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東方伊吹伝  作者: 大根
前章:狂言紅魔郷
152/188

自分の為に、他人の為に

約13000字。長いよ


滑るようになめらかに、ときに激しく直角の軌道を描きながら弾幕を放つ霊夢。その霊夢に追いすがるように空を駆け、霊夢と同等に弾幕を放つレミリア。二人の軌跡が空を色どり、空には星が瞬くように閃光が生まれては消えていく。

飛びながら放たれた弾幕など、所詮はただの牽制弾。それほど威力が込められてはいない。しかしそれが拮抗し、爆発による熱と風を受けるたびに、レミリアは心の底から湧き上がってくる感情に喜びを隠せなかった。


(フランには言えないわね……! こんなにも、弾幕ごっこが楽しいだなんて!)


凶暴な笑みを浮かべ、真っ直ぐな視線を霊夢へと送る。

霊夢はそのレミリアの目の瞳孔が紅く輝いていることに気が付き、背筋を震わせた。


(初めてね……妖怪相手に恐怖を感じたのは)


しかし、初めて全力を出せる相手に出会えたからなのだろうか。そんな霊夢の表情にも僅かに笑顔が見えている。互いを追いかけ、互いに追いすがり、隙を見ては殴りかかり、弾を放つ。化物の本能を剥き出しにするレミリア。人間の恐怖という本能を抑えつけ、静かに闘志を燃やす霊夢。二人は実力は正に拮抗していた。



しかし、終わりが見えないと思われていた戦況にも陰りが見え始めた。散っていた妖力を取り戻し、全開状態のレミリアが次第に霊夢を追い詰めていっているのだ。

傍から見ると、先程と変わらない拮抗したドックファイトを繰り広げているだけにしか見えない。だが、霊夢は確かに自分の形勢が不利に傾き始めていることを直感していた。


霊夢は速い。現にレミリアを圧倒するほどの飛行能力を有し、重力を完全に無視した軌道で翻弄し続けている。しかし、それは能力から得られたものに過ぎない。それは正しく強力な武器になるのだが、ここで彼女の経験不足が足を引っ張る形になってしまった。


碌な修行もせずに巫女をしている霊夢は、長い動乱の時代を生き、人妖大戦の第一線で活躍したレミリアに『経験』 と言う点で負けている。レミリアの積み重なった戦闘経験が脳に最善の行動を命令し、身体はその命令を忠実にこなしていく。

能力のバックアップを受けているにも拘らず、純粋な身体能力だけで付いてくるレミリアに、霊夢は次第に焦りを募らせてく。


(拙いわね……。コイツ、私の動きに慣れてきてる。何度も後を取っているのに、必殺の一手が撃てるほどの隙がなくなった。それにもう何度も目が合ってる。このままじゃ、やられるのも時間の問題かもしれない……マズッ!?)

(獲れる……! 目が慣れてきたの―――「ッそこよ!!」


何度目になるだろうか、レミリアの背後をとった霊夢。しかし、背後をとったのは刹那にも満たない時間でしかなかった。振りかえったレミリアの細腕が霊夢の腕を掴んだ。


「ッはな「さないわよ!」 な゛ぁっ―――!?」

「攻撃の芽を潰せるのは、貴女だけじゃない!」


レミリアの顔を目掛けて振り抜かれるはずの拳が、足を伸ばしたレミリアの靴裏で止められた。

思いもよらぬ形で防がれた霊夢だが、その程度で隙を見せるほど霊夢も惚けていない。すぐさま蹴りを放とうと足を振り被ろうとする。だがそれは成らなかった。


「―――ッアアアアアアアア!!」

「ッ―――――――!?!?」


霊夢の視界に映る景色が途轍もないスピードでその姿を変えていく。腕を掴んだレミリアが、その細腕一本で霊夢を振り回しているのだ。捻れば折れてしまいそうなほど細く短い腕。しかし、吸血鬼であるレミリアは見た目のそれを遙かに上回るパワーを秘めている。

目まぐるしく回転する光景と、あまりの出来事に抵抗しようにも出来ない霊夢。そんな霊夢を片手で振り回しながら、レミリアは紅魔館近くの森の中へと突っ込んで行く。


「ゥーーーーーーー!!」


霊夢を回しながら森を突き進み、木々を薙ぎ倒していく。レミリアが通った後には砕け、折れた木々が広がっており、次々に森の地形が変えられていく。既に濃厚な妖力と霊力のせいで森に住む生き物や妖精たちは退避しているが、もしまだ残っているものがいたとすれば既に事切れているだろう。


