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東方伊吹伝  作者: 大根
前章:狂言紅魔郷
153/188

顔上げて、前を見よう

えるしっているか、12000じをこえたぞ。……長い!



「腹部貫通を一月で完治。……予想よりもちょっと遅いわね。私が看てあげなかったからかしら?」

「あ~……ふひっ! し、師匠、そこくすぐったいです」

「我慢しなさい。……私なら遅くて二週間と言った所ね。貴方の改造に費やした時間を考えればこれが妥当なところか…」

「か、改造って……」


アルフォードとの殴り合いから一月。僕は永遠亭を訪れている。

実は僕、今回の一件の後はずっと紅魔館から出れなかったんだよね。なんと言っても死に掛けた身、誰も彼もが絶対安静と言って放してくれなかった。僕としては師匠に看て貰いたかったんだけど、魔法薬やら針やらの治療をしているパチュリーと美鈴を見たら言いだせませんでした、はい。


そんなこんなですっかり完治してようやく解放された今日この日。師匠には完治した身体に異常がないかを、輝夜には今回の顛末を話しに訪れたところだ。それで今は師匠に怪我した箇所を触られているんだけど……こそばゆいです。


「身体の方はまったく問題無し。大丈夫よ、いつでも暴れられるわ。……で?」

「……はい?」

「勝ったの? 負けたの?」

「―――さて、今日は宴会だった「答えなさいな」 負けました! すいませんごめんなさい師匠の顔に泥塗りましたァッ! ……ちょっ、なんで溜息吐くんですか!? 怒られるよりも傷つきますって!!」


「大和負けたの!? じゃあ吸血鬼のところに婿入りするって言うの!? 許さないわよっ!!」

「いきなり出てきて何だけど輝夜、今の僕って褌だけなんだよね! できれば出て行って「ウフフ、奪われるくらいならいっそ……」 こっちくんな!? ふ、褌を取ろうとしないでッ!?」


ヤメテ! 褌を剥かないで! だからその手を止め……え、ちょッ輝夜本気なの!? やっ破ける、息子がポロリするからヤメテ!?


「え、ちょっ、おま「えいやっ!」 ――――ギャァァァァァアアアアアッ!?」

「はいはいそこまでよ輝夜。乳繰り合いなら後で時間をとってたっぷりやりなさい」

「何よ永琳、ちょっとだけじゃない」


半分以上も毟り取っておいて良く言うよ! ぐすん、もうお婿に行けない……。責任取れとは絶対に言わないからな!


「それで? 婿に行けない馬鹿弟子は、婿に行けない負け犬になり下がったのね?」

「ぅぐ……ま、負けました。試合に負けて勝負に負けました」

「完敗じゃない」

「……申し訳ないです」


弾幕ごっこ、スペルカードルールなんてあったもんじゃなかったからなぁ。あったところで何も変わらないと思うけど。でもあれは完全に殺し合いだった。途中で諦めて死を選んだけど、目が覚めた時の皆の顔を見た時に思った。やっぱり死ななくて良かったって。


まぁ僕が全部を知ったのは、目覚めたベッドの上なんだけどさ。僕は『完全残片』 を展開して気絶したから何も憶えてないんだ。本来ならあの魔法を操ってハイパー大和君タイムのはずだったんだけどなぁ……。生憎となーんにも憶えてません。目が覚めた時にアルフォードが怒るフランを隣に土下座(笑) して謝ってきたことくらい以外はね。……くく、思い出したらまた笑いが…ッ!


