貴方に逢えて本当によかった
8月15日更にタイトル変更
空を 駆ける
―――長くて10日
空を 駆ける
―――その時は明日か、それとも今日か。今この時か
涙が溢れそうになるのを必死に堪え、痛む身体に鞭を打つ
―――博麗零夢は、助からない
「~~~~ッ信じない!!」
師匠から伝えられた事実。最後の夢想封印・霊力の枯渇・命を対価に。
聞かされた時、師匠が何を言っているのか理解出来なかった。零夢が死ぬ? はは、そんなことあるわけないじゃないか。だって、あの零夢だよ? 強くて、ふてぶてしくて、ちょっと寂しがり屋だけど、それでも不敵に笑って見せる零夢が死ぬ? 助からない?
「絶対に…そんなの、間違いに決まってる!!」
無自覚に流れ出していた涙に気がつくことは無かった。
◇◆◇◆◇◆◇
「流石に…もう立つのも辛いわね…」
自分のことながら、他人のように感じるのは何でかしら?
小鬼たちとの話し合いの後、寝巻に着替えた私は寝室で横になっていた。大きな立ちくらみを覚えたのであって、何も本気で昼寝をするわけではない。
「もって7日、か…。それまでにあいつに返事を返s…ッッツ!?」
胸を刺すような鋭い痛みに背中が丸く縮まり、胸を手で押さえる。この痛みが私を苦しめるのはこれが初めてじゃない。初めて起きたのは大結界の後だったと思う。あの頃から突如こういう痛みが胸を襲う様になった。自分で霊力の枯渇による副作用だろうと決めつけたけど、あながち間違いではないのだろう。
「そう…言えばっ、大和に隠し、通す…ッのはっ! 骨がっ折れた…わねッ!」
無駄な所で無駄に鋭い、無駄の塊のような優男。名前を伊吹大和と言う。人の身でありながら鬼の子であり、魔法使い。常に面倒事の中心で無自覚・勝手に暴れ回る厄介な男。
そして、私が心から愛した唯一の男
最初で最後の片想い。そう決めて過ごして来たけど、つい先日告白された…のだと思う。へっぽこな男の、へっぽこな告白。思い描いていたような素敵な告白じゃなかったけど、それもあいつらしいと言えばあいつらしい。なんと言っても嬉しかったし。
そりゃあ私だって花咲く歳の乙女、恋の一つや二つに憧れるのは当然のことなんだけどね。まあ、あいつに出会わなければそんなことすら考えなかったんでしょうけど。
とにかく嬉しかったからそれでいいのよ。でも自分で言うのもなんだけど、私は負けず嫌いだ。だからついあいつに『私は何とも想っていない』 と言ってしまった。
私の馬鹿! こんな時くらい素直になりなさい!
心の底から嬉しがっている癖に、自分のちっぽけな感情のせいで大和の想いを無碍にしてしまった。穴があったら入りたい…。土下座でもするべき? 嘘よ、許して! って。でもあいつはやっぱり笑ってくれて。ああ、やっぱり私達ってこうじゃないと。自然にそう想えた。
でも私は、あいつに返事を返していない。
幸か不幸か、それは今の私にとっては都合がいい。私は大和にはっきり言わなければならない。
―――私は、あんたと一緒にはならない
断る。そう、断るのだ。言っておくけど、本心は全くの逆よ? でもこれ以上は駄目なの。私という枷を大和に課したくない。言ってしまえば、受けてしまえば、あいつは前に進めなくなる。きっとあいつは私以外を選べなくなる。大和は皆を照らす太陽。ええ、まさにその通りね小鬼。太陽が曇れば日は照らない。ここまで考えてそう言ったのなら、あんたは正しく本物の『鬼』 ね。身も、そして心も。
「だからっ…はやく収まりなさいッ!」
大和が、来る。
◇◆◇◆◇◆◇
「零夢!」
何時も境内で箒を持つ姿がない。
「零夢!!」
何時も境内でお茶を啜る姿がない。
「零夢!!!」
「五月蠅い! 眠れないでしょうが!!」
母屋全体に響き渡るかのような怒声が届いて来た。この方向にあるのは…寝室かな? そう思って廊下を出来る限り速く飛ぶ。今は歩くより飛んだ方が楽だし速いから。でも痛む身体が本当に憎いよ。
「零夢! …って何? 本格的な昼寝でもするつもり? まだお昼なのに」
寝巻姿で横になっている零夢はしっかりとそこに居た。…ほら、やっぱり零夢は零夢だ。そう簡単に死ぬわけないじゃないか。まったく、師匠も人が悪いよ。
「悪い? こっちは朝から客が来て眠れてないの。用事がないんだったら…ああそうだ、あの件だけど」
あの件…? あ、ああ! あの件ね、あの件! うんうん解ってるよ。でもプライドの高い零夢のことだ、嫌々ながら受けてくれる「断るわ」 …へ?
