冬爛漫
―――カチン、カチン
刀の鍔を親指で弾き、僅かに露出した投身を再び鞘へ納める。その度に高い音が白玉楼の庭に響き渡る。
―――カチン、カチン
博麗の小間使い。
鬼の子で在りながらも人間寄りな態度を取る彼を、幻想郷に住まう妖怪たちはそう揶揄する。半端者、出来損ない、七光。
―――カチン、カチン
だがそれがどうした? 所詮は負け犬の遠吠え。地に這いつくばって見上げることしか出来ない者たちの、取るに足らない嫉妬の声でしかない。そんな者の評価などは何の意味も為さない。
―――カチン、カチン
私は彼を知っている。彼がどれほど強いのかを。立ち向かえば敵う者が居ないと言うことも知っている。だからこそ私にははっきりと解る。伊吹大和、彼は私の知っている存在の中で最強なのだと。
―――カチン、カチン
既に賽は投げられた。暦の上では春であるにも拘らず、幻想郷各地では雪が降り続いている。
異変……そう、これは異変なのだ。幻想郷の春を奪うと言う幽々子様が起こした異変。そうすれば異変解決の為に博麗の巫女が動く。その時は彼も動かざるを得ない。
―――カチン、カチン
幽々子様が何を考えて異変を起こそうとしたのかは解らない。ただ咲くことのない西行妖を咲かせたいだけなのか、それとも別の思惑があるのか。だがそんなことは私には関係ない。自分の思う通りにやりなさいと言われた以上、最早私には思考する必要などない。ただ一振りの刀となり、伊吹大和を斬り伏せる。それが私の願いであり、私の目標。
―――カチン、カチン
だから私は……
「妖夢、さっきからカチンカチンと五月蠅いわ。少しは落ち着きなさいな」
「すっ、すいません幽々子様。でも、何時になっても大和さんが来ないので……」
「あらあら? まるで王子様を待っているお姫様みたいなことを言うのね」
「からかわないで下さい!」
「焦ってるの? 妖夢は少しせっかちね」
「せっかちじゃありません! 例え私がせっかちだとしても、此処へ来るのが遅すぎるとは思うのが普通じゃないですか!?」
私は少し…いや、かなりイラついている。
幻想郷の春を集めて西行妖を開花させよ。そうすれば春は失われ、それは異変となり巫女を引き寄せることになる。
子供でも解る理屈のはずなのに、現在進行形で春が訪れていないのに巫女は動かない。だから大和さんも動かない。今の巫女がどんな人かは知らないけれど、少々甘やかせ過ぎじゃないかと思う。大和さんならとっくの昔に異変だってことに気付いているだろうし、私が残した伝言から犯人の特定まですぐに出来るはずなのに。なの動いてくれない。決着を着けるために毎日刃を磨いているのに来てくれない。そんな毎日を送っていれば、例え神様仏様でも苛立つのが当たり前と言うもの。
「気長に待ちましょう。このまま桜が咲くのであれば花見に呼んでよし、異変解決に来るのならそれもまた良し。長い人生、待つことも必要なの。解って?」
「私には理解しかねます……」
「理解しかねます、じゃなくて理解しなさい。そんなことじゃ負けるわよ?」
「負けません! 何度も何度も、大和さんの事だけを考えて修行してきたんですから!」
「なら勝つも良し、負けるも良し。でも妖夢、今回は貴女が主役ではないの。それだけは憶えていてね?」
「解っています。主役は幽々子様ですから」
私の言を受けて苦笑する幽々子様。
私だってそれくらい解っています。私と大和さんは脇役。主役は幽々子様と博麗の巫女。従者の立場である私が主人より前に出るなんてことはありません。だから脇役は脇役同士、場面の端でやらせて貰うつもりです。思いっきり真正面から!
