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東方伊吹伝  作者: 大根
第二章:外の世界
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白髪の妖怪退治屋

2012/12/3 改訂



「大丈夫か?」


 太陽が完全に沈んだその一瞬。

 大蜘蛛の妖怪に後を取られて、もう駄目だと思った時にその人は現れた。

 細く、それでも力強い背中。長く美しい白髪。後ろからでは顔は見えないが、耳に届く凛とした声は今まで聞いたどの声よりも逞しく聞こえた。

 その後姿に感動したのも束の間、僕は後悔していた。

 大蜘蛛が現れることを知っててこのざまだったから。未来を視て、大蜘蛛の妖怪が現れることを知っていたんだ。それなのに、注意を怠たり命を危険に晒した。こんな体たらくじゃ、僕の夢は叶えられない。


「ちょっと待ってな。こいつを片づけたらすぐに村まで送ってやる」


 自己嫌悪の時間をくれるのなら何時までも待てます……。


「gぎザ…mゴr…ス」

「あいにくと簡単に死ぬような身体はしてなくてね」


 そう言ったお姉さんの手に、大岩ほどある炎の塊がいきなり現れた。

 ……あれ? 何であの炎から妖力が感じ取れるんだろう。


「お前は簡単に死ぬのか?」


 放たれた炎は大蜘蛛を瞬く間に滅した。苦しむ間も与えて貰えなかったのだろう、叫び声を上げる間もなく塵と化していった。


「あぁお前、怪我とかしてないか?」


 強い……それにかっこいい! あの炎! この圧倒的な強さ! この退治屋さん凄いよ!それに何て優しいんだこの人は。強いだけじゃなくて周りにも気を配れる。凄いなぁ……憧れるなぁ!

 極めつけにあの炎! 文の風やにとりの水も凄いけど、この人の炎には負けるね、うん。なんかこう、燃え盛る炎って力強く感じるじゃないか!


「もう大蜘蛛はいないから大丈夫だぞ」


 魔法使いになったら、僕もこの人みたいな炎の魔法を使ってみたい。姉さん達のような他を寄せ付けない圧倒的な力にも憧れるけど、あんな人外な腕力が僕にはつかないだろうし。


「おい、喋らないと何も解らないんだけど」

「あっあの!!」

「うわっ、何なんだよ急に」

「お姉さんは強いんですね! 今の炎なに? どうやって出したの? それにさっき妖力を感じたんだけど!?」

「ちょっ、落ち着けって! なんなんだよいきなり」


 ああ駄目だ、興奮して礼儀を忘れてた。敬意を持つべき人にはそれ相応の敬意を持って対応する。母さんの教えの一つじゃないか。


「……すいません、僕は伊吹大和といいます。魔法使いになるために旅をしている途中なんです。お姉さんは妖怪ですか?」

「魔法使い? なんだそれ。それに私はこれでも元人間だ。これは後天的な妖術」

「妖術!? お姉さんは魔法使いじゃなくて、人間じゃなくて、妖怪だったの!?」


 おばちゃんの話通り、この人は妖怪だったの!?

 両手を前に出して身構える。何時襲われるかわかったもんじゃない……ってあれ? 溜息を吐かれた。 え? ほんとに餓鬼は面倒だ? 失礼だな、聞こえてますよお姉さん。


「だから妖怪じゃないての。まあ、真っ当な人間じゃないのは確かだけど。例えば死ねないとことか」

「死ねないって……またまた~、そんな冗談を言って。子供だからってからかわないでくださいよ?」


 お姉さんって中々なお茶目さんなんだね。死なない存在なんているわけないじゃないですか。僕が知っている中で一番強い母さん達だって不死身じゃないんですよ? まあ、僕の気持ちを楽にしようと冗談を言ってくれてるんだと思う。ちょっと怖い顔してるけど、気遣ってくれたりして、案外優しい人なんだねお姉さん。


「冗談じゃないんだけどな……。まあいいさ。ほら、家まで送ってやるからさっさと行くぞ」

「あ、その必要はないです」

「そうか? なら一人で帰れるな?」

「いえ、さっきも言った通り魔法使いになるために旅をしているんです。だから帰る必要がないんです」

「……たった一人で? お前みたいな餓鬼が?」


 一瞬ぽかんとして、その後でじろじろと見つめるてくる妖怪退治屋のお姉さん。

 やっぱり僕って珍しいのかな? 人間がいない所から来た田舎者だし、少し変なところがあるのかもしれない……って、鼻で笑われた!? それに餓鬼じゃないよ。お姉さんだって、僕とそんなに歳が違わないんじゃないかな!?


