初めの一歩
出せません
「まったく……冗談が過ぎるのよ。普段大人しい貴方が煽ると余計に腹が立つ。そこの所、ちゃんと理解している?」
「そりゃあこれだけ容赦なしにやられると嫌でもね……」
「ぅ……まぁ悪かったとは思っているわ……」
パチュリーの羞恥心? を呷り過ぎてボロボロで動けなくなった僕だけど、そんな僕を癒してくれているのもまたパチュリーだった。周りの人が見ていればさぞ不思議に思うだろう。人を酷い言葉と魔法の嵐でボロ雑巾のようにした魔女が自分の付けた傷を癒し、ボロボロの状態で治療を受けながらも笑いを隠せない魔法使い。
僕が笑っているのは別にマゾヒストだからじゃない。酷い罵倒と治療の中にもパチュリーの『ごめんなさい』 という意思が伝わってきたからだ。治癒魔法に一番大切なのは、その人を想う心。心の底から相手を想ってあげることで、治癒魔法はその力を増していく。だからこそ笑みも浮かぶと言うものだ。
そうやって不機嫌を装いながらも僕を治療してくれた魔女のおかげで傷も癒えてきた……と言っても、そこまで酷い怪我を負ったわけではないから当たり前か。せいぜい炎の操作の取り合いで狂ったロイヤルフレアが暴走して出来た火傷を負ったとか、風の刃にボロボロになるまで切り刻まれたとか……後は水流に押しつぶされたくらいだ。……あれ? これって『くらい』 なの……?
ま、まぁ気にしないでおこう、あまり傷は深くないし……。
本来魔法と言うものは、精巧な術式と正確な魔力操作によって現象が起こされる。魔法使い同士の闘いになると、ただ単に魔法の撃ち合いだけで勝負は着かない。むしろ勝負が着くとすれば、それは双方が未熟だからに違いない。ある程度の実力がある武術家が緊湊に至るように、ある程度の実力が付けば魔法使いも次の段階に進む。
それはお互いの魔法に干渉すること。僕の傷がそれほど深くないのは、僕がパチュリーの魔法に干渉出来たからだ。もちろんこれは簡単に出来ることではない。相手の魔法を直感的に理解・解析する必要がある。また、双方の実力差も大きく左様する。今回はパチュリーの魔法を僕が知っていた・パチュリーがそれほど本気でなかった……その為に僕が干渉出来たのだ。もちろんパチュリーが本気になった場合、僕程度で干渉できるかと言われれば頷けないんだけどね。
「そう言えばさ、魔力不足について良い案があるんだけど」
「……あげないわよ。絶対に」
「……けち」
「アグニ「冗談! 冗談だって!!」 ……貴方ね、少しは私の立場も考えて発言してちょうだい」
「あー………? うん、だいたい把握した。迷惑はかけない。……それでさ、『魔法陣』 を使うのはどう思う?」
「……? もしかして、儀式補助の魔法陣のことを言っているのかしら?」
「もちろん」
儀式補助の魔法陣。その名の通り、儀式を補助するための魔法陣だ。儀式と呼ばれる魔法の大抵は、一人の魔力では補えないものが多い。しかし多人数で儀式をするにしても、魔法使いは秘密主義の者が多く共同で行う者は少ない。そんな時に重宝されたのが、魔力を格段に増幅させる儀式補助魔法陣。それを用いれば、限定下とはいえ使えるはず。
「確かにそれを使えばなんとかなる『かもしれない』 けど、正直オススメ出来ないわね。だって前提からして間違っているもの。あの人が残した魔法は、その多くが戦闘に転用できるもの。貴方もそのつもりでしょう。でも儀式用魔法陣を書くためには時間と手間が掛り過ぎる。その時間は致命的なものになるはず。……そう言えば、貴方は未来から魔力を持ってこれるじゃないの。それはどうなの?」
「形振り構ってられない時はそうなると思う。魔法陣も問題が多いからね……。だからパチュリーには「イ ヤ よ」 ……はぁ、じゃあ別の案でも考えるとするよ」
パチュリーが手を貸してくれたら一番手っ取り早いんだけど……そうも言えないんだよなぁ。そもそもこれは僕の闘いなわけだし…。これ以上、誰かに迷惑を掛けるわけにもいかないだろう。研究を手伝ってくれるだけでも万々歳だよね。
「パチュリー様~、大和さ~ん。見つかりました~! 運ぶの手伝って貰えますか~~!?」
「取りに行ってきなさい」
「はいはい……じゃあ僕はこのまま帰るから。色々とありがとうね」
「感謝するのなら少しは誠意を見せてもらいたいわね」
「はは、それはまた今度ということで……。じゃ!」
さて、することも沢山できた。これからが本当の勝負だ。待ってろよ……必ず……
◇◆◇◆◇◆◇
先生の研究ノートと、小悪魔さんから受け取ったすごい量の魔道書を抱えた僕は、帰宅するために空を飛んでいた。隣には律義にも門で僕を待っていたルーミアちゃんがいる。どうやら紅魔館の食糧庫から拝借してきたようで、腕の中には沢山の食材が抱かれている。……これ、後で請求書とか来ないよね?