「妖夢、お願いだから醜態だけは晒さないで頂戴ね?」
「大丈夫です! 絶対に負けませんから!」
だから早く来て下さい。いい加減私も暇で仕方がないですよ、大和さん。
◇◆◇◆◇◆◇
「なぁ霊夢」
「ん~? 何かしら?」
「春……来ないなぁ」
「来ないわねぇ…。去年の今頃は桜が咲いていたのに」
「それなのにまだ雪が積もっているって言うんだから凄いよね」
寒い冬空の下、炬燵に入って一緒に寝転がれるまでには霊夢と打ち解けれた。今じゃごろごろしながら何でもない話まで交わせるまでに発展して、もうお互いの垣根なんて遙か昔のことのように思える。
それでも全部知った知られた関係と言っても、やっぱり最初はお互いギクシャクしてた。それも今じゃ昔に零夢と話していたような感じ……とはちょっと違うけど、似たような感じで接しられている。新婚夫婦みたいな雰囲気も時が経つにつれて無くなっていった。……実はちょっと残念だったり。あの頃の霊夢はまだ緊張してて余裕がなかったのか、かなり初心で可愛かったからなぁ。
今も今で良いんだけどね。
「地球温暖化とか言う現象がここまで深刻になっているなんて聞いて初めて知ったわね」
「そうだね。…ところで地球温暖化ってなに?」
「……さぁ? 炬燵に入って温かくなる人が増えることじゃないの?」
「ああ、地球規模で炬燵でぬくぬくすることだね、納得。それにしても……炬燵はやっぱり最高だなぁ」
「炬燵に蜜柑。これさえあるのなら何時までも冬でいてくれていいわ」
同感だ、まったくもって同感だ。炬燵に蜜柑に霊夢とのまったりした時間。これさえあれば別に紫さんのことなんてどうでもいいじゃない、なんて思えてしまうんだから炬燵の魔力は怖いよねぇ。
でも流石に動き出さないとマズイんだろうなぁ……。
こんなに冬が長引くのはどう考えても異変で、僕らはそれの解決役。職務怠慢は零夢が嫌っていたことでもあるし、そろそろ夢に出てきて怒るかもしれない。それはそれで嬉しいんだけど。
「そう言えば大和さん、冬に魔理沙と約束があるとか言ってなかったかしら?」
「……誰だそれはと言おうと思ったけど三秒で思い出した。そう言えばそんな約束もしたような気がする」
確か妹紅に鍛えて貰っているんだっけ? どれだけ出来るようになったのかは知らないけど、やっぱあの子をもう一回弟子にするのは無しだ。遊び程度で魔法に手を出すと火を見る……って、そう言えばパチュリーにもう泣かされたんだっけ? せっかく人が箒やら八卦炉やら都合をつけてあげたのに醜態を晒して……それなのによくもう一度始めからやろうなんて思えたものだ。何気に一郎さんの血も混じっている癖によくも変態にならなかったものだと褒めてあげる。あ、好きなことに一直線なのは同じなのかもしれないけど。
「もう冬は過ぎてるから約束は無効でいいよね」
「何言ってるの。外はまだ冬よ、冬。なら約束は施行されるべきじゃないかしら?」
むむ、確かに外はまだ冬だ。でも暦の上じゃもう春さえ過ぎ去って行きそうなんだよ? うん、そうだ。暦の上じゃもう冬はとっくの昔に過ぎ去った話だ。だからあの約束は無かったと言うことに―――「師匠! 約束の日だぜ!!」 噂をしてたら来やがったよこの子。
「魔理沙、玄関は向こうよ」
「悪いな霊夢、次からは気をつけるぜ。それよりも師匠! 約束の日だ!!」
「白黒魔女っ子、言っておくけどお前に次はないからなー。更に言えば今は春だ。そして更に言わせてもらうと、僕が居る時に二度と神社には来るなよー? わかったか?」
「なるほど解った。 つまり試験は一度しかない。そして外の雪を見て春だと言えるくら師匠の頭は春になってる。そして今度は師匠からは師匠と一緒に神社に来ればいいんだな?」
…喧嘩を売ってるのだろうか。僕の頭が春だとか、僕は喧嘩を売られているのだろうか? ―――いやいや、待て待つんだ伊吹大和。霊夢の前だから少しクールに行こう。お父さんは余裕のある所を見せないと駄目だからね。それに僕はこれでも大魔導師、そう易々と弟子をとる訳にはいかない……はず。何と言っても威厳が無くなってしまうからね。それに第一、僕はこいつが嫌いだ。
「何言ってるの魔理沙。大和さんの頭は春じゃないわ」
おお霊夢、流石は僕の娘。お父さんの頭は春じゃないとはっきり言ってくれてありがとう。そして是非とも僕の素晴らしい所を魔理沙に言って追い返してくれ。
「ボケてるんじゃないわ。ただ馬鹿なだけよ」
「―――おお、納得だ。それなら妹紅の姐さんが言ってたことも理解できる」
たぶん、僕は今泣いていい。声を出して泣いていい。
母さん、我が子の反乱ってすごく堪えます。近くに居るだろうから声には出さないけど、全部終わったら全力で親孝行させて貰います。
「妹紅はお前に何を吹き込んだんだよ」
「師匠については大抵のことを聞いてきたぜ。どんだけ無茶やってたかもな」
「そうかい。それと白黒、僕はお前の師匠じゃない。大和様か伊吹大和様と呼べ」
「つれない奴だな師匠。もっと面白い奴だって話を聞いてたんだが反応がいまいちだぜ」