まぁそんな感じで生き延びたけど負けた。アルフォードに負けたのは本当に悔しい。今すぐ再戦を仕掛けたいくらいだ。……またベッド送りになるかと思ったらちょっと怖いけどさ。

そんなベッド生活の中で唯一の救いは、パチュリーが『魔法は完璧だった』 と言ってくれたことだけかな。



これが事の顛末。霊夢もレミリアに勝ったみたいだし、万事解決と言ったところかな。レミリアが終始思案顔だったのが気になるけど、霊夢に負けて悔しいんだろう。なんせ霊夢はほぼ無傷だったみたいだし。流石は霊夢、僕が見込んだだけはあるよ。……僕は一月もベッドの上だったけどさ。


「……話を聞く限り、それは貴方の『勝ち』 だと思うのだけど」

「はい……? いやいや師匠、僕の負けですって」

「私も大和の『勝ち』 だと思うけど。自分で気付いてないの?」


師匠と輝夜が『何言ってんだコイツ』 みたいな目で見てくるけど、僕には負けた自覚しかない。身体に風穴が空くまで殴り合って最後は気絶。しかも師匠たち以外で初めてした臨死体験。これが負けじゃないって言うなら何が負けだと言うのだろうか。


「殺し合いの中、貴方は殺されずに相手に負けを認めさせた。それは貴方にとって最高の形じゃない」

「あ―――」

「決して殺さず殺されない。その中で相手に負けを認めさせる。なら今回の勝負、活人拳を謳う貴方の勝利じゃないかしら?」

「……喜んでいいです?」

「どうぞ」

「ィ――――ヤッターーーーーーッ!! やったよ輝夜! 僕は勝ったんだ!」

「褌一丁では格好がつかないわよ、馬鹿」


今なら褌だけでも幻想郷を飛べるさ! 今日は宴会だし、褌で踊れって言われたら踊ってあげるのも吝かじゃない!



「ほら、いい加減服を着なさい。今日は夜から宴会なんでしょう? ホストが遅刻するのは許されないわ」

「あ、そうでした。じゃあ服着たら帰って準備することにします」

「いーなー大和は自由で。ねぇ永琳―――」

「駄目です。姫様、我々がここで隠れている理由は解っておいででしょう?」

「……はいはい、我慢します。だからそんな他人行儀な話し方は止めて頂戴。でも―――外に出て自由に生きたいって言うのは、無理な願いなのかな……」

「姫様……」



ジャージを着て、その上から大魔導のローブを羽織っている最中に呟かれた輝夜の一言。


『外に出て、自由に生きたい』


その言葉にどれだけの意味が込められているのか、悔しいことに僕には感じ取ることができなかった。

二人と初めて出会ったのは蓬莱島だったけど、それまでもずっと逃げて隠れ続ける日々が続いていたのだろう。蓬莱島での闘いの後に追手があったかどうかは知らない。でも心休まる日が少ないのは確かだ。



どうにか出来ないのかな……。輝夜と師匠、それに鈴仙も。博麗大結界にどれだけの効力があるか解らない。僕が知っていることと言えば、外から忘れられた物が集まるとかなんとか? くらいだ。

笑えるよね。零夢の犠牲で成り立っている結界の意味を、僕はよく知らないんだ。結界構築前、紫さんは『幻想郷を守るために必要』 だとしか言わなかった。妖怪と人間の楽園を守る最後の砦。それが博麗大結界。生きる意味を無くした妖怪を守り、人との共存を目指す。幻想郷をより良くするための物だと。


僕と零夢はそれに同意した。だから手伝った。だからこそ、そう教えられたことしか知らない。


師匠も外に出て調べてないからその効力は知らない……はず。いや、だって『もし』 だよ? もし結界に隠匿性があって外との関係を断つ知ってるのなら、輝夜にだって外出許可くらいは出てるはずだから。

でもそれは出されていない。だから輝夜は悲しんでいる。表に出すことはないけど、何百年も見てきた僕だからこそ解る。師匠だってそうだ。本当は輝夜と一緒に外に出たいと思ってる。


そんな二人に僕が出来ることと言えば―――



「…輝夜が寂しいって言うのなら、会いに来てやってもいいけどさ……」


時間をつくってその時間を共有する。一緒に笑い合うことが助けになると信じる。

あ、いや、別に他意はないよ? 輝夜が嫌だって言うのなら僕もアレだし。だから……って、なんで睨まれてるの!?


