誰が敵で、誰が味方か
「全身打撲、筋断裂、限界を超えた魔力行使で身体はボロボロ、終いには右腕が吹き飛んで血液不足で死亡寸前。医者泣かせとはこのことね。そう思わないかしら馬鹿弟子。聞いてるの? 聞いてないでしょうね。自己を弁えずに3回も魔力機関を使う愚か者には師の言葉は理解できないでしょうから」
「し…ししょう…。後生です、後生ですから輝夜を上から退けてくれませんか…?」
ルーミアとの決戦から3日。緊急手術とかいうものを受けた僕は、痛みは残っているものの起き上がれるまでには回復していた。種族・魔法使いなこと、内功を無意識にも練れていたこと、何より師匠の並外れた医術があってこそらしい。人間のままなら完全に死んでたらしい。
「あら? 永琳、永遠亭の布団は言葉を話せたかしら?」
「何を言っているの、布団が話すなんてあり得ないわ。言葉すら理解出来ないと言うのに」
「……重い」
「フンッ!!」
「痛い!?」
大ちゃんが目を覚ましたぞー、と僕を看てくれていたてゐちゃんの声が永遠亭に響き渡ってから数秒。部屋の襖を蹴飛ばして入って来た輝夜が僕を見ること更に数秒。重症を負った僕を労ってくれるかと思えばいきなりお腹に尻をonされた次第であります、ぐへぇ。お転婆姫様に文句を言ってやろうと思ったけど流石に目が潤んでたからなぁ…。何も言えなかったよ。
でもその時にちゃんと言ってれば今の状況にはなってなかったと数十秒前の自分に言いたい。
「まあ折角助けた命を散らすのも勿体ないし、助けるのに費やした時間が無駄になるなんて以ての外。輝夜、そこから退いてあげなさい」
「え~、別にいいじゃない。それに永琳、大和にはきつく言っておかないとまた同じことになるわよ? だからこうして身を以て教えておかないと」
「思う存分跨ってやりなさい」
「師匠ーーーーー!?」
少しは怪我人の僕を労るとか、ルーミアに勝った僕を褒めるとか、そういうのは無いの!?
「ある訳ないウサ」
「周りは敵だらけだ! 母さん助けてーーー!!」
「呼んだかしら?」
「初代母さん!?」
チクショウ! 僕の周りは酷い人ばかりだ! 誰か僕を労ってよ!
「お、何か騒がしいと思ったら大和の奴目が覚めたのか」
「妹紅! ちょうどいいt「誰に許可を得て私の屋敷に上がってんのよ焼き鳥。殺すわよ」 「あ゛? …大和、ちょっと待ってろ。この糞女燃やすから」 ………」
もう…ゴールしていいよね…? と言うか、位置的に僕巻き込まれること確定なんだよね? 輝夜の師匠仕込みの弾幕と、背中に炎の翼が生えている妹紅さんの争いに。
「はいはい、2人ともそこまでよ。弟子が別世界に逝く前に止めておきなさい」
「ッチ、命拾いしたな」
「あんたこそ」
「ちぇー、面白いことになると思ったのになぁ」
「てゐちゃん、君って僕に怨みでもあるの…?」
「姫様ー。大ちゃんが姫様のお尻に興奮してるってー」
「ちょっ!?」
男の性をとやかく言うのはマナー違反ですよ!? …ねえ、なんで輝夜はニヤけてるの? ここは怒るところだよね? 無言で微笑まれたら余計に怖いんだけど!? でもって頬を触るか触れないかの微妙な手つきで撫でるな! お尻の感触と相まってマイサンが反応するじゃないか!?
(マイサン:呼んだ?)
(呼んでない!)
「…話を進めるわよ。大和、貴方は妹紅に礼を言っておきなさい。貴方が倒れた後、直ぐに隙間は閉じたわ。そして私はおそらく貴方がここに来るだろうと思って治療の準備に追われた。…何故ここが知られたのかは、後でゆっくりと、私と2人きりで話しましょう。それで何故妹紅に礼を言うか、だったわね。この子が貴方をここに連れてきたの。私の読み通り、私しか貴方を治療出来ないと思ったのでしょうね」
「妹紅が…。ありがとう、妹紅。たぶん、妹紅が永遠亭に運んでくれなかったら僕は死んでたと思う。僕も師匠より医術に詳しい人は知らないし」
何か『2人でゆっくり』 なんて不吉な単語が聞こえてきたけどそれは幻聴だ。幻聴でしかない。疲れてるんだよ、きっと。
「ん、受け取っておくよ。まぁ、私もお前の状態を見てここしか無いと思ったからな」
「ふふ、泣きついて来た妹紅の顔は最高だったわ。額に大汗掻いて『大和を助けろ!!』 だもの。普段からあれだけ可愛げが有ればねぇ」
「な!? おっ、お前だって『大和! 大和!!』 って泣き喚いてたじゃないか!!」
「なぁっ!? それ言ったら殺すって言ったじゃない!!」
「お前が先に言いだしたんだろが!」
…ごめん。2人は恥ずかしそうに言い合ってるけど、僕、すごく嬉しいよ。顔がニヤけるのが止められないくらい。ここまで僕のことを想ってくれる人が居てくれて、本当に嬉しい。
「姫様ー、大ちゃん本気で興奮してるウサ。食べられる前に退いたほうがいいと思う」
「てゐちゃん、手を出せば吹き飛ぶのが解っているのに出す馬鹿は居ない」
むしろ僕、零夢に告白っぽいことしちゃいましたから。
「あら、別にいいのよ?」
なんですと!?
