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東方伊吹伝  作者: 大根
終章:終わりは始まりの桜
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八雲紫と言う妖怪・参


~白話・紫育成計画~



それは、私の友達二号の一言から始まった。


「紫は…飛べないの……?」


友達二号、つまりはシロの一言。あ、ちなみに一号はオサね? 友達に優劣はないけど、初めてできた友達だから数くらい数えたいじゃない? 私には二人も友達がいるのよ! って。友達が一人もいなかった数ヶ月前に比べたら途轍もない進歩なのだ。……数ヶ月で二人…。べっ、別に私が村で一人ぼっちって言う訳じゃないのよ!? ちゃんと村の人とは挨拶したりお話したり、とってもいい関係が築けているの。……本当よ? でもこの村に私と同い年くらいの子供ってシロくらいなの。だから友達って言うよりもお兄さんお姉ちゃんって感じなのよね。


「なんやお嬢ちゃん、空も飛べんのか?」

「飛ぶ必要なんてなかったもの。仕方無いじゃない」


藍お姉ちゃんと一緒にいると妖力なんて使う機会なかったもの。妖怪に出会うことも無くはなかったけど、藍お姉ちゃんを見たらもの凄い勢いで逃げ出すし。だから妖力を使って空を飛ぶことなんて出来ないわよ。出来るのなんて、能力のスキマを使って家の中から外へ移動するだけ。うん、妖怪としての矜持なんて欠片もないわね。情けなさで目の前が霞むわ。


「エライ箱入り娘やな。……なぁ傾国の?」

「……ふん。紫に争い事は似合わないからな」


でも藍お姉ちゃん、最近はずっとオサと一緒に居るよね。家とか部屋は一緒だけど、それ以外は私よりもオサと一緒にいる時間の方が多いんじゃないかなぁ……。ちょっと寂しかったり。でもその分私もシロと一緒にいるから御相子なんだけど。

それで今日の遊びの中でさっきみたいなこと話になったの。飛べたら楽しいのにって。


「ねぇ藍お姉ちゃん、私でも空飛べる?」

「飛べるさ。紫ほどの妖力を持っていて飛べないとなると、大抵の妖怪は歩くことすら出来ないことになる」

「……本当?」


藍お姉ちゃんは私を褒めすぎることがあるから少し不安だ。やっぱり色目を使わない人の意見が聞きたいから、シロとオサの二人の方を向いてみた。さぁ……覚悟は出来てるわ! 正直に言ってちょうだい!


「お嬢ちゃんの妖力はないで?」

「ごめんなさい、シロ……。私、貴女と一緒に空は飛べないわ……」

「…長、嘘は駄目……」

「あらま、怒られてもた」


……本当にオサは蹴られてもいいと思うの。でも藍お姉ちゃんが蹴飛ばそうとしてるけど、オサったら笑いながら避けてるのよね。私じゃどうしようも出来ないわ。だから藍お姉ちゃん、私の分も思いっきり蹴飛ばしてあげてね!


「おお怖い怖い、傾国のもお嬢ちゃんも冗談が通じひんなぁ」

「長の嘘は悪質……」

「シロの言う通りだぞ。貴様、いい加減嘘を吐くのは止めろ」

「性分やから無理や。…まぁ本当のことを言うとやな、お嬢ちゃんの妖力はかなり多い。そんな小さいナリやのに、既に並みの妖怪を遙かに上回っとる。成長したらそこの怖い狐お姉ちゃんより多くなるかもな」


藍お姉ちゃんより!? それって……どんな化物? 藍お姉ちゃんって昔は天候も変えれるとか言ってたんだけど……。私も雨降らしたり風起こしたり、伴侶できたりするのかな? オマケに私も尻尾が生えたり? 藍お姉ちゃんが九本だから、それ以上の私は十本とか? 私にもそれだけの力が眠っているのなら……無敵狐娘むてきっこ・紫ちゃんになれる日も近いのね!?


「ま、こればっかりは試してみな解らんからな。外行こか」

「ええ! 私も狐になるわ!」

「……紫、おもしろ」

「シロ、せめて天然と言ってやってくれ……」


……と、言う訳で外に出た。とりあえず妖力を感じるのが先決と言うことなので、藍お姉ちゃんが私の補助をしてくれることになった。オサとシロは応援と観客に徹するんだって。……緊張してお腹痛くなってきた…。


「紫の中の妖力を私が引きだすから、落ち着いて感じるんだ。いいね?」

「はい!」


後から両肩を藍お姉ちゃんが掴む。……少しこそばい。


「では―――行くぞ!」

「…!?」


ドクンっ! そんな音と共に、私の中が弾けた気がした。


「お、お……おぉぉお!?」


私の回りの空気がバチバチ言ってる!? 何これ!? 滅茶苦茶風が吹き荒れてるんだけど!?


