波乱縁日:その三
その一:霊夢と魔理沙
その二:永夜と愉快な仲間たち
その三:縁日将棋大会
詳しくは後書きで
「れいむ、リンゴ飴食べよ!」
「……」
「あ、向かいのおじさんだ。おーい、おじさーん!」
いったい、この子は何なのだろう。さっきからわたしの手を握ったまま放さないから、一人で好きに移動も出来ないし、見たいものも見れない。
「はい、れいむ。リンゴ飴。美味しいよ?」
「……」
差し出された手には食べ切れそうもない大きさの……これがリンゴ飴? リンゴがそのまま一つ……これを食べたら他の美味しそうな物が食べれなくなる。
「いらない」
「何言ってるの、はい! 美味しいよ」
わたしが何を言いたいのか、この子はまったく理解してくれない。やまとは何も言わなくても解ってくれるのに。正直、面倒……。
「あの「れいむってせんせーの弟子なの?」 ……違う」
面倒だから帰るって言おうと思ったけど、それも無理そう。もういいや、聞かれたことぜんぶ答えて帰ろう。
「…? じゃあせんせーってお父さん?」
「違う……と思う」
「じゃあ何なの?」
お父さん……じゃないと思う。お母さんいないから。巫女の真似事…修行? はしなさいって言われても、見てるだけだからこの子の言う『せんせー』 と言うものでもない…はず。じゃあ、わたしのやまとって……?
「……なんだろう?」
「わたしに聞かれても困るよ…。でも、お父さんでもないなら呼び捨てって悪いんじゃないかな…。『とても親しいでも、年上の人にはけいしょーを付けなさい。じゃないとしつれーだ!』 ってお父さんも言ってたし?」
「けいしょー?」
「ほら、なんとか『さん』 って言うアレ」
しつれー……ああ、失礼のことだ。じゃあわたしは知らない内に、やまとに失礼なことを言っていたの……? それは嫌だ。だって嫌われたくないもん。ならけいしょーを……やまと…さん? やまとさん……。うん、これから『やまと』は『やまとさん』 だ。
「やまとさん」
「いいじゃん! やまとさんって、せんせーに合ってる!」
「……えっと、マリオさん?」
「マリオ? 誰それ?」
え? だって、この子の名前は確かマリオだったような……。違うの? いいこと教えてくれたから、失礼のないようにけいしょーをつけて呼んでみたんだけど…。何か間違ってるのかな?
「あなたは、マリオさんじゃないの?」
「……まりささんだよ」
「……そうなんだ」
「しつれーだね」
「……ごめん」
あれだ、『恩を仇で返す』 と言うのをしたのかもしれない。やまと…さんが一番やっちゃいけないことだって言ってたのに、わたしやっちゃった……。どうしよう…
「しつれーなれいむは、魔理沙さんとともだちになりなさい!」
「ともだち?」
「そう! ともだち!」
「……わかった。よろしく、まりささん」
そう言うと、魔理沙さんはチッチッチッ、と指を揺らして笑っていた。……なんかむかついた。
「ともだちに、けいしょーはいらないんだよ!」
「……よろしく、魔理沙」
やまとさん、わたしに初めて『ともだち』 が出来ました。わたしよりも物知りだから、なんとなく楽しくなるかもしれません。
◇◆◇◆◇◆◇
視線の先では二人が言い争っているけど、あの二人の争いが並大抵のことで止まらないと言うことは既に承知していること。あの二人を止めるには文字通り身体を張るか、何かインパクトのあるアクションで気を惹かないと、鎮圧どころか巻き込まれて痛い目を見ることになる。
僕だって焼かれるのは嫌だし、自慢の宝物アタックを貰うのも嫌だ。縁日だからお互い手を出すことはないと思うけど、それでも今までの経験と二人の性格を良く知る僕は心配が尽きないのです。