「ねぇご主人さま、その怪我どうしたの?」
「ちょっといろいろあって。でももう何ともないから大丈夫」
「ふーん。でもあんまり無茶しないでね?」
「ありがとう。ルーミアちゃんは本当に良い子だなぁ」
よしよし、頭を撫でてあげよう。僕は気遣いしてくれる人が大好きなのです。でもあんまり盗んじゃ駄目だよ? 幾らアルフォード相手だからと言っても、良心が痛むからね?
「ご主人さまを気遣うのは当然だよ。だって弱ってるとこ見ると襲いたくなっちゃうもん」
前言撤回、色々と駄目だこの子。
◇◆◇◆◇◆◇
さて、家に帰ってきたは良いけど、今の僕には沢山やることがある。まず一つ目、一郎さんに頼まれた魔道具の製作。二つ目、藍さんに頼まれた博麗神社に現れた新しい巫女への挨拶。三つ目、先生の残した魔法の完成。そして最後の一つ、対紫さんを想定した戦闘訓練。
でも僕の身体は一つしかない。特に最後の案件に力を入れると、他の事はまったく手に着かなくなるだろう。それに監視されているかもしれない。別段怪しまれることは無いと思うけど、そういうのは出来るだけ見られたくない。だからどこか身を潜めることが出来る場所で行うことになるだろう。そうなると迂闊に外に出るわけにもならないので、長い間その場に拘束されることになるだろうし……。
まあそれほど考え込むことでもない。こんな時こそ魔法の力を使うのだ!
「と言うわけで、前に試作で作った自分の有幻覚を使おうと思う」
「……何をどうするの?」
「ざっくりと説明しようか。まず魔道具の件だけど、これを最初に対処するつもりだ。とはいっても作り方を理解するだけだけど。これについては僕の有幻覚で作れると思うんだ。それほど難しくない箒……掃除を補助する魔法を付加したものとか、簡単な物に絞るから。これなら術式も難しくないからオートで出来ると思うんだ。ちなみにこの分身を本物の僕に仕立て上げるから。あと、ルーミアちゃんの命令に従うようにしておくね。
次に巫女の件。あまり距離が近くならない様に僕本体で対処する。要件があればこの家まで持ってきてもらおう。その時はルーミアちゃんが対応して、後で僕の分身に話掛けてくれると助かる。そうすればリンクしてある僕にも聞こえるから。
それで僕本人だけど……長い間身を潜めることにする。場所はルーミアちゃんにも教えられない秘密の場所。そこで魔法の研究と、対策を立てる。何かあれば伝手を頼って手紙を送るよ。その時にパチュリー向けにも手紙を送る予定だ。……まあこんなところかな。じゃあ質問は?」
「潜伏先・協力者・伝達方法。いざという時直ぐに駆けつけたいから……。まぁ、だいたい予想はついてるけど」
「場所は妖怪の山のどこかとしか言えない。協力者云々は僕の周りを嗅ぎまわっていたルーミアちゃんなら解ると思うよ。……他には無さそうだし、もういいね?」
さて、なら行動を始めようか。まず最初にすることは、博麗神社に向かって新しい巫女と話をすること。とりあえず零夢から任されたことは伏せておこう。あまり頼られて距離が近くなっても困るし。影で支える人として、僕の存在を教えて……
「むぅ…………」
「な、なに……?」
何か変な所でもあったのだろうか、ルーミアちゃんが難しい表情を浮かべて唸っている。うん…? でもこれが一番良いと思うんだけど…?
