嵐の前に
~紅魔館門前~
「くぅ……流石に手強いぜ!」
「そう言う貴方もなかなかどうしてやるじゃないですか。驚きましたよ」
「お誉めにあずかり恐悦至極。でもまだまだ行くぜ!」
戦闘開始から幾分……声を大にするだけあってこの魔法使いに実力はあることは理解出来ました。人間のわりには、との前提が付きますが。確かに魔法の威力はそこそこ、当たれば痛い程度はあります。空を駆けるスピードも中々早く、現に私も攻めあぐねています。
ただ惜しい事に、この魔法使いにはそれだけしかない。目を見張るような身体能力も、他を圧倒する魔法も、一点特化した技術もない平々凡々な存在。まるでどこかで聞いたことのあるような人間、それがこの魔法使いの在り方。
だからこそ惜しい、余りにも惜しいというのが私の正直な感想ですね。それであっても、今ここで私を相手に堕ちないでいられるのだからその実力は人間として中々なもの。大和さんは『立ち直れないくらいボコボコにしてやって』 と言ってましたが、ここで潰すには本当に惜しいと思う。
「マジックミサイル、行け!」
「…! 彩符・極彩颱風!」
「スペルカード! ってわわわ!?」
迫りくる緑色の弾幕にスペルカード宣言をして吹き飛ばす。避けることも叩き落とすことも出来ましたが、この辺りで真価を試させて貰いましょう。これが避けれればこの先に進ませてあげます。この程度、貴方の師はなんなく躱してみせるでしょう。弟子だったのならばこれくらいは突破して貰わないとこの先に進んでも意味はないですから。
第一、私が試すのはこの子の度胸と気合だけだったんですよ。それさえ見せて貰えれば通してあげるつもりだったんだけど、後に控える方を考えるとどうしても気遣ってあげたくなるんですよね。この子に度胸があることは初めの内に解ってましたけど、流石に実力を計らないわけには……。何せこの先に待ち受けている魔女は、私と違って容赦と言う言葉なんてないのだから。
「……スペルブレイク。避けきりましたか」
「当たり前だ。こんなの屁でもないぜ」
やや危うい場面がなかったわけでは無いですが、それでも被弾せずに避けきりましたか。……うん、この子なら何とかやっていけそうな気がする。むしろやって貰わないと通した私の面子がありません。
「さて、お前のスペルが終わったところで私の番だな」
「……へ? 通ってもらって構いませんけど……」
「まぁそう言わずに貰ってけ。私の最高の一撃だ!」
彼女が突き出した魔道具? に魔力が集中していく……!? まさかアレは大和さんの…!
「マスターーースパーーーーーーーーーーク!!」
迫りくる極光は正に大和さんのそれと遜色なかった。むしろこっちの方が……ッ!
