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東方伊吹伝  作者: 大根
第七章:未来を見据えて
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知らない人は知っている




~地底 旧地獄~




丸十日以上続いた鬼同士の闘いは終わり、この地底にも漸く静けさが戻ってきた……こともなかった。地底に住むほぼ全ての住人がせっせと忙しそうに汗水流して走り回っている。無駄に派手で熱い闘いによって吹き飛んだり、粉々になった民家やお店といった都の復旧が総出で行われているのだ。




「失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した……私は賭けに失敗した……」




もちろん私やお姉ちゃんも賭けに参加した以上、手伝わない訳にはいかない。と言っても私はサボってるし、お姉ちゃんは賭けに負けたせいか目のハイライトが消えた状態でブツブツ言って怖いから誰も近づけない。そんな状態だから、わたし達は自然と二人きりになるんだけど。それでも金槌片手に釘を打つお姉ちゃんは妖怪の鏡だよまったく!




「こいし……そこにある釘を取って」


「はいお姉ちゃん。でも鬼を打っちゃ駄目だよ? 釘が折れちゃうから」


「ウフフ、なら心に釘でも打っておきましょうか……?」


「ん~、それなら何の問題もないんじゃないかな」


「そうね、それがいいわ……。ウフ、ウフフフフ……待ってなさい、一生モノの釘を打ちつけてあげる……」





う~ん、お姉ちゃんも中々に病んでるなぁ。まぁそれも仕様が無いかも。なんせ有り金のほとんどを注ぎ込んだ博打だったらしいし。それだけ怒り心頭ってやつだね、くわばらくわばら。と帽子のつばを人差し指でクイッと上げて考察してみる。



んっふっふ、お姉ちゃんには黙っているけど、実はわたし、一人勝ちしたんだよね。相討ちという予想を的中させたわたし、流石無自覚な妖怪! いやぁ、自分でも驚いたよ。なんたって一日にして大金持ちだからね。これで少しはお小遣いが稼げたし、ちょっと豪遊するのも悪くない。ま、お姉ちゃんが困ってたら全部渡すつもりだけど。




―――鬼さんこちら、手のなる方へ


―――萃香、後は任せた。ありゃあ私の手には負えないよ


―――ちょ、勇儀!? わたしだってあんな虚ろな覚妖怪なんて相手に出来ないよ!?





お姉ちゃんも楽しんでるみたいだし、一人勝ちしたわたしは先に地霊殿に帰って祝勝会でも開いておこう。確かお姉ちゃん秘蔵のお酒が蔵の中に幾らか入っていたはず。




「でも地上か……。あんな汚い世界に行きたいなんて変な鬼……やめやめ、不毛なことなんか考えないでおこ」




別にわたしには何の関係もないし。



地上に続く道に背を向け、わたしは帰路を目指した。




「それにしてもお姉ちゃん、本当に楽しそうだったなぁ~」







◇◆◇◆◇◆◇








見知らぬ女性の後を、冬の冷たい風を切りながら空を飛ぶ。眼下には降り積もった雪に夕焼けが反射し、キラキラと輝いて見える。今の季節だと秋の神様姉妹は家で寝てるのかな、と他愛もないことを考えながらも、前をゆっくりと飛んで行く女性について考えを巡らせる。



淡いピンク色の髪に、二つのシニョンキャップ。左手には母さんと同じような鎖付きの枷が嵌められた左腕に、右腕は怪我でもしているのか、その全てが包帯に包まれている。そして膨らんだ胸には大きな牡丹の花飾り……駄目だ、特徴を捉えて記憶の中を漁ってみても何一つ思い出せない。



一度会った人のことは忘れまいと思っていたけど、中々そうもいかないものなんだね。長く生きていると、出会って来た人との思い出も記憶の中に埋もれていく。それも仕方のないことなのかな……。




「私のことが思い出せませんか?」


「あ……すいません、思い出せないです」


「無理もないことです。貴方と私が出会った時、貴方はまだ赤ん坊でしたから」


「え……なら、貴女も鬼なんですか!?」


「茨華仙。ただの行者ですよ」


「茨華仙!? やっぱり貴女様は「私はただの行者ですよ、射命丸文」 そ、そうですか……」






文の反応を見るに、鬼と深い中なのは何となく理解出来る。でも僕はこの人を知らないし、この人は赤ちゃんだったころの僕を知っていると言っている。じゃあ母さん達とどういう関係なのかを聞こうとしたところで、眼下の白銀色に染められた妖怪の山の中に、ぽつりと同じく白く染まっている大きな屋敷を見つけることが出来た。そこへ向かって降下していく茨さんの後姿からは、それ以上聞くなという雰囲気が漂っているように思えた。なので深く聞くことも出来ないまま、僕と文も降下していった。