「落ち着いて沈めればいい。出来るな?」

「う、うん……」


無☆理。無敵ゆかりんキターーー! なんて浮かれてるくらいだから無理よ! 今なら空も飛べる気がするの! こんなに体中から力を感じるのは初めてよ! これを抑えてどうするの! 馬鹿なの死ぬの!? ここは全力全開で妖力を解放するときでしょう!? 大地が私にもっと輝けって訴えてるの! よーし……行くわよ!


「やぁぁぁぁぁぁ!!」


イャッホォォォォォゥ! 今の私、さいっっこうに輝いてる! 物理的に!!


「紫!? 紫、出すんじゃない! 抑えるんだ!」

「フゥーハハハ! オサ、どう!? 見てよシロ! 私の妖力って多い!? ねぇ多「ゆ か り…?」 …あ、はい。沈めます藍お姉ちゃん」


調子に乗ってごめんなさい! 解ったから、藍お姉ちゃん解ったから怒らないで!? そんな絶対零度で私を見つめないで!? おしっこもれちゃうから!


「…ふぅ、調子に乗るとすぐこれだ。妖力は鎮まったな? では次にそれを纏ってみるんだ。……慎重にな」


……うぬぅ、なかなか難しいこと言ってくれるわね。私は初めて妖力に触ったって言うのに、藍お姉ちゃんったら厳し過ぎるわ。身体に纏うって言ったってどうすればいいのかしら? 何と言うかこう……纏うと言うよりも水の中に居る感じなんだけどいいのかな? 溢れてくる量が多過ぎて上手くいかないんだけど…。


「ほぉ……初めてにしては中々…。なぁシロ、天才のお前から見てどう思う?」

「…紫も、天才……妖力馬鹿…」


え、えへ? そうかな? そんなこと言われると照れちゃう。本気にしちゃうわよ? 自分は天才なんだって周囲に言い触らしちゃうけどいいの?


「よし、じゃあ飛んでみるか。私の手を握っているんだぞ?」

「え? ええ!? もっ、もう飛ぶの!?」

「こればかりは練習あるのみだからな。なに、私がいるんだ。怪我はさせないさ。それとも、紫は私が信用できないか?」

「…ううん。私、頑張る。藍お姉ちゃんを信じる!」




 ―――――――――――




「お嬢ちゃん」

「あ、オサ……」

ここにおったんか。みんな心配しとったで?」

「ん、後で謝っておく」


飛べるようになった日の夜。何となく星を見たくなった私は、夕飯を食べた後に空へと上がった。


「飛べるようになって浮かれたか?」

「それもあると思う」


どっこいしょ。そう言って、オサは空中に大きな魔法陣を敷いて座り込んだ。私も自分で飛ぶのを止めてその上に座る。視線の先には星の運河。見上げても振り返っても、光り輝く星が私の上にはある。


「空って、こんなにも広かったんだね」

「当たり前…と言っても、お嬢ちゃんには解らんか」

「だって今日初めて知ったもの」

「やろなぁ……。実はこの空の先、もっともっと先には無限に広がる空間があって、この世界はその中のほんの一部やと言ったら信じる?」

「オサお得意の大嘘だって信じる」

「手厳しいなぁ……」


この国だけで考えても私はちっぽけな存在なのに、本当はもっとちっぽけな存在でしかない。そう思ったら少し悲し過ぎるじゃない。……でもこの星空を見た後じゃそうなのかなぁ、って思う。


「私、自分が大きな存在だと思ってた」

「……」

「だって、私の周囲には藍お姉ちゃんしかいなかったから。だから世界には私と藍お姉ちゃんと、あとは少しの他人だけだと思ってた」

「…今は違うんか?」

「うん、違う。オサやシロたちと出会えて、私の世界は少し広がった」


少なくとも、私は小さい存在なんだって解った。


「私ね、ここに来て夢が一つ叶ったの」

「どないな夢?」

「友達を作るって夢」


隣でオサがブッと吹きだしてるけど、私にとってはとても大切なことなの。別にそれほど小さい夢だなんて思わないんだけどなぁ…。


「クク……さよか、えらい大きな夢が叶ったな…ホンマ、お嬢ちゃんは新鮮や」

「えへへ…」


そんなに思われると少し恥ずかしい。それにその友達ってオサのことでもあるのよ? その辺り解ってるのかしら?