「だから断るって言ってるの。それと此処にはもう二度と来ないこと。わかった? なら話はそれだけよ。じゃあね」
空いた口が塞がらないとはこのことか。まさか断られるとは思わなかった。自惚なんかではなく、本当に零夢は受けてくれると思っていた。お互いの気持ちが解るくらいの長い間、僕らは一緒に過ごして来た。だから零夢の心の内も解っているつもりだった。だから信じられなかったし、それと同時に一つの可能性が浮かんできた。それは僕が一番否定したかったこと。だから僕は確かめなければならない。そうじゃないと納得がいかなかった。
「僕のせい?」
「…………」
「僕が弱いから、零夢を傷つけてばかりで。零夢に一生元に戻らない程の傷を負わせてしまって…。それなのに、また僕のことを優先しようとしているんだろ!?」
「…………ぃ」
「どれほどの時間を共に過ごしたと思っているんだ!? お前、また自分を殺して僕をとっただろ!」
「…………っさぃ」
「解らないとでも、隠しきれるとでも思ったのか!? 自分が死ぬから、僕を悲しませたくないからとか思ってるんだろ!? 違うのか!?」
「五月蠅い!!!!」
「ッ!!」
瞼を真っ赤に腫らして睨みつけてくる零夢を前に、僕は声を失った。自分自身の中にあるナニかを押し殺して耐えている零夢に、掛けられる言葉なんて見つからなかった。
「……とにかく、話はここまでよ。終わったのなら出てって。時間がないのよ」
「…わかった。また来る」
もうここまで。そう言って僕に背を向けて寝転がった零夢の後ろ姿に、僕もまた背を向けた。
背中が泣いていた
◇◆◇◆◇◆◇
「これじゃない…。これでもない…。くそ、時間が無いって言うのに…ッ!」
紅魔館の大図書館。先生の跡を引き継いだ僕は形だけだがここの所有者となっている。史上最高と謳われた魔女であった先生。僕の先生が蒐集した魔道書の数は数えることが馬鹿と思うほど多い。僕はその数え切れない魔道書の中であるかどうかも解らない一冊を探していた。
「これだけの蔵書があるんだ、霊力に限らなくてもいい。失われた力を取り戻す魔法さえあれば…」
僕が今探している本。それは零夢を助ける希望になるはず。師匠もパチュリーも、零夢が力を根源から失ったから助からないと言っていた。だからそれさえどうにか出来れば…!
「…クソ! 見つかりやしない!」
苛立ちからか、手に取った魔道書を投げ捨てて頭を抱える。どうする…? どうする大和!? あるかどうかも解らない本に時間を費やしていいのか!?
「だったら私も手伝うわ」
苛立って魔道書を投げ捨てた僕を見ていたのか、何処からともなく現れたレミリアがそう言って立っていた。ご丁寧にその小さい身体に大量の魔道書を抱えて。僕の役に立つ本を探しに来てくれたのだろうか。
「1人より2人の方がいいわ。それに、2人よりも3人。3人よりも4人よ」
「私は普段から使わせて貰っているわけだし、役に立つと思うけど」
「探す人は多い方がいいもんね!」
「パチュリー、身体は…? それにフランドールも…。ありがとう、恩に着る」
「大和は解ってないわね。家族に恩を売ってどうするのよ。巫女を助けるのでしょう? さっさと探すわよ!」
◇◆◇◆◇◆◇
次の日、僕は再び博麗神社を訪れていた。結局あの後睡眠は一度もとらずだ。時間が惜しいのもあるし、零夢のことを考えるとこの程度のことは苦にもならなかった。…レミリアやフランは必死に眠気を堪えていたようだけど。夜型のはずなんだけどね。
「…来るなと言ったはずなんだけど」
「起き上がれない奴が生意気言うな」
寝室にいるであろう零夢を見に行くと、膝立ちの状態で止まったままの零夢を見つけた。…立ち上がれないらしい。本人は強がっているけど顔色もよくない。…時間が無くなってきているのだろう。でも本人がそんな素振や弱音を言わないから、僕も唇を噛んで何時も通り接することにした。
「ほら、おじや作ってきたから。食べれる?」
「うげ。あんたの料理食べたら余計に体調崩しそう…」
「…口開けろ。無理やりでも食べさせてやる!」
「ちょ!? 止めなさい! 自分で食べれるわよ!」
いやいやと首を振る零夢におじやを突き付ける。何時か僕が風邪を拗らせた時とは逆だね。あの時は食べさせて貰うなんてことは無かったけど、本音を言えば食べさせて欲しいとちょっとだけ思った。そんな僕と零夢はおじやを挟んで無言の会話をしているのだ。はい、あーんして。無理。食えや。無理、恥ずかしい。…実力行使!
