EP 4
迷子の災害エルフと1万ポイントの前金
シェアハウス『タロウ・ハイツ』での生活が始まって三日目。
流賀隆史は、朝から死んだ魚のような目をしていた。
「……タカシぃ、お腹すいたぁ。朝ご飯は『特盛牛丼(玉子2個付き)』がいいなぁ」
「タカシ! 家賃の足しにするから、ダンジョン行って稼いで来なさいよ! あ、その前に私の安全靴磨いておいてね!」
朝6時。
枕元には空腹の人魚姫。腹の上にはドカッと座り込むウサギ耳の蹴り姫。
S級美少女との同棲生活など、所詮は幻想だった。これではただの**「下僕生活」**である。
「……承知したでござる。まずは朝のゴミ拾い(日課)に行かせてくれ……」
隆史はトングとコンビニ袋を手に、命からがらアパートを飛び出した。
外の空気は美味い。
だが、彼の平穏は長くは続かなかった。
街の大通りを歩いていた、その時だ。
ビビビビビビッ!!
脳内に、これまで聞いたことのない不快なアラート音が鳴り響いた。
視界のウィンドウが真っ赤に染まり、ノイズが走る。
「うおっ!? な、何事でござるか!?」
≪SYSTEM ERROR... SYSTEM ERROR...≫
≪緊急ミッション発生! 緊急ミッション発生!≫
いつもの無機質なシステム音声ではない。
どこか焦ったような、それでいて有無を言わせぬ圧力がそこにはあった。
≪対象:次期エルフ女王『ルナ・シンフォニア』を保護し、介護せよ≫
≪報酬:前金 10,000pt(※振込完了)≫
≪警告:拒否は受け付けません。繰り返す、拒否権はありません≫
「はあぁぁ!? 拒否権なし!?」
チャリーン♪
隆史がツッコミを入れると同時に、軽快な音と共にポイントが加算された。
【所持善行ポイント:11,258pt】
「い、一万ポイント……!?」
隆史の手が震えた。
ゴミ拾い一万回分。ドブ掃除なら二百回分。
牛丼(並)なら100杯。地域貢献レベルの偉業を成し遂げなければ手に入らない額が、一瞬で振り込まれたのだ。
「……あ、怪しすぎる。これは完全に『訳あり物件』でござる」
だが、金は受け取ってしまった。
そして視界には、赤い矢印で**≪ターゲットまで 300m≫**と表示が出ている。
「くっ……侍に二言はない! 乗りかかった船、いや泥舟かもしれぬが、行くしかあるまい!」
隆史は一万ポイントの魔力に負け、矢印の方向へ走り出した。
***
現場は、城下町の市場の一角だった。
そこには既に人だかりができており、怒号と悲鳴が飛び交っている。
「おい! どうしてくれるんだこの道路!」
「店の商品が全部ダメになっちまったぞ!」
隆史が人垣をかき分けて中に入ると、そこには信じられない光景が広がっていた。
石畳の道路が、ボコボコに陥没している。
まるで巨大なハンマーで叩き割ったかのようだ。
そして、その中心に――全長10メートルはあろうかという「岩石の巨人」が立ち尽くし、その足元で一人の少女が泣いていた。
「うぅ……ごめんなさい……ごめんなさい……」
長い金髪に、尖った耳。
透き通るような白い肌を持つ、絶世の美少女エルフだ。
彼女は高価そうな杖を抱きしめ、涙目で周囲の商人に謝り続けている。
「私はただ……道にゴミが落ちてたから……綺麗にしようと思って……」
彼女が泣くたびに、ゴゴゴゴゴ……と地面が不気味に揺れる。
地震? いや、違う。
地面のアスファルトを突き破り、太い木の根がアスファルトを割りながら隆起し始めているのだ。
≪警告:対象の精神状態が不安定です。世界樹による『防衛本能(世界滅亡)』が発動しかけています≫
≪至急、対象を『介護』して鎮静化させてください≫
「介護ってそういう意味でござるかアアア!?」
隆史は絶叫した。
あの子が泣き止まないと、世界樹の根っこがこの街を飲み込む。
これが一万ポイントの代償か!
