EP 40
申告完了、そして日常へ
冒険(という名の無駄遣いツアー)から帰還した翌日。
シェアハウス『タロウ・ハイツ』のリビングは、静寂に包まれていた。
パチパチパチパチ……ッターン!!
リベラの電卓を叩く音だけが、死神の足音のように響く。
リーザ・マーメイドは、ちゃぶ台の下に頭を隠し、ガタガタと震えていた。
「……マグロ……こないで……冷たい海はいやだ……」
彼女はうわ言のように呟いている。
ダンジョンで獲得した『古代の金貨』。それは確かに高額で売れた。
だが、同時に発生した莫大な「所得税」。
そして、リーザが八つ当たりで破壊した高額アイテムたちの「自腹ローン」。
これらが複雑に絡み合い、計算式はカオスを極めていた。
「……出ましたわ」
リベラが眼鏡を外し、ふぅ、と息を吐いた。
「ひぃっ! は、判決を! 判決をお願いしますぅ!」
「落ち着きなさい。……結論から言います」
リベラは一枚の書類を突き出した。
「今回の『古代金貨』の売却益で、滞納していた住民税、および今回の追加所得税は完済されました」
「えっ!?」
「さらに、破壊されたアイテムのローンですが……これは『業務中の不可抗力による損害』として、ゴルド商会の保険(特約)を適用し、相殺することに成功しました」
「と、ということは……!?」
リーザがちゃぶ台の下から這い出てくる。
リベラはニッコリと微笑み、リーザの手のひらに「チャリン」と硬貨を落とした。
「全ての税金と借金を精算し、手元に残った金額は――銀貨5枚(約5,000円)です」
「…………」
リーザは手のひらの銀貨を見つめた。
億万長者の夢は消えた。
小金持ちの生活も終わった。
だが。
「……残った。私のお金……残ったよぉぉぉ!!」
リーザは銀貨を握りしめて号泣した。
「マグロ漁船に乗らなくていいんだ! 封筒貼りをしなくていいんだ! 私は自由だぁぁぁ!!」
「おめでとう、リーザ殿。ギリギリの生還でござるな」
「ま、プラスになっただけマシなんじゃない?」
隆史とキャルルも拍手を送る。
マイナス(借金地獄)からのゼロ復帰。それだけで、今のリーザにとっては奇跡だった。
「隆史さん! 行きましょう! この銀貨5枚で、『快気祝い』です!」
リーザが涙を拭い、高らかに宣言した。
「今日は私が奢ります! 回らない寿司は無理だけど……『回る寿司』なら行けますから!」
***
王都の大衆店、『回転寿司タロウ』。
魔法動力で皿が回るレーンの前で、チーム・サスガの面々は並んで座っていた。
「へいらっしゃい! 今日はマグロが安いよ!」
威勢のいい板前の声。
リーザは流れてくる『赤身(一皿100円)』を素早く取った。
「……マグロ」
彼女は赤身の握りを見つめ、感慨深げに呟いた。
「昨日までは、私がマグロを獲らされる側だと思っていました。……でも、今は私が食べる側です」
パクッ。
「……んん~っ!! 美味しい! 自由の味がしますぅ!」
リーザは満面の笑みで咀嚼した。
漁船に乗らずに食べるマグロの、なんと美味いことか。
「店長さん、たまご取ってください! キャルルちゃん、サーモン半分こしましょう!」
「ルナさん、ガリばかり食べてないで魚も食べて!」
銀貨5枚の宴。
高級店ではないし、高級ネタでもない。
だが、税金の恐怖から解放された今の食事は、どんなフルコースよりも美味しかった。
「ははは、平和でござるな」
隆史がお茶(粉末)をすすりながら、店内の魔法テレビ(モニター)を眺めた時だった。
『――緊急ニュースをお伝えします』
賑やかな店内の空気が、一瞬で凍りついた。
画面には、深刻な顔をしたキャスターが映し出されている。
『現在、王都の一部地域にて、原因不明の「高熱」と「魔力暴走」を引き起こす奇病が確認されています』
「……ん?」
『感染経路は不明。魔法薬が効かず、感染者は急速に衰弱しており……王宮魔法省はこれを「新種の魔疫」と認定し、警戒レベルを引き上げました』
「魔疫……?」
隆史の手が止まる。
箸を持ったまま固まるキャルル。
ガリを落とすルナ。
そして、マグロを頬張ったまま口をあんぐりと開けるリーザ。
平和な日常の終わりを告げるサイレンが、遠くで鳴り響き始めていた。
タローソンの店長として、そしてこの世界の「調整役」として。
流賀隆史の本当の戦いは、実はここからが本番だったのかもしれない――。




