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東方伊吹伝  作者: 大根
終章:終わりは始まりの桜
160/188

伊吹大和と言う男・起

「あれ? 何だろうこの人だかり」

「凄い人ですね。何かあったんでしょうか?」


呑みながら話をするということで人里に行ってみると、大勢の人がある料亭を囲っていた。皆が皆、店の中を覗きこもうとしている。何かトラブルでもあったのだろうか? 僕たちが行こうと思っていた場所なだけに、少し心配になってきた。


「あ、慧音さん。何かあったんですか?」


これだけの人が集まっているのだから当然いるだろうと思って探していると、やはり目当ての人はいた。何やら深刻な顔をして店の人と話をしている。ところが声を掛けてみると、もの凄い勢いで振りかえられた。


「ああ伊吹君! 今呼びに行こうと思っていたところなんだ! すぐに中に入ってくれ!」

「え? ええ? 文、どうする?」

「…とりあえず入ってみましょう。…なんだか凄く嫌な予感がするわね……」


うん、僕もそう思う。なんだかこう、行けば帰って来れないような……

―――お酒おさけおさけ~! どんどんもってこぉ~い!


「慧音さん。僕たち帰りm「駄目だ」 ……」


こうなったら覚悟を決めよう。だから文もそんな真っ青な顔しないで覚悟を決めて欲しい。大丈夫、お酒を呑んで死んだ人は見たこと無いから……。


「…でも、良い機会かもしれません」

「え?」

「私もあの人に聞きたいことがあるんです。行きましょうか」





◇◆◇◆◇◆◇





「すごい惨状ね。本当に何があったの?」

「……言っただろう、ただの計算違いだ」


案内されるままの道中にはメイドを筆頭に吸血鬼の妹や紅い妖怪、果てにはどう見ても貧弱そうな魔女までがヘルメットを被って作業を行っていた。全員が気だるそうにしていて、レミリアを見ると舌打ちをする奴まで現れるほど。本人は門番をやっていたなんて言ったけど、本当はこの片付けから逃げただけなんじゃないだろうか? それでも当主が門番をするなんて、前代未聞のことだと思うけど。


「ここだ。この部屋は特別製でね、世界が滅んでもここだけは残るようになってある」


そんな珍道中と瓦礫まみれになった館の中で唯一、まさに奇跡的に無傷だった部屋へと案内された。

神社とは違った西洋風の赴きが感じられる、なんて言えば良いのかしら。私には良く解らないけど、置かれている箪笥やベッドも全て一級品なんでしょうね。生活感が溢れている感じからして、ここはレミリアの自室なのかしら?


「ふぅ、とりあえず椅子に座りなさい。紅茶でも呑む?」

「貰うわ。それよりどうしたの? さっきみたいな威厳が無くなったわよ?」

「この部屋に来たら、此処に住む人は皆こうなるわよ。私だってそう。ここに来たらただのレミリアに戻るの。それに、今から全部話さなくちゃならないのよ? 体裁なんて無駄でしかないわ」

「ふぅん……。私は無駄に偉そうじゃない今の貴女の方が好きよ」


それにしても随分な変わりようね。異変の時は最強種らしい威厳に溢れた奴だと思ってたけど……これじゃあ前に会った刀っ子と変わらないじゃない。やっぱり歳よりも見た目なのかしら?


「褒め言葉として貰っておくわ。…さくやー」

「はい、お嬢様。紅茶を御用意しました」

「流石咲夜、仕事が早いわね。…そうだ、今から大和のことを話すの。よかったら貴女も聞く?」

「……いいえ、結構です。私にとってのあの人は、今のあの人だけで十分ですから」

「流石咲夜、かっこいいわね。貴女も少しは見習って欲しいものだわー」


はふぅ、と脱力して天井を仰ぐ姿からは、さっきまであったカリスマ性がまったく感じられない。それに少女どころか、生きることにつかれた小さなお婆さんにすら思えてくる。


「あんたが約束したことでしょうが……」


それにつられるように、私も脱力してしまった。気付いた時にはメイドの姿は消えていて、紅茶の入ったカップとティーポットがテーブルの上に置かれてある。貰えるものは貰う主義なので呑んでみると、お茶とは違った美味しさに驚いた。……たしか時間を操れるんだっけ? 便利そうな能力ね、あのメイドもだけど。一家に一人は欲しいわ。


