都@ここまで完了
9月9日改訂
道、人間、どこか神聖な感じ。都の入り口の大門をくぐって目に入ったのは、ここに来るまでに立ち寄った町がとんでもなく田舎に見えるくらい大きく華やかな大通りだった。
「ここが都……人や家もいっぱいだ。はぇ~、何て言ったらいいのか分からないけど、凄いところなんだなぁ。山とは大違いだよ」
まあそれも当然なんだろうけど。だって都ってあれでしょ? この国の中心で一番栄えている場所。だから建物がいっぱい並んでるのは当たり前なんだろう。それに、特異な服に扇子を持った、どこか近寄りがたそうな人も。あれは分かる。ちょっと近づいたらダメな部類だ。陰陽師だろうし、鬼の子供だってバレたら危ないって妹紅も言ってた。
「でも話に聞いてた通り、いろんな物がいっぱいあるんだなぁ……。あ、知ってる魚も売ってる」
それだけに凄い人とお店、家の数だ。門からまっすぐに伸びる道には至る所に商店が開かれている。ここに来るまでに寄った街とはすごい差があるね。さすが都、魔法使いになる手掛かりを探すのをちょっとだけ後回しにしてもいいかと思わせてくれる。
でも一番気になるのはやっぱり食事だよね! 食べ物に関してもいろいろと種類があるみたいで、空腹な僕の食欲をそそる物も多い。至るところから美味しそうな匂いが……じゅるり。魚、山でも沢山捕れてたんだよね。
山と言えば、母さんはどうしてるだろう。元気にしてるかなぁ……?
――っと、寂しがってる暇はないや。早く帰るためにも、ちゃんと魔法使いについて聞かないと。でもその前に、
「まずは腹ごしらえだね」
とりあえず、この五月蠅いお腹を黙らせることから始めよう。丁度いい具合にお店もあるし、都の味を堪能するぞ!
◇
「田舎者に、都は辛いよ……とほほ」
お日様が頭の上に位置するころになっても、僕は何も口にすることが出来ずにいた。理由は無一文だから。むしろお金って何さ? そんな感じでお店の人に話を聞こうにも、まるで話にならないとばかりに追い返された。……おかしい、妹紅の話にお金なんてなかったのに。
今更言っても仕様が無いし、涎を垂らさんばかりに店の前をうんうんと唸りながらさまよい続けてました。お金なんて持っていない僕が食べ物にありつけるはずもなく、美味しそうな匂いを前に途方に暮れている。
「お金って、大切なんだなぁ……」
お金って本当に大切なんだね。お金が無いと、ここじゃ何も出来ないみたいだし。基本物々交換か、母さんたちが何処かからぶんどって来るから、山での生活ではまったく必要なかったんだよね。あぁ、こんなことなら『人間の盟友(自称)』 のにとりにもっと話を聞いておくんだった。人見知り激しいのに無駄に詳しいからね。実際には会いに行ったことも無いらしいけど。
「お腹へったな~」
「――そこの少年」
お腹が減って幻聴まで聞こえるとはこれ如何に。
「少年、聞いているか?」
「うるさいなぁ、今はお腹空きすぎてそれどころじゃないの。どこかに行ってよ、おじさん」
幻聴に律義に言葉を返す僕もだいぶ参ってるけど。……よし。この際匂いだけでお腹が満たされるかどうか、確かめるのもいいかもしれない。飲まず喰わずでも少しは持つだろうし。
「――少年、目の前の店主が酷く迷惑しているようなのだ。そんなに近づいて見られていると商売にならんだろう」
あ~……はッ!? 食べ物の匂いに釣られてついつい立ち止まってしまったみたい。ずいぶんと迷惑を懸けていたようで、店主さんは困り顔でこっちを見ている。どうもすいません、直ぐに退きます。でも、
「すいません店主さん。それ、くれたら退きます」
「お前のような客がいるか!?」
「お腹すいて死にそうなんです」
「坊主、金は?」
「ない!」
「じゃあ売れん。ほら退いた退いた!」
「けち! どけち!」
「――気は済んだか?」
「お腹も膨れないよ」
「金が無ければ仕方がないだろう」
だって仕方ないじゃないか。邪魔なのは理解できなくもないけど、背に腹はかえられないというか、背に腹がくっついて動けないんです。
かくなる上は……立ち上がって、えい! えい! と拳を突き出して威嚇する。さぁ店主さん、出すもの出して貰うよ!
