失意の中で
~地下 鬼の集会場~
「――――――以上が今の大和を取り巻いている状況だよ。何か質問は?」
地獄にある鬼の集会場に、鬼神や勇儀をはじめとした鬼たちが集まっていた。下手をすれば幻想郷どころか結界外の世界すら滅ぼせる程の戦力が集まって何を話しているのかと言えば、1人の小さな同胞について熱く語り合っている…はずだった。
「質問も何も、あいつの好きにやらせりゃいいじゃねえか」
「そうそう。あの子ももう小さな大和ちゃんじゃないんだからさ」
「なんなら俺と新しい子供をつくるか!?」
今の彼らにとっては暇つぶしか酒の肴程度にしかならないのだ。それは大和のことなど別にどうでもいいと思っているのではなく、過酷であったろう旅を経て帰還し、先の戦闘でも十二分の成長を見せてくれた大和のことを既に1人の男として見ているからである。だからこうして集まっても酒を飲みながら冗談半分に話をしているのだ。
「ええいお前ら! わたしがちょっとしか酒も飲まずに話しているんだから真面目に聞けー!! あと最後のやつ表でろ! すり潰してやる!!」
「はいはい落ち着きな。お前らも少しは考えてやんなよ。私達の弟分の話なんだからさ」
「勇儀ぃ…わたしの仲間はお前だけだよぉ…」
「酒飲みながらさ」
「駄目だこいつら!?」
それが解らない萃香は頭を抱えて天を仰ぐ。彼女からしてみれば息子は何時までたっても息子であって、旅に出る前の小さな大和と大差代わりないのだ。確かに心や身体も強くなったし、大きく成長した。でもそれとこれとは別の話であって、つまり何が言いたいかと言うと、何時までも息子の為の母親でありたいのである。周りからすれば少し行き過ぎた行為にも見えるが、それも昔からのことなので誰も何も言わなくなっているのだ。
更に大和をルーミアに預けて数日経過していることが焦りに拍車を掛けている。
今の大和には何も出来ない。それは外に対して無防備であり、彼を狙う者にとっては絶好の機会なのだ。これは大和が博麗の巫女と共に妖怪退治を行ってきたことが原因になっている。不殺を拳に誓う大和が滅さなかった妖怪や、音に聞こえた巫女の相棒を討って名を上げようとする妖怪たちが弱った大和を狙っているのだ。ルーミアに任せているとはいえ、身近にいない萃香にとっては気が気でなかった。
「萃香よ、大和が帰って来た時に話した私達の基本方針じゃが…憶えておるか?」
「ぅ…お、憶えてるよ…。け、けどさ!」
「八雲に対しての手も、私達に出来る限りの援助についても話合ったの。確かに状況は常に変化するが、それでも基本方針は変わらん。『子供の喧嘩に親は出ない』 忘れたか?」
鬼神の言に言葉が詰まる。子供の喧嘩に親はでない。当り前のことではあるが、それが鬼達の基本方針だ。幻想郷の管理者にするために手は打つ。だが、その過程で大和に害が無ければ手は出さない。そもそも八雲の計画を上塗りする形で決まったことなのだ。本人の力で解決させるのが大和の成長にも一番良いに決まっている。八雲が大和自身が知らぬ内に利用しようとしているので手を打ったが、鬼神にとってはそれすら不満なのだ。
「気を落とすのは大和の業、狙われておるのも中途半端に敵を生かした大和の業。全て理解して行動した結果じゃろう。そもそも八雲に打ち勝てぬようなら幻想郷の管理者になどなれる訳がなかろうに」
「た、確かにそうだけどさ…。ルーミアだって何考えているか解らないんだよ!?」
萃香たち鬼はルーミアを全く信頼していない。彼女が大和に執着しているため害を及ぼさないであろうと信用はしているが、信頼関係など築けてはいない。そもそも彼女の目的自体が未だはっきりと解っていないのだ。本当にただ大和を主と言い慕っているだけなのか、それとも他に何かあるのか…。
「大和自身がそれを一番理解しているだろう。何も問題はない」
「でももし「萃香よ、お主には暫くここで時間を潰してもらうことになっておる」 …なんだって? 勇儀…? わたしには大将が言ってる意味が解らないんだけど?」
だからこそ、萃香には鬼神の言っていることが理解出来なかった。不確定要素を多分に含んだ地上に今すぐ戻れと言われず、逆に地下に居てもらうと言われたことが。
「…萃香にはここで静かにしてもらうってことさ。つまり軟禁状態になって貰うってこと」
