殴り合い空
博麗霊夢は地面に大の字になって不貞腐れていた。
―――私は強い
自惚れではなく、彼女は客観的に自分をそう評価していた。産まれてこの方、妖怪に後れを取ることなど一度も無かった彼女にとって、この評価は正当なものであると確信している。一般で言う『手がつけられないほど強力な妖怪』 と出会わなかったということもあるが、それでも彼女の戦歴は全戦全勝。それは変えようのない事実であり、霊夢自身の自信へと繋がっている。
そんな一騎当千とも呼べる霊夢だが、修行を行うことはほぼなかった。
最低限、巫女としての技能を習得すれば、後は実戦でその腕を磨く。それが彼女のスタイル。
少しは修行もしたら? と、同居人である大和に苦言を呈されることもあったが、彼女がそのスタイルを曲げることは一度もなかった。何より、彼女自身がそれほど修行に価値を見出せなかったのが理由だ。どうせ歳を取れば霊力も戦闘技能も上がっていく。ならば修行などやったところでそれほど大差ない。ならその時間を、少しでもお茶に費やす。それが博麗霊夢の日常だった。
「さぁどうした!? 私をもっと震え上がらせてみろ!」
しかし、霊夢はここにきて考えを改めるべきかどうか悩んでいた。修行はやっておくべきだったかもしれないと。初めて大の字になって解る、日々の修練の大切さ。やっていれば、こうやって大の字になることもなかったのだろうか?
だからといってこれからは心を入れ替えて修行するのかと問われると、まぁそんなことはないのだが。何より面倒であるし、時間の無駄だから。
それにしても……と、霊夢はもう一度自身の姿を確認する。巫女服は所々破け、肌が露出している。さらしも少し見えており、僅かに怪我を負った部分はチクチクと痛みを発してくる。
(最悪よ、最悪。繕うのにも時間が掛るって言うのに……)
大和の前では立派な淑女を演じている霊夢だが、彼の目から離れれば、その内は町娘と変わらない女の子でしかない。いや、それよりも性質が悪いだろう。何せ面倒臭がりな上に、口調も一般のそれよりもだいぶ粗っぽいのだから。
故に彼女は今の状況についてこう考えた。
吸血鬼は確かに強い。自分が闘ってきた妖怪の中で一番強く、ほんのちょっとだけ自分より強い。服がボロになったのも、その僅かな差のせい。だから悪いのは、私よりもほんのちょっと強かった吸血鬼。
だから、その分殴らせろ。服の怨みは大きいぞ、と。
「来ないのか…? ……ちょっと、まさか死んでるんじゃないわよね?」
「死んでないわよ。ちょっと考え事してただけ」
「…弱過ぎて死んだのかと思ったぞ」
「私を舐めてるわね、このロリ吸血鬼」
「ムカ…。貴様、いい加減その口調を改めろ。弱者が強者に使っていい言葉ではない」
よっこらせ。レミリアの言うことなど気にもせず、霊夢はゆっくりと起き上がる。見上げた空には真っ赤な霧と、傲慢な吸血鬼。さて、どうやって負かしてやろうか。
霊夢に余裕が出てきたのも理由がある。巫女服を破かれた分、彼女の頭の中にはレミリアの弾幕パターンが蓄積されている。伊達に直撃ギリギリで躱し続け、服をボロにしていたわけではない。
弾幕ごっこなんて所詮はパターンの連続。相手の呼吸に合わせれば避けられるし、その呼吸を乱してやれば相手は崩れる。そこに夢想封印の一撃でも入れてやれば私の勝ち。なんとなくやっていればそうなるんだから、私の勝ちは揺るがない。
霊夢にとって、弾幕ごっこはその程度のものでしかなかった。相手の呼吸に合わせれば避けられる。呼吸を乱してやればそれで終い。霊夢は簡単にそう言うが、やろうと思って簡単に出来ることではない。
大和がそれを聞くと、おそらく発狂程度では済まないだろう。自身の奥義の一部である『相手の呼吸に合わせること』 を、なんとなくでやってのけられたのならば、彼の今までの時間を考えると声の掛けようがない。
