EP 3
蹴り姫とシェアハウス
極貧人魚姫・リーザを餌付けしてから数十分後。
流賀隆史の悩みは、孤独から「騒音」へと変わっていた。
「ねえねえプロデューサーさん! 次のライブの衣装はどうします? やっぱりフリル? それともロックな感じで?」
「……拙者はプロデューサーではない。ただの掃除屋でござる」
「あ、芸名も考えなきゃ! 『あばれんぼう侍』とかどうですか?」
「却下でござる。絶対嫌だ」
隆史がトング片手に歩く後ろを、リーザがぴょこぴょことついて回る。
牛丼一杯で懐かれたのは良いが(良くないが)、彼女の声はよく通る。
通行人たちが「あの子、元王女のリーザちゃんじゃ……」「隣の怪しい侍は何だ?」「誘拐か?」と囁き合っているのが聞こえ、隆史の胃はキリキリと痛んでいた。
(目立つ……! 拙者、影のように生きて善行ポイントを稼ぎたいのに!)
現在のポイントは【1258pt】。
リーザ救済で得た1000ptは大きいが、この世界で生きていくには心許ない。
特に、今の隆史には致命的な問題があった。
(宿がない……)
転生初日は野宿(公園のベンチ)。二日目は24時間営業の『タロウ寝泊まりカフェ』。
しかし、カフェ代も馬鹿にならない。
安住の地を確保しなければ、世界を救う前に過労で死んでしまう。
そんなことを考えながら、噴水広場を通りかかった時だった。
「……はぁ。今月もピンチだわ」
ベンチに座り、重いため息をついている少女がいた。
白銀の長い髪に、頭頂部から伸びる立派なウサギ耳。
ショートパンツから伸びる健康的な太ももと、足元を固める無骨な鉄芯入り安全靴。
月兎族のキャルルである。
彼女は通帳(ゴルド銀行発行)と、手のひらに乗った数枚の銅貨を見比べて、絶望の表情を浮かべていた。
「家賃まであと金貨一枚……。どうしよ、今夜の夕飯を抜いて、明日のランチも水だけで凌げば……いや、それじゃダンジョンで死ぬし……」
隆史の足が止まった。
中二病センサーではなく、本能的な「危険信号」と「チャンス」が同時に反応したのだ。
(か、可愛い……! あのウサギ耳、モフモフしたい……!)
(いや待て、あの足元の靴。あれはガチの安全靴だ。蹴られたら頭蓋骨が陥没するやつだ)
関わらないのが吉。
そう判断して通り過ぎようとした瞬間、リーザが空気を読まずに叫んだ。
「あ! キャルルちゃーん! 奇遇だねっ!」
「げっ」
隆史は変な声が出た。知り合いかよ。
「ん? あら、リーザじゃない。……あんた、なんかいい匂いさせちゃって。お肉食べたわね?」
キャルルの一対のウサギ耳がピクリと動き、鼻がひくひくと動いた。
その嗅覚は、数メートル離れたリーザの口元に残る牛丼の残り香を正確に捉えていた。
「えへへ~、実はね、この侍さんがご馳走してくれたの! 私のプロデューサーなの!」
「侍……?」
キャルルの赤い瞳が、ギロリと隆史を射抜いた。
その瞬間、隆史は見た。彼女の背後に「餓狼」のオーラが立ち昇るのを。
シュバッ!!
「ひいっ!?」
瞬きする間もなかった。
音もなく距離を詰めたキャルルが、隆史の目の前――鼻先数センチの距離に顔を寄せていた。
速い。速すぎる。
「ねえ、そこの侍さん」
「は、ははははいっ!」
「あんた、リーザに奢ったってことは……お金持ち? それとも、ご飯を出せる魔法使い?」
キャルルの腹の虫が、グゥゥゥゥ~~ッと盛大な音を立てた。
彼女の瞳は切実だった。
それは、獲物を狙う肉食獣の目ではなく、ただ純粋に「飢えたウサギ」の目。
≪クエスト発生:飢餓状態の対象を救助せよ≫
隆史の脳内計算機が弾き出す。
安全靴の脅威 < 1000ポイントの誘惑。
「……くっ。拙者の眼力をもってしても、貴殿の空腹は見抜けなかったようでござるな(盛大な腹の音を無視しながら)」
隆史は震える手で、虚空に手をかざした。
さっきリーザに出したのは牛丼。
だが、相手はウサギだ。野菜も必要だろう。
ならばこれだ!
