EP 7
音速の蹴り姫と、雷神の月兎
洞窟内の空気が、ビリビリと震えていた。
それは恐怖による震えではない。一人の少女から放たれる、圧倒的な闘気が空間そのものを歪ませているのだ。
火竜が、本能的な危機を感じて後ずさる。
だが、もう遅い。
キャルルは深く沈み込んだ姿勢――クラウチングスタートの構えを取り、安全靴のつま先を地面に食い込ませた。
バチバチと青白い雷光が、彼女の太ももからふくらはぎへと収束していく。
「……行くわよ」
ドンッ!!
キャルルはクラウチングスタートをして、足に闘気を乗せて走り込んだ。
その初速だけで、硬い岩盤が爆ぜ、クレーターができる。
速い。
流賀隆史の動体視力では、もはや彼女の姿を追うことすらできない。ただ、青い光の帯が走っているようにしか見えない。
キャルルはトップスピードを出した。
加速、加速、さらに加速。
彼女の中の体内時計が、臨界点である「5秒」を超えた。
音が、置き去りにされる。
「私は、、音速を超える!!」
ドオォォォン!!
衝撃波が洞窟内を駆け巡る。
火竜が反応しようと首を動かすよりも速く、キャルルは地を蹴った。
電光石火の走り込みからジャンプし、空中で美しく前方宙返りをした。
遠心力、重力、そして加速した運動エネルギーの全てが一点に集中する。
全闘気がキャルルの安全靴に乗った。
靴底に仕込まれた『雷竜石』が臨界突破し、まばゆい閃光を放つ。
「でええええい!! 超電光流星脚!!」
それは、雷そのものだった。
上空から落下するキャルルの踵が、火竜の眉間に深々と突き刺さる。
キャルルの安全靴から雷が放出されながら、地竜の顔面に直撃した。
バリバリバリバリ!!
ドガガガアアアアン!!
轟音と共に、閃光が視界を白く染め上げる。
断末魔の叫びすら上げられなかった。
赤竜の顔面は壊れ、黒焦げになりながら、その巨体が後方へと吹き飛んだ。
ズズーン……。
巨大な竜の体が壁に激突し、動かなくなる。
もうもうと立ち込める土煙の中、一人の少女がスタッと着地した。
キャルルの脚が、バチバチと雷が放出されていた。
銀色の髪が余波で揺れ、ウサギ耳がピンと立っている。
その姿は、あまりにも神々しく、そして暴力的だった。
岩陰で腰を抜かしていた隆史は、その光景に魂を奪われたように呟いた。
「う、美しい……月下の……雷神でござる! 雷神の月兎でござる……!」
彼の中二病フィルターを通さずとも、それは神話の一ページのようだった。
ルナが杖を掲げて駆け寄る。
「やりましたね! キャルルちゃん! すごい火力……私でもあそこまでは燃やせません!」
リーザも興奮して手を叩く。
「素晴らしいわ! 私の歌のサビに合わせてくれたのね! 最高にかっこよかったよぉ!」
仲間たちの声援を受け、キャルルはふぅ、と息を吐き、放電する脚をパンパンと払った。
「はぁ……はぁ……やった……」
彼女は振り返り、まだ呆然としている隆史に向かって歩いてくる。
隆史は慌てて姿勢を正し(正座し)、声を震わせた。
「素晴らしかったでござるぞ! キャルル殿! まさか、あの巨竜を一撃で……!」
キャルルはニカッと笑い、右手の指でピースサインを作って突き出した。
「えへへ、V!」
そして、先ほどの雷神のような形相が嘘のように、年相応の無邪気な女の子の顔でウィンクをする。
「タロウキングの完熟苺パフェを奢ってね、隆史♡」
「……へ?」
隆史は瞬きをした。
さっきまで音速で殺戮を行っていた戦士が、今はパフェをねだるただの美少女だ。
そのギャップに、隆史の心臓(と財布)は別の意味で爆発しそうだった。
「も、勿論でござる! パフェでもケーキでも、何でも……」
「約束よ! あ、ついでにドリンクバーも追加で!」
「御意ぃぃぃ!」
こうして、S級ダンジョンの主は討伐された。
報酬はドラゴンの素材と、キャルルの笑顔。
そして代償は、隆史のなけなしの善行ポイント(パフェ代)である。
最強パーティ『チーム・サスガ』の伝説は、甘いスイーツの香りとともに幕を開けたのだった。