「……!」

「いや! 邪魔だって言うのなら―――ってうわぁッ!?」


ボフンッ、といきなり抱き着いてくる輝夜に思わず尻もちをついてしまった。

いったいどうしたのだろうか。まさか怒りのあまり、このまま間接を極めてボキボキに―――!? ま、まずいまずい! でもどれだけ振りほどこうと力を入れても、背中に強く回された手がほどけることはなかった。隙間なく抱き着かれてるうえに背丈が変わらないからか、肩の上に乗せられた表情は見えない。それが更に恐怖を呷って―――


「―――ありがとう」


それ以外、輝夜は何も言わずにただ僕に抱き着いたまま震えていた。

重なるようになった体からは、輝夜の気持ちがしっかりと僕に届いくる。『ありがとう』 なんて、何もできない僕には過ぎた言葉だと思う。けど、僕も何も言わずにただただ輝夜の頭を撫で続けた。


こうしてやれることが、今の僕の出来る精一杯だと思うから。


「あ、通い婿と考えていいのよね?」

「それはない!」

「フフフ……旦那様?」

「ねーよ!!」


放せ! 身体をまさぐるな!


「早くしないと日が暮れるわよ」

「そんなこと言わないで助けて下さいよ、師匠ォー!」


ちょっと心を許すとこれだよ!





◇◆◇◆◇◆◇





「あー、本当に酷い目にあった……」


身体全体が痛いよ。まったく、僕はまだ病み上がりなのに。

輝夜に組伏せられて数刻。……数刻だよ? 僕が滅茶苦茶抵抗したのに、間接極められたまま全然動けなかった。輝夜だけに言えることじゃないけど、どうやったらあの細腕からあんな剛力が出てくるのやら……。


日が沈み出した頃にようやく解放されたけど、もう皆集まりだしているんだろうなぁ。掛けられるだけ声を掛けて回ったし、それなりの大人数が神社に集まりだしているはずだ。



「ん? あれは……おーい! アリスー!」

「あら?」

「今から神社に向かう所? じゃあ一緒に行こうよ」

「どうして此処に……まぁいいわ、一緒に行きましょうか」


空を急いでいると、外ではあまり見かけないアリスが飛んでいた。アリスにも声を掛けたのだから、今は神社に向かっているところなんだろう。人形が持つワインボトルがそれを物語っている。


「ホスト役の人がどうしてここに? まさか迎えに来てくれるほど殊勝な人でもないでしょう?」

「ちょっと野暮用があって。…あ、そのワインって旨いの?」

「フフ……紛れもない逸品よ? あげないけど」

「またまたぁ。くれなくても呑むよ」

「ま、ちょっとなら分けてあげてもいいわ。普通ならあげないけど、貴方はワインの味を理解してるみたいだし」

「お誉めに預かり恐悦至極」


上海がこれ見よがしにワインボトルを揺らしている。クゥー……毒舌家のアリスが旨いって言うんだ、とんでもなく旨いんだろう。今から楽しみだなぁ…。

それに今日のアリスはどことなく機嫌が良さそうだ。祭りの時の人形劇もそうだったけど、こういった催しは好きなのかも。


しばらく一緒に飛んで気付いた。こうやって二人きりで空を飛ぶのは初めてだな、と。そう感慨深くアリスの顔を横から眺めていると、意味あり気な笑みを投げかけてきた。


「そう言えば良い忘れていたけど、今回の異変解決オメデトウ。天狗の新聞にも大々的に載ってたわ」

「アリガトウ、と言っておくよ。」

「ルーミアが嘆いていたわよ? 最近冷たいんじゃないかって」

「あー……。今度埋め合わせを考えないといけないなぁ」

「頑張んなさい。……あの子も貴方の企みに入っていたんでしょう?」

「アハハ、人聞きが悪いなぁ。僕は何も企んじゃいないよ?」


嘘言いなさい、とアリスは言うけど半分本当のことだ。嘘は言って無い。元々ルーミアちゃんは今回の一件に関わって無かったからね。なのに僕に何一つ言わず出てきたんだから、あの時は驚いたどころじゃすまないかったよ。


