それぞれの思惑
八雲紫は知っていた。とある強大な妖怪が数年も前から伊吹大和の周りを探っていたことを。
幻想郷の管理者にとって、伊吹大和という存在は今後を左右する重要ファクターである。それ故に彼の行動は式によって逐一報告され、彼にとって害と成り得るモノは彼女と彼女の忠実な式によって静かに、しかし確実に排除されていった。
だが、常に張り詰めていては流石に気が滅入ってしまう。そんな時には2人の可笑しな毎日を見て、僅かな癒しを得るのが最近の日課となっていた。
八雲紫が彼女の存在に気がついたのは4年前。何時ものように大和と零夢の行動を隙間を通して覗いていた時の話だ。
2人を眺めるその姿を第三者が見れば、さぞ驚くことだろう。何時も薄笑いしか見せない彼女が、勘の良い零夢にバレないかと少しびくつきながら、しかしある意味仲睦まじい2人を見ては優しく微笑んでいるのだから。
何時も通りに2人を眺め終わり隙間を閉じようとした時、ふと遠目に妖怪の姿が入った。希薄な妖力しか放っていなかった彼女を見つけられたのは、正に奇跡的としか言えない。それ程までにその妖怪は周囲に溶け込んでいた。
そんな彼女が見つめる先は幻想郷の要である大和。何を企んでいるのかは知らないが、彼女程度の存在が彼をどうこう出来るハズもない。捨て置くこともできた。しかし、それでも気になった私は警告の意味を込めて彼女と会うことにした。
対面してから、初めて彼女の異常性に気付いた。客観的に見ても、八雲紫という妖怪は強い部類に入る。そんな強大な存在が吹けば飛ぶような存在の前に現れると、大抵の者は恐怖に震える。だが彼女は笑っていた。
恐怖で狂ったか。
そう考え、無駄な時間をとられたことに落胆する。…消すか。
少しの妖力をくみ上げ、一瞬であの世に送るつもりで掌を向けた。たが、思いもよらぬ答えがその動きを止めさせた。
「漸く私に気付いた? 管理者様」
その言葉を聞いた私は即座に彼女の深淵を覗いた。…甘かった、としか言うしかなかった。藍は否定するだろうが、あの時手玉に取られていたのは間違いなく私だった。
それから少しの会話の後、私たちは協力関係になった。表向きは協力関係という形だったが、私は彼女を利用しようと考えた。彼女の望みは大和と戦うこと。私の望みは彼女を大和にとっての最大の踏み台にすること。
今回の異変を機に『伊吹大和』 という存在を幻想郷中に知らしめるデモンストレーションとすることに即座に決めた。
だが大和ではルーミアには勝てない。確かに強い部類には入るが、私たちの領域にまでは足を踏み入れていない大和では万に一つの可能性すらないだろう。では無様な姿をただ晒すだけになるのではないのか?
今回の目的は大和の強さを知らしめるものではない。彼の『繋がり』 を知らしめることが目的なのだ。彼が危機に陥れば紅魔館の連中が動く。竹林に潜む者たちが動く。人里の守護者とその友人が動く。そしてもちろん彼女も。山の天狗や河童、閻魔などは立場上動けないだろうが、それはいい。ピンチに陥った大和という餌を撒き、傍観に徹している者たちを表舞台に引きずり出してやる。
結局のところ、大和が勝とうが負けようがどちらでも構わない。
そして彼が着ている服は八雲を象徴する服装。既に我々が手を付けていることもここで示す。そして気付くだろう。彼が今後の幻想郷においてどのような立場になるのかを。それすら理解できない小物など、何れは消えゆく運命だ。
そして今、八雲紫は焦っていた。
隙間で各勢力に大和とルーミアの闘いを流しているが、彼女の予想は根本から大きく覆されていた。本来、戦闘開始時から共に戦うはずだった零夢の姿はなく、たった一人で立ち向かっていたのだから。
格上の存在に対し、1人で挑むなんて馬鹿げてるわ! 死にたいの!?
大和が敗れても死ぬことはないだろう。そう考えていたのは、一重に博麗零夢の存在があったからである。常に大和の隣に立ち、威風堂々たる姿を見せる彼女がいれば死ぬことはない、と。だからそう言わずにはいられなかった。
既に隙間で各勢力にこの戦闘模様は流れている。だが巫女はおろか、未だに救援に来る者はない。結果は予想通りの敗北だが、既に許容できる範囲を超えてしまっている。
(紫様、大和殿が…。如何いたしますか?)