荒れ狂う魔力の濁流の中、必死に気で身体を覆いながら地面に向かって降下する。アイタタタ……、まさかこれ程の魔法を、しかも大和さんと同じものを隠し持っているなんて…。
痛む身体を擦って身体を労る。……まったく、油断したとは云えいらない怪我をしちゃったなぁ。空を見上げた時にはもう魔法使いの姿はなく、残ったのは魔砲の傷跡が刻まれた門だけだった。
ふぅ、と一仕事終わったことに一息吐いて思う。大和さん、あの子はやっぱり大和さんの弟子ですよ。馬鹿正直で、度胸は人一倍あるところなんてそっくりです。それに師匠とは云え、仲互いした相手の魔法なんて使わないです。きっと、まだ心のどこかで貴方のことを想ってるんですよ。
ふと夜空の彼方から大和さんと巫女が飛んで来るのが見えた。……そう難しい顔をしないでくださいよ、私はちゃんと自分の仕事はしましたから。
「美鈴、門番しなくていいの?」
「勝手に通ってもらって構いませんよー」
「……? ああ、そう言うこと。じゃあ通らせて貰おうか、霊夢」
「……ええ」
ふふ……。大和さん、貴方の目論見はどうやら失敗に終わりそうですよ? あの子は貴方にそっくりで、ここしかないと言う土壇場でとんでもない力を発揮するに違いありません。付き合いの長い私が言うんです、間違ってないはずです。
けどそれでパチュリー様を越えられるかと問われると、それは無いって言いきれるんですけどね。
◇◆◇◆◇◆◇
「大和さん、ちょっといいかしら?」
「ん? ちょっと待って……ねッ!」
妖精メイドの手洗い歓迎それも花束を模した弾幕を躱しながら、逆襲の弾幕で蹴散らしていく。何故花束なのかと言われると……いろいろと察してください。きっとレミリアが徹底させたんだろうけど、嫌がらせ? にも程がある。身体よりも先に心が折れそうだよ。
「ふぅ、これで粗方片付いたか……。ああ、それで何か?」
周囲にいた妖精を鎮圧して一息。霊夢と初めての共同作業を秘かに楽しんでいる僕を見つめる霊夢の表情は堅かった。まさか怪我でもしたんだろうか?
「大和さん、あの門番と親しいの?」
よかった、被弾したわけじゃなさそうだ。僕の治癒魔法なんて舐めれば治る程度の傷しか癒せないからね、怪我でもしてたらどうしようかと思ったよ。
でも、その質問にはどう答えればいいのだろうか? 別に僕の在り方がバレるわけでもないし、ここは素直に答えておくのがいいかもしれない。真実味があるほうが嘘もその信憑性を増すだろうし。
「知らない仲じゃない。どれ程の関係かと言われると、数百年前からの付き合いかな」
「じゃあ今回の異変の主も知ってる?」
「え?」
「知ってるの? 知らないの?」
「一応知ってるけど……それが?」
付き合いが長い。そう言うと、霊夢が掴みかからんばかりに近づいて詰問してきた。今までの穏やかな雰囲気とは違い、まるで燃え盛る炎のような勢いだ。いったい何がどうなっているのだろうか。
「先に進むわ」
「まっ、待って霊夢―――ッ!」
何が霊夢を変えたのか。何がそこまで駆り立てたのか。急に変わってしまった霊夢が気になり、訳を尋ねようとした瞬間、背筋にゾワッと冷たい感触が走った。
周囲に異変を感知した僕は、注意するように叫ぼうとした。しかし霊夢に目をやって、それがいらないお世話だと思い知らされることとなった。霊夢は僕が注意するまでもなく、飛来するナイフを避けていた。流石としか言いようがないよ、まったく。
「いきなりの奇襲は酷いんじゃないかな?」
誰もいない空間に向かって話掛ける。姿は見えないけど、何処かに隠れているに違いない。
ナイフを挨拶変わりに飛ばすなんて、この悪魔が住まう紅魔館でも一人しかいない。昔はただの駄メイド、今は訓練されたメイド。大事な所でポカするのは変わらないレミリアの従者、十六夜咲夜。
「躱しておいて良く言いいます。くたばって下さってよかったのに」
まるで瞬間移動のように目の前に現れたメイド姿の少女。腕を組み、さも残念と頭を振る姿に僕も溜息がでた。小さな頃から、僕に対する態度だけはまったく変わらないのだ。
「相変わらず辛辣だなぁ」
「遠慮など必要ないと言ったのは貴方だと記憶してますが」
「言ってません! 敬意を払えって言ったんだよ!」
「……あら?」
「あら? じゃないって……」
「別にいいじゃない、減るものでもないし」
「僕の尊厳g「そちらは初めましてになるわね」 ……」
いいのかしら、その子の前よ?
