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東方伊吹伝  作者: 大根
終章:終わりは始まりの桜
169/188

八雲紫と言う妖怪・伍

これが紫編最後の話です

~長~



「月からポッドが堕ちてきた? ホンマかいな、シロ?」

「ん。見てきたから…間違いない……」


おいおい、幾らなんでもこのタイミングで堕ちてくるか? 今日は久々にお嬢ちゃんの報告が聞ける日やし、ウチの見立てやったら鬼の一匹や二匹に見つかる頃合いやのに。なにもこんな時に堕ちて来んでもエエとは思うんやけど……侭ならんもんや。でもどうせウチらみたいに月での同族殺しで生き残った奴なんやろ? だったらそれなりに使えるハズ。降りていきなりで悪いけど、ウチと一緒に死んでもらおか。


「シロ、そいつは使えそうなんか?」

「……身体的損傷、精神的損傷は皆無」

「ほぉ~、それは期待大やな。完全体ってやつか」

「うん。でも……」

「でも?」

「弱い」

「……そらまた難儀なやっちゃ」

「…私は目が視えない。腕が片方ない。……でも強い。普通の鬼だけなら…私だけで十分」

「そない言うたらアレや。ウチかて腕が片方ないけど、全快やったら鬼ババ以外を片手で絞め殺す自信があるで」

「長…化物……」

「いやぁ、そない褒められると照れるなぁ」


とは言っても、ウチはもうそろそろ天に召されそうやからな。そない人間離れしたことはもう出来んやろ。やから早いとこ鬼に見つけてもらわなアカンのやけど……


「長」

「なんや?」

「ここに居るみんな、全部長のおかげ。長の為なら、みんな喜んで死ぬ。二人の為なら、命投げ出す」

「…ウチはエエ家族を持ったな。じゃあ一緒に死ぬか」

「でも……長は駄目。長は希望。みんなと二人の希望。死ぬの、駄目」

「そらどうも」


そう言われてもなぁ。放っておいても老衰で死ぬし、どうせ死ぬんやったらあの鬼ババくらい一緒に連れていったる気でおる。今のウチに出来るかは解らんけど、刺し違えることが出来るんやたら儲けものやろ。新しい時代を創ろうとしてる紫のために、送り狼は一匹も残さんつもりやからな。


「お、このポッドも懐かしいな。さてさて、お月さまからの贈り物は……おいおい、随分と小さくないか?」

「…この子が新しい家族」

「そうやけどもシロ、これに弱い強いは関係ない。まだ赤ちゃんやないかい」

「赤ちゃん?」

「そう。お乳飲んで泣くんが仕事の赤ちゃんや。闘うことなんて以ての外、お母ちゃんに守られるのが普通なんやで?」


まさか赤ちゃんがそのまま落ちてくるはなぁ……月で何かあったんやろか? まぁそれはそれでええか、今となっては何の関係もないし。それよりも気になるこの子は……


「基礎能力低過ぎやろ。人間の子供と変わらんで」

「だから弱いって言った…」

「魔力値は―――――可哀相に……」

「お察し下さい?」

「この分やと成長しても目が向けられんかもなぁ……」

「あイタタタタタ?」

「かなり痛いで、これ。健康の代わりに力の全部を置いてきたって感じや。……まぁ嘆いても仕方ない、こんな可愛い子でも巻き込まれるのが決まってるんやからな。一応死に様を見て、ウチの記憶の中にでもこの子の存在を残しておこか」

「私も」

「よっしゃ、じゃあこの子の未来を見るで?」

「ん」


能力を発動させて視ると―――燃える村、飛び交う怒号……倒れ伏すウチの家族。

やっぱり勝てんかったか……っと、あれはウチとシロか? 対するは鬼ババとちっこいのに大きいの、三対二とはこれまた豪勢なことで。…って待った待った、何が嬉しくて自分の死ぬとこ見なアカンのや。必要なのはこの子の死に様やっちゅーの。えぇっと――――――!?


