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東方伊吹伝  作者: 大根
終章:終わりは始まりの桜
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八雲紫と言う妖怪・肆

~灰話~



―――妖怪と人間の楽園? 興味が無い

―――人間は所詮餌よ。我らの餌として飼うのなら、その楽園も考えんでも無い

―――新参者がよく吠える。そも、お前は人間の味方と申しておるのと同じぞ

―――我らは妖怪。好き勝手に生き、好き勝手に喰らう。縛られる生など言語道断



村を出て早二年。啖呵を切って飛び出してきたは良いけど、これと言った成果はまったく出てない。そのせいか村に戻ろうとも思えず、各地にいる妖怪の拠点を訪ねる旅を続けている。今帰ってもきっと情けなさで村を歩けないだろうから。


「はぁ……もう、駄目駄目ね。誰も私の話なんか聞いてくれないんだから」

「そう嘆くな、紫は良くやっているさ。…ただ、妖怪には妖怪なりの流儀がある。あの者たちの言い分も理解してやれ」

「妖怪が人と慣れ合うつもりがないのは解ってる。でも……」

「諦められないんだろう? 解っているさ」


そんなまったく何も出来ない私でも、藍お姉ちゃんは文句の一つも言わずに付いて来てくれる。

私の背も藍お姉ちゃんみたいに伸びたし、胸も藍お姉ちゃんのように膨らんだ。頭も良くなったし、何より腕っ節の方も旅をしている間にかなり自信がついた。そうやって成長した今でも、私一人では何も出来ないのが現状。藍お姉ちゃんが傍にいてくれているおかげで、なんとか行動しなきゃならないと思えるほどに今の私は現状に参っている。藍お姉ちゃんが傍にいてくれなかったら、きっと今頃は村に戻ってオサに笑われているはずだ。


「ふむ、この野草も摺り潰せば病気や怪我に効きそうだな…」

「……そう言えば藍お姉ちゃん、最近ずっと薬草を探してるわよね」

「あっ、あぁ……あの馬鹿にでも効くような薬草がないかとな。…他意は無いぞ?」

「ふーん……別に他意とか聞いてないけど」

「そ、そうか……」


村を出てから此の方、妖怪の拠点に向かう途中によく探しているのよね。しかも私に悟られないように誤魔化しながら。でも見つけたら耳がピクピク動いているから解りやすい。今みたいに少し踏み込んで聞いてみたら、とても面白い反応をしてくれる。オサの為なんだろうし、別に隠す必要なんてないと思うのだけど。


「しかし紫、次は何処に向うつもりだ? 一度村に戻るのも有りだと思うが……」

「藍お姉ちゃんはオサに会いたい?」

「いや、それはない」

「オサの為に薬草を採ってるのに?」

「……それとこれとは関係ないんだぞ? 本当だぞ?」

「はいはい、解りました。でも藍お姉ちゃんには悪いけど、私はまだオサとは会えない。絶対に見返してやるの。オサやシロみたいな良い人たちにこそ、広い世界で伸び伸びと暮らして貰いたいの」

「…そうだな。あいつらこそ、もっと幸せになるべきだ」

「でしょう? じゃあ次の目的地、鬼の住む山へ向かいましょう。言っちゃなんだけど、今までのは予習でここが本番だから。気合入れて行くわよ」

「お前のそう言う前向きな所は好きだな。だから私も何処へなりとも付いて行くのさ、紫」

「ありがと、藍お姉ちゃん」


この国の妖怪の頂点に居座る鬼。その鬼さえ口説き落とすことができれば、後は何とでもなる。無駄な二年間を過ごしたとは絶対に思わない。むしろ今までの経験を活かしてやるくらいの気持ちで行かないと。……気張るわよ、私。





◇◆◇◆◇◆◇




~灰話・妖怪の山~



「―――以上が私の提案でございます」


妖怪の山に住む鬼たちの長、鬼子母神。間違いなく全妖怪の頂点に立つ一人に向かい、私と藍お姉ちゃんは深く頭を下げる。『誰もが幸せに笑顔で暮らせる世界』 に協力して欲しい、とは言ってない。それをそのまま言ったとしても大笑いされる。だが『人間と妖怪のあるべき未来について考えがある』 と言えば、まだ鼻で笑われるだけで済む。だから私は己の真なる願いは潜め、その在るべき未来について協力を頼んだ。――――――即ち、人間と妖怪の共存関係


