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東方伊吹伝  作者: 大根
終章:終わりは始まりの桜
175/188

魂魄妖夢2



―――強い


妖夢・・は本当に強くなった。

 気と魔力の合成。爆発的に身体能力を上昇させる無想転成を発動している僕ですら、気を抜けば置いていかれてしまうほど迅いスピード。その速度を緩ませるどころか、そこから速さを乗せて繰り出される二刀流は素直に驚嘆に値する。

 真向勝負ならこちらに分がある。

 でも力では勝っていても当たらなければ意味が無い。それに付いて行くだけで精一杯なので反撃も侭ならない。しかし向こうの攻撃は正確に急所を狙ってくるのだから手の付けようがない現状だ。


 でも、まさか文や師匠以外に速さで翻弄されるとは思っても無かった。

 僕だって速さには自信があった。でも蓋を開ければそんな自信なんて塵のように消えていってしまって。そう簡単に後を取られるとは思って無かったにも拘わらず、常に視界から消え失せる超スピードに翻弄され続けている。

 防御の型である制空圏を修得していなければ即死だっただろう。

 だけどほぼ無意識で攻撃を防ぐ制空圏すら侵し続ける彼女はもう人の領域を越えていると言っても良い。元々半分死んでるらしいけど。


 このまま伸びて行けば何れは僕も越えて母さん達のいる高みへと到達するのだろうなぁ…。


 こんチクショウ、まさかこんなにも早く追いつかれるとは思っても無かった。たかだか数百年で僕の千年分の努力に追いつくなんて不公平極まりない。

 千年分の死に物狂いの修行をたった数百年で撒き返されたんだよ? 正直泣きたくなってきた。

 でも泣けない。泣いたら前が見えなくなって斬られる。正直いっぱいいっぱいなんだよね、今も。何とか凌いでいるけど、これも何時まで持つことやら。……うげ、こうやって考えると僕って本当に弱いんだなぁ。よくもこんな情けない体たらくで紫さんに喧嘩売ったもんだよ。

 本当に大丈夫かこの後? 気力尽きてダウンとか死んでも嫌だよ? 一応ペースは考えて気だけとか魔力だけとか切り替えてやってるからまだ余裕はあるけど……正直もう魔法はもう使いたくない。とっておきだけは残しておきたいし。

 けどそんなことも言ってられない状況なんだよね。現に詰む一歩手前だし。


 結局の所、僕の限界値はもう決まっているからこれ以上のことは望めない。

 ならその中で何とかするしかない。それは魔道機関によるドーピングだったり、技の巧みさとかの戦闘技術。まだ開けていない箪笥の中身を取り出したりすること。

 それでも現時点で自信を持って勝っている点といえば経験の差しかない。

 だから狙いどころは勝負の駆け引きとカウンター、そして必殺を出すタイミング。これに尽きる。

 でもあの超スピード相手にカウンターを狙える? ……無理だ!? 切り刻まれて三枚におろされるのが目に見えている。

 あぁ……気分がどんどん沈んでいく…。


「どうしたんですか!? 脚が止まっていますよ!!」


 止められてるんだよこの野郎。

 ええい、妖夢の癖に生意気な。猪口才なスピードで人を翻弄しよってからに……。

 このさい無想転成第二で一気に決める?

 いやいや、あれ使ったらもう絶対に動けない。オマケにどれだけ保てるかもその日の精神状態に左右されるなんて半端モノ。今なら気分が沈んだおかげで何処までも無になれそうだけど、使いどころを間違えたら首チョンパされて終い。

 ……実はもう詰んでるんじゃないですかー!?