このままでは大和が殺されてしまう。そう思っているのだろう、2人の近くで控えている藍が少し焦った様子で念話を飛ばしてくる。
(ここで動けば、更に醜態を晒すことになるわ。引き続き、その場で待機よ)
既に破れた大和も、そして大和を押した私達も。ここで動けば傷を増やすだけだ。
(しかし、これではもう…)
(解っているわ。でも動いては駄目よ)
助けろ、と喉元まで込み上げてきた言葉は言えなかった。沸き立つ焦りを鋼の理性で抑え込み、増援が来ないかと必死に目を凝らす。
(紫様! 零夢が来ました!!)
影に掴まり、あと少しで捕食されると言う所でその時は来た。
◇◆◇◆◇◆◇
「そこの大馬鹿、説明」
ルーミアに蹴りを入れる…のではなく、僕の顔面に強烈な蹴りを入れて拘束を外すという、なんとも粗っぽい方法で僕は助けられた。ドゴォッ、と比喩でもなく、そんな音を立てながら僕はの華麗に蹴り飛ばされた。痛む頬を擦りながら顔を上げた僕の目には、こちらを見降ろし説明を要求する零夢がいた。
「えっと…、あそこに立ってる妖怪に「誰が状況報告をしろって言ったの?」 じゃあ何を説明すればいいんだよ…」
「何を説明…ですって…!?」
あ、ヤバイ。何故か知らないけど、零夢が本気で怒ってる。見る見る内に頬は引きつり、額にそれは見事な青筋を浮かべ、限界まで釣り上がった鬼をも射殺さん目つきでこちらを睨んでくる。
あのー零夢さん? その振り上げた拳はどうするおつもりですか?
「この…馬鹿大和!!」
「プギャッ!?」
脳天にグーで、霊力を篭められたグーで上から叩きつけられるように振り下ろされた。おおぅ…頭がシェイクでスターがフライしている!?
「人がどれだけ心配したと思ってんのよ! 何で一人で闘いに行くの!?」
強烈な拳骨で脳を揺らされていた僕は、その言葉で冷水を掛けられたかのようにはっきりさせられた。
心配しているのだ、零夢は。たった一人で闘って、もう少しで殺されるところだった僕を。…こんな時だけど、零夢が心配してくれているのを思うと、少し嬉しく思ってしまう。
でも、何故一人で闘ったのかを言うことは出来ない。言ってしまえば、それが本当になってしまいそうで怖かった。
「少しは私を頼りなさい」
「…ごめん」
「若いっていいなー。そっちの巫女もやっぱり美味しそうだし。う~ん…」
だから僕は謝ることしかしなかった。そしてこれからの事に思考を巡らせる。負けはしたけど、動けない程のダメージを負っているわけではない。まだ身体は動く。魔力も気も戦闘に支障はない。必要だと思えば、無茶をしてでもイクシードを使ってやる。
そう考えていると、身体が浮遊感を感じた。あれ? と思い振り返ってみると、零夢が僕を、猫を持つ様に掴みあげていた。そして、
「じゃあ兎に白髪、こいつを頼むわよ」
「へ?」
首根っこを掴まれたまま、思いっきり後方へ投げ飛ばされた。うぉい!? 普通怪我人を投げ飛ばす奴がいるか!? それより白髪と兎って誰だよ!?
「おっと」
「はいはい、てゐちゃんにお任せあれ」
「妹紅!? それにてゐちゃん!?」
投げ飛ばされた僕を掴んでくれたのは僕の2人目の姉貴分、妹紅だった。その隣に立っているのは永遠亭の兎、てゐちゃん。手には大きな箱を抱えている。
「2人とも、なんでここに…?」
「詳しいことはてゐに聞いてくれ。私は巫女を援護してくる」
そう言って妹紅は炎を纏いながら、既に戦闘を始めている零夢の援護に向かって行った。
「てゐちゃん、どういう状況か説明してもらえる?」
「任せるウサ、と言いたいけど、こっちも色々面倒くさいから省略するよ。隙間で見てた。以上」
「短!? せめて10文字以上で言ってよ!?」
「隙間妖怪の隙間で見てたウサ」
「何にも変わってないよね!?」
「我儘は姫様だけにして欲しいウサ!」
それは同感…じゃなくて、もうやだこの兎。てんで話にならないよ。
(大和、聞こえる?)
(パチュリー!? どうして、と言うか…ああもう! いったい何が起きているんだよ!?)