勝ち誇ったようにそう微笑みかけてくる咲夜ちゃん。それは、さながら嘘をばらすぞという強迫の意が籠められた笑みに思えた。繊細な綱渡りの上に漸く成り立っている嘘を霊夢にバラす。人が一番望ましくないと思う所を突く。なんとも効率のいい攻め方だ。
それだけに僕も押し黙るしかなかった。煮え立つモノを抑えながら。
「この館はメイドを飼ってるの?」
「飼われてるのかしら?」
「……私に聞かれても知らないわよ」
「元先生?」
「誰が元先生だ……飼われてるんじゃないの? 噛みつき咲夜ちゃんは」
「誰が噛みつきますか。……まぁ、飼われてるみたいです」
霊夢、元先生の所で反応しないで。ただ弄り役を引き受けていただけだから。そして咲夜ちゃん、少しはメイド長としてしっかりしてきたと思ったら、全然駄目じゃないか。馬鹿親父付きの執事長が聞いたら教育的指導が始まるよ?
「まぁそんなことはどうでもいいんです。私の仕事は足止めですから」
どこからともなくナイフを手に取り、僕に向けて突き付けてきた。……なるほど、初めから僕狙いということか。となると、期せずしてレミリアの相手は霊夢がすることになる。全てが計画通りということに、僕は笑みを隠せているかが心配になった。
「霊夢、ここは任せて先に進んでくれ」
「いいの?」
「構わない。それに……このメイドにはお仕置きが必要みたいだ」
教育的指導を執事長に任せるまでもない。コケにされた借りを返さないと、元先生としても立つ瀬が無いからね。
「……わかった。気を付けてね」
…あぁ……その言葉だけで一生闘っていけそうだよ…ッ!
小さくなって行く背中に感涙を隠せなかった。対する咲夜ちゃんの顔が引き攣っているけど、そんなものはどうでもいい。ぼくぁこんなにしぁわせなのはひさしぶりなんだ!
「キモイです」
「野郎てめぇブッ飛ばす!」
キモくて悪いかぁッ!? 溢れだしているのは『愛』 と『親心』 なんだよ!
◇◆◇◆◇◆◇
「オイオイオイ……なんだこの魔道書の数は。まるで宝の山じゃないか。これなら私の魔法もバージョンアップできるぜ」
あれが大和の言っていた子……? ふざけてるのかしら……?
私が最初に思ったことがそれだった。感じ取れる魔力は並よりは上。だが魔法使いたる心構えがまったく感じられない。
それは魔道書の扱い方一つでも解る。いろいろと物色しては乱雑に投げ捨てる。自分の気に入るものが無いのだろう。しかしそれは許せる所業ではない。魔法使いにとって、魔道書とは己の命よりも価値のあるものだ。何せ一子相伝の奥義が示された書物。積み重ねてきた年月を考えれば、例え副本でもそのような真似が出来るわけがない。
故に私はあの魔法使い……いや、未熟過ぎる小娘を認めることが出来ない。そして何より、此処は親友の母親が残した形見であり、友の管理する場所。預けられた身として、同士として黙って置けるはずが無い。
これは怒りだ。一魔法使いとして。大和が頼むまでもない。私が、全力で、本気で、小娘を潰す。立ち直れないほど粉々にその鼻先を折ってあげる。
「そこまでよ」
「あ―――? 誰だお前? 魔女か?」
「そして此処を任されている者でもある」
「そりゃあいい。幾らか貰って行くぜ? おおっと! 何もタダでとは言わないぜ? もちろん弾幕ごっこの後に正当な報酬としてな?」
腹の立つ笑顔をどうもありがとう。
美鈴、確かに貴方が通した理由は解ったわ。度胸には花丸を付けてもいい。でもそれ以外は駄目ね。私、もう怒りが抑えきれそうにないの。その辺りも考えて貰えればよかったのだけど。
「その前に一つ聞かせなさい」
「ん? なんだ?」
「貴方、大和の弟子だって聞いたことがあるのだけど。本当かしら?」
「……あ?」