「…まあ、そんなこんなで貴方はここに連れて来られた。連れて来られた貴方はまるで死体の様だったけどね。直ぐにでも蓬莱人になってもらうしかないと思ったくらいに」
背筋に嫌な汗が流れる。自分ではそれ程酷い状態ではないと思っていたけど、それは痛覚が働いてなかったからなのだろうか。師匠が匙を投げかけたのなら尚更に。
「でも輝夜に止められたわ。大和の意志に関係なく蓬莱人にしてはならない。月の頭脳と呼ばれるくらいならこれくらい治してみせなさい、とね。ま、結果は貴方も知る通り成功。妹紅が拾ってきた腕も神経を繋げれて万々歳。ああ、まだ完全にくっついてないでしょうから無理に動かしては駄目よ」
「解りました。何時頃歩けるようになりますか?」
「歩きたいのなら何時でも。ただ酷く痛むだけだから。…でもこんなのはこれっきりにして頂戴。何度冷や汗掻いたか解らないわよ、まったく」
胸を撫で下ろし、深い溜息を吐く師匠には一生頭が上がらないと思う。もう絶対に足を向けて眠れないね。ついでに修行の内容も少なくしてくれると大変嬉しいです。むしろルーミアにも勝てたんだし、そろそろ卒業なんてどうです?
「だから対抗策を考えたわ」
「ゑ?」
あ、ヤバイ。馬鹿なことを考えたからか、久しぶりに危機管理センサーが全力で命の危険を訴えている。今すぐ逃げ出さないと…輝夜さん、そこ退いてくれませんか? え? 無理? あ、そうですか。僕、ここまでなんですね?
「私に殺されるか、敵に殺されるか。どっちが早いかしら?」
拝啓、映姫様。僕、近いうちにそちらでお世話になると思います。またご飯作るんで、一緒に暮らしましょう。
「師匠、死ぬ前に一つ聞いておきたいことが。零夢って、今何してるか解ります?」
「……あの子も此処で治療はしたわ」
◇◆◇◆◇◆◇
~博麗神社~
「で? お前の身体は大丈夫なのかい?」
「なわけないでしょ。赤青の医者にも匙を投げられたのよ? もって10日らしいわ。だから後7日てところね。正直、こうして立っているのも辛いわよ」
「…すまないね」
「謝らないでよ。別に後悔なんかしてないんだから」
「それでも、だ。息子の母親として礼を言わせてくれ」
律義な奴だ。そう言えば大和も変に律義…いや、あれは頑固なだけか。とにかく、親子揃って面倒な奴だってことは確定だ。
「…それで? 私をここに呼んだのは何で?」
宵闇の妖怪、ルーミア。つい先日私たちと死闘を繰り広げた妖怪が目の前で座って暇そうに欠伸をしている。妖力を回復しやすくするためか、幼児体型にまで身体を小さくしている。何でも、この姿で大和と会っていたらしい。…あいつ、まさかそういう趣味だったの? と疑ってしまうのも仕方ないだろう。私のことが好きな癖にフラフラしてるなんて許せないじゃない?