しかしそれをやってのけるのが今代の博麗の巫女である霊夢なのだ。
「貴様が死ねば夫にどやされる。簡単に死んで貰ったら困るのだよ」
対して、レミリアはそんな霊夢の姿に嘲弄を隠せなかった。
レミリアは、博麗の巫女は最大の仇敵であり好敵手だと考えていた。それは数百年前に死んだ巫女、博麗零夢の生き様が余りにも気高かったからだ。尊敬の念すら抱いていたと言ってもいい。最大の好敵手であり、遂には勝ち逃げされた仇敵。
それが巫女に対するレミリアの価値観だった。ならば、あの頃と同じように大和と共に立つ巫女をそう見るのも無理は無かった。
しかし箱を開けてみるとどうだ。彼女のような気高さはなく、自身の認める者とは到底呼べない。
それは、巫女が既に自分の格下に位置していることと同義であった。いくら大和が気に掛けようと、自分の方が……。レミリアは勝ちを確信し、更に強い独占欲が芽生えた。
その居場所を奪ってやろう、と。
「……ねぇ、ちょっといい?」
「何だ?」
「大和さんって、なに?」
レミリアがそう決めた所で、霊夢がある一つの質問を投げかけた。それは思いがけないことであって、酷く滑稽な問いだった。
「……ぷッ、ァッハハハハハハ!!」
―――そうか! コイツは何も知らない! 私の知ってる大和を知らないんだ!
腹を抱えるようにして笑った。明らかに嘲弄する目で見て、思い切りレミリアは霊夢を嘲った。
「そうね、そうね! 貴女は何も知らないんだもの、知らなくて当然だわ。ごめんなさいね、こんなに笑ってしまって」
勝った! 私は、巫女に勝った!
小さな身体に湧き上がってくるのは、親友の胸を涙で濡らした時よりも更に強い感情。当主という重荷も、数百年生きてきた歴史も関係ない。ただ一人の女として、自分は目の前の女よりも上にいる。彼女とは似ても似つかないことなど、レミリアとて百も承知している。しかし、目の前の霊夢と零夢は瓜二つだ。だからこそ、子供染みた優越感は止まらなかった。
「クク…、そうだな。貴様は『大和さん』 を知っているだけであって、『大和』 は知らん。だが何も恥ずべき事では無い。他でもない大和自身が決めたことなのだからな」
「……どういうこと?」
「そのままの意味だ。しかし残念だよ。運命を見た私でも勘違いをしていたようだ。私は貴様にあの女の面影を重ねていたが、それは間違いだった。貴様とあの女とを比べることすら間違っていたのかもしれんがな」
「……もう一度聞く。お前は大和さんの何を知ってる? それとあと一つ。さっき言っていた『あの女』 って誰?」
「さぁな? ただ、私は貴様の知らない彼を良く知っている。あの女には借りがある。それだけだ」
「…いいわ。あんたを殴ってから聞きだすことにする」
「クク……、いい顔になったじゃないか。それでは続きと行こうか?」
人差し指の間接を曲げ、掛って来いと言わんばかりに霊夢を挑発する。
巫女は負け、大和が自分の婿として迎えられるのはほぼ確定している。しかし、それでも大和は巫女を何かと気に掛けるだろう。この巫女が自分で『出て行け』 と言うまでは。ならば、私が巫女にそう言わせる。勝者の権限で。
レミリアの思考は、既に自分が勝つことを前提にして考えられていた。
「私は、弱くないわよ」
「そんな台詞を吐く奴はごまんと見てきたな」
「…博麗霊夢。あんたを堕とすわ」
瞬間、霊夢から御札が投げ出された。数はそれほど多くなく、回避行動をとれば簡単に避けられる。
レミリアは直ぐにその行動に移った。飛来してくる札を身を捻って回避する。
しかし、今までとは勝手が違っていた。
「…! 追尾性能付き!」