だからインパクトを持ったアクションをする為に『けいね仮面』 を買ってみた。これで慧音さんの真似をすればきっと気が惹けるはず。……二人の為に仕方なく買っただけで、別に他意はないよ? …無いったら無いのだ! とにかくこれを装着してっと……。
……なんだかこれ、すごく先生です…。訳解んないけどなんだかテンション上がってきた。今なら僕も先生に慣れる気がする! 専攻科目は保健体育だ! みんな、イキイキするぞ! ……なんちって。
ああ、そう言えば他にも『もこ仮面』 が二種類売ってたけど、そのうちの一つ『もこたん』 は売り切れだった。店主曰く、妹紅の珍しい笑顔を模した仮面らしい。妹紅の笑顔を見る為に何日も付けてた店主の努力に合掌。でも手に入れられなかったから大人しく妹紅に焼かれて下さい。
残ってあったのは『もっこす仮面』 怒り顔で、しかめっ面をしていた。それでも売れていたんだから需要はあるんだろう。でもあれはそれほど欲しいとは思わなかったね。だって妹紅の怒ったりぶすっとした顔なんて何時も見てるし。
まぁ何はともあれ、二人の言い争いを止めに入ろう。けいね仮面を装着しているんだ、慧音さん×2で仲裁力も二倍になるはず……。
「っけ、兎の格好なんかしやがって。性悪な顔と畜生が混ざって、更に性悪になってるぜ」
「あらあら……。貴方もだいぶお似合いよ、その浴衣。身の丈に合わないから胸元が空かすかで肌蹴けてるわ。まるで安っぽい売女ね」
―――ああ……うん、あれだ。手が出ない分、何時もよりも罵り合いが激しいんだね。止めようと思ったけどこれは無理だ。慧音さんと鈴仙も半分諦めているようだし、ここで僕が何かしても無駄だよね……。うん、無駄に決まっている。そうに違いない!
…よし、逃げよう。そうと決まればこんな空気の悪い場所に長いする必要もない。背中を向け、さっさとトンズラさせて「伊吹君じゃないか!」 ―――oh……一歩遅かったみたいだ……。
「おい大和、こいつどうにかしてくれ。もう限界だ」
「大和が来たからには貴方なんて用済みよ。何処へなりとも消えなさい」
「大和さん……(助けて下さい)」
ダメだ、全員が僕の姿を捉えているから逃げられない。と言うか、逃げたら絶対に追い掛けられる。そして意味も無く怒られる。つまり逃げられない……! だったら仕方が無い、今の僕は大和先生だ。困った生徒はちゃんと指導しないとね!
「やぁ、みんな元気なのか?」
「「「ブッ!?」」」
振り向きながら慧音さんの真似をしてやった。逃げる為に背中を向けていたので、お面を被っていることまで解らなかったのだろう。声色とそのまんま慧音さんの顔を見た三人は思わず噴き出して笑った。……よし、掴みは上々だ。
「フム……伊吹君、冗談が過ぎるのではないかな?」
全然上々じゃなかった! 受けは良いと思っていたけど、笑いの種にされた本人が全然笑って無かった! 普段からすると珍しい程に無表情だよ慧音さん! あの綺麗な笑顔を見せてくださいよ!
「冗談でやっているわけではないさ、慧音」
「……私は冗談が過ぎるのではないか、と聞いたんだがな」
ダメでした。更に慧音さんの視線が冷たくなって、もう耐えられないよ!? そんな僕らのやりとりを見ている三人は、声を出さないように口を抑えて笑っている始末。場を和ませようと思ってやったのに、なんで僕が笑いの種にされてるんだ!?
「……伊吹君? それは何だい? 教えて貰えると嬉しいんだが……」
「アッチノ夜店デス」
「ふむ……では逝ってくる」
「逝ってらっしゃいマセ」
怨まないでくれ、店長。僕も背に腹は代えられないのだ。それにけいね仮面を手に入れた以上、君の店に用は無い……。でも次にれいむ仮面を創るって言うのなら、全力で助けてあげなくもないんだよ?
