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東方伊吹伝  作者: 大根
第七章:未来を見据えて
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それでも世界は廻る


少しきつい日射しが木々に遮られ、心地よい木漏れ日となって視界を楽しませる。そよ風が肌を撫でるが、それでもなお暑い夏の日にも関わらず、縁側で熱いお茶を飲む僕。隣からはぽりぽりと、小さな口を一生懸命大きく開けて煎餅を齧る音が聞こえてくる。時々こちらを盗み見てくるのは煎餅はあげないと言う意志表示なのか。


そうまでされると意地悪したくなるね。


食い意地を張っている彼女に少し苦笑しながらも、お茶を啜るのを止めない。せっかく暑い中に彼女が煎れてくれたお茶だ、冷ますのは少々もったいない。ゆっくりと口に含みながら今日の予定に思考を巡らせる。山まで夕食の魚を捕りに行こうか? でも境内の掃除をして、その後は彼女と一緒に魔法で涼むのもいいかもしれない。


一通り悩んだけど結論は出なかった。こういう時は隣で咽喉に煎餅を詰まらせている彼女に聞くのが一番良いだろう。どうせ今日も一緒にいることになるのだから。そう思って彼女が座っている方向に顔を向け――――――――







「ご主人さま、朝だよ。起きて」


「あ……」


「顔、洗ってきた方がいいよ。酷いことになってる」


「…解った」


「いい加減、乗り越えないと巫女も報われないよ?」


「そんなこと…言われなくても解ってるよ…」



彼女が逝ってしまってからもう2ヶ月近く経った。始めの一週間は泣き続けた。二週目は荒れて、母さんやルーミアに気絶させられるまで自分を痛め続けた。三週目に入ると何もやる気が起きなくなって、1ヶ月を超えたらただ寝て起きての繰り返しになった。そんな僕を心配してか、小さくなったルーミアちゃんが僕の家で僕の面倒を見るようになった。ルーミアちゃん曰く、零夢がルーミアちゃんの力を封印したらしい。もっとも、力の大半を封印されたルーミアちゃん本人でも破れるような簡易な物らしいけど。


でもそんなことどうでもよかった。今の僕は何もやる気が起きない。そんなだらしない生活から抜け出させるためにルーミアちゃんが話をしてくれたり、規則正しい生活をさせるために世話を焼いてくれているけど、それでも駄目だった。



「今日は里の半獣に呼ばれてるんでしょ? 早く着替えて行かないと頭突きされちゃうよ?」


「僕、断ったんだけどなぁ…」



少し前、姿を見せなくなった僕を見兼ねた人達が家にやって来た。パチュリーもフランも、文やにとりも来た。他の皆もしきりに僕を心配してくれていた。何時までメソメソしているつもり? と、叱咤激励してくれた人もいた。そんな中で一番酷かったのは妹紅だ。



『何時までも甘ったれるな!!』



そう言って胸倉を掴まれ、思いっきり殴られた。何の抵抗もせず、受け身すら取らず堅い地面に身体を打ち付けられた。本来なら殴られた頬も、打ち付けられた背中も本当は酷く痛むはずだった。にもかかわらず、何故か痛みは感じなかった。身体の痛みなんて感じられることすら出来なかった。理不尽にも殴られたことに言い返す気力すら沸かない。もうどうにでもなれ、それが正直な気持ちだった。



「焼き鳥さん怒ってたから。半獣に告げ口でもしたんだろうね」


「…やっぱり行きたくないなぁ」


「来ないのなら出向くって言ってたじゃない。どっちにしろ逃げられないのだから、行った方がいいよ。ほら、しゃんとして。道中には気をつけてね」


「うん。…ルーミアちゃんはさ、何でここまで面倒を焼いてくれるの?」


「ん~? お嫁さんになってあげるっていったじゃないのー」


「はは…そりゃどうも。じゃあ行ってくるね」


「行ってらっしゃーい」



零夢がいなくても世界は廻る。それが酷く憎く感じた。





















「さて、と。じゃあ私は五月蠅いゴミでも掃除してこようかな」



最近になってこの家を探るような目が増えた。ただの監視やら覗き程度なら問題視しないが、それに明らかな敵意が込められているのなら話は別だ。



「いったい何を考えているのかな?」



萃香はご主人さま関連の話で地下に籠りっぱなしだ。気力を失ったご主人さまを再び立ち上がらせるためには、全てを話して復讐心を煽るしかないと言うのに、いったい何を話合うと言うのだろうか。それを理解してない、理解したくない萃香に腹が立つ。大方、大好きな息子に自分の汚い部分を知られたくないのだろう。鬼の癖に随分な小心者だよね。