躱した札が後方で向きを変え、再びレミリアに迫る。チッ、と舌打ちしながらレミリアは空を縫うように飛び、追いすがる札を突き放そうとする。しかし札はその勢いを衰えさせることなく、レミリアへと突き進む。
「ヤァッ!」
レミリアは無理に回避することを諦め、迎撃に転じることにした。向かってくる札に魔力弾を放ち打ち落とす。しかし、それでもその間を札がすり抜けてくる物がある。札を打ち落とすことを止め、レミリアは障壁を張って衝撃を待った。
ドドドド! 手が痺れるほどの衝撃が障壁越しに届く。
全てを防ぎきり追えた後に巫女を探るが、当り前のように巫女の姿は元いた場所にはなかった。
明らかに私の失態だ。と、今度は自分に舌打ちし、一度全体を見渡そうと上昇仕掛けた瞬間にそれは現れた。
「堕ちろ!」
「くッ―――!」
目と鼻の先に現れた霊夢が、猛烈な打撃を加えてくる。細身から繰り出されるものとは思えないほど重い打撃が、連続して襲いかかってくる。
押し込められそうになったレミリアは一度引こうとするも、霊夢がそれを許すはずがなかった。二人の闘いは最大速度で空を駆けるドックファイトへと突入する。
(……巧いッ! 私に付いてくるだけじゃなく、この状態でも札を放ってくるなんて…! さっきとはまるで別人じゃない!)
顔を歪め、額から一筋の汗が流れ出た。
隙を見せれば札が飛び、それに気を取られると懐まで入り込まれる。レミリアとて肉弾戦は望む所であるが、霊夢のそれは今まで彼女が見てきたものとは決定的に異なっていた。
蝶のように舞い、蜂のように刺す。
神がかったボディバランスによって、あり得ないような空中機動をとる様はまるで蝶のよう。重力など無視しているかのような三次元機動にレミリアは驚愕を隠せない。更にそこから繰り出される重い一撃。そんな霊夢にレミリアは次第に追い詰められていく。しかし、驚きはそれだけでは終わらない。
「なッ―――!?」
驚愕に声を上げるレミリアを、霊夢はニヤリと口を歪ませて笑った。
レミリアが懐に入った霊夢を突き飛ばそうと拳を振りかぶった瞬間、その腕を小さな結界で縫い止めたのだ。
これが、霊夢の言っていた『相手の呼吸を乱す』 こと。攻撃の芽を潰し、相手の呼吸を止め、乱し、隙を生み出す。
「宣言通り。堕ちろ、吸血鬼」
―――夢符「封魔陣」
轟音と共に、まばゆい霊力の光が夜空を輝かせる。スペルカードを放った霊夢の目の前にいたはずのレミリアは、その身体を紅魔館の壁へと沈み込ませていた。
「―――ふぅ、それなりに手強かったわね」
地面へと降り立ち、一息。
骨が折れたと言わんばかりに間接をポキポキと鳴らせる。レミリアに勝った霊夢には、今からやらなければならないことがあった。それは、大和と『あの女』 について詳しく聞くこと。
どこか違和感を感じていた生活にも、これでおさらば出来るかもしれない。大和さんも、私も。
気になること全てを聞き出すために、倒れ込んだレミリアへと足を運ぶ霊夢。しかし……
「想像以上。いいえ、見縊ったのは私ね。全ては、運命通りと言うことなのかしら」
倒れ込み、戦闘不能だと思い込んでいたレミリアから声が上がる。同時に、大気中に散っていた紅い霧の濃度が一気に減っていく。木々の間をすり抜け、空を飛び、まるで川のような妖力の流れが幾本もレミリアへと流れ込んで行く。
「へぇ……それが本気ってわけ」
「そうね。今までの私は、妖力を幻想郷中に分散させてたの。だからこれが正真正銘、私の『本気』 よ」
幻想郷を覆っていた紅い霧はその姿をすっかり消していた。散っていた全ての妖力が、レミリアの基へと還っていったのだ。
「もう油断はしない。全力で潰す。博麗霊夢…、私も、弱くないぞ?」
「……上等よ、掛って来なさい」
「レミリア・スカーレット。貴女を潰すわ」
