる者はその大抵が迷い込んだ者、自ら命を断とうとする者、あるいは自身の意志で訪れようとするズレた感性の持ち主と言った者しか行きつかなくなっている。後は外の世界で忘れ去られたガラクタばかり。そして自ら命を断とうとする者にとって幸か不幸、この場所は冥界や三途の川と繋がることもある。

 そんな一般感性で言うとおっかないと言う表現が相応しい場所に、見る限りふさわしくない二人の女性がいた。


「いいんですか? 放っておいて」

「あの者が契約を反故にするとは思えません」

「そりゃ映姫様、あたいだってそう思いますけどもしもってこともあるじゃないですか。……っと、大和も無茶をするねぇ。あたいにゃそんな悪手は逆立ちしたって出来やしないよ」


 四季映姫、その部下小野塚小町。

 この両名もまた、先程から続く冥界での争いを注視していた。

 むしろ紅魔館の吸血鬼や永遠亭の姫よりも険しい顔をして見ていたかもしれない。現在は大和と紫の一騎打ちだけがスキマを通じて流されているが、つい先程までは霊夢や咲夜たちの映像も送られてきていたのだ。酒の肴に眺めている小町はともかく、映姫はそちらを険しい顔で見ていた。今となっては状況が解らないため、冥界へと続く道を睨むだけになっている。


「――――西行妖が心配でなりません。もしあの妖怪桜の封印が解かれでもすれば、その結果は火を見るより明らか。大和や巫女よりも、そちらの方が気になってならない」


 歌聖が最も綺麗な桜と謳い、多くの者が死に場所に選んだ桜は今では妖力を帯びた西行妖へとその姿を変えた。術によってその封印がされているが、今まさに冥界の管理を一任している者が勝手にその封印を解こうとしている。封印を解けば何が起こるかを知らないために、それを知る為に。それは事情を知っている映姫にとって許容できることではなかった。


「確かに今回の西行寺はちょいとおイタが過ぎると言いますか。あたいにはよく解りゃしませんけど、天下の映姫様がそう言うんならそうなんでしょう」

「他人事の様に言うことは良くありませんよ、小町。これは冥界の管理を西行寺幽々子に任せた私の監督責任。ひいては貴方にまで飛び火する問題なのです」

「あり? どうしてあたいにまで映姫様の問題が飛び火するんです?」

「私以外の下で働けると? 私以上に厳しい方ばかりですが、どうか頑張って下さい」

「許すまじ西行寺幽々子!」


 だが無用な心配をさせたくない為、映姫は本当の理由を最もらしい理由で隠した。

 自分には関係のないことだと呑気に受け答えしていた小町だが、映姫の一言で眼に火を灯して怒りだした。理由など言うまでも無いが、動機はどうあれ、やる気を出すことに文句を言う映姫ではなかった。何より今から多大な労力を伴う働きをして貰うのだから、上司として部下のやる気を削ぐことなど以ての外だった。


「では行きますよ、小町」

「……へ? どこにです」

「貴方と言う者は……話を聞いてましたか? 冥界に決まっています」

「あの~…映姫様、参考までにその理由を教えて頂ければ……」

「紅魔館のメイドにだけ任せるなど出来ません。小町、あの者と協力して西行妖を封じこめなさい」

「え゛!? えっ、映姫様が直接手を出せばちょちょいのちょいじゃないですか! 御自分でなさって下さい!」

「閻魔が下界に直接干渉して言い訳ないでしょう?」

「……巫女の時は「何 か ?」 いえ! 何でもありませんっ!」


 ――――ああもう、大和に関わるととんでもないことに巻き込まれるから嫌なんだ

 小町の呟きは呟きは虚しく空へと消え、盛大な溜息だけが残った。その顔には心底面倒だという面持ちと、仕様がないという諦めが色濃く出ている。

 ――――それでも本気で嫌だと思わない所、あたいも毒されちまってるんだろうね

 常に担いでいた鎌を振うのは幾年ぶりか、小町は己の獲物の状態をよく確かめる。

 自分が獲物を振って闘うなど不釣り合いだと言うことも理解している。それほど強くも無ければ、弱くも無いことも重々承知していること。それでも一声掛けられれば何時でも鎌を振えるように準備だけはしてきたつもりだ。

 

「さぁて、じゃあいっちょ派手に行きますか」


 鎌の刃が主人に応えるように煌いた。



◇   ◆    ◇   ◆    ◇    ◆    ◇



 ――――華霊「ディープルーティドバタフライ」

 ――――メイド秘義「殺人ドール」


「うふふ、踊るのが得意なのね」

「メイドの嗜みです……わっ!」

 

 幽々子から幾つもの弾幕が放たれ、宙を舞う霊を使い魔のように使役することで咲夜を追い詰める。

 対する咲夜からは無数のナイフが投げだされ、幽々子の弾幕と衝突しては光と音をたてて消えて行く。


 ――――まるで無尽蔵ね。これだけ放っているというのに消耗が感じられない

 そして何より、彼女の背後に控える美しくも力強い扇に咲夜は戦慄していた。自身のパラメータでは針が振り切れてしまうであろう圧倒的なパワー。それでいて淡く輝き、芸術性さえ伴っている。隣で足を引っ張る相方が去った御蔭で闘いやすくはなったものの、相手の強大さに乾いた笑いしか出て来ない。