そして動く気配のない管理者と、ご主人さまを狙う連中にも腹が立つ。



普段のご主人さまならいざ知れず、今のご主人さまでは勝負にもならないだろう。それを知って動かないとは、こちらの動きでも探っているのだろうか? それとも…。…まあいい、所詮は失意のうちを狙う外道。ならば外道が外道らしい最期を迎えられるための『お手伝い』 をしてあげよう。直接殺すようなことはしない。ただ、私は萃香ほど甘くはないってことを教えてあげないとね。



「私のご主人さまに喧嘩を売ったことを後悔させてやる」




◇◆◇◆◇◆◇




「久しぶりだな伊吹君。待ちかねたよ」


「…すいません慧音さん。それで用事ってなんですか?」


「ああ、里の者からの依頼なんだ。ここ数日姿を見せなかったせいで溜まっているようだぞ?」



皆、君のことを心配しているぞ? 慧音さんはそう言って、予め用意していた急須からお茶を淹れる。そう言われても、今の無気力な僕には何をやらせても上手くいかないだろう。自分のことくらいしっかりと把握している。たった1人、零夢がいないだけで何も出来ない軟弱者で、最低の男だってことくらい。だから僕はここ数日で考えていたことを正直に話すことにした。



「…僕は、もうこりごりです。大切な人を創るのも、大切な人が逝く姿を見送るのも…。だから、里や友人からは少し距離を置こうと思ってます」


「まあそう言わずに。とりあえずは里の依頼をこなしてくれないか?」



僕の言葉なんて聞いてないかのようにそう言われた。慧音さんの顔からは有無を言わせないという少々強引な意志が感じ取れる。依頼を受けるのは君じゃないと駄目だと言う人が多くて困っているのだよ。湯呑に入ったお茶を飲みながら、慧音さんは苦笑して更にそう付け足した。僕じゃないと駄目なのだ、と。



「頼まれてくれるかい?」


「…そう言われたら断れるわけないじゃないですか。でも、これっきりにしてください」



卑怯だ、慧音さんは。そう言われたら僕が断れないことを理解している癖に。



「その時はまたお茶に誘わせてもらうさ」



優しく微笑む慧音さんの顔を見ても逆に心苦しくなるだけだった。心配してくれているのも、励まそうとしてくれているのも十二分に理解出来る。でも心の中の喪失感だけはどうしようもなかった。今までも、きっとこれからもそうなんだろう。きっと僕は彼女を忘れることなんて出来ないのだから。



なんとも形容しがたい思いを胸に秘めたまま、湯呑に入ったお茶を飲み干した僕は慧音さんの家を後にした。




















「隠れてないで出てくればどうだ、妹紅」


「べ、別に隠れてなんてないぞ!」


「箪笥に入っている奴が何を言うのやら…。心配なんだろう?」


「別にそんなわけじゃ…。ただ…だな、あいつが笑ってないと何か腹が立つんだよ」


「そう簡単に笑える訳ないだろうに…。巫女が伊吹君にとって特別な存在だったことくらい、最早周知の事実じゃないか」


「そりゃそうなんだろうけどさ…。でも、長く生きてれば別れなんて何度も経験するんだよ。お前だって私より先に逝くだろう。大和だってそうだ。悲しいのは解る。辛いのだって理解出来る。でも自分が悲しいように、逝く方だって悲しいに決まってる。長く生きるつもりなら割りきらないと駄目なのに、あいつは解っちゃいないんだ」


「…私はまだそれほど長くは生きていないが、妹紅が言いたいことは何となく理解しているつもりだ。里では私も見送る側だしな…。だが、今の伊吹君の状態から元通りになるのには時間が掛ると思うぞ? 今までの元気な姿は見る影もなかった。……が、伊吹君ならきっと大丈夫だろう。何たって、老婆心全開なお姉さんがいるのだからな」