仕切り直すために、再び構えを取る二人。互いに一歩も動かず、ただ相手を見つめる。緊張感と静寂が場を占め、舌で乾いた唇を潤した。
瞬間、二人は同じタイミングで地を蹴った。
しかしそれを邪魔するように、まるで爆撃でも起きたような轟音が辺り一帯に響き渡った。
「ッなに!?」
「なんなの!?」
その直後に発生した膨大な妖力と魔力に、霊夢とレミリアは動きを止めて力の中心へと目を向ける。
ギシギシと音をたてて軋みを上げる紅魔館。大地は鈍い音を鳴らし、館の近くに住む生物たちから悲鳴のような声が上がってくる。
そして二人の視線の先で、大きな魔力の奔流が天を貫くように発射された。その威力はまさに一撃必殺。当たれば吸血鬼とてタダでは済まない一撃に、二人は呆然と立ち尽くした。何故なら、その魔法を放った術士を良く知っているから。良く知っているからこそ、二人は驚愕していた。あんな強烈な魔法なんて、到底撃てるような人じゃなかったはずだと。
そして光が収まった場所から、二つの人影が出てきた。
「大和さん!」
「お父様!?」
共に全身傷だらけで、怪我をしていない箇所を探すほうが難しい状態の二人。
そんないきなり出てきた二人は、娘二人に目もくれず、影すら残さぬ拳の応酬へと突入していく。
突然の乱入者に驚いたレミリアと霊夢だが、それでもやることは決まっている。近くで繰り広げられている激闘の気に当てられたかのように、二人のボルテージも今まで以上に上がっていく。
「仕切り直しよ。あんたをもう一度、今度こそ堕とす!」
「潰す…お前を潰して、大和を手に入れる!!」
声を張り上げながら、二人は衝突した。
◇◆◇◆◇◆◇
「お父様、いったい何の真似?」
レミリアと霊夢が衝突している最中、図書館でも新しい動きがあった。大和へトドメと言わんばかりに振り降ろされた四つの剣。それを防いだのフランドールの父親、アルフォード・スカーレット。
大和とアルフォード。互いが互いを毛嫌いしているにも拘らず、まるで庇うように二人の間に入ったアルフォード。流石のフランドールも親を斬ろうとは思えず、分身と剣を消して話を進める。
腕を組んで、貧乏ゆすりをしながら。それはまるで、遊びを邪魔された子供のようだ。
「退け、フランドール。この小僧は俺の獲物だ」
「……私が遊んでたんだよ? いきなり出てきて、そんなのないよ」
わたし、不満だよ! と言わんばかりにふくれっ面をしているフランドールに、アルフォードの口元が動く。妻を失ってからも隠れ子煩悩な彼にとって、娘の可愛い姿には堪えられないナニカがあった。
「もうよく遊んだだろう? 交代してはくれないか?」
「え~。……うーん、じゃあお父様も入れて三人で遊ぼう!」
しかし、アルフォードも娘との語らいのためにわざわざ足を運んだのではない。
妻が死んでから、彼は何かに取り憑かれたように変わってしまった。弱気だった性根は姿を隠し、威厳と
自信に満ちた姿を娘たちに見せ続けた。その最中、アルフォードは常に大和のことを考えていた。
―――何故、何故、何故
そして今日、その『何故』 に決着を着けるために大和の目の前に現れた。
「この父親と遊ぶ―――死にたいのか?」
「―――――ぅ、…ぁっ……」
「遊びならまた今度してやる。だから今回は退いていろ」
例えその過程で、愛すべき娘を傷つけることになろうとも。
父親に睨まれたフランドールは、顔を真っ青にして僅かに震えていた。今まで自分に向けられたことのない、明確で強い殺意。父親から向けられたことに対してのショックもあるだろうが、それでもフランドールを震え上がらせるほどのものがそこには込められていた。
「……退け、フランドール」
「……はい」
