EP 32
潤いのドラッグストア(雨水からの卒業)
ジャム付きパンの耳で糖分を補給した数時間後。
リーザ・マーメイドは、店長の流賀隆史を連れて、王都の大通りにあるドラッグストア『マツモト・タロウ』へと繰り出していた。
「隆史さん! 見てください、この眩しい照明! 清潔な空気!」
「う、うむ。ただの薬局でござるが……」
リーザは店の入り口で、感極まったように深呼吸をした。
「今日の私は、ただのウィンドウショッピングではありません。……買うんです。『化粧水』を!」
「化粧水? アイドルだし、今までも使っていたのでは?」
隆史の問いに、リーザは遠い目をした。
「……まさか。今までは、公園の蛇口の水を顔に塗るか、雨の日に上を向いて『天然シャワー♡』とか言って誤魔化してました」
「(……逞しすぎて涙が出るでござる)」
リーザは拳を握りしめ、化粧品コーナーへと突撃した。
棚には、キラキラしたパッケージの高級化粧水が並んでいる。
『エルフの秘薬・永遠の雫(金貨10枚)』
『魔女のアンチエイジング美容液(金貨5枚)』
「ひぇっ……! 金貨……! マグロ漁船に乗っても買えません!」
リーザは即座に視線を外し、棚の一番下――足元のコーナーへと這いつくばった。
そこには、質実剛健なボトルが大量に並んでいる。
「……ありました。私の身の丈に合った、運命の出会いが」
彼女が手に取ったのは、飾り気のない巨大なプラスチックボトル。
『大容量・ハトムギ化粧水(500ml入り)』
【価格:銅貨398枚(398円相当)】
「これです! この圧倒的コストパフォーマンス!」
リーザはボトルを頬ずりせんばかりに抱きしめた。
「500mlですよ!? ペットボトル一本分です! これなら、ちまちま一滴ずつ使う必要はありません! 手のひらにバシャバシャ出して、顔面洪水になるまで保湿できるんですぅ!」
「顔面洪水は溺れるでござるよ」
リーザはレジへ向かい、ライブ収益の残りとグッズ手当で貯めた小銭を、ジャラジャラとトレイに出した。
支払いを済ませ、店を出た彼女の顔は晴れやかだった。
「ふふっ……これで私も『乾燥肌』から卒業……『潤いぷるぷるアイドル』へ進化です!」
早速、店の前のベンチでキャップを開け、手のひらに液体を出す。
「わぁ……! 水道水特有のカルキ臭がしません! ほんのりハトムギの香り!」
ペチペチペチペチ!
リーザは至福の表情で頬を叩いている。
その時。
後ろからついてきていたキャルルとルナが、不思議そうに覗き込んだ。
「ねえリーザ。そんな水塗って、何が楽しいの?」
「楽しいに決まってるじゃないですか! キャルルちゃんこそ、どんなスキンケアしてるんですか?」
リーザが得意げに尋ねる。
S級武闘家のキャルル。激しい運動をする彼女なら、肌のケアには気を使っているはずだ。
「私? うーん……」
キャルルは自身のスベスベの頬を指で弾いた。
「『代謝』かな?」
「はい?」
「汗かけば毛穴の汚れも落ちるし、新陳代謝がいいから肌荒れとかしたことないのよね。ニキビ? 何それ美味しいの?」
ズドーン。
天然の美肌マウントがリーザを襲う。
「じゃ、じゃあルナちゃんは!? エルフだし、何か特別な高い薬を……!」
「え? 私は……」
ルナはニコニコと笑い、透き通るような白磁の肌を見せた。
「『月光浴』ですねぇ。月の光を浴びると、魔力が満ちてお肌がトゥルントゥルンになるんです。あ、あと世界樹の朝露も飲みますけど、基本はタダですよ?」
ドガァァァン!!
種族値の暴力。
努力も金も必要としない「選ばれし者たち」の余裕。
「…………」
リーザは無言で、ハトムギ化粧水のボトルを胸に抱いた。
そして、隆史を見上げて涙声で言った。
「……隆史さん。世の中って、不公平ですね」
「……強く生きるでござるよ、リーザ殿」
リーザは悔しさを紛らわせるように、化粧水をバシャバシャと顔に叩きつけた。
安い化粧水が、彼女の涙と混ざり合う。
しょっぱい味がした。
だが、それでも。
「公園の水道水」よりは、遥かに高級な味がしたのだった。