「う、うるさい!!」



まぁ確かに慧音の言う通りかもしれないけど。前までは死んだような目をしていたけど、最後にほんの少しだけ光が見えていた。このまま自分がどれだけ頼りにされているかを自覚してくれれば、いずれあいつは元通りになるだろうよ。利用しているようで悪いけど、私はあいつが笑ってくれるほうがいい。だから慧音も強引にでも里と関わらせようとしたんだろうよ。



「少し落ち着いて元気になった暁には、巫女との話を聞きながら酌をしてやってもいいな」


「その時は私も参加させて貰うよ。きっと楽しい宴会になる」


「襲われても知らないぞ? 慧音ような奴が好みだって言ってたからな」



私のような残った奴に出来ることは、そいつの生き様を後世に伝えることくらいなんだからさ…。




◇◆◇◆◇◆◇




「つまり、僕にマジックアイテムの作成依頼をしたいって? …一郎さん、そりゃ無茶だよ」


「すまん大和。でもこんなの頼めるのお前しかいなくてさ…」



所変わって霧雨魔法店。人里でもそれほど多くない、マジックアイテムや魔道書やらを売買している魔道具の専門店だ。以前霧雨家に婿入りしたド変態こと一郎さんも、今ではすっかり店長としての面構えが板について来ているようで。子供が産まれた今ではすっかり父親をしているらしい。



「数年続いた霧雨魔法店もこれで閉店、か。残念なことに僕はマジックアイテムなんて創ったことないんだよ。解ってくれた? じゃあね」


「お待ちください大和様! どうかこの通り! この通りですから!?」


「…嫁さんの前で土下座を敢行出来るのは凄いと思うけど、その様子を見て笑える妻と子供はもっと凄いと思うよ」


「こうやって家族のためなら何でも出来るのがこの人に良い所ですから」


「いや、それは一郎さんを美化しすぎだと思う」



やはり一郎さんを夫に迎えただけあって、どこか飛んでいる部分があるようだ。…幸せそうだからいいんだけどね。



「でも本当に創ったことないし、創ったとしても売れる価値が着くか解らないよ?」


「それでもいいんだ! 将来的に、この子が店を継ぐ時にでも売れるようになっていればそれで十分だから!」



一郎さんも、逝く日が来るんだ。



そんな咽喉まで出かかった言葉を空気と一緒に呑みこみ、心の内がバレないように目を伏せる。零夢が逝ってから人の死について過敏になってしまった。今までも誰かが死ぬのは嫌だったけど、それが更に強くなった。もう目の前で誰かが死ぬのなんて見たくない。だから慧音さんにもああ言ったのに…



「わかったよ…。じゃあ暇を見つけて創ることにする。でも期待しないでよ? 本当に創ったことなんてないんだから」


「やったわね貴方。これで霧雨魔法店も安泰よ」


「ああ、これで安泰…じゃない。今も閑古鳥が鳴いてるじゃないか。大和、今すぐに売れるものないか?」


「そんな都合良くあるわけないじゃないか。…あーでもあそこなら何かあるかも」


「あそこ…? それは何処ですか? 出来れば向かってみたいのですけど…」


「ちょっと危ないから僕が行きます。あまり期待せずに待ってて下さいね」



魔法の森を抜けた場所にある無縁塚。あそこなら何か珍しいものが落ちているかもしれない。ついでにあの2人に会いに行くのも良いだろう。聞きたいこともあるし、ね…

7月にはもう投稿出来ないと言いましたが…あれは嘘になりました。嘘吐きな私に文句を言う場合は『勉強しろよこの馬鹿野郎!』 とでも言っておいてください。むしろ言ってください! じゃないと直ぐPCに手が行くのでw


皆さんは主人公が苦しんでもがく姿を見たい? 想像? していた人が多かったでしょう。私ももっと苦しめたかったですが技量不足でした。どうも表現が単調化してしまって…。申し訳ないです。


27時間テレビが笑顔なのに、鬱な主人公の話…。とりあえず27時間で次話書くか番外書くことにします。番外は笑顔だよ!

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