「フフ……あんた、ね」

「なによ」

「別にー。ただ、ここまで似るものなのかなぁって」


ふふ、と自嘲とも諦めとも取れる笑みを浮かべるレミリア。そう言えば、あの時も何か訳の解らないことを言っていたような気がする。それも私に関係しているんでしょうね。私が誰に似ているのか。大和さんはいったい何なのか。そして知っているのなら、私の夢のことも全て吐いて貰う。そのつもりで今日はここに来たのだから。


「話しなさい。あんたが知っていること全部」

「……話すのは難しい。正直のところ、私も話したくないのよ」

「…なんですって? 今更そんな言い訳が「だから貴女を私の中に取り込む」 ……っ!?」


レミリアの目の大きく開かれた瞬間、私は闇の中に落ちていった。






◇◆◇◆◇◆◇





(ここは……?)


霊夢は僅かに見覚えのある場所に立っていた。その僅かに見覚えのある場所について頭の中を探っていると、ここが紅魔館のホールに値する場所だと思い出すことができた。

それもそうだろう。彼女が居た場所は、間違いなく紅魔館の一室だったのだから。ただ、彼女の知る紅魔館とは違った造りをしていたり、部屋にいたはずがホールに立っていたりと不思議な状況に立たされているのだが。


しかし、何時の間に私はあの部屋から移動したのだろうか? まさか知らぬ間に移動させられた?

いくら考えても答えが出てくることは無く、霊夢はただ時間が過ぎるのを感じるだけ。一緒に部屋にいたはずのレミリアも見当たらず、どうすることもできずに立ち尽くしていた。


「ねえ貴方、さっきからそこで何をしているの?」

(ったくレミリアめ、居るのならもっと早く声を掛け……は? いやいや、ちょっと待て。あんたが誰よ。と言うか、何で縮んでるの!?)


そうやってただ周囲を見渡すだけだった霊夢の耳に、レミリアの声が届いた。その声に若干の安堵と苛立ちを含みながら振り向いた霊夢だったが、それまで以上に困惑させられることになる。霊夢の目に映ったのは、何故か小さく、そして更に幼い姿をしたレミリアだった。


「えっと、伊吹大和です。ハジメマシテ」

(…ぇ……ええ!? や、やまと、さん……?)


その動揺に追い打ちを掛けるように現れたのが、こちらもまた小さく幼い大和だった。背丈もレミリアとさほど変わらず、見た目は何処にでもいるただの子供。

霊夢の知っている大和と言えば、お堅く厳しく、それであって強いイメージ。なのに霊夢の目の前の大和にはそんな威厳など露ほどもなく、どこか浮足立って頼りない雰囲気すら醸し出している。


そんな大和とレミリアを見た霊夢は―――酷く混乱していた。


(え? いやいや、落ち着け私。でも何これ? いったいどういうこと!? いや……だから落ち着きなさい私mってああもう! 何がどうなってるのよ!? あれが大和さんで、何時も見ている大和さんも大和さんで!?)

(あーあー、テステス、マイクテス。博麗霊夢、聞こえるかしら?)

(五月蠅い黙って……って、レミリア!? これはいったいなんなの!? それにここは何処なのよ!?)

(怒鳴らなくてもいいじゃない。ここは……そうね、私の記憶の中と言ったところかしら)


話すのが難しい、とレミリアは言ったが、それは話すのが嫌だということではない。確かに嫌だとは言ったが、霊夢との勝負に負けた時点で彼女の心には諦めが着いていた。例えそれが、心から愛する者に対する裏切り行為だとしても。何より約束を反故にすることを嫌う彼を思えばこそ、そうするしかレミリアに手は残されていなかった。本人の意思に関係なく。

しかし、いざ話をするとなると膨大な時間と労力が必要になる。それを嫌ったレミリアが取った行動が、自身の記憶の中に霊夢の意識を引きこむと言った手法。現実では、今でも椅子に座ったまま対面する二人がいるだろう。


(じゃあ私の目の前にいるのは……)

(そう。小さい頃の私と、私が初めて会った時の大和)


ああ、成程。初めて合点がいったように霊夢は頷く……はずがなかった。


(あり得ないでしょ!? なんであんな百面相が出来るの!?)