「……ごめん、皮肉ったウチが悪かった」

「……もしかして馬鹿にされてた? 失礼ね」

「勘忍して……通じんかったから挫けてまいそう…」

「ふーん……でね? また次の夢が出来たの」

「……それを聞いても?」

「もちろん。……その夢にはね、オサたちも一緒じゃないと駄目なの。私の友達になったオサも含めたもっと沢山の人と知り合って、友達になって、時には喧嘩もするけど最後には仲直りして……。そうやって沢山の人たちが笑顔で楽しく暮らしていける。そんな世界が欲しい。私一人じゃちっぽけな存在でも、みんなで集まればそれはきっと大きな存在になると思うの。だから「お嬢ちゃん、そら無理や」 ……え?」


私が楽しく夢を語っていると、オサが横やりを入れてきた。今までみたいな軽い感じじゃなくて、すごく真剣な顔をして。……何で? 何で私の夢が無理だって言うの?


「お嬢ちゃん、みんなが笑顔になる為にはみんなが幸せやないとアカン。これは解るか?」

「うん」

「確かにお嬢ちゃんの夢は綺麗や。綺麗で魅力的で、輝いて聞こえる。でもな―――全てのもんが幸せになるなんてのは無理なんや」

「……何で?」

「欲が出るからや」

「欲…?」

「そう、欲。みんなが笑顔になれるんは、みんなが等しく幸せやから。少しでもその均衡が崩れれば人には欲や嫉妬、優越や優劣が生まれる。何でアイツはウチより幸せなんやって、何でアイツはウチより上なんやって」

「でも、その人も幸せなのよね?」

「そうや。でもお嬢ちゃんにもあるやろ? 『羨ましい、私もああ成りたい』 って欲望が」


……ある。今まで何度も感じてきた。一人ぼっちな私と違って、楽しそうに笑っている人たちを見たときには羨ましいって思ってた。でもそれは駄目なの? 求めちゃ駄目なものなの?


「その感情は危ないんや。一度でも欲が出てまえば、その欲を満たせるまで人は止まれへん。欲の化身みたいな妖怪なら尚更にな。だからウチらも……」

「オサ…?」

「……何でもない。そもそもお嬢ちゃんは『みんな』 に『等しく』 幸せを与えることが出来るか? そんなん無理やろ。それにお嬢ちゃん、いったいどんな誰と仲良くなりたいん? 誰を幸せにしたいん?」


どんな誰と…? 藍お姉ちゃんとオサ、シロとこの村の人達はその中に入ってる。でも他は? ……そんなの考えたことが無かった。


「妖怪、かな……。人間は私を見たら逃げちゃうから…」

「じゃあ妖怪たちの楽園か?」

「そうなると思う…」

「『みんな』 の中に人間は入らんのか? お嬢ちゃん、それはみんなとは言わん。老若男女人妖問わず選ばな『みんな』 とは呼べん。大きすぎる夢はただの夢想で終わる」

「……叶ってしまうのは夢と呼ぶのかな?」

「話題を摺りかえるな」

「……じゃあ、藍お姉ちゃんとオサにシロ、村の人達と仲良くなった妖怪で幸せになる」


結局のところ、私は人間なんてどうでもいいみたい。今解った、私も妖怪なんだって。


「それも無理」

「何で!?」

「妖怪が生きるためには人間が必要やから。食料的にも存在的にも、人間がおらな妖怪もおらん。妖怪がおらんでも人間はおるけどな」

「じゃあ人間も……」

「私達の食料になって下さいってか? そりゃ幸せ云々よりもただの家畜やで。……ま、家畜やと気付けんかったら幸せに暮らせるやろうけど。丸々太らせて適度に運動させて、頃合いになったら美味しく頂く。おお! これなら幸せかもな!」

「……結局の所、オサは何が言いたいの?」


言うだけ言っておいて、結局何なの? オサは他の人達と幸せになりたくないの? もっと多くの人と笑って過したくないの?