そんなソニックムーブすら引き起こしそうな勢いの中、霊夢は身体に全霊力を注ぎ込んで耐えていた。


(…や……っば―――)


意識はほとんどトんでしまっている。しかし、ここで身体強化を解けば確実に死ぬ。僅かに残った意識が生存のために全精力を傾けていた。


「―――ゥオリャァァッァァァアッ!!」


一通り木々を霊夢で・・・なぎ倒したレミリアは、もはやただの肉塊といっても差し支えない霊夢を、紅魔館の壁へ勢いよく投げつけた。言葉にならない声を上げながら、霊夢は吹き飛んでいく。紅魔館の頑丈な門を突き破り、壁という壁を粉砕したところで漸く霊夢は止まった。骨という骨が折れているかもしれない。内臓にも甚大なダメージを受けているかもしれない。このままでは生命すら危ういと言える状況の霊夢が最後に見た光景は、幾重の壁を抜けた先にいた悪魔、スカーレットデビルの姿だった。


(…ごめ……な、さ……やm……と、さ……)


僅かに伸ばされた手を掴む者はなく、ただ虚空を掻いただけだった。





◆◇◆◇◆◇◆◇





紅美鈴は、自身の身体の高まりを抑えることに必死だった。


「グ……ッんの、まだまだぁッ!」

「―――――ゲッッホッ!? 殺す! 必ず殺してやるぞ小僧ォ!!」

「やれるもんなら……やってみやがれぇッ!!」


鈍い打撃音が夜空に響き渡り、血が跳び散って大地を紅く染める。顔面を殴り、腹を粉砕され、大地を砕く蹴りを繰り出す。極限の状態で拳を振り続ける二人は、武人である美鈴にとってとても美しく感じた。


(入りたい……ッ! あの中に今すぐ跳び込んで、私も拳をぶつけ合いたい!)


武人としての最高の名誉。それは闘って、闘って、闘い続けて死ぬ。それで死ぬのなら、きっと己のすべて曝け出した真白な状態。そんな死に方を選べるのは武人だけだ。美鈴は常々そう思ってきた。

そして今、美鈴の目の前には己の全てを曝け出した二人がいる。獣のような雄叫びを上げ、血反吐を吐きながらも拳を振り、大地を揺るがす。


そんな自分のが欲する全てが目の前で行われている。そんな物を見せられてしまっては、美鈴といえど我慢がならなかった。身体の穴という穴から濃厚な気が蒸気のように吹きだし、闘志が身体中を包み込んでいた。


(ああ! でもそれは絶対に許されない! 決闘の最中に横やりを入れるなんて絶対に出来ない! でも入りたい! 私も二人を殴って、そして殴られたいッ!! どうすればいいんですか!?)


邪魔をすることだけは駄目だと、頭では解っている。だが本能が、妖怪で在る前に武人としての本能が美鈴を駆り立てていた。あの中で闘え! 拳を振れ! と。



(ああ駄目だ、足が止まらない)


もはや我慢の限界。一歩、また一歩と足が脳の命令を無視して踏み出されていく。だがそれでも構わないと、美鈴は思った。あの中で闘いさえ出来ればそれだけでいい。拳を血が出んばかりに堅く握りしめ、更に一歩を踏み出す―――


「め~い~リンッ!」

「いっっったぁ!? 頭が、頭が割れる!?」


―――ことはなく、沸いた頭を冷すキツイ拳骨が美鈴に突き刺さった。


「美鈴、メッ! わたしだってヤマトと遊びたいの我慢したのに!」

「ふ、ふぉぉぉぉぉぉ……!?」


しゃがみ込んで頭を抑える美鈴を叩いたのは、先程までヤマトと遊んでいたフランドールだった。その後にはパチュリーと魔理沙、小悪魔に支えて貰いながら歩いてくる咲夜の姿があった。


「ま、そう言うことよ美鈴。残念だけど今回は見学ね」

「わ、わかりましたぁ……ッゥー、効きますよこれ。妹様、泣いていいですか?」

「よしよし、小悪魔の胸を貸してやろう!」

「私ですか!?」

「ほらほら、遊んでいる暇はないわよ。自分の目で見たいっていうから連れてきたのに―――ってあら?」


魔理沙と咲夜が二人の闘いをより近くで見たいと願ったから、パチュリーたちは此処までやってきた。怪我の身には染みるという注意をパチュリーが促したが、それでもと言った二人の意志を尊重した形だ。