(ツッコミ所はそこなの!?)

(だってそうでしょ!? 大和さんが笑ったりする所なんて見たことないんだもの!)

(……よし、とりあえず深呼吸したあとでいいから理解して。納得できなくてもいいから理解して。アレはああいうモノよ)

(~~~ッああもう! そうしないと始まらないものね! そうよね!)


今の大和との違いに驚き過ぎて感覚が麻痺してしまいそうだった。あり得ない、あり得ないと呪詛のように呟く霊夢だが、なんとか自分を押さえようと必死になった。

ここはレミリアの記憶の中、だったら私の知っている大和であるはずがない。納得できなくても理解しなさいよ、落ち着け私。そう自分に言い聞かせた。


だがその半面、自身の望んだ光景が目の前で繰り広げられていることに嬉しさも感じていた。ここから大和を知るための一歩が始まるのだ、と。その一歩目が予想以上にキツいものだったが。

しかしその驚き以上に思うこともあった。それは、これほど幼い頃に大和と出会っていたレミリアに対して抱いた複雑な感情。



(大和さんの小さい頃って、なんだか新鮮ね。子供みたいにはしゃいじゃって…)


驚きも山を越えれば何ともなく思ってしまえて、霊夢は小さい大和を呆れたように見ていた。子供のように、いや、子供なのだから当たり前なのだろう。無邪気な笑顔を浮かべて、自分の体験談を話す大和。それ以上に無垢な心で真正面から聞き続けるレミリア。無邪気な子供二人の会話を聞いている霊夢の頬も、二人のように自然と緩んでいった。


(ふふ、大和さんも結構背伸びするのね)

(一応は全部本当らしいわよ?)

(はいはい、当時のあんたもそう思ったんでしょうね)


その話す内容については、どうも信じる気にはなれなかったが。

何せ大和の見た目はどう見積もっても十歳かそこら。そんな子供が、やれ大人を投げ飛ばしただの、月のお姫様を守るために闘ったなどと、そんな大それたことを出来るわけないじゃないか、と。


確かにこのとき大和は事実を十二分に誇張しているが、嘘は一つも言っていない。霊夢は知らないだろうが、この時の大和の年齢は既に四百かそこら。精神面はまったく成長してないに等しいが、蓬莱島で過ごした日々の成果は、確かに大和の身に沁み込んでいたのだから。


(それにしてもあんた、小さい頃なんて言っても今と体型が変わらないじゃない)

(五月蠅いわね、ちゃんと成長してるわよ。毎日牛乳だって飲んでるんだから)

(そんなまな板で言われてもねぇ…)

(……もう一度貴女を殴りたくなってきたわ。いいから話を進めるわよ? 当時、私の家の周囲は騒々しかったらしいの。私は何も知らなかったけど。危ないからって外に出させてくれないから、外の世界なんて知らなかったわ)

(世間知らずの箱入り娘?)

(一言余計よ。あ、お父様だ)


楽しそうに話をしていた二人の間に、三人が割って入ってくる。

二人は霊夢も知っている人物だ。現紅魔館門番の紅美鈴、そしてレミリアの父親アルフォード。あと一人派手な礼服を着た人物がいたが、霊夢は関係がないだろうと聞かずにいようとした。


(彼はケビン・フォレスト騎士。派手な見た目通り軽い人、騎士団内では不良騎士なんて呼ばれてた。この後からだけど、大和とはよく一緒に行動してたから知っておいた方がいい)

(…? 大和さんは紅魔館に滞在しなかったの?)