「危険なあんたを封印するため。…表向きはね」
「ふーん。じゃあ裏は?」
「随分と軽いわね…。そうね、別に今までとあまり変わらないわ。私の代わりにと言ったら何だけど、これから大和のことを守って欲しいの。それにあんた、そこの小鬼と繋がりがあるんでしょう?」
「…萃香、喋ったの?」
「小鬼は何も言ってないし、そもそも聞いてないわ。只の勘だけど、大当たりのようね」
やっぱりね、おかしいと思ってたのよ。この親馬鹿なら、大和が肩を貫かれた辺りで確実に出て行くはずだ。それまでもそう、息子が危機に追いやられても出てくる気配はなく、ただ監視するような視線が幾つか向けられているだけ。おそらく大和は大結結界構築前から監視されていたはず。それまでは私も狐に探られてたみたいだし、それくらいはあって当然だろう。おそらくその犯人は小鬼と八雲。今回の一件で確信した。
そして勝敗が着いていたあの状態、次の瞬間には大和が殺されるかもしれないのに双方共に出ていかなかった。狐は上手く隠れていたつもりのようだったけど、今にも動き出そうとしてたのを私は見つけていた。だから八雲にとってあれは完全に予定外の出来事だったはず。大方、常に一緒にいる私が何とかするとでも思っていたのでしょうけど…
その私を邪魔したのは、この小鬼だ。
「あんたは大和に私を邪魔して欲しいって言われたらしいけど、それを言われなくても邪魔したでしょ。目的は八雲に一泡吹かせることと、明確な宣戦布告。違う?」
最初から勝ち目のない勝負に行かせるほど小鬼がぶっ飛んだ性格じゃないのは今まででよく解っているつもりだ。でも敢えて私の邪魔をして、息子を一人で死地に向かわせた。実際は死地なんかではなく、八百長だらけの戦場だったのでしょうけど。
「だから、表向きとして力の封印を行う。あんたにはあらゆる場面で大和を影から支えて欲しい。これは私の我儘と同時に命令よ。嫌なら力の封印じゃなくて、あんた自身を封印させてもらう。幸い先祖代々伝わる札があってね、私の霊力なんて使わなくてもいいのよ」
味方は多いほうがいい。特に八雲なんて強力な者に狙われているのなら尚更だ。こいつは大和を慕っているようだし、今回の件で力を持っているのも解った。小鬼との繋がりがあるのなら、いざと言う時にも安心していられる。
「有無は言わせない。頷くか、ハイと言いなさい」
もうすぐ死ぬ私に代わって、大和を支えてあげて。
「…わかった。全部引き受け得るし、全部話すよ。巫女さんの言う通りだよ。事実、私は萃香から大和に勝たせてやってくれって言われてたし。それまでのは場を盛り上げるための演技だったの。…流石に最後は本気だったけど」
「はぁ…、私も本当はこんな搦め手を使いたくはなかったんだけどねぇ。紫に対抗『させる』 ためにはこれくらいの荒療治が必要だったのさ。大和と、大和を取り巻く環境のためにも」
大和の為なら今回の騒ぎの目的は……大和に経験を積ませること、かな。格上の、それほど接近戦が得意ではない者との戦闘を予期しての。と言うことは、こいつらの言っていることは対八雲戦を見越しての模擬戦だったと言うことなの?
「本来なら博麗大結界構築のすぐ後にでもご主人さまを襲うつもりだったの。管理者との契約なんて最初からどうでもよかったし、私を管理出来るのはご主人さまだけだし。でも萃香から止められたんだ。舞台は紫が用意してくれるからそれを待とうって」
「私はあの大結界の後、一度地下に潜ってね。目的は話合いと言ったところか。遂に紫が動きだしたことの報告と、これから大和をどうするか。地下に引きずり込むって案もあったよ。地下と地上は不干渉だし、何よりあそこは鬼の御膝元だ。紫も簡単に手は出せない」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。遂にってことは、あんた達は前から気付いていたの?」
いったい何時から大和は騒動の中心にいるのよ…?