 ――――それでも弾幕の間に隙間はある。それを見逃さなければ勝機は必ず見つけられる。

 眼から送られてくる情報を素早く処理し、最短距離で弾幕の嵐を駆け抜ける為の道筋を探り当てる。

 もともと咲夜はレミリアのように力が強いわけでもなければ、美鈴のように他を寄せ付けないまでに昇華された技を持っているわけでもない。人並み以上の才能とそれを磨く勤勉さは持っているが、それでも霊夢の産まれ持った才能と比べるとどうしても色褪せてしまう。

 

 十六夜咲夜と言う人間は、そのような面で言えば大和と似た存在だった。

 

 もともと相手と真正面から闘う必要などなかった。時間を止めるだけでどうにでもなるだけに、それ以外の力を求めようとも思わなかった。それだけ自身の能力に絶対的な自信を持っていた。大和に能力を破られるまでは。

 だから咲夜は大和が苦手になり、今も苦手な人物であることに変わりは無い。ただ、レミリアの計らいで能力だけでなく、咲夜自身も鍛え直さなければならないと思わされたことには感謝している。

 それから大和や美鈴から体術を学びだしたはいいが、如何せん、人間や妖怪には誰しも限界があった。如何に天の才を持った咲夜とはいえ、種族の壁だけはどうすることも出来なかった。時にはそんな限界など知らぬとばかりに蹴飛ばして行く者もいるが、咲夜はそこまで人間を止めた存在ではなかった。

 だから精々が稀有な能力を持ち、そこそこ闘える人間。十六夜咲夜はそう言う人だった・・・


 そう、だった・・・のだ。咲夜は既に大和が持てず、霊夢が持たない武器を手に入れている。

 それは誰でも手に入れることが出来るが、それだけに手に入れ難いもの。―――それは頭脳。

 遙か昔、力で劣る人間は如何にして妖怪と闘ってきたか。高度な文明を持ち、妖怪をこの地に追いやるまでに至った人間の最大の武器とは何なのか。

 ―――それは考える力。思考力。賢さだった。

 獣に襲われるのなら火を使えばいい。素手で闘えないのなら武器を創り、使えばいい。個人で勝てないなら集団を創って守り、攻めればいい。足りないものは他で補う。力が足りないのなら頭で補えばいい。人間の咲夜が出した結論もまた、それだった。

  ――――弾道確認。次弾発射間隔をカウントダウン…3.2.1……最適な回避行動を開始

 弾の発射角から軌道を予測し、的確に回避し、飛び交う霊弾の中で唯一弾の通らない場所を弾き出す。

 闘い方はパチュリーとよく似ている。だがそれも当然のこと。何故なら、咲夜の頭脳を磨いたのはパチュリーなのだから。

 紅魔館のメイドは完璧でなくてはならない。

 レミリアの何気ない一言から始まった育成計画だったが、その内容は伊達や酔狂では決してなかった。その内容はあの大和をして顔を歪めるほど。その大和、美鈴、そしてパチュリー。異なる師に鍛え上げられた紅魔館のサラブレッドは遺憾なくその力を発揮している。


 その咲夜の状態は被弾ゼロ。幽々子を一人で相手取っていた。

 だがそれでも咲夜は不安が頭から離れなかった。全てを司る脳、命令を的確に行う身体能力。自身のほぼ全てを酷使することで漸く為せる業ではあるが、相手はそんな自分すら簡単に嬲り殺せるだけの力量を持っていると咲夜は解っている。スペルカードルールで殺しが禁じられてはいるが、それでも本気で空から叩き落とそうとすればものの数秒で出来るはず。それなのに何故わざわざ・・・・隙間を開けてまで・・・・・・・・避けさせるのか。


 ――――舐められている…? いいえ、違う。楽しんでいる

 そんなものは相手の表情を見れば解る。暗く妖しい頬笑みを崩さない幽々子に、咲夜自身もペースが乱されそうだった。本気で立ち向かっているのに遊ばれている。神経がすり減る音が聞こえそうなほど頭を酷使しているにも拘らず、余裕を見せつけられながら相手をしているのだ。堪ったものではない。


「……ちょっと、貴方本気でやってないでしょう?」

「あら、ばれちゃった」

「ばれちゃった、じゃない。バレてたわよ」


 スペルブレイク。互いに放っていた弾幕が消え、久方ぶりに無音の空へと戻っていった。

 これ幸いと咲夜は頭を休めるために無駄話を始める。無理をしているからか、ズキズキと突くような片頭痛の波が押し寄せてくる。

 少しでも時間を稼げればいいと始めた話だったが、幽々子はそれをあっけらかんと肯定した。それを悪戯がバレたようにころころと笑っている姿を見てしまえば、頭の痛みなどよりもイラつきの方が起こって来た。