(ここに住んで、彼と一緒の仕事によく出かけてたの。まぁ見てなさい)


そんな霊夢に、レミリアは苦笑しながら説明する。懐かしいわね。ホント、あの時は楽しかった。などと、思い出に浸って呟かれる言葉を聞いた霊夢の顔に少しだけ、もしかすると本人すら気付かないほどの嫉妬の色が出ていた。それはレミリアが話す声色が本当に楽しそうであったからか、それともまた別の要因か。


その最中、記憶の中の紅魔館では既に戦闘が始まっていた。

切っ掛けはどうしようもない勘違い。霊夢が見ても溜息を吐くほどくだらない話だったが、当人たちにとっては放っておけることではないのだろう。ホールには矢が飛び、妖力弾が炸裂しては壁に大穴が空いていく。交差する拳と蹴りの応酬は、鈍い音と共に館を揺らしていた。


そんな常人には追いつけない速さでの戦闘を、霊夢はしっかりと目で捉えて分析していた。

自分ならどうするか。相手の動きにどう対応し、反撃するにはどうすればいいかを頭の中でイメージしていく。

そして自分でも十分通用すると結果を出した時、今まで後に下がっていた子供やまとが乱戦の中に跳び込んでいった。その姿を見た霊夢は、思わず『危ない!』 と叫んだ。しかしその声が聞こえることはなく、小さな大和はアルフォード目掛けて突き進む。

子供が大人に敵うわけがない。次の瞬間には人であった肉塊ができ上がる。誰でも予想がつくそんな未来予想図。その例に漏れず、霊夢もそう思っていたが……


(…うそ……まだ子供なのに、あんなに闘えるなんて)


予想に反し、大和はアルフォードを相手に大立ち回りを繰り広げていた。小さな身体を動かし、最小限の動きで猛攻を躱し続けている様はまるで舞踏のよう。そんな姿を見れば、感嘆するほかなかった。


「なんで僕ら人間が武術を、努力をするか理解る?」

(言っておくけど、大和は天才なんかじゃない)


大和の右手に淡い光が込められ


「産まれ持った才能の無い人間が有る人に立ち向かうなんて、一や十、百の努力では無理だろうね。僕には才能なんて欠片もないから」

(え!? だ、だったら何であんな小さいのに闘えるのよ!?)


左手に、右とは違う色の光が込められる


「でも千の努力なら?万の努力ならどうなる?」


両の手を合わせれば、握りしめられた拳に極光が燈った


(本人にね、一度だけ言ったことがあるの。天才なんだねって)

(……)

(泣いて否定されたわ)

(…!? じゃ、じゃあどうやって……?)


「努力は才能を超えると…信じているから!!」

(本人曰く『努力』 だそうよ。そんな二文字で表わされることなんかじゃないと私は思うけど)


もの凄い勢いで殴られた。壁に叩きつけられて、血反吐も吐いた。胸を魔槍で貫かれたりもした。

それでも大和は勝ってみせた。自分の放った拳で気絶するなんて締まらない決着だが、それでも勝ちは勝ち。圧倒的な勝ちなんかじゃない、本当の意味で泥臭い闘いの上での勝利。


(…カッコいいわね)

(ええ……最高にカッコいい人よ)


それでも霊夢はどこか誇らしげに微笑んでいた。夢で見た彼と、今目の前にいる大和はまったく同じではないかと。なら、今頃神社にいるであろう彼もきっと……。まだ彼の本質は見れていない。それでも決して悪い人なんかじゃない。

そう確信が持てたように微笑んでいた。


(あれ? 場面が…)

(これは……)


場面は映り変わり、執事服を着た大和が分厚い本を読んでいる。隣にはレミリアもおり、小さな身体の半分はあるかのような本を一生懸命読んでいる姿は、なんとも微笑ましいものがあった。

そんな二人を微笑ましく見守る一人の女性の姿がいた。その女性は、一部を除けばレミリアをそのまま大人にしたよう。慈しむような視線の先には二人がおり、その姿は聖母のそれであった。そんな彼女は時折大和から尋ねれる質問に、優しく丁寧に受け答えしている。


(お母様……)

(……)


とても哀しそうに呟かれた小声に、霊夢は返すことが出来なかった。

霊夢とて、紅魔館に住む吸血鬼の数くらい把握している。ならば呟きに込められた感情、その理由を理解できなくとも、人として感じることはできた。

妖怪にだって親がいて、家族もいる。ならそうなる・・・・のも当然じゃない、と聞こえなかった風に装った。


「大和君」

「はい、先生!」

「残念だけど……魔法の必須条件である才能が圧倒的に足りないわ」

「……才能才能って、僕だって好きで置いてきたわけじゃないんだい! うわーーーーん!!」


(……ぷ)

(……うわぁ)

(く、くく、あははは!)