 こうなってしまった以上は出し惜しみなんてしてられないね。

 対紫さん魔法兵装を使ってでも勝ってやる。

 魔力の消耗が何だ。最初から地力の差を埋めるための物は用意してあるんだから、ちょっと減ったくらいで何の意味もない。一京に対して百が六十になったところで何の意味も為さないと思えば気も楽になるってもの。

 ……本当に僕と紫さんの地力がそんなに離れてたらどうしよう。もしそうならパチュリーに連絡して土下座するしかないかも。本当に申し訳ないけど。

 でも勝たせるなんてことは絶対にさせてあげない。僕にもプライドってものがある。


「無想転成解除・桜花制空圏」


 気持ちは鎮まるどころかどんどん急降下して地下に深くまで掘り進む勢い。

 今の状態なら完璧な桜花制空圏が出来るはず。……どうせ身体強化をしていた状態でも追いつけなかったんだ。気も魔力も最低限を残して完全にカット、生身で対応させて貰おう。これも駆け引き、少しでも動揺してくれれば後はなんとかこっちのペースに持ち込ま待させて貰う。

 僕にとっておきを使わせる決意までさせたんだ。絶対に勝たせて貰うよ。


 でも、まずは今まで嬲られたぶんを返させて貰おうか




◇   ◆    ◇   ◆    ◇    ◆    ◇




「桜花制空圏」


 小さく呟かれた言葉に、圧倒的な速度で大和を翻弄し続けていた妖夢の背中には嫌な感触が走った。

 捨て置くには余りにも大きすぎる予感に妖夢は一度距離をとる。


「―――――」

「何を……?」


 大和の体から発せられていた光は消滅し、体を纏っていた気や魔力でさえも体表から消え去っている。

 今まで刀を防いでいた腕はだらんと降ろされ、構えの一つもとらない自然体。

 それでも妖夢はもちろん、静観している魔理沙にも大和のある変化に気付いた。

 それは感情や想いといった心の動きが全く感じられない明鏡止水の心。


「……明鏡止水ですか。ですが、それも心眼を開き理に至った私には通用しない」

「―――――」

「剣を持つ手に感情が残れば剣筋は揺らぎ、一太刀で断つことは不可能にります。だから剣を使う者はまず精神を鍛える。それが剣術の基礎。今や剣道と名を変えても、その精神は根付いている」

「―――――」

「だから私は心眼を修得できた。故に、貴方の取っている行動の意味が私にも理解できる」


 魔理沙は二人の一挙一動に唾を呑みこんだ。

 傍目に見れば今の大和は構えも解き、今まで全面に出ていた戦意も完全に消え去った状態。それでも静かな、ほんの僅かしか感じ取れないくらいに静かなモノを魔理沙は感じ取っていた。

 それは妖夢も同じだ。

 だから大和の動きを入念に調べ、自身の経験からそれが何なのか探りを入れようとしている。

 感じたことも無い、得体のしれない恐怖を取り除くために。


「それ即ち『無勁』 の構え。貴方の使う化勁、大陸の拳法に於いて敵の勁を逸らして身を守る術の最上位に違いないはず。逸らすのではなく全てに身を任せて躱す捨己従人こそが今の貴方。私の攻撃に身を任せて全てを躱すことが目的ですね?」

「――――――」

「ですが、種が解れば対処は容易い。私自身も基本通りに精神を沈めればいいのだから」


 謎は全て解けた。妖夢は自身の観察眼に絶対の自信を持ってそう言い放った。

 己の中にある無数の武芸の型。それは嘗て、対策を講じるために大和の武術を調べていた時のこと。現存する型と大和の型には差異があるために妖夢は様々な文献を漁っていた。その時に得た知識が間違いなくそれが正しいと訴えている。