「シロ!」

「……」

「見たか!? この子の未来、見たか!?」

「見た…。でも、信じられない……」

「信じられんでも、それがこの子の未来や。一言で言ってみると……救世主か?」

「希望…」

「おお、そっちの方がええな。この子はウチらの希望や」


やっぱりウチらが死ぬことに意味はあった。

ウチらが死んでもこの子が希望になる。ウチらの全てを背負ってでも重く感じることなく、我が道を想うままに突き進む。そこにあるのは『みんなの笑顔』。お嬢ちゃんが望んだものを、この子がお嬢ちゃんと一緒に果たしてくれる。ウチらとは違って本当の意味でお嬢ちゃんの助けをすることになる。それをウチの家族がやで? これほど嬉しいことはない。


「長! 大変です!!」

「どうした? 焦るんはええけど騒々しくしたらアカン。この子が泣いてもウチから乳は出んのやで?」


可愛く眠っているこの子を見ているとき、家族の一人が血相を変えて走ってきた。なんや騒々しい、赤ちゃんは繊細な子なんやで? あやし方もよう解らんのに泣かれたら困るやろ。煩い奴で悪いなぁ、おチビ。謝るから泣くんだけは勘弁してな?


「狩りに出ていた連中が鬼と遭遇! 戦闘状態に入りました!」

「…ほう―――――で、数は?」

「一人です! 単独行動中だった模様!」


…と言うことは索敵中だったわけか。成程成程、漸く見つけてくれたわけやな? でもちょっとばかり遅いっちゅーねん。ウチは村のもんにもう全て話して了承を受けてる。つまり各々の戦闘準備は完了しとるわけや。そんなところにのこのこと来るとはなぁ……運が無い奴や。


「一人だけとはエライ舐められたもんや。―――シロ」

「どうすればいい?」

「殺せ。片腕捥いで、ここから一番近い道沿いに捨てろ。ウチらの存在を鬼へと知らしめろ」

「了解」


闘いには一家言持ちの鬼には悪いけど、この村で二番目・・・に強いやつで我慢してもらおか。残念ながら一番ウチには先約があるからな。その時までに力を残しとかなあかんのよ。





◇◆◇◆◇◆◇



~鬼~


人も妖怪も滅多に訪れることがないであろう秘境。大将に探せと言われたのはいいが、どれだけ探しても見つからないことを不思議に思った私はそこを目指した。何故そこを目指したのかと言われると答えに困る。ただ何となくそこではないのか? そういう確信があった。


そして三人の人間を見つけた。前情報通り全員が同じ顔をしている。間違いは無いだろう。

どうやら狩りの最中だったらしく、三人はそれぞれ弓と矢を持っていた。大将が強いと言っていた通り、遠目から見ても解る力の大きさに表情が綻ぶ。


―――少し揉んでやるか

自分には自信があった。どれよりも強い種族であり、その中でも上位に食い込む俺を止めることが出来るのは四天王だけだろうと。妖力を滾らせて地を蹴ると、それに気付いた三人はいきなり振り返り、膨大な力が込められた矢を放ってきた。それを躱すが躱した先にも次々と、まるで避ける場所を先読みしているかの如く正確無比な矢を放ってくる。

―――面白い、相手になってやる

見つけ次第知らせろとの命令だったが、もう殺し合いは始まっている。背中など見せられるわけがない。仕留め損ねるなど以ての外だと思った。それにあの三人は強い。俺でも倒しきれるか解らないが、それでも今なら獲れる自信があった。


身体に妖気を滾らせ、更に三人へと肉薄する。あまりにも一瞬のことだったからか、誰も懐に入った俺の姿を目で捉えられていなかった。


「もらt「獲った」 !?」


―――何時の間に!?

