波乱縁日:その二
誤爆注意
突然目の前に現れた八雲一味。関係者たちに一気に緊張が走る状況は、何の前触れもなく現れた風見幽香によって更に拍車を掛けられる形となった。和やかだったお祭りムードは一転、触れれば爆発しそうなほどに張り詰めた空気が場を占めている。
「あらあら。紫、遅刻ね」
「申し訳ありません幽々子様。それに大和殿も」
「そう言わないの。これでも急いで来たんだから」
そんな張り詰めた空気の中で、西行寺さんの柔らかい声が響く。この状況で何事もなかったかのように友人に話掛ける度胸には驚嘆するよ。
友人を呼ぶと西行寺さん言ったけど、まさか紫さん達を呼んでくれるとは……。僕らの確執を知らない訳じゃないだろうに、いったい何を考えているのだろうか……。でも起きてしまったものは仕方がない、僕は何時、何が起きても対応できるように体内の気を練っておこう。
「……スキマ妖怪、何しに来たのだ? 事と次第によっては私が相手になるよ……?」
そんな待ち構える姿勢を見せていた僕の意に反し、ルーミアちゃんが最初に動いた。楽しみにしていた縁日を台無しにされて怒っているのだろう、普段よりも深く、聞いた者は震え上がるような低い声を発した。実際、霊夢や魔理沙は程度の差はあれ身体全体が震えている。……仕方がないだろう。封印されているとはいえ大妖怪が放つプレッシャーだ、何の訓練もしていないただの人間は息をするのも辛いはず。
そんな二人を見てルーミアちゃんに止めるよう声を上げようとするも、幽香さんがそれをさせてくれなかった。
「駄目よ、勝手に動いては」
両肩に手を乗せられ、僕は一切の動きを封じられているのだ。そして耳元で僕にしか聞こえないようにそう囁いて来た。
「……あの二人にこれ以上は無理です。まだ子供なんですよ?」
「あら、昔の貴方は常時こんな環境で暮らしてきたのではないの? ……それに安心しなさい、半獣たちが二人の防波堤になってるわ」
幽香さんの言う通り、会話を止めて見てみると、慧音さんと妹紅が霊夢と魔理沙に及ぼすプレッシャーから身を呈して庇っていた。流石は人里の守護者といったところか。あの二人に任せておけば大丈夫だろう。
「虚勢を張るつもりかしら、宵闇の妖怪。今の貴方では私の指一本すら止められないわよ」
「試してみる?」
二人の睨み合いも最終局面。と言っても、ルーミアちゃんはともかく紫さんはまったくやる気が無いように見える。しっし、と腕を面倒臭そうに振っている。浴衣姿でもあるので、もしかすると純粋に縁日を楽しみに来ただけなのかもしれない。
「正解よ大和。今日は縁日。今日だけは争い事を気にせず、一緒に楽しみましょう。解ってくれたらそこのお嬢様方も殺気を飛ばさないで頂戴」
一緒に楽しむ?
ふざけるな! どの口がモノを言うつもりだ! そう吐き捨てて跳びかかってやりたかったけど、ここで暴れると人里に大きな被害が出る。……ああ解ってるさ、それくらい。だから映姫様も華扇さんも、そんな目で見ないでも大丈夫です。僕は至って冷静ですよ、ええ。
「ご主人さま?」
「…大丈夫だよ。……レミリア、フランも抑えて」
「……フン。命拾いしたな、スキマ妖怪」
「今日はヤマトに免じて何もしない。でも家族に手を出すのなら……壊す」
冷静になって周りを見てみると、二人も敵意を剥き出しにしていたことに気が付いた。幻想郷に来たばかりにしてやられたことに対してのことかと思ったけど、どうやら違うようだ。
そんなフランに家族と言って貰ったことに顔が綻ぶ。うん、紅魔館は僕にとっても第二の家だと思っているから。そう言って貰えて本当に嬉しい「私を無視するなんて、成長したわね」 ……よし、現実逃避はここまでだ。そろそろ肩に掛る重圧とも向き合うとしよう。でも今日は縁日だし、幽香さんだってただ楽しみに来ただけだったり―――
「貴方の花は咲いたのかしら?」
貴方の花は咲いたのかしら?
大和意訳:花を愛する幽香さんは花を愛してしまうあまり、摘んでしまうのデス(たぶん)。子供の頃は雑魚の中の雑魚だった貴方も、少しは成長したのかしら? だったら摘みごろね。プチッと首根っこからもぎ取ってあげるわ。
…ヤバイよ!? 僕の両肩に置かれた手はそのまま首元に行くの!? まじでプッツン三秒前なの!? ちょ、そんな笑って首元触らないで下さい怖いです!!