「出でよ! 豚と野菜の狂想曲……『スタミナ豚丼(温玉乗せ)』!!」
「オプション追加……『大盛り人参サラダ』!!」
消費ポイント150pt(丼100+サラダ50)。
ボォン! と効果音と共に、キャルルの目の前に湯気を立てる豚丼と、鮮やかなオレンジ色のサラダが出現した。
「うそ……お肉!? それに、新鮮な人参!?」
キャルルの表情が、鬼気迫るものから、花が咲いたような笑顔に変わる。
「食べていいの!?」
「勿論でござる。さあ、冷めないうちに……」
「いっただっきまーす!!」
キャルルは目にも止まらぬ速さで箸を操った。
豚肉を頬張り、温玉を割り、タレの染みたご飯をかきこむ。
合間に人参サラダを「ポリポリ」といい音で咀嚼する。
「んん~っ! 生き返るぅ~! この豚肉、炭火の香りがする! 人参も甘くて最高!」
あっという間に完食。
彼女の体に闘気が満ち、ウサギ耳がピンと立つ。
ピロリン♪
≪人助け達成:善行ポイント +1000pt 獲得≫
(よっしゃあ! 本日2000ポイント目!)
隆史が内心でガッツポーズをしていると、満腹になったキャルルが満足げに息をつき、じっと隆史を見つめてきた。
「あんた……名前は?」
「……流賀隆史。しがない流浪の……」
「タカシね! あんた、気に入ったわ!」
キャルルはバンッ! と隆史の背中を叩いた。痛い。背骨が軋んだ。
「あんた、ご飯を出せるスキル持ちなんて超レアじゃない。でも、見たところ……寝る場所なさそうな顔してるわね?」
「ぐっ……図星でござる」
「リーザも、相変わらずパンの耳生活なんでしょ?」
「うぅ……みかん箱は寒いよぉ……」
キャルルはニカッと笑い、親指で自身のアパートの方角を指差した。
「なら、決まりね! 私の部屋に来なさい!」
「……は?」
「家賃、三人で割れば安くなるでしょ? 私の部屋、ボロいけど一応2LDKだし」
隆史の思考が停止した。
え?
今、なんて?
「し、シェアハウス……ということでござるか?」
「そ! タカシは食費担当! 私とリーザで家賃と光熱費をなんとかする! ……ま、私がほとんど払うことになると思うけど」
S級美少女(ウサギ耳)と、元王女(人魚)との同居生活。
なろう小説なら、ここで「やったぜ!」となる場面だ。
だが、隆史は小心者である。
「む、無理でござるぅぅ!!」
「なんでよ!?」
「拙者、女子耐性ゼロでござる! しかも一つ屋根の下とか、緊張で胃に穴が開く! 無理無理無理!」
「問答無用!!」
キャルルは隆史の襟首をガシッと掴んだ。
その腕力は、成人男性を片手で持ち上げるほどだ。
「あんたを逃したら、私の食生活がまた『もやし』に戻るのよ! ついてきなさい、今日からあんたは『タロウ・ハイツ』の住人よ!」
「や、やめるでござるー! 拙者は孤独を愛する侍なんでござるぅぅー!」
ズルズルと引きずられていく隆史。
その後ろを、リーザが「わーい! 屋根があるお家だー!」と無邪気についていく。
こうして。
後に伝説となる最強パーティ『チーム・サスガ』の拠点は、家賃3万円のボロアパートに決定した。
そして翌日。
隆史はさらなる「災害」――方向音痴のエルフを拾うことになるのだが、それはまた別の話である。




