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東方伊吹伝  作者: 大根
終章:終わりは始まりの桜
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魂魄妖夢 1

夕闇に響く剣撃の音。大地を踏み砕く剛脚のワルツ。踊っているのは一組の男女。

女の名は白玉楼御庭番、魂魄妖夢。幼き頃から剣の道を進んだ若き剣剛。二振りの刀と己の心、合わせて三つの刀を振う剣に愛された天才。

男の名は鬼子の大魔導師、伊吹大和。幼き頃から蛇の道を進み続けた魔法拳闘士。塵も積もれば山となる、をその身で実践した凡才の至った一つの極地。


月明かりの下、生い立ちも在り様も全く違う者同士がその足で地を砕き、振った腕で旋風を巻き起こしながら舞っていた。


―――迅い。僕が知っているよりももっと……ずっと!

振われた楼観剣を逆手に構えた短剣で受け止めると同時、左指から伸ばされた無数の魔力糸が妖夢を襲う。受け止められたことによって生まれた硬直を狙い、囲い、包み、切り刻まんと唸りを上げる無双の棘。


「…―――」


大理石すら抵抗虚しく両断される糸の嵐の中を、妖夢は無表情で駆け抜けて行く。迫る糸は時に弾き、時に避け、足を止めない動きで大和に的を絞らせない。


「ッまた後に……っ!?」

「……―――」


大和が目で追った先、振り返った先には既に少女の姿など影も形も無かった。


―――僕が置いていかれた!? 後!? くそっ、手傷を負うのは避けたかったけど仕様がない!


驚愕に身を委ねるのは三流。硬直するのは二流。一流は相手に隙を見せないこと。大和の師、永琳ならば一流よりも更に超一流の対応を見せるだろう。だが弟子である大和の取った選択は二流のそれだった。最早振り返って刀の軌道を読んで迎撃することは不可能なタイミング。自身の反応速度よりも僅かに上回る速さを見せる妖夢に翻弄された大和に残された手は、肉を切らせて骨を断つくらいしか残されていなかった。


「……」

「ぅっ…――――」


しかし振り向いたとき、既に長刀の切っ先が大和の鼻先に突きつけられていた。肉を切らせて骨を断つことすら出来ない詰みの一手。大和は切っ先を向ける妖夢を見ることしか出来なかった。


「……動かないのなら顔に穴が空きますよ?」

「っ!?」


完全に詰んだと思われた瞬間、妖夢は大和に問いかけた。避けろ、と。

必殺のタイミングは、それを作りだしたはずの妖夢によって態と見逃された。態と・・見逃したのだ。ただ腕を前へと突き出すだけで勝負は付いていたにも拘わらず。

ハッ、と我に返った大和は後方へと大きく後退して距離を取る。対し、妖夢はゆっくりと切っ先を降ろした。

そして息を乱した大和に向かい、侮蔑の笑みを浮かべながらこう言った。


「弱くなりましたね」

「―――」


武人にとって、己の必殺を見逃されるということは死と同義。武人としては既に死んでいるに等しい。大和も妖夢も使う獲物は違えど一角の武人。その意味がどれだけの意味を持つか、どれほどの侮辱が込められた行いかは理解している。


―――でも、次はこんな無様な真似は見せない。


しかし今の大和には武人としての誇りなど欠片も無かった。いや、妖夢自身を正面から捉えていないと言った方がいい。妖夢よりも遙かに強大で危険な存在、八雲紫に全ての思考を奪われているせいで、目の前に迫った本来の脅威になどまったく気付けていなかった。


「妖夢ちゃん・・・、次はこうはいかないよ?」

「……大和さんは何で無手で闘わないんですか? その短剣も魔力糸も、本来の闘い方からはかけ離れてるじゃないですか」

「妖夢ちゃんの後にも控えている人がいるからね」

「……―――」


故に大和はそう言ってしまった。『本気』 で相対している相手に対して『本気じゃない』 と宣言してしまった。

妖夢には大和が何を言っているのか理解出来なかった。自身の全てを掛けて望んでいた闘いになるはずだったのに、相手は自分と同じ土俵に昇っていなかったのだと言われてしまった。

そう告げられた妖夢は――――――怒った。ギチギチと柄を握る手に力が入り、刀は僅かに震えだす。

相手にされないと言う、見逃されることとは違う意味で武人としての誇りを汚されたことに対してこれ以上ない怒りを抱いた。


「―――私を舐めてますか?」

「舐めてないし、手も抜いてない。出来る限りのことはやっている」

「その結果がソレですか。それで私に勝てるとでも?」

「今までだって負けたことがないじゃないか」


―――ああそうか、私が間違っていたんだ。

妖夢は静かに天を仰いだ。

不甲斐無かった。これ程までに見下されていた自分に。相手にされなかった自分に。勝てると思われていた自分に。

既に追いついたと思っていた自分は自惚れていたのだ(大和さんは私に勝てると自惚れているんだ)

刀を向ければ本気になってくれると自惚れていたのだ(本気にならなくても勝てると思われてるんだ)