「アノー幽香サン? 手ヲ退ケテ貰エマセンカ?」
「フフ―――い・や・よ」
「皆さん助けてー!?」
「本当に弄りがいがあるわぁ、貴方」
そりゃあ弄る方は楽しいでしょうけどね! 弄られる方は堪ったもんじゃないよ! 誰か救いの手を差し伸べてくれる人はいないのか!? そう周りを見渡しても、一部を覗いて全員が笑っていて助けてくれない。妹紅なんて指差してまで笑っている。あん畜生め、憶えてろ……なんて思っていると、純粋無垢な瞳が僕を見ていることに気が付いた。
霊夢の前で弄られてるんですか僕!? 一番見せたくない姿だったのに……。い、いや! まだ遅くない!
「んん゛! 幽香さん、放してください」
「あら……なら自分でやってみなさい」
これは僕に対する挑戦状のつもりなのだろうか……? あの手も足も出なかった頃から僕がどれだけ成長したか。帰って来たばかりで情けない姿を晒した僕への。だとすれば、僕もそれに答えないわけにはいかない。それになにより―――負けっぱなしだと伊吹と父親の名前に傷が付く。
「『小さな巨人』」
ボソッ、と誰にも聞かれないように呟く。すると、幽香さんはまるで何かに押されたかのように僕の近くから押しのけられていった。
「……面白いことをするのね」
「僕が出来る唯一の物ですから」
使ったのは新たな魔法。紫さんを目の前に何をしているのか、と事情を知っている人たちは僕を見るも、その人たちの目にも僕が何をしたのか解る人はいない。この魔法がバレる心配はまずないのだから。それは同じく先生の魔法を研究していたパチュリーも同じだ。
新たに構築したこの魔法は、僕の完全オリジナル。例え紫さんであっても見破ることは出来ないと自負している。それほど慎重に幾重にも幻術を重ねて編み出した物だ。それこそ『現と幻の境界』 でも弄られない限りはバレることはない。
「流石、私が目を付けただけのことがあるわね」
「…僕としては遠慮したいですけど……。じゃあ縁日、せっかくなんで一緒に楽しみます?」
「あら、誘ってくれるのかしら?」
「そりゃあ勿論。…じゃあ皆、行こうか。くれぐれも、く れ ぐ れ も 里の人には迷惑を掛けないように! ……って慧音先生が目で訴えてるから守るように」
ちゃんと注意事項は言いましたから、慧音さん。だから頭を抱えないで下さいよ。
「……あれ? そう言えば幽香さん、何で縁日に来たんですか? 興味なさそうなのに」
「純粋に楽しむことと、不届き者がいれば懲らしめるためよ」
幽香さんの助言……背筋が冷えるのは何でだろうね
◇◆◇◆◇◆◇
「せんせ、わた飴買って! ほら、霊夢もおねだりして」
「……別にわたしは…」
「ご主人さま、焼きそば買ってきたから食べよ!」
「いいなールーミア。ヤマト、私にも焼きそば買ってー」
「フラン、お金は渡してあるのだから自分で買いなさい。……大和、焼き鳥を買ってきたのだけど…どう?」
「うわ、お姉様ったら自分だけちゃっかりしてる」
「……ねぇパチュリー。僕、楽しいんだけど楽しくない」
「私は楽しんでるわ。いい顔してるわよ、貴方」
「……趣味悪いよ、パチュリー」
夜店の並ぶ一帯に近づいた途端、紅魔館の我儘姉妹に連れ去られた。元々一緒に回る予定だった霊夢とルーミアちゃん、魔理沙ちゃんも付いて来たけど、気付いた時には僕の周りには子供ばかり。遙か後でのんびりと楽しんでいるであろうお姉さん方の浴衣姿が見れない僕は、せめてもの慰めとしてパチュリーと並んで歩いているのだ。
わた飴を魔理沙ちゃんと霊夢に買い、ルーミアちゃんの焼きそばを食べ、逆にレミリアに焼き鳥を食べさせてあげた。もちろんフランドールにも。
そうやって子供たち(レミリア達もいるけど子供たちでいいや) のお願いを聞いてあげてるも僕の虚しさは暗くなってきた空の彼方へ。ああ、後には慧音さんや西行寺さんもいるというのに……。
「フランドール、金魚すくいやろう!」
「いいねルーミア。ってあれ? お姉様、金魚すくいの金魚が金色じゃない!」
「あら本当……金色の魚じゃないじゃない。店主、これはどういうことなの?」
「ふ……。そんな問答は愚問でさぁ妖怪のお嬢ちゃん」
