また会う日まで
2014.1.11改訂
「もうダメだぁ、おしまいだぁ……」
「ったく、面倒くさいやつだな。裸見られたくらいで女々しいやつ」
「自分に置き換えてみてよ! 妹紅だって僕に見られたら嫌だよね!?」
「いや別に。だってお前、まだ餓鬼だし。そもそも何でそこまで過剰に反応するのか不思議だぞ」
「女の人に裸を見られたら2日後に死ぬって母さんが言ってた」
「あるわけないだろ」
でもさ、仮にも鬼の四天王の言ったことだよ? 嘘は嫌いだし、そういう呪いとか掛けられてもおかしくないと思うのは僕だけなんでしょうか。……僕だけなんでしょうね。
「そう言えば、妹紅って本当に死なないんだね。それって不老なんでしょ? いいなー」
「そうでもないぞ? 先行きは不安だしな。だがよくも人を怨霊扱いしてくれたな」
「普通、人間って死んだら生き返らないと思うんだ」
「私の話を信じないお前が悪い」
返す言葉もございません。でも仕方ないじゃん。死んだ人間が生き返るとかふざけた話だと思うでしょ?
目が覚めて、泣きながら妹紅に向かって知りもしない悪霊退散の呪文を唱え続けること数分。いい加減にしろと脳天におっきなたんこぶが出来るほどの拳骨を貰ったのは痛い思い出になりました。あまりの痛さに止まらない涙が……。
落ち着いた後は妹紅がなんで生き返ってるのかをもう一回、今度はしっかりと聞いた。……別に聞き逃していたわけじゃない、信じてなかっただけだから。だって死なないなんて…ねぇ?
とにかく、妹紅が話してくれたのは"蓬莱の人の形"。"不老不死の身体"。"輝夜" って人との関係などなど。不老不死と聞いた時、魔法使いにならなくても妖怪に近づける方法が他にもあることを始めて知った。だから妹紅に不老不死の薬があればまだあるのかを聞きたかったけど、この話をしていた時の妹紅の顔色を考えると聞くことが憚れた。
「何で逃げなかったんだよ、お前」
「うん? 逃げるって、何から?」
「あいつからだよ。まさか、勝てるとでも思ったのか?」
「そんなわけないよ。ただ、やられっぱなしっていうのは家族にも顔向け出来ないし……」
やられたらやり返せ。二度と相手が喧嘩を売ろうなんて思えないくらいに。
姐さんから耳にタコができるくらい言われ続けたからね……。でも、勝てない相手なら全力で逃げることも教えられた。だからまあ、状況次第とかいうことなんだと思う。
「それで死ぬかもしれない闘いに身を投じたってか? ハッ、そんな矜持なんて捨てちまえ。――いいか? 家族の事を思うのなら、尚更逃げた方が良かったんだよ」
「むむ……それだけの理由で逃げなかったんじゃないのに」
「ならどんな理由があるんだよ」
「妹紅を見捨てるなんて選択肢を選ぶことなんて出来なかった!」
絶対に勝てない相手を前にしたときは、妹紅の言う通りに逃げるべきだったのかもしれない。僕自身の為を思えば逃げるべきだったんだ。魔法使いになる夢を、帰りを待ってくれている母さん達のことを思えば尚更そうするべきだった。
でも逃げる方には進めなかった。それが出来る場面じゃなかったのは確かだけど、僕は自分の意志で逃げなかった。それに鬼は仲間を見捨てるような真似はしない。絶対にだ。"伊吹" の名を持つ者としても出来なかった。
何だかんだ理由をつけてみたけど、やっぱり妹紅を置いて逃げることが出来なかっただけなんだと思う。
「…………お前、救いようの無い馬鹿だな」
「ひどいっ!?」
真面目に答えたのにそれ!? ちぇー、なら見捨てて逃げてやれば良かった「でも―――」 ん?
「まあ、なんだ――そんな馬鹿も嫌いじゃないって言うか……ありがとな」
「…………も、妹紅~~~~~~ッ!!」
頬を掻いてそっぽを向きながらも感謝を言ってくれた妹紅に感極まった僕は、そのまま思いっきり跳びかかっていった。こんな僕でも、人の役に立つことが出来たんだ! そう思ったら居ても立ってもいられなくなった! そう、この思いを伝えるのは言葉じゃ足りないよ!
「だーもうっ! 抱きつくな! 邪魔だ離れろっ!!」
「照れなくていいじゃないか~」
「こんのクソ餓鬼……調子に乗るな!」
「熱、アッツーーーイ!?」
「フンッ! いい気味だ!」
余程鬱陶しかったのか、抱きついていた僕の腕に軽く炎を押しつけてきた。なんだよなんだよ、照れ隠しなんかしてさ。似合わないよ? 何時もみたいに馬鹿とか使えないとか言ったほうが妹紅らしいよ? でも褒めてくれるのが嬉しいことに変わりないけどね! なんならもっと褒めてくれてもいいんだよ?