でも行者か……。行者と言えば師父みたいな人を思い出すけど、そう言えば師父は今何処にいるんだろう。蓬莱島で別れた後は何の音沙汰も無いけど、元気にはしていることは間違いないとは思う。なんたって師父だし……あの師匠よりもふざけた存在の師父だし……。いきなり目の前に現れても、驚きはしても不思議には思えないんだろうなぁ。



とまぁ僕の行者との経験は別にいい。今重要なのは、目の前の屋敷が中々の大きさを持つと言うことだ。





「あの、大和さんを助ける時に手伝ってくれた子がいるんですけど、その子もここに連れて来ていいですか? 出来ればその子も私と一緒に助けて貰えれば嬉しいのですけど」


「ああ、彼女ならもう道場にいると思いますよ? オタオタしている所を先に回収しておいたので」





良かった、と僕と文は胸を撫で下ろした。あの子を巻き込んだ手前、最後まで面倒を見るのは当然だから。



降り積もった雪に足跡を着けながら、屋敷に繋がる道を歩いて行く。まったく穢れを知らない純白の地面に足跡を付けるのは乙なものだと思う。普段は形のない自分の軌跡と言うモノを見れる数少ない機会だし、何と言っても雪の上を歩くのは楽しい。




子供みたいに雪を踏みしめて楽しんでいると、正面から女の子が走って来るのが見えた。





「文さん! 良かった、ご無事でしたか。それに大和様も」


「や、椛。無事で良かったよ。あと、様は要らないからね?」





犬走椛。剣と盾を持った白狼天狗で、妖怪の山では哨戒任務に当たっているらしい。千里を見通す目を持っているとのことなので、紫さんの居場所を探るために急遽文が連れてきた協力者だ。如何な紫さんと云えど、遙か彼方から見つめる目、しかも何の術式も介さない視線に気付くことは出来るはずもない。





「そうはいきませんよ。既に山には姿をお見せしませんが、大和様は伊吹萃香様のご子息であらせられますし」


「だから別に大和で良いって言ってるんだけどなぁ……。駄目?」


「駄目です」





上下関係に厳しい天狗社会にどっぷりと浸かっているせいか、生真面目な子だと言うのが僕の第一印象だった……のだけど、助けて欲しいと頼むと二つ返事で了承してくれた。そのせいか、この子も僕の中では文の様にちょっと外れた子なのかと思う様になってしまった。……別に文のようにはみ出し者だと言うわけじゃないだろうけどさ。





「椛も相変わらずお堅いわねぇ。でも良かったわ。貴方だけ処罰を受けるなんてことになったら、流石の私もほんの少しだけ目覚めが悪くなっていたし」


「……別に私は大和様の為を想ってやったことです。それで咎められようと、最早自己責任の領域です。貴女に心配される筋合いはありません」


「え、えぇっと……お二人さんは、もしかして仲悪い……?」


「「悪くはないですよ、ええ」」


「貴方は良い友人を持ちましたね」





非常に愉快なお友達です、はい。でも文が椛を連れてきた時も、椛は凄く嫌そうな顔してたし。今は着替えてきたのか、僕の前に現れた時は抵抗した後が服にありありと見てとれてたからなぁ……。無理やり連れて来られたのに、それでも手伝ってくれた椛には感謝してもしきれません。





「友人とはいえ、文さんは大和様と親しく接しすぎだと思います。もっと距離を取ってですね――――――」


「もっと距離を取って、誰かさんの様に覗きをしろとでも? 誰とは言いませんが、ネタもだいたい取れてるのよね。その誰かさん、何を思ってかその視線がアツイのよ。――――――おっと、これ以上はおふれこと言う奴です」


「何を仰っているのか解りませんが」


「おやおや? どこぞの忠犬は自分のことすら分からないようね」





「……茨さん、寒いし中に入りませんか?」


「そうしましょう。お茶を淹れてくるから、座って待っていて下さい」




女性の喧嘩に男は口を挟めない、もとい挟まない。藪蛇は嫌だし、長生きしたいのなら厄介事に首を突っ込むのは止めておこう。特に言葉を使う喧嘩では、ね。






◇◆◇◆◇◆◇





それなりに広い部屋で、お茶を淹れに行った茨さんを待つ。ふと窓から外を覗いてみると、ヒートアップした二人の言い争いが見てとれた。アハハ、楽しそうだなぁ……と、扇と剣で鍔迫り合いをしている二人を見て感想を言ってみる。……僕も疲れてるなぁ。





「光陰矢のごとし―――貴方に出会ったのがつい先日の様に感じるわ」


「茨さん?」





テーブルに四つお茶が置かれた。その内の二つはもちろん二人の為に淹れて来たお茶なんだろうけど、肝心の二人はこの寒さにも関わらず、元気に外で暴れ回っている。





「お茶を淹れてきました。外の二人は……放っておけませんね。ここは私が――――――」


「あー、あの二人も色々あるみたいですし、放っておいては?」





人の良さそうな人にこれ以上迷惑を掛けるわけにはいかないよ。椛は真面目そうだからいいとしても、文は絶対に迷惑を掛ける。間違いないです。慧音さんが悪の手先(取り立て) となってしまった今、心の安定剤となり得るかもしれない人とは是非とも仲良くなっておきたいです、はい。いやホント、切に願います。