しかし、アルフォードも本心で娘を傷つけようなどとは思っていない。ただ、ここから先は男だけの闘い。『弾幕ごっこ』 などというルールのある遊びではなく、古から伝わる野蛮で誇りを掛けた『殺し合い』。そこでは醜さ・汚さ・泥臭さ、自分の全てが曝け出されることになる。アルフォードはそんな姿を間近で見せたくなく、またそんな争いに娘を巻き込みたくが無い故にフランドールを引かせた。
「立て、小僧」
「……最低だね、娘を―――ッ!?」
「脅した、か? これからもっと凄いことになるのだぞ? 自分の心配をしたらどうだ、大魔導師クン?」
一方、大和はそんなアルフォードの行動に驚いていた。子煩悩な彼が、娘を威圧することなど信じられないと言わんばかりに。すぐさま嫌いな奴の揚げ足と取るべく口を開くが、最後まで言うことは無かった。
話の途中で胸倉を掴まれ、首元が締まったのだ。背がアルフォードの頭一つ分以上も小さい大和は、アルフォードに掴み上げられるだけで宙に浮く形になる。
それだけでなく、互いのデコが当たる程の距離で見たアルフォードの表情に、大和が不覚にも圧倒されたからだ。
目に宿っていたのは、決意と覚悟。
馬鹿にしていた男の姿に、大和は目を見開いて驚いた。驚かざるを得なかった。
その最中、目の前にいたアルフォードの姿がゆっくりとブレる。それと同時にふわりと感じた浮遊感に、大和は己が投げられたことを理解した。
宙でクルリと体勢を整え、手を着いて両足で着地。いきなり投げられたにも拘わらず、顔色一つ変えずに対処する大和。ただ、着地した後は今にも殴りかからんばかりの眼光を放っているが。
「……ノーレッジ! 近くにいるのだろう! こいつを殺されたくなければ、小僧と魔力パスを繋いで魔力を分け与えろ!」
アルフォードの張り上げた声が図書館中に響き渡る。アルフォードには、大和とフランドールの戦闘から退避した四人が近くに居ることが解っていた。この状況を見ているということも。
コツ、コツ、コツ。一瞬の静寂の後、靴が床を鳴らす音がした。大和が自分の後を振りかえると、不機嫌を隠そうともしないパチュリーがゆっくりと歩いてくるのが見てとれた。
「小僧、ノーレッジとパスを繋げ」
「……ハッ、お前なんか僕一人で―――「大和、パスを繋ぐわよ」 …パチュリー!?」
いきなりパチュリーを呼び出し、そしてパスを繋げと言われた大和は不快感を顕にした。パチュリー自身がもう繋がないと言っていたこともあるし、何より自分だけでは役不足だと言われていることに気付いたからだ。
故に自分一人で大丈夫だと、大和は言い切ろうとした。
大和自身、一度闘っただけに自分とアルフォードの実力差は痛いほど理解している。しかし、それでも強がることを止めようとは思わなかった。情けないと判断している相手に、他人の力なんて借りてたまるかという敵愾心もある。
だが、事前に拒否を表明していたはずのパチュリーがそれを良しとしなかった。
「繋げないと貴方、本当に死ぬわよ。彼は本気。解ってるんでしょう?」
「……やってみないと「解ってる」 …ぅ」
やる前から解っている、と大和を見下ろすパチュリーの目が訴えていた。『やってみないと解らない』 などと、戯言を叩いている間に死ぬつもりか、とも。
「万全の状態でも勝てないのに、消耗の激しい今の貴方じゃ勝負にもならない。嬲り殺されて終わり。そんなの、私は嫌よ」
「……ごめん、世話を掛ける」
「もう馴れたわ。貧乏くじを引くことくらい」
パチュリーが大和の頭に手を翳すと、二人の身体が淡く発光した。しばらく発光を繰り返したあと、二人から光が消える。
「パスは繋ぎました、後は煮るなり焼くなり好きにしてください。ただ……あまり大和を苛めると、二人が泣いて怒りますよ」
「……善処する」