そう合掌しながら鬼のような後ろ姿を見送った僕は、気になっていたことを聞くことにした。
「出てきて大丈夫なの?」
輝夜、と名前は出さないでおく。博麗大結界がどういう仕様なのかイマイチ理解できていないので、迂闊なことは言えないからだ。とりあえず、僕は外と中を分けるだけだと思っている。でも蓬莱島での件もあるからね、破られる可能性がないわけじゃない。
「何のことかしら? ああ、初めまして大和。噂はかねがね」
「初めまして、小さい兎さんたち。……で、なんて呼べばいいの?」
そんな目で視なくても言わんとしてることくらい解ってるさ。まったく、いったい何年の付き合いだと思ってるんだか。輝夜の考えてることなんて見ただけで解るさ。
「私はレイセンです、大和さん」
「レイセンね、初めまして。そっちの君は?」
「……」
「……おーい、名前は?」
「……よ」
聞こえないよ、輝夜。そう目で訴える。届け、僕の意志! と馬鹿な眼力を送ってみるも、輝夜は不機嫌な顔をしたまま言葉を発さない。
何も言わないのなら仕方が無い。隣でニヤついている妹紅に聞いてみよう。
「もっこす、この子の名前は?」
「……新しい名前じゃねえよ、燃やすぞ馬鹿大和。……こいつはな、『てるよ』 って名前なんだと。保護者がどうしても縁日に参加させてやりたいって泣きついてきたから、仕方なく面倒見てやってんだ」
……ああ、師匠が輝夜のガス抜きを考えでもした結果なんだ。こんなこと話せるのも妹紅だけだったからこうなったわけなんだね。でも妹紅も輝夜も嫌々ってわりには楽しそうだったけど。面倒見の良い妹紅のことだ、何やかんやで気に掛けているんだろう。
「ふーん、てるよちゃんか……」
「な、なによ? そんなに私の名前が変かしら?」
いや、名前なんて別にどうでもいいと思うよ? 僕にとっての輝夜が輝夜だし。それよりも気になるのがその縮んだ身体と、まるで本物のようなウサ耳だ。師匠謹製の薬だろうけど……背を縮めるのなら、伸ばすのもあるはずだよね……? 貰えないかなぁ……。
「あの、大和さん。それは難しいと思います」
「…もしかして、口に出てた?」
「あ、いえ……何だかそう思っているような気がして……」
オズオズと控え目に放す鈴仙はやっぱりどこか腰が引けているように感じる。他の人と比べてどうとかもあるけど、僕にはすごく気を使っているように思えて仕方が無い。……やっぱ、顔が似てるから負い目とか感じてるのかなぁ。似てるどころか、そっくりそのままだからね。
「あの子も考え事をすると、こんな感じになるのかな?」
「…はい、そうです」
「やっぱり苦手だったり?」
「私は特に……。鬼教官でしたから」
あちゃぁ……。そりゃあ苦手意識もでるよ。鈴仙みたいに日常生活ではどうも感じないけど、こと戦闘となると苦手意識というか、敵わないってイメージが完全に出来あがってるからなぁ…。うんうん、解るよその気持ち。
「でも僕は僕だから、違う人と思ってね?」
「……努力させて下さい」
妹、いったいどれだけのことをしたんだよ……。完全に怯えてるじゃないかこの兎ちゃん……。
「もう! イナバと話してないで、私と話なさいよ」
頭をボフン、とお腹に埋めた輝夜に顔が思わず引き攣った。そこ、ギリギリお腹なんです。ちょっとでも下を向かれると、お兄さんは殴ってでも君を放さないと公衆的に悪いです。
「……駄目だなぁ妹紅、子守りを引き受けたんならちゃんとしないと」
だからそうなる前に、妹紅に引き剥がすように頼んで……ってオイぃ!?
「ワリィな。いま両手が塞がっちまっててな。こんな時でもないと食べ物も食べられないからさ……。レイセン、お前も食うか?」
「あ、じゃあ私も頂きます」
「なら、これをやろう。そんなわけで大和、ちょっとそいつ頼むわ。私はちょっと喰い物探してくるから」
「ちょ、妹紅!? もこたん!? ……もっこーーーーーーーーーっす!!」
片手を上げて別れの挨拶をする、頼もしい背中が遠のいて行く……。残されたのは口元を歪ませてニヤつく輝夜。ヤバイ喰われる……なんて言葉が頭を過る程に追い詰められている。こんな状況で残っているのは、申し訳なさそうに、でも私は空気ですと言わんばかりに焼きそばを食べている鈴仙だけ。……君、苦手意識持ってるなんて嘘だよ。
「ねぇ、何で会いに来てくれないの?」
「最近忙しいんだよねー、あははははー」
「あんな小娘、放っておいても勝手に育つじゃない。なんなら私たちも子供を作ってみる?」
馬鹿言わないで下さい。回した手で腰をくねくねと刺激しないでください。ホントお願い放してー!?