「自分で画策しておいて死に掛けるなんてね。大和、貴方こういうのには向いてないんじゃない?」

「だから、僕は何も画策してないんだって」

「ま、私に害が及ばない限りは口出ししないでおく。……でも大和、あまり無茶が過ぎると痛いしっぺ返しを喰らうわよ」

「ご忠告感謝しますよ、人形遣い殿」

「あら素直ね。褒美に大魔導のローブでも貰いましょうか?」

「ん~……。じゃあ僕が死んだ時に弟子がいなかったら、アリスにあげるよ」

「冗談。どうせその時は血濡れのローブなんでしょ? いらないわ」


死ぬまで脱ぐつもりはないからね。パチュリーになら、とは思うけど本人が首を縦に振らないし。それに僕には弟子がいない・・・・・・から。大魔導を継いだ身としてこれは忌々しき事態……なんだろうなぁ。実感ないけど。ま、大魔導とは言っても後世に伝えられる魔法なんて何もない三流魔法使いなんだけどね。


「じゃあ大和、今日の宴会は楽しみにしてるわ。お酒も料理も」

「その点は大丈夫。メイドと巫女さんが頑張ってるだろうから」

「何よその異種共同作業的なやつ…。まぁ良いわ、期待してる。じゃあ先に行ってるわ」


そう言ってアリスは境内へと降りていった。神社の境内では、既に華やかな宴会が始まっている。呼び掛けた全員……紫さん達を覗いた全員が来てくれたみたいだ。ホスト役としてこれほど嬉しいことは無い。でも―――


「あー…やっちゃった、完璧に遅刻だよ。レミリアと咲夜にどやされるぞ、これ……」






◇◆◇◆◇◆◇





霊夢に遅いと一言、レミリアに遅刻だと文句を言われ、咲夜に遅ぇですわとケリを入れられた。

霊夢とレミリアはともかく、生意気なメイドにはスカート捲りで報復してやった。咲夜ちゃんバンザーイ! な勢いで思いっきり。そうしたらナイフは飛んでくるわ、昔みたいに噛みついてくるわで大変だったよ。返り討にしてやったけど。


……変態? 馬鹿言ってんじゃないよ、歳の差を考えなさいな。超の付くおじさんが若者のスカート捲ったところで大した刺激がある・・……いや失敬、『ない』 の間違い。まぁ何十年も前から関係が続いているからこそのスキンシップだ。でもおじさんが思うに、咲夜ちゃんに黒はまだ早いんだと思うんだ。色気のないメイドが穿いたところで意味はないのです。


とまぁ博麗神社の台所でこんなことをくだらないことをした後、既に始まっている宴会の中に僕も突っ込んで行ったわけ。さぁ楽しむぞ、呑むぞと意気込んで酒瓶に手を伸ばした瞬間、まるで計っていたかのようなタイミングで、既にでき上がっている慧音さんに掴まってしまった。


そして今現在、絡まれてます。チェンジをお願いします!


「伊吹ィ~くん、どぉしたぁ!? んなしけた面してる暇ぁないぞォ、ひック?」

「いや慧音さん? お酒は程々に……」

「いいから呑め呑め! けぇーねせんせーが注いであげるからな~?」

「いや、だから…ぁぁ、もういいです……」

「ククク、すまないなぁ大和。慧音の絡み酒に付き合って貰って」


そう思うのなら今すぐ助けてくれ妹紅。服を肌蹴させて、一升瓶をそのまま煽る慧音さんなんて見たくない。僕の持つ清楚な慧音さんのイメージを守るためにも、どうか!