そして館の外に出てみると一同は空いた口が塞がらなかった。文字通り、紅魔館が傾き始めていたのだ。大和とアルフォード。そして反対側では霊夢とレミリア。四人の戦闘の影響で、紅魔館はそろそろ危うい状態にまで陥っていた。


そして更にその被害を拡大させんばかりに一歩を進めていく美鈴。それを見たパチュリーの行動は途轍もなく早かった。生涯最速と言ってもいい判断速度で、フランドールに美鈴を止めるように指令を出す。それを聞くや否や、自分の家の安全よりも遊ぶことを我慢しろと言って美鈴に拳骨を下し、止めた。良い所で止められたせいか、フランドールも腹が立っているのだ。


「すげぇ…なんつー闘いだ……」

「あれが、大和さんの本当の姿……?」


大和の本気を知らない魔理沙と咲夜には、目の前の光景が信じられないでいた。確かに自分たちよりも強いということは理解した。ただし、二人は自分たちは少し劣っているだけと勘違いしていたのだ。


霊夢と生活を始めてから、大和が人前で闘うことはほとんど無かった。異変も起きず、霊夢の世話以外にやることと言えば魔法の研究と日課の修行のみ。咲夜相手に組手をすることはあったが、力をだいぶセーブした状態でやっていた。白玉楼に訪れた時は妖夢相手に勢いづいていたのだが、それは別の話。


理由は単純明快、咲夜の実力が低かったから。今でこそ追い詰められることはあっても、数年前までそんなことはなかった。なので咲夜は『大和さん』 を知っていても『大和』 は知らない。魔理沙に至っては知る機会すらなかった。


「ッネフィリム!」

「見えない腕かッ!」


千日手。ただ殴ってばかりでは埒があかない。そう判断した大和がスペルカードを発動させ、周囲の大気がざわつき出す。

足を踏ん張り、腰を入れた巨大な拳がアルフォードに迫る。対するアルフォードも、巨人の拳を砕くために拳を振り抜いた。


アルフォードの拳と大和の見えない拳がぶつかり合った瞬間、突風がパチュリーたちを襲う。その突風によって、人一人分よりも大きい壁の破片が辺り一面に跳び散っていく。一際大きな欠片が自分目掛けて跳んでくるのを見たフランドールが能力を発動させようと手を突き出したが、美鈴が自分がやると言って前にでた。


「ハッ! タァッ!」


飛来した美鈴が蹴りで粉々に砕いて行く。全てを砕き終わった後、再び皆のいる位置まで下がってくる美鈴をフランドールがハイタッチで迎えた。


そんな自分の認識の枠を超えた闘いの迫力に、魔理沙は震えが止まらなかった。恐怖ではない。ただただ、目の前で闘う男の姿がヒーローそのものであることに震えていたのだ。


「……ぁ」

「パチュリー様!?」


しかし突如として、パチュリーが声を上げてしゃがみ込んだ。顔が僅かに上気し、息遣いも粗くなっている。


「ど、どうしたんですか!?」

「……心配しなくて大丈夫よ。大和の奴が私の魔力を一気に吸い上げただけだから。見なさい、あれだけ酷使しているのに魔拳は砕けていないわ。それだけ魔力を使っていると言うことよ」


フランドール相手に砕けた巨人の拳が、アルフォード相手に砕けないわけがない。しかしそれは、大和だけの魔力で小さな巨人を構成した場合だ。パチュリーの魔力と自身の魔力、そして気を合成した力をもってすればこそ、巨人の拳はアルフォード相手に撃ち合うことが出来ていた。


「そう言えばパチュリー、ヤマトに魔力を吸われるのってどんな感じなの?」

「どんな感じかと言われても……。そうね、例えるなら全身を貪られている感じかしら? 特に魔力は下腹の方に溜まるから。……あまり気分のいい話じゃないわね」

「ふーん……。じゃあパチュリーは、今もヤマトに全身を貪られてるんだね! 主に下腹を!」

「……? それがどうか……ッ!?」


そこまで話して、パチュリーは周囲の家族が妙な反応をしていることに気が付いた。

言わずもがな、フランドールはニヤニヤと下品な笑みを浮かべている。美鈴はアハハと苦笑い。咲夜は頬を染めて俯いてしまっている。小悪魔に至っては、鼻から溢れだした高貴な血を止めようと手で塞いでいた。