と結構な力を入れて引き離そうとしたけれど、やはり師匠に教えを受けただけのことはある。そんな細腕の何処に力があるのかは知らないが、しっかりと掴んで離してくれない。
そんな時、僕の目に入ったのは二本のウサ耳だった。藁にも縋る思いでその耳を掴んでみると……
「ヒッ……んっ…!」
利いていない!? 腕の拘束が少しも緩くならず、逆に強くなったように感じた。けど、いま出来る抵抗と言えばこれしかない。まるで本物のような感触のウサ耳をコネコネモミモミと撫でてやった。どうせ偽物なんだ、どうと言うことは無いはず。
「あッ……だめ…や、ひん……はぅッ!? …だ、……! や、そこ……だ、ダメッ! やめ……ァッ!?」
輝夜の身体全体が小さく震え出してから、僕はようやく事の異変に気が付いた。何故か足に力の入っていない輝夜は、身体を支えるために腕に力を入れているのだ。
「やまとぉ……」
輝夜の熱が篭ったような声を聞いた瞬間、背筋に何かが走った……気がした。ヤバイと本能が叫んでいる。どうにかしろと、しかしこの状況はいったいどうなって起きたのか!? 冷静になれない頭で必死に冷静になろうと考えた結果、鈴仙を見ることにした。
「あの……えっと、兎の耳って敏感なんです……」
それを聞いて、全力で、逃げ出した。無想転成まで使って。仕方がないとです。聞いた瞬間、自分のしでかしたことに頭がどうにかなりそうだったとです。鈴仙、悪いけど後は任した!
◇◆◇◆◇◆◇
「新しい扉を開いてしまうところだった……」
「その新しい扉が何なのか気になる所ですけど、答えてはくれないんですよね?」
「無理」
「実は先程からの写真がこの中に…」
「…もう駄目だぁ…お終いだぁ……」
全力で走っていると、文・椛・華扇さん・映姫様・こまっちゃんの集団に掴まった。なんでもにとりが主催している催し物に出場するとか。もう帰りたい! 帰らせてくれ!? そう言って夜店の並ぶ中を全力で駆けていた僕だけど、映姫様の棒? で叩かれてこかされた挙句、華扇さんの『無い腕』 に掴まってしまった。
「嘘ですよ。で、本当に何があったんです?」
「探らないで下さい、お願いだから。探ったら自殺してやる!」
「じゃあ大和もアタイと一緒に死神生活だねぇ」
「……死んでからも働くって、そんなの嫌だよ」
「あっはっは! じゃあ一緒に酒でも飲もうじゃないか」
それはそれで楽しみかな? あ、でも映姫様の下で働いてたら休日なんてなさそうだから嫌だなぁ。以前、一緒に暮らしてた時も休日と言う休日なんてなかったから。
「小町、貴方はサボり過ぎです。いいですか? 死者を導くと言うのは―――」
「はいはい映姫様、今日はせっかくの休暇なんですからそう言うのは無しにしましょうよ」
「貴方は何時も一日の半分以上が休暇でしょう。……まぁいいです、こういう機会でないと私もこの方と話す機会などないでしょうから」
ちら、と映姫様の向ける視線の先には華扇さんがいた。意味深なことを言っている映姫様と違い、こちらは普段よりも二割増しのニコニコ顔である。
「見聞を広めるいい機会でしょう? 貴方も私も。二択しかない選択肢なんてつまらない」
「黒か白か。確かにそれだけでは世の中は理解しきれませんからね。しかし仙人である貴方は―――」
「―――いいえ。どうしてもと―――十王全員でも呼んで―――」
「椛、ところでにとりの出し物って何なの?」
気になったから少し二人の会話を聞こうと思ったけど、あの御二方が話している内容が凄過ぎて付いて行けなくなった。だから少し暇そうにしていた椛に話掛けてみた。と言うか、話掛けて下さい! みたいな雰囲気を出してチラチラ見られたらそうするしかないよ。
「将棋ですよ、大和様。豪華景品も出るらしいですよ? なんでも姿を隠せる布だとか」