「阿呆、子供だろうと安易に暴力に頼る者がいるか。親はどうした? 家族は?」
「今は一緒じゃないよ。旅をしてて、今朝都に着いたんだ。だからお金は持ってないし、知らなかったんだ」
「――今朝の知らせはこのことか」
「おじさん? どうかしたの?」
「いや……しかし文無しか。仕方ない、家で家内の飯を食わしてやる。ちょうど昼飯時だ、子供の一人分くらいならなんとかなるだろう」
「……自分で言うのも何だけど、おじさんと僕は初対面だし、いろいろと怪しいよ? 僕が」
「子供を怖がる大人がいるか。子供なら子供らしく、甘えられる相手には甘えておきなさい」
「……ありがとう、おじさん。本当にありがとうございます」
なんて心優しいおじさんだ、見ず知らずの僕にご飯を御馳走してくれるなんて……。目には目を、歯には歯を、礼には礼を。受ける恩はしっかり受け取って、返せるものでちゃんと返すのは常識だって山の皆も言ってた。だから、
「思いっきり食べさせてもらいます」
「少しは遠慮しろ」
御馳走されるのだから、しっかり食べることが僕なりの礼です。
◇
「ご馳走様です。量も多くて、とても美味しかったです!」
「ああ、沢山食べたな。君が私の分まで」
「あんな美味しいご飯初めてだったから、ついつい食べ過ぎちゃったんです」
「……昔の職場から融通して貰ったものが殆どだからな。旨くて当然だ」
おじさんの奥方様が作った料理は、こう言ったら何だけど、今まで僕が食べてきたのは何だったんだろうと思うほど美味しかった。都だから塩もいっぱいあるのかな? 不思議な匂いのする物が多くて戸惑ったけど、それがまた美味しいのなんの。
「…それにしても、この家には巻物が沢山いっぱいですね。おじさんが書いたんですか?」
おじさんの家の棚には沢山の巻物が並べられていた。何となくだけど、異様な気配を放ってるものもあれば、清い気配のする物がある。壁には五芒星を模った紙が張ってあったりして――そこまで見たところで、気づいてしまった。
五芒星なんて、妖怪の山に住んでた時でも聞いたことがあった。むしろ、よく聞く部類の――
「坊や、この人は今はこんな穀潰しだけど、昔は陰陽寮で働いてた人なのよ。恐れ多くも、帝に仕える星詠みの一人だったの」
「星詠みと言っても、お前の言う通り今はただの穀潰しだ。――ああ、少年もそんなに畏まる必要はないぞ」
「なら昔馴染みに頼るのは止めて、暇つぶし程度でもよろしいので家の手伝いでもして下さい。じゃないと昔の自慢話しかできませんわ。……ごめんなさいね坊や、つまらない話を聞かせて」
「いいいいい、いえ、おおおっ、奥方様は気になさらないでください! これほどのものならば自慢したくなるでしょうしぃ!?」
やばい……能力越しに命の危険が迫ってくる気がする!? 絶対に関わってはいけない陰陽師と知り合って、その家でご飯まで一緒にしてるなんてこと、偶然にしても出来すぎだしおかしいよね!? ――貴様の身体には妖気が染み付いている、なんて言われたら、僕、ちびるかも……。
「あら、できた子だわ。さぞ良い親御さんに育てられたのでしょう」
「じ、自慢の母親です!」
「あらあら、それは良いことね」
二人には旅をしていることを話してある。妖怪の山出身だとか、鬼の息子だとか詳しいことは言ってなくて良かったって、心の底から感じている! 二人も何か事情があるのだと思ってくれているのか、詳しい身の上までは聞いてこなかったことが不幸中の幸いだよまったく!