 全ての攻撃を躱す技だと。


「行きます」


 地を砕く勢いで再び加速。大和目掛けて一直線に斬りかかる。


「――――――」

「……ッやはり!」


 妖夢の目から舞うように大和は消え、浴びせるはずだった一太刀は空を斬った。

 自身の考えが当たったことを確信し、三度妖夢は斬りかかる。

 技を看過されて追い詰められた大和。

 だが―――


「がっ!?」


 斬りかかった妖夢の顔面には拳が突き刺さっていた。

 気や魔力は纏わなくとも、大和の拳は生身でも岩を砕く破壊力がある。

 もちろん身体強化をしているが、想像もしなかった反撃を受けた妖夢の鼻からは血が滴る。


「くっ…、何が…!?」


 鼻を押さえる妖夢を、色を無くした大和の目が捉える。

 無表情を貫く大和に背筋を僅かに震わせ、妖夢は未知への恐怖を感じた。

 何も感じられない構え。身を竦ませるプレッシャーもなければ、他を圧倒する力も感じられない。それでも心の奥底から徐々に這い上がってくるような恐怖心を妖夢は抱いた。

 その恐怖を祓うように何度も斬りかかるが、舞うように避け続ける大和を傷つけることは出来ない。


 ―――…? あんな感じに舞う物をどこかで見た気が……


 魔理沙にはそんな大和の動きにどこか見覚えがあった。

 蝶の様に舞い、蜂の様に刺す。

 相手の攻撃を華麗に避け、なお且つカウンターのタイミングを与えず己の攻撃を全て通す。

 言葉にすれば完璧なまでの存在を何処かで見たことがあるような気がすると。


「っ…、まるで花弁を相手にしているみたいですよ…! 掠りもしないなんて!」


 ―――そうか思い出した! 舞い散る花弁の動きにそっくりなんだ。でも儚いものじゃなくて、もっと力強い何かを感じる…。花弁は幾ら追い掛けても捕まらない。それどころか、花弁を追う者は何時の間にか……


「今度はこっちの番だ!」

「ぐっ!?」


 ―――舞い散る花弁の動きに乗せられるんだぜ


 遂に大和の拳が妖夢を捉えた。

 死人ですら目の覚める一撃。瞬間的に気で覆った拳は体をくの字に押し曲げ、脳にまで届いた衝撃が妖夢の正気を奪う。


「期は逃さない」


 肺の中を全て吐き出して動きが止まったところに全力の蹴り入った。渾身の一撃を入れられた妖夢には到底踏ん張ることなど出来ず、勢いそのままに長い階段を抉って地を滑る。

 そして妖夢が階段を抉る音との中に、大和が階段を踏み砕く音が紛れこむ。

 長い階段を砕き終え、平地にまで吹き飛ばされた妖夢には大和が迫っていることなど知る由もない。気付いた時には見えた景色は再び大和が腰を落し、眼前で砲弾よりも固い拳を振りかぶっている姿だった。


「が―――――…ぐはぁっ!?」


 苦痛に顔を歪めて身を庇う妖夢に間髪入れずに拳を叩きこむ。

 刀の防御をすり抜けた拳が体の中心を捉え、怯んだ隙に拳と蹴りの連撃を何度も何度も繰り返して打つ。

 密着した体制から掌底を入れ、浸透勁で内部から内臓を揺らす。

 湧き上がる感触に吐き出してしまいそうになるところを、今度は足払いを受けて頭から落す。脳が揺れる感触に意識が跳びかけた。

 立ち上がって剣を振るが、受けたダメージが大きすぎて繊細を欠いた剣筋では大和に届かない。

 そのまま腕を取られ、背負い投げの要領で大きく投げられた。

 受け身も取れなずに地に落ち、今まで握り続けていた刀を離して地に伏した。


今まで大和を翻弄し続けていた妖夢は、遂にその動きを止めた。




◇   ◆    ◇   ◆    ◇    ◆    ◇




 数百年昔、まだ心も体も小さかった妖夢は今よりも直情的で、自分が正しいと思ったことに一直線な女の子だった。主と祖父の言うこと以外は頭の中に入ってこず、またそれが全てだった。

 それは冥界にやって来る者など数える程しかおらず、来訪者から受ける影響などほとんど無いのが理由だった。それが頭の固さに直結し、本来持つべき視野が持てずに偏った成長を続けていた。