俺と標的の一人、今まで誰もいなかった空間に何時の間にか女が立っていた。しかも俺の振り切った拳を掴んだ状態で。


「腕…貰う…」


一瞬の出来事だった。気付いた時には、俺の手が肩から千切られて女の手に収まっていた。


「―――ッやるな! だが、それだけに滾る!!」


嘗てこれほど強い相手に会ったことがあっただろうか!? いやない!

俺は嬉しかった。まさかこれほどの兵と闘う機会を得られようとは、鬼名義に尽きる!!


「参るぞ! 名も知らぬ少女よ!!」

「…私達の為……二人の為に死ね」


女の姿が視界から消えた時、俺の視界は真っ赤になった。





◇◆◇◆◇◆◇




~長~



「久しぶりね、オサ。もう立っても大丈夫なの?」

「久しぶりやなお嬢ちゃん。もう大丈夫、ウチも明日は仕事に出るからな」

「それは良かったわ。でも藍お姉ちゃんがまた薬草採ってきてるから、後で貰っておいてね」

「いらん言うたのにまたかい。まぁええ、受け取っとくわ」


シロが服を真っ赤に染めて帰ってきてから少しした後、お嬢ちゃんと藍がやって来た・・・・・。やって来たやで? 帰って来たと間違えたらアカン。今でも二人の家はあるけど、実質出て行っているのと同じやからな。

それにしても……と思う。

小さい頃は元気だけが売りの豆粒みたいな子やったのに、少し時が経てば美女になってるんやから、女ってのは怖いもんや。


「どうや? もう諦めたんか?」

「ふふん、残念ながら私は絶好調よ。実は楽園に住んでも良いって言う人達の集落が出来あがったの。もうそこで暮らしているわ。妖怪の方も私の話を聞いてくれるようになってきたし、もうオサの負けは確定ね」

「いーや、まだウチは絶対に無理やと信じてるで」


そら良かった。お嬢ちゃんが頑張ってくれなウチらも浮かばれへんからな。せめてシロを含めて何人か残してやりたかったんやけど、あの鬼ババはやるって言ったらやる奴やからな。一人も残らんやろ。

でも希望の種も落ちてきたし、お嬢ちゃんの夢も順調に進んどる。これで心置きなく逝けるっちゅうもんや。


「……ねぇ、オサ」

「なんや?」

「本当に今でも無理だと思ってる?」

「なんや、今になって不安になって来たんか? ったくお嬢ちゃんはこれやからなぁ……」

「べっ、別にそんなんじゃないわよ。……ただ、何で長がそんなに嫌がるのかと思って…」


……言えんわなぁ。同族殺しておいて幸せになるのはお門違い、なんて子供みたいな言い訳は。ぶっちゃけると、何時月に連れて帰られるか解らんから迷惑掛けたくないだけなんやけど。それが情けないからって理由だけでずっと黙ってたけど、やっぱり最後まで言えんかった。すまんなぁ……。


「そらお嬢ちゃん、夢物語やからな。あの時に言ったやろ? 幸せには質や量の違いがある。やから欲が出て争いが生まれる。結果、崩壊する。誰もが等しく幸せな世界なんて、ウチには信じられんのよ」


それも今朝の間に嘘になったけどな。あの子……未来じゃ大和って名前やったか? そう名付けられたチビとお嬢ちゃんが一生懸命になってる姿を見たら、ウチだって信じてみたくなったよ。でもウチにはそれは叶わん。やからウチは心の中で応援させて貰うで? 頑張れって。


「そっか……。でも長、私は絶対にやり遂げてみせるから。後で泣いたって許さないんだからね?」

「許して貰わんで結構。やけど……それがお前の根っ子やな。大切にせぇよ、紫」

「…!? オサ、今私の名前――――」

「エエから黙って聞いとき、長の為になる説法や。―――――ええか? お前はこれから辛い目に合うことも多いはずや。もしかしたら心の底から折れそうになることもあるかもしれん。壊れてまうかもしれん。でもな、それでも今のお前の中にある根っ子を忘れたらアカン。誰もが幸せになれる楽園を創る。それがお前の根っ子や。忘れたらアカンで?」