でも……うん、やっぱりニンゲンって親切で温和な人だ。妹紅と会う前のおばさんもそうだし、おじさん達は見ず知らずの僕を家に上げて、お昼までご馳走してくれるんだから。母さんや姐さんは"人間には殴ってもへっちゃらな奴がいる" って酒の席で言ってたから、どんな物騒な人がいるのかと思ってたけど、こんな一面もあるんだって分かった。
人間も妖怪も、どこも皆と変わらないんだ。変わっているのは、種族だけなんだ。
「それにしても、本当に巻物の数が多いですね。曰く憑きのモノとかも多そうだし」
「分かるのか?」
「本当になんとなく、ですけど……あれなんて、特にそんな気がします」
巻物自体に観察されているみたいだ。物には魂が宿るって聞いたことがあるし、もしかしたらそうなのかも。
「これだけのものがあるなら、もしかしたら……」
もしかしたら、と言う希望を抱いた僕は、危険を承知でおじさんに聞いてみることにした。
「おじさん、魔道書って聞いたことありますか? 魔法使い……大陸の陰陽師みたいな人のことを言うんですけど、その人達の技を記したような書です。あと、そんな知り合いは居ますか?」
「魔法使いなぁ……そんな知り合いは居ないな。大陸の陰陽師の書と言ったな? 生憎と、そういう本は市井には出回ることはないと思うぞ。出る前に陰陽寮の検閲に引っ掛かるだろうからな。もしかして、その魔道書とやらを探して旅をしてきたのか?」
「はい。でも都まで来て手がかり無しって……」
せっかく苦労して此処まで辿り着いたのにあんまりだ。都にないなら、今度はどこを目標にすればいいんだよ……。
「――もう、貴方も意地悪がすぎますよ?」
「……へ?」
「坊や、さっきこの人は市井に出回ることはないと言ったわよね?」
「――あっ、そ、そうか! 検閲する陰陽寮になら!」
陰陽寮になら! 陰陽寮……お、陰陽寮かぁ……。命、散るかもしれない所に裸同然に行くことになるの? ――死ぬかも。
「そう、陰陽師さんたちがたくさんいる場所よ」
「たくさんイタダキマシター!」
「確かに陰陽寮ならあるかも知れんが、あそこは朝廷の中枢とも言える場所だ。一般人は入ることが出来んよ」
陰陽師は、妖怪にとっては最大の敵。人間にとっては一番頼りになる人達の集まり。鬼に育てられた僕はやっぱり命すら危ない気がするけど、このまま当ても無い旅を続けることを考えると背に腹は代えられない。
でも普通に入ることは出来ないみたいだし…どうしようか。………忍び込む?
「貴方? 頼んでみてはどうですか」
「仮にも帝の御膝元だ。紹介するとは言え、流石に無理だろう…」
ちょっと危ない考えを巡らせていた僕だけど、二人の会話を聞くにそんな危ない橋を渡る必要はないのかもしれない。その紹介とかさせて貰えないかな?
「あの、すいません。話を聞く限り何か手があるうようですし、それをお願いすることは出来ないですか? 僕にはもうおじさんしか頼れる人がいないんです。お願いします、頼んでみてくれませんか?」
ここまで来て、はいさよならとは言えないんだ。こうなったら、何が何でも陰陽寮に行ってやる!
「しかしな、あそこはしきたりも多い場所だ」
「だから貴方が頼んであげればいいじゃないですか。こんなに小さいのに一人で旅をして来たのですよ? なんなら、一つ星詠みの貢物でも持っていけばいいじゃないですか」
そうそう。せっかく山を下りてきたんだから。魔法使いに成れませんでした、なんて言って帰ったらいい笑いの種だよ。
「――仕方ない、何とか頼んでみよう。ただし、後は自分で何とかするんだぞ?」
「はい! 紹介していただくだけで十分です!!」
悪知恵と勝算はあるんだよね。
◇
「法師、この子が例の?」
「ああ、大陸の魔道書とやらを探している子供だ。ほら、名乗りなさい」
「はじめまして、伊吹大和です。ここなら魔道書があるかもしれないっておじ……法師様に聞いて尋ねさせていただきました」
「伊吹……?」
「どうした、この子に何かあるのか?」
「……いいえ、私の勘違いでしょう」
縮んだ! さっき絶対に寿命が10年は縮んだ! やっぱり伊吹の名前は伏せないと本当に命の危険が!