 そんな矢先に出会ったのが大和だった。

 だが妖夢は出会ったばかりの大和が大嫌いだった。近寄れば刀を抜いて威嚇するほど毛嫌いしていた。

 まず出会いが最悪だったからだ。


「うーん……本当に女の子?」

「わたしは女だ! 気絶した時にむっ、胸まで触っておいて良く言う!」

「それは誤解だって言ってるじゃないか。でもなぁ……なんで半ズボン? 女の子ってスカートじゃないの?」

「それは偏見だ。わたしはこれが動きやすいからこれを履いている」


 白玉楼へと至る階段でいきなり斬りかかるも反撃に合って沈黙。そのとき治療のために胸をまさぐったと本人から言われれば、毛嫌いするのも無理無かった。

 そして半ズボンなんて女の子らしくない格好をしているから間違えられるのだと責任を擦り付けられれば、妖夢の大和嫌いは手の付けようがないまでに高まってしまった。


 そんな二人の関係に転機が訪れたのは、祖父である妖忌が白玉楼から姿を消したときだった。

 大和は妖忌から妖夢を託され、妖夢は妖忌から刀を引き継ぎ、大和に教えを受けるように言い伝えた。


(誰が好き好んでこんな奴と……)


 それでも妖夢は大和が嫌いだった。むしろ妖忌が去ってからは嫌いだという感情が更に膨れ上がった。 今まではそれほど顔を会わしていないが、これからはその回数が増えるかもしれない。それも好きな祖父が居なくなる代わりにやって来るのが大嫌いな大和。

 妖夢には大和が妖忌の居場所を奪ったように思えて仕方がなかった。

 そしてその大和が妖忌を馬鹿にしたような言い回しをしたとき、遂に苛立ちが抑えきれなくなった妖夢は大和に全てを吐き出した。


「こんな半端者に後を任せるだなんて……。後釜がこの始末じゃ嫌になったって仕様が無いじゃないか」

「…ッおじいちゃんは何時だって私のことを考えてくれた! だから私にここを任せてくれたのにそれを……それをおじいちゃんのことを何も知らないお前が馬鹿にするなぁ!!」


 祖父の居場所を奪ったのはお前の癖に!

 もちろん事実ではないが、小さい故に妖夢にはそこまで大人な考えなど出来るはずがなかった。頭の中にあるのは、嫌いな人が祖父の悪口を言っていると思ったことだけだった。

 しかし大和のそれは虚言であり、妖夢との距離を縮めるために態と曖昧な言い回しをしただけだった。何も隠さず全てを吐き出した方が楽になる。それが大和が一つの出来事から得た教訓だったから。

 だから大和は態と妖夢が全てを吐き出すように誘導したのだ。

 そして吐き出すだけ吐き出し、涙を見せる妖夢に大和は優しく話掛けた。


「大好きだったおじいちゃんが急にいなくなって……寂しかったよね。しかもその後釜が僕みたいな奴だったら嫌になってストレスも溜まるさ。……実は僕、君と同じ体験をしたことがあるんだ。心に穴が空いてさ……悲しくてどうしようもなくなって。それで何かに当たりたくなる」


 何時もと違う表情を見せる大和に、妖夢は神妙な面持ちで聞いていた。普段ならそれがどうしたと突き離しているが、今回だけは何故かそれが出来ないでいた。

 頭を撫でる掌がとても優しくて、何時までもそうしていて欲しいと思った。

 大嫌いなはずだった人が、何時の間にか嫌いじゃなくなっていく。

 妖夢は祖父以外で初めてそういったモノを感じ取った。


(こんな人だったんだ……。わたし、何も知らなかった。この人はわたしの事を知ってるのに、わたしは何も知らなかった)


 そのとき妖夢思った。

 もしかしたら、この人となら上手くやっていけるかもしれない。自分が知らないだけで、本当はとても優しくていい人なんだろう。そんな人とだったら何時までもやっていけるかもしれない、と。


「おじいちゃんのように、とはいかないと思う。でもさ、今度からは僕を頼ってもいいんだよ。もちろん西行寺さんも。もう知らない仲じゃないし、出来る限り協力してあげる。だからさ、今はとりあえず泣いておこう? お兄さんの胸なら幾らでも貸してあげるから。さぁ――――――Come on !!」


「キモイです」


 結局はその想いも台無しになったのだが。



 そしてその後、二人は言い争いや喧嘩をしながらも鍛錬と言う形で長い時間を共にしてきた。その中で妖夢が負けた数は模擬戦の数と等しく、惨敗した数はその半数を大きく上回る。

 幾度となく負け、その度に打ちのめされ、誰にも見せない涙を流したことも少なくない。それでも、本来なら床で横になって休んでおかなければならないほどの痛みにも負けず、本来の御庭番の仕事を並行して行って来た。

 そんな厳しい日々乗り越えた今日、全ては大和を越える為だけに修行をしてきた集大成の日。

 全てを見せつけ、全てを見せつけられて勝つはずだった。

 だが妖夢は地に伏している。


(いやだ……!!)