「む……店主、納得のいく説明をして貰おうか。そうすればこの私をお嬢ちゃん呼ばわりしたことも不問にしてやろう」
そんな僕の心内なんてなんのその。腹が膨れれば次は金魚すくい、節操無しな紅魔館の現当主。いや、別にいいんだけどね? 楽しんでくれてるし、僕も悲しいけど楽しいし。でも店のおじさんに喧嘩売るのは止めて下さい。
「レミィたち、楽しんでるわね」
「放っておいていいの?」
「お祭りの雰囲気に当てられてるだけよ。放っておいていいわ」
ああ、納得。確かにウキウキしているオーラが身体全体から染み出してるからなぁ……。
「お譲ちゃん、この世でもっとも光輝くのが何かしってるかい?」
「……? 金ではないのか?」
「それは物欲に塗れた者の考えでさ。この世で一番輝いているもの……それは恋!」
「こ、恋!?」
「金魚と言う魚は特別でね、恋を多くすると言い伝えられているんでさ。だから恋する光り輝く魚、金魚と呼ばれてるんでさ……。そしてこの話には続きがありまして……この金魚を手に入れた者は愛する者を手に入れることができる」
!? と聞いている三人に頭上に浮かび、背中の羽がパタパタと忙しなく動いている。駄目だこりゃ、完全におじさんの商売に嵌ってる。レミリアはともかく、残り二人は作り話だということに気付いてるだろうに。ノリノリだよこの子たち。
「ロマンチックね……。店主、これは幾らで買える?」
「残念ながらお譲さん、恋は金では買えません。奪い取るのです。このポイで! 恋同じですよ」
「…! そ、そうね……。店主、私は挑戦するわ! この金魚すくいに!!」
やってやるぜ! と意気込んでお金を払い、ポイを片手に金魚を救う。しかし、金魚が捕まることは無く紙が破けてしまった。あ、三人とも少し涙目になってる。
「……大和、すごい見られてるわよ」
「……いや、そんな『私頑張るから!』 みたいな目で見られても……なぁ?」
「いいじゃない、応援してあげれば」
「他人事だと思って……。三人とも、頑張ってね」
『うん!!』
素直すぎるのも罪だと思うよ、うん。さて、霊夢と魔理沙ちゃんは何をしているのかと言うと……ああ、お面を買ってるのか。
「せんせ、やまと仮面売ってた!」
「やまと仮面…」
「けいね仮面もあったけど、やっぱせんせーの仮面だよね」
「ちょっと待てい」
なんだこの精巧な作りは!? そのまんま僕じゃないか! ……でもけいね仮面もあるのかー。そーなのかー。ふーん……後で寄っておこう。
「それよりもせんせ、お小遣い頂戴!」
「親父さんから貰ってないの?」
「貰ってるけど、足んないよ。それにれいむと一緒に回りたいし……」
「霊夢?」
「この子が無理矢理…」
「無理矢理じゃないよ、せんせ。れいむが何も知らないから、わたしが案内してあげるんだ!」
まぁ、霊夢も初めての縁日だからね。それに友達と呼べる存在もいないし……。魔理沙ちゃんが友達になってくれるんだったら、僕も嬉しいかな。
「よし! じゃあお金は魔理沙ちゃんにあげよう。でも霊夢の分も預けておくから、一人で使ったら駄目だよ?」
「せんせ、さんきゅー!」
「……ありがと」
「はいはい、気を付けてね」
手を振って二人を見送る。うんうん、霊夢にも友達をガンガン作ってもらいたいね。零夢のような悲しい暮らしだけはさせたくないからさ…。
「趣味が悪いわね」
「……解ってるさ」
観衆の中に消えていく小さな背中を眺めていると、隣からはっきりとそう言われた。
解ってるさ、趣味が悪いことくらい。あの子が霊夢と名付けられたことに反対しなかったのも、僕が霊夢を育てていることも。全てが救えなかった彼女の代わりで、僕の自己満足な贖罪だってことくらい……。
「だといいわね。……それより大和、さっきの魔法は何? 幻術? 構成は? 用途は?」
「ちょっ、パチュリー近いって!」
「あんなのあの人のノートには記されてなかった。それに私は貴方の幻術構成パターンを把握しているのに看破することが出来なかった。あれは何?」
「……秘密」
「………」
「イタタタタ!? 頬を抓るな!?」
こんにゃろう、この前ルーミアちゃんに抓られたばかりで痛みが余計に倍増して!? ―――ふ、ふふふ……なら僕も抓ったらー!!