(ねぇレミリア? この子、小さいけど大和さんよね?)


そんな気不味い雰囲気をブチ壊すように、図書館から大粒の涙を流しながら走り出した大和。大袈裟にも泣き叫びながら扉を突き破って行く姿には、先程のような勇ましい様など全く感じられない。霊夢にとってはあまりに非現実的すぎて、最早ウケ狙いか何かとすら思えてくくる。

たが間違えてはいけない。これが素の大和だ。


そんな情けないさまを見てか、先程までのお通夜のような雰囲気は一転した。レミリアは大笑いし、霊夢は若干…いや、だいぶ引いていた。


(うふふ…そうよ。これが、これこそが大和なの!)

(…ないわー)


「でっ、では僭越ながら、炎系統の魔法をば」

「焦っては駄目よ? 魔力の流れを感じ取って「せっ、先生! 魔法が爆発しそうです!?」 …溜めこんでも駄目だし、爆発させちゃいましょう。えい!」

「ぁ―――


魔法を発動させては失敗して自爆。

(この時は私も巻き込まれた…)

(うわぁ……)


「掃除くらいはしっかりして貰わないと困る」

「すいません執事長……」

「焦らず、綺麗に、素早くだ。いいな?」

「はい。……ふぅ、執事長は行ったね。まったく……僕は執事じゃなくて、先生の教え子でお客様だってのに。……ちょっと休憩さぼしよっと」

「あー! 大和また休憩してるの!?」

「怠けてないよ!?」


掃除が遅ければ叱られて、拗ねた上にサボる。

(一時期はサボっている所を見つけるのが楽しかったわ)

(へー…)


「おーい大和君、ちょっとフランちゃん貸してくれへんかー?」

「帰れ不良。フランに悪影響なんだよ!」

「如何わしいお店に足繁く通う人の言葉とは思えんなぁ」

「……大和? 少し私と話しない?」

「ボク、掃除しないといかんのや。と言うか、ただの酒場に行ってるだけじゃないか!」

「『特殊な』 酒場やろ? あと、ワイの真似せんといて。ワイまで疑われてまうやろ?」


様子見と訪ねてきたケビン相手には散々弄り倒され、振り回される。

(い、如何わしいお店って……大和さん、不潔よ!)

(浮気は男の性分だとは思うのだけど…、大和の場合はちょっとオイタが過ぎると思うの)


酷い言われようだが、それも仕方が無いと言うものだろう。

移り変わる場面に映されるのは、客観的にも霊夢の主観的にもどうしようもなく駄目な姿ばかり。良いところよりも駄目なところが目立つのは仕方が無いが、流石に数が多過ぎた。


(くっくく、ホント、どうしようもないでしょ?)

(さっきまではカッコ良かったのに、これはちょっと幻滅ものよ……)

(そう言わないの。あれもこれも全部含めて伊吹大和なんだから)

(完璧な人なんていないってことを、改めて思い知ったわ)

(なにを当たり前なことを。それこそ大和なんて、足りないところばかりなんだから)

(でも……楽しそうね)

(……ええ、本当に楽しい日々だった)


御世辞にもカッコいいとは言えない失敗談ばかり。だがそこには必ずと言っていいほど笑顔があり、本来の大和そのものがあった。誰もが笑顔で笑い合える日々。人は未知なるものに対して、必ずと言っていいほど興味を抱く。霊夢にとって、体験したことのない目の前の光景は何よりも輝いて見えていた。

だが霊夢は気付けているのだろうか? その光景を眺めている霊夢自身にも笑顔が浮かんでいることを。

そして霊夢が強く望めば、何時でもそんな日常を手に入れられる可能性があるということに。



そんなある日、執事服の上に白いコートを羽織った大和が紅魔館へと帰って来る。背も少し伸びたようだが、大きなコートは地面すれすれを彷徨っている。そんな大和の足取りはどこか重く、太陽のような笑顔は消えて怒りに満ちていた。


「まったく! 僕を盾にするなんて酷いよ!」

(どうしたのかしら?)