 うつ伏せで地に歯を立てながら妖夢は唸った。

 負けたくない。こんな所で終わりたくない。

 ここで負ければ今までしてきた努力が全て無駄になる。それだけは絶対に嫌だった。共に鍛錬してきた時間が意味のないものだなんて思いたくも無かった。


(まだ全部見て貰ってない! まだ全部見れてない! 全身で感じられてない! それなのに、こんな所で終わるのなんていやだっ!!)


 投げだされた掌を強く握りしめる。


(負けたくない……負けたく、ない……まだ負けてないっ!)


 虚ろな瞳に強い光が再び燈る。前より強く、更に輝きを持って。

 全身の力を循環させ、体の状態を大雑把に把握。

 内包する力にはまだ余裕がある。骨にヒビが入っている箇所が幾つもあるが、幸か不幸か骨は一本も折れていない。しかし度重なるダメージに内蔵の方が先に根を上げている。


(この程度の傷…唾を付けていれば勝手に治る……っ。私はまだ闘えるッ)


 震える脚を手で支え、這いつくばる形でゆっくりと身体を起こし始める。

 既に這う這うの体、起き上がった所で闘えるかどうかも解らない。


(まだ終われないッ! 勝つまで、絶対に終わらないんだッ! ―――――ぁぁぁぁぁぁああああああ!!!」


 それでも諦めるなんてことは出来ない。絶対に勝つ。そう宣言した以上、妖夢はやらねばならない。

 その一心を胸に雄叫びを上げて立ち上がる妖夢を前に、大和の足は一歩、二歩と後ずさりした。

 気圧されたのだ。小さな体から放たれる途轍もない意志の強さに、大和の脚は知らず後ずさりを続けて行く。

 

「まだ……まだ…ッ!」

「っ……!」


 血反吐を吐きながら立ち上がる妖夢に、大和は再び下がった。


「負けない…っ、…負けたくないッ! 絶対に! 負けない!!」


 震える手で刀を握り締め、揺れる切っ先を大和へと向ける。

 体はボロボロ。それでも心は折れていない。月光に反射して強い光りを放つ刀身のように、妖夢の心はまだ折れていなかった。


「……だよね。負けたくない気持ち。それが一番大事だよね」


 完全に立ち上がって気迫を放つ妖夢に、大和は静かに目を瞑って応えた。

 絶対に負けない。そう言いながら立ち上がる妖夢の姿が、大和には今までの自分が重なって見えた。


「僕はまだ、どこかで甘えがあったみたいだ。妖夢・・が本気でやってくれてるのに、僕は…今までのままで勝とうと、勝てると思ってた。アルフォードと闘った時のように」

「……」

「でもそれは甘えで驕りだった。君を倒すには今までの僕じゃ足りない。だから君の気持ちに応えようと思う。


 ―――特殊術式『残片レムナント』起動。初動対象者コピーを妖夢に設定。以後状況に応じて順次変更。更に魔道機関発動」


 奇怪な文様が描かっれた一筋の帯が大和の体を斜めに走る。白く透明な文字は魔力を一定時間ドーピングする魔道機関イクシードの影響で燃えるように真っ赤へと変化する。描かれた文字列がその場で滞空し、一筋の魔法帯緩やかに回転し始めた。

 これこそが新魔法『残片』 の本体。

 選んだ対象者の動き・技を己の身で再現する魔法。体の周囲を回る魔法帯に描かれているのは、大和が得た経験とイメージ像。そこから完成された理想像を有幻覚で再現する為に作られた欠片を使う魔法。