「逃げようとは思うでないぞ? これは私達の総意じゃ。暴れてもここにおる全員がお前を抑えつける手筈になっておる。お主が霧になるよりも私の方が早いのは、お前が一番理解しているだろう?」
先程まで陽気に酒を飲んでいた鬼たちの顔からは笑顔が消え、古から恐れられてきた妖怪の頂点としての顔が浮かんでいる。萃香が動けば皆が動く。脅しなどではなく、この場にいる全員が全力で自分を抑えつけるのだと理解せざるを得なかった。
「…理由を聞いてもいいかい?」
だから彼女にはせめてもの抵抗として、その真意を聞くことしか出来なかった。納得など出来ようもないが、それでもその程度のことしか出来なかった。
「大和の成長のため。それとお主の子離れのためじゃ。安心せい、大和はお主の思っておる以上に強い。あの子を信じて酒でも飲んでおれ。――――さあ酒じゃ! 宴会を始めるぞ!!」
大和のもとに行くことを禁じられた萃香は、どうしようもない気持ちを胸に酒を煽った。その姿を見た勇儀が少しバツの悪い顔を浮かべて隣に座り、同じように酒を飲む。今日は悪酔いして、多くの者に迷惑を掛けることになるだろう。
◇◆◇◆◇◆◇
無縁塚。魔法の森を抜け、再思の道を抜けた先に存在する無縁の者が眠る場所。結界の外から流れ込んだ者や、生きる気力を失った者が最後に流れ着く場所であもある。
「今の僕にはピッタリ……なんて、冗談でも笑えない」
今ではこう思えるけど、一瞬、ほんの一瞬だけ死にたいと考えたこともあった。でも思い止まるしかなかった。母さんや皆を悲しませたくなかったし、何よりそんなことを零夢が許さないと思ったから。死に際の際まで僕のことを考えてくれた彼女だ、自殺なんてしたら向こうで殴られた挙句に追い出されかねない。だから僕は死ねないんだ。そう、どれだけ辛くても僕を想ってくれた人の為に死ぬ事だけは出来ない。
「それだけ意志が強けりゃあたいの出番はまだ先のようだね」
「…あってもサボる癖に」
「人聞きが悪いね、ただ休んでるだけなのにさ。…こうやって顔を合わせるのは久しぶりだね、大和。もっと早く来ると思ってたけど」
三途の川の陽気な案内人、小野塚小町。にしし、と巨大な鎌を引っ提げて陽気に笑う姿は今の僕とは正反対だ。よく仕事をサボっては映姫様に叱られているというのに、また船頭の仕事をサボって遊びにでも来ているのだろうか。
「うん、久しぶりこまっちゃん。もしかして僕が来るの解ってた?」
「何言ってんだい、呼んだのはあたい達じゃないか。飯作りに来いって映姫様が言ってただろう?」
「…ああ! そう言えばそうだったね」
しまった、完全に忘れてたよ。そう言えばルーミアちゃんとの闘いの時に映姫様から御誘いを受けていたんだった。憶えていたとしても自分から動こうなんて思わなかっただろうけど。でも聡い映姫様のことだ、きっと理由を察してくれているはず…。
「とりあえず映姫様はお怒りだよ。何時来るつもりだ! ってね」
「ぅ…で、でもこまっちゃんもこうやってサボりに来てるんだから…」
「残念。これでもあたいは仕事中なんだよね」
「ダウト」
「…あたいってそんなに信用ないかい?」
いやいや、日頃の行いというやつです。そもそもこまっちゃんを基準にすると、暇を見つけては散歩と惰眠を繰り返すぐうたらな人が死神だと思われてしまうだろうね。実際、映姫様に「死神ってみんなあんな感じですか?」 って聞いてみたことがある。「悪いのは目ですか? それとも頭ですか?」 って割と本気で心配されたけど。
「本当のところ、何しに来たの?」
「お前さんを迎えに来たのさ。付いて来な、川を渡らせてやる」
「…生きたまま? それっていろいろと問題があるとか言わなかった?」
「権力ってのは使う為にあるんだよ。ま、あんたが気にすることじゃないさ」
◇◆◇◆◇◆◇
生きたまま三途の川を超えることは初めてのことじゃない。あの時もそう、今のように塞ぎこんだりしていた時の話だ。あの頃の僕はレミリア達と仲互いしたばかりで、何をどうすればいいのか解らなかった。
そんな僕を救ってくれたのが映姫様だった。逃げるように紅魔館を出た僕を拾ってくれてたのも、沈んでいた僕にあれこれと手を焼いてくれたのも彼女だった。僕が『自分の信じた正義を貫く』 と決心することが出来たのは、厳しくも優しい閻魔様の下で辛い時期を送れたからだと思っている。
「ああ、この味も懐かしい。ここまでになるといっそ清々しいくなるほど残念な味です」
それなのに、何で僕の料理の品評価になっているのだろう?