「何故本気でやらない? その気になれば直ぐに終わるだろうに」

「ん~、それじゃあ意味がないの」

「は?」

「だってほら、桜が満開になった時に観客がいなかったら寂しいじゃない。もうすぐ六分咲、そろそろ綺麗な花弁を舞わせてくれるはずなの」

「お花見は地上でやるつもりよ」

「あら、桜はどこでも桜よ。優劣を付けるなんて桜への冒涜だわ」


 幻想郷の春を集めた西行妖は六分咲きにまでなっている。

 霊夢はこれを咲かせてはならないと言っていたが、それは満開の意味でいいのだろうか? ……まぁ、そう言うことにしておこう。

 現段階では何事も起きていない。なら別にいいか、と咲夜は勝手に決め付けた。


「ところでメイドさん。どうして本気でやらないかだけど……大和さんが作ったスペルカードルールっておかしいとは思わない?」

「あの人にルールを求める方がどうかしているけどね……」

「そう言う意味じゃないんだけど……。でもほら、結局は相手を殺してはならない、スペル宣言をするって言うルールが今までの闘いから付加されただけでしょう? それじゃあ今までと何も変わらないわ。何より面白くないと思わない?」

「……結局何が言いたいの?」

 

 頭を休ませるために無駄話が、何時の間にか中身のある話になってしまった。そのことに嘆息したが、それだけ興味が沸く話だったのも確か。特にこのルールを作ったのが大和であり、それが面白くないという点に賛同できるために。


「どうすればいいと思う?」

「見世物にでもするとか。貴方の弾幕は綺麗だったわ」

「そう言って貰えると頑張って作ったかいがあるわ。そして中り。魅せモノにすればいいと思うの」

「もうちょっと詳しく」

「もう、少しは自分で考えて。……つまり、勝敗の天秤を精神的な部分におくの。例えば『あの人のスペルは私より綺麗だ、負けたぜ……』 なんて思わせた方が勝ち。見惚れている所に威力を絞ったスペルを当てて堕とすだなんて、今までより更に楽しいことになると思わない?」

「確かに。痛いのはあまり好きじゃないから、貴方の言い分は理解できるし賛成できる。何故わざわざ逃げれる隙間を残しておいてくれたのかも解ったわ。見て欲しかったんでしょう?」

「ふふ、理解してくれて嬉しいわ。後で大和さんに言っておいて下さる?」

「ええ。後で・・言っておく」

「後でね」

「フフ」

「うふふ」


 賛同出来るからと言って、今すぐどうこうしようなどとは思わない。今は大和が考えたルールに従い、目の前の亡霊を倒すことに専念する。それでも相手が自身の考えた決まりに従うと言うのなら、勝手にそうすればいいだけのこと。今相手に合わせることに何の意味も無い。

 だから無言でナイフを構える。

 幽々子も笑って手に持った扇を突き出す。

 

――――幽曲「リポジトリ・オブ・ヒロカワ -神霊-」


 「―――っ数が多い!」 

 今までよりも更に多く放たれた色取り取りの花弁を模した霊弾。散るように周囲に伸び、その後で弾けるように飛んで行く。

 「まだまだ」

 更に幽々子本人から滝流れのように放出される弾の川模様。今までよりも一つギアを上げた彼女のスペルに、咲夜は頭痛が走る頭を無視してでも使わざるを得なかった。

 「―――っぅ!」

 だが如何せん、余りにも数が多過ぎた。弾幕の一つ一つの軌道を読みとるなど正気の沙汰ではない。それでも今まで何とか凌いでこれるだけの実力があった。だが更にギアを上げた幽々子のスペルはまったくの別次元のものだった。

 読み切れなかった弾が服を掠り、メイド服の端が破れる。だがそれでも被弾したわけではない。隙間を縫うように両手から追跡を付与したナイフを投げるが、その隙間を埋めるように次々と放たれる弾幕がナイフの行く道を塞いで落していく。

 「おしいおしい。じゃあもっと行きましょう」

 「クッ……!」

 体術なら受け流してみせよう。弾幕なら読み切ってみせよう。それでも純粋な力によるごり押しだけはどうすることも出来ない。

 ――――処理しようにも情報が多すぎる。中る? 否、押しつぶされる。石ころの様に吹き飛ばされ、ゴミ屑のように投げ捨てられる。

 揉みくちゃになった自分の未来が目の前まで迫っている。

 「ならば―――時よ!」

 ポケットから取り出した懐中時計を握りしめ、力を込める。

 弾幕が迫る僅かな時間で世界を止めてその場を離脱。ついでと言わんばかりに無数の跳弾するようにナイフを投げ、距離を置いた所で能力を解く。


「…っ! 過ぎた力だわ、本当に」


 時が動き出すと共に四方からナイフが飛び交う。幽々子の弾幕に掻き消されるものも多いが、それでも互いに跳弾しあって隙間を抜け、次々に幽々子目掛けて飛来する。

 いきなり四方八方からナイフが飛んで来る情景に目を見開いて驚く幽々子。息つく暇もなく衣服を喰い破るが、幽々子はそれを全て躱してみせた。


「―――まさか、そこまで動けるとは思わなかった」


 それに驚きを隠せなかった。読みでは幽々子は動けないただのお嬢様。肉薄するか、完全不意打ちの一つでも入れれば事足りると判断していた。

 「これでも剣術を嗜んでいるの」

 「それなりなもの? 今の動きは、正しく達人のそれだったわ」

 怪しく哂う幽々子を睨みつける。

 手加減なしで串刺しにするつもりだった。にも拘らず、その身からは正しく剣舞としか思えない優雅な舞いが披露された。剣を持っていれば、それこそ正しく魅せる剣士。彼女の言う新しいルールに則った舞いそのものだった。