「馬鹿馬鹿しい。大将、わたしにはこの妖怪が正気だとは思えないね」

「大将、私も萃香と同じ考えだ。妖怪と人間の共存なんて正気の沙汰とは思えないよ」

「………」


伊吹萃香、星熊勇儀、そして茨木華扇。妖怪の山の四天王としてその名を轟かせる内の三名も、この場にて私の話を聞いていた。その内二名は私の話が終えるや否や、鬼神へ向かって意見をし始めた。馬鹿馬鹿しい考えをする奴は今すぐ帰って貰おう、と。


伊吹萃香……直情的に見えるが視野はそれなりに広く、腕っ節なら鬼神を覗けば一番との噂。喧嘩っ早い

星熊勇儀……都にまでその名を轟かせる怪力の持ち主だが、こちらも視野が広い。それでも喧嘩っ早い


悪名高い妖怪の山に乗り込んでいくのだから、当然そこに住む者に身辺調査は済ませてある。多々ある情報の中でも唯一はっきりとしていることは、能力を除けば、おそらく両名とも私と同等の強さを持つと言うこと。なので腕っ節で話合うとなればそれなりの覚悟が必要だが、なにも喧嘩を売りに来たわけではない。私は話合いに来たのであって、その話合いに重要なのは根気だ。それに鬼は無抵抗なものを嬲る真似はしない。


「……華扇、主はどう思う?」


話し終えた私を否定する二人とは違い唯一黙って私を見つめいる鬼、茨木華扇。直情的な者が多い鬼の中でも跳び抜けて聡明で思慮深い鬼の頭脳…と、こちらも下調べがついている。


「客観的に判断致しましたが……この者の話を再現するのは無理でしょう」

「ふむ…」


ただ黙って私を見つめ続ける瞳からは何も感じられないが……天下にその名を知らしめる茨木童子だ。私が真に意図せんことにも気付いているのだろう。

……私の経験不足もあるのだろうけど、中々腹の内を探らせてくれないわね。

だが茨木華扇は鬼の頭脳とも呼べる存在。この鬼さえ落すことが出来れば私の夢も大きく前進する。今までは良心から敢えて使わなかったが、今の私は本当に後が無いまでに追い詰められていると自覚している。鬼の協力を得られると得られないとでは話の次元が変わってくるのだから。


―――――この際、境界を弄ることも考えなければならないかもしれないわね


「ほら大将、私らの頭脳だって無理だって言ってるんだ。こんな妄言、誰も信じやしないよ」

「まぁ待て萃香、華扇は客観的だと言ったであろう? 主観的な考えも聞かねばならん。…華扇、まだ言いたいことが在るかの?」

「もちろんです大将。一見無理に思えるその願い……貴女達の願いが叶う方法はまだ一つだけ残っていると言えば、どうしますか?」

「…! よろしければその話、詳しく聞かせ頂けませんこと?」

「…良いでしょう。ですがその前に……その射殺すような視線を私に向けないで頂きたい。何らかの能力を私に行使することも。間違いが・・・・起こってからでは・・・・・・・・遅い・・

「……申し訳ありませんわ。貴女方のようなお強い方に囲まれているからか、どうも肩が張ってしまって」

「ああ、そう言う理由なら仕方ありませんね。私たち『鬼』 はどの種族よりも強い・・・・・・・・・ですから」


言ってくれる……けど、末恐ろしいとはこのことね。流石は妖怪の山の頂点、巧みに隠しているつもりでも察せられているなんてね…。洞察力が異常に高いのか、それともそういった類の能力なのか……いや、これ以上は止めておきましょう。本当に間違いが起こってからでは遅いのだから。


「おい華扇、私にはどう考えても無理だと思うんだが」

「貴女の仰る通りですよ、勇儀。この者の考えをこの世で再現することは不可能。ですが手を貸す者がいれば話は別です。その者たちの力が大きければ大きいほど、この者の夢想は現実へと近づく。例えば全妖怪が恐れ・・・・・・ひれ伏す存在・・・・・・が力を貸せば、この話は急激に現実味を増していく」