「あー…映姫様? そろそろ本題に入っては…?」
「む…ですが小町、貴方ももう少し食べてみてはどうですか? このような味の料理とはそう出会えませんよ? 美味しくもなく、不味くもない…とは言えません。食べる人によっては不味いと言うでしょう。それでも味は濃いくもなく、薄くもない。まるで奇跡の調理法で生み出された料理です。本当に形容しがたいですね、貴方の料理は」
「…ねぇこまっちゃん。ここって怒るところ?」
「いや。あたいの経験上ここは黙っておくとこだね」
あの時の誓いを今の貴方では果たせない。 貴方は一度決めたはずなのに、二度とブレないと決めたはずなのに、またも自分を見失っている。そう、貴方は心が弱すぎる―――――
三途の川を渡るや否や、その言葉を皮切りに悪夢のような説教が始まった。「とりあえず座りなさい、話はそれからです」 と有無を言わせず座らされてかれこれ数時間。ようやく解放されたと思ったら直ぐに夕食の準備に掛りなさいと命令された。とてもありがたい長話を聞き流していたせいか、解放されて気付いたころには日も暮れていた。
「どうです? 作った本人も食べてみては如何ですか?」
「あ、いえ、僕は毎日食べてますので。それ程珍しいものではないです」
勧められても逆に困ってしまう。何せ自分が作ったものだ、それほど美味しくないことくらい承知している。映姫様もこんな微妙な味付けの料理を好き好んで食べずにもっと美味しい料理を食べればいいのに。
「食べてみないと何も解りません。それとも食べ続けているから味覚が麻痺したのでしょうか? 大和、貴方はどう思いますか?」
「…それが当たり前になっているから、では駄目ですか?」
映姫様が箸を置いて僕の目を見て話をしてきたので、少し考えてから答えた。真面目な話や勉強の話、仕事の話になると映姫様は決まって人の目を見て話す。それは閻魔という職業柄故なのだろう。相手の真意を測るときには必ず人の目を見て話す。それ即ち、言葉の表面だけを受け止めて答えていい問答ではないと言うことをだいぶ前に学んだからだ。
「『当たり前になっている』 これは忌々しき事態です。僅かな変化に気付けない危険な状態と言っていいでしょう」
「僅かな変化? 当たり前だったら、僅かな変化を感じ取れると思いますけど…」
「隠されていたのなら、『当り前の日常』 を周囲が演じていれば貴方は気付けますか? 気付けるわけがありません。何故ならそれこそが『当たり前』 なのだから。そしてその僅かな変化に気付けないのは死活問題になり得る。程度の差があれど、時には人の一生を左右するほどの問題にもなります。例えばそう――――――つい最近ここで裁判を受けた女性」
ドクンッ。心臓が跳ね上がった音が耳まで聞こえる。
閻魔と死神、そして魔法使い。三途の川を渡った地で行われているからなのか、まるで死後の裁判を受けているかのように感じる。目の前に座る2人の顔付きにますます真剣味が増し、それに釣られた様に僕の顔も緊張で険しくなっていくのがわかる。
「仕事柄、死人の話を聞くのが好きでねぇ。その日も乗せた奴の人生を聞いたのさ。あたいが聞いた話じゃ、なんでも男の為に命張ったらしい」
「彼女は幸せだったそうです。しかし私が見た彼女の一生は凄まじいものでした。人によればその一生は本当に幸せだったのか? 人によってはそう思う人もいるはずです。だが閻魔である私には関係がない。ただ公平に判決するだけでした」
「……何が言いたいんですか?」
口の中が乾いていく。
微動だにしない2人が言っている女性が彼女とは限らない。限らないと解っているにも関わらずも胸のざわめきは止まらず、逆に鼓動が激しく胸を上下させている。
「何故彼女はそこまで必死になれたのか? 他人の為に命を懸けたことに少しの後悔もなかったのか? 有るすれば、それはどのようなことなのか? 気になった私は彼女に尋ねてみました。すると彼女はこう言っていました。
『何時も隣で元気に居るのが当たり前だからか、私が意図的に隠したせいなのかは今となっては解らないけど、気付いて欲しかった。何時もと変わらない私を繕っていた私のことを『当たり前』 だと思わずに気付いて欲しかった』
彼女は少し悲しげにそう言っていました。自分が後悔したことではないのだけど、と」