「―――あら?」

「桜が……」


 淡く輝きだした西行妖。八分咲きと言ったところか。蕾よりも花開いたものの方が多く、満開と言っても可笑しくない。

 同時に西行妖から漏れ出す膨大な妖力。意志を持ったかのように濃厚で、妖力に重量があるかのように肩に圧し掛かるそれに咲夜は顔を歪めた。身体の動きを鈍らせるほどの妖力。人の身である咲夜には少々毒だった。

 対する幽々子は口元を扇で隠している。咲夜に表情を読みとられないようにしているその下には険しい表情が浮かんでいた。


「間もなく満開。それまで堪え切って貰えるかしら?」

 

 ゆっくりと手を差し出す幽々子。

 

 ふざけたことを。

 手に握ったナイフを握りしめ、投擲のモーションに入る。次は確実にトる。その為には最早手段を選んでいるわけにはいかない。

 刺し違えることも辞さないと咲夜は覚悟を決めた。


「是非も無い――――と言いたい所ですが、満開になどさせません」

「―――え!?」


 ――――何時の間に!?

 自身の索敵範囲内に何時の間にか入っていた二人。ほぼ反射的に振り向いてナイフを放ったが、鎌を持った女性は危なげなくそれを弾く。その二人組のうちの一人を見たとき、咲夜は確認せずに投げた己の判断を呪った。


「おっと、危ないねぇ。大丈夫ですか、映姫様」

「ええ、優秀な部下がいますので」


 ――――あれ・・は違う。違い過ぎる。敵対するには余りにも差が開き過ぎている

 二人組の一人、映姫を見たまま固まって動けない。その在り方に驚愕して声が出せない咲夜だったが、驚いて声を出せないでいるのは幽々子も同じだった。


 咲夜に向かって優雅に手を差し出した幽々子。だが返って来た言葉は咲夜のものではなく、重く、あらゆる者が平服するであろう威厳に満ちた声。

 振り向いた先には二人の少女がいた。一人は顔を知ってはいるが、それほど深い仲ではない死神。そしてもう一人は閻魔である四季映姫。

 苦手、などと言う生易しいものではない。

 閻魔と聞けば誰も良い顔をしないのが世の常。それは既に死んで幽霊となっている幽々子も同じだった。理由は至極簡単。口煩く、しかもそれが正論なだけに言い返せないから。

 「あっ、あら? どうして閻魔様がこちらに?」

 「どうしてもこうしてもありません。理由くらい貴方が一番理解しているはず。もしや私の管轄で好き勝手をして御咎めなしとは思っていませんでしたか? そうであるのなら、そうでなかったとしても貴方は少し楽観的すぎる。死した身であればこそ、転生を迎える霊たちの模範となる姿勢を取り続けるべきです」

 「え、えーっと……ごめんなさい?」

 「謝罪は無用。謝まるだけで済むのなら閻魔はいりません。貴方がすべきことは今すぐ幻想郷に集めた春を返すこと。そして西行妖を元の状態に戻すこと。これが今の貴方がすべき善行です」

 

「……誰?」

 

 閻魔と言う言葉は聞けた。だがそれだけでは判断がつかない。

 回転の良い頭を使い、如何にして味方に引き込むか。あるいは敵の敵とすることが出来るのか思案する。だが幸運にも、閻魔と名乗った人物は妖怪桜を止めに来たみたいだ。

 これなら話合いで協力することも可能かもしれないと咲夜は考えた。


 「初めまして、紅魔館のメイド長。……ふむ、貴方もまた善行を積まなければ辛い目に合いますね。出来ることなら一つ二つ生き方を指導してあげたいものですが、生憎と時間がないのでそれは今度にしておきましょう。それよりも西行寺幽々子、この騒動を止めるつもりになりましたか?」

 「―――答えはいいえ、です。私は最後まで自分の思った通りにやらせて頂きます」

 「いいでしょう、芯の通った貴方ならそう言うとあらかじめ予想していたこと――――小町!」

 「はいはい、御呼びでしょうか?」

 「その者と協力して西行寺幽々子を無力化しなさい。手段は問いません」

 「了解しましたっと。じゃあメイドさん、ちょっくらお手伝いするよ」

 「……助かるわ」

 

 だが如何せん、自身の入る余地などなかった。それでも助力してくれる・・・のであれば話は早い。

 並んで立つ、二人の先には亡霊姫。



◇   ◆    ◇   ◆    ◇    ◆    ◇



 西行妖を満開にする。それが必要なことなのかと聞かれれば、正直首を立てに振ることは出来ない。

 何せ今回の異変は二人の仲直りが目的。私はそのお零れを貰う形で、興味本心に咲かせてみたかっただけだったから。

 私の友人と可愛い従者のお友達。二人の関係がとても複雑なことは知ってる。だからお互いがお互いを憎んで止まないことも。

 でも考えてもみて?