「醜態だわ…。大和に看病されるなんて…」
「お粗末さまでした」
項垂れている零夢だけど、僕の作ったおじやは残さず食べてくれた。食べながらも不味い不味いと言い続けていたけど、雀の子のように次を求めていた姿からはそうは言ってないように思えた。ここまで間近で零夢の食事姿を見たのが初めてだったからか、頬を紅く染めた零夢に見惚れてしまった。…ほんと、可愛い子だよ。
「ふああぁ…食べたら眠くなってきたわ…。ちょっと寝るわ」
「ん、わかった。ここで座ってるから用事があれば言ってね」
「…ねぇ。手、握っていい?」
おずおずと、初めて聞いたような女の子らしい声に、僕は苦笑で返した。
◇◆◇◆◇◆◇
~4日後 紅魔館・夜~
「…ない。……ない…ない…何でないんだよ!!?」
机の上に置かれていた本や紅茶、クッキーなどを全てぶちまけて怒鳴り散らした。あれから4日。睡眠も食事も、水さえ摂らずに過ごして来た。だけどそんなことは魔法使いである僕にはとってはどうでもいいこと。朝から夜、零夢が寝付くまでは神社で過ごした。夜は夜通し紅魔館で本を探し続けた。それでも見つからなかったのだから、僕の心は焦りとやるせない怒りで荒れ狂っていた。
「やっ大和、落ち着いて! まだ時間は…」
「落ち着いていられるか!? もう時間がないんだ! どうする…どうすれば零夢を救える…!?」
髪の毛を掻き毟って必死に打開策を探す。考えろ、考えろ大和。師匠の教えはなんだ? 焦った時こそ冷静に。そうだろ? なら考えろ。逆転の一手を…!
「死霊魔術…」
「え…?」
死者の魂を操る禁忌『死霊魔術』
そうだ…まだこの手が残っていたじゃないか。何も零夢が死ぬのを止める必要はないんだ。僕は零夢が隣にいてくれればそれでいい。だったら別に死んだ後で死霊魔術を行えば…!
「レミリア、今すぐ死霊魔術に関する本を集めてきて! こうしちゃいられない、時間は待ってくれないんだから!」
僕には才能が無いからね! 修得するのも時間が大量掛るだろう。アハ、やっぱり駄目だなぁ僕。こんなことにも気付かないなんて、弟子失格だね。
「大和…それ、本気で言ってるの…?」
「ん? 本気も何も、超本気さ。死んだ後に僕が零夢を操る。これしか零夢を救えないんだ。僕は馬鹿だから今まで気付けなかったよ。さあ早く「馬鹿!!」 ~~~~ッツ!?」
乾いた音と共に、僕の視界からはレミリアの姿が消えた。どこに消えたのだろう、そう思った時には自分の顔が横にいるパチュリーの方を向いているのが解った。驚いて正面のレミリアを見ると、目に涙を浮かべながら僕を叩いた手を擦っている。
「大和の馬鹿! ボケ! アホンダラ! 死んでから操るですって? これでしか巫女を救えないですって? ―――ふざけんじゃないわよ!!」
「れ、レミリア…」
「貴様の一番大切なモノを、貴様自身で穢すな! 現実を見ろ! 巫女はもう助からん! 違うか!?」
「あ…ぅ…」
「それをなんだ貴様は!? 死者を操るだと? そんなものは巫女の為ではなく、貴様の為でしかないだろうが!!」
「で、でも僕にはもう…」
唸るように、犬歯を剥き出しにして叫んでいたレミリアはそこで一息ついて…
「………まだやれることがあるでしょう? ただ一緒に居てあげるだけでいいの。ただそれだけでいいのよ、大和。それだけで幸せになれるの。それが自分の好きな人なら尚更に」
少し歪ながらも微笑んでそう諭してくれた。
「……ごめん、レミリア」
「いいから。今は一緒に居てあげなさい」
優しく微笑むレミリアに背を向けて、僕は博麗神社を目指した。
「ぅ…ヒック……。ぱちぇえ……。わだじ、わだじぃ~~~~~ッ!」