「だから! 映姫様は何が言いたいんですかッ!?」
聞けば聞くほど、僕の脳裏には生前の彼女の面影が浮かんでくる。映姫様の話す女性と彼女が重なって、映姫様の言い様がまるで彼女に責め立てられているかのように感じる。『僕が彼女を死に追いやった』 のではないのかと言う、今まで否定していた思いすら頭を巡っている。
揺らいだ心が正常な思考をさせないでいる。
「貴方はこの料理と同じです。美味しくもなく、不味くもない。感じ方は人それぞれであって、人によっては不味いと言う人もいるでしょう。―――――貴方はこれまで多くの人に肯定され、協力されてきました。それが『当たり前』 になってしまっている。全ての人にただ肯定されるだけなどありはしないというのに。…大和、貴方はもっと周囲に気を配るべきです。そうであったなら彼女も――――いえ、過ぎたことを言っても仕方ありませんね」
「…すいません、調子が悪くなったので帰らせてもらいます。今日も興味深い話をしてもらい、ありがとうございました」
「また逃げるつもりですか? 貴方はもう一度自分の置かれた立場を考えるべきなのです!」
もう何も聞きたくない。僕は逃げるようにして部屋を抜け出した。
◇◆◇◆◇◆◇
「逃げちゃいましたねぇ」
「まったく…。軟弱だと思っていましたが、まさかこれ程とは思っていませんでした」
「ま、あの2人の関係を考えたら仕方ないとあたいは思いますけど。映姫様も本当は解っているんじゃないですか? だからこうやって切っ掛けを与えたんじゃ?」
「―――――流石に気付きますか」
「あたいも巫女から話を聞きましたし、これだけやると気付きますって。あたい達は直接手伝ってやることは出来ないからこうやって切っ掛けを与えることしか出来ないことくらい」
生きている者に直接手助けすることは出来ない。私に出来ることは、生きている者がよりよい判決を迎えられるように助言することだけ。なのだが、
「大和を生きたまま三途の川を渡らせる…。映姫様、ホントのところ始末書じゃすまない話じゃないんですか? そうまでする必要があったわけでもないでしょうに」
「意味はあります」
あの妖怪に話の内容を聞かせるわけにはいかなかった。
と言うのも、別に大和のことを特別大事に想っての行動ではない。あの妖怪の傍若無人な働きは目に余る。このままでは地獄逝きも止むお得なくなってしまうだろう。ならば少しは痛い目を見て、それを機にこれからの余生を素晴らしいものにしてもらいたい。大和との対決は彼女にとってもいいことだろう。もちろん『大和が勝つ』 という大前提があってのことだが。
だからあの者が手を出せない場所で彼に気付かせてあげたかった。出来る限りのことはしてあげたつもりだけど、彼が気付けたかどうか…。
「ま、あたいもあいつが気に入ってるから力になってやりたいとは思ってますけどね。――――話は変わりますけど映姫様」
「何ですか?」
「映姫様にとっての料理はどうだったんですか?」
「…解りきったことは聞かない様に」
「あらま、これは手厳しい」
そんなの、美味しいに決まっている。
「周りを見ろって…僕にどうしろって言うんだよ…」
閻魔と死神が投じた一手。
静まりかえった水面に投じたこの一石が、大和をある一つの事実へと導く。そして彼は知ることになるだろう。自分がどういう存在なのか? 自分の周囲が何を考え、何をしていたのかを。
そして、何故零夢が死ぬことになったのか。
物語の舞台は次の段階へと進むことになる。
料理ってなんだよ、訳分かんねえよじらいです。ちょっと深い話をしようとしたら訳がわからなくなりました。おまけに時間を見つけて書いたので内容もまちまち…。慣れないことはしない方がいいです、はい。だから練習が必要なんですけどねw
萃母さんこれにて退場。次回の登場予定は何時になるか決まってません。ここからは大和一人で頑張って貰うことになる予定です。今まで綺麗なままだった大和も少し汚く…は成れないんだろうなぁ。何と言っても大和だし…。鬼畜大和とかも機会があれば書いてみたいです。
テストも一山超えました。あと山が4つあるんですけどw その中の2つは本気で落しかねないやつなので息抜きすら出来ません。




