伊吹大和と言う男・転
今回の始まりは、霊夢たちが話している間に、大和と文の間で行われた会話が既に話が終わっている……というのを基に進めています。その話の内容やらも複数話に掛けてやるつもりなので、わけ解んないぜ! と思われる方もどうかご容赦下さい。ただ文が滅茶苦茶頑張った! くらいの感想で結構でございますですorz
―――――私が八雲紫に関して集められた資料はこれで全部。詰る所、八雲紫の思想は大和の先生やアルフォードって男の弟と同じ。ただその方向性が破滅か管理かに向いているだけなのよ」
「……それだけじゃない。文の言ったことが本当なら、全ての元凶は『僕ら』 だ。それだけじゃない。母さん達も同罪だ」
料亭の個室で文の口から聞かされた新たな事実。それは大和にとって、とても重要な意味を持つ内容だった。文本人が耳を覆いたくなったという内容は、文字通り大和にとっても信じがたい新事実であった。当然、聞いた当初は大和もその内容が信じられなかった。だが、文がその話を聞いて来た相手が相手なだけに信じざるを得なくなったのである。
文曰く、幻想郷には賢者と言われる者が最低でも一人いる。……そう、最低一人なのだ。
その一人は八雲紫。人間にも賢者として知られ、呼ばれるだけの所以も実績もある。幻想郷に博麗大結界を敷いたのも八雲紫だ。
ならばそれ以前は? 古今東西の妖怪が集まり、天狗や鬼などの一大勢力などはどうやって集った?
博麗大結界が敷かれる前からも幻想郷と名は付かずとも、それなりに統治された一世界が既にでき上がっていた。現実問題、それだけの妖怪を紫がたった一人で纏め上げることは出来るのか?
答えは否、否である。どれだけ優秀であろうと、どれ程の力を持とうとも、たった一人で御せるほど妖怪という種は軟じゃない。ならば、幻想郷設立には複数の協力者がいると考えるのが妥当だろう。一般には賢者として知られていないだけで、他にも賢者と呼ばれても可笑しくない妖怪はいるはず。文の調査はそこから始まった。
力無き者には力で、力あるものにはそれなりの礼を尽くし調査を進めていた。
そうして調査を進めて行くうちに、文は天狗の長である天魔から呼び出しを受ける。またぞろ理不尽な命令をされるのかと予想しながら会いに行くと、そこでは天魔を始めとした大天狗たちが脇を固めていた。
―――拙い
長年培って来た勘がそう告げていたが、逃げることは不可能だった。文はそこで必要以上に八雲紫・伊吹大和両名に関わるなと厳重な注意を受けた。虎の威を借りる必要もない天魔が大天狗を全員集めて注意をする。それは完全な脅しだった。これ以上探るのならお前を処断しなければならないとまで言われた文だが、ここでふと気付く。いや、何故始めに気付かなかったのだろうか。自分たちの長が賢者の内の一人ではないかという可能性に。
そこからは賭けだった。
天狗社会というコミュニティでも浮いている文でも、はっきり言ってこれはあまりに過ぎた行為だった。既に処断するとまで言われた文だが、ここで引くどころか更に一歩踏み込むことを決意した。何より記者としての誇り、そして一人の友人の為に自身の命をベットにすることを決めた。
心が決まれば後は文字通り駆け抜けるだけ。脅しの脅威など知らぬとばかりに天魔に問いかけた。『長は妖怪の賢者を知っておいでですか』 と。大天狗が威圧するように妖力を高まらせていく中の返答は、無表情での然りだった。口が渇き、凄く動かしずらい。それでも文は続けた。『では、長はその一人でございますか』 と。
いつ自分の首が飛んでも可笑しくない緊迫とした空気の中、文は額に汗を掻きながら返答を待った。
しばらくの無言を経た後、天魔は声を大にして笑い『漸くそこまで辿り着いたか』 と言い放った。
そう声を大にして笑う天魔を、取り巻きの大天狗たちが驚いたように見る。何を仰っておられるのですか、こ奴を処断するはずではなかったのですかと迫る幹部達を、天魔は片腕を挙げて御す。
そのやり取りを、文は息を荒げて見守っていた。大天狗たち幹部を始め、長の前で不敬極まりない行為を犯したのだ。緊張のあまり、どうにかなってしまっても仕方が無いだろう。