「ですが……そうね、今回は二人に任せておきましょう。目の前にも助言しなければならない者がいることだし」


「……? ………えっ僕?」





前言撤回、この人から映姫様と同じ臭いがする。





「貴方以外に誰がいると言うのよ……。いいですか? 萃香がどうやって育てたのかは知りませんが、貴方は少々短絡過ぎませんか? 貴方の行動を今まである方に頼まれて追って来ましたし、それなりに評価出来ることもあることは認めましょう」


「はぁ」





怒られているのだろうか、きっと怒られているのだろう、いや怒られているに違いない。でも僕の動きを追っていたとか、母さんを呼び捨てとか、映姫様みたいに説教? を始めるとか色々と突っ込みどころが満載なのはこの際放っておこう。ただ茨さん、貴女はいったい何者なんですか?





「今回、貴方は一度引くということも出来たはずです。いいですか? 八雲紫と貴方の戦力差は二段階ほど違う。実際に対峙した時にはそれ以上と考えた方がいいかもしれないくらいです。確かに貴方は弱くない。しかし、貴方と私たちでは根本から違うのです」



「むっ……今回は僕だって勝機があったから仕掛けたんです。それにまだ完成してないとは言っても、新しい幻術にはそれなり以上の自信がありました。未完成ですけど」




僕だって紫さんや母さん達とは根本から違うことや、今闘っても勝てないことは理解している。だから自分を鍛える為に此処に来たし、それに今回は勝機もあった。そりゃあ賭けの要素が多かったけど、別に部の悪い賭けなんかじゃなかった。




「私の言っていることは貴方の事ではありません。――――――心配なのは貴方の親のことです」


「あ――――――」


「親のことを考えるのならばこそ、軽率なことは控えるべきではないでしょうか……。私はそう考えます」





……僕も軽率なことをしたのかもしれない。例えば僕が紫さんにやられて酷い目にあったとする。そうするとたぶん母さんは――――――




「「それはもう、大暴れするに決まっている」」




二人同時に同じ結論に至ったのか、同じ台詞を吐いてしまった。そのことにお互い目を見開いた後、クスクスと初めは小さく、しだいに大きくなる声を隠さずに笑い合った。お互いその姿が用意に想像できるからか、駄々っ子のように暴れる母さんを想像して笑ってしまったのだろう。





「茨さんはやっぱり鬼なんですか? 母さん達のことをよく知ってるみたいですし」


「ふふ、古い友……とだけ言っておくわ。今の私はただの行者。まぁ大将とは今も連絡を取り合ってるけど」


「『今は』 って、隠す気ないじゃないですか」


「実は八雲と貴方の行動も逐一報告してたりするの」


「ええ!? ど、どうやってるんですか!? そんなこと気付きもしなかったんですけど!?」


「秘密。でもあの萃香が親か……。ねぇ、貴方からした鬼ってどんなものか教えてくれない?」


「いいですよ? じゃあ僕が小さかったころなんですけど――――――」





この後、妖怪の山で起こった出来事や、山での僕らの生活なんかを茨さんに話してあげた。それを聞いた茨さんはころころと笑ったり、ムッとしたりと忙しい百面相を見せて楽しそうにしてくれた。その後は自然と僕の話になって、人里で起こった覗き事件なんかを問い詰められたり、宴会で借金が出来たりと耳が痛くなる話にまで広がっていった。





「あの宵闇の妖怪と同棲していると伝えたのだけど……話を聞く限りかなり不味いことをしたわね……」


「知りませんよ、僕は……。茨さんが頑張って止めて下さいよ?」


「頭の上の蝿も追えぬ者に成長はありません。と言うことで、自分でなんとかしなさい」


「僕に死ねと……?」






どうやらこの人も心の清涼剤にはならなさそうです……





どうも、茨華仙です……嘘です、じらいです。未だ全貌が解らないのでゲスト出演程度に考えていました彼女ですが、この度出演することに決まりました。一巻しか持ってないせいか、知識は深くありません。一応調べながらやってますが、ちょっと違うのは御愛嬌。特に口調が丁寧なものなのか普通なのかが難しいので、説教の時だけ丁寧な口調にしようと思ってます。



で、伊吹伝での彼女の設定ですが、一応は行者。鬼の四天王に近いことを仄めかすくらいです。私個人では四天王の一人だと信じていたり……。


紫と大和の傍に控えていたルーミアに気付かれずに探れたのはただの動物を使役したから、という理由です。動物に見ておくように頼む→動物に話を聞くの繰り返しみたいな。



次回は蓬莱島・修行風景の時のような短編集のような形になるかもしれません。と言うことは、時系列がまた一気に進みます。



サブタイトルが本当に付けられないで困ってます。

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