……! この鬼、やはり私の意図することを理解して…


「はっは~ん、成程成程読めてきた。この妖怪の本命は最初から決まってたわけだ。下が駄目でも上が首を立てに振れば話は解決する。水は上からしか流れないからねぇ」

「わたしの勘違いか? 星熊童子。わたしには、こいつがわたし達に手を貸すように言っているように聞こえてならないんだけど」


ちら、と眼をこちらに向ける伊吹萃香。その目にはわたし達を使うつもりか、とはっきりと書かれてある。怒りの色も濃い。機嫌を損ねてしまったか……


「おやおや、オツムの弱い萃香でも解ってるじゃないか」

「別にそんなのは誰でも解る……が、お前、わたしを馬鹿にしてるのかい? だったら表に出な。今すぐその一本角を圧し折ってやる」

「上等だね。いつかの再戦と行こうじゃないか」


ところがプイっと顔をそ向けられてしまった。…拙いわね。完全に読まれているのに、読まれている上で相手にされていない。これじゃあ今までと同じように失敗に終わる。それだけは駄目なのよ。


「はん! ただ胸がデカイだけの鬼が」

「発育の悪い奴に言われたくはないね、このまな板萃香」


……と言うか、一応客人の私を無視して喧嘩の話をしないでよ。流石に呆れてモノも言えないわ。


「喧嘩もいいですが…萃香、私の話はまだ終わっていません。勇儀も抑えて下さい。話はこれから――――」

「黙ってな華扇。お前は黙って頭を捻ってりゃそれでいい」

「まな板の言う通りさ。それとも、その自慢の頭で私らに頭突きでもするかい?」

「……客人の前でこれ以上恥をかかせるなと言いたい所だが、貴女達のその傲慢さはまったくもって目に余る。いいだろう、全員表に出なさい! その生意気な口が利けないくらいに「――――――黙れ」


―――ズン

床を叩いたような鈍い音。その後に私の身体をとてつもない悪寒が襲った。その悪寒を発しているのは今まで沈黙を守っていた鬼神だった。

しかし、それは私に向かって放たれているわけではない。向けられているのは足を上げようとしていた三人の鬼。それでも鬼達に向けられた圧力が途方も無く大きく、同じ部屋にいると言うだけの私でも感じとれてしまうものだった。私自身がなまじ強い分、感じる圧力も大きくなっているのかもしれない。


「伊吹、星熊、茨木―――客人の前じゃ」

「わ、悪かったよ大将」

「謝る相手が違うのではないかの?」

「う……ぁ、えっと…」


鬼神の圧力に震えていた姿から一転、私の方を向いてあたふたしている伊吹萃香の姿は、見た目の通り小さな子供そのものだった。口に出せばとんでもないことになるだろうけど、そう思ってしまうほどに今までの威厳や威圧感は感じられない。


「…えと「紫ですわ」 …悪かったよ、紫」

(……か、可愛い…!?)


思わず抱きしめたくなるほど可愛かった。何よこの鬼、鬼のくせに可愛すぎるわよ!


「それで、どうでしょうか。私の楽園に参加して下さいませんか?」

「ふぅむ……ま、よかろう。配下の者にはそう伝えておこう」

『な!?』


……驚いた、いいえ、驚いてるわ。まさか即決されるなんて。―――駄目ね、驚きすぎて言葉が見つからないわ。藍お姉ちゃんも呆然としてるし、鬼の三人も唖然としてる。当然だけど、私も口をポカンと開けて呆けてる。


