EP 39
領収書を求めて三千里(VS 徴税ドラゴン)
『黄金の迷宮』最深部。
そこは、壁も床も黄金で舗装された、目が痛くなるほど煌びやかな広間だった。
「……はぁ、はぁ。ここがボス部屋ですね」
リーザ・マーメイドは肩で息をしていた。
道中、スライムやミミックと戦ったが、結局「高いアイテム」を使うタイミングを逃し続けていた。
「現在の経費計上額……**100円(薬草代)**ですわ」
背後でリベラが無慈悲な宣告をする。
「嘘ぉぉ!? あんなに戦ったのに!? 私の汗と涙は経費にならないんですか!?」
「人件費(自分の労働)は経費になりません。……さあ、ボス戦です。ここで**『超高額アイテム』**を使い切らなければ、貴女はマグロ漁船……いえ、封筒貼りの刑ですわよ」
「やります! 絶対に使います! 100万円のスクロールも、50万円のポーションも、全部このボスに投げつけてやりますぅ!」
リーザは両手に高額商品を抱え、殺気立って広間の中央へと進んだ。
ゴゴゴゴゴゴ……!!
地響きと共に、黄金の山が動いた。
現れたのは、全身が金貨と宝石の鱗で覆われた、巨大な竜。
『黄金竜』
別名:『徴税ドラゴン(宝を守る者)』。
「グルルルル……!!」
「出ましたね、私の税金の化身! ……喰らいなさい! 『特級爆裂スクロール(金貨10枚)』!!」
リーザがいきなり虎の子のアイテムを起動しようとした、その時。
カッ!!
ドラゴンの口が大きく開き、眩い光が放たれた。
炎ではない。それは、あらゆる物質を「資産価値ゼロ」へと変える、呪いのブレス。
『資産溶解ブレス(アセット・メルト)』!!
「うわっ、危ないでござる!」
隆史がリーザを突き飛ばした。
ブレスはリーザの身体をかすめ――彼女が腰に下げていた「ガマ口財布」を直撃した。
ジュッ……トロトロ……。
「あ」
リーザが地面に転がりながら、自分の腰を見た。
お気に入りの財布から、ドロドロに溶けた金属が漏れ出している。
中に入っていたのは、昨日の残り――銅貨3枚と銀貨1枚(全財産約1,003円)。
「…………」
リーザの思考が停止した。
経費とか、税金とか、そんな難しいことは吹き飛んだ。
ただ一つの事実だけが、彼女の脳を焼き尽くす。
私の全財産が、溶けた。
「……ゆる、さん……」
リーザがゆらりと立ち上がった。
その全身から、どす黒いオーラが噴き出す。
「よくも……よくも私の……今日の晩ご飯代(300円)と、明日のプリン代(120円)と、老後の貯蓄(残り)をぉぉぉ!!」
ブチィッ!!
リーザは両手に持っていた高額アイテム(スクロールとポーション)を、「邪魔だぁ!」と地面に叩きつけた。
「ああっ!? リーザ殿!? それを使わないと経費に……!」
「知るかぁぁぁ!! 金返せドロボー!!」
リーザは素手でドラゴンに向かって突進した。
その速さは音速を超え、S級武闘家のキャルルすら置き去りにする。
「うわ、マジギレした女は怖いわね……! ルナ、援護!」
「はい! 『フィジカル・ブースト(身体強化)』!」
キャルルがドラゴンの脚を蹴り砕き、ルナの支援魔法がリーザを加速させる。
体勢を崩したドラゴンの懐に、鬼の形相をしたアイドルが飛び込んだ。
「私の300円の怨みぃぃぃぃ!!」
ズドォォォォン!!
リーザの渾身のヘッドバットが、ドラゴンの逆鱗(胸の宝石)に突き刺さった。
さらに彼女はドラゴンの首にしがみつき、鱗(金貨)を素手で剥がしにかかる。
「むしり取ってやる! 利子をつけて回収してやるんですぅぅ!!」
ギャオオオオオン……!!
迷宮の主であるドラゴンが、たった一人の少女の「金銭的執着(強欲)」の前に悲鳴を上げ、轟音と共に崩れ落ちた。
***
静寂が戻った広間。
ドラゴンの死体が光の粒子となって消え、後に一つのアイテムが残された。
『古代の金貨』。
「はぁ……はぁ……か、勝った……」
リーザはボロボロの姿で、その金貨を拾い上げた。
ずっしりと重い。鑑定するまでもなく、高額アイテムだと分かる。
「やりました……! これなら、溶けた300円の元が取れます……!」
リーザが歓喜の声を上げようとした時、リベラが瓦礫の山から這い出てきた。
彼女は割れた眼鏡を直しながら、地面に散らばる残骸を指差した。
「……リーザさん」
「はい! すごいお宝ゲットですよ!」
「あの、地面に叩きつけて割れたポーションと、破り捨てられたスクロールですが……」
リベラは冷酷に告げた。
「戦闘に使用せず、ただ八つ当たりで破損させたため……『業務外の損失』とみなします。つまり、経費計上不可(全額自腹)です」
「…………へ?」
リーザの手から、古代金貨がカランと落ちた。
経費にするはずだった高額アイテム代(借金)はそのまま。
そして手元には、莫大な価値を持つ『古代金貨(課税対象の売上)』。
つまり――利益(税金)がさらに増えただけだった。
「いやあああああああ!! 何しに来たんですか私ぃぃぃぃ!!」
迷宮の最深部に、アイドルの絶望的な叫びがこだました。
ドラゴンには勝った。だが、確定申告という名のラスボスには、手も足も出なかったのである。