大和が出ていった後、私は妹の前でありながら親友に抱きついて大泣きした。声を大にして、今までにも無いくらい叫びながら泣いた。悔しかった。大和は巫女を見ていて、私を見てはくれない。それでも私は大和の助けになるのならと思い、一生懸命魔道書を探し続けた。
でもそれは、醜くも打算に満ちた行為だった。
頑張った私を褒めてくれると思っていた。良く頑張ってくれたねって、微笑んで頭を撫でてくれると信じていた。でもそんな予想は外れ、見えてきたのは自己を顧みず必死に『巫女を』 救済するための策を探す大和。策が見つからず、遂には『巫女を想ったあまりに』 壊れかけた大和だった。
「わっわだじ、みごが死ぬと聞いてぼっとじだのよッ!? ごれで大和のおぼい人がいなぐなるっで、わだじを見てくれるっで!!」
「レミィ…」
「お姉様…」
「うぅ…ッ! うぅわぁあああああああああああああああああああああ!!」
自分の力で想い人を遂には奪えなかった悔しさと、好敵手に立ち向かうことすら出来ずに勝ち逃げされることが何よりも辛く、私のプライドを傷つけた。卑しい自分を認めてしまうと涙が止まるはずもなかった。親友の胸で幾ら泣いても、私の心の穴は埋ることはなかった。
◇◆◇◆◇◆◇
零夢の寝室に行くと、彼女は死んだように眠っていた。その姿に思わず胸に耳を当ててしまうほどに僕は動揺しきっていて、ただ眠っているだけだと解った時には思わず泣いてしまいそうになった。
「零夢は…優しいよね」
少し時間を置いてから零夢の横に座った僕は、これまでの日々を振り返っていた。
この数日、僕はずっと零夢のことだけを考えて過ごして来た。初めて会った時、あまりのふてぶてしさに思わず生意気な奴だなと思った。次に会った時も、年上を相手に随分な物言いをする奴だなって。同じ時間を過ごすようになってからは、その姿勢が彼女の素だと知った。
「いつからかなぁ。僕が零夢に惹かれたのは…」
初めて彼女を胸に抱いた時だろうか。零夢が隠れてしまった時、僕の世界は灰色になっていた。何かが足りない。それが零夢だって気付くのにそれほど時間はかからなかったけど、あの時はまだ自覚が無かったのだろう。自覚したのは、大泣きする零夢を抱きしめた時かな。愛おしかった。華奢な身体で強がって、でも本当は脆くて弱いこの女の子がどうしようもなく愛おしく思えた。
「零夢もそう想ってくれていると思ってたんだけどなぁ…」
どうやらこの生意気で可愛い女の子は、死ぬまで博麗の巫女でいるらしい。振り向かせることが出来なかったのは僕が臆病だったせいだ。2人の関係を壊したくなくて、居心地の良い距離を保ち続けてきた。漸く言えたと思えたら、もうお互いの時間は残されてない運命の残酷さを呪うしかなかった。
「もう何も出来ないけど…その時までは、傍に居る」
残された時間はもうない。だから、僕は僕にしか出来ないことをやろう。
「ねぇ大和、境内まで連れて行って」
「うん? 動いて大丈夫なの?」
「今日は調子がいいわ。それにあんたが抱っこしてくれたら大丈夫よ」
寝転がりながらも抱っこを強請る零夢に苦笑して、少し痩せた彼女を胸に収める。僕の首に腕を回してしがみ付く零夢は、鼻が当たる程の距離から優しく微笑み、僕に声援を送ってくれる。
「ほら、もうすぐよ。頑張って」
「別に零夢は重くないよ。痩せたからかな?」
「あら、言ってくれるわね。せっかくだし、もう少し痩せてみようかしら?」
「冗談、今がちょうどいいくらいだよ」
何時もの様に軽口を叩きながら、僕らは境内へと足を運んだ。あの頃から変わらない境内だけど、あの頃とは見える景色が違う。隣に零夢がいるだけで、世界の見え方が変わったのだから。
「ここでいいわ。座りましょう」
2人寄り添うように境内に座る。自分を支えられない零夢は僕にしな垂れるように体重を掛けてくる。そうして密着しているせいか、柔らかくて甘い、女の子特有の香りが鼻孔を震わせてくる。それを身体中で感じていると、零夢から沈黙を破るように話掛けてきた。
「覚えてる? 神社で初めて会った時のこと」
「忘れるわけないよ。『とまと』 呼ばわりされたんだから」
「あの時は本気でそう思ってたのよ。何に対しても興味がなかったし」
酷い奴だなぁ。まあ、僕も最初は興味本位で零夢に近づいたんだけど。
「そう言えば、零夢が大泣きした場所もここだったよね」
「…まだ憶えてたの? しつこい男は嫌われるわよ?」
「はいはい、別に良いですよーだ。僕は一人に好かれるだけでいいですから。……ねぇ零夢、別に答えないでいいから聞いて欲しい。僕は零夢のことが「待って」 ……どうしても聞いてくれない?」
こんなにも…こんなにも君のことを想っているのに…
「駄目よ、大和。言えば、言葉にしてしまうだけで心残りが出来てしまうわ。私はそれが嫌なの。お願いだから解って…。こんなこと、何度も言わせないで…」
そう言った零夢は静かに涙を流していた。滅多なことでは人前で涙を見せない零夢が、僕に身体を預けながら泣いていた。そんな零夢を前に、僕は何も言えずにただ抱き締めることしか出来なかった。
「言葉には出さなくても、心で解るでしょう? 心が聞こえるでしょう? 私の胸、すごく早く動いてる。何でか解る? あんただからなのよ?」
「うんっ…うんッ!」
「もう、泣かないでよ。私まで悲しくなっちゃうじゃない」
無理だ…こんなの耐えられない…
「二つ、お願いがあるの。そのままでいいから聞いて。まず一つ目。私の後に来る博麗の巫女を助けてあげて。きっと私みたいな無敵で可愛らしい女の子じゃないと思うの。そんな子達にはあんたの助けが必要よ。力になってあげて」
「もう一つは大和自身のこと。恋をしなさい。誰か別の人と愛し合って幸せになるのよ。私を忘れろ、なんては言わないけど、出来れば忘れて誰か違う人を探しなさい。時間がかかってもいいから」
「無理ッ…だよぉっ! そんな、無理ッ」
「接吻も目交うこともしなかった女のことくらい、忘れるのは楽でしょう?」
「何言ってッ! そんなの…そんなの何の関係もないよ! 零夢は零夢で、僕にとっての零夢がそれなんだから!!」
「…まったく。あんたって男は…」
呆れたような顔をした後、零夢は僕の膝に頭を乗せて横になった。そんな零夢の手を握って、僕は努めて笑顔を浮かべた。歪んでいようが醜かろうが、僕は笑っていようと決めたから。
「…………………………………」
「…………………………………」
風が境内の木々を揺らして、葉が音を鳴らして踊る。肌を撫でていく風が何時もより妙に気持ち良く感じた。
「……気持ちいいわね」
「…そうだね」
「少し…喋り過ぎたわ…」
「…はは、何時もの倍は饒舌だったんじゃない?」
「まったくよ…おかげで疲れたわ…」
「………ちょっとだけ、眠る?」
日の光が僕らを照らす。
「そうね…ちょっとだけ眠るわ…」
「…何時起きる?」
「さあ? でも、きっとすぐ起きると思うの。だから…それまでは……お休み、大和…」
眩しさを避けるように、零夢は瞳を閉じた。
「うん。お休み、零夢……………………………………大好きだよ」
「―――――――――――――逝っちゃった…か。こまっちゃんにも、仕事サボってって言うべきだったかなぁ…。……辛い、なぁ。うん。思ってたよりも、ずっと辛いよ…」
博麗の巫女としての運命に翻弄された女の子は、光り輝く太陽に見守られながらこの世を去って逝った。
辛うじて塞き止められていた雨はその枷を無くし、滝となって大地を濡らす。
その日、太陽は確かに泣いていた。
―――――――――――ねぇ…聞こえる…? ありがとう!