(騎士団の出張帰りみたいね。ケビンには良いように使われていたらしいから、それで怒ってるのよ)


しかし二度、三度と同じようなことを繰り返していく内に、大和の顔からは怒りが消えていった。

怒ってはいる。が、その怒りの感情以上に悲しげな表情が増していった。俯いた姿からは、何か思い悩むのを必死に堪えているようにしか見えない。


「…ただいま帰りました」

「あ! お帰りなさい大和!」

「ヤマトおかえりー」

「うん。ただいま」

「……ヤマト、元気ないの?」

「え!? い、いや、そんなことないよ? じゃあフラン、レミリアも一緒に遊ぼうか!」

「うん!」


(…何かあったの?)

(……私も知らないの。騎士団で起きたことは決して教えてくれなかったから。でもこの後に一度だけ、大和が血塗れで帰って来たことがあったの。何があったのか聞いても応えてくれないし、抜け殻みたいだった。最終的にはお母様が大和を元に戻してくれたのだけど…)

(あんたは何も知らない、と)

(それでも何か大変なことに巻き込まれてたことは、小さな私でも解ってたわ。どうすることも出来なかったのが悔しいけど……)


そしてレミリアと大和の出会いから六年。その頃の紅魔館には、吸血鬼一家とそれに着き従う者が二名。この時はまだ客人扱いだった美鈴と大和、そしてパチュリー。咲夜と小悪魔を除けば、既に全員が集っていた。


「誰?」

「はいはい可愛い吸血鬼ちゃん、アキナだよ~」

「お姉ちゃん、ヤマトそっくりだね!」

「何故か僕たち兄妹ってそっくりなんだよねー」

(本当にそっくり…。大和さんの……姉?)

(貴女が大和を下に見た瞬間を捉えたわ)

(……そ、そんなことないわよ?)

(大和の妹さんよ)

(嘘!? …じゃなくて、別に下に見たり馬鹿にしたわけじゃないのよ…?)

(色眼鏡で見るよりはだいぶマシだから安心しなさい。誰も責めないから)


明くる日の夜中、四人が仕事と称して紅魔館を出る準備を終えて門前へと集まっていた。


「じゃあ僕とケビンさん、アキナとパチュリーで出かけてくるから。たぶん昼くらいには帰ってこれると思う」

「うん、じゃあ何時も通り待ってるから。パチェは特に気をつけてね? ……でも何でパチェもなの? 何時もは図書館で引き籠っているに、自分から外に出かけるなんて」

「…時には運動も必要なのよ。それに大丈夫。いざとなれば大和を盾に使うから」


レミリアも何時ものように見送りに出ていたが、何時のまにか親友であるパチュリーも大和たちと一緒に行くことに首を傾げていた。少し不思議に思いながらも、このメンバーなら危険に陥ることなどあり得ない、何時も通り無事に帰ってくると高を括っていた。


だがその慢心が悪かったのか。次に場面が慌しく移り変わった時、霊夢の目に映るレミリアは後悔させられていた。吸血鬼にとっては就寝時間の真昼間、大和とケビンは怪我をしたアキナ・パチュリーを抱えて紅魔館へと戻ってきたのだ。レミリアはフランドールと共にいることで何とか平常心を保っていたが、霊夢の目は誤魔化せなかった。


(あんたも大概強がりよね)

(…うるさい)


大和が二人を担いで病室へと運ぶ。特にアキナの怪我が酷く、ベッドに寝かせた後も大和は不安そうに見守っている。


「先生、二人は助かりますよね…?」

「安心しなさい。アキナちゃんもパチュリーちゃんも私がしっかりと治してあげるから。貴方も疲れたでしょう? 今日はもう寝なさい」

「……すいません、お願いします」


一度頭を下げ、大和は宛がわれている自室へと向かった。二人の会話を部屋の前で盗み聞きしていたレミリアとフランドールは、部屋から出てきた大和に慌てて身を隠す。余程疲れていたのか、大和は二人に気付くことはなく去って行った。


「レミリア、フランドール。そう言うことだから、今日は休ませてあげなさい」

「はい」 「はーい」

(…何だか嫌な予感がするわ。とんでもないことが起こりそうな、そんな感じが)

(……勘が鋭いのね、大当たりよ)


