表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
東方伊吹伝  作者: 大根
終章:終わりは始まりの桜
176/188

対峙2

「ターーーーーーーーイム!」


 左手を空へと突き出して大きく叫ぶ。

 突然そう叫んだのは他でもない伊吹大和その人。そして大和が手を突きだす先にいるのは一人の女性がいた。

「タイムです紫さん。ちょっとだけ待って下さい!」

 八雲紫。

 決着が着いた瞬間を狙って漁夫の利を得ようとする卑怯者、と大和は勝手に結論付けた。だがそれは正しいが間違い。獲物が弱ったところを狙うのは卑怯でも何でもないただの戦術。つい先程相手をしていた魂魄妖夢を何とか退けた直後とはいえ、勝てる瞬間を狙って仕掛けることに恥じる必要は全くない。

 悪いのは後先考えずに全力を出した大和だ。そこを狙ったことを称賛されることはあれ、卑怯と罵られるほど勝負の世界は甘くない。それが己の人生を決めるものであればこそ。


「タイム? 待った? 相変わらず面白いことを言うわ」

「いっ、いやぁ……。そんなに褒められたら僕困っちゃうなぁ、なんて……」

「ふふ、本当に困ったさんね」

「あ、あは、あはははは!」

「うふふふふ――――――笑えないわ」

「ですよねー!?」


 紫が表情を硬くした瞬間、大和は幻術で己の身を隠した。理由は何でもない、ただ反射的に脳がそう動けと命令を下したから。

 紫の脳に直接幻術を叩きこんで姿を別の場所へと現し、実際にその場所へ己の姿を視覚化する二重幻術。

 大和の幻術を初見で見破れる者はいない。それは魔法使いであるパチュリーや師匠である永琳を始め、大和を知る全員の共通認識だった。妖夢には破られたが、それ自身はあまり問題ではないと大和自身は考えていた。あれは心の眼を鍛えた者だけが出来る技術。その技術を持った者などそう簡単に現れるはずがないから。

 それでも大和は以前より一つの最悪の事態を予想せざるを得なかった。

 それは幻術が通用しなくなること。何より怖いのは紫に幻術を看過されることだった。

 紫も幻術を使うが、錬度は大和には及ばない。だが既に数回、大和は紫相手に幻術を行使していた。その為に一つの可能性が過っていた。

 ―――幻術が通用しなくなるかもしれない。

 しかし周囲の評価は変わらなかった。まず破られることはない。破られるとしても、相当数の幻術を行使し術式とプロセスを読まれた場合になるだろう。

 だから大和自身もその評価に甘んじていた。予想はしたが、そんなことはあり得ないだろうと対策はしてこなかった。むしろそれだけが大和の心の支えだったから。唯一立ち向かうことのできる最後の牙が通用しなくなるなど考えたくも無かった。

 しかし―――――

「邪魔ね、これ。消してしまいましょう」

―――――パチン

「………え」

 指を一度弾く。 

 ガラスが砕ける音が虚しく響く。ただそれだけで大和の幻術は破れた。

「なん…で……」

「貴方の幻術は本当に凄いわ。だから『幻と実体の境界』 を弄らせて貰ったの。これで唯一私に対抗できる術を失ったわね?」

 たった一度の動作。ただ指を弾くというだけの何でもない行為で大和の幻術は無意味になってしまった。


―――拙いマズイ不味いっ!? 片腕動かないし疲れや怪我もある状況で……何より幻術が通用しない状況で勝てるわけが……、勝負になるわけがない!!


 大和の頭のはパニックに陥っていた。

 唯一対抗できる術を失った。幻術のない自分などただの二流武術家でしかない。それを自覚しているだけに、大和の動揺は半端なものではなかった。

 必死にこの現状を打破しようと思考を巡らせる。だがいい案が生まれることは無い。

 強靭、無敵、最強。絶対的強者としての貫録。

 眼前に立ちはだかる敵はその全てを持ち合わせる幻想郷最強の一角。母萃香や師永琳、敵アルフォードと並ぶ本物の化物。

 嘗て藍は大和にこう言った。「敵に回せば全てを失う」 と。文字通り全てを失った大和だったが、今度ばかりは自分自身すら失うかもしれないと歯を震わせていた。

 それほどまでに、目の前の存在は規格外だった。

 口元を扇で隠す仕草。不気味な眼が見開くスキマに腰掛ける優雅さ。行動の一つ一つに含まれる威圧感は、傷ついた大和には余りに過負荷だった。

 そして紫は手の持った扇をゆっくりと大和へと向ける。紫色の閃光が収束していき、やがて臨界を迎えようとする。

 しかし大和は動かない。否、動けない。

 