「椛もそれが欲しくて参加を?」
「いいえ、私はそれが欲しいわけではないです。ただ将棋には並々ならぬ自信がありまして。勝つ、それだけです」
「へぇ~、すごいんだね椛って」
「優勝したら、布は大和様に献上します!」
フン! と鼻息荒く言う椛は相当気合が入っている。自慢の耳もピンと張って……椛の耳って本物だよね? やっぱり敏感なんだろうか…? っと止め止め、こんなこと考えてたらまるで変態じゃないか。
しかし将棋かぁ……。僕も輝夜と打ったことはあるから多少は出来ると思うけど、将棋は奥が深いからなぁ……。確かに自分がどれだけ強いのかを試すには丁度いいかも。
「椛、貴方はこの素晴らしい先輩に献上しようとは思わないのですか?」
「思いません」
「……相変わらずですねぇ。ねぇ大和さん? どうですこの忠犬っぷり」
「振らないでよ。……文は布が欲しくて?」
「もちろんですよ。あれさえあれば、幾らでもスクープ取り放題じゃないですか!」
……よし、文にだけは優勝させないでおこう。僕の為にも皆の為にも、もう一回僕の為にも決して優勝させてはならない。
「こまっちゃんは……言うまでもないか」
「お、流石だねぇ。話が解るじゃないか」
「そこは褒める所なのか……」
「堅いこと言うんじゃないよ」
姿を隠す布さえあれば、隠れてサボる必要もないからね。まぁ映姫様に通用するかどうか解らないけど。その前に、映姫様に将棋でボコボコにされる未来が視えるのはなんでだろうね。
「ところで主催のにとりは何処にいるの? 姿が見当たらないんだけど」
「布の有用性を示すために、隠れているらしいですよ?」
それでいいのか、河童さん。
「大和さんも当然参加するんですよね?」
「え……これって強制参加?」
「違いますよ。……でも布があれば、何でもし放題ですよ?」
「―――よーし、優勝するぞ!」
「本当に、欲望に忠実ですねぇ」
違うよ! 霊夢と隠れんぼするだけダヨ! 本当ダヨ!!
と、言うわけで将棋大会。トーナメントで行われるらしい。本当は一番上手い将棋を打った人が優勝だったらしいんだけど、急遽そうなった。なんでも錚々たる参加メンバーを見た人たちは叶わぬと悟って、参加を表明していた人数が棄権などでだいぶ少なくなったらしい。里の人間でも参加しているのは人里で一番強いと言われているお爺さんただ一人。あと僕たち七人だけ。なんだか申し訳ないような気がしたけど、これで少しは優勝が近づいたかもしれない。
一人余るので、くじ引きによって僕は一回戦はシードとなった。うむうむ、今の内に勉強しておこう。
そして始まった第一試合は、里のお爺さん対椛。あれだけ自信があったからなのか、それとも将棋を打ってきたてきた年季が違うのか、椛は難なくお爺さんを下していた。褒めて欲しそうにしていたので褒めてあげると、すごく喜んでくれた。本当に良い子です、唯一の心の清涼剤。
第二試合はこまっちゃん対映姫様。大戦前は頭を抱えていたこまっちゃんだけど、かなりいい線まで行っていた。流石はサボり魔。しかし映姫様の頭脳には勝てなかったみたい……。今日休んだ分、一週間は休みなしと言われていた。哀れ……。
第三試合は文対華扇さん。勝った方が僕との試合だ。少しでも手を見ようと思ったけど……まったく解らなかったです。負けた文が弱過ぎるんじゃない。華扇さんが異常過ぎた。でも文、君の負けは大きな負けだ。これで僕も躊躇いなく『ズル』 が出来る。
二回戦第一試合は椛対映姫様。誰もが映姫様の勝利を疑わなかっただろう。しかし結果は椛の勝利。白熱した試合に会場は大いに沸いた。頭を撫でてあげると、唸っていた。ワンちゃん可愛いです。
二回戦第二試合は僕対華扇さん。さぁ、出番だ!