「ま、ホスト役には仕事もあるだろうからな。ほら、次が待ってるみたいだぜ?」


妹紅が指差す方向には映姫様とこまっちゃんがいた。ここぞとばかりに豪快に酒を呑んでいるこまっちゃんに、ゆっくりと杯を呷っている映姫様。その映姫様と目があった所で、ちょいちょいと手で呼ばれた。


「悪いね妹紅」

「なぁに、慣れたもんさ……。ほら慧音、酒ばかりじゃなくて少しは喰え。でもって早く寝ろ」

「んんん~? 妹紅! 呑め!」

「はいはい、付き合ってやるから。……ほれ大和、早く行け」


少し哀愁漂う妹紅に感謝の礼をして、映姫様の所へと向かう。

好きなだけ騒げるからか、こまっちゃんは浴びるように酒を呑み、豪快に食べていた。凄く楽しんでいるようでなにより。映姫様は酒のせいか、ほんのりと頬が赤く染まっている。


そんな映姫様の対面に座り、近くに置いてあった杯を手に取った。誰かが使っていたんだろうけど、近くに誰もいない。なら僕が使っても構わないだろう。

杯に酒を入れて映姫様と乾杯。この国の酒は咽喉によく響く。嫌いじゃないけど、大好きとも言えない。やっぱり慣れ親しんだワインの方が性にあってる。


お互いが半分呑んだ所で、映姫様が口を開いた。


「まずは今回の異変、狂言とはいえ解決御苦労さまでした」

「……やっぱりバレてました?」

「私には、と言っておきましょう。貴方が死に駆けたおかげで、ここにいるほぼ全員が睨んでいた『狂言』 の可能性を否定しましたから」


『狂言』 という部分に罰が悪くなって下を向くと、映姫様の杯に入った酒が反射して、鏡のように映姫様の顔が映っていた。怒っているのかな? と思っていたけど、映った表情からは読み取れなかった。


「……」

「……」


暫くの間、僕らは無言で酒を呷り続けた。何か話題になることを提供すればいいんだろうけど、ここ一ヶ月ベッドの上だったからか話題が見つからなかった。

映姫様の方は僕に話があるみたいだったけど、一向に話してくれない。こういった時に映姫様の口から発せられるのは、大抵自分が『悪いこと』 をしたと自覚している時だ。これでも数ヶ月お世話をさせて貰った身、だいたいのことは把握している。


「……今度は何をしたんです? あの時みたいに、書類の紛失でもしたんですか?」

「してません! だいたいあの書類を無くしたのは貴方じゃないですか!」

「……そうでしたっけ?」

「そうです!」


……あれ? 確か映姫様が無くしたとか言って、裁判所と自宅を走り廻された思い出があるんだけど……ま、いっか。昔のことだし。


「閻魔と言う仕事。貴方はどう思いますか?」

「閻魔ですか? 難しいことはちょっと……」

「貴方の思うままに言ってくれて構いません。勉強した経験を活かせるのなら、それを活かしてもらっても」


そりゃあ無理だ。なんせ倫理観では法に勝てやしない。法は外的、倫理は内的。外的強制力のある力に、感情論は通用しないってね。

まぁそれはいい。でも閻魔について、ねぇ……。そうだなぁ、


「頑固ですね。映姫様もですけど。中立でないと駄目だっていうのは解ってますけど、やっぱり頭が固いと思います。もっと柔軟に考えないと」


お酒の席だし映姫様自身から聞いて来たから答えたけど、普段なら口が裂けても言わないよ、こんな暴言。僕だって閻魔様に喧嘩を売って地獄に堕ちたくない。

でも映姫様は怒らなかった。深く息を吸って吐き、深呼吸しながら言葉を発した。


「閻魔は常に中立。ええ、確かにその通りです。でも私は思ったのですよ、それは愚かなことではないのかと」

「……は!?」


いやいやいや! 今この人なんて言った!? 閻魔を否定したの!?