「構えないのかしら? ……別にいいわ、その方が私も楽だから」

「ぁ……」


―――勝てない…

 戦意喪失。

 次の瞬間には自身のそれを大きく上回る極光にのみ込まれる。大和は何もできないままに敗北を確信した。

 しかしそうさせない為に、過保護にもねっとりとへばり付いて離れない者が大和の傍にはいた。


「やれやれ、見てられないよ」

「だよね。ご主人さま、後のことなんか全然考えないんだもん」


 小さな影が二つ。

 一つは閃光に向けて腕を突き出して塞き止め、一つは障壁を張って抜けてくる衝撃波を遮った。

「あらあら、やっぱりいたのね。私のお友達萃香、裏切り者ルーミア」

「か、母さん……、ルーミアちゃん…」

 小さな影の正体は萃香とルーミア。

 萃香は霧状となって常に大和の周囲に。ルーミアは大和の影と自身の影を繋げて何時でも場に入れるように待機していたのだ。


「困ったお友達ねぇ。子供の喧嘩に親は出ないんじゃなくって?」

「…まだ私のことを友と呼んでくれるのかい……?」

「あらやだ、仇と言われた方が良かったの? ごめんなさいね、気が利かなくて」

「……私がどう思われようと構わないさ。でも、私は出来ればお前と友でいたいと思ってる」

「奇遇ね萃香。私も貴方たちとはお友達・・・でいたいと思ってるわ」

(ご主人さま、萃香が時間を稼いでくれている間に怪我の手当てを。腕、入れてあげるからこっち向いて)

(あ、ありがとう……。でも何で此処に?)

(見てられないからだよ……っえい!)


 可愛らしい声を上げながら、ルーミアは大和の右腕を入れ直した。苦痛に顔を歪める大和だが、あの極光に呑まれることを思えばマシだと耐えた。


「っ~~…! ありがと」

「どう? いけそう?」

「……無理だよ。幻術が通用しないんだから勝ち目なんて…」


 ―――ない。

 だが大和はそう言えなかった。頭が冷えてきた今ならまだやりようによっては希望があるかもしれない。まるで蜘蛛の糸の上を綱渡りするような無茶無謀な案が一つ、頭を過った。


「…その顔は何か考えがあるみたいだけど?」

「一つだけ方法がある…かもしれない。それが出来れば何とかなるかもしれないけど……」

「何とかなるじゃ困るの。本当に何とかして。そうじゃないと幻想郷自体が無くなるかもしれないんだから」

「……は? え? それ、どういうこと?」


 いきなり突拍子もないことを言い出すルーミアに、大和は呆けてしまった。

 幻想郷が無くなる? いったい何を言っているんだ?

 大和の頭は再び混乱し始めた。


「気付いてると思うけど、今までのことも今現在も幻想郷中に中継されてるの。もちろん各勢力がそれぞれに使い魔や魔法、術なんかで覗き見てるのもあるけど、紫は態々全ての場所に此処の映像を流してる。ここまではいい?」

「う、うん。でもそれが何で幻想郷壊滅みたいなことに繋がるの?」

「自分の胸に手を当ててよ~く考えてみて。大和の知り合いは何人いる?」

「……」


 妖怪の山に住む天狗、川を根城にする河童に仙人。魔法の森に住む魔法使いに、人里の守護者。竹林の主従に紅魔館の主従とその住人。彼岸の先にいる上司と部下。そして地下にいる鬼の家族達。


「いっぱいいるね」

「さて問題です。もし大和が負ければ紫の人形になるって知ったら?」

「……どっ、どうなると思う?」

「萃香の話じゃ、勇儀とか言う鬼は地上へ出る準備をもう済ませてるらしいよ? 他の鬼も着々と戦の準備をしてるんだって」

「ねえさーーーーーーん!?」

「この分だと他の知り合いももしかしたら……ってこと。解る? ご主人さまが負けたらルール無用の大乱闘が始まるかもしれないんだよ」


 あまりのスケールの大きさに大和は開いた口が開かなかった。余りの出来事に最早苦笑いを漏らすしかない。まさか自分が負けることでそれほど大規模な行動が起きるとは考えたことも無かった。

 そんな風に想われている自分は喜ぶべきなのか悩んでいた大和だが、ある疑問が浮かんできた。


「ちょっと待った。何でみんながそのことを知ったの。紫さんが自分で言いふらしたわけじゃないだろうし…」


 それは友人たちがどうやってその事実を知ったのか。言い触らした覚えは無く、まさか紫がそのようなことをするとは考えにくい。むしろ紫なら絶対に悟られないように物事を進めるだろう。

 ならばいったい誰がそんな真似を?