駄目だこいつ、話が通じない。別れる前はまだマシだったのに、今じゃ手の施しようがないくらい酷くなっているぞ。
「お前さ、よく恥ずかしいとか思わずに会いに来れるよな? 僕には到底できないぞ」
「姐さんに言われたさ、私の悪いところは我と押しが強過ぎるところだってな。でもそこが一番良いところだとも言われたぜ。更に付け足すなら、師匠は押しが強い奴に弱いってな」
ぁんの焼き鳥もっこすめ……今度あったら唐揚げにしてやる。魔理沙に要らんこと教えるなとは言ってないけど、そんなことまで教えなくていいだろうに。
「それに私だって恥じらいくらいあるぞ。でも私が一時の恥をかくだけで教えてくれるって言うんなら幾らだって掻いてやる。それくらいふてぶてしくなかったらこの先やっていけないからな」
「……あ、そ。でももう春だから期限切れ。大人しく帰れ。どうしても魔法を習いたいんだったらアリスにでも頼めば「別にいいじゃない。試験くらい受けさせてあげたら?」 ……霊夢、冗談キツイよ」
「大和さんは春だって言うけど、外はまだまだ冬本番よ? なら試験くらい受けさせてあげればいいじゃない。それで駄目ならその時は魔理沙が諦めればいいだけの話。違う?」
「……この際だからはっきり言っておこう。僕は魔理沙を弟子にするつもりはないんだ。一度逃げだした者をもう一度鍛え直す筋合いも無いし、鍛え直すつもりもない」
「大和さんと魔理沙の間に何があったのかは知らないわ。でも大和さんは試験をすると約束したのでしょう? 嘘は吐くけど約束は破らない。大和さんはそういう人だったでしょ?」
……痛い所を突いてくるね。まさか霊夢に魔理沙を擁護されるとは思ってなかったよ。
「だから試験くらいなら別にいいじゃない。ね?」
「……はぁ、解ったよ。やればいいんだろ、やれば」
「悪いな霊夢。態々異変解決まで伸ばして貰って」
「別に。炬燵に入ってごろごろ出来たから丁度よかったし。…あ、あとで約束の賽銭入れといてよね」
……は?
「ちょ、ちょっと待て。どういうこと?」
「何だ師匠、霊夢から聞いてなかったのか? まぁ当然と言えば当然だが…」
「霊夢?」
「あー……大和さん? 別に大和さんを騙そうとか思ってやってたわけじゃないから。ただ……そう! 私も大和さんと一緒に炬燵でぬくぬく出来る時間も増えるし一石二鳥かなぁ~、なんて…」
「……後でゆっくりお話しようか。僕らは今一度話合う必要があると思う」
「え? やっ、大和さん? やだ、そんな怖い顔しないで?」
成程成程、お父さんは娘に良いようにやられていたと言う訳ですか。子供は甘やかすだけじゃ育たないんだね? そうなんだよね、母さん。僕はまた一つ理想の親に近づいた気がするよ。やっぱり父として厳しくしてあげないと駄目なんだ。うん、大和お父さんは今日から教育パパになるから。そこんとこよろしく。
「―――失礼します、ってあら、取り込み中でしたか」
「良い所に来てくれたわね! えぇっと……レミリアのとこのメイドだったかしら? 何しに来たの?」
「いえ、お嬢様から言伝を任されていたのですが……今お時間よろしいですか?」
「私と師匠はよろしくないけど霊夢なら空いてるぜ。今から大事な試験があるからな」
「何言ってる。お前なんぞよりもレミリアからの言伝のほうが一億倍重要に決まっているだろうに。咲夜ちゃん、言伝って?」
「咲夜ちゃんではなく咲夜です。咲夜様でも可ですが」
ああ言えばこう言う。魔理沙も咲夜ちゃん、果てには霊夢まで。まったく若者の相手は疲れるよ。やっぱり僕みたいに落ち着きがないと駄目だよね、うん。まぁ数年しか生きていない若者に言ってもどうしようもないんだろうけど……って何だ君たち。言いたいことがあっても年上に逆らっちゃ駄目なんだぞ? 頑張って耐えなさい。僕だってそうやって師匠たちから生き残って来たんだから。
「どうしようもない人は放っておいて……お嬢様の言伝は『外が寒いから春をプリーズ』 です」
「……」
「……」
「……」
…まぁ、なんだ。レミリアらしいと言えばレミリアらしくていいんじゃないかな? 咲夜ちゃん以外はレミリアがそんなことを言うのが信じられないのか呆然としてるけど。あ、そう言えば霊夢はそれなりに会話もしてたっけ。魔理沙は当主モードのレミリアしか知らなくて当然だろうけど。
「じゃあ異変解決にでも行きますか。レミリアのお願いなら聞かざるを得ないからね」
「大和さんが行くって言うのなら私も行くわよ?」
「いや、本当は霊夢が異変を解決するぞ~って言わないと駄目なんだよ? その辺りちゃんと解ってる?」
「解ってる解ってる。ちゃんと解ってるから大丈夫よ」
「職務怠慢。巫女としての仕事をしないのもお話の種だね」
「行くわよ大和さん! 幻想郷の未来は私たちの手に掛っている!」
大丈夫か霊夢。本当に大丈夫か霊夢。僕は非常に心配になってきた。でも―――そこが家の子の可愛い所なんです。可愛いからこそ厳しくしないといけないのについつい甘くしちゃって……。でも僕はもう決めたから! 零夢とは違った形で霊夢を博麗の巫女に相応しい子にしてあげると! だから涙を堪えてきつく接するよ!