「お嬢ちゃんの夢は叶わん」

「……ッ!」

「絶対にな」


絶対に無理だ。真剣な表情で言われたその言葉が、何故だか酷く心に響いた。そんなことやってみないと解らないのに。だから私は反抗するように口を開く。


「やってみないと解らないじゃない…!」

「やらんでも解る」

「何でよ! 何でそんなこと言えるのよ! オサは自分が幸せならそれでいいの!?」

「おい嬢ちゃん―――」

「そりゃあオサはここでひっそりと暮らしてるからそれで満足してるんでしょうね! だってみんなのオサ・・・・・・だもん! でも本当にそれはみんなの総意なの!? シロや他の人たちだって、本当は外に出てもっといろんな人たちと幸せになりたいと思ってるんじゃないの!?」

「お嬢ちゃん、ウチの話を―――」

「オサが、オサがみんなを此処に無理矢理留めてるんじゃないの!?」

「そんなことあるかッ!!」

「……ッ」


オサへの暴言を沢山吐いてしまったことに気付いた時には、オサから放たれた怒鳴り声と圧力に屈せられていた。普段怒らない人が怒ったら怖いんだ…なんて場違いなことを考えてしまうくらい、私の頭の熱は一気に冷やされた。


「……怒鳴って悪かった。でもなお嬢ちゃん、ウチらの居場所は他にないんや。それにウチは……今まで一度も幸せなんか感じたことがない」

「……え…」

「ウチだけやない、村のもん全員がそうや。ウチらは幸せやら笑顔なんてものとは相容れん環境で生きて、生き延びてきて此処に来た。幾つも犠牲を払った上でな」

「……」

「だからお嬢ちゃんの言う『みんな』 の中にウチらが入っとんやとしたら、それは絶対に無理なことや」


酷く疲れた顔をして、オサはそう言った。その顔を見てしまえば、そんなことないとは言えなかった。私なんかじゃ到底及ばないものがオサにはあるようで、私には何て声を掛ければいいのか解らなかった。

でも……!


「だったら私、たくさん勉強する!」


先に地面へと降りていくオサに向かって宣言する。


「誰もが笑って暮らせる世界を作るために、いっぱい勉強する! 妖力だって制御できるようになって、誰よりも強くなる! 強くなって、オサたちをどんなことからも守る!」


精一杯強がる。


「そこでオサが幸せになれるように私が頑張る! オサが私を幸せにしてくれたように、今度は私がオサを幸せにしてみせる!」


夢を諦めない。絶対に


「ぜっったいに諦めないんだから!!」




―――せいぜい苦しめ、お嬢ちゃん



呟かれた一言は私には届くことはなかった






◇◆◇◆◇◆◇




~黒話~



私達が此処に仮初の居を構えてから数十年の月日が経った。

私と紫もすっかり村の一員……家族として迎え入れられ、充実した日々を送っている。片腕しかない性別不詳者『長』 を筆頭に、片腕と両目の光が失われている女の子『シロ』、他にも腕が無い者、足が無い者、精神を病んでしまっている者……五十人程度の村。その全員が同じ顔をして、同じ力を持っていると言うなんとも不思議な場所で、私達はそれなりに楽しい日々を送った。


紫もここ数十年で幼い身体もそれなりに成長した。何も知らない天然が、少なからず村の者の影響を受けた結果だ……長と私の見解がそれだ。

紫は長やシロ、村の者との会話で視野が大きく広がり、生きるための知識を増やしている。だがその知識故か、時には声を荒げて長と論議をすることも多くなった。その内容はと言うと……いや、今はまだ止めておこう。とりあえず私も紫の夢に賛同しているが、口に出すとあの男女おとこおんなは子供みたいに機嫌を悪くするからな。


その紫の育成計画だが、空が飛べてしまえば後は私達が唖然とするほどトントン拍子に進んでしまった。全力であれば鬼神すら倒してみせると自負している私に追いつこうとしているのだから、その破格さも理解出来るだろう。妖力の使い方、能力の使い方。産まれ持った大妖怪の妖力に恥じないまでに、紫は力をつけている。

―――天才

天は二物を与えずと言うが、紫は天に愛されているのだろう。今までの数百年、一度も使ったことがなかった妖力をたった数十年の内に完璧に制御してしまった。末恐ろしいことこの上ない。いつか妖怪の頂点に立つのではないかと思わせられてしまうほどに、今の紫は心も身体も強くなった。