 不思議に思った大和だが、犯人は案外近くに居た。


「あ~…うん、えっとね? とりあえず難しいことは考えない方がいいんじゃないかな?」

「ルーミアちゃん!? 内緒にしてって言ったよね!? 心配されるのは嫌だから絶対に言いふらさないでって、僕言ったよね!?」

「だっ、だって心配だったんだもん!」


 大和のことをご主人さまと慕うほど、ルーミアは大和のことが好きだった。

 愛情表現の好きでは決してない。捕食的な意味での好きなので大和にとってはむしろ最悪の部類に入るのだが、それでもルーミアは自分以外の者に大和を渡すなど言語道断だった。その『大和を誰にも渡さない』 と言う点だけで萃香と共闘しているのだからその度合いが知れる。

 そのルーミアは、大和が奪われるくらいならみんな仲良くあの世に逝こう―――などとは流石に考えないが、なんとか負けても有耶無耶にする必要があった。

 その為に大和たちが異変解決へ向かった後に影を通じて移動をし、大和と友好のある者へ事実へと伝えるために走った。

 その結果が全員揃っての暴走寸前。目論見が上手くいったことに喜ぶべきなのか、それとも予想以上の大事になったことに後悔すべきなのか非常に悩む嵌めになってしまったルーミアも此処へ来て焦っていた。

 

「とにかく! ご主人さまには何としても勝って貰わないと困るの! 解った!?」

「滅茶苦茶だよまったく……」

「解ったの!?」

「解った、解ったから! ……ホント、なんでそんなに事が大きくなるのかなぁ…」

「仕方ないよ、ご主人さまは眩しいから目立っちゃうんだもん。みんなはその光に吸い寄せられてるだけ。だからみんながご主人さまの為に必死になってくれるんだよ? ご主人さまがみんなの為に必死になるように」

「…ありがたいことだよね」

「それだけのことをして来たんだから当然だと思う。だから手に入れた絆は誇るべきだよ」

「……うん! みんな、僕の大切な人達だ。母さんもルーミアちゃんはもちろん、紫さんだって大切な人だ。だから止める、止めないと駄目だって思ったんだ」

「なら……やれるよね?」

「もちろん。その為にここに来た。……それに、もう策は動き出している」


 ゆっくりと立ち上がった大和を見たルーミアは障壁を消す。

 その先には萃香が紫と向かい合って立っていた。二人は何も言わずにただお互いを見つめている。


「母さん、ありがとう。交代だ」

「……」


 近づく大和に、萃香は無言で抱きしめた。

 鬼の一員として大和を管理者にすると決めた以上、監督役に就いている萃香は大和の背中を押すしかない。それでも、ただ一人の母親としては息子を死地へなど行かせたくなかった。

