第五の盃
酒蔵の重々しい杉戸は遅い午後の熱気を遮り、亡き師匠が六十年かけて育んできた冷ややかに澄んだ静寂を守っていた。
かつて師匠が秋の収穫帳をつけていた低い作業台の周りに、薫子、爽香、敦士、そして美乃留の四人が座っていた。師匠がこの世を去ってから、誰一人として言葉を交わしていなかった。
彼らの目の前にある使い込まれた木台の上には、四人連名宛の封筒、一本の鉄の鍵、そして黒鉄の金具で補強された重厚な木箱が置かれていた。中に入っていた手紙は簡潔で、師匠の見慣れた流麗な筆跡で書かれていた。
『全きものなく、欠けたるものなし。一年を初めから終わりまで味わい尽くすか、さもなくば鍵を錆びつかせよ』
敦士は眉をひそめ、紙面を凝視した。「一年の輪を味わう……? 何を言いたいんだ。誰が一番優秀か順位でも決めろってことか?」
「テストよ」薫子が鋭く言い放った。「誰が一番、師匠の酒造りを理解しているか確かめたいのよ」
作業台の陰に座る美乃留は、何も言わずにふたりをじっと見つめていた。まだわかっていないのね、と穏やかで忍耐強い温もりを宿した目を少し細め、心の中で思った。まだ勝負だと思っている。
美乃留は無言で手を伸ばし、鉄の鍵を回した。重い金属音とともに錠が外れた。箱の中には、米藁の床に横たわる、銀の封が施された銘のない四本の陶器瓶が入っていた。その傍らには、和紙が一枚置かれており、そこには達筆な四つの文字が並んでいた。——春・夏・秋・冬。
一番年下の薫子が、最初に前へ進み出た。手慣れた手つきで一番目の瓶の銀封を切り、持参した四つの細身のクリスタルグラスに澄んだ液体を注いだ。青りんご、白メロン、そして薄桃色の桜を思わせる華やかな香りが、酒蔵の冷気に立ち込めた。
敦士は顔をしかめ、グラスを回しながら鼻を鳴らした。「香水みたいな水だな。米本来の味がまるでねえ」
「毎回そうやって貶すんじゃない!」薫子はグラスを強く置き、繊細なステムを微かに震わせた。「これが新しい時代の酒なの! 華やかさを愛でる人たちのための酒よ。あなたみたいに、泥臭い米の味ばかりにこだわる頑固頭にはわからないでしょうけどね!」
「だからお前とは一緒に仕事ができないんだ」敦士は背を向け、不機嫌に呟いた。「今日だって、なんでここに来たんだか分からねえよ」
「ふたりとも、お静かに」影の中から美乃留が静かに声をかけた。その静かな威厳が、分厚い毛布のように部屋全体を包み込んだ。
爽香はグラスを唇に当て、静かに一口ふくんだ。「軽やかで、清々しいわ……まるで春の儚い花弁のようね」
「少なくとも、ここには繊細な手仕事を理解できる人がいてよかったわ」薫子はそう言ったものの、爪が白くなるほど作業台の縁を握りしめていた。彼女は敦士を真っ直ぐに見つめた。「私が楽をしてこんな酒を造ってると思ってるの? 三年前、師匠が言ったわ……繊細なものは、少し目を離しただけでも壊れてしまうって。温度が半度でも狂えば全てが台無しになる。毎晩、発酵タンクの前で恐怖に震えているのよ……失敗したら、あなたに『やっぱり本物の蔵人じゃない』って言われるのが怖くてね!」
作業台の上に、重く鋭い沈黙が落ちた。
二人の間に立ち込める熱気を打ち払うように、爽香は静かに箱へ手を伸ばし、二番目の瓶の封を切った。そして四つの小さな陶器の盃に均等に注ぎ分けた。それは山から湧き出る清水のように澄み切っていた。華やかな香りはほとんどなく、口に含むと、先ほどの春の酒の甘みを、清らかな鉱物のキレですっきりと洗い流した。
「あ……」薫子は自分の取り乱しを恥じるように、小さな声で漏らした。「舌が完全にリセットされるわ」
敦士は盃を揺らし、すっと引く後味を味わった。「印象に残らねえ酒だな。何の後味も残らなきゃ、誰の記憶にも残らねえんじゃねえか?」
爽香は自分の素朴な盃を見下ろした。いつもの穏やかな表情が消え、静かな疲弊が浮かび上がっていた。「敦士さん……ずっと『水』であり続けることが、どういうことか分かりますか?」
彼女は顔を上げ、作業台越しに敦士の目を見つめた。「あなたと薫子さんが中庭で激しく口論していた時、この家がバラバラになるのを師匠に見せないよう、間に立っていたのは私です。私が綺麗で静かな酒を造るのは……私が角を削って平らにしなければ、誰もこの家を守ろうとしないからです」
敦士は使い古したエプロンを見下ろし、居心地悪そうに座り直した。
夜が深まるにつれ、石造りの蔵の空気は格段に冷え込んでいった。敦士は立ち上がり、部屋の隅から真鍮の鍋を持ち出すと、小さなコンロの上に湯せんの準備をした。彼は三番目の瓶を取り出し、湯気の立つ鍋の中へそっと沈めた。
やがて分厚い土物のおちょこに温かい液体が注がれると、蒸した米、炒ったキノコ、甘いクリームを思わせる豊かな湯気が立ち上った。酒は淡い黄金色に輝いていた。
薫子は、独特の乳酸の香りに少し眉をひそめた。「重すぎるわ……無骨で、頑固そのものね」
敦士は今回は言い返さなかった。彼は温かい湯気を立てる真鍮鍋を見つめ、櫂かいでタコができるほど荒れた手を湯気の上にかざした。
「俺の手は蒸気と櫂で傷だらけだ、薫子。毎年冬になると腰が痛む」彼は低く、刺々しさを完全に無くした声で呟いた。「機械式の蒸し器や人工酵母を入れる現代的な蔵が増えていくのを見るたび、俺は怖くなるんだ。師匠がこの手で叩き込んでくれた全てが時代遅れになっていくんじゃないかって……俺みたいな無骨な人間は、お前たちの新しい世界に居場所がなくなるんじゃないかって、怖いんだよ」
薫子は手の中にある温かいおちょこを見つめた。陶器の土肌が手に優しく温かかった。彼女が蔵に入って最初の収穫の夜、熱々の蒸し米を十二時間も扱い続けて赤く腫れ上がっていた彼の両手を思い出し、言葉を失った。
夜は完全に蔵を包み込んでいた。美乃留は手を伸ばし、箱の一番底から最後の瓶を持ち上げた。
彼女が封を切ると、まるでマホガニーか長年寝かせた茶のように、深みのある濃い琥珀色の液体が注がれた。干し無花果、香ばしいくるみ、濃厚な蜂蜜、そして古い杉の濃密な香りが部屋いっぱいに広がった。口に含むと、驚くほど深く重厚で、心地よい辛口の後味がいつまでも長く残った。
「これは十二年前に仕込んだ酒だよ」美乃留はランタンの光を反射する琥珀色のガラスを見つめながら、静かに語り始めた。「大雪で東の貯蔵庫の屋根が崩れ落ちた冬のことだ。師匠とふたりで、凍える暗闇の中、三日間かけて酒樽を掘り出した。その夜、師匠が封をしたのがこの瓶だ」
彼女は落ち着いた低い声で、三人の蔵人を見渡した。「お前たちは、私が新しい考えを見下して奥の蔵に引きこもっていると思っているのだろう。だがね、私が蔵の奥に留まり続けたのは、仕事の厳しさに耐えかねて杉戸をくぐって去っていった何人もの弟子たちを見てきたからだ。私が十二年間この琥珀色の瓶を抱え続けてきたのは……もしひとりでこれを開けたら、この蔵を守るためにどれほどの代償を払ってきたかを理解してくれる者が、誰も残っていないのではないかと恐ろしかったからだ」
爽香はランタンの明かりの下で、再び師匠の筆跡である 春・夏・秋・冬 の文字を指でなぞった。
美乃留は作業台の中央にあった空のグラスへ手を伸ばした。彼女は何も言わず、春、夏、秋、そして冬の瓶から、少しずつ液体をその一つのグラスへと注ぎ入れた。四つの酒は混ざり合い、温かみのある淡い金色の液体へと落ち着いた。美乃留はそれを誰に勧めるでもなく、かつて師匠が座っていた作業台の中央へ静かに置いた。
美乃留は作業台を囲む三人の顔を見つめた。ランタンの灯火が、彼女の目元の細い皺を優しく浮かび上がらせていた。
「今夜は第三蔵の気温が下がるよ」美乃留は、川石のように落ち着いた声で言った。「春の仕込みタンクが凍らないようにね、薫子」
薫子は驚いて顔を上げ、それから静かに頷いた。
長年、酒造りの技を磨いてきた低い作業台を囲み、薫子、爽香、敦士、そして美乃留は順に盃を掲げた——春から夏へ、秋から冬へ。
そして四人は、共に盃を干した。