「いいえ、愚かとしか言いようがありません。だって考えてみて下さい。私たち閻魔は確かに死者の魂を捌きますが、それだけが仕事ではありません。より良い死後を迎えて貰う為に、よりよい人生を送らせる。それも閻魔の仕事だとは思いませんか?」

「まぁ映姫様も人里で説k……人生相談はしてるみたいですし」


ときどき人里で説教無双してますからね、映姫様は。仕事熱心だなぁと思いつつ、見掛けたら絶対に近づかないでおいたけど。映姫様に怒られるのは苦手なんです。反論のしようがないし。


「だから私は閻魔として、受け持った幻想郷の住民にもっと手を貸すべきだと思うのです!」

「……大層な演説ですけど、何やったんですか?」


大切なことが抜けてますよ、映姫様。手を貸すべきなのはいいとして、何やったんですか? ん? お兄さん怒らないから言ってみなさい。


「…ほ、法を犯しました……。閻魔として、絶対にしてはならないことを……」

「……うわぁ」

「だって仕方ないじゃないですか! 何百年! 何百年もずっと枕元に立たれたら私だっておかしくなります! ……伊吹大和ぉ!!」

「ふぉ!?」


もの凄い形相で睨みつけられた。ちょっと待って下さい、僕は何で怒られてるのー!?


「チャンスは一度! 一度きりですからね!? それ以上は私の首が物理的に飛びますから! 解りましたか!?」

「はっ、はいぃ!」


まったく解らないんですけど!


「お酒でも呑まないとやってられません!」

「は…はははは……じゃあ僕はこの辺で…」


逃げます。一秒でも早く、この異様な雰囲気を放っている閻魔様から…!






◇◆◇◆◇◆◇





「どう、霊夢。初めての宴会、楽しんでる?」

「それなりにね。でもあんた、吸血鬼の世話はいいの? 目を回してるみたいだけど」

「いいのよ、お譲様はアレで。パチュリー様も付いているし。それよりも心配なのは貴方」

「メイドの仕事には他人の世話も入ってるのかしら」

「時と場合によるわ。今はその時」

「……で、なに?」

「大和さんの前では、今みたいな素の貴方を隠してるのでしょう?」

「だから何よ。別にそれでも構わないと思ってるわ」

「でも大和さんには皆と同じように接して欲しい」

「…!」

「貴方の全身で彼に当たってみなさい。きっと応えてくれるわ」

「余計なお世話!」

「……今、大和さんは大きな岐路に立っている」

「……」

「その時までに残された時間は少ない。どうするかは貴方次第」

「……それも余計なお世話ね」

「……自分を偽る者に、彼は応えてくれるのかしら?」


そう言い残し、メイドは宴の輪の中に帰って行った。


「なんなのよ……。頭は痛いし、変な感じはするし……いったい私にどうしろって言うのよ!!」


霊夢の声は宴の喧騒に紛れ、夜空へと散っていった。




◇◆◇◆◇◆◇





「よ、アルフォード。探したよ」

「……小僧か。どうした、俺を探すなど珍しい」

「いや、実は一度、お前とはきちんと話がしたいと思ってたんだ」


どっこいしょ、とアルフォードの真横に腰を降ろす。手にはアリスから拝借してきた最高級のワイン。それにグラス。


「呑む? 逸品らしいよ」

「では頂こう」


グラスに注いでやると、アルフォードは匂いを嗅いだ。貴族みたいに様になっているのは、こいつだからなんだろう。背も低く童顔な僕がしたところで、背伸びした子供にしか映らないだろうし。


「ほぅ……確かにこれは逸品のようだ。どこで手に入れた?」

「教えるかよ、ばーか」

「フ……」


乾杯はしない。同じタイミングでグラスに口を付けた。そして目を見開いて驚いた。アリスには感謝しないといけないね。これは本当に美味しいよ。


「……すまなかったな」

「んー……。それは僕が言わないと駄目な気がするんだけどなぁ」

「いいから聞いておけ、二度目はないのだから。……俺も解っていたのだ。弟と対峙したあの時、お前が妻と対峙しているだろうと言うことが。なんとなくだがそう感じた」


少し長くなる。そう言ってアルフォードは周囲のざわめきを魔法で遮断した。耳に響くのは虫の囁きと男の声。


「俺はな、弟と闘っている時に心底後悔していた。何故もっと早く、あいつを理解してやろうとしなかったのかと。何故もっと早く、あいつに手を差し延ばしてやれなかったのかと。だがいくら後悔しても、それはもう遅かった。俺に出来ることは、信念という亡者に取り付かれたあいつを解放してやることだけだった。……俺の妻もそうだったのだろう?」