「盛り上がっている所悪いんだが、私の試験は何時してくれるんだ?」
「後回しに決まっているだろ。身の程を弁えろ魔女っ子」
「なら私も付いて行くぜ。自慢になるが、これでもあの頃に比べればかなりパワーアップしてるから役に立つと思うぜ?」
「何言ってる。試験は僕とのスペルカード戦に決まって――――いや、そうだ。別に付いてきていい。ただし、付いてきて結果を残すことが試験だ。それが条件だからな?」
「十分だぜ! へへ、私の成長度合いを見て驚くなよ?」
よくよく考えてみると、魔理沙を連れて行くことに関して僕にマイナスになることは一つもない。それに誰がこの異変を起こしているかくらいの見当は着いているんだ。
第一ここに至るまでのヒントを置いて行き過ぎている。紫さんとの約束が冬だったこと。そして妖夢ちゃんからは決着を着けようと言われたこと。この二つだけでも紐解くことが出来るけど、最後の一押しになるのが紫さんと幽々子さんが親友と言って差し支えないほどの関係だと言うこと。今になって漸く解ったよ妖夢ちゃん。君が何で僕と決着を着けようなんて言葉を残していったのか。
おそらく君は紫さんにとっての当て馬だ。君がどれだけ出来るようになったかは解らないけど、紫さんが藍さんじゃなくて君を選んだくらいだ。それなり以上に出来るんだろう。それなら僕の消耗は必至。紫さんはその消耗させた所を突くつもりだったんだろうけど……残念、今の僕にも丁度いい当て馬がいる。それは魔理沙だ。弟子入りと言う餌を撒いた魔理沙には精々奮闘してもおう。妖夢ちゃんには悪いけど、今回だけは絶対に消耗するわけにはいかない。ただでさえ少ない魔力を使う訳にはいかないんだ。悪く思わないでよ?
「では私もご一緒させて頂きます」
「メイド、たしか咲夜って言ったっけ? レミリアは放っておいて大丈夫なの?」
「ええ。お嬢様からはお二方に付いて行くよう指示を受けています」
「…咲夜ちゃん、ちょっと僕と目を合わせてくれる?」
「何か疾しいことをするつもりですね。お断りします」
「そんなつもりは断じてないから!」
「それでもお断りします」
「ああもう! ……繋がってるのかだけ聞いておきたいんだけど」
「――――――許可が出ましたのでお答えします。繋がってます」
「あ、そう」
過保護と言うか何と言うか、やっぱり気になってくれているんだね。何と言っても一世一代の大一番。他の使い魔も当然放っているだろうけど、咲夜ちゃんを直接遣わすほど気になって仕方がないんだろう。優しい吸血鬼と魔女、いい友人を持ったもんだよ。
それに僕の影の中に潜む子と、見えないまでに粒子化している過保護な母親。さらに僕を見つめる気配を探してみれば……やっぱりいた。これは永遠亭、こっちは……華扇さんの動物…かな? どうやって視覚共有をやっているのかは知らないけど、やっぱり心配してくれているんだろう。
「さぁて……じゃあ行きますか!」
「でも大和さん、何処に行くの?」
「冥界にある白玉楼。たぶんそこが異変の犯人の根城だ」
気合い入れて行こう。みんなが僕を心配と応援をしてくれているんだ、絶対に負けられない。
勝って、僕の考えが正しいことの証明をしてやる。僕がやれると言うことを見せてやる!
寝れるものなら一週間寝続ける生活を送りたいじらいです。今回も文字数は少なめの6000ちょっと。早く更新が出来て良かったです。
妖夢が完全にアップを始めました。その妖夢と魔理沙は今回脇役? いいえ、名脇役です。むしろ主役級でも十分通用する…はず。むしろ問題は咲夜の扱いです。予告編通りにしようとしても、中々咲夜のシーンが考えられませんorz 愛が足りないと言うことなんでしょうか? 愛を注入する必要性があるかもしれませんw
次回は激突一歩手前までの予定です。各々の相手との会話で、入れるのなら戦闘の触りくらいまでやるつもりです。道中は無しで、一気に白玉楼まで飛びます。
軌跡シリーズやっていると、軌跡の二次を書きたくなってくる…orz 誰かオススメの軌跡SSあれば是非とも教えて下さいor2