「た、大将……? 本気…いや、正気? こんな妄言を信じるなんてらしくないよ」

「何だ萃香、私の決定に異議があるのか?」

「……ある」

「ま、そうじゃろうな。後で説明してやるから、とりあえずこ奴と二人きりにさせて貰えるかの」

「大将!」

「二度目は無いぞ? ああそうじゃ華扇、お主の考えを後の二人に叩きこんでおれ。どうせ主も私と同じ考えなんじゃろうからな」

「承知しました」

「私は此処に残りたいと思います」

「九尾か……ま、良かろう」


呆けている間にも話はどんどん進んでいく。鬼二人は唖然としながらも茨木童子に連れられて外へ出た。


「さて、何か質問はあるかの?」

「……貴女様が私に質問するのではなく、ですか?」

「お主の考えなどお見通しよ。あまり鬼子母神を舐めるなよ若造」


くつくつと笑っているが、誰が舐める真似をするか。そんな真似をしたが最後、私の首は明後日の方向へへと飛んで行ってしまう。


「では失礼して。―――何故手を貸して下さるのでしょうか。私が言うのもなんですが、貴女方にとってはあまり有益な話とは思えないのですが」

「そうでもないぞ? 妖怪は人の持つ畏怖や憎しみ、負の感情から産まれた存在じゃ。その感情を持つ人間がそこで生き続け、妖怪を恐れ続ける。じゃから妖怪は何もせんでも生きていけるではないか」

「だから人間は手厚く保護しなければなりません。貴女様の仰る通り、妖怪が生き続けるために。ですが、それは今までのような好き勝手な暮らしが出来ないことを意味します」

「解っておる。じゃがそれらの欲求はそこ以外ならどこでも満たせられるであろう? 何の問題もあるまい」


……確かに理屈としては合っている。でも何か、何か引っかかる部分がある。飄々としている鬼神の言い分は確かに筋が通っているように思える。でも何か、まだ別の理由があるように思えて仕方が無い。私ですら気付けていない何かに、この鬼神は気付いているように思えて仕方が無い。そもそもタダで教えてくれるのものなのかも解らないけど―――最後にもうひと押しだけ行ってみましょうか。それを聞ければ儲けもの。聞けれないのならば何食わぬ顔で去ればいい。


「最近、人間の妖怪退治が活発化しておりますわ」

「ふむ……続けてみよ」

「…これは私が他の妖怪へ説明をした時に耳に挟んだことですが―――背中から襲われた、と」

「……」

「正々堂々打ち破るのではなく騙し打ち……つまり、卑怯な手を使って討たれた者がいると仰っていました。今はそのような件は数が少ないようですが、人間にその方法が浸透すれば我々・・には好ましくありません」


我々にとって、とその部分を強調する。私も鬼と同じように正々堂々と闘うことこそが至上なのだと思わせるために。その中で私はまだ引っ掛かっていること、鬼神が気付いていることはこれに近いのかと問答をする。

人間にとってはわたし達は敵だ。妖怪にとっても敵だが、良き隣人でもある。人間が存在するから妖怪も存在している。それは先程の問答で互いに認識している。だがその先、鬼神はいったい何に気付いているのか。


「ふむ、悪くない。悪くはないがちぃとばかり焦りが先走りしておる。もっとゆっくり、回りくどく話をしてみるのも良いかの。お主の周囲にもそんな者がおるのではないか? ん? 私には話し上手なやつがおるように見える。お主の今後の課題はそこじゃな」

「……? 話が視えて来ないのですが…」

「なに、お主の問いに応えようと思っての。何故私がお主の企てに参加するか。その真の理由を知りたいのじゃろう?」

「…! 教えて下さるのですか!?」

「久しぶりに現れた見どころのある者の願いじゃ。交換条件になるが、それでもいいかの?」

「構いませんわ。貴女様が話して頂けるのであらば」

「では前払いとして喋らせて貰おうかの。……では心して聞くが良い。私がお主の企てに参加しようと決心したのは――――人は何れ妖怪を排除しようとするからじゃ。遙か昔、太古の時代の者たちのようにの。つまりは保険じゃよ、後の世にも子孫を残す為の。私は母じゃからな」


――――――主が失敗するのなら、その前に華々しく散るのもありじゃが。我が宿敵を相手にのぉ…



鬼神の言った言葉を、私は何一つ理解することが出来なかった。






◇◆◇◆◇◆◇




~黒話・長の村~



「―――と言う訳で、鬼の協力を得てきたわ。どう? 少しは見直してくれたかしら」

「見直すかボケ。鬼も自分らの為に参加するだけやないか」

「オサもそこに住むんだから。その辺りのことは知っておかないと、ね?」

「ね? やあらへん「じゃあ私、シロと遊んで来るから」 ―――ってお嬢ちゃん! まだ話は終わってないで!」


鬼神との会談のあと、いい報告が出来ると、私と紫はスキマを繋いで一目散に村へと帰還した。そして帰って来るや否や、寝たきりの長の所へと出向いて経過報告。半年と言っていたのに二年も~、と喚いていた長を無視し、紫の一方的な報告が今終えたところだ。