それでもなんとか呼吸を元に戻したころには天魔たちの話合いも終わり、大天狗たちは全員部屋の外へと退出させられていく。ほとんどの大天狗が退出していく時に文を見、見られていた文の居心地は最悪だった。
そして全員が退出した後、文は天魔にこう言われた。
『明日から此処へ通え、知っていることは全て教えてやろう』
そして長い月日を経て聞かされた新たな事実。文は今夜それを大和に語り、大和はそれを聞いた。
「天魔様に言われたわ。八雲をそろそろ呪縛から解き放ってやりたいって。でもこうも言ってた。『愛や希望、勇気。大いに結構。だが目の前にある現実はそれほど甘くなく、伊吹の倅は妄想を見ているに過ぎない。いい加減、お前も付き合う相手を考えろ』 だって」
頬を紅く染め、目が据わっている文だが酒を止めはしない。大和には聞きとれないほどの小声で何か言っているが、十中八九愚痴だろう。酒が入っているせいで、普段でも良く喋る口が更に饒舌になっている。
反対に、大和の手は止まっていた。当然だ。調べて欲しいとは言ったが、まさか文字通り命がけで調べてくれていたなんて初めて聞いたことなのだから。
「……文はどう思う? 僕の夢が妄想だって思う?」
「…そりゃまぁ、私だって貴方のそれは妄想だと思う。思うけど……」
「思うけど?」
「…ぇっと、その……私達って親友じゃない? だから大和のことを信じたいな~って……」
「文…」
「あやや……私もだいぶ酔いが廻っちゃったみたいですね」
えへへ、と笑って照れ隠しをする文に、大和は不覚にも愛おしさを感じてしまった。頼めばどんな理不尽なことにでも手を貸してくれ、励ましてくれた友人。助けられた大きな借りがある、と文本人は繰り返すように何度も言うが、大和としては何をやったでもない。ただそこに居ただけ。にも拘らず、文は大和の為に全力を尽くしてくれる。
だから今日、大和は心に誓った。もし文が理不尽な目に遭えば、例え自分がどんな目に遭おうとも助けに行くと。
「そ、それよりも! まだ言いたいことが!」
「なに?」
照れているのか酔っているのか、顔を真っ赤にして立ち上がる文。その様子に驚いた大和だが、敢えて何も言わないでいた。今思っている言葉を口に出せば、きっと文の顔はもっと紅く染まって収拾が着かなくなるだろうと。
「いい加減、巫女と向き合いなさい!」
「……マジで言ってる?」
「大マジよ! 本気と書いてマジと読むなんて、昨今の幻想郷では常識よ!」
半ば照れ隠しのように出された一言は、大和にとって悪魔の一言だった。
確かに大和としても、自分が萃香に甘やかされているように霊夢を甘やかしてやりたい。もっと頼られて、我儘をたくさん聞いてやりたいと言う思いがある。だが大和には、どうしても霊夢が零夢と重なって見えてしまうのだ。
「だいたいね、あの巫女はもう死んだの。いい? 死んだのよ?」
「二回も言わないでも解ってるって! でも実際問題どうよ? 似過ぎてると思わない? あそこまで似てたら、映姫様の計らいがあったとか考えても可笑しくない!?」
「何時までも甘えてんじゃないわよ。現実を見なさい、現実を」
映姫様ってば本当はすごい優しいし…と夢見る子供のような大和に、文はケッと唾を吐く真似をしてみせた。目が完全に据わっており、肘で頬を支える様は酔っぱらいのそれであった。そんな文でもはっきりと大和に言った。死人をそっくりそのまま生まれ変わらせるなど、ただの裁判官である閻魔では出来やしないと。
「だいたいあの閻魔がそんな粋な真似するもんですか。それに同じ顔をした人間なんて何人もいるって聞いた話だし、ただの他人の空似よ。第一、現巫女と過去巫女じゃ決定的に違うものがあるじゃない」
「……その心は?」
「勘よ。乙女の勘」
「…なんと頼りない……」
「あら、こういった乙女の勘は当たるのよ? 二人は正真正銘別人。よしんば同じだとしても、ただ本当に似てるだけってとこね。間違いないわ。だからいい加減ちゃんと向き合ってあげなさい。あの子まで泣かせる気?」