 もしかしたら死んでしまうかもしれない。死ななくても、身体にどこか障害が現れて二度と起きられない体になるかもしれない。

 不安が心を締め付ける。

 それでも萃香は背中を押す。遙か昔、体も心も小さかった息子に自分の道を進めと言った時のように。目に涙を溜めながら、それをまったく隠そうともせずに息子を抱きしめた。


「……行って来い。行って、やることやって帰って来な」

「……ありがと、母さん」


 最後のもう一度強く抱き合い、二人は別れた。

 後に向かって下がる萃香。そして前へと一歩を踏み出す大和。

 そしてその大和の背中に、今まで何が起きているのか理解出来ないでいた魔理沙の声が届いた。


「しっ、師匠!」

「……」

「訳わかんねぇけど…私には何が何だか訳わかんねぇけど、師匠は勝つ! 私は信じてる! だから!」

「―――魔理沙・・・

「!?」

「そこで良く見てろ。大魔導の名が伊達じゃないってことを証明してやる」

「ッおう!!」


 今代の大魔導師、伊吹大和。

 紅魔館の頭脳をも唸らせた魔法使いが、今その牙を剥いた。




◇   ◆    ◇   ◆    ◇    ◆    ◇




 ―――時は大和と妖夢の一戦が終盤に差し掛かった頃に遡る。


「うふふ、がんばるわね。楽しくなってきたわ」

「あーもう! 鬱陶しいわねこの弾幕! 殴りに行けないじゃない!」

「この分厚い弾幕の中を敢えて殴りに行く必要性はないわ。それよりも隙を作りだすほうが先決」

「だから殴りに行くって言ってるんでしょうが!」

「……熱くならないで。負けるわよ」

「うっさい!!」


 大小、色取り取りの弾幕の圧力に前に霊夢と咲夜は手を焼いていた。

 押せば引き、引けば押す。大技を繰り出そうとすれば、そこに生まれる数秒の隙間も逃さずに弾が飛来してくる。絶妙な読みで戦況を支配する幽々子に二人は手をやきもきさせていた。

 何せ幽々子の目的は西行妖を開花させることにある。時間が経てば勝手に西行妖へ春が集まって開花するために二人の時間は多くない。

 だが攻めきれない。

 捨て身になればと考える二人だったが、底の知れない相手に相討ち覚悟で臨めるわけもなかった。

 相手は間違いなく自分よりも格上、一つ上の段階にいる存在。それを身を持って理解しているだけに、二人はこのこう着状態を動かせないでいた。


「面倒ね…。咲夜、援護任せるわ」

「えっ、ちょっと霊夢! ああもう!」


 先の見えない弾幕中に突入して行く霊夢を追って、咲夜も弾幕を掻い潜ってナイフを投擲する。

 弾幕の隙間を狙って放たれたナイフだが、すぐさまその隙間を埋めるように放たれた霊弾にのみ込まれて消えていく。


(霊夢じゃないけど、本当に厄介極まりない。このままじゃ完全にジリ貧。どうにかしないと……ッ霊夢! 右!」

「っやば―――」

―――時符「プライベートスクウェア」


 死角から廻り込んできた弾に霊夢は対応できなかった。

 直撃する。

 それを悟った咲夜は瞬時に時を止め、霊夢を救出した。


「まったく、冷や冷やさせないで」

「……ありがと。助かったわ」

「あら? 確かに中ると思ったのだけど……巫女はただの巫女だし、メイドさんがやったの?」

「ええ。私は時を止めることが出来る」

「まるで奇術師ね。でも時を止めるなんて過ぎた力がそう何回も使えるのかしら? 回数制限、時間、対象となる空間。いろいろと制約がありそうねぇ」


 顎に人差し指を当てて思案する幽々子。にこにこと笑っているが、その目はまったく笑っていない。

 いい当てられた咲夜も表情こそ崩さないが、内心幽々子の洞察力に驚愕していた。

 たった一度の行使で真に迫るまで把握された。咲夜は苦笑いよりも溜息のほうが多く出そうになった。


――――――キィィィィン


「な―――」

「これ…まさか、大和さんなの!?」

「始まったのね」

 その最中、冥界の夜空に大規模な魔法陣が展開された。

 その直後から急激に力強さを増していく魔力。霊夢と咲夜にはその魔力に憶えがあった。

 その魔力の持ち主は大和。魔力が少ないと日々嘆いていた彼の魔力は留まることを知らないように膨れ上がり、ついにその量は二人の目の前にいる幽々子とほぼ同等にまで上昇して止まった。


「大和さんも頑張るわね。でも……」

「く―――」

「なんて妖力…!」

 その大和の魔力をも上回る妖力が空気を振動させ、その波が大階段から離れている西行妖まで伝わって来た。

 二人に憶えは無いが、幽々子はその持ち主を知っていた。

 その持ち主は紫。

 幽々子は自身の筋道通りに物事が進んでいることにほっとした。何時だって見通しの悪い未来は見ることが出来ない。それでも手を貸し、場を整えるくらいのことは出来る。望んだ未来を手に入れるために集った二人に、幽々子は僅かに微笑んで応えた。