「私は六枚落ちで構いません」
「なん……だと……!?」
「私と貴方の力量差はざっとこんなものです」
六枚落ちとは……六枚落ちである。詳しくは省くけど、華扇さんは対局前から負けて当然の状態から始まる。更に僕は、絶対に負けない自信がある。何故なら『未来が視えるから!』 全部手が読めるんですよねぇ…! そんな僕相手に六枚落ちとか、舐めてるね。悪いけど、そんな華扇さんなんてちょちょいのちょいだ。
「…ま、まいりました……」
「私の手が限られているからと言って、正直に前に出過ぎたわね。それが敗因よ。あと、ズルは駄目ね」
「……視られないように常に思考を変えて、未来を変えたくせに良く言いますよ…」
「当然でしょう。貴方はこのテの勝負事にはズルし放題なのだから」
始まった当初から未来の光景は変化しっぱなしだった。華扇さんがこう打つ、と決めたら未来が確定して視えるけど、やっぱりこっち、いやでもこっちか、と言う感じに華扇さんが考えを変えることで未来の光景がどんどん移り変わっていった。
結果、未来を視ることに意味が無くなりました。後手である僕が打つ時も常に思考を変化させているのだから、もうお手上げ状態。まさかこんな方法で僕の能力を破ってくるなんて……。
どうしようもなくなった。でも華扇さんは六枚落ち、手が限られているから大丈夫だ! なんて安易な考えで突っ込んで行くと思わぬしっぺ返し。気付いた時には僕が六枚落ちの状態だった。とほほ……
決勝戦は椛対華扇さん。ちょっと気になったので椛の未来を覗いてみると……吐きそうになった。すごい勢いで未来の情景が変化していっている。頭の回転が早いとか、もうそういう領域を超えている気がするよ。気分が悪くなったので少し休憩していると、周りから『おお…』 と言う声が聞こえてきた。
「文ちゃん、解説よろしく……ぅっぷ」
「……大丈夫ですか? 吐くのなら向こうで吐いてくださいよ? …えっとですねぇ……簡潔に言うと、華扇さんが椛の小さな、ほんの小さな隙を突いたんです」
「それだけではありません。あそこに駒がある限り、あの白狼天狗に勝機はないでしょう」
「退路が塞がれたようなもんだからねぇ。ここが勝負どころになりそうさ」
なるほど、解らない。とりあえずもうすぐ終わるんだね? ならいいや、もう少しだけ休憩させてもらおう……。
「参りました……」
「って、はやっ!? もう終わったの!?」
勝負所と言う所で椛が敗北を宣言した。何で!? まだ負けるなんて解って無かったんじゃないの!?
「全ての手を読み切って、それでも勝ち目がないと悟ったのでしょう。ですがあの白狼天狗、ここから終局はまで読めるのは流石と言えます」
「映姫様も負けましたからねぇ。あたいにはさっぱりですよ」
「椛も頑張ったんですけど、やっぱり華扇様は強いですね」
華扇さんの表彰式が始まっている中、肩を落とした椛がしょぼしょぼと帰って来た。そして申し訳ありませんでした、と深く頭を下げられた。……いやいや、何やってるんだこの子は。
「椛は良くやったよ。すごく良い対局だった」
「ですが……」
「いいんだって。最初のルールだったら椛が優勝で間違いなしだから。少なくとも僕はそう思うよ」
うん、今回のベストは間違いなく椛だった。意外性もあったし、誇っていいことだ。
「…あ……ありがとうございます! あっあの! 撫でて、くれませんか?」
……再び催促されるとは思わなかったよ。最速さんはもうカメラ構えて親指を突き出してるし、椛は椛で目を瞑って上を向いている。……映姫様? これって撫でてやるのが善行なんです? ……え? 淫行? じゃあ駄目ですね……ってああ! 泣きそうにならないで椛!?
退路がなくなった僕は、頭を撫でてやりました。あと、気になっていた耳も。何が起きたかは言うまでもないよね……。輝夜の時は逃げ切れたけど、今度ばかりは逃げられませんでした。正座させられて、映姫様と華扇さんの二人に怒られたんだ……。
僕、もうすぐ人形劇なのにね……。
はっはっは! 三部構成のはずだったんですよはっはっは! 終わりませんでしたよ、はっはっは! と最早笑うしかないじらいです。各パートごとに分けてやろうなんて考えなければよかった…。でも断章が終われば後は全部シリアス。これが最後の清涼剤です。
と言うことで、次回も縁日です。予定では人形劇と、その他色々。考えが纏まってはいるのですが、書いている途中に妄想が浮かぶのでどうにも言えないと最近また気付きました。
それにしても早いもので、もう師走ですね。書き始めてもうすぐ一年になるんですよ、私。出来れば一年で終わらせたいなぁ、という気持ちは今では変わりません。PVももうすぐ200万ですし、ユニークなんて15万です。気付いたら凄いほど増えてて、なんだか怖いですw
あと、今回は輝夜に悩みました。たぶんセーフ、たぶん。そんなにハッスルしてないので、たぶんOK。耳繋がりで椛もですが、描写は敢えて書かないでおきました。流石に同じ話の中での二度ネタはダメですよね常考。
それではまた次回