「餓鬼じゃないです。僕には伊吹大和と言う立派な名があるんです」

「名前だけは立派だな」

「自衛だってできるんです、馬鹿にしないでください。お姉さんは何て名前?」

「お前を助けた妖怪退治屋。それでいいだろ」


 前言撤回、ただの愛想の悪いお姉さんだった。目つき悪いし。だから助けられた人も顔を直視出来なかったのかも。

 でも残念ながらこの伊吹大和、その程度で諦めたりはしない。


「よくないです。礼には礼で返す。母さんの教えです。さあ、自己紹介をどうぞ!」

「………藤原妹紅だ。これでいいんだろ? じゃあ私はもう行くからな」

「待ってください!」


 背中を向けたお姉さんを必死に追い縋った。

 ずっと前から、それも山を下ってからずっと気になってたことがあるんだ。おばちゃんにも聞きそびれた今、頼れるのはこのお姉さんしかいない。これだけは、どうしても今聞いておかないと駄目なんだ!


「なんだよ。まだなんかあるのか?」

「都って、何処にあるんですか?」


 目的地の場所を知らないだけだから、別に迷子なんかじゃない。




   ◇




 人目を避けて生き続けて数年。私は噂に聞いた妖怪の山とやらを目指して旅をしていた。

 別に妖怪退治の義憤に駆られたわけじゃない。なんとなくそうしてみようと思っただけで、ただの物見遊山。いわば暇つぶしだ。

 身寄りのない私の持ち物と言えば、数年来の供となった頭陀袋とその中身くらい。簡単に旅仕度を済ませ、見掛けた妖怪を退治しながら村を渡った。

 そして妖怪の山にほど近い村が見えてきた。今晩はあの村の近くで夜を明かして、明日以降に山へ向かうとするか。

 そう決めて村の近くまで行ってみると、驚いたことに子供が大蜘蛛に襲われそうになっていた。

 しかも子供はそのことに気付いてないみたいだ。ったく、こんな妖怪が活発になり始める時間帯に子供一人で外にいるなんて、親は何をしているんだか!

 身体を妖力で満たして、私は駆け出した。


「ggaaaaaaaaaaaaaa!!」


 大蜘蛛が子供に前足を振り下ろす。

 ――間に合うか!?

 見ず知らずの子供だとしても見捨てられなかった。

 ――助けた所で化物扱いされるかもしれない。

 今までの経験から冷静にそう考えた私もいたが、目の前の子供を助ける一心で、身体は下らない理由を気にせず突っ込んで行った。

 ――最悪、この身を犠牲にしてでも庇ってやる。

 その覚悟と共に身体を投げ出すように子供の前に躍り出た。幸いなことに、足が子供の首を刈りとるギリギリの瞬間で間に合うことが出来た。

 ――――やれば出来るもんだな。

 急に現れた私を見た大蜘蛛は狼狽していた。己と私の力量差を感じたのだろう、直ぐに足を引いて逃げ出そうとした

 ――――逃がすかよ!

 炎を纏った腕で蜘蛛の足を掴み、そのまま焼き千切った。

 鈍い音と共に大蜘蛛の足が地面に落ちる。余程痛いのか、のたうち回るかのように身体を左右に揺らしている。


「gぎザ…mゴr…ス」

「あいにくと簡単に死ぬような身体はしてなくてね」


 怒りで我を失ったみたいだ。弱い妖怪によく見られる兆候だな。

 まあ、よくよく勇んでくれ。殺す気で来た所で、私を殺すことは絶対にないけどな。

 あの薬を飲んでからは、死ぬことも老いることもなくなった。あの憎い怨敵を殴り飛ばすまでは死ぬつもりがないから、最近はこれも丁度いいと思えてきたけどな。

 まぁそれはいい、とりあえず目の前のやつを消そう。こんな奴等が生き残ると、また何処かで犠牲者が出るだろう。


 打ち出した炎弾が、大蜘蛛を炭も残さず消滅させていく。今まで何回も繰り返してきたことだ、下手を打つことはないさ。


 さて、後は呆けた顔をしている子供を家に送れば終了だ――――


 ――――と思っていたが、中々どうして面倒な奴みたいだ。


 しかし魔法使いになるための旅、ねぇ。

 魔法使いとやらが何かはよく解らないけど、この歳で一人旅なんて信じられない。自衛は出来ると言ったが、あんな雑魚にやられそうになって本当に大丈夫なのか? 本当にこいつの親は何をしているんだか。


 ……ま、私には関係ないか。


「お姉さん! 都って何処にあるんですか!?」


 本当に大丈夫なのか!?