「……咲夜!」

「なに?」

「ここは任せるわ!」

「え゛? ちょ、ちょっと霊夢!? 待ちなさい、霊夢!」

「文句なら後で大和さんに言って頂戴!」


 途方もない力の波動に呆然としていた二人だが、霊夢は弾かれるように袖を翻して反転する。そのまま咲夜の制止を振り切り、ただこの場を任せると言って空へ消えて行った。

 一人ぽつんと置いて行かれた咲夜にしてみれば、この状況は最悪のものだった。

 二人で漸くこう着状態を作らせて貰っていた・・・・・相手を、今度は自分一人で相手をしなければならない。


―――さて、どうしたものか

 ナイフをクルクルと回しながら幽々子を睨みつける。

 状況は完全に不利。相手の能力を知らないうえに、突破するには厚過ぎる弾幕。一人で何処までやれるのか。状況判断を的確に行い、自身と相手の力量差を客観的に判断する。

―――仕方がない、やるしかないわね

 出した結論は勝率10%。

 本来なら勝てない相手には立ち向かわず、応援を呼ぶなり一時撤退するのが常套句。

 だが咲夜は引かなかった。

 咲夜にもプライドがある。此処を任せると言われた以上はそれを確実に完遂しなければならない。霊夢は無理無謀を言うのではなく、一人で出来ると判断したからこの場を任せたはず。ならばそれを達成できずにメイドなど名乗れる訳がない、と。

  

「貴方が一人で相手をして下さるの?」

「そうよ」

「そう。……頑張ってね?」

「ええ。ストレス発散の場として有効に使わせて貰うわ」

「はい?」


 沸々と、ポーカーフェイスを貫いていた咲夜の表情が歪んでいった。

 現れた感情は怒り。咲夜は怒っていた。寒い中を飛んできたことに対しても、大和に霊夢の御守をさせられたことにも、慣れない相手と共闘しながら必死にフォローすることにも、そのフォローし続けた相手が勝手に戦線離脱することになった全てに対して咲夜は怒っていた。


「堪忍袋の緒が切れた。目の前に門番以外で丁度良さそうなサンドバッグがあるのだから、有効に使わせて貰わないと」

「あらやだ、そのナイフをどうするつもり?」

「刺すに決まってるでしょう。覚悟した方が身のためよ、私は一人の方が強い」




◇   ◆    ◇   ◆    ◇    ◆    ◇




 空を覆う大規模な魔法陣。それが冥界の空を覆った時、私は直ぐに大和さんの下へ行かなければならないと思った。

 理由なんて知らない。大和さんの身に何か不吉なことが起きるのかもしれないと感じたわけでもない。ただ純粋に彼の下に行かなければならないと、私の体は勝手に踵を翻した。

 まるで私が私じゃないような感覚。その感覚に私は憶えがあった。

 紅霧異変。レミリアが起こしたあの異変の最中、私の中に響いた声。あの声が聞こえてきた時も、こうして不思議な感覚に体が包まれていた。

 その声の持ち主は既に知っている。大和さんが好きだった博麗の巫女。名前は私と漢字が違うだけで読みは同じの零夢。まるで照らし合わせたかのように同じ名前なことに、今更ながら気が着いた。

 でもその彼女が何をしようと私には関係ない。私は私だと既に解っているから。何より、大和さんが私を霊夢個人として認めてくれた。だから私は私でいられる。

 

 幻想郷ではまだ咲いていない満開の桜並木を越えていく。

 この桜並木を越えていけば、冥界の入口の大階段へと辿り着く。そこから常に伝わってくる力の波動は、正しく大和さんその本人。何時かレミリアに見せて貰った時のように、今も懸命に立ち向かっているのだろう。

 私はそこへ向かい、嘗ての巫女のように隣に立って共に闘う。それが私の願い。


「だから速攻で退いて貰うわよ。八雲紫の式、八雲藍」

「来たか、博麗霊夢」

「邪魔するつもり?」

「それはこちらの台詞だ。何人たりとも二人の邪魔はさせん」

「止められるとでも思ってるの?」

「愚問だな」


 ふざけたことを言ってくれるわね。

 確かにあの人は種族・巫女なんてトンデモ人間だったけど、私もそれなり以上に出来ると自負してる。それに今の私はレミリアをノした時と似たような状態。とんでもなくハイな私を相手に余裕で要られるのも今だけよ。


「嘗ての巫女ならともかく、今の巫女では相手にもならん。例え私が式として身を縛っている状態でもな」

「へぇ……式を外せば強くなるとでも言うつもり?」

「ああ。紫様よりも強いかもしれんぞ?」

「面白い冗談ね」


 馬鹿ね、主よりも強い奴が式に甘んじるわけがないでしょうが。残念だけどそんなハッタリ私には通用しないわ。


「速攻で終わらせるわよ」

「ああ、直に終わるさ」




速さが足りない!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