「ったく、これやから物解りの悪いお嬢ちゃんは好かん! 人と妖怪の共存やって? そんなん無理に決まっとるやろ!」

「そう喚くな。紫もお前たちの為を想ってだな……」

「ウチらを想って? ウチらは一度もそんな頼みをしたことはない。お嬢ちゃんが勝手に思い込んで勝手に動いてるだけやないか。しかもよりにもよってあの鬼神ババアとは……ああ腹立つ!」

「何だお前、鬼神を知っているのか?」

「……知ってるも何も、何度もヤりおうた事がある。あんさんはウチの事情を知ってるから話すけどな、あのババアは太古の時代の生き残りや。今や月の天上人となってる連中とやり合って生き残った数少ない一人」

「じゃあ何だ、月に関係のあるお前に怨みを抱いているとでも言うのか?」

「いや、ババアはその辺はきちんと弁えとる。ウチが月関係者やと知っても、それが原因で喧嘩した訳やなかったからな。ただ美味そうだからって理由や。つまり、ババア自身は人間を餌としか思っちゅうこと。そんなやつが人と妖怪の共存なんて考えるわけがあるか。参加するにしても、何の交換条件も無しに参加なんかするわけがない」


……ふむ、いったん整理してみるか。長は月の関係者で鬼子母神は太古の妖怪の生き残り。つまりは長の生みの親と鬼子母神は敵同士。しかし鬼子母神は長が月関係者だからと言って喧嘩をすることもなかった。ただ長が美味そうだから―――――ふむ、確かにコイツは美味そうだ。

……続けよう。

鬼子母神は人間を餌としか思っていなく、長は鬼子母神が何か企んでいると見ている。つまりはそう言うことか。しかし、しかしだな長。それなら符に堕ちないことがある。


「鬼は嘘が嫌いだと聞いているぞ? 見知らぬ私たち相手とはいえ、騙すのは主義に反するのではないか? それに対価として楽園を提供するのだから、関係的には五分五分だろうに」

「ババアにそのつもりが無いとすれば? と言うか、そもそもの勘定が合ってないわドアホ」

「なに……?」

「会談じゃ終始ババアの独壇場やったんやろ? ならババアの言葉の裏に隠されたものも読めんかったんとちゃうか?」

「……」

「ババアの提供した物は二つ。『楽園への参加・協力』 と『参加することの意味』 や。逆にあんさんらが提供出来たものは? 楽園の提供だけやろ? どれだけ大きかろうと一つは一つ、鬼はそう言う妖怪や。それに気付けんかったのなら、気付けん奴が悪い。あのババアはそう言うやっちゃ。……それに、アイツは絶対に人と妖怪の共存なんて考えへん。そんなんするくらいやったら、人間相手に大立ち回りした挙句に死ぬわ」


……拙いな。私は聞いていただけだが、それだけに心当たりのある節が多々ある。こちらの出せるものは楽園以外にはない。だったら鬼神の欲しがるモノは……確か鬼神は紫に『話し上手』 と『宿敵』 そして回りくどいやつと言っていたな。―――――ッまずい!


「早急に紫に知らせるべきだな。鬼神に会い、先の話を訂正しなければ―――」


交換条件を言い分に奴らはここへ攻め込んでくる。何年掛ろうと見つけ、宿敵である長をその手に掛けるまで何度も。何故ならそれが私達に協力するための交換条件だから。

そうすれば多数の死者が出る。いくら桁外れな強さを誇る村の住人といえど、鬼相手となると負ける確率の方が遙かに高い。しかし紫はそんなことを望んではいない。夢を手伝う交換条件として、鬼とこの村の者が戦争をすることなどあの子は望んでいない。


「一刻も早く紫に――――止めとけ。どうせ無駄や」

「……何故だ。今伝えればまだ…」

「あんさん、気付いたんやろ?」

「っああ、そうだ。だから私は―――「傾国の、『線引き』 を憶えてるか?」 ……ああ」


お前……まさか!?