 紫は幻想郷のために。大和さんは周りの人の為、ひいては幻想郷のために行動している。目指している場所は同じなの。なのに二人はずっとすれ違って来て、今も互いの意見が咬み合うことはない。

 でもそれはおかしいことだと思うの。目的が同じなのに、どうしてすれ違う必要があるのかしら? どうして協力して上手くやっていこうと思わないのかしら? 

 紫は根っ子は本当は優しい子。本当は大和さんのように誰も傷ついて欲しくないって思っている。だけど必要だから・・・・・と言って他人を傷つけることを厭わない。必要だからと言い、大和さんが幻想郷に戻って来る前に殆ど片付けてしまった。とても苦しそうな表情を浮かべながら。


 それが何故なのかは私も知らない。どうして彼女がそうなったのかは私ですら教えて貰えない。


 それでも、私は紫が本当は優しい子だと知っている。

 本当に残虐な人なら、私と言う安心出来る場所など求めたりはしない。心を閉じ、誰にも助けを求めずにやっていても何処かで助けを求めている。私はそう思う。私や九尾の狐も心の支えになっているけど、それじゃあ足りない。全然足りない。本当はもっと大勢の人に囲まれて過ごしたいと思っているはずなの。

 だから私は言うわ。紫のアレは本心からの行動ではなく、何かの強迫観念のようなものから来ているのだと。だから是が非でも大和さんには紫を解放して貰わなければならない。私の友人を本来の姿に戻すために。


 この際はっきり言っておきましょう。紫には負けてもらわないと困るのよ。


 それでも紫が負けるなんてことは万に一つもあり得ない。だってあの子は強い・・から。誰にも頼れないと言うことは、誰にも頼る必要がないことと同じ。支えられて生きてきた大和さんには元々勝ち目のない闘い。

 だから私は今回の異変を起こすにおいて、そのあり得ないことを起こすために微弱ながらも手を打っておいた。


 それは妖夢にやらせたこと。

 妖夢に何をやらせたのかですって? 大和さんを殺す気で叩きのめしなさいと言っておいただけ。今頃、消耗した大和さんは必死に歯を喰いしばって紫に立ち向かっているでしょう。

 消耗させてくれてありがとう、なんて紫は感謝してくれているはず。でも消耗してるかどうかなんて、それこそ意味がないことだけど。だって紫が大和さんに負けるなんてあるわけないもの。万に一つ負けるとすれば、紫が確実に勝てる・・・・・・と油断したときだけ。

 

 私は紫にその一瞬の隙を創らせるために妖夢を送りこんだ。

 手負いの兎を仕留める瞬間まで気を抜かないなんていう人もいるでしょうけど、紫は絶対に心の何処かで気を抜く。今までの苦労から、絶対に勝てると思う瞬間には隙が出来るはず。その後のことは大和さんに任せるしかない。

 

 それに後で何を言われようが私が直接手を出したわけではないし、紫自身の慢心が油断を招いたのだから私に非はないの。うふふ、屁理屈だと怒る姿が目に浮かぶわ。

 

 その後は西行妖の下で眠っている人と一緒にみんなで御花見して親交を深める……つもりだったのだけど―――


「やれやれ、あんたも無茶なことをするねぇ。冥界で騒動を起こせば映姫様も動かざるを得ないことくらい考えつくだろうに」


 予想外にも閻魔様と死神まで釣れちゃった。

 ホント、何で来たのかしら。別に誰かを蘇らせることくらい……閻魔様的にはやっぱり駄目なのかしら? それとも花開く度に増していく西行妖の妖力が原因? こんな予想外なことに私自身も驚いているし、閻魔様が怒ることも無理ないのかしら。でもそうすると、閻魔様やこの死神は、私も知らない西行妖の謎を知っていることになる。

 ……少し、かまをかけてみましょうか。


「私も考えなかったの。まさかこの程度で閻魔様が出てくるなんて思いもよらなかった」

「そうかい。でもあたいにゃ出しゃばるだけの理由があるからね。止めさせて貰うよ」


 誘いには乗らず、ね。

 死神は本当に理由を知らないのか、それとも閻魔様に言われて隠しているのか。どちらにせよ、私もこの桜の下で眠っている誰かに興味が沸いて来た。興味本位じゃなくて本当に楽しみになってきたわ。こうなってしまった以上、私自身も願いを叶えさせて貰わないと駄目ね。

 

 閻魔様は西行妖を封じ込めることで手一杯。私に何かしらの影響を与えることは実質不可能なはず。


 ――――桜符「完全なる墨染の桜 -開花-」


「たかだか二人程度で私に勝てると思っているのなら、それは間違いね」


 ならちょっとだけ、本気で遊んでみよう。



◇   ◆    ◇   ◆    ◇    ◆    ◇



 逃げだしていいかしら?

 目の前の亡霊が新しいスペルを発動した今の正直な感想。時々あるのよ、『あ、これ無理だわ』 なんて悟りを開く瞬間が。メイド見習いの時は特に多かったわね。美鈴相手に肉弾戦で彼岸が見えたこともあったし、パチュリー様相手に目が回った時もこんな感じだった。つまりギブアップ寸前なの。解った?