そんな中、魔理沙だけが訳が解らないといった感じでオロオロしている。


「お、おいどうしたんだ? ちょっと私にも解るように説明―――」

「貴女は黙ってなさいッ! いいこと!? これは例え! 例えなんだからねッ!?」

「おっ、パチュリー。それって最近外から入ってきたツンデレ文化だよね? いやー流石は紅魔館の頭脳。さっそく使いこなしてるなんて流石! そこに痺れて憧れるぅ!」


顔を真っ赤に染めて反論するパチュリーをフランドールがからかう。

直ぐ近くで死闘が繰り広げられているなか、六人の居場所だけは平和だった。





◇◆◇◆◇◆◇




「捉えた! うぉりゃぁぁぁぁッ!!」

「ヌ―――うおォッ!?」


大和の巨大な左腕がアルフォードを身体ごと掴み、地面へと叩きつけた。あまりの質量に押しつぶされたアルフォードからも苦悶の声が出た。

しかし大和の攻勢は終わらない。地面と平行になるように空へ上がり、そこに力場を作って思い切り踏み込む―――


「剛堕浸透掌ッ!」


巨大な左腕を用い、途轍もない威力を誇る最強の浸透勁。師父から貰い受けた内部と外部を同時に破壊する発勁がアルフォードの全身を貫く!


「もう一撃ィッ!」


更に右腕を振りかぶり、深く息を吸い込んだ後、吐くと同時に右腕を振り抜く!


「雷声砕月ッ!!」


弾丸を彷彿させる右の一撃。大和の誇る最強の右と左。それを違うこと無くそれを受けたアルフォードは、地面に大の字を描いたままピクリとも動かなくなった。


「ハァッ、ハァッ、ハァッ……か、勝った…!」


地面に手を着いて大和はアルフォードを見る。身体を覆っていた輝きは光を失っていた。


(も、もう流石に無理。身体中ギシギシ言ってるし、これ以上動いたら壊れる……かもッ)


度重なる拳と蹴りの応酬で身体はボロボロ。無想転成のための魔力は貰えても、自前の気の方が先に底をつく。大和自身、正直に自分がここまで闘えることに驚いていた。

仮にも相手は幻想郷の最上級クラス。自分程度では手も足も届かない化物。その一角を、例えパチュリーの力を借りたとはいえ倒せたと言う事実に、大和自身も疲れ切った中で笑みを浮かべて喜んでいた。



(僕の奥義二発連続、流石にアルフォードだって……)


「―――何故だ」

「……おいおい…奥義二発も喰らって立ってくるなんて……。すごいショックだなぁ……泣きたくなってくるよ…?」


大の字に寝ていたアルフォードから声が上がり、次に置き上がった。目の前の信じられない光景に、ハハハ、と乾いた声を上げるしかなかった。

二発。自身の誇る絶対無比の一撃を、それも無想転成で撃ったにも拘わらず立ち上がってくるアルフォード。


(…勝てない。僕じゃ、勝てない……)


腕は可笑しな方向に曲がっている。足も引きずっている。しかし、その傷もゆっくりとはいえ治癒されていく姿を見て、大和は負けを確信した。

パチュリーに力を借りて尚、大和はアルフォードのいる高みに届かなかったのだ。


「これ程の力を持つ貴様が、何故妻を助けられなかった……?」

「な、なにを……?」

「答えろッ!」

「……先生は、お前とレミリア達のことを想って態とあんなことを…」

「そんなことは解っている! だが、何故だッ!? 何故妻は死に、私はのうのうと生きている!? アイツよりも遙かに劣っている私が!」

「アルフォード……お前…」


(許せないんだ……。愛した人が死んで、自分だけが生き残ることが。こいつは……、いや、こいつも・・・・ずっとそれに悩まされていたんだ…。それをずっと溜めこんで、今になって爆発した。そんなアルフォードに僕が出来ることなんて、何もない)


「俺は…貴様が憎いッ……! 貴様がいなければとどれだけ考えたか……妻を殺した貴様がッ! 解るかッ!?」

「……解るよ…。痛いくらいに……」


アルフォードの独白に、大和は立ち上がる気力を失ってしまった。アルフォードはそんな大和の首を掴み、持ち上げる。抵抗は出来ない。大和は為すがままだ。


「……やれよ。お前には、その資格がある。それにお前になら、それも仕方が無いと思ってたから」

「……死ね」


アルフォードの手が、大和の脇腹を貫く。


(紫さんと会ったとき、僕もこんな悲しい顔だったんだろうなぁ)