うんうん、と頷く文に大和は何も言い返さない。
大和だって頭では理解しているのだ。二人が別人だということくらい。でもあの顔を見ると、仕草を見てしまうと、もしかすると…と思ってしまうのだ。これが惚れた弱みと言う奴なのだろうか。
「……考えておく。僕も、そろそろ覚悟を決めないといけないなぁ……」
「明日にでもきっちりと話をつけておきなさい。もう二つ目は……萃香様は、先程の件はご存知でしたか?」
再び真剣な面持ちとなった文が、萃香にそう問いかけた。
紫の思想の基となっているのは大和とその同族。その同族とは、月から地上に堕とされた大和と同じ存在。そしてそこを攻め滅ぼしたのは鬼たち。つまり、萃香が知らない訳が無いのだ。
文が酒樽の中を覗いてみると、萃香は静かに目を瞑っていた。聞いているのかいないのか、それとも寝てしまっているのか。何も言わずただ酒樽にすっぽりと埋まっているだけだ。
「……母さん、知ってたの?」
「……」
「答えて」
大和自身、何とも言えない思いがあった。同族が鬼と闘って散ったと聞かされたのは、旅に出る前の萃香との決闘の時だった。その時、大和は萃香の言に嘘を感じとれなかった。母親が嘘を吐くはずが無いと思い込んでいた部分もかなりあるが、それでもだ。
「……わたしもね、つい最近までは知らなかったよ。地上に上がる時に大将から知らされた」
「本当ですか?」
虚言は許さない、と文が萃香を睨みつける。もし知っているのであれば、なぜ今まで隠し続けていたのか。必要とあれば実力行使も厭わないと文は力を込める。
それに何を言うまでもなく、萃香は自嘲するように続ける。
「当たり前だろう、わたしは嘘が嫌いだ。でももっと嫌いなのはね、こんなわたし自身だ。なんせ素知らぬ顔で紫の友人面してたんだからさ。恥知らずにも程があるってもんだ」
「母さん……」
力無く吐きだされた呟きが、やけに響いた。大和はそんな母の姿がとても小さく、許しを請うために泣いているように見えた。
「だから大和。紫の全てを聞いた今だからこそ、わたしはお前に、お前達に問わなければならない」
グッと起き上がり、大和を見る。何を想っているのか、萃香の目は揺らいでいた。
―――お前、それでも紫と闘えるのか?
◇◆◇◆◇◆◇
(…む)
(……)
(…いむ!)
(霊夢っ!!)
(…れみ、りあ…?)
(はぁぁ……いきなり倒れて悲鳴を上げるから、壊れたのかと思った。……大丈夫?)
(…だいじょうぶ……)
涙で顔がぐちゃぐちゃになっていながらも、霊夢は大丈夫だと言い切った。ほとんど反射的にそう応えられたのは筋金入りの強がりだと言えるが、誰一人としてそれが真であるとは思わなかった。それほどに今の霊夢は衰弱しきっている。
(大丈夫じゃなさそうね。レミィ、一度止めるわ)
(ん。お願い)
過去の光景が停止し、記憶の中の二人は消えてる。記憶の風景が消えれば、霊夢たち三人は何もない白い空間に立たされていた。
「…レミリア、あれは「違う」 わた…し…?」
「あれは『霊夢』 じゃない。『零夢』 よ。運命を視れる私が言うのだから間違いないわ。貴女とアイツは別人よ」
レミリアはここに来て、ようやく確信を持つことができた。確かに似ている(・・・・)。それは認めよう。顔も瓜二つ、性格までそっくり。自分を倒したときには、その背後に零夢の姿すら視えてしまった。
―――だが、それだけだ。霊夢と零夢は違う。
先程の僅かな時間、久方ぶりに零夢を見たレミリアにはそう確信出来た。
「…でも私が零夢だとしたら、全ての説明がつく……」
「喧しい。私が違うって言ったら違うのよ」
「じゃあ説明してよ…」
「勘よ! 乙女の勘。説明してもいいけど、かなり長くなるわよ? 私の能力的に」
胸を張ってレミリアはそう言い切った。口で説明するのは難しく、人の運命を言葉で表わすには言葉では役不足。それならば乙女の勘だと言ったほうが、小難しい説明よりもだいぶ真相に近いと思えるだろうと。霊夢本人は不服そうにしているが、それでもレミリアはそれ以上何も言わなかった。
「私も違うと思うわ」