「でも能力はまだまだ。解っていない境界は操れない」


紫の『境界を操る程度の能力』 は神にも匹敵すると私は考えている。だが紫曰く、物事の境界が解らなければ、境界も十分には弄れないらしい。

例えば死の定義。概念……だいたいの事象は理解出来ていても、その本質は生きている者には解らない。おそらく知っているものは閻魔ぐらいだろう。なので相手の境界を弄って死に至らしめることはできても、死んでいる者を生き返らせることはできない。とは言っても、それでも相手を死に追いやることは出来るのだから相当なものに違いはないのだが。


「ゲホッゲホッ……お嬢ちゃんの能力、アレはホンマに反則や。羨ましいったらありゃせん」

「お前が言うな」


性別不詳、年齢不詳、出自不詳で実は私すら勝てない自称他称で人間止めてますの長。数十年前からは、紫よりも私と一緒にいる時間のほうが増えている。もっとも、最近は紫との仲がギクシャクしているからなのだが……私からしてみればただの痴話喧嘩にしか思えない。早く仲直りして貰いたいものだ。


そして私と長の数十年だが、その間に沢山のことを知らされた。


―――紫を治したのは『先を操る程度の能力』 で、細胞の再生速度をあげたから

―――鍬のあるべき未来を先取りしてやって出来たのが、鉄鍬なのだ。


無機物でも有機物でも、モノの時間や形態を先の状態に進められる。金属を単純に錆びつかせることも出来れば、ただの木の鍬を未来で使われる鍬の形、即ち鉄の鍬に変えることも出来る。物体を未来の状態へと『進化』 させる先取りなどと言ったふざけたことすら可能な力、先を操る程度の能力。


―――シロを含めた失明者が、まるで見えているように振舞えるのは他の村の者全員が目になっているから

―――記憶と経験、感覚と意識の共有。群にして一つ。それがこの村の者が抱える事情


魔力と能力、そして顔。性別は男女と別れ、力の大小こそあるがそれ以外は全て同じ。全て同じ理由を家族だからと言いきっているが、それが嘘だと言うことは小さい頃の紫でも気付いていた。

これらを私なりに推測して伝えたとき、長は頭を掻いて苦笑いしていた。その後で『大当たり』 と笑っていたが、内容が内容だけに私には笑うことが出来なかった。


「最低限の線引きはすると言いながら、勝手によく喋るやつだな」

「いやぁ…あんさんとおると口がよく動kっケホッ……」

「おい、大丈夫か?」


そんな人間どころか妖怪ですら勝てないこいつでも病気には勝てないらしく、最近は家に篭ることも多くなった。そうなると自然に私も家の中にいることも多くなって、気付いた時にはこいつの看病役兼話相手なんて厄介な役割を押しつけられてしまった。

その間も紫はシロと一緒に勉強をしたり己を磨いている。シロが一緒とはいえ、私が傍にいないのは少し心配なのだが、そろそろ身も心も大人と呼べる段階なのであまり構うのも良くないと思って見届けるだけに留めている。それにこの村は秘境と呼べる場所にあるからか、人や妖怪が来ることなどほぼ皆無だから心配する必要もない。むしろ来た所でこの村の住人に紫、そして紫よりも強いシロがいるのだから何の問題もないだろう。だから私もこうやって長の傍に居られる……って、ちょっと待て。私は何をここにいることを正当化しようとしているのだ。


「……何時死ぬ? 明日か? 明後日か?」

「ダイジョブ、大丈夫。まだ死ぬ時やないからな」


私が死ぬと言うのはよくても、お前が死ぬと言うのには何だか腹が立つな。


「死ぬなどと簡単に言うな。腹が立つ」

「さっき自分で言っとってからに……。なんや、ウチが死んだら悲しんでくれるん?」

「紫がな。貴様が死ねばあの子は悲しむ。私は別にどうでもいいが」

「酷いやっちゃな。…ま、今でも大事をとってるだけで十分動けるし、向こう数百年は死なんのが視えとるから安心し」

「……貴様に布団の上は似合わん。早く起きろ」

「へいへい」

「しばらく外に出る。ゆっくり寝ておけ」

「りょうかーい。……あ、そうや傾国の」

「何だ」

「ウチは女やで?」

「……熟知している」


黙って寝てろ、大嘘吐き。……さて、紫の様子でも見に行くか。






◇◆◇◆◇◆◇




~灰話~



可憐な蕾も大きく花開き、大輪の花を咲かせる。跳ぶ兎はその足を休ませるどころか前へと進め続ける。人然り、妖怪もまた然り。成長しない者などいない。

……なんちゃって。

駄目ね、私も頭ばかり大きくなっちゃって。…あ、もちろん背や胸も大きくなったわよ?