 対象者を妖夢と限定した大和の両手には、短剣から魔力を伸ばされた長剣と、高密度で構成されたされた短剣の二本が握られている。


「これが奥の手の一つ、残片。ここまで僕を追い詰めたんだ。誇って欲しい」 


 これは大和にとって奥の手の一つに違いない。

 だがこの魔法を行使している今も視られて・・・・いると大和は確信していた。

 更にはこの魔法には使用者故の欠点が存在している。その欠点など考えれば幾らでも見つけることが出来る。紫や永琳、パチュリーなど洞察眼が鋭く、術式の把握が早い者なら物の数秒で欠点を見つけ、対応することが出来るだろう。それ故に、紫に対処期間を与えるのは避けるべきだった。

 それでも今の大和には、そんなことは・・・・・・どうでもよかった・・・・・・・・

 これは迷いを捨てた一人の武人としての誇りを思い出させてくれたお返し。そして、これ程までに己を練り上げてきた妖夢への称賛。だから大和は妖夢は奥の手を晒すに相応しい相手だと判断し、全力で潰すと決めた。


「君だけを見て、君だけの為に君を潰す。―――ありがとう。妖夢と戦えて良かった」

「…っはい!!」


―――……駄目、もう本当に止まれない。今なら痛む傷すら気持ち良く感じられる。これ以上無いってくらい気持ちがいい。私も、貴方と闘えて良かった


 万感の想いを抱き、妖夢は再び大地を蹴る。

 それも弱々しい一歩ではなく、今までの踏み込みの中でも最も強い力で。




◇   ◆    ◇   ◆    ◇    ◆    ◇




―――なんて奴等だ…本当に頭のネジが飛んでるとしか思えねぇ

 

 魔理沙には既に勝負が着いたと思っていた。

 守勢に廻っていた大和が反撃に出て、それまで攻勢だった妖夢を一方的に叩きのめした。繰り出された太刀は華麗に躱され、防御を無視したかのようにすり抜けた打撃は面白いまでに体を痣だらけに染めていった。

 そして妖夢が倒れた時、当事者である大和はもちろん、傍観者である魔理沙にも勝敗が着いたと確信していた。

 ところが妖夢は立ち上がり、再び大和へと斬りかかっている。

 額や鼻、口から血を流し、破けた服から覗ける肌には大きな痣が幾つも出来ている。そんな状態で闘おうなど、魔理沙には頭がイかれているとしか思えなかった。

 

―――私だってやれるだろうけど、幾らなんでも前よりパワーアップして戻って来るなんてできないぞ…


 ただ立ち上がるだけなら、その気さえあれば誰にでも出来る。だが立ち上がった時に前よりも動きのキレが増していたら? 振う剣の鋭さが増していたら? それも怪我を負った状態にも拘らず。

 そんなのは頭のネジが飛んでリミッターが外れたとしか思えない。だから魔理沙は絶句していた。


「ハァァァァッ!」

「オオオッ!!」


―――一皮剥けるってレベルじゃない。あいつはもう、さっきまでの奴とは全然違う。


 既に魔理沙の目からは妖夢と大和の姿など消えている。全体が見渡せる距離を取っているにも拘らず、余りにも速すぎる動きに漸く影が視える程度。

 それを為しているのは最早技術体力云々ではなく執念だった。

 必ず勝つ。

 その執念が今の二人を支える最大の要因。

 予想を遙かに上回る動き。休む暇を与えない連撃。そして何より勝利への執念。血走った眼には勝利の二文字しか映っていない。それは嘗て魔理沙が見てきた誰よりも強いものだった。


「もっと疾く……もっともっともっともっともっと!!!」

「っ速いなぁ……ッ! 本当に速い! でも…まだまだぁっ!!」


―――それに師匠の魔法…あんなの見たことがない。魔法陣に書かれた文字が体を廻ったと思ったら急に二刀流になるし、身体も魔力も紅く染まるし……


 常人には音しか聞こえて来ない無数に煌く剣撃の嵐。

 本来無手で闘う大和だが、今では二本の剣を持ち真正面から斬り合っている。

 それを為しているのは対象者の技をコピーする残片の効果だが、目の前で繰り広げられている途方もない闘いに夢中になっているために判断出来なかった。


「人符!」

「…っ! 人符!」

「「現世斬!!」」


 二人が完全に交叉しきってから響く甲高い音。

 互いに場所を入れ換わるように移動し、着地と同時に再び斬りかかっていく。

 