そこにパチュリーも加わった。この魔女ならば魔女らしく一から理論立てて説明してくれるだろう、霊夢は希望を持ってパチュリーを見た。しかし……
「勘だけどね」
「あんたもか!? あんたもなのか!? 魔女なら魔女らしく説明してみなさいよ!」
「魔女にも無理があるの、ごめんなさい。説明してもいいけど長くなるわよ? 理論立てする魔女的に」
フフ、と作り笑いを浮かべる二人に、霊夢は疑心暗鬼になりそうだった。こいつら何か隠してる。そうに違いない。そうなんとなく感じていても
「博麗霊夢。貴女は誰?」
それを吐かせるために詰め寄ろうとするが、出鼻を挫くようにレミリアに先手を取られた。踏み出そうとした一歩を押さえ、レミリアからの問いに応える。
「……私は、博麗霊夢。他の誰でもないわ」
それでも、霊夢の表情はどこか優れないものがあった。私の名は博麗霊夢、他の誰でも無い自分だ。
自分に言い聞かせるように口に出した。
「ならそれでいいじゃない。小難しいことは置いておきなさい、邪魔になるだけだから。貴女は貴女、彼女は彼女。死人が生まれ変わったなんてふざけたこと言うと張り倒すわよ」
「レミィは怖いものが嫌いだものね」
「そうよ! 幽霊や死人、ゾンビなんて怖いものはこの世に存在しないわ! もしいたら、私が消してやる!」
ビシィッ! と胸を張って霊夢を指差すレミリア。冗談でもふざけているのでもなく、真面目な表情で見つめるレミリアに、霊夢の強張った顔もだんだんと力が抜けていってしまった。
「……はぁ、なによそれ。言ってること滅茶苦茶じゃない。しかも全然意味解らないことばっか……あーあ、もうどうでもよくなってきちゃった」
背伸びをして、霊夢はそう言い放った。無論、霊夢が納得もしていなければ、ただ強がって言っていることなど、レミリア達とて百も承知している。それでも霊夢は、わざわざ下手な芝居をしてまで励ましてくれた人の為に何でもないように振舞うことにした。
「じゃあ続き、いいわね?」
だからレミリア達も、そんな霊夢の気遣いに応えるために先へと促す。
「いいわ、任せる」
「それじゃあ今度は止めないから。覚悟して見てなさい」
そして再び、過去の再生が始まった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
博麗大結界。
今となっては在って当然のモノとなっているが、零夢が巫女をしていた時代にはまだそんな結界は張られていなかった。当代巫女である霊夢自身、博麗大結界がどのようにして成立したのかは詳しく知っていない。
その一番の理由は、八雲紫が全てを公表していないから。
大抵の妖怪にとって重要なのは、結界が張られることで自分達の身に起きる影響だ。それまでの過程ではない。更にその結界構築に辺り、自分達に影響がないと初めから言われていれば気にする者などほぼいなかった。そして無事に結界が貼られた後、やはり何の影響も起きなかったために妖怪たちは深く追及しなかった。
第二に当時の巫女、博麗零夢が詳細な記録を残さなかったからである。
仕事熱心で知られた彼女にしては非常に珍しいことだが、自分の命を妖怪に吸われかけたことを恥と思ったのか。ただ結界が構築されたとしか記さなかった。彼女が何を思って記さなかったのかは解らないが、それでも彼女にとって一番大切な人が理由を知っている。零夢にとってはただそれだけで良かったのかもしれない。
しかし、結界構築時にはまだ他の者たちも大勢いた。
八雲紫、その式である藍。伊吹萃香、息子の大和。ルーミア。そして紅美鈴。
「悪いね美鈴、こんなことに付き合わせちゃって」
「別に構いませんよ。それに大和さんとまた背中を合わせて戦える機会を無駄になんて出来ませんから」
「…実を言うと、僕も美鈴と一緒に戦えて嬉しいんだ」
(あれは門番ね? 大和さんと仲良いのは解ってたけど……)
(美鈴との仲は私よりも長いから、それでしょう。それに二人とも無手だし、気が合うんんじゃないのかしら?)
(美鈴と大和の腕は比べるまでもないけど)
(パ~チェ~?)