商人のオヤジが、少女の肩を掴もうと手を伸ばした。
「泣いて済むか! 衛兵を呼べ!」
ドクン。
地面から木の根が槍のように飛び出し、商人の顔面スレスレを掠めた。
「ひいっ!?」
「ま、待つでござるぅぅぅ!!」
隆史は決死の覚悟で飛び出した。
中二病スイッチ、強制起動。ビビっている場合ではない。
「その手を離されよ! 彼女は……そう、拙者の連れでござる!」
隆史は少女と商人の間に割って入り、両手を広げて(震えながら)立ちはだかった。
「お、お侍さん……?」
「つ、連れだと!? この惨状の責任が取れるのか!?」
商人の剣幕に、隆史は内心で泣きながら叫んだ。
「と、取る! 取るでござるよ! ……この一万ポイントでな!!」
隆史はウィンドウを操作した。
ターゲットは「少女の機嫌」と「商人の怒り」。
ならば、答えは一つ。
「顕現せよ! 黄金の贖罪……『特上・カツ丼(極厚ロース)』!!」
「オプション追加……『市場の人全員分』!!」
消費ポイント、一気に3000pt。
市場全体が光に包まれた。
野次馬も含めた全員の手元に、揚げたてサクサク、卵とろとろのカツ丼が出現する。
「な、なんだこれは!?」
「いい匂いだ……!」
「食え! 食って落ち着くでござる!」
カツ丼の魔力(LUCK上昇・幸福感付与)は絶大だった。
一口食べた商人たちの顔が、怒りから恍惚へと変わっていく。
「う、うめぇ……」
「なんだこのサクサク感は……許す。全てを許す気になってきた……」
市場がカツ丼タイムに入った隙に、隆史はエルフの少女――ルナの前にしゃがみ込んだ。
「さあ、そなたも食すがよい。甘いタレが染みたご飯は、涙の味が忘れられるぞ」
「……え? 私も……?」
ルナはキョトンとした顔で、渡されたカツ丼を見つめた。
そして一口パクリ。
「……んっ! 美味しい……!」
彼女が笑顔になった瞬間。
スゥゥ……と地面の揺れが収まり、暴れかけていた木の根が地中へ戻っていった。
≪ミッション達成:世界の崩壊を回避しました≫
「(回避したの世界崩壊かよ……)」
隆史はその場にへたり込んだ。
ルナは口元にご飯粒をつけたまま、キラキラした瞳で隆史を見つめる。
「貴方は……魔法使い様ですか?」
「いや、拙者は……」
「私、ルナ・シンフォニアって言います! 道に迷って、お腹が空いて、魔法を使ったら怒られて……でも、貴方が助けてくれた!」
ルナは立ち上がり、懐から何かを取り出した。
「お礼をさせてください! ええと……はい、これ!」
彼女が道端の石ころを拾い、杖でポンと叩くと、それは眩いばかりの『大金貨』に変わった。
「お金があればいいんですよね? はい、どうぞ!」
「えっ、錬金術!?」
隆史が受け取ろうとした、その時だ。
バゴッ!!
どこからともなく飛んできたトンファーが、ルナの後頭部に炸裂した。
「あうっ」
「こらバカエルフ! 通貨偽造は重罪だって言ったでしょ!!」
白目を剥いて倒れるルナ。
その後ろには、買い物袋を下げたキャルルが仁王立ちしていた。
「あ、キャルル殿!?」
「タカシ、あんたねぇ……また変な女拾って。しかもこれ、世界樹のエルフじゃない。一番ヤバいやつよ」
「拾いたくて拾ったわけではないでござる!」
キャルルは気絶したルナの襟首を掴んで持ち上げた。
「はぁ……仕方ないわね。このまま放置したら、また変な魔法で災害起こすし。連れて帰るわよ」
「えっ」
「タカシ、今夜はカツ丼ね。私の分も、もちろんあるんでしょ?」
隆史は天を仰いだ。
一万ポイント貰った理由がわかった。
これは「介護」ではない。「災害処理班」への危険手当だ。
こうして。
極貧人魚、蹴り技ウサギに続き、災害級天然エルフがシェアハウスに加わった。
アパート『タロウ・ハイツ』の崩壊まで、あと数日――かもしれない。