「はにゃしにゃしゃいよ」
「はちゅいーがしゃきにはにゃせ」
お互いに両手で相手の頬をがっしり抓る。にゅへへ、とニヒルな笑みを浮かべて睨みあっているけど、これ以上不毛な争いを続けても仕方がない。交互にゆっくりと力を外して、それでお終い。少しだけ背の高い僕が見降ろし、少しだけ背の小さいパチュリーが僕を見上げたまま何も喋らないと言うなんとも言い難い空気だけが残った。
「……ねぇ」
「……なに?」
「レミィの気持ちに応えてあげないの?」
「……いきなりだね」
本当にいきなりだった。始めは少し躊躇いがちに、それでもはっきりと目を見て聞かれたのは、僕が先延ばしにしよう、逃げようとしていたことだった。
だから『無理だ』 という言葉は出て来なかった。きっとこれから僕は誰も選ばないし、選べない。心を奪われたままの僕が誰かを好きになんてなるわけがないから。
答えられもしない問に対して出てきた想いは、情けながら如何にこの場を乗り切るかということだった。
「今のままじゃ、駄目なのかな」
「駄目よ。レミィがそれを望んでないもの」
無理ね、と首を振られた。そこでふと、頭を過る思いがあった。僕以外の人は、こんな時にどう答えるのだろうか。人も妖怪も関係ない。誰もが一度は絶対に直面するであろう問題に、この人生経験豊富そうな魔法使いは何と答えるのだろうか。
「……パチュリーは?」
「え?」
「僕がレミリアと一緒になったら、パチュリーはどう思う?」
細い腰に手をやって、先程よりももっと近く。もっと互いの吐く息が感じれるほど近くにまで引き寄せた。想像よりも遙かに華奢だった彼女は、何の抵抗も感じさせずに引き寄せられた。
「わ、私は……」
僕の胸板に手をやり、逃げるように半身を逸らす彼女を逃がさぬよう、より強く彼女を引き寄せる。密着した薄い浴衣からは、元来着やせする彼女の肢体を余すことなく伝えてくる。
「もしここで、僕がパチュリーを選ぶと言ったら……どうかな?」
「ぇ…ぁ……ぅ…その……」
「もし僕がパチュリーの為だけに生きるって言ったら、受け入れてくれる?」
合わせられない視線は虚空を描き、朱に染まった顔は僕の視線から逃げようと忙しなく動いている。逃げないで。言葉にするよりも、僕はもう片方の手を頬に優しく添え、一切の隙間もないほどに強く抱きしめた。
震えている。パチュリー・ノーレッジの身体は、小刻みに震えていた。目は潤み、頬は朱に染まりきっている。絡みあった視線と身体からは、得も言われぬ言葉が発せられていた。……それが答え。今目の前で起こっていることが全て。パチュリー・ノーレッジは―――
「少し、からかい過ぎたかな?」
「え……?」
「いや、僕もレミリアにいきなりそう言われたみたいなものだからさ。パチュリーにもちょっと体験して貰おうかなー、なん…て……!?」
「―――そう」
鬼が、いました。家族である鬼よりも、もっと怖くて、強そうな鬼が。
「少しでも、ほんの少しでも貴方のペースに持っていかれた自分が情けないわ」
「少しじゃなかったような……」
「黙りなさい!」
「ホントすいませんでした!?」
その後は何時通りの二人の空間。喘息気味なのに勢いよく怒鳴り続けるパチュリーを上手く躱しながら、僕は少し近くなった距離感と先延ばしに出来たことに安堵し、パチュリーはしてやられたことに対して怒っていた。
後にいる人達と合流するためにパチュリーたちと別れ、一人で夜店が並ぶ中を歩く。確か、大陸にいた時も二人で露店巡りをしたような。ふと昔の情景が思い浮かんだけど、すぐに頭から消し去った。このままがいい、このままでいさせて欲しい。
「祭りの雰囲気に当てられたのはレミリアだけじゃない、か……」
呟いた声は、賑やかな観衆の中に消えていった。きっと誰にも聞こえていないだろう。聞こえていたら困るし、見られていたら更に困る。
歩く先には言い争っている二人と、それを宥める二人がいた。まったく、縁日の日くらい仲良く出来ないのかな? そう苦笑しながら、僕もその不毛な争いを止めるために一歩を踏み出した。
知らず火照っていた身体は、もう元に戻っていた。
「……馬鹿」
全力でパチュリールートを開拓したじらいです。別段進むつもりはないですけどね! イツマデモー、ヤラレッパナシジャナインダカラーby大和。とまぁ、少し、ただ単に調子に乗ったわけです。しかしなんと言うか、こういうシーンになるとすごくやる気が出ますw 普段は出ないパゥワーが噴き出てる感じが…w
金魚の作り話はどこかで聞いた話です。確か知り合いのオッサンがこんなアホなことを言っていたような…気がしなくもない。なんかそんな話したなー、くらいです。…ところで、金魚ってなんで金魚と言う名前なんです?
さて、大和の新魔法が出てきました。予定では2話後に新魔法の名称と種類が発表になると予定してます。まぁ結局は大和なので、お前ぇの魔法つかえねぇから! になる…はず? 男は黙って拳振ればいいんです。
それではまた次回