そう考えると、妖夢はどこまでも不甲斐無い自分に笑うことすら出来なかった。決着を着けようとまで宣言したにも関わらず相手にされない。


「ふ…ふふふ、ふふふふふ……」

「…妖夢ちゃん?」

「フフフ…――――――斬る」

「!?」


彼我の距離を一足飛びで詰め、長刀楼観剣を振り下ろす妖夢。その踏み込みの速さに吃驚しながらも、なんとか短剣で受け止めた大和。


「ふざけるなァッ!」

「何を…、くっ!?」


振われた刀身からの衝撃と痺れた腕を蹴り上げられ、手の内から離れた短剣がクルクルと宙へ舞う。


(マズイ! 楼観剣は短剣か無想転成じゃないと対応でき―――チィッ!」

「そんな迷いのある拳では、私には届かないッ!!」

「――グッゲホ…ッ!?」


大和が突き出した拳は紙一重で躱され、腕を突きだした無防備な体勢に妖夢の頭突きが突き刺さる。

堪らず肺の空気を全てを吐きだされる大和。思わず俯いてしまうが、歯を喰い縛って再び前を見てみると、そこには再び刀を振り下ろそうとする妖夢がいた。


「私はッ……私は貴方だけを見てきた!」

「…っなにを!」

「剣の道を究めるために歩いていた道が、何時の間にか貴方を越える為だけの道になった!」


心に秘めた想いを一振り一振りに込めて叫ぶ妖夢。感情が高ぶっているにも拘わらず、刀のキレは想いが吐き出されるたびに増していく。


「それなのに貴方は私を見てくれない! 私のことなんか道端の石と同じ、蹴れば跳ぶ程度のものだと! ―――ふざけるなっ!! 私はそう思われるほど弱くないッ!」

「…こんのッ、調子に乗って!」

「調子に乗っているのはどっちだ!? 目の前のことにすら真剣になれない臆病者の癖に!!」


二刀の鋭さは更に増し、大和の体には避けられなかった裂傷が刻まれていく。妖夢の攻撃の間隙を狙って距離を取ろうとするが、ぴったりと近づいた妖夢を引き剥がすには至らない。


(くそ、このままじゃ……やられる!? でもここで全力で当たるわけには……)

「貴方の動きを脳裏に浮かべ、常に貴方の影を追って来た!」

(なら此処で負けてもいい? そんな訳ない。僕にはやることがある、それでも―――)

「その貴方が後顧の憂いの為に全てを出せないと言うのなら、その迷いを私が断ち切るッ!」

「なッ、しまっ―――!?」


―――疾ッ!

一瞬。須臾にも満たぬ時間の流れの中ではあるが、完全に大和の目から消え失せた妖夢は神速の踏み込みの下、白楼剣で斬り捨てた。


「……」

「私の憧れた貴方を幻滅させないで下さい」

「―――は……ははは」

「……」

「くくっ、くくく……アッハハハハハ、ハハハハハ!!」




◇   ◆    ◇   ◆    ◇    ◆    ◇      




「くくっ、くくく……アッハハハハハ、ハハハハハ!!」


白楼剣は迷いを断つ剣。彼は自身の後に控えるであろう幽々子の為に温存などと考えていたのだろう。それは別に構わない。後に控えている人物は強い。だからその考えに至るのは当然の理。

―――だけど、私も強い。

それを理解しているにも拘らず、温存などと大甘な考えを捨てない彼の視線を自身へと向けるにはこれしか思い浮かばなかった。もっと上手く誘導できない至らなさに反省しながらも、祖父の残してくれた一振りに心から感謝を送った。

しかし闘いに於いて、敵に塩を送るなどという行為は愚の骨頂でしかない。だが構いはしない。彼の視線を私に釘付けにすることができるのであれば幾らでも塩を送ろう。彼との本気の仕合こそが望む闘争なのだから。


「くく…ホント、本当に僕は馬鹿だなぁ……。こんな惨めな思いをするのなら、始めから何も考えなけりゃ良かった。あ~あ、本当にみっともない。なぁ白黒。そう思わない?」

「そうだな。師匠は最ッ高ッに惨めだったぜ」

「だよなぁ。だったら……そのお返しはしないとなぁ……ッ!」


そしてその目論見は成功し、今まさに蕾から満開へと昇華しようとしている。

彼がどういう反応を示すのだろうか? どのように向かって来てくれるのだろうか? 闘争心を剥き出しにし、敵を睨みつける姿はどれだけの力があるのだろうか?

それを思うと、身体が疼くのを止めることが出来なかった。彼との仕合。待ち望んだ闘争がもう目の前まで迫っている。なればこそ、後は剣と拳で語り合うだけでいい。


「■ ■ ■ ■ ■ ■ ■――――――ッ!!!!」


放たれた咆哮が空気を振動させ、肌に突き刺さってくる。今までとは比較にならない程のプレッシャーと敵意が自身の心を掴んで離さない。魔力は輝き、気は煌き、合わさった力は幻想的な光となって彼の体を包み込んでいる。目は爛々と輝き、釘付けになって離れない視線は己の頭から足の指先までもを一分の隙もなく注視している。


―――凄まじい…! これが、幽々子様が仰っていた本物の一角ッ!