そういうことや・・・・・・・。これはウチの問題。ウチの問題はウチら村の問題。余所もんのあんさんらには関係ないっちゅーことで。…でも良かったやないか、これでお嬢ちゃんの願いが叶うで?」

「ふっ、ふざけるな! あの子がお前達を犠牲にしてまで楽園の創造を望むわけがないだろう!!」


そんな事、長年一緒に暮らして来たお前ならとうの昔から解っているだろう! そのお前が、何故そんなことを平気そうな顔で言える!? お前の為に紫は頑張っているのに、お前の為に私は…!


「ウチの病気は老衰でな? 更には肺や肝臓にも色々と病魔が巣食っとる。長い間生きてるから身体にガタが来てヒィヒィ言うてるんやろ。普通の怪我なら細胞を促進させれば治るけど、流石にこればっかりはウチでもお手上げ。……悪いなぁ、あんさんが採ってきてくれた薬草も意味がないんやわ」

「………それが、どうしたと言うんだ。何の話をしている」


お前の病気が老衰だと言うことくらい、付き合いを続けている間に知ったさ。私はずっとお前の傍にいたんだ、それとなく感じてはいたよ。病気でさえ治せるはずのお前が治さない。だとすれば、治る未来がないのではないかとな。


「考えてもみぃ、ジジイ一人と死んでるも同然のモンの命でお嬢ちゃんの『夢』 が叶うんやで? しかもただの夢やない。今後一切誰も為し得ることが出来んような特大の夢や。それがたった50ばかりの命で買えるんやから易いもんやろ」

「―――なにを言っているんだお前はッ!? 自分が何を言っているのか、お前本当に解っているのか!?」

「ああ、解ってる。お嬢ちゃんのためにウチらは命を捨てる」

「だからと言ってお前……ふざけるなッ!! お前が死ねば紫は………私はッ! 私はお前のことを「ウチは女や。気色悪い感情向けんな」 長ァッ!!」


座っている長の胸倉を掴み上げ、互いの額が当たるまで引き寄せて睨む。長の瞳には、ギラギラした眼つきをしているはずの私は映ってなかった。ただ、今まで一度も感じたことのないと言っていた幸福感がだけが映っていた。その幸福感の根基が何かなんて、そんなことは考えずとも直ぐに解った。この目の前の馬鹿は私達の為に命を『捨てられる』 ことを幸せに思っている。


「―――ッ今すぐ撤回しろ! お前は私たちと楽園で暮らすと言え!! そう言ってくれるだけで私たちは道を変えられる! 誰も悲しむ必要は無くなる!!」

「言えへんのやなぁ、これが……。ウチの予見では楽園が出来るのは数百年後。ウチが死ぬんは数百年-ちょっと。ほら、どっちにしても間に合わへん。あーら困った困った、どないしよ?」


こ……の…ッ!


「馬鹿野郎!!」


ヘラヘラ笑っている顔を思いっきり叩いた。人の気持ちも知らないでよくもそんなことが言えるな!? 私は……私はお前に死んで欲しくない! ただ一緒に生きると言ってくれればそれでいいのに、何故だ!?


「何で解ってくれないんだ! 何で解ろうとしてくれないんだ!?」

「おーイタ……ジジイ相手に何すんねん。鬼が来る前に死んでもしたら困るやんか」

「貴様がジジイなら私はババアだ! それに何度も言っているように、紫はそんなことは望んでいない! 私だって望んでいないんだ! 紫は……私は、私自身もお前を失うことが怖いんだ! 嫌なんだ! だから頼む……一緒に生きると、そう言え。頼むから言ってくれ……。お前がそう言ってくれるだけでいいんだ。頼むから……」