状況を全く理解できていない僕の頭にパチュリーからの念話が届いたことで、僕は更なる混乱に陥るのだった。
◇◆◇◆◇◆◇
~紅魔館・図書館~
私たちは隙間妖怪によって送られてくる大和と闇を纏った妖怪の戦闘模様を見ていた。
開戦当初からはらはらしていたレミィとフランドールだが、2人は現党首であるアルフォード・スカーレットの命令で静かに座っているしかなかった。
始めから予測出来ていたことだが、時が経つに連れて大和は除々に追い詰められていく。そして大和が貫かれたところで、今まで静かにこの様子を見ていたレミリアとフランドールがゆっくりと立ち上がった。
「お嬢様方、ここで動いては成りません」
それを反対側で見ていた美鈴が立ち上がって2人を止めた。何時もの柔らかい雰囲気はなりを潜め、真剣そのもの。だけどその気は不安定に揺らいでいて、如何に動揺しているかが見てとれる。
「止めるな美鈴、もう我慢ならん。私は行くぞ」
「フランも。ヤマトを助けに行くよ」
「今はまだ、武人の一騎打ちを邪魔するわけにはいきません!」
「では大和に死ねと言うのか、貴様は!!」
つい最近から使いだした言葉は、元来持ち合わせていたレミィのカリスマを更に高みの存在へと押し上げているようだ。実際に言われた美鈴はそんなレミィを前に言葉が咽喉につっかえている。…仕方がない、此処で勝手に動かれる前に助け舟を出そう。
「レミィ、少し落ち着きなさい。おそらくだけど、大和は死なない」
「…どういうことだ?」
「質問一。私達が此処に来る時、誰に何を言われたか?」
「それは…。八雲紫に「大和が幻想郷にいるから会いに行かないか」 と」
「質問二。何故大陸に、それも欧州にいた大和がほんの僅かな時間で島国であるここに辿り着けたのか?」
「飛んで、では早すぎるか…」
「答えは目の前にあるわ」
今この様子を見せている隙間。これがその答え。あの妖怪賢者はどうやってか、この広大な世界に一人しかいない大和を見つけ出し、 此処まで飛ばした。つまり、それは大和の行動は逐一把握しているということ。そこから大和が八雲にとって何かしら特別な存在だということが推測される。今着ている服もそう。大和は八雲から譲り受けたものだと言っていた。
それも、式である者と同じものだと。
それは八雲の手の者だという証明になる。本人に自覚はなくとも周囲はそう見るだろう。少なくとも私や美鈴、当主に執事はそれに気付いている。だから2人は『座れ』 と命じられた。大和を助けることは、突き詰めれば八雲を助けることになる。つまりそれは八雲一派と見られるということ。子煩悩な当主のことだ、これから先の2人の苦労を考えてそう命令したのだろう。何より、私たち紅魔館は既に一度、かの妖怪賢者にいいように使われたのだから。
私達にも私達のプライドがある。良いように使われるだけでは、私達はいずれ飲み込まれてしまうだろう。故に紅魔館は動けない。
「でもヤマトが死んじゃったらどうするの?」
「ありえない。それは賢者にとっても都合の良いものではない。すぐ近くに式が待機しているでしょうし、何よりまだ彼女が来ていない」
博麗の巫女。レミィは一度しか会ったことがないと言っていたが、同時にこうも言っていた。『たぶん、幻想郷でアレに敵う者はいない』 と。
「! お嬢様、巫女が大和さんを助け出しました!」
随分と粗っぽい方法ね、もっと選択肢もあったでしょうに。だけど、巫女が怒っているのも解る。格上の存在に一人で挑むなんて言ったら、私だって本を投げつけるだろうから。身の程を知れ、と。
「里の半獣の相方と…あの兎は何だ? 持っているのは薬箱のようだが」
レミィの視線の先には、確か藤原とか言う人間と初めて見た兎がいた。彼女についてはだいたいの調べはついている。不老不死・藤原妹紅。この目で見たことはないが、殺しても死なないのが自慢らしい。
だがそれよりも気になるのはあの兎だ。アレは初めて見る。見た所、それなりに親交があるように思う。大和の行動範囲は広く、その分交友関係も広い。…気になってしまえば、どうにかして知りたくなってしまうのは魔女としての性か。何か言い合っているようだけど、巫女たちの戦闘音が大きすぎて聞きとることは出来ない。
「パチェ、ここから解らないように大和を支援できないか?」
大和に救援が現れたのを見て焦っているのだろう、レミィがそう尋ねてくる。…ああ、あれなら会話を聞くこともできるはず。
「一つだけなら。でも、それは大和と当主の意見しだいよ」
「おとうs…当主様、直接的でなければ、友人を助けてもよろしいですか?」
現状では父に言うのでは間違い、と言うことが解るくらいには頭も冷めてきたようだ。