「ニヤニヤするな気持ち悪い……先行くぞ」
「あ! 待ってよ妹紅!」
すたすたと歩幅を大きく歩きだした妹紅の背中を追いかける。もう、本当に素直じゃない人だなぁ。
隣に追いついて見上げた顔はやっぱり無愛想な表情を浮かべていた。
もうさっきの話は終わり。妹紅がそう言っているように感じたので、僕も仕方なくそれに乗ってあげることにした。これ以上は後が怖いし。
「……不老不死だけはやめとけよ。お前じゃ、たぶん耐えられないからな」
「なんで? 死ぬのだって、慣れたらどうってことなさそうだけど」
「そんなことを言ったわけじゃないんだけどな……まあいいさ、お前が決めることだ。それに、私たちの旅はここで終わりだ」
そう言った妹紅と僕の視線の先には、既に都の入り口が見えていた。
最初に妹紅が交わした約束を思い出した。妹紅が都まで僕を連れて行ってくれるというものだ。
隣の妹紅を見上げてみると、少し寂しそうに見えた。妹紅は元貴族だ。自分の育った場所を懐かしいのかもしれない。
それに加えて、妹紅の姿は目立ち過ぎるんだと思う。都から遠い人里でも噂になっていたくらいだ、都にだって白髪の妖怪退治屋の噂は流れて来ているだろう。良い噂も、悪い噂も。妹紅が悪いことをしたってことは、絶対に無いと僕は確信しているけどね。
だけど約束は約束。僕らの旅もここまで。
でも、僕は一縷の望みを賭けてみることにする。
「妹紅、やっぱり一緒に旅をしない?」
やっぱりこのまま別れるのは少し寂しい。もしかしたらもう二度と会えることは無いかもしれない。何時か恩を返そうにも、この広い世界で再び会える保障は何処にもない。それに、妖怪の山に居たころから今日まで、僕はほとんど誰かと一緒にいた。これからも誰かとの出会いがあるだろうけど、やっぱり不安は拭えない。正直、寂しいんだ。
そう考えると、やっぱり頼りがいのある人と一緒にいたいと思ってしまった。これは僕の我儘で、弱さなんだろう。
「嫌だね。お前の御守はもう御免……冗談だから泣くなって!!」
「真面目に尋ねてみたのに返ってきたのがこれですかぁぁぁ!?」
うぅ……酷い言われようと別れの悲しみで涙があふれそうだ。俯いていると涙が溢れそうだよこの野郎。僕はこんなにも妹紅が好きなのに、妹紅が僕のことをそう思っているだなんて悲しすぎるよ。
「あ~そのだな? 私もこの旅で思うことがあったんだよ」
頭の上に優しい重りが乗ってきた。顔を上げてみると、膝を曲げて視線を合わせてくれている妹紅が目に入った。今まで見たことの無い、優しい瞳だ。……あぁそうか、何だかんだで妹紅も寂しいのだろう。自然とそう察することが出来た。
「やっぱり子供が嫌いだってことですか?」
でもさっきの仕返しも兼ねて涙目で聞いてみてやった。すると驚いたことに割と本気の涙が出て、妹紅は当然ながら僕自身も驚きだった。
「男がそう簡単に泣くな。冗談だって言っただろ? ……まぁなんだ、私もまだまだ弱い。そう思ったんだ」
「妹紅は強いよ。僕なんかよりもよっぽど腕が立つじゃないか」
弱くないです。繰り返して言うけど弱くないです。重要なことなのでもう一度言うと、弱くなんかないです。妹紅が弱いのなら僕はいったいどうなるんですか。ただの雑魚、生きてる価値無しですってやつですか!?
「私は弱いよ。本来なら私がお前を守ってやらなければならなかったのに、何も出来なかったからな」
「そんなことないよ。妹紅が守ってくれなかったら、今頃あの場所で鳥の餌になってたはずだよ」
これだけは言える。あのとき妹紅が盾になってくれなかったら、絶対に僕は死んでいただろう。自慢じゃないけど、跡形も残らなかったかもしれない。……改めて思い返してみると、幽香さんは僕を本気で殺そうとしていたんだよね? うぅ、今更ながらに冷や汗が。本当に生き残れて良かったと思うよ……。
「まあ聞け。だから今度お前みたいな奴が出てきたら、周りの奴から指一本触れさせないくらい強くなるって決めたんだ。そうしたら無鉄砲な馬鹿が無茶する前に終わらせるだろうし、輝夜の奴も楽に張り倒すことができるだろうからな」
そんな僕の不安をかき消す様に、僕の頭をくしゃくしゃと撫で回し、最後にニヤッと笑って付け足した妹紅は今までよりもずいぶん逞しく見えた。こんな事をサラッと言うなんて、やっぱりかっこいいなぁ。憧れる、本当に大きな人だ。
じゃあせっかくだし少しだけ、僕も勇気を出そう。妹紅が"これから" を始めるように、僕も"僕のこれから" を始めるために。
「だったら僕も約束するよ。誰にも負けない、そんな強い魔法使いになってもう一度妹紅に会いに行くよ。この恩は絶対に忘れない。伊吹の名に賭けて」
「くく、何カッコつけてんだか。まぁいいさ、じゃあ約束だ。破るなよ?」
「大丈夫! 鬼は絶対に約束を守るから!」
「魔法使いも、だろ?」
「――――うん!」
不敵な笑みに、満面の笑みで返した。
お互い強くなってまた会おう。そんな風に思うと、自然に二人とも手が出て。堅くお互いの手を握り締めてから、それぞれに背中を向けて、別々の道を歩き始めた。遠く離れていても確かに感じることが出来る絆がそこにはあった。
胸に刻むのは焔よりも熱い誓い。
白髪の友を得た大和は都の門を潜る。
恥ずかしげな笑みを浮かべた、確かな絆をカメラに収めて。