溢れそうになる涙を見せたくなくて、私は長の胸に顔を埋めた。解ってくれ、頼むから私の言うことを聞いてくれ。長の胸の中でそう言い続けた。お前を失いたくないんだと。


「はぁ…これやから甘ちゃんは……。じゃあ聞くけどな? お嬢ちゃんとウチ、どっちを取るん?」

「なっ…に…?」

「だってそう言うことやろ? お嬢ちゃんの夢をとるか、ウチらの命を取るか」

「―――わ、私は…紫も、お前も……どちらかを選ぶことなんて「お前にとってウチと紫! どちらが大切かと聞いとんやろが!!」

「……っ」

「人間も妖怪も神やないや、出来ることなんて限られとる。どちらか一つ選ばな両方とも破綻するかもしれん。だったら死に掛けのジジイと死んだ村人よりも紫を選ぶんが正解や。あんさんなら……ウチの知っている『藍』 なら紫やと迷いなく言う。そう信じてる」

「……く…っそ…」

「言え! 紫の為に言え! 紫の夢を、『ウチ達』 の夢を叶えるために言え!!」


今まで見たこともないほど声を荒げ、感情を剥き出しにして長は迫ってくる。そこに最低限の線引きなんてものは存在しなかった。でも私はこんなことでその線引きを無くしたくはなかった。もっと違う場面で、もっと楽しく笑える楽園を創設してからゆっくりと……なのに何で…何でこんな――――――――畜生



「………紫を選ぶ。紫の夢を実現させる」

「…そうや、それでええ。藍は最良の選択をした」


気付いた時には涙は止まっていて。私は立ち上がって長を見降ろした。そこには相変わらずの飄々とした笑顔があった。その姿は何処から見ても健康にしか見えない。それでも老いの足音は近くまで聞こえてきているらしい。

だが老衰と言っても、長自身が向こう数百年は寿命が持つと言っていた。そしてこの村は秘境と言っても差し支えない村だ。発見されるには、それこそ100年単位の時間が掛るだろう。


「私達の為に死ね。……お前の馬鹿は死んでも治らんかもしれんがな」

「ちなみにウチと鬼ババの戦績は100戦100勝。圧倒的戦績なんやで? やから負けるとは決まってなかったり」

「…ホラ吹きが。死ぬまでそう言ってろ」


その時、長の身体は既にボロボロだろう。立つことも覚束ないかもしれない。それでもお前は立つんだろうな。不敵に笑って、軽口を叩きながら鬼へと向かって行くのだろう。


「怨みたければ怨めばいい。呪うなら呪うがいい。だが覚悟しろ。知れば、紫は必ずお前達を怨む。呪う。そして、大声を上げて泣き叫ぶ。それはお前達のせいだ。それだけは覚悟しておけ」

「そこまで面倒は見れんわ。でもまぁ、お嬢ちゃんのために気張るんは悪くない。安心して怨んでくれい」


もう見てられなかった。背中を向けて、私は出口へと足を進める。今までで一番の笑顔を浮かべている長の顔を、今の私には見る権利がない。


「ああ、そういや傾国の」

「……何だ」

「あんさんらを此処へ招いた理由。村のもんに刺激を与えるためと、あんさんらを気に入ったからやって言ってたやろ?」

「…そうだな」

「あんさんらは良くやってくれた。村の連中もホンマに感謝してる。―――ありがとう」

「―――――馬鹿者が」


そう言うことはもっと早く言っておけ。じゃないと、視界が悪くて外に出られないだろうが。












~おまけの鬼~


「おい、大将が命令を発したぞ」

「なに? 内容は? 戦でもするのか?」

「ああ、それも大戦らしい。でも相手が雲隠れしているらしくてな」

「じゃあまずは探すところから始めるのか」

「ああ。四天王も動き出しているらしいぞ」

「なに!? そりゃあ負けてられねぇな! じゃあ俺も探しに行ってくるな!」

「ちょっと待て! そいつらの特徴だけでも聞いて行け!」

「早くしてくれよ? 俺も早く闘いたいんだからな」

「解ってる。そいつらの特徴はな? ――――――全員が同じ顔をしているらしい」



萃母さんの若かりし頃、勇儀姐さんの若かりし頃、華扇さんがバリバリの鬼だった頃のお話。……ではなく、紫編が次回で終わるための準備回でした。


なにを書いたらいいのでしょうか。解説か何かを書けばいいとは思うのですが、色々と濃い内容なだけに何を書けばいいのやら…。聞かれれば懇切丁寧にやらせて頂きます。


次回は紫編最終話。赤ちゃん大和登場の予定です

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