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EP 35

恐怖! マグロ漁船の伝説

 シェアハウスのリビングに、リベラの弾く電卓の音が響き渡る。

 それはまるで、死刑執行のカウントダウンのようだった。

「……概算が出ましたわ」

 リベラは冷ややかに液晶画面をリーザに向けた。

「住民税、所得税、復興支援税……合わせて金貨40枚です」

「よ、よんじゅう……!?」

 リーザの悲鳴が裏返った。

 不労所得が金貨50枚。そこから40枚も持っていかれるのか。

 手元に残るのはたったの10枚。

 いや、それだけではない。リベラはさらに追い打ちをかける。

「さらに、今まで申告していなかった路上ライブの収益に対する追徴課税。これが推定で金貨20枚。……つまり」

「合計、金貨60枚の支払いです」

 チーン。

 リーザの思考が停止した。

 入ってくる予定の50枚を全て払っても、まだ足りない。

 不労所得どころか、「不労借金」の誕生である。

「う……うそ……いやだ……」

 リーザはガタガタと震え出し、頭を抱えて床を転がり始めた。

「払えない! 無理ですぅ! 私、もうお金ないもん! 銅貨と銀貨と大根しかないもん!」

 彼女の脳裏に、どこかで聞いた恐ろしい伝説がフラッシュバックする。

「借金まみれになったら……売られるんでしょ!? 遠い海の向こうに売られて……一生帰ってこられないんでしょ!?」

 リーザは血走った目で絶叫した。

「いやああああ!! マグロ漁船行きはいやあああああ!!」

「……は?」

 隆史とキャルルが顔を見合わせた。

 マグロ漁船。

 なぜファンタジー世界の住人である彼女が、昭和の借金地獄の代名詞を知っているのか。

「リーザ殿、どこでその単語を……?」

「女神ルチアナ様が読んでた漫画(『闇金ウ○ジマくん』)に書いてありましたぁ! 『借金返せない奴はマグロ漁船で強制労働だ』ってぇぇ!」

 ジャージ女神の仕業だった。

 リーザは半狂乱で涙を流している。

「私、船酔いするんです! 人魚だったけど船は苦手なんです! 寒い海でマグロと格闘して、凍った魚で殴られるなんて絶対に嫌ですぅぅ!!」

「……安心なさい、リーザさん」

 リベラが紅茶を優雅に啜りながら、淡々と言った。

「この国にマグロ漁船というシステムはありませんわ」

「ほ、本当ですか……?」

「ええ。未納者が送られるのは、王都の地下深くにある『王立強制労働施設ダンジョン』です」

「ダンジョン……?」

 リベラはニッコリと微笑んだ。その笑顔は、マグロよりも冷たかった。

「そこでの刑務は、マグロ漁ほど派手ではありません。……薄暗い部屋で、朝から晩まで、王宮から発送される公文書の**『切手貼り』と『封筒詰め』**を延々と行うのです」

「…………」

「ノルマは一日一万通。私語厳禁。食事は乾パンと水のみ。それを借金完済まで……そうですね、貴女の額なら約100年でしょうか」

 ヒュッ。

 リーザの喉から音が漏れた。

 寒い海で命を懸ける冒険よりも、薄暗い部屋で100年間、糊の味と紙の粉にまみれて単純作業を続ける地獄。

 元王女で、派手好きなリーザにとって、それは「死」以上の拷問だった。

「地味すぎるぅぅぅ!!」

 リーザは泣き叫んだ。

「嫌だ! 封筒貼りは嫌だ! 私の綺麗な指が糊でカピカピになるのは嫌だぁぁぁ!! 誰か助けてぇぇぇ!!」

 阿鼻叫喚のリビング。

 そこへ、ドーナツを齧っていたキャルルが、呆れたように口を開いた。

「……ねえ。要は『税金を払えばいい』んでしょ?」

 キャルルはリベラを見た。

「リベラ。あんた商人なんだからさ、なんか裏技とかないわけ? ほら、**『経費』**とかいうやつ」

「!!」

 リベラの眼鏡が、キラーン! と鋭く光った。

 彼女は電卓を置き、ニヤリと笑った。

「……さすがキャルルさん。野生の勘が鋭いですわね」

 リベラはリーザに向き直った。

「そうですわ。税金を減らす合法的な手段……それが**『確定申告』。そして、税金を相殺するための魔法の言葉……『経費計上』**です」

「け、けいひ……?」

 リーザが涙目で顔を上げる。

 その言葉が、地獄に垂らされた蜘蛛の糸に見えた。

「稼いだ分を使ってしまえば、利益は減ります。つまり……**『仕事のために大金を使って、それを経費として申告すれば、税金は消える』**のです!」

「つ、つまり……?」

「買い物ですわ、リーザさん! 仕事という名目で、堂々と豪遊(買い物)をするのです!」

 悪魔の囁き。

 だが、今のリーザには天使の福音に聞こえた。

「やります! 買い物します! 経費で落とします! マグロも封筒も嫌ですぅ!!」

 こうして、チーム・サスガによる**「税金対策という名のダンジョン攻略(無駄遣いツアー)」**が決定した。

 だが、素人が経費の概念を理解できるはずもなく、翌日、さらなるカオスが待ち受けているのだった。

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