「オサ……」


それでもお前は壊れる未来が待ってるんやけどな……他でもないウチらのせいで。そうさせてしまうのは心苦しいけど、ウチの後輩が何とかしてくれるはずやろうからそれで勘弁してくれ。

そして今はまだ名前のない大和。お前にもだいぶ酷なことをさせて悪いことをするけど、それはお前の生まれを怨んでくれ。でも視た感じ、お前は怨まんのやろうけど……ま、好きにしたらええ。

ウチがお前に出来ることとして、お嬢ちゃんの心に出来る限りのことは伝えたつもりや。紫が心から想っている『誰もが幸せな世界』 はこれから崩壊する。でも心の中では望んでるはずなんや。それを引き出すことが出来るのはたぶん、ウチと同じ存在のお前だけ。ここにおる誰よりも強いお前の心や。だから頼んだで、未来の伊吹大和。


「これにて長の説法は終わり。ほれ、シロと遊んでき」

「あ……うん。…オサ」

「なんや?」

「頑張るから。私、頑張るから。だから私のこと、しっかりと見ててね?」

「―――――おう。任せい」


……ふぅ、行ったか。それにしても危なかった、最後の最後で本音が出てまいそうやったわ。せっかくここまでカッコつけて来たんやさかい、最後までカッコいい長でおりたいもんな。最後にヘマするなんてふざけた真似は出来んで。


「―――良かったのか」

「ああ、これでええ。あの子にしてあげることはした。それに助けるつもりやったのに、何時の間にかウチが助けられてたしな。これ以上はないやろ」


ウチが面倒見てあげるつもりやったのになぁ……。何時の間にか、ウチらの今後まで考えて行動するまでに成長してからに―――ってなんや、景気悪い顔して。あんさん、今にも泣きそうやで?


「……そうか。なら私からは何もない」

「あんなに小さかったのになぁ…。今ではウチなんかよりも大きくなってしもて……」


ウチ泣いてまいそう。あんなに胸まで膨らんでしもて、悪い男に引っ掛からんやろか? ウチの最後の心配ごとはそれだけやわ……。娘が嫁入りする親の感情がこんな感じなんやろか? いやぁ、エエ体験までさせて貰いました。


「お前とこの村が紫を育てたんだ。誇っていい」

「このあと大泣きさせるのにか? そりゃアカンやろ。それに誇るべきやつはもう居る」

「…? 誰だ、それは。お前の知り合いか?」

「ウチが良く知ってるやつや」


ついさっき一方的に知ったばかりやけどな。あんさんがそれを知ったら何て言うんやろ? あのおチビが居らんかったら紫がどうなったか解らんって言ったら……怒るやろな。紫至上主義のあんさんのことや、死んだ後にもう一回殺されるかもしれん。でもあの子が落ちてきて良かったわ、ホンマ。