大和の鮮血が、大地を紅く染めた。





◇◆◇◆◇◆◇





負けた。これ以上ないくらい完璧に。ああ眠い。もういいかな、眠っても。私は良くやった、きっと後は大和さんがなんとかしてくれる。きっとそうよー、だから私、もう寝るからねー。


―――だらしない。あの程度の妖怪に負けるなんて


……煩いなぁ。私はもう寝るの。黙ってて頂戴。


―――負けっぱなしで良いって? ハァ、博麗の巫女も落ちぶれたもんね


喧しい。というか、なんで話掛けてくるの? 私、死に掛けてるんだけど。


―――さぁ? 死にそうだからじゃないの? あまり深く考えるのはよくないわ。考えるよりも感じなさい


何よその理屈。で、何の用?


―――勝ちたくない?


……。


―――ほんの少し、きっかけをあげる。どう?


……貰えるのなら貰っていく。ただでしょうね?


―――高いわよ。じゃ、立て。


は? ムリムリ、足の骨が折れてるわ。


―――大和みたいに根性みせなさいよ。あの馬鹿ならやってみせるわよ?


はいはい。……あ、ところであんた誰?


―――――ひ み つ





◇◆◇◆◇◆◇





「どうしよう、やり過ぎちゃった……。大和に怒られる…」


やり過ぎた。本当にやり過ぎてしまった。どうしよう!? 私のバカバカバカ! 何やってるのよレミリア!? 思い余ってリミッター外れたみたいに闘って、これじゃあバーサーカーじゃない! 勝ったはいいけど、これじゃあ大和が悲しんでどうしようもなくなっちゃう!?

と、とりあえず巫女の容体を確認して、大和に内緒で巫女を治療して、それから―――


巫女の治療をするためにレミリアはゆっくりと霊夢に近づいていく。


「……え?」


視界に霊夢を捉える。傷は酷い……? 紅魔館の照明が落ちていたので、レミリアの目でも細かい傷の状態は解らなかった。ただただボロボロ。それだけだった。


(大丈夫、生きているはず。―――え?)


途端、壁に寄り掛かって倒れていた霊夢が消えた。唖然とするレミリアの真横を風が通り過ぎていく。


(まさかまさかまさか……!? あ、あり得ない! 死んでもおかしくないはずの怪我を負ったのよ!?)


しかし、それでは霊夢が消えたことに説明が付かない。人は死んでも遺体は残る。だとすれば、いったい何がレミリアの横を通り抜けていったのか。

恐る恐るレミリアは振り返った。


そして振りかえった先には、強く拳を握りしめた霊夢が立っていた。


「(思いっきり殴る) 思いっきり殴る」

「ぅ、ぅそ……キャアッ!?」


今の今まで死に体だった霊夢が、信じられないほどの威力が込められた拳を振り抜く。障壁を張って踏ん張るレミリア。だが障壁は紙屑のように破られ、大きく吹き飛ばされる。


(なっ、なんなの!? だって、ついさっきまでそこで……!)


羽をはばたかせて空へと逃げるレミリア。わけが解らない現状を整理しようと、必死になって考えた。しかし霊夢は考える余裕など与えはしない。


「(足を力任せに振り抜く) 足を力任せに振り抜く」

「ク……ぅわアッ!」


再び障壁を張って蹴りを防ぐ。今度は障壁を破られなかった。しかし、障壁ごと蹴り飛ばされる。


(何で!? 倒したのに……なんで強くなって立ち上がってくるの!?)