「まさか魂魄流を使えるとは思ってませんでしたよ! その魔法が種ですか!?」

「そうさ! この魔法を一言で説明するのならコピーが一番近いだろうね!」

「コピー品が本物に敵うとでも!?」

「だからこそ、僕がいるのさッ…おりゃぁっ!」

「……っ!?」


 魔力剣を消し、大和は斬りかかる妖夢を思い切り投げ飛ばす。

 そのまま打ち返してくるのかと思いきや、いきなりの投げ技に妖夢は驚愕した。

 

(魔法を発動中でも本来の無手に直ぐに切り替えられるのですか…。こうも獲物を変えられれば…)


―――あの剣士、相当やりにくそうだな。無理はないが…


 剣撃かと思えば投げ。投げかと思えば拳撃、更に剣撃。

 見ている魔理沙すら予測不可能な変則的な戦い方。獲物が変わるだけで動きも全く変わる大和に、妖夢は愚か傍観している魔理沙も置いていかれていた。


(ならこちらも一度だけの手を……やっ!」

「なに!?」


 楼観剣を大和を向かって投擲。

 呆気に取られるも、体を動かして回避する。

 だが……


「今だ!!」

「―――ッ!?」

「師匠!?」


 飛来する楼観剣を躱した大和の背後に二人目・・・の妖夢がいた。

 それは半霊が妖夢へと変化した分身。驚愕に目を見開いた大和に、半霊妖夢は楼観剣を振り下ろす。


「……づっ、こ…の……」

「師匠! 大丈夫か!? 大丈夫だよな!?」

「……ッ喧しい! 黙って見て……ゲホッげほっ…」

「師匠!?」

「…っ大丈夫、大丈夫だから見ててくれ」


 躱しきれず、型から斜めに一閃される大和。

 せき込む口から血が吐き出され、服の上からは少なくない血が滲み出ている。

 魔理沙にとって、大和の血を見るのは二回目だった。

 一度目は紅霧異変。死の淵を過った大和を見てしまっている魔理沙は気が気でならなかった。

 またあんな死に掛けになるかもしれない。もしそうなってしまえば、自分ではどうすることも出来ない。

 動転する魔理沙に語り聞かせるように諭す大和だが、妖夢がこの期を逃す訳がなかった。 

 

「いける! 今なら斬れ……る…!?」


 勝てる!

 最後の一押しをするために一歩を踏み出そうとした妖夢だったが、しかし此処に至って脚が動かなかった。


(ッ此処へ来て脚が!?)


 天狗もかくやと言うフットワークを見せていた妖夢だが、それ故に脚に掛っていた負担は余りにも大きかった。他を凌駕する圧倒的なスピードは確実に妖夢の体を蝕み、その限界が今となって現れたのだ。あと一撃。怯む相手にただ一振りするだけで勝てたチャンスを失ったことは、初期に見逃したチャンスよりも遙かに大きい。


「……脚が限界みたいだね」

「…恥ずかしながら、神速での踏み込みはあと一回のみ。まだまだ修練不足のようです。でも、また一から鍛え直しますよ」

「じゃあ……」

「ええ、あと一撃。これで終わらせましょう。―――断迷剣『迷津慈航斬』」


―――最後の最後になんてやつを…!? あの半霊、底抜けか!?

 

 楼観剣から伸びる霊力の刀身。そこに凝縮された高密度の霊力に魔理沙は震えを隠せなかった。

 それは恐怖から来た震えではなく、武者震い。何時か闘ってみたい。その想いが自分の中から沸々と湧き上がってくるのを魔理沙は感じ取っていた。


―――師匠はどうする…ん……だ…ッ!? なっ、なんつー力強さだよ!? ここへ来て師匠まで!? いったいどうなっちまうんだ!?