うんそうだよ、無駄な騒ぎは起こさないほうが双方にとってもいいだろうから名前は名乗らないよ。僕は大和、今だけはただの大和でいこう。
「君は魔道書を探していると言ったな?」
「はい、魔法使いになるために旅をしています。何か自分の為になればと都までやって来ました」
「若いのにしっかりした子だ。確かに海の向こう、かの国と交流が始まって以来そのような書がこの国にも僅かだが入って来てはいる。我々の術もその影響を受け、その姿を少しずつ代えつつある所だ。」
かの国と言うことは、魔道書は大陸から流れてきてるのか。そう言えば紫さんも西洋、大陸の魔だと言って本をくれたっけ。場合によっては行く必要もあるかもしれない。
それに一番大きいのは、こうやって陰陽師の人が魔道書に影響を受けているってことだ。だって、それは陰陽師の人から見ても魔法は優秀な技術だってことだろうし。
「出来れば一つ頂きたいのですけど……駄目ですか?」
「それは無理な相談だ。帝がいたく気に入っているのもある、どうしようもあるまい」
最近はそれに現を抜かしてしまってと、一息吐く陰陽師の人。帝は相当気に入っているみたいだ。でもそれだけ気に入ってるってことは、ここにあること事態珍しいのかもしれない。……都以外に魔道書は無いって考えたほうがいいかもしれないね。
――うん、やっぱり正攻法じゃ無理だ。ここは予定通りに行こうか。
「こう見えて、実は僕も魔法が使えるんです。なのでその書も自分が精進できればと思い訪ねてみたのですが……」
魔力糸を両手の指先から出して、魔法が使えると印象付ける。――おお、驚いてる驚いてる。魔力なんて、この国の妖怪にも持ってる人は少ないから珍しいはずだ。僕、魔法使えるんですよー? だから魔道書を見せて貰えれば、何かと助言できるかもしれないよー? って、勝手に勘違いしてくれると嬉しいです、はい。
見せて貰ってどうするかって? 見せてもらうついでに借りていけばいいんだよ。大丈夫、死んだら返すから。
「既に会得しているのか!?」
「はい。既にいくつかを習得しています」
「……凄まじい才能だな」
ニコリと笑ってそう言うと、陰陽師の人は驚いていた。でもごめんなさい、出来るのは三つだけです! この糸と、身体強化と、幽香さんから死ぬ思いで教えて貰った魔力ドーン! だけだから!
でも嘘は吐いてない、嘘は吐いてないからね!! それに才能なんてありません! 散々言われてますから!!
「そうだ、この子の魔法とやらを帝に御見せしてはどうか?」
良いことを思いついた、そんな顔で僕を見つめたおじさんは突然そんなことを言った。
……おじさん何言ってるの? 僕はただ、書を見せてもらう機会が欲しいだけなんだけど。 何良いこと言っただろう、みたいな笑顔浮かべてるの!? 機会があれば後は何とでもするのに、何でそんな事言うのー!?
「うむ、帝も書や我々の手が加わったものより、実物を見てみたいとおっしゃっておいでだからな。ちょうどいいかもしれん。よかったな、君。場合によっては書を見せて下さるやもしれんぞ!」
「わ、わーい、帝に見ていただくなんて光栄だなぁー」
……ええぇぇぇぇぇぇ!? 帝に見せる? あんなお粗末魔法を? 何でそんな簡単に納得するの!? 無理無理、首を刎ねられるのがおちだって。僕は見る機会があればそれでいいのに……。帝の御前でとか、借り逃げしたら地の果てまで追いかけられそうじゃないか。
「うむ、そうと決まれば同僚にも知らせなければ。なに、心配することはない。皆気のいい奴ばかりだ。法師、申し訳ありませんが我々はここで」
「ああ、そうしてくれ。あと、帝にお伝えして欲しい。例の二人が近いうちにまた来るだろう、と」
「また、ですか……承知致しました。では少年、行こうか」
あぁ、当初の予定が大幅に狂っちゃったよ……。ああもう、行けばいいんでしょ!? こうなったらどこにでも行くよもう!