レミリアは、目の前の霊夢が恐ろしくて震えていた。

霊力は先程までの比ではない。つい先ほどまでの闘っていた霊夢の霊力が10だとすると、今の霊夢には30以上はある。自分が今まで闘っていた霊夢は、いったい何だったのか。理解しがたい現実に、レミリアは得体のしれない恐怖を抱いた。


「(身体に霊力を纏って) 身体に霊力を纏って」


そして俯き、うわごとのようにブツブツと言葉を発する霊夢は正直気味が悪かった。破けてボロボロな巫女服も相まって、まるで地獄の底から帰って来たアンデットのようにレミリアの目には映った。


「(行け!) 行く…!」

「ぅっ…、くっ来るなァッ!」


―――紅符「スカーレットマイスタ」

―――霊符「夢想封印」


半ばヤケクソ気味に、レミリアはスペルカードを発動した。牽制で使うような弱々しい弾幕とは違い、その一つ一つが必殺の威力を秘めた弾幕。当たれば堕ちることは必至だ。

それと同時に霊夢もスペルカードを発動。それはレミリアのスペルを難なく破り、更に勢いを失わない極光がレミリアを襲う。


「グゥゥッ―――!!」


両手で必死に障壁を張り、夢想封印を防ぐレミリア。その掌は防いだ時に発した熱で酷く焼け焦げていた。

だがそれを見ても尚、霊夢の勢いは止まらない。真っ直ぐ一直線にレミリア目掛けて飛ぶ――!


―――神術「吸血鬼幻想」


レミリアは連続して二枚目を発動。止まれ、止まってと願いを込めど、霊夢は止まらない。何かに後押しされているかのように、ただただ前を見据えて進む。


「(上に) 上に」


―――レミリアの放つ弾幕の中、霊夢は突き進む


「あッ、当たって!」

「(右へ) 右へ」


―――相対速度など関係ない。全てに囚われず、天下無双の一と数えられる業


「な、なんで当たらないの!? こ、これじゃあまるで……!」

「(空中宙返り) 空中宙返り」

「―――そうかッ! 貴女がッ!? 貴女がまた! 一度ならず二度までも!!」


―――それこそが、博麗にのみ許された秘奧


「―――貴女にだけは絶対に負けない!! 神罰ッ! 『幼きデーモンロード!!』 」


―――夢想天生


放たれた秘奧との激突に、拮抗などなかった。




堕ちていくレミリアの目に、巫女の姿が強く残った。





◇◆◇◆◇◆◇





魔理沙は目の前の光景に言葉を失っていた。ただし実際には少し違う。そこにいる誰もが言葉を失っていた。地に倒れ込む大和。脇腹には拳大の風穴が空き、そこから絶え間なく血が流れ出している。


「―――え? お、おいおい。冗談はよせよ……な、なぁ? てっ、手の込んだやらせで私を騙そうって言うんだろ? ……おい! そうなんだろ!?」


同意を求めるように声を張り上げるが、誰も答えはしなかった。ある者は振え、ある者は涙を流し、ただ何が起きたのか解らず呆然と人形のように立ち尽くしていた。


「魔女…おい魔女ッ! これは何かの冗談なんだろ!?」

「……ぁ…ぁぁ……ッ!」

「門番! 使い魔! メイド! ……冗談だって言えよ!!」


肩を激しく揺らしても、誰も何の反応も示さない。誰もが目の前の光景を否定したがっていた。


「……んのヤローーーーーーッ!!」


考えもなく、魔理沙はアルフォードへと突っ込んで行った。敵う敵わないは関係ない。例えそれで命を落そうと、そうしなければ気が済まなかった。


「…ッパチュリー様!」

「……ッ! 解ってる!!」


弾けるように飛びだした魔理沙を見て、咲夜が正気に戻った。その後でパチュリーが。しかし、その僅かな間にも大和の容体は悪化していく。


「美鈴ッ、咲夜ッ! 大和に気を分けなさい! 早くッ!!」

「わたしは!? わたしは何をしたらいいの!?」

「祈ってなさいッ! 貴女の妖力混じりの魔力じゃ逆に傷つける! 小悪魔もよ!」」

「……ッ」

「や、大和さん……」


誰もが血の気を失い、身体は極寒に身を包まれているかのように震えていた。しかし、彼女たちは決して寒さに震えているわけではない。ただただ、親しい友を失うことが恐くて堪らなかった。