 腰を深く落し、両手を腰だめに構える大和。大和は妖夢の最高の一撃に対し、己の持つ最高の一撃で応えようとしていた。何時の日か妖夢から大和へ告げられた「オリジナル技」

 そのあまりに威力が高すぎるために永琳から手加減が出来るようなるまで禁じられていた一撃を大和は繰り出そうとしていた。


「行きますよ」

「来い!」


―――決まる。この一撃で、この闘いの勝者が決まる。

 

 その瞬間を逃すまいと魔理沙は眼を見開いた。

 そして…


「人符―――現世斬!!」




◇   ◆    ◇   ◆    ◇    ◆    ◇




 こんにゃろう……最後の最後でなんて言う技を…

 死ぬよ、あれ。あれで斬られたら間違いなく死ぬ。なんせもうイイ一撃貰ってるし。正直速く止血しないとあとに響く。いや、もうだいぶ響くだろうけど。

 それでも別にいっか、なんて思わされるんだから本当にすごい子だよ妖夢。お兄さんが褒めてあげよう。

 でもあっちが本気なんだ。こっちが最高の一撃で応え無くてどうするよ。

 今現在、僕は殺しを厭わないのなら二つの奥の手を持っている。

 一つは先生相手に行った掌底からの熱エネルギーを直接体に送り込むもの。浸透で内部を破壊するのと同時に炎変換した魔力で相手を内部からボンッ! とするえげつない必殺技。でも使えないよね、まず向こうのスピードが速すぎて当たらない。

 二つ目は師匠から言われた禁じ手破竹。あれなら絶対に中る。まず間違いなく。だからそこの心配はないんだけど……手加減出来るかな?

 いや、出来る出来ないじゃない、やるんだ。威力を絞って、なお且つ本質を保ったまま打ち出す。

 出来なきゃ負けるんだ。ならやるしかないだろ!?

 でもやっぱり怖いなぁ……


「行きますよ」

「来い!」

「人符―――現世斬!!」


 ……はやっ!?

 こん畜生! 来いとは言ったけどちょっとくらい悩む時間を……ってええい! 迷ってる暇はない!

 もう懐に入られてるんだぞ!? こっちの射程距離は実質無限だけどその分威力が……って! もう咽喉元まで迫ってる!?

  

 覚悟を決めろ大和! もうやるっきゃない!!


「破竹」


 射出されていく右手。

 腕が引き千切られそうになる感触に歯を食いしばって耐える。

 咽喉の薄皮に迫る刀が首を刈りとるよりも『先』 に、射出された拳が妖夢の腹部を捉え―――


「…ッと  ま  れーーーーーーーー!!」


 ―――無かった。

 あっ、危ない……拳が当たる瞬間に決死の願いが叶ってよかった…。

 なんとか拳が妖夢を捉えることはなかったし、たぶん生きてるはず。


「――――――」


 ……い、生きてるよね…? ちゃんと生きてるよね…?


「ぅ……」


 よっ……良かったぁぁぁ…。

 それにしても射出で生まれた風圧だけでこの威力……。師匠、そりゃあ貴女も止めるはずです。僕も出来ればもう二度と使いたくないです。こんなの受けたら間違いなく粉々になるよ。

 オマケに僕も右肩外れたし……勝ったけど結構ボロボロだし…。

 とりあえず前に師匠から貰った傷薬でも塗っておこ―――「素晴らしい闘いでしたわ」 ……このタイミングで、ですか。


「本当、素晴らしい闘いでしたわ。見ていて惚れ惚れしました」

「……お眼鏡には適いましたか?」

「ええ。貴方の存在はやはり必要だと再確認させて頂きました」

「そりゃどうも……」


 なら僕の言い分を聞いて下さいよ。

 と言うか、その前にタイムを要求します。腕外れて魔力少なくて怪我の処方してない状況で貴女となんて闘えませんって!

 

「じゃあ次は私たちの番。伊吹大和、約束を施行しましょう」


 紫さん! 本気でタイムを要求しますッ!!



勝った! 伊吹伝・完!(割りと本気で)



次回作に御期待下さい(失踪がががgggg)

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