自分を抑えるということは、考えている以上に難しいことだ。その点、レミリア・スカーレットはそれが拙いながらも出来ている。一人の少女としては悲しいことだが、これから上に立つ者としてこれほど出来たものはいないと思う。…少し友人として贔屓目ではあるけど。
「…いいだろう、許可する。だが八雲以外には覚られるなよ?」
「無論です。…パチェ、頼むわよ」
「任せなさい」
最後の最後で我が出てしまうのは、彼女なりの抵抗だろうか。紅魔館のレミリアではなく、一人の友人であるレミリアとして助けたいと思う彼女の願い。それに気付いた当主は少し目を吊り上げたが、直ぐにそれを隠した。それに気付いたのは付き合いの長い執事だけだったろう。
◇◆◇◆◇◆◇
~永遠亭~
「永琳、私の能力が干渉されて…何、それ?」
つい先程、私の能力で地上の穢れから隔離していたこの永遠亭が一種の攻撃を受けた。最初に頭を過ったのは月の襲撃。再び居場所がバレたという可能性が浮かんだが、それは永琳の元に急いで行くと直ぐに消えた。
「ああ、輝夜。いいところに来たわね。これを見てみなさい」
そう言われ、目の前に浮かんだ割れ目…隙間と名付けよう、を見てみると、大和が闘っている姿が見られた。どうやら相手は格上の存在らしい。
「でも永琳、どうしてここにこんなものが?」
大和が来る日以外は、この永遠亭は歴史から外されている。だからここを見つけることは物理的に不可能なはずだ。なにせ、歴史上に存在しないのだから。
「偉大な馬鹿弟子が、愚かにも付けられていたんでしょう。…腕が鳴るわね、これからの虐…修行に」
「今虐待って言おうとしなかった?」
でも大和が付けられたと考えるのが妥当ね…。私の能力にこうも簡単に干渉して、その上一部だけ限定して破るなんて並の者じゃできないはずだから。
でもこれが月の追っての仕業だったらどうする? 答えは簡単。今度は大和も連れて一緒に逃げるまでだ。私の心を奪って行った男を逃がしてやるほど私も優しくはない。
大和と妖怪の激しい闘いが続く。大和は簡単にあしらわれ、身体に刻まれる傷も多くなっていく。
「勝てない…。貴方じゃ勝てないわよ、大和。何してるの、早く逃げなさい…」
「…そうね、今はまだ対等に闘える相手じゃないわ」
追い詰められ、剣で肩を貫かれる。そのまま地面に叩きつけられ、腕を喰い千切られそうになった所で私は居ても経ってもいられなくなった。
「! 待ちなさい輝夜! どこに行くつもり!?」
大和を助けに行こうと走り出した所で、永琳に腕を掴まれた。
「離して! このままじゃ大和は確実に死ぬわ! 私は大和みたいに未来は視えないけど、そんなの必要もないくらいはっきり解ってることじゃない!」
「行く必要はないわ」
「永琳!? 貴方…。もういい、私だけでも大和を助けに行く!」
見つかる可能性と、大和を天秤に掛けたのか!? とまでは口にしなかったが、合理的な永琳のことだ。私達のこれからを考えて総合的に導き出した答えなのだろう。でも私は…、と思った所でその考えが間違いだったことを知らされた。
「だから、既にてゐに薬を持たせて向かわせているの。だから行く必要はないのよ」
てゐを…? そう言えば、先程から姿が見えない。
「今回の騒ぎにこの映像を流す意味。これらを私なりに考えての行動よ。説明はいるかしら?」
「あ~…別にいいわ。どうせ理解出来ないだろうし」
「あまり私に頼りっきりでは困るのだけど」
遙か昔から人智を超えた知能を持つ存在がいれば、誰でも頼っちゃうわよ。
「はいはい、じゃあそんな永琳に一つだけ聞かせて頂戴な。…大和は死なないわよね?」
「月が滅びるくらいにあり得ないことだわ」
「そ、ならいいわ。じゃあ折角だし、ゆっくりと見させて貰いましょうか」
「そうね、これで弟子がどれほど成長したかも見れるわ。貴方も想い人の勇姿が見れるわよ?」
「もう、からかわないで」
隙間には、再び空に上がった強い背中が映っていた。
書いたあと、久しぶりに疲れましたじらいです。書いてて辻褄あってるかな? 間違ってないかな? と思いながら確認しましたが、たぶん間違ってるでしょう。これが今の私の限界です、おぇ。
これだけ書いておきながら、まったく進行していないといのが悲しい現実ですホント。深く考えずに自分の感性に任せて行動するのが大和ですから、それを裏でどうこうする人が必要だよなぁ…。と思っていたので形にしてみました。
八雲・紅魔館・永遠亭。大和を取り巻く人達です。今回、八雲は利用。紅魔館は手助け。永遠亭は信頼…かな? 人によっては違うように見えるでしょうが、それはそれでお願いします。
今回質問コーナーは無しです。と言いますか、日蝕異変終わるまでやれると思えませんw 雰囲気に合わないので! だから今の内に溜めておいて、第二回(仮)という形で溜まった分を出すつもりです。なので今は特に質問をお待ちしております!
ではまた次回の後書きで