霊夢が不吉な予感を感じ取って呟いたが、流石は博麗の勘とでも言うべきだろうか。

噂をすれば影とも言うが、この後から大和やレミリア、紅魔館に住む者たちにとっては忘れようにも忘れられない出来事が始まる。


「襲撃だと!?」


それは最後の人妖大戦の始まりの鐘か、真夜中の食卓にアルフォードの怒号が響き渡った。突然声を張り上げた父親の姿に、レミリアとフランドールは小さく身体を震わせた。


「左様でございます。現在、門番が迎撃に出ておりますが多勢に無勢。そう長くは持ちますまい」

「…押し返すことは可能か?」

「左様でございます…と、申し上げたいのですが、まず不可能でしょう。数が多く、突破は免れません」

「……俺も出るしかないか…。執事長クラウス、着いて来い」

「私も出ましょうか? それならまだ…」

「お前は子供と怪我人を連れて逃げろ。フランドール、小僧を叩き起こして発破を掛けてこい。お前とレミリアは怪我人を運び出す準備をしてくれ」

(よくこんな人外魔郷に襲撃しようなんて思う人がいたのね)

(貴女もそうだったじゃないの……)


次々に命令を発するアルフォード。困惑する少女二人だが、母親に促されてそれぞれ行動を開始する。フランドールは大和の自室へ、レミリアは病室へと走った。

レミリアが病室に着いたとき、既にパチュリーは目を覚ましていた。鋭い目つきで窓から外を眺めていることから、もう外の異変には気付いているのだろう。隣にいるアキナもまだ起き上がれていないが、顔をレミリアに向けて説明を促していた。


「レミィ、外が騒がしいようだけど何かあった?」

「襲撃…、だって」

「そう」

「……驚かないの?」

「何となくそんなことが起きると思ってたから」

「それにあんな事があった後だし。やっぱり弱っているところを叩きたいと思うじゃない?」

(あんな事?)

(アキナ達が仕事にミスしたことよ。その報復で今回の襲撃って読んでたみたい。本当は違うのだけど。……それにしてもこの時の私はかなり動揺してたみたいね。情けない、身体が震えてるじゃない)


「…貴女たち、未来予知でも出来るの?」

「まさか。大和じゃあるまいし」

「私は出来るわよ? 兄さんの妹だし」

「…ふふ」

「レミィ、笑ってる場合じゃないんじゃない?」

「それもそうね…。一応聞いておくけど、闘える?」

「もちろん」 「無理ね」

「よし、じゃあ逃げるわよ!」

「レミリアちゃん? 私は闘えるって言ったんだけど」

「はいはい、じゃあ背負わないでも逃げられるでしょ? 一人で逃げて貰えるかしら」

「……レミリアちゃんのいけず」

「初めから素直に言ってればいいのよ」


パチュリーは地力での飛行なら何とか可能であると言うことで、逃げるための持ち物といえばベッドに括りつけたアキナだけ。そしていざ脱出、と言ったところでフランドールが飛んで来た。少し満足気にほほ笑んでいるのは、大和に上手く発破を掛けれたからか。


「お姉様!」

「フラン、大和は!?」

「敵を引きつけるからその間に逃げてって、そう言って行っちゃった!」

「…ッお母様、私も!」

「駄目よ。いま此処に残れば、いらない犠牲が出る」

「でも!」

「お願いレミリア、母様の言うことを聞いて頂戴。それに外で押し留めている人達のことは知っているでしょう? みんな一騎当千の猛者ばかり。大和君だって私の教え子、そう簡単にやられることはないわ。私たちはあの人が言ったように、まずは安全圏まで逃げましょう。反撃はそれから。大丈夫、誰も死なないわ」


真剣な眼差しで訴えてくる母親に、さしものレミリアも頷かざるを得なかった。大丈夫、きっとみんなは大丈夫と呟いた後、前を見据える。その目には自分がやるべきことがはっきりと映っていた。


(……何かがおかしい、そう感じてはいたんだけどね…)

(…?)