その姿を例えるのならば鬼人。鬼の子、七光と揶揄されていた彼の今の姿は鬼人そのものだった。

身体中が熱くなって仕方がない。穴と言う穴から蒸気が出ているのではないかと思うほどに熱が大気へと逃げて行く。

間違いなく興奮している。妖夢は凶暴な笑みを浮かべ、自身が彼に鬼人の姿を晒させるまでに成長したことに歓喜した。そして全力を以て自身を潰そうと向かってくる鬼人へ感謝した。

乾いた唇に舌を這わせ、来るべき瞬間に向けて身体中の力を集中させる。


―――さぁ、掛ってきて下さい。私は何時だって構いませんよ…?


「オオォォォオオッ!」


雄叫びを上げて突っ込んでくる鬼人を真正面から迎え撃つ。

―――片腕では力不足! なら、一刀に全てを賭ける!!

瞬時に判断を下して白楼剣を腰に納刀、楼観剣を両手で握る。大きく振りかぶり、上段から鬼人が放つ拳に真っ向から勝負を挑む。


「オラァッ!」

「ハァッ!!」


真正面から激突した二つの力に大地が軋みを上げ、踏み砕かれた瓦礫が二人を中心に弾け飛ぶ。吹いた突風にお互いの前髪が舞い上がり、互いに凶暴な笑みを浮かべたままの視線が一瞬が交差した。


「徹しッ!!」

「ク―――ッ!」


密着した拳を刀の刃で回し、浸透の要領で突き出された武器破壊技。刀を振動によって破壊しようとする一撃も、妖怪に鍛えられた楼観剣には僅かな効果しか得られなかった。

それでも使い手には尋常ではない振動が刀を通して伝わってくる。腕が痺れ、それは全体に行き渡るまでに妖夢は脚を動かした。

堪らず牽制の弾幕を張りながら距離を取るが、それを見逃すほど鬼人となった大和は甘くは無い。


「マスタ――――


     スパ―――――ク!!」


手加減など一切無し。直撃すれば死んでも可笑しくない極大の極光が鬼人の片手から放たれた。

その荒れ狂う暴風の前には、たかだか牽制の雨粒などは何の意味も持たない。地を抉り、そこへ生まれた瓦礫の全てを呑み込みながら迫る極光。

だが、妖夢とて伊達ではない。

地を踏み締め、歯を噛み締め、未だ震えが残る腕に喝を入れて構えて真正面から受けて立つ。

逃げる必要など在りはしない。何故なら、妖夢の手には祖父から受け継いだ最高の刀が握られているのだから。

目の前の事実は斬って真相を突きとめることが魂魄流の真髄。その魂魄流の継承者である妖夢に斬れない対象などあるはずがない。


「妖怪の鍛えたこの楼観剣に――――


   ――――斬れぬ物など在りはしないッ!!!」


気合一閃。

覚悟と共に振り切られた一刀は鬼人の極光を真正面から斬り裂いていく。

ギチギチと悲鳴を上げる体。荒れ狂う濁流の中では、如何に力による底上げを図ろうともただの小木でしかない。だがしっかりと根を降ろした小木は嵐を耐えきるどころか、嵐へと一歩、また一歩と歩み始める。

―――これを抜けて、神速の下に斬り捨てる!

妖夢は既に次の一手を考えて行動を起こしている。耐えきれるかどうかではない。耐えることが前提で話は進められている。

やがて極光はその勢いを無くし、妖夢は極光を全て一刀の下に斬り捨てた。

そして次の瞬間、妖夢の体は鬼人の視界から消え去った。


「人符―――現世斬!」


神速の踏み込みを持って吶喊、鬼人へと肉薄して斬り抜ける。鬼人の反応速度を上回る速度で斬り抜ける様は正に神速そのもの。僅かに反応した腕と共に肩から斬り裂いた感触が手に届く。

しかし、その感触にどこか違和感を感じ取った。

すぐさま後を振り替えり、鬼人を仕留めたかどうかを確認する。


「――っやはり幻術!」

「「「「「「惜しい惜しい」」」」」」」


しかしそこには消えゆく姿しかなかった。そしてその後に現れる数多くの鬼人。

鬼人の十八番、幻術魔法。嘗て何度も行った模擬戦での負け越しの原因、それが幻術魔法による幻惑だった。

実際にはあり得ないにも拘らず、本当にあるかのように映し出す幻惑の術。そしてその昇華系である有幻覚。


「―――見つけた!」

「なっ―――バッ、馬鹿なッ!?」


この二つを前に膝を屈し続けた妖夢だが、それだけに対策は嫌と言うほど試して来た。

大和を越える。その一心で妖夢は物事を心で捉えて本質を見極める、所詮心眼と言うものを会得することに成功した。


「最早私に幻術など通用しない! 今此処で競うべきは―――互いの体技のみ! いざ、尋常に勝負!!」



ここで切るのです

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