それはパチュリーなりの庇い方だったのだろうか。彼女の真意は定かではないが、結果的に大和を庇っていることに変わりは無い言い方だった。それを直接表現しないのが、魔法使いである彼女らしいのかもしれないが。
「フランドール、貴女も巻き込まれない内に行くわよ」
「わかった。……ヤマト、お父様なんてボッコボコにしてやってよね!」
「任せておいて。こいつだけには負けないから」
立ち上がった大和に背を向け、二人は図書館の奥へと避難していく。
ある程度進んだところで、二人は少し開けた場所に出る。そこでは咲夜・小悪魔・魔理沙が椅子に座って水晶玉を覗きこんでいた。そこに映されているのは大和とアルフォード。所詮、媒体を使った遠見の魔法だ。
「パチュリー様、お帰りなさいませ」
「ただいま小悪魔。悪いんだけど、後で仕事を頼むわ」
「はい、なんなりと申しつけ下さい!」
「たぶん、図書館は半壊……もしかしたら全壊するから。これ、確定事項ね。片付けを頼むわ」
「……え゛」
私の魔力を供給した大和なら、ある程度は対抗できるはず。そしてそれは、図書館を壊すほどまでに発展するというのがパチュリーの見込みだった。
紅魔館も吸血鬼の根城、並大抵のことで壊れる様には出来ていない。しかし、これから行われるものは並大抵なんて言葉が屁にも感じるくらいの、まさに戦争。被害予想は大きい方が、あとの絶望が小さいのだ。
「貴女たちも良く見ておきなさい。こんな闘い、もう二度と見れないでしょうから」
「良く見て勉強して、少しでも強くなってね! そうしたらわたしが遊んであげるから!」
◇◆◇◆◇◆◇
「二人が避難するまで待つくらいの器量はあるんだな」
今にも噛みつかんと睨みを利かしている大和に対し、アルフォードは二人が去るまで終始無言を貫いていた。親としての配慮か、それとも余裕の表れか。
「人の事より、自分の心配をしていろ―――小僧ォッ!」
しかし、すぐにそれは始まった。
弾けるように突っ込むアルフォード。右手を堅く握りしめ、空間が歪むほどの妖力を籠めた一撃を振りかぶる。
対して、大和はパチュリーから送られてくる魔力をフルに活用し、全体的に身体能力を向上させて迎え撃つ。こちらも多分な魔力が込められている。
「ガ―――ッハ!?」
「そんなひ弱な防御では、この俺を止めることなど到底出来んッ!」
振り抜かれた拳が大和の防御を破り、腹部へと到達する。口から血を吐きだし、苦悶の表情を浮かべる大和は、拳の勢いだけで宙へと打ち上げられる。
「―――この…クッソ野郎!」
しかし、大和もやられるだけではない。衝撃に痛む身体に鞭を打ち、追撃の為に向かってくるアルフォードに踵落としを繰り出す。
「効かぬ! たかが魔力のみが込められた打撃に、俺が膝を着くとでも思っているのか!!」
しかし、渾身の一撃を籠めた踵落としは片腕で防がれた。骨すら砕く威力を誇るものでも、吸血鬼として圧倒的なまでの力を持つアルフォードには通用しない。苦虫を潰した大和だが、すぐさま拳の雨を繰り出す。だがそれも虚しく、アルフォードには一撃たりとも当てることができなかった。
「死ね!」
拳雨をすり抜けたアルフォードが大和の上を取り、反撃の拳を振う。肘を曲げ、両腕でそれを防いだ大和だが足場が悪かった。空中では持ち前の足腰を使った踏ん張りがきかず、地面に激しく激突。その衝撃で再び浮き上がった所をもう一撃され、大和は地面に深くめり込んだ。
「……死んだか」
水晶玉ごしでは、パチュリー達は呆然とするか悲鳴を上げているところろだった。大和が激突した地面には大きなクレーターが出来ており、更にその奥に大和がボロ雑巾のように倒れ込んでいるのだから。誰が見ても、良くて全身骨折。悪くなくても死んでいる。それが全員の総意だった。
「―――フ、ふひひ、えへはははは!」