(ほら、私たちが逃げるわよ)


包囲網が緩んだ一瞬の隙を突き、レミリアたちは紅魔館から脱出する。それを追撃する姿が幾らか迫る。霊夢はその追いかけてくる者たちの姿をみて驚愕した。追いかけてくるものが人間ではなく妖怪だったからだ。人が妖怪を討伐するのは理解できる。しかし妖怪の軍勢が妖怪を襲撃する、所謂同士討ちをする意味が霊夢には理解できなかった。


怪我人を二人連れているからか、一向の逃げる速さはそれほど速くない。苦い顔をするレミリアに、フランドールが何か訴えるように見つめた。それを見たレミリアは頷き、二人は同時に妖力を身に滾らせる。


(この時に産まれて初めて死を感じたわ。フランも同じだったみたい。戦場に入ったら死ぬかもしれないって。でも友達を守るために闘って死ぬのなら別に構わない。そう思わせてくれたのは、ずっと一緒にいた大和だったわ)

(……)


霊夢にはレミリアの言うことが理解出来なかった。誰かの為に闘って、誰かの為に死ぬ。そんな相手もいなければ、そう決意する必要もこれまでなかったから。大和はその対象になるのかと言われると、正直のところ霊夢はすぐさま頷くことが出来なかった。常に守られているからか、守るという発想が浮かばないのだ。


(結果的に決意だけですんだけどね。本当に危ない所だったけど、ケビンが騎士団を連れて助けに来てくれたから間に合ったの。……ここで一旦記憶を止めるわ、帰って来なさい)

(まだ終わってないじゃない)

(……お願い。ここから先は、見せたくない。言葉だけで、説明させて…)

(……いいわ。じゃあ戻して)


レミリアは記憶の再生を止め、霊夢の意識は初めに座っていた椅子へと戻る。視線の先では、レミリアが静かに紅茶を飲んでいた。


「……」

「……」


互いに何も言わず、沈黙が部屋を支配する。揺れる水面へと視線を落しているレミリアに、霊夢はただ見つめるだけに留めていた。


「……お母様は」


哀しそうに、油断すれば今にも涙が溢れそうなほど顔を歪ませたレミリアが静かに話し始める。霊夢は無言を貫き、レミリアがその先を話してくれるのを促す。


「…お母様は、このあと起こった大戦の最中に亡くなった」


やはりもう亡くなっていたのか、と霊夢も目を伏せた。『ああ、そう』 と普段なら返せたかもしれない。しかし今の霊夢に出来なかった。目の前にいる吸血鬼がただの少女に見えて、ただ母親の不幸に悲しんでいる少女に見えたから。一度でもそう見えてしまえば、軽く口を挟むなんてことが出来なかった。紅茶に映った霊夢の顔は、自身が思っていた以上に歪んでいる。


(大切な人が死ぬのって、どんな感じなんだろ。哀しくて、どうしようもなく泣き叫ぶのかしら…。私だって大和さんが死んだら悲しむ。でもどれだけ辛いのかんて解らない。きっとこれは、当人にしか理解できないことなのよ)


同情すればいいのか、それとも慰めの言葉を掛ければいいのか迷った結果、霊夢は黙って聞き続けることを選んだ。私の掛ける言葉は、レミリアを傷つけることしかできないだろうと思って。

だが次にレミリアの発した言葉が、霊夢の心を大きく揺さぶることになる。



「その大戦の最中、私のお母様を殺したのは――――大和よ」


何を言われたのか、霊夢には理解できなかった。






本当にこれでいいのか迷っているじらいです。今回の総集編もどき、思っていたのと違うと感じた方、出来れば御一報ください。私の頭ではこれくらいしか出て来なかったので、下に向けて参考にさせて頂きますので!


それとお知らせです。活動報告の方にはもう書きましたが、なんとこの度! 伊吹伝が『動画』 になりました!! ……うわぉ。ある方が一生懸命に仕上げてくれた作品です。この場を借りて、もう一度御礼を言わせて下さい。本当にありがとうございました! 動画はニコニコの方にあるので、皆さんよろしければ一度見て行って貰えると嬉しいです。sm17091139です。


次回は零夢没までの予定。そこでレミリア視点の総集編は終わって、霊夢の大和への反応と言ったところでしょうか。どうさせるのかはまだ決まってないのですが…。その後の予定は、何故紫が大和を執拗に狙っているのか? です。これもまた長くなりそうです…。

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