「……正直、あの頃の僕には知らない事が多過ぎた。だから先生が何を想って行動したのか、よく理解出来なかったよ。ただレミリアとフランドール、そしてお前を守りたかったということしか」


今でこそ、あの選択は間違っていると言える。でもあの時はそれが酷く美しく見えた。愛する者のために命を削る愚かな行為が、とても美しく。そこに肩を寄せて笑い合える君がいないのに。


「それだけ解っていれば十分だ。……先の一件もそうだ。貴様がいなければ、と言うのは本心だ。だが貴様がいようがいまいが、結局妻は死んでいただろう」

「何でそう思うんだ? そんなの解らないじゃないか」

「解るさ。物事には決められた道筋がある。天を見上げてみろ、小僧。あの巨大な月とて、自分の思い通りに動いてはおらん。決められた時間に昇り、沈む。例え自由に動けたとしても、結局は沈むのだ。結果は変わらん」

「でも、その過程は変わるかもしれないじゃないか。先生だって、僕と出会わなければ今もまだ生きていたかもしれない」

「そうかもしれないな。だがな、小僧。俺たちは遅すぎた。あいつの生き方を変えるにあたり、俺たちに与えられた時間はあまりにも遅すぎた。故に俺たちに出来ることは無く、決められた道を行くしかなかった」

「アルフォード……」


どこか諦めたような口調で、目の前の男はそう言った。幻想郷に来て雰囲気が変わったのは、何も娘のために格好をつけるためだけじゃない。全てを受け入れて壊れそうな中、必死に助けを求めていたのかもしれない。


「そう言えば、貴様が我が一族に生まれていたら、などと滑稽なことを考えた時もあったな」

「じゃあお前は僕の父親だってか? 馬鹿か。僕は鬼の一族であって、伊吹萃香の息子であることに誇りを持っているんだ。頼まれたって吸血鬼になんかなってやらないぞ」

「クク、俺としても願い下げだ」


空になったグラスに再びワインを注ぐ。血のよう紅いワインに映った紅い月が良く映えている。


「一つ、聞かせてくれ」

「なに?」

「巫女が死んだとき、お前はどう思った?」

「……お前、デリカシーないなぁ」

「感謝しろ、特別扱いだ。それで、どうなのだ?」

「……そりゃお前、凄く悲しかったさ。この世の全てが終わりだと思ったし、実際に終わってた。目に映る全てが灰色だった」

「今はどうだ? まだ引き摺っているのか?」

「お前ってやつは……。引き摺っているに決まってるだろう。大好きだったんだぞ?」

「だが現に、お前はこうやって立っているではないか」

「……嬉しいことに、周りの人が放っておいてくれなかったんだよ。それで立ち上がれなかったら男じゃない」


人が嘆き悲しんでいる時に思いっきり殴ってきた妹紅。甲斐甲斐しく世話をしてくれたルーミアちゃん。会いに来てくれたみんなが心から心配してくれていた。だからこそこのままじゃ駄目なんだって、顔を上げないと駄目なんだって気付けた。


「……やはり、お前は強いな。未だに引き摺り続ける私とは違う」


それは違う。僕は強くない。強くあろうと努力はしているけど、強くはないんだ。まだまだ尻の青いただの餓鬼から抜け出せない、子供だ。


「強いのはお前だよ、アルフォード」

「……なに?」

「だってお前、そんな中でも立派に父親をやってる・・・・・・・・・・じゃないか。僕なんて、霊夢の為だなんだと言って、結局は彼女の影から逃げているだけだ。僕は怖いんだよ、零夢そっくりの霊夢が。どうしようもなく」