「私はご主人さまと離れるんだよね……?」
「そりゃあそうだよ。ルーミアちゃんには分身の面倒を見てもらわないと」
「……………いーーーやーーーだーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
「ええええええええええええええええええええええええ!?!?」
何でーーーーーーー!? 駄々っ子のように畳の上をじたばたと転がりだしたルーミアちゃんを見て思わず叫んでしまった。予想外、いやこんな反応は想定外だよ!
「ちょっ!? 何で!? とりあえず落ち着こうよ、ね!?」
「いーーーやーーーーなーーーのーーーかーーーーーーーーーーーー!!!!!」
宥めようと声を掛けてみるもまるで意に介さない……むしろ逆効果だった。手足をばたつかせて叫ぶ様は駄々を捏ねる子供と何ら変わらない。あのルーミアちゃん(大) しか知らない人が見たら目を疑う光景だろう。…知っている僕だって驚いているんだから。
「とりあえず落ち着「なのかーーーーーーーー!!」 あ゛ぁーーーーもう! この駄々っ子め、こうしてくれる!!」
「なのか!?」
じたばたと駄々を捏ねている手足を魔力糸で縛り、そのまま宙に十字架の状態で拘束する。身体を左右に揺するも妖力を封印されているせいで抜け出すことは出来ないだろう。悪い妖怪は十字架に捕えられましたとさ。
「何で嫌がるかなぁ」
「だって一緒に居たいんだもん……」
なんともまぁ嬉しいことを言ってくれる子だ。こうまで好かれているなんて、僕には勿体ない子だと言うのに……。でも今回ばかりは役割を分担しないと無理だ。紫さんの目を欺くのは並大抵のことじゃない。
だから、
「それは無理」
「むぅーーーー! ご主人さまの馬鹿、ケチんぼ!!」
「はいはい、僕は馬鹿でケチですよ。だから頼むよ」
「………交換条件なのだ」
「……何を所望で?」
「キス」
「地面としたい?」
「じゃあ腕一本ちょうだい……足でも可」
「折って欲しいんだね?」
何なら今すぐさせてあげよう、もう二度と味わいたくなくなる濃厚で痛々しいものを。はっはっは、これでも外道騎士と一緒に仕事をした経験があるからね、話合いや交渉については並以上の知識があるんだ。もっとも僕はあまりお話したことはないけどね。だって僕が近づいたらみんな勝手に喋り出すんだから。
「ヒッ!?」
ハハッ☆ 何怖がったフリして後に下がるんだい? 何時もそうだ、僕が近づくと小動物みたいに震えちゃってさ……結構傷つくんだよね、この反応。ただケビンさんの真似して笑顔になっているだけなのに。僕は馬鹿なこと言ってる子供を黙らせる方法なんて知らないからね、これが僕なりのしつけになるよ?
「だっ、だっこ! それかおんぶ一日でいい!!」
「むぅ……その辺りがお互いの妥協点か……」
「そ、そうなのだ! 私もご主人さまも、お互いにとって一番良いんだよ!」
「子供なのか……」
「そっそうだよ! 私は子供なの!!」
この子は…どうしてこうなった……。母さん、いい加減姿を現してください。僕一人じゃルーミアちゃんを止めることは出来ません。出来れば子育ての仕方も教えてもらえると非常に助かります。
「はいはい、じゃあおんぶしてあげるから。……っと、その前にお客さんみたいだから後でね」
魔力反応アリ。また感じたことのない新しい魔力だ。最近本当に忙しいなぁ……。
「残念ながら一日は始まってる。それ即ち、今からおんぶなの」
「……おんぶでお客さんに対応しろと?」
「もちろん!」
それはいろいろと誤解が生まれると思う……。初対面の方、残念ながら僕にはこの子を御することが出来ません。今日訪れた自分の悲運を恨んで下さい。
「ごめん下さい、家主はいるかしら?」
「はいはい、居ますよ」
「いるのだ」
「…………親子?」
「「友達です(だよ)」
「………こ、込み入った事情があるみたいね…」
自己嫌悪中のじらいです。全ては成績のせいです。自分の馬鹿具合に開いた口が塞がりません。小説もスランプだし。後期の始まりからアッパーもらった気分です。格なる上は……
本編では次回からアリス登場。何時幻想郷に来たのか解らないのでこの辺りで登場させてみました。ちなみに旧作は知らないので最初からアリス(大) です。