「ウチらはもう必要ない。時代は若いやつが創って行けばええ。ジジイは引っ込んどれってな?」

「お前って奴は本当に……素直じゃないな」

「あんさんに言われたくないわ」


全部吐き出して泣いた方が楽やで? ……ん? ウチ? ウチは強がるで! どうせ今日明日に死ぬんや、泣くほどのこともない。


「今朝、鬼が一人やって来た」

「………」

「早ければ今日、明日中には全部終わる。あんさんは何も聞かずに紫を連れて何処かへ行く。ええな?」

「……ああ」

「よっしゃ、じゃあウチが適当に言い訳を作ったる。一週間くらい大陸で過ごせば――――「長」 …なんや?」

「最後に一つ、私の願いを聞いてくれないか?」

「ええよ? 最後やし」

「……名前、呼んでくれ」


―――――可愛い奴やな、あんさんは。


「藍」

「もう一度だ」


さっきまで泣きそうな顔してたくせに……現金な奴め。


「藍」

「……あぁ」

「藍」

「………ッ」

「藍、泣くなよ」

「泣いてなどいない!」


結局泣きやがって。見てみぃ、周りからの目が痛いで? これじゃあ男と女のラブロマンスやないかい。


「藍」

「……なんだ」

「紫のこと、頼んだで?」

「……嫌いだ、お前なんか」

「あ、そう。ウチは藍のこと、す―――嫌いやないで?」

「………」

「睨まんといて、濡れてまぅ……」

「先に死ぬか?」

「止めて。本気で止めて」


ホンマに可愛いな、藍。お前みたいなエエ女の涙を見たら惚れてまうやろ。自重せぇ。


「じゃあ紫を呼ぶで? 湿っぽいのは嫌いやからな」

「―――そうだな、お前には似合わない」


泣きやんだ藍に向かって笑い掛ける。藍もウチに笑い掛ける。言葉にせんでも解るってのはこういうことを言うんやろな。お世辞にもエエ人生やったとは言えんけど、案外幸せってのは何処にでも転がってるもんなんやな。なんせ、気紛れで連れてきた二人が持ってたんやから。


「おーい紫、ちょっと頼みごとしたいんやけど」

「はいはい……っと、何かしら?」

「大陸まで香辛料買いに行ってきてくれ。今すぐ」

「ええ!? 今すぐって……まだ帰って来たばかりなのに!」

「ええやん。美味いもん喰いたいやろ? 香辛料がどうしても必要なんや。あ、スキマ使うの禁止な」

「……どうしても?」

「どうしても」


くっく、悩んどる悩んどる。ウチは頼みごとなんかしたことないからな、どうしようか迷ってるんやろ。こうやって悩む姿は昔と何にも変わってないなぁ。


「解ったわ。じゃあ超特急で行ってくる。藍お姉ちゃん!」

「ああ、行こうか。―――去らばだ、長。幸運を」

「おう。二人も気をつけてな」

「じゃあシロ、帰ってきた直ぐで何だけどまた出かけてくるわ。帰ってきてからまた遊びましょ」

「……ん。紫も、気をつけて」

「ありがと。あとオサ!」

「なんや?」

「身体、無理しちゃ駄目よ? まだ治ってないのに、私が帰ってくるからって無理してるでしょ。ゆっくり寝てること。いいわね?」


―――ッこいつは! ホンマに!


「――――――おう。ゆっくり寝かせて貰うわ」

「それじゃあ「紫!」 …長?」

「元気でな! 怪我すんなよ! あと……頑張れよ!!」

「…? 変なの。オサこそ元気でね」


――――――泣きたくなるほど辛いなぁ!!





▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲




「始めに言っておく。逃げたい奴がおったら言ってくれ。逃げる時間は稼いだる」

「長…そんなの、いない……」

「ドアホ。こういうのは様式美って言ってやなぁ「久しいのぉ、長」 ……鬼ババ、今からがエエとこなんやけど」

「それは済まんかったの。お主のことじゃから、それは面白い演説を聞かせてくれるのじゃと思っての? 急いで来たところじゃ」

「そらどうも。それにしても……エライ少ないな。足りるんか?」

「ざっと100と言った所かの? 前にお主が言っておった派手な戦にしたくての、これでも少し気合いを入れてきたんじゃが……足りんかったか?」

「長……要らないこと、言わないでよ…」

「そう睨まんといてぇなシロ。もう何百年も昔の話なんやで?」

「くっくっ……ではもういいかの? 私の子供たちも、あのような挑発を前に黙っていられるほど出来てはおらんのでな」

「そら悪かったな。……でもウチの家族も負けてへんで? やるだけの理由があるからな」

「ふむ……では見せて貰おうかの。お主らの決死の覚悟を」

「行くで、お前等。死ぬ時は笑顔で死ねよ? 後で見る奴のためにな」




▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲




~灰から黒へ~



「――――――なによ、これ……」


買い占めてきた香辛料を背負い、紫と藍は村へ、嘗て村であった廃墟と帰って来た


「…何が……何が起こったの……?」


綺麗に整えらていた道は抉れ、嘗て耕した畑は見る影もなく荒れ果てていた。残っている物といえば、辛うじて家があったと思われる基礎の部分だけ。何時もの見慣れた風景は、既に失われている。先日帰って来た時に見られた、家族が楽しげに暮らしていた村はそこにはもう無い。あるのは焼け焦げて灰になった家々と、流れ出した血も固まっている村の者たち。その全てが既に事切れていた


「オサ……? シロ……? みんな……ッ!?」

「………紫」

「ッ長の家に!!」


紫は走った。荒廃した村の中を駆け、一目散に長の家へと向かって走った。表情は強張り、道中に倒れ伏している家族を見ては背中を悪寒が襲った。その後を藍が追う。ゆっくりと、事切れている一人一人の姿を目に焼きつけていく。すまない、すまないと繰り返しながら。しかし藍の謝罪を必要ないと言わんばかりに、目には映った者はみな、皮肉にも笑顔で事切れていた。


(…何でこんな……何で!?)


いったい何が起こったのか。いったい誰がこんな酷いことをしたのか。これは悪い夢だと、怖い夢を見ているのだと信じながら、それでも紫は走らざるを得なかった。

涙を流しながら紫は走った。行きなれた長の家。しかし、やはりそこにも家は無かった。あったのは灰になった木材と―――


「家が……ッオサ!? オサァッ!!」


―――既に事切れている長の姿だった


「藍お姉ちゃん! 藍お姉ちゃん!!」

「……ッ……」


自身の血と返り血を頭から被っている長の身体はどす黒く変色していた。長時間放置していたせいで、血が固まってしまっているのだ。腕や足も本来と違う方向を向いており、腹部には何ヶ所も風穴が空いている。そんな痛々しい姿の長は―――笑顔を浮かべていた。紫を褒める時、藍をからかう時、村人と食事をして働く時…。何時でも見せていた笑みのまま、長の表情は固まっていた。


「ちっ治療を、藍お姉ちゃんも手伝って!」

「………」

「……何やってるの!? 早くしないとオサが「紫……もう…」 ――――――」


必死に治癒を掛けようとする紫を、藍は静かに止めた。後ろから優しく抱きしめ、細い身体を包み込む。その腕も身体も、嗚咽混じりの声を同じように震えていた。


「ぅっ……ぅぅ…」

「……なんで」

「……」

「何でよ!? 誰がやったのよ!? オサたちが何をしたって言うの!? みんなここで暮らしてただけじゃない!?」


悲痛な叫びが廃墟に響き渡る。叱ってくれる人はもういない


「必死に……必死にやってきたのに! みんなの為に! どれだけ馬鹿にされたって、みんなの為だから頑張って耐えた! 怖い人にも会って、いっぱい話もしたの! それでようやく形になって来たのに! やっと……やっとみんなに恩返しが出来ると思ったのに何で!?」


良くやってと褒めてくれる人はもういない


「それなのに……みんなが居ないと…意味、ないじゃないぃ――――う…うぅ……、うぅぅぅぅ―――――」

「紫……紫ッ!」


全てを貰い、全て捧げようとした人達はもういなかった。叫び声は空へと消え、行き場のない涙は地に落ちていく。自分の小さな夢を叶えてくれた人たちのために、もっと大きな夢を叶えてあげよう。与太話のような夢物語だけど、話せばきっと解ってくれる。いくら馬鹿にされようとも、何度も何度も話をしにいった。人間の信用を得るために、数多くの努力をした。それも全ては長達の為に。誰もが幸せに暮らせる世界で、まだ見ぬ者達と長達、そして自分たちが幸せに暮らしていくために必死になってやってきた。