「……なに?」
しかし、その予想は裏切られることになる。ボロ雑巾のように埃と血塗れの大和だが、確かに生きて立ち上がっている。なぜか大魔導のローブだけが埃一つ付いていなかった。
「甘いなぁあるふぉーど。ぼくぁ、このていどなら死なないぞぉっとっと? なんと言ってもッあ―――イテ、痛いのに変わりは無いなコンチクショウ。……なんと言っても、これ以上のことを毎回師匠にやられてるからね」
「―――貴様……本当に人間か?」
「魔法使いだっつーの」
ちょっと待て、とアルフォードを含めた全員が心からそう突っ込んだ。
確かに血を吐き、出血は少ないが既に全身怪我と血塗れ。にも拘らず、大和にとっては『この程度』。いったいどんな師匠に、どれほどのことをされてきたのか。全員が大和に同情し、あり得ないほど頑丈な身体に目を見張った。等の本人は身体をポキポキと鳴らすだけで、そんなことはお構いなしのようだが。
「やっぱ強いよ、お前。だから僕も……いや、僕たちもか。とりあえず本気だす」
グッと身体に力を入れた大和に、異質な力が宿る。気と魔力の合成、無想転成の第一段階。桁違いな身体強化を誇るこの技は、例え鬼と闘っても真っ向から殴り合いが出来る力を誇る。
「フン、漸くその姿になったか。妻もその状態で殺したのか?」
「……御託はいいから掛ってきたらどうなんだよ」
アルフォードが地面に降り立ち、大和に向かって歩を進める。大和はその姿を見てもまったく動かず、ただ見つめていた。
そして見上げ、見下ろすほど近づいた所で二人は動く。
「僕は漢だ」
「俺も漢だ」
ニヤリ、とお互いは口を歪ませて笑い、
「ウォラァァァァァ!!」
「オオオオオオオオッ!!」
ノーガードでお互いの身体を殴り、蹴りだした。漢だ、などと易い挑発をした大和にアルフォードが乗らないわけもなかった。互いに血反吐を吐きながら激しく打ち合う。衝撃波が地を揺らし、地面にヒビを入れていく。
「ガッハァ!? こん野郎、ブッ飛べェッ!!」
「ブフッ!? k、貴様ァ!!」
悶絶するような痛みを根性で耐え、自分よりも先に相手に音を上げさせる。野蛮で無駄な行為に、覗きみているパチュリーや咲夜は溜息を吐いた。馬鹿げた争いだ、と。
しかしフランドールや魔理沙、小悪魔は声を上げて応援を送っていた。ボクシングを見に行った観客のように声を張り上げ、腕を振って歓声を上げる。
「こz……小僧ォッ! 貴様の頭を粉砕してやるぞ!」
「な―――づぉ!?」
大和の頭を掴んだアルフォードは、そのまま地面へと抑えつける。そしてそのまま加速、地面との摩擦で大和の顔の半面が擦れていく。
「い……ッタイだろうがこの糞野郎ッ!!」
「ヅッ―――!」
顔を掴んでいるを指を掴み、思い切り逸らせる。ボキッと音がした所で、アルフォードが手を離した。
好機! そう見るや否や、大和はアルフォードの胸倉を掴む。そして―――
「消し飛べこの糞野郎! ゼロ距離での無想転生マスタースパークだ!!」
極光が、空へと伸びた―――
ちょっと三人称? な今回でした、じらいです。戦闘って、描写をするから一人称よりも三人称のほうが楽? なんですよね。元々、私の文章に一人称も何もあったもんじゃないかもしれませんが。ただ…滅茶苦茶疲れましたorz 馴れないことはしない方がいいと、本当に気付きました。ありがとうございました! でも頑張った。褒めてくれー(笑って殴って)
今回は特に何もなし! 紅魔郷をここで終わらせたかったけど、一万文字越えたから今回はここまで! それだけです。次はだいぶ後になるかも知れません。単位のためにorz すごく遅れて二月上旬以降。早くても一月は次で終わりかも。早く投稿してください! と言われたのにこの始末。申し訳ないですorz
それではまた次回。