 こうなったのも霊夢の責任よね。異変解決は巫女の領分じゃなかったの? 私はそれの補佐として送られただけなのに、どうして黒幕相手に立ち向かっているのかしら? 理解に苦しむわ。

 もちろんあの馬鹿には後でキツく言っておかないと。ああ、でも言うだけじゃ気が収まらないから紅魔館の仕事をやらせてみるのも良いかもしれない。もちろん一人で。


「あちゃぁ……拙いねぇ、あれは拙い」

「そんなの言わなくても解るわ。それよりも、この状況をどう切り抜けるかが重要よ」


 解りきってることを言ってどうするのよ。アレが私達の考えを上回っている何か次元の違うものだということくらい、闘いだしてから直ぐに思い知らされた。だからと言って負けてやるつもりはさらさらないけど。


「貴方は何ができるの?」


 まずは味方の戦力分析から。霊夢の二の舞はごめんよ。

 出来ればあのちっさい方に協力して欲しかったけど、妖怪桜を止めるために何かブツブツ呪文を唱えている最中みたいだから駄目みたいね。残念だわ、楽が出来ると思ったのだけど。


「あたいかい? あたいにはチンケな弾幕と鎌を扱うことしか出来ないよ」

「能力は?」

「これまた趣味の散歩にしか使えないものでね、距離を操る程度の能力ってやつだ」

「空間系ね。時間を操ることは?」

「そこまで便利なわけじゃないさ。出来るのは距離を長くしたり短くしたりするだけ。時間なんてものはあたいには操れないさ」

「そう、残念ね」


 私の下位互換とでも言えばいいのかしら? 空間を操れるのに時間を操ることが出来ないことに甚だ疑問だけど……まぁいい、肝心なのは空間系の能力者が私以外にもいて、私一人では出来なかったことが出来るようになったと言うこと。

 頭を捻れ。勝利への最短距離を弾き出せ。力で勝てないのなら頭脳で補えばいい。

 迫る弾幕を掻い潜りながら考えを巡らせる。私と彼女に迫る弾幕は言葉通り無数。もはや掻い潜る隙間すら見当たらない悪魔の所業。遠目からの投擲は避けられるか潰される。なら勝つには距離を詰めて一閃するしかない。

 ―――考えろ。考えろ。思考を止めるな。

 

 そして果て無き思考の果てに天啓とも思える一案が浮かんだ。


「――――勝利への道が見えた」

「本当かい!?」

「ええ。かなり厳しい条件だけど、乗る?」

「当たり前じゃないか。映姫様は西行妖の対処で手一杯。その代わりにあたいが居るんだから、任された身として応えないでどうするって言うんだい」

「……解った。じゃあ説明する暇もないから一言で終わらせる。いい? チャンスは一度だけだからしっかりと頼むわ。私が貴方にしてもらいたいことは――――――



◇   ◆    ◇   ◆    ◇    ◆    ◇



 ―――何を考えているつもり?

 月明かりに染まる夜空は、再び弾幕飛び交う大混戦の戦場と化している。色取り取りの弾幕が夜空を彩る様は花火かと思うまで見事な見物だが、一つ一つに込められた力は花火のように儚げなものでは決してない。舞い散る蝶が空を彩り、生者を死へと誘う。

 その中、メイドと死神が死中に活を見出さんともがいていた。


「ふふ、必死なのは解るけど……優雅とはかけ離れているのではなくて?」


 被弾している箇所もあれば、血が滴る箇所もある二人。満身創痍……とはいかなくても、それでもそれ以上に力の籠った目で見つめてくる二人に、幽々子は内心で賛美を送った。

 しかし賛美を送れど、自身が圧倒的優位な立場であることは揺るがない。

 手を翳せば弾幕は空を更に様々な色彩に染め、追い詰め、廻り込み、逃げ場を無くす死蝶が二人をのみ込もうとする。背後に控える霊力の扇からはこれでもかと言わんばかりに弾幕が吐き出され、二人を弾幕の波にのみ込まんとしている。

 ――――少し本気だもの。閻魔様が出てくるのならともかく、二人だけでは勝機はない。


 勝った・・・。四方から飛び掛る弾幕に逃げ場を無くし、宙ぶらりになる二人を見た幽々子はそう確信した。


「「―――時よ」」


 ところが、呑み込まれる刹那、放った弾幕とは見当違いの方向へと姿を表わす二人。

 

 ―――また時間停止……本当に人の身に余る力ね

 

 躱されたことに落胆する。

 まったく、時を止めるなんて卑怯よね。ふぅ、と幽々子はそう溜息を吐いた。時間停止を行った離脱は巫女との共闘から今までで何回目だろうか。如何に協力な能力であれ、何度も使われれば発動することに必要なモーションなど把握してしまえる。


「私は貴方が時を止める時に必ずその懐中時計を手にしなければならないことをもう知ってるの。何度か見せたのが仇となったわね」

「――――!」 

「先程貴方は懐中時計を手にしていた。つまりそれは時間停止を行って離脱を行った」

 

 既に見切っている。そのモーションさえ見落とさなければ、時間を止められようと怖くはない。

 更に小町の能力は長い付き合い距離を操るものだと知っているため、それほど脅威ではないと判断もついている。

 ならばこれで……


「終いよ」


 再び二人を取り囲む死蝶。

 ―――万事休す

 仕方がない、と二人の戦闘を見ながら西行妖の満開を送らせていた映姫がスペルを発動しようとしたその時…


「「空間よ」」

「な―――!?」


 しかし、その死蝶もまた二人を捉えることはなかった。

 幽々子がその結果に驚き目を見開くなか、目標を失った弾幕は空の彼方へと消えて行く。


 ――――メイドは時計に手にして無かった……なら、今のは死神による空間操作?