(はいはい、大和を馬鹿にしてごめんなさいね)
そう、紅魔館の紅美鈴もそこにいたのだ。
大和と一緒に神社への防波堤になるため派遣された美鈴だったが、自身の主から別の任も受けていた。
「ああもう、何だってんだよこいつ等! それほど強くもないのに全然堕ちない!!」
「熱くならないで下さい! ここを抜かれなければいいんですから!!」
「解ってる!!」
(美鈴には悪いと思ったけどね、仕方が無かったのよ。私たちは既に一杯喰わされた後だったし)
(美鈴の目から戦況を見ていたの。もちろん大和にも使い魔を張り付けてたわ)
(やっぱりストーカーじゃないの…)
「誘われてるのか…? いや、だとすれば何で…?」
霊夢たちの目の前では、相も変わらず大和と美鈴が黒い球体に肩を並べて立ち向かっていた。ただし今回は一人、紫の式である藍が後方支援として参加している。だが実際は大和と美鈴だけで向かってくる妖怪を捌いていた。
(私達の狙いは八雲紫が何を考えているのか探ることだった。弱みでも握れればなぁ、くらいに思ってたの。でも……)
(……何があったの?)
(結局解らず仕舞い。美鈴は黒い球体に足止めを喰らってたし、大和に張り付いてた使い魔はその黒い球体にやられちゃったから。……あ、ほら、これよこれ)
黒い球体から放たれた影槍が四方へ跳び、大和に張り付いていた使い魔の映像が途切れた。残っているのは美鈴から送られてきていた映像のみ。
(アレに気付くとは、流石は大和一番のストーカーとでも言っておきましょう。ホント、アレは本気でやってるのかどうか……訳が解らないわ)
(甘いわねパチェ。元祖大和ストーカーである私から言わせてみれば大甘よ。いい? あの子は本気で大和を狙ってるわ。食料的な意味でも、性的な意味でも)
(……ごめん、ストーカーはもういいから。ところであれは何なの?)
霊夢にとって、先程の二人の会話は再び頭を痛めるものだった。パチュリーが張りつけた使い魔に気付いたストーカーもさることながら、元祖ストーカーだと言いきったレミリア。もういい、これ以上ストーカーのことは知りたくない。無駄に頭を痛めたくないと霊夢は白旗を上げた。
(霊夢も会ったことくらいあるでしょ? ルーミアって妖怪よ。ほら、金髪の)
(うん…? ……うそぉ!? あの弱っちいルーミアがこの球体!?)
紅霧異変に闘った相手のことを、霊夢は大和に全て話してある。その中にルーミアという妖怪がいたのも覚えているが、霊夢にはただの弱い妖怪としか記憶してなかったのだから驚きだ。目の前の球体は明らかに自分のそれを上回っている。勝てるかと言われると、自信を持って頷くことが出来ない。それが目の前の妖怪への感想だった。
(信じられない…。じゃああの時闘ったルーミアは手を抜いていたって言うの?)
(そうでしょうね。まぁこの時、博麗零夢の身に何かあったのは事実。私達がそれを知るのはもう少し後のことだけど)
(……結局のところ、人柱にしたかったんでしょうけど。確かに人柱として巫女を捧げれば、結界の持つ意味合いも大きく異なるうえに強固なものになる。まぁそれは追々見るとして、今は目の前の光景を……レミィ、貴女……)
(わ、私だってこんなとこ見たくないわよ!)
三人の目の前では衣服を颯爽と剥ぎとって行く変態たちの姿が見えているが、敢えて別のことを考えて思考をずらしていた。その中に見知った男性が嬉々として衣服を剥ぎとっている姿があったが、それは何かの間違いだと目を逸らし続けた。
「何だ? 特に何も…ッ!? お、おい大和……その手に持ってるモノって!?」
「フ…。察しの通り、妹紅様の『上着』 にございます」
(うわぁ…でもこういうのも……うわぁ…。ねぇパチェ、こういう無理矢理っぽいのをこの国では何て言うんだっけ?)
(おやめ下さいお代官様……だったかしら。その後、大和が『良いではないか、良いではないか』 と言って迫るはずよ。そんなタイトルの本を読んだから間違いないわ)
(間違い。ええ、これは何かの間違いよ。大和さんはそんなことしないわ。それと魔女、あんた何て本読んでるのよ)
(パチュリーでいいわ。でもしっかり見ておいた方がいいわよ? 貴女、こんなケダモノと一緒に生活してるのだから)
(大和だって大人だもの! そう言う欲求があっても仕方が無いわ!)