机を挟み、図書館で一緒に魔法を研究する。出来なくなるかもしれない。

門の前で愚痴り合い、時に組手で汗を流す。出来なくなるかもしれない。

厭味を吐きながらも、同じ時を共に過ごす。出来なくなるかもしれない。

何百年も前から続く、温かくて優しい関係。それも終わるかもしれない。


「還って来なさい……還って来いッ!」

「大和さんッ! 聞こえてますかッ!?」


「……」


大和の血に塗れることも厭わず、三人は必死に救命活動を続ける。しかし大和はピクリとも動かない。

もはやこれまで―――。だが、この場にいる者は誰一人として諦めることをしなかった。


「死ぬな―――死ぬなッ! 大和さん、死んだら駄目ですッ!!」


美鈴が必死に言葉を投げかける。


「……ッ!」


怪我を推して、身体中の全ての力を注ぎ込む咲夜。


「お願い…お願いだから神様……!」

「どうか……」


手を組み、ただただ祈り続けるフランドールと小悪魔。


「このまま死んでみなさい……墓なんて、絶対に立ててやらないから! 絶対に立ててやらないんだから―――だからぁッ!!」


大粒の涙を流し、叫ぶように声を張り上げるパチュリー。





「このまま…死んで、たまるか……ッ!」


だからこそ、まだ死ねない―――!





◇◆◇◆◇◆◇





「……のヤローーーーッ!!」


血を垂れ流して倒れ伏す大和の目に、出来の悪い魔法使いがアルフォードへと向かって行く姿が映った。この馬鹿魔理沙、死ぬぞ。そう注意を促そうと口を動かすが、声が出なかった。


(仇をとれずに死ぬんだね、僕は……。でも零夢が向こうで待ってくれてるんだったらそれもいいかな……)

「……ッ―――!」

「…ッ! ……ッ!!」

(怪我を癒してくれてるのかな…? 暖かい……でも)


パチュリーが治癒魔法を使い、美鈴と咲夜が気を与え続ける。

二人は大和の血に塗れることを厭わず、必死に治療を心がけていた。そのおかげか、血の海に沈んでいる大和の傷口からは除々に血が止まり出した。だが、流れた血の量を考えるに―――既に手遅れに近かった。


「―――! ―――!!」

「……、…、……!?」

(聞こえないって……。パチュリーも美鈴も、本当はもう気付いてる癖に…)

「……っ」


大和自身、この結果は仕方が無いと思っている。経緯はどうあれ、先生が死ぬ切っ掛けとなったことに間違いはない。それは許されることではない。自身が紫を許せないように、アルフォードが自分を許さないことも当然だと。だからこそ、大和は受け入れざるを得なかった。


「―――ゲッホ、ゲホッ!」

「……!!」

「―――ッ!?」


再びぶり返したように、大和の口から血が吹き出る。

そんな大和をパチュリー達が必死に治療を続けるなか、魔理沙は単独でアルフォードに殴りかかっていた。


「俺が憎いだろう。だが、俺もお前に殺されるわけにはいかんのだ。負の連鎖はここで断ち切る」

「うるせぇッ! 私は…私が……ッ! ようやく気付けたってのに!」

「そう急かすな……。俺も小僧を手に掛けた身、のうのうとと生きながらえようとは思っていない。自分の事は自分でケリを着ける。だから、俺がこの手で死ぬのを待っていてくれないか?」

「ふざけんな……そんな勝手、許せるかよォッ!!」


アルフォードは大和を殺したあと、自分自身も消滅しようと考えていた。心中などでは決してない。だが大和を殺して出来た亀裂は、あまりにも大きくなる。ならば、自身の死を持ってその亀裂を塞き止める。それが自分のする最期の仕事だと思っていた。


だが―――


(…おい……待てよ…っ)


―――それを大和が許すはずがなかった。


(僕は誓ったんだよ……。映姫様の前で…死んだ零夢にだって、誰も死なせないって……。なのに…よりにもよって、そんな僕の目の前で死ぬって言うのかよ……。そんなの……絶対に許さない…ッ!)


「このまま…死んで、たまるか……ッ!」


冷たかった大和の身体に、除々に力が込められていく。


(何で僕が誰にも死んで欲しくないっていうのか、解ってるのか…! 悲しいんだよ…ッ! つらいんだよ……ッ! 友達じゃないとか、知り合いじゃないとかなんて関係ない。ただ、その人が死んで悲しむ人がいるのを見て、それが自分のことのように辛いって、知ったからッ!!)


(だからッ! 僕の目がまだ黒い内は、例え誰であろうと死なせない!)


何度もよろけ、地に倒れ込みながらも、大和は再び立ち上がる。全ては己が誓った信念を貫き徹すために。目の前の死に直面している者を救うために、緩んだ拳を再び強く握りしめる。


(アルフォード……僕は、お前の為にお前を倒す―――!)