 

 ニヤリ、と二人が嗤う。その二人の表情を見た映姫は頬を緩ませ、スペル発動を止めて再び作業へと戻った。

 そんな二人を見た幽々子は内心で戦慄した。

 今までとは違う。小町による空間操作であるのならば動く瞬間を捉えることが出来るはず。いくら高速で動こうが、捉えられるだけの目は持っているつもりだ。

 だが今の移動は目に映らなかった。ならば時間停止?

 ――――いいえ、時計を手にしてはいなかった

 死神の能力を見誤った?

 ――――それも違う。あの移動方法は何度も見たことがある

 実は時計を手にしていなければ時間停止できないと言うことが嘘だった?

 ――――解らない。結論を出すにはあまりに早計すぎる

 たった一つ。時間操作か、空間操作か。今まで考えもしなかった能力の併用。使い様によっては自身の身すら危うくなるであろう二人に、幽々子は今更ながらに思い知らされた。


 ――――危険。この二人はあまりに危険すぎる

 時を止める条件を漸く発見したと言うのに、それがブラフだとすればとんでもない事態を招くことになる。

 決して表に出さないが、幽々子は焦り出した。余裕のある笑みがだんだんと引き攣ったものへと変わっていく。


「時よ」

「空間よ」

「「時空間よ」」


 時を止めているのか。それとも彼我の距離を離しているのか。放つ弾幕だけを対象に時間を止められるのか。彼我の距離を長くして止めているように見せているのか。自身の一挙手一投足は時間停止の連続なのか、それとも周囲の空間が果てしなく長く遠いのか……。幽々子をしても、連続して行われる時間と空間の変化に付いて行けず、その理解の範疇を越えてしまった。

 まさに時間と空間の魔術師。操り変化する状況に、額からは一筋の汗が走る。

 

「ふふ……、末恐ろしい」


 それをおくびにも出さないのは冥界の主としてのプライドか。

 不利な状況に陥ろうとも優雅に、余裕を持った振舞いを心がける幽々子。その姿は誰が見ようとも正しく冥界の亡霊姫だった。

 

「全てを遍く時よ」

「全てを遍く空間よ」


 時間と空間を掌握され、弾幕は意味を為さない。

 力は残っていても攻撃が通らなければ敗北は必死。それが今のスペルカードルール。

 それでも幽々子は驕る。それこそ冥界の主たるべき姿と言わんばかりに。


 ――――少しだけ、力を貸して頂戴


「反魂蝶 -八分咲-」


 最早雪崩だった。

 西行妖の力を借りて放たれた弾幕は、この世の者が生み出せる力を遙かに上回っている。能力を連続で行使していた二人も、これには流石に動きを止め驚かざるを得なかった。


「っここに来てこれかい!?」

「……良いわ、ラストを飾るには最高の舞台じゃない」

「……あんたも頭のネジがぶっ飛んでるとしか思えないね…」

「誰に似たのかしらね。…行くわよ!」


 だがこれこそ望んだ展開。咲夜はその中を嬉々として飛びこんで行く。

 頭では逃げろと明確に判断が付いている。倒せないのなら逃げろとの教えも受けた。だが誰に似たのか、逆境になればなるほど燃え上ってしまう部分も持ち合わせてしまっていた。

 凶暴な笑み―――悪魔の犬に相応しい笑みを浮かべ、死の嵐の中へと突き進む咲夜。

 その後に続く小町もまた、何が嬉しいのか楽しそうに笑っていた。


 咲夜の目が高速で宙を舞い、弾幕の弾一つ一つの軌道を頭へと叩きこんでいく。

 叩きこまれた軌道が並外れた頭脳で演算され、次に次弾発射の間隔を計るために再び目がギョロリと動き出した。

 ズキリ、と頭が痛む。酷使しすぎた脳が悲鳴をあげ、今にも意識が飛んで行ってしまいそう。

 血が鼻や目から流れ出す。無理な行動に身体が中から悲鳴を上げ出した。しかし予測はまだ完全ではない。今まで見た全ての弾幕パターンをも計算に入れて予測を立てる。


 ――――まだ…まだ…まだ……


     ――――――――捉えたっ!


 「今!」

 「任せなッ!」

 咲夜が時計に手を翳す

 ――――時間停止!

 モーションを察知した幽々子。直後に後から感じた殺気に、反射的に振り返る。

 「え―――っ!?」

 瞬間的に振り向いた背後に居たのは…あったのは、咲夜の懐中時計だけ。

 ―――本人はどこへ……しまった!?