(ノロケは黙ってなさい)
(大和さん……不潔よ…)
三人ともそれぞれ違う意味で頭を痛めるが、大和が人よりほんの少し欲望に忠実なのは仕方が無い事実なのだ。しかし縛札衣! などと言いながら衣服を剥ぎとられていく妹紅に、約一人を除いて顔を歪めてしまっている。その一人は何やら熱い目線で眺めているが、二人は努めて見ないようにしている。そして遂に、自身と同じ顔をした巫女までもがさらしを奪われた。
「ッ馬鹿! 変態! 死ね大和!!」
「零夢はまだ若いからね。上着を盗らず、下着だけを奪う『こだわり』 が理解出来ないのも解る」
「むしろあんたの行為に理解が苦しむわよ!」
「大丈夫、男を何年もやれば理解出来るようになるから」
(……次に行かない?)
(えー…)
(そうしましょう。これ以上変態を見ていたら目が腐るわ)
酷い言い様だが、これも大和の一部なのだと霊夢は受け入れることにした。ただ、少し私生活に気をつけようとは思ったが。
そこからの記憶は途切れ途切れ、レミリアたちも毎日覗くなんて真似はせず、時々様子を見に使い魔を放つ程度に収めていた。
(…使い魔の頻度、下がってきてない? これといって特筆するようなものはないようだけど…)
(ぅ~……)
(毎日がお祭り騒ぎなわけがないでしょう? それにレミィも、大和と零夢が仲睦まじくいるのを見るのが嫌になってきたの。だから紅魔館に呼んだりもしたのだけど、予約が入っているからと断られることもしばしば。当時から敗戦濃厚だったわね、レミィ?)
(うるさいわよ! 今あの巫女はいないんだから! 私のチャンス到来なんだから!)
三人の目に映る二人の姿は、どこからどう見ても恋人同士のそれだった。
しかし、霊夢は少し違うのではないかと考えていた。霊夢の目には、どう見ても大和が一方的に踏み込みんでいるようにしか見えなかった。零夢も大和と同じように、それは笑顔で話をしている。それでも霊夢には、零夢がどこか線引きをし、大和を寄せ付けないようにしてるように見えていた。
そして三人が見つめる中、再び始まった大和とルーミアの戦闘が始まる。
「う~ん……面白くないなぁ。もしかして、避けられてると思ってる? 甚振ってるだけなのよ?」
(大和とルーミアの戦闘…。霊夢も日蝕異変くらいは聞いたことあるでしょ?)
(少しだけなら、記録で見たことがあるわ。たしか、宵闇の妖怪が幻想郷から太陽を闇で遮ったとかなんとか。……あら、霧で覆ったあんたと同じじゃない)
(うぐ……わ、私とルーミアを同じにしないで! 私はもっと優雅にやったわ!)
(そしてレミィも霊夢にやられたと)
(パチェってばさっきから酷くない!?)
そこには何故か零夢の姿がなかった。霊夢の目から見ても、大和とルーミアの戦力差は明らか。にも拘らず、本来隣に立っているべき零夢が姿を見せない事に、霊夢は苛立ちを隠せなかった。それだけではない。たった一人で危険なことをしている大和にもだ。まるで経験してきたことの様に、霊夢は苛立っていた。
そんな霊夢に気付かれぬように、レミリアとパチュリーは盗み見る。引き込まれるように、喰いつくように見続ける霊夢に、レミリアは心の中で念じていた。亡霊に引っ張られるなと。
(~~ッ何で巫女は来ないの!? 大和さんが死に掛けてるって言うのにっ!!)
肩を喰いちぎられ、棘で全身を貫かれた大和は既に満身創痍。傷口から止め処なく流れ出る血が、大和の命が大地を紅く染めるころ、霊夢は狂ったように叫んでいた。何故来ない、何故助けに現れない。
(落ち着きなさい、博麗霊夢。ここで怒鳴っても仕方が無い)
(パチェの言う通りよ。それに大和は生きてる。だって今も一緒に暮らしているでしょう?)
(…ッでもっ!)
(家族が傷ついて取り乱すのは仕方が無い。でもここは記憶の中で、私達は何も出来ないの。何も出来ないのよ)
我儘な幼子をあやすように、二人は優しく話掛けた。
(黙ってて! これは私の問題よ!)