   ◇



「都って、何処にあるんですか?」


 僕がそう言うと、妹紅さんは呆気にとられたみたいにポカンとしていた。まるで馬鹿を見たとでも言わんばかりに。

 そんな顔したって仕方ないじゃないか。今まで妖怪の山から出たことなんてなかったんだから。前もって調べとけ? どうやって調べるのさ。


「おっお前、もしかして都が何処にあるのかもわからずに都を目指して旅してたのか……?」

「そうです!」

「信じられねぇ……」


 胸を張ってそう応える。逆に妹紅さんは頭を抱えていた。

 自慢じゃないけど、都が何処にあるかなんて本当に知りません。本当に仕方ないじゃないか。母さんが山から出たら駄目だー、なんて言ったら出れないんだし。

 でも一度だけ山を下りて人里を見に行こうとしたことがあるんだよね。その日の内に大規模な山狩りが行われて、真っ青な顔をした文に見つけられて終わったけど。もちろん後で母さんに吊るされた。


 そんなことがあったから、山を下りるなんてことは考えることは二度となかった。だって怒った母さん怖い。超怖い。

 そのかわりと言っちゃなんだけど、妖怪の山のことなら何でも知ってる。ここじゃあ自慢にもならないだろうけど。


「でも、妹紅さんに連れて行ってもらえるなら安心ですね!」


 それでだ、僕は考えたんだ。

 やっぱり案内人っていた方がいいと思う。都行きにしても、妖怪の山にしても迷ったら野たれ死ぬしかないしね。僕、死ぬのは母さんたちの後って決めてるからそう簡単に死ねないんだ。だから案内人は居た方がいいよね、うん。


「ちょっと待て! なんで私が連れていくことになるんだよ!」

「え……? 駄目なんですか?」

「当たり前だ! 都くらい一人で行けよ!」


 頭を抱えて叫ぶ妹紅さんは外見通り手強い。どうやら無理矢理な押しには耐性があるみたいだ。

 ならもっと押して、どうなるか試してみよう。


「妹紅さん。一つ言っておきますが、このまま一人行かせると僕は迷います」

「当たり前だ」

「野たれ死ぬかもしれません。いえ、確実に野たれ死ぬ自信が有ります。それでもいいんですか?」

「私には関係ないね」


 ツンとした態度で明後日を見ながらそう言われた。この人、本当に心底どうでもよさそうな態度だよ畜生。

 だけど諦めません、勝つまでは。


「ふぇ…………ヒック……」


 ならば必殺泣き落とし。

 子供ってさ、泣けばどうにかなるものなんだよね。文が言ってた。泣かれるのか一番怖いって。だから困った時には泣いてみるのが一番良いんだってさ。


「あ゛ーもう! 泣くな! ……ったく、面倒な奴だなお前は。都でもどこでも連れてってやるよ!」

「ありがとうございまーす」


 文、泣き落としは確かに効いたよ。でもさ、これって大切な何かを失うよ。気がするんじゃなくて、確かに失ったんだよ。



   ◇



 ――うぜぇ。

 こいつに対する印象がこれだ。

 何なんだこの餓鬼。いきなり都に連れて行けとか言いだして訳が解らない。それに何で泣きだそうとするんだよ!? 嘘泣きだと見破れて魂胆が丸見えっていうか、なんでそんな簡単に涙が出せる!? 泣くなよ! 男の子だろ!


 ……でもこいつの言う通りなのは癪だが、心配なのも確かなんだよな。知り合ったばかりだけど何故か放っておけないって思う自分がいる。


 それに、さ……。人間だった頃にもほとんど隔離された状態で過ごしてきた私は、御世辞にも人付き合いが良いとは言えない。家族も居るには居るらしいけど、父親以外には最後まで会うことはなかった。

 ――……憧れているんだろうか、私は。人間を辞めた私が、今更姉弟なんて。

 はは、私もまだまだ人間臭いってことか。

 まぁいいさ、私もこの生活を始めてからずっと一人で生きてきたんだ。たまには道連れがいてもいいかもしれない。暇つぶしに妖怪の山へ行くつもりだったが、この餓鬼を見るのも暇つぶしにもなるだろう。あいつを、輝夜を見つけるまでの暇つぶしにな。だったら都くらい私が連れてってやるさ。


「ところで大和、輝夜って奴を見なかったか?」

「見てないよ。誰? 妹紅さんの友達?」

「いや、見てないならいい」


 やっぱりあいつ、月に帰ったのか?



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