 一瞬の隙。刹那にも満たない時間でも意識を逸らせてしまった幽々子。その背後から、地に堕ちて行く懐中時計を受け止めるための手が伸ばされた。


「チェックメイト」


 振りかえる事は出来なかった。首を捻ろうとすると、首筋に感じる冷たい感触。見ないでも、それが咲夜のナイフだと言うことが解る。たった一瞬、たった一瞬の間に勝負は着いてしまったのだ。幽々子はそのことに深く息を吐いた。


「懐中時計が無いと時間を操れないとでも思ってたかしら?」


 振り返る前に向いていた方向、前方から、居るはずのない咲夜の声が聞こえた。

 なるほど、つまり自分はまんまと騙されていたわけだ。

 その事実に憤慨するよりも、自身を最後の最後まで騙し続けた咲夜の技術に幽々子は称賛を送りたかった。


「どうやったの?」


 振りかえらずに問いかける。既に勝負は着いた。西行妖の力を借りてまで翻弄されたのだから、負けを認めるしかない。

 負けたことに悔しい気持ちはあれど、何故か清々しい気持ちでいっぱいになった。


「悪いけど、奇術師はマジックの種を明かさないの」

「もう……意地悪ね」


 意地悪そうに咲夜はそう言うが、別段能力を併用したわけでも、秘めたる力を使ったわけでもない。

 咲夜はただ単に、弾幕の合間を縫って懐中時計を投げただけ。ただ投げるだけでは打ち落とされる可能性もあるので、そこは小町に距離を縮めて貰ったが、咲夜自身は能力は使わなかった。

 否、使えなかった。

 懐中時計は咲夜が時を止めるために重要な鍵だ。それを投げてしまったのだから使えるはずもない。つまり、咲夜が時間を止めるには時計が必要だ、と言う幽々子の読みは当たっていた。


「あの弾幕の中をどうやって? 時間停止とはいえ、私の横を抜けるのは無理だと思うのだけど」


 幽々子には納得いかなかった。と言うよりも、もう勝負は着いたのだから教えてくれてもいいではないかと、半ば拗ねた考えでいっぱいだった。

 そこに今までのような威厳溢れる主の姿はない。まるで正解を求める子供の様だった。


「フフ……少しは自分で考えることね」


 その姿を見て、苛めっ子のように咲夜は微笑んだ。誤魔化した、と言っても良い。

 何せ種も仕掛けもない腕っ節だけの一発勝負。弾幕パターンを読んでタイミングを計り、焦りを生ませるために無理して能力を連続で使った。それも投げた時計が腋を通過した時に気付いてくれればいい、なんて運まで要素に詰め込んだのだ。頭が痛むのを無視して出した結論がただ時計を投げるなんて、瀟洒な咲夜が口に出す訳がない。奇術師が種明かしをするのはバレた時だけなのだから。


「そうねぇ……後でしっかりと考えておくわ」

「答え合わせはしてあげる。無論、全て外れで」

「もう、本当に意地悪ね」


 それでも咲夜が勝ったことに変わりはない。最後の最後まで騙し切り、真実を見切らせなかった咲夜の戦術勝ち。ナイフを仕舞い、咲夜はほっと一息吐いた。

 ゆっくりと振り返った幽々子の目に咲夜が映る。少しもったいなかったかな、と思う気持ちはあれど、不思議と悔しいという気持ちはなかった。あるのは清々しいまでの解放感。まるで憑き物がとれたかのように幽々子は笑った。


「じゃあ勝者の特権ね」

「ええ――――堕ちて貰うわ」


 咲夜の手刀が首筋を的確に捉える。気を失い、急激に力を無くした幽々子が落下しようとするが、それを受け止めて抱きかかえる。

 ――――そう言えば、あの時感じた殺気は何だったのかしら……

 消えゆく意識の中、幽々子は懐中時計が投げられた方向から感じた殺気を不思議に思った。



「いやぁ~……終わったねぇ」

「…ありがとう。貴方が居なければ出来なかったわ」

「いやいや、あたいは距離を縮めることしかしなかったさ。これで西行妖も無事だし、あたいも無職にならずに済むよ」


 朗らかに笑う小町につられ、咲夜も薄く微笑んだ。

 これで漸く異変が終わる。メイドとして主の命令を完璧にこなせたのだ、後で労いの言葉が待っているだろう。ああ、その前に春服を出さないといけない。自身の役目を果たせたからか、咲夜は日常へと思考を向けた。それだけメイドの仕事は多いのだ。これからまた忙しい日々が始まる……が、


「――――おかしい。西行妖から幻想郷の春が戻っていかない……?」


 映姫の一言に表情を強張らせた。すぐさま咲夜の頭脳がその理由を探る為に回転を開始する。西行妖を制御していたのはこの亡霊。ならば、制御を失ったモノはどういった行動を起こすのか?

 弾き出された答えは単純なものだった。


「拙い……! 二人とも、そこから離れなさい!」


 映姫が叫ぶや否や、制御を失った西行妖が暴れ出した




堪え性のない自分にorz

次こそは六月末に

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