聞くと、小娘の表情が固まった。笑顔は無表情へと変わり、怒気を含んだ暴力的な笑みに変わっていく。
「あの弱っちい奴が師匠? ハッ! ふざけるのも大概にしとけってやつだ。この私があんなへっぽこ雑魚野郎の弟子? ありえないぜ!」
「……でしょうね。貴方程度の小娘が大魔導の弟子だなんて、あってはならない事だもの」
――――――もう限界だった。
今の私は、いったいどんな表情をしているのだろうか。
初めてだ。これ程の怒りをこの身に宿すのは。私は産まれて初めてと言っていいほどの怒りに、身を包まれている。決して自分のことではない。しかし無関係などでも決してない。私が認めた男から無様にも逃げ出した、そんな小娘が、途方もない時間を掛け、一つの極地へと辿り着いた魔法使いを馬鹿にすることなど決して許さない。許してはならない。
「掛ってくるといいわ。ただし、容赦はしない」
これは、魔法使いの闘いだ。
◇◆◇◆◇◆◇
無限に続くかと思うほどの廊下を抜けると中庭に出た。見上げた月は紅く、まるで血に染まったよう。
吸血鬼にとっては最高の夜。
でも負けない。どんなやつが来ても負けることはないと、そう思う。なんとなくだけど。
「いい夜ね……。見てみなさい、月があんなに真っ赤。綺麗だと思わない?」
「目に毒ね」
「人間にはね」
「吸血鬼にはね」
―――強い
一目見て解った。コイツがここの主だって。象徴である蝙蝠の羽が、並大抵の妖怪ではないと物語っている。そして今まで出会った妖怪の中でも飛び抜けて感じる、途轍もない妖力の波動。それらが、目の前のコイツが主である紛れもない事実だと、私の勘がそう言っている。
「私の夫は元気かしら?」
「子供にしては気が早いわね」
「これでも五百は生きているの」
「ババアか」
「夫はもっと年上よ?」
「夫って誰よ」
「大和。一緒に来てたじゃない」
……は?
この妖怪には、妄想癖でもあるのだろうか。私の知る限り、大和さんに女はいない。いれば神社に住んでいるはずもない。でも私は大和さんについてほとんど知らない。知っているのは神社に住んで、世話を焼いてくれる無愛想な人程度。むしろ目の前のチビよりも知らないのかも知れない。
あの門番もこの妖怪も、大和さんのことをよく知っているはず。そうでないと、あんな軽口も夫なんて世迷言も出てくるはずが無い。……よし、とりあえずコイツをブッ飛ばしてから聞きだそう。
「とりあえず退治するわ。この霧、あんたでしょ?」
「そうね。でも難しいと思うわ」
「『出来ない』 んじゃないのね」
「巫女って美味しいのかしら?」
「試してみる?」
濃厚な妖力が見てとれる。あいつの目からも、私の霊力が見えているはずだ。でもそれだけじゃない、私には陰陽玉もある。本気よ、私。聞き出すために負けられない。
「フン……こんなに月も紅いから、本気で殺すわよ」
「……こんなに月も紅いのに」
―――楽しい夜になりそうね
―――永い夜になりそうね
どうもこんばんは、じらいです。今年ももう終わりですねぇ…
今回はそれぞれの闘い前と言った所でしょうか(一部戦闘もありましたが)。最後は紅魔郷のセリフと、原作を少し意識して会話させてみました。少しでもあの独特な雰囲気がでていればいいですね。
今年はこれが最終更新の予定なので、次を期待してくれている人には少し悪いことをしたなぁ、なんて少しは増えてきた閲覧者の数を見て笑ったりw 長期休みになると増えるのは当たり前なんですか慧音先生!? と突っ込みを入れたら次はバトルに突入です。ハードル高い……orz
次は正月三が日にの何れかにと思ってます。手が空いていれば、ですが。それでは読んで下さっている皆さん、また来年にお会いしましょう。
良いお年を。