どこから手に入れたのか知らないけど、オサの持っていた本は様々なことを私に教えてくれた。帝王学に倫理学、それに数学とか力の効率的な運用法なんてものまで。見たことも聞いたことも無い考え方ばかり。それのおかげで知識は増えたけど、この村から出ないから経験がまったく足らない。だから最近は外に出たいとずっと考えてる。

あの夜以降、色々と学んだ私には具体的な夢と目的が出来た。それをオサに言ってみた時は否定どころか大笑いされたけど。あの時は本当に腹が立って、すごい喧嘩したのを覚えてる。…と言っても、私が一人で怒鳴ってただけだけど。


「紫……どこに…?」

「オサの所。シロにも関係してるから一緒に行きましょ。……あ、藍お姉ちゃんだ。何してるの?」

「紫にシロ…? いやなに、外の空気を吸っているだけだ。家の中は湿っぽくて尻尾がべたつく。…私に何か用事か?」

「ううん。用事があるのはオサの方」


藍お姉ちゃんはずっと長と一緒に居るからね。私がシロと一緒に居るみたいに。もしかして一緒になったりするのかなぁ~、なんて思ってシロにそれとなく聞いてみたけど、それは無いと言われちゃった。……理由? オサの性別が解らないからなんだって。驚きでしょ? 私や藍お姉ちゃんどころか、この村の人全員がオサの性別を知らないのよ。ここまで来ると怪談だわ。


「オサ、入るわよ」


靴を脱いでズカズカと入る。勝手知った相手と家よ、遠慮なんかしないわ。むしろオサ相手に遠慮してたら簡単に丸めこまれてしまう。私がこの数十年で得た一番の教訓と言っても良い。


「なんやお嬢ちゃん、ちょっと見ん間にえらい別嬪さんになったような……」

「はいはい、昨日もそんなこと言ってたわね」

「美人は褒めるんがウチのポリシーやから」

「あら、そう言うオサも美人よ? 男が見たらこぞって求婚すると思うわ」

「けほっけほ…もう、そない褒められると照れてまうやろ?」


…本当にどこまでも喰えない人ね、厭味も皮肉も歯牙にもかけない。これでもだいぶ言い返せるようにはなったつもりだけど、それでも全然敵わないのよね。藍お姉ちゃんみたいに拳骨の一つや二つでも落せば対応も変わるのかしら?


「ゲオッゲホ……それで、今日は何の用や? お小遣いは出さへんで?」

「要らないわよ、使う場所も無いし。……そうね、オサ相手に回りくどい言い方しても意味ないだろうから簡潔に言わせて貰うわ。私、しばらく村を出るから」

「…ッ!? 紫、それはどういう「まて、傾国の。ウチと喋っとんやから黙っとけ。……当然説明してくれるんやろな?」

「そのつもりで来たのよ。……オサ、前に貴方が否定した私の『夢』 のこと憶えてる?」

「ぶぇっくしょい! ……あー鼻水が…。もちろん憶えとるよ? あの仕様もない夢やろ」

「私にはとても大切な夢よ」


私がこの村で抱けた夢。オサには否定され、後でシロには無理だと言われ、藍お姉ちゃんには苦い顔をされた。


「『誰もが幸せで笑って暮らせる世界』 やったか? 仕様もない、犬にでも喰わせとけっちゅーの」

「誰が何と言おうと私は胸を張って言い切るわ。私の夢は笑わせない・・・・・


始めはただ友達が欲しかった。何百年も藍お姉ちゃんと二人っきりで、正直寂しさから枕を濡らしたことも何度かあった。でもオサやシロ、村のみんなと家族になれて私の小さな夢は叶った。

でも暮らしている間に気付いたのよ。私に友達がいなかったように、オサ達にも友達と呼べる存在なんていないんだって。こんな秘境にある村には誰も来ないし、オサが来させない。そんな排他的な空間じゃ村の空気も淀んでしまう。私達に刺激を受けさせたいとか言っていたのはそのこと何だろう。そんなオサの意図に気付いたのはだいぶ後だったけどね…。


そんな中、友達が欲しいという夢が叶った私には、また新しい夢が出来た。もっと多くの人と一緒にいたい。もっと多くの人と一緒に笑いたい。シロやオサ達と一緒に、もっと多くの人と。昔は口からぽろっと零れ落ちたようなものだけど、今は本当の意味で私の夢へと姿を変えている。私の生きる全てと言っても良い。


「具体案も決めてる。私は人と妖怪の楽園を創るわ。その為に妖怪への説明、人間から私に対する信頼を深める。まずは里へ行って、この国の中枢に潜りこむつもりよ。私はそこで人と妖怪が互いを求め合う世界の雛型を創りたいの」

「……何を言うかと思えば、お嬢ちゃんは何時まで経ってもお嬢ちゃんやな。前にも言ったけど、妖怪のために人を家畜として扱ったほうが楽やで?」

「そんなことさせない。みんなが互いに落ち付ける条件を提示するつもりよ」

「無理やな。妖怪を人を襲い、人は妖怪を退治する。この少し広いだけの世界でも相容れん種族を楽園なんてところに閉じ込めてみぃ、どちらかが滅びるまで戦いは続くで」

「そうさせないために私がいる。私がさせない」


オサと真正面から睨み合う。オサの目はあの時と変わらず無理だと言ってきている。後に控えているシロも口には出さないけど同じだろう。藍お姉ちゃんは……手伝って貰えると嬉しい。

でも、例えどれだけ馬鹿にされても反対されても私はやるわ。絶対にやり遂げてみせる。私の全てを賭けてでも。


「私は行くわ」

「好きにせぇ。そんで現実に打ちのめされてこい。…お嬢ちゃんの部屋はそのままにしとくさかい、無理やと判断したら何時でも帰ってき」

「ええ、何度も帰らせてもらうつもりよ。帰ってくる度に良い報告をするから」

「せいぜい苦しめや、お嬢ちゃん」

「ええ、苦しんでくるわ。―――ああ、それとオサ」

「なんや?」

「楽園が出来たら、私の伴侶になって」

『……は?』

「…紫……大胆…イカスね…」


ありがと、シロ。でも貴女以外は時が止まったみたい。……何よ、みんなしてバカみたいな顔しちゃって。藍お姉ちゃんは唖然としてるし、オサなんて……おーいオサ、生きてる?


「ウチは女やで!?」

「嘘臭いわね。と言うか、そろそろはっきり言いなさいよ。男なの? 女なの?」

「…秘密」

「別にどっちでもいいけど。私は傍に居て欲しいだけだし」

「やめて……ウチを犯さんといて…」

「藍お姉ちゃんもオサと一緒にいたいみたいだから一石二鳥ね」

「いや、渾身のボケをスルーして話を勝手にやな……」

「そ、そうだぞ紫! 何を勝手に…」

「良いじゃない別に。オサが幸せになってくれるのを私は見届けたいの。だから一緒に居たい。それだけでいいじゃない。それとも私に好きだって言わせたい?」

「いや、言わんでええよ。むしろ言わんといて」

「それはそれで腹が立つわね…」


オサがそう言うのなら話は以上!

空間に指を這わせてスキマを創りだす。さーて、じゃあ夢を叶えるために一働きしに行くわよ!


「ま、待て紫! 私も行くぞ!」

「ありがと、藍お姉ちゃん。頼りにしてるわ」

「…紫……がんば…!」

「ええ、応援ありがとうシロ。私の部屋のお掃除任せるわ」

「任された…!」

「ちょ、ウチはどうしたらええの!?」

「オサは婿入りか嫁入りの準備でもしてれば? …あ、あと病気は治しておくように。じゃ、半年くらいしたら戻ってくるから」


さぁ行くわよ! 絶対に夢を叶えてやるんだから!




春休み中に出来るだけ進めておきたいじらいです。


紫についてはまぁ、そのままです。純粋な子なんです、まだ。

でも数十年云々のところで白話→灰話になったのに気付いて貰えてるかなぁと思ってみたり。白→灰とくれば最後になる色はもう想像が付きます…よね。どす黒です。

それと実は今回、実は紫と大和の決定的な違いの一つが出てたりしてます。おそらく次回には本文か後書きにでも書くと思うのですが、一応解説をした方がいいのかな? と思っているので此処で一つ。


何でも出来る人って、全部自分でやろうとしますよね


そう言う話になるんじゃないのかなぁ(予定)と思いつつ、ここを踏まえてもらえば少しは私の妄想について来て貰えるんじゃないかな…? と皮算用してますorz


ではまた次回

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