(落ち着きなさい、霊夢の気持ちだって解ってるから。それよりもほら、博麗零夢の登場よ)
「私の友達に、何してくれんのよっ!!」
それでも霊夢の苛立ちは止まらなかった。なんとか落ち着かせようと話掛けるパチュリーだが、霊夢にとっては逆効果だった。だがその頃には、颯爽と現れた零夢が窮地の大和を救いだしていた。それもルーミアではなく、助けるはずの大和を蹴飛ばして。
そして助けにきたてゐの持つ薬によって完全復活した大和が、再び空へと舞い戻る。パチュリーとリンクしているからか、記憶の中の光景が大和視点と隙間視点の両方で見られるようになった。つまりここからは大和主観での記憶も見られる。パチュリー以外の二人にとって、大和視点で物事を見るのは初めてのことだ。レミリアは嬉しくて仕方が無いように笑っていた。反対に、霊夢の顔が苦々しくなっていく。
(…巫女の動き、なんだか変じゃない? あれだけの力しか籠ってない符なんて、あのルーミアに効きやしないわ。何で全力で行かないの?)
(……)
(……)
二人は何も言わなかった。言えなかった。
あの時、隙間から見ていた零夢の姿がどれだけ痛ましかったか。
あの時、伝わってきた大和の感情がどう叫んでいたのか。
それを知っている二人には、ただ黙ってあの時の焼き増しを見るしかなかった。
一人と二人がそれぞれに思いを馳せている間も、過去の再生はどんどん進んでいく。
大和が言い合いをしている零夢と妹紅に合流し、それを止めようとするも失敗。惨めな真似してんじゃないわよ、と霊夢が毒づくも、記憶の中の住人にその声が届くことも無く。そうこうしている内に、痺れを切らしたルーミアが打って出た。
「遊びはお終いよ、小娘共。死ぬか逃げるか選ばせてあげる。私の狙いは御主人様だけだから」
(……まって)
(どうしたの?)
苛立ちながらもしっかりと前を見ていた霊夢だが、急に額を押さえて息を荒げ出した。霊夢の異変に気付いたパチュリーが大丈夫かと問いかけるが、喰いつくように見ている霊夢には聞こえない。ハァ、ハァと息を荒げ、ぼそぼそと何かを呟いている霊夢に、レミリアが訝しげな目で『視た』
「寝言は寝て言え。弟分を狙うって言うのに黙っている姉貴分がいるか」
(私……ここ、知ってる…?)
(…! 待ちなさい霊夢! 引っ張られちゃダメ!)
そして何かに気付いたレミリアが急いで霊夢を止めようとする。だが、止まらない。
「別に良いけど。でもそっちの巫女は足を引っ張った末に、確実に死ぬわよ。とある事情から全力が出せない身体になったのだから」
(…憶えてる…? …全力が出せない理由も…)
(自分をしっかり持ちなさい! 貴女は霊夢! そうでしょう!?)
(なんで……でも、解る)
加速していく呼吸音が、過去と現在の二人の呼吸音が重なろうとしている。
「ルーミア、何か知ってるの?」
(確かあの時……言った言葉は、言ったと知っている言葉は……)
(パチェ! 止めなさい! 今すぐ!!)
(解って……ッ!?)
「むしろ御主人様が知らない方がおかしいと私は思うのだけどね。知らないのなら話してあげても…」「黙ってろこの糞妖怪!!」
(黙ってろ、このクソ妖怪!!)
薄れゆく意識の中、巫女の叫びが響いた。
またこんなところで止めるのがじらいです。霊夢…いったい何者なんだ……と言う質問にはお答えできませんのであしからずorz ネタばれになるのか解りませんが、とりあえず最終話までとっておいて下さいw
今回、文が言っていた内容はお分り頂けたでしょうか? 大和の同族とか、月とかが出てきましたよね? 一章でちょろっと、三章で出た大和出生の話に関わる話です。ここが伊吹伝、と言うことですよ。オリジナル話なので、ちょっと……と思われる方もいらっしゃるとは思いますが、どうかご勘弁下さいorz その辺りが誰と関わって何になるのかは、文と大和、萃香の話で想像がつかれると思われます。
サブタイが起承転結に変わりました。今回が転、つまり次回は結(予定)。……なんとか終わらせてみせます!
ところでコメント下さった皆さん、ありがとうございました。何かと吹っ切れることが出来たので、これからもブイブイやらせて頂きます。ストックは0になりましたけどね!
それではまた次回の後書きで