EP 34
黒船、来航
シェアハウス『タロウ・ハイツ』201号室。
この日の夕食後、リビングはかつてないほどの「富裕層の空気」に満ちていた。
「ふふふ……見てください、隆史さん。私の『資産』を」
リーザ・マーメイドは、ちゃぶ台の上に並べられた品々を愛おしそうに撫でた。
『タローマートの半額弁当(空き箱)』
『ハトムギ化粧水(残り480ml)』
『ファンからの貢ぎ物(大根・白菜・漬物)』
『なめらか焼きプリン(未開封)』
そして、『銅貨と銀貨の山(総額約3,000円)』。
「衣食住、全てが満たされています。今の私は、実質的に貴族と言っても過言ではありません!」
「(……貴族のハードルが低すぎて泣けてくるでござる)」
店長の流賀隆史は、お茶(出がらし)を啜りながら苦笑した。
しかし、リーザが幸せならそれでいい。
平和だ。このまま穏やかな生活が続くと思っていた。
ピンポーン。
無機質なチャイムの音が、幸せな空間を引き裂いた。
モニターを確認するまでもない。この時間に訪ねてくる人物は一人しかいない。
「はーい、どうぞでござるよ」
隆史が鍵を開けると、予想通り、オーナーのリベラ・ゴルドが入ってきた。
だが、今日の彼女は様子が違った。
いつもの派手なドレスではない。
黒いジャケットに、黒いタイトスカート。髪をきっちりとアップにし、銀縁眼鏡をかけた**「完全ビジネスモード」**だ。
その手には、まるでレンガのように分厚い茶封筒が握られている。
「ごきげんよう、皆様」
リベラの声は、絶対零度のように冷徹だった。
彼女は無言でちゃぶ台の前に座ると、持っていた封筒をドスンッ! と置いた。
リーザの「資産(大根など)」が振動で跳ねた。
「り、リベラ様? 今日は集金日ではありませんが……?」
リーザが怯えながら尋ねる。
リベラは眼鏡を中指でクイッと押し上げ、口角だけで笑った。
「ええ。今日はお祝いに参りましたの」
「お祝い?」
「リーザさん。先日のライブの追加グッズ収益、および楽曲『ラブ&マネー』のカラオケ印税……これらが確定しました」
リベラは封筒から一枚の計算書を取り出した。
「総額、金貨50枚(約50万円)。これが貴女の口座に振り込まれます」
「ご、ごじゅうううう!?」
リーザが飛び上がった。
3,000円で貴族気分を味わっていた彼女にとって、50万円は国家予算に等しい。
「やったぁ! 働かなくてもお金が入ってくるぅ! これで毎日プリンが食べられるぅ!」
「ええ、そうですわね。働かずに得る所得……いわゆる**『不労所得』**ですわ」
リベラが甘い声で囁く。
リーザはその言葉の響きに酔いしれた。
「不労所得……なんて甘美な響きでしょう。労働という義務から解放され、ただ息をしているだけで富が増えていく……まさに王族の特権!」
「ですが」
バチンッ!!
リベラが電卓を強く叩いた音で、リーザの妄想は中断された。
「リーザさん。王都の法律をご存知かしら? 一定額以上の所得を得た者には、国民の義務が発生します」
「ぎ、ぎむ……?」
リベラは計算書の裏面をめくった。
そこには、赤字で禍々しい単語が羅列されていた。
『王都住民税』
『個人事業所得税』
『復興支援特別税』
『芸能活動特別徴収税』
「ぜ、ぜい……きん……?」
リーザが初めて聞く単語のように呟いた。
王女だった頃は、税は「取るもの」であって「払うもの」ではなかったからだ。
「そうですわ。貴女は個人事業主。稼げば稼ぐほど、国が『おめでとう! さあ分け前を寄越せ!』と言ってくるのです」
リベラは電卓を高速で叩き始めた。
「今回の不労所得は雑所得扱い。税率は最高ランク。さらに、今まで申告していなかった路上ライブの投げ銭も遡って課税対象とみなされる可能性があります。……もし申告漏れがあれば」
リベラの眼鏡がギラリと光った。
「『追徴課税』として、本来の税額の倍……さらに延滞税が加算され、借金は雪だるま式に増えますわよ?」
「ひっ……!」
リーザの顔から血の気が引いた。
不労所得という天国から、納税という地獄への直滑降。
「そ、そんな……! 私のお金です! 私が歌って、みんながくれたお金です! なんで何もしてない国に払わなきゃいけないんですかぁ!」
「それが『社会(現実)』というものですわ」
リベラは冷酷に告げた。
机の上のプリンが、小銭が、大根が、急に色あせて見えた。
それらは全て、税金という怪物の胃袋に収まる運命なのか。
「やだ……やだぁ……!」
リーザは頭を抱えて震え出した。
ここから、無知な元王女と、冷徹な徴税システム(を操るリベラ)との、仁義なき戦いが幕を開けるのである。