「――――――所詮、無理だったのね」


それが一瞬で砕け散った。そして、その悲しみは諦めへと変わる


「誰もが等しく幸せになるなんて、無理。……そうよ、オサも言ってたじゃない。オサたちが、そう言ってるじゃない」


紫には、己の目に映った長が身を持ってそう教えてくれているようにしか思えなかった。夢なんて、所詮は夢でしかないんだと。


「……紫。長は、本当は楽園を「―――藍お姉ちゃん。私は楽園を創る」 ……そうか」

「誰もが幸せになるなんてものじゃない。私が、私のために、私だけの楽園を創るの。妖怪や人も、全部私が管理してやる。邪魔な奴は消して、歯向かう奴も消して、楽園が似合う人たちだけをそこに招き入れるの。ほら、そうすればみんな幸せだよ。仮初の平和ってやつ? 私のさじ加減一つで世界が動くの。オサの言いたいことって、そう言うことだったんだよね? 平和には犠牲が必要で、幸せになるためにはもっと多くの犠牲が必要だって。邪魔者なんて消した方が楽なんだよって、そう言ってたんだよね?」


そして諦めは新たな決意へと変わった。純粋な想いはねじ曲がった想いへ、諦めは怒りへと矛先を向ける。どす黒い感情と憎しみ、諦めが入り混じったなかで紫は決意を新たにした。


「そっ、それは違う! 長は「―――何が違うって言うの!? オサは死んじゃったのよ!? しかも殺されたの! じゃあ、そんなことする奴等は殺さないと駄目じゃない!! 生かしておいたらもっと多くの人が死ぬじゃない!!」


紫の悲痛な叫びに、藍は言葉を失ってしまった。しかし、それでも藍は判断を下すしかなかった。

今回の件に関して仇討ちは不可能だ。藍はこの惨劇を創りだしたのが鬼だと知っている。だが紫は知らない。知ってはならないと藍は思った。知れば、楽園創設云々の話ではなくなってしまう。間違いなく紫が鬼へと向かって行くからだ。藍にはそれが許容できなかった。紫の夢の為に命を投げ捨てた長たちのことを想うと、どうしても教えることが出来なかった。


(それでも、私は全てを知っている。知ってしまっているんだ。長……私はどうすれば…)


紫が怒るのは解る。藍自身も、本心では今すぐ向かって行きたかった。それでも出来ない。長から紫を頼むと言われた藍には、紫の夢を手伝う他に出来ることは無かった。


「……解った。紫、私をお前の式にしろ」

「式に……?」

「ああそうだ。これから何があっても、ただお前の為に動く。その為に私を縛り付けろ。その為に私を式にしてくれ」


故に藍は逃げた。考えることを放棄し、長の頼みを曲解する形で受け取ってしまった。全ては壊れてしまった紫の為に。自分では救えない紫を、誰か救ってくれと願いながら。


「解った。じゃあ貴女は今日から私の式よ、藍。死ぬまで付いて来なさい」

「了解しました、紫様」


村の最後の生き残り、後の伊吹大和が0歳の頃の話である。



少しばかり思う所はありましたが、これで紫編は終了です。

大和と萃香の出会いと言いますか、萃香の一方的な出会いシーンも書こうかと思ったのですが、そうするとどうしても厄いシーンが重なってしまって…orz ここから大和の物語が始まる~、みたいな感じに思って頂けると幸いです。


次回は日常を軽く1話か2話、輝夜を含めた話をします。輝夜を出さないと、あまりの影の薄さに泣いてしまいそうなのでorz 大好きなんですけどね、姫様。滅茶苦茶好みです。黒髪ロングが好きな人、是非とも友達になって下さい(`・ω・´)キリッ

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