EP 6
ダンジョンと震える侍
スポンサー兼・悪徳弁護士リベラが『タロウ・ハイツ』のオーナー(大家)となって数日。
流賀隆史の生活は、ある意味で安定し、ある意味で地獄と化していた。
土曜日の朝。
隆史がこたつ(リベラの差し入れ)で丸くなっていると、リベラが優雅にリビングに入ってきた。
「おはようございます、皆様。今日はいい天気ですわね」
「お、おはようでござるリベラ殿。今日は確か……」
「ええ。貴方たちには**『ダンジョン』**へ行っていただきます」
リベラはピクニックに行くような口調で言った。
隆史の顔色が土色になった。
「だ、ダンジョン!? 嫌でござる! 暗い! 怖い! 湿気臭い!」
「あら、仕事ですわよ? 私、今度のパーティーで『ドラゴンの尻尾ステーキ』を振る舞いたいのです。市場だと高騰していますから、産地直送でお願いしますわ」
「産直ってレベルじゃないでござる! 死ぬ! 拙者、レベル1の一般人でござるよ!?」
「大丈夫ですわ。貴方には最強の護衛(この子たち)がいますもの」
リベラの視線の先には、準備万端の三人娘がいた。
キャルル:安全靴の紐を締め直し、屈伸運動中。「肉! 肉! ドラゴン肉!」
ルナ:世界樹の杖を磨いている。「森の外のピクニック、楽しみだなぁ」
リーザ:マイク(おもちゃ)を持っている。「ダンジョンライブだね! 反響が良さそう!」
「さあ、行ってらっしゃいませ。成果(肉)がない場合は、家賃3倍ですわよ?」
「鬼! 悪魔! 弁護士!」
隆史の悲鳴は虚しく響き、彼はキャルルに首根っこを掴まれて引きずられていった。
行き先は、太郎国近郊のS級指定ダンジョン『灼熱の竜洞窟』である。
***
ダンジョン内部。
そこは硫黄の臭いと熱気が立ち込める、地獄のような場所だった。
「ひぃぃ……帰りたい……『タローソン』のシフト入りたい……」
隆史はトングを震わせながら、パーティの最後尾を歩いていた。
しかし、彼以外のメンバーは遠足気分だ。
「暗いわねぇ。明るくしましょうか?」
ルナが杖を振る。
ボッ!!
彼女の先端から、太陽の表面温度に匹敵する極小の火球が出現した。
「あちちち!? ルナ殿、それは松明ではない! 『恒星』でござる! 酸素が燃え尽きる!」
「えへへ、ごめんなさい」
「♪ごえ〜ん、ごえ〜ん、あついよ〜」
リーザが大声で歌いながら歩く。
その歌声に引き寄せられ、岩陰から魔物たちが這い出てくる。
「魔物を呼ぶなリーザ殿! エンカウント率が倍増しているでござる!」
「えー? 観客だよプロデューサーさん!」
ギャオオオオン!
巨大なトカゲが襲いかかってくる。
隆史が腰を抜かそうとした瞬間。
ドゴォッ!!
キャルルの回し蹴りが炸裂した。
鉄芯入りの安全靴がトカゲの顎を捉え、一撃で粉砕する。
「雑魚に用はないわ! 出てこいドラゴン!」
「つ、強すぎる……」
S級美少女たちの戦闘力は本物だった。
隆史の仕事といえば、キャルルが倒した魔物の素材をトングで拾い集めることだけだ。
≪清掃活動(ドロップ回収):善行ポイント +10pt≫
≪清掃活動(ドロップ回収):善行ポイント +10pt≫
「……ふ、ふふ。ポイントが溜まる。この調子なら、今夜は『特上うな丼』が出せるかもしれぬ……」
隆史が現実逃避を始めた頃、一行は最深部の巨大な空洞に到達した。
***
「グルルルルル……」
地響きのような唸り声。
広大なドーム状の空間の中央に、それはいた。
全長20メートル超。
燃え盛る炎を纏った紅蓮の鱗。
火竜。ダンジョンの主であり、本来なら騎士団一個大隊で挑むべき災害指定モンスターだ。
「ひいいいいいッ!!」
隆史は即座に土下座の構えを取った。
無理だ。あんなの、トングでどうにかなる相手ではない。カツ丼で買収できる知能があるとも思えない。
「出たわね! 高級食材!」
しかし、キャルルは歓喜の声を上げた。
ルナも「わあ、大きなトカゲさん!」と無邪気だ。
グオオオオオオッ!!
火竜が咆哮する。
その衝撃波だけで、隆史の体は دمのように吹き飛ばされ、岩陰に転がった。
「痛っ……! 撤退! 全員撤退でござる!」
隆史が叫ぶが、遅かった。
火竜が大きく息を吸い込む。口腔内に灼熱のエネルギーが収束していく。
ブレスだ。
「危ない!!」
狙われたのは、前衛に出ようとしたキャルル……ではなく、後ろで歌っていたリーザだった。
火竜は本能的に、一番柔らかそうで動きの鈍い獲物を狙ったのだ。
「え……?」
リーザが立ち尽くす。
回避不能のタイミング。
「させないッ!!」
キャルルが叫んだ。
彼女は瞬時にリーザの前に割り込み、ダブルトンファーを交差させて防御姿勢を取る。
ズドオオオオオン!!
灼熱のブレスが直撃した。
爆風と炎が二人を飲み込む。
「キャルル殿ォォォ!?」
隆史は絶叫した。
煙が晴れる。
そこには、ボロボロになりながらも立っているキャルルの姿があった。
彼女の服は焦げ、自慢のウサギ耳も少し煤けている。だが、背後のリーザは無傷だった。
「キャ、キャルルちゃん!?」
「……へへっ。熱いじゃないのよ、トカゲ野郎」
キャルルは口元の血を拭った。
その赤い瞳が、今まで見たこともないほど鋭く、冷たく、そして激しく燃え上がった。
「私の友達(財布兼アイドル)に何してくれてんのよ……」
バチッ……バチチッ……
彼女の足元、安全靴から青白いスパークが走り始めた。
靴底に仕込んだ『雷竜石』が共鳴している。
「タカシ、リーザとルナを連れて下がってな」
「し、しかし!」
「皆の危機……私の全力を出す!」
キャルルは深く腰を落とした。
陸上競技のクラウチングスタートのような姿勢。
だが、その全身から立ち昇る闘気は、洞窟の熱気すら吹き飛ばすほど凄まじい。
「見せてあげるわ。月兎族の本気を」
隆史はゴクリと唾を飲んだ。
震えが止まった。
目の前の少女の背中が、どんな勇者よりも大きく見えたからだ。
伝説の侍と勘違いされた小心者の目には、今、本物の伝説が生まれようとしている瞬間が映っていた。