弱々しく、だが、とても強い一歩を踏み出した





◇◆◇◆◇◆◇






「…馬鹿な……」

「ま…まだまだぁ、しにゃーしねーよぉ……?」


ゆらゆらと、産まれたての小鹿のように躓き、倒れては立ち上がり前へと進む。

治療していたパチュリーたちも、アルフォードに立ち向かっていた魔理沙も、手を下したアルフォードでさえも、目の前の光景に言葉を失っていた。


「貴様……不死身か…?」

「かもねぅ…。でも残念ながら、ちがうんだよねぇ……」


呆然とする魔理沙をアルフォードから引き剥がし、アルフォードの肩を掴む。そして…


「この……馬鹿チンがーーーーーー!!」


力の限り、殴り飛ばした。


『んな!?』


その身体のどこに眠っていたのだろうか。殴られたアルフォードは錐揉みしながら壁に激突する。

横腹に空いた風穴からは、血が勢いよく吹きだした。


「お前は嫌いだけど、それでも目の前で死ぬっていうのなら絶対に止めてやる! 大嫌いなお前でもだ! …解ったか!?」


再び地に手を着く大和だが、それでも力の限り叫んだ。その身体は再び異質な力に包まれている。美鈴と咲夜の気、パチュリーの魔力。ゆっくりと、地獄の底から這い上がってくるように立ち上がる大和を、三人の力が守っていた。


「貴様さえ……貴様さえいなければこうはならなかったのだッ! 小僧ォォォッ!!」


雄叫びを上げ、アルフォードが再び大和に殴りかかる。大和は動けない。否、動こうとしない。


「ア゛ア゛ア゛ア゛―――――ッぅ……ッ!」


腹部を殴りつけられたことに顔を歪め、悲鳴をあげる大和だが決して倒れはしなかった。


「し、知ってるかぁ、あるふぉーどぉ…? にんげん、クるとわかったら一回くらいは……耐えられるんだよォラァッッ!」


今度は上から拳骨のような拳を。ただの拳骨に過ぎないが、大和は無想転成の全てをその拳骨一つに込めていた。あまりの力に堪らず倒れ込むアルフォード。それは大和も同じだった。


しかし、それでも尚、アルフォードは立ち上がる。譲れない物があるのはアルフォードも同じ。自分の気持ちに決着を着けるために出来ることは、これしかないのだ。それが解っているため、大和はニヒルに笑って見せる。


「ハッ……こうなったら思う存分殴り合いたいけど、もう一歩も動けないね」

「…正直恐れ入ったぞ。たかが魔法使いにこれだけの力があるとは……」

「……なら、もうちょっとその魔法使いの『力』 を見て行けよ。……パチュリー! 死ぬ気で結界張って!」

「……隠匿性も高い、一番良い奴を張っておいてあげる。だから、死なないで……」

「……そんなに泣かれたら死ぬにしねないって。大丈夫だから、さ?」

「うん…」


パチュリーの結界が周囲を覆い尽くしていく。

それと同時に大和が呪文詠唱に入った。その言霊に、アルフォードは聞き憶えがなかった。自身の妻の生徒であったのならば、使う魔法はすべて妻の物のはず。だが大和の詠唱にはまったく効き憶えが無い。そんな怪訝な表情を浮かべるアルフォードに、大和は得意気に笑った。


「一秒が限界。でも、きっとあの人ならそれを上手く使う。喜べアルフォード、これが本邦初公開の魔法だ。


―――――完全残片レムナント・エーリュシオン


                         それでは、いい夢を……」



カラカラと笑って、大和の意識は途絶えた。






気持ちが先走り過ぎたじらいです。そのせいでこんなにも早く…。長い間待つと言ってくれた人には申し訳ない? のですが、とりあえず出し惜しみは良くないので投稿しました。


今回は長かったので本当に心配です。分けようかと思ったのですが、どこで分ければいいのか判断つかなかったですw でも全部読むのは疲れますよね。私も誤字探しのための読み直しがしんどかったorz それでも全部読んでいただけたのなら嬉しいです。


今回で紅魔郷は終了。あとは原作お馴染みの宴会で〆て、次回予告を一話。今回は突っ込みどころが多すぎて訳がわからんッ! 誰だ霊夢に力を貸した奴は!? 大和の魔法って結局なんだよ!? な方。全力で見逃して下さいorz





そしてここまで読んで下さった方へ感謝の意を込めて、行き成り発表したいと思います。私にとっては今までで一番の重大発表ですね。


次章の妖々夢編で、伊吹伝は『終章』となります/(^o^)\





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