誰にも内緒にしていたことを、僕はアルフォードに初めて伝えた。

霊夢は確かに可愛いし、ずっと見守っていてあげようと思えるほど想っている。でも霊夢は零夢に似過ぎている。僕はそれが堪らなく怖い。大切な、本当に大切な子なんだ。そんな霊夢を見ていると、また彼女を失ってしまうのではないか? そんな考えが頭に過る限り、僕の心は折れたままなんだろう。


「でもな、アルフォード。僕は別にそれでいいと思ってる」

「何故だ? 怖いのだろう?」

「うーん……じゃあアルフォードに質問だ。生きている者が一番怖いものって、何だか解る?」

「……死ぬことだろう。身体的な傷が最も怖いのは明白だ」

「そこだ。強くなろうと努力している僕と、強いはずなのに弱さを嘆くお前との違いは」

「なに?」


指を差して、アルフォードを見つめる。



「一番怖いのはね、心なんだよ。身体の傷は時が経てば自然と治る。でも、一度折れた心が元通りなることは難しい。それはね、心の傷を簡単に無くす方法がないからだ。でもそれでいいんだよ。だって、そうなることで相手の気持ちが理解出来るから。お前のように全てを受け入れるだけじゃない。こちら側から手を差し伸べること。これが出来た時、きっともっと強くなれる」


だから僕は霊夢と共にいる。零夢の死を受け入れて、霊夢に手を差し伸べる。霊夢だけじゃない。紅魔館のレミリア達に、永遠亭の輝夜達。映姫様に、山の旧友たち。そうやって手を差し伸べて手を繋ぐことで出来た絆の数だけ、人は強くなっていけると思う。


「……小僧、やはり貴様は強いな」

「まだ中途半端で壁も多いけどね。でも道は真っ直ぐ前に伸びている。だから僕は顔を上げて、前へ進むよ。お前はどうする? 大嫌いな僕と手を繋いででも、強くあろうと思う?」


座ったまま右手を差し出した。アルフォードの方は見ない。きっと、今の僕の顔はすごいことになってるだろうから。


「いらん……と言いたい所だが、貴様の言う父親は子煩悩でな。娘の幸せを想うあまり、嫌な奴と手を結ぶのも吝かでは無いらしい」


その僕の手を強く握りしめる手があった。大きく、力強い手。まずはこの手を超えることが、僕の目標になるのだろう。


確かにアルフォードの言う通り、結末は決まっているのかもしれない。レミリアのように運命を操る者でも無い限り、避けられない結末もあるだろう。でも僕にはそれすら上回る『力』 がある。

未来を見通す先見。僕の努力しだいで過程は変わる。それはやがて大きな波になって、結果そのものを呑みこむかもしれない。だから僕はその可能性に賭けたい。確かに僕は一人じゃ何も出来ないちっぽけな奴だ。でも二人なら、三人なら……皆とやればどんなことだって必ず―――



「よろしくしてやる。『吸血鬼』 アルフォード・スカーレット」

「よろしくしてやろう。『大魔導師』 伊吹大和。そして、未来の『二代目幻想郷の管理者』 よ」



まずは一人、僕は心強い友を得た。





















―――さぁ、僕らの闘いを始めましょう、紫さん

―――私たちの闘いを始めましょうか、月の遺児



人も妖怪も夢も希望も絶望も、全てを巻き込んだ意地のぶつかり合いが始まろうとしていた。



どうも、テキストファイルが吹き飛んだじらいです。もともと書いていたのはまったく別物になりました。たぶん前は7000字くらい。これは12000字くらい。…すいません、二話続けて長くて。タイピングの手が止まらなくなってきてるんです(笑)


今回私から言うことは特になし! あ、書き方は前の大和主観に戻りました。しばらくはこのままです。

でも今回は何を言えばいいのやら? ちょっと削れた部分もあるかな? くらいです。本来なら華仙さんとか文も登場したんですけどね、流石に20000超えます。霊夢の所も大幅カット。あれでも読めないことはない…はず。心情については考えてみて下さいorz


次回は伊吹伝終章に向けて、最後の予告編です。力いっぱいネタばれしますんで、じらいを踏まないように注意しておいてくださいね!

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