「当たり前だろ? 紫は大和がまだ豆粒の時から何かと手を出してたくらいだ、大和と紫の仲には何かあるに決まってる。それに紫とは付き合いが長くてね。あいつがわたし達を知っているように、わたし達もあいつを知ってるのさ。だから大和が幻想郷に来た時、紫が動くのと同時にわたし達も動き出した」
「そうとは露知らず、私はご主人さまを追いかけ回してたの。4年前に。擬態には自信があったけど、周囲全てを覆っていた萃香にはすぐ掴まった。ご主人さまの周囲を固めていたのは、何も管理者たちだけじゃないよ? 紅魔館の連中だって時々使い魔を飛ばしてるし。だから管理者に見つかった時には言ってやったわ、『遅いね』 って」
「その時、既にルーミアはこちら側だ。だからルーミアには紫と偽の契約をして貰って紫の真意を探って貰うことにした。そこから知れたことは黒い黒い、橋姫が嫉妬に狂うくらいに歪んだ愛を受けてた事実」
「でも大結界時には巫女さんが何かされると言うことしか私も知らなかったの。…ごめんね、こんなことになるなんて」
「言うな、ルーミアはやるべきことをした。止められなかったのはわたしの責任だよ。…紫の覚悟を測り間違えた、わたしのせいだ」
「あーはいはい、もうそれはいいから。…最後に教えて頂戴。あんた達はのやってることは、大和の為になる?」
結局の所、今の私にとって重要なのはそれだけだ。死に逝く私に出来ることなんて、もう殆どないのだから。
「…あの子の周りに居るとさ、温かいんだ。お前も知っての通り、あの子の周りに居る奴は皆自然に笑顔になれる。敵とか味方とか、仲が良いとか悪いとか関係なく。あの子はさ、太陽なんだよ。皆を明るく照らす、皆の太陽だ。だから私達はあの子を利用しようとする奴を許しはしない」
「私は闇の妖怪。過去も未来も現在もぜーんぶが真っ暗。だから明るい太陽に引き付けられるのは仕方ないことなの。だって憧れるんだもん。こう言うのを一目惚れって言うらしいよ? 萃香に言われた時は半信半疑だったけど、今回の一件で確信して納得した。ご主人さまは太陽として、これからの幻想郷を担うことになるって」
「そして紫の目的もおそらく…。だからあいつの思惑に乗っかることにしたのさ」
そこで小鬼はニヤリと笑ってこう言ってのけた。
―――わたし達は、あの子を幻想郷の二代目管理者にする―――
◇◆◇◆◇◆◇
「―――と考えているでしょうね、萃香は」
「あの鬼が搦め手を…? 失礼ですが紫様、私にはそのようには見えませんが…」
「甘いわよ、藍。貴方も私の後を継ぐ者ならもっと頭を柔らかくしないといけないわ。あの子も鬼神ほどではないけど聡いのよ? でも今回は勝敗着かず、と言う所かしら。私は大和の存在を知らしめ、傍観している連中を引きずり出すことに成功した。萃香も大和の宣伝と、大和を中心に置けば団結出来るであろう未来への可能性を示してみせた」
表は大和、裏は私と藍。これがベストな関係だ。表立った対決は大和にやらせば大抵のことは上手く行くだろう。彼には昔から人を引き付ける魅力があったし、現に今も彼と深い関わりを持つ勢力も多い。
私は彼がここまで大きく成ることを見越してここまでの成長を促してきた。魔力も与えてやったし、能力の拡張も手伝ってやった。そして幻想郷に来てからは『博麗の巫女』 という此処での重要な役職と深い関わりを持つように誘導もした。
今回の一件は幻想郷のほぼ全てに流された。最後に隙間から声援を送っていた者たち以外にも、花の妖怪や山の天狗を筆頭に多くの者が見ていたはずだ。今後大和に必要なのは、彼女たちから納得されるように信頼を勝ち得ることだろう。
そして萃香も同じことを考えているはず。
ただ、彼女と私では望んだ結果が同じでも過程が異なる。私達は敵対する者は始末するが、萃香たちはその者達とも友情を望むはず。何よりも大事な大和が『殺し』 を恐れているからだ。でもね萃香、仲良子よしではいずれ幻想郷は朽ち果ててしまう。世界の停滞は妖怪にとっても死活問題。適度に刺激を与えてやるほうがいい。だから刺激を求めると言う中で私を引き摺り下ろすと言うのなら、その挑戦受けて立つわ。期間は私が大和を導くまで。
「そうと言えば、連中に動きはあるのですか?」
「いいえ、まったく。こちらからも向こうからも、向こう数百年は何もないでしょう。こちらにも半月は居るのだから問題ないわ」
ああ、確かに気を懸けるのは大和達だけではないわね。何時かの借りもあるし、利子を含めて返してやるのも一興か。
「本当に、面白くなってきたわねぇ」
だがこの時、妖怪の賢者は間違いに気付けなかった。小さいが、それでも確かで決定的な間違いを。彼女がそれに気付くのは、全てが終わってからのことである。
テストって7月下旬だからまだ大丈夫なはず…じらいです。大丈夫、大丈夫と自己暗示しながら勉強して、息抜きに書き上げました。一応気をつけて書き上げましたが、抜けているところがあるかもしれません。何かあれば御一報ください。
さて、それぞれが何を為そうとしているのかが遂に解りました。大和、完全に蚊帳の外です。自分の置かれた状況などまったく理解していません。何時になったら自分の立ち位置を理解するのやら…。
次回は番外の質問コーナーです。これは置いておいて、その次は遂に『別れ』 の話です。零夢は大和の想いを受け止めるのか? それともこのまま逝ってしまうのか? はたまた何かしらの奇跡が起こって生きながらえるのか?
どちらにせよ、大和と零夢の物語も二